2006年1月1日(日)

ສະບາຍດີປີໃໝ່(サバーイディーピーマイ)

新年、あけましておめでとう

午前9時半、パークセー(パクセー)市内のゲストハウス「ナーリーンターヂャルーン」前で、眠い目をこすりながら寝起きのタバコを吸っていると、ノーイナーの友人でラオス永住権保持者のベトナム人が110ccバイクの乗ってやってきた。

ラオス人民民主共和国ヂャンパーサック(チャンパサック)パークセー(パクセー)は、首都ウィアングヂャン(ビエンチャン)を経由して古都ルワングパバーン(ルワンプラバン, ルワンプラバーン, ルアンパバーン, ルアンパバン)へと伸びるラオス国道13号線の起点で、人口およそ47,000人(ラオス2位)。ここでメーコーング川(メコン川)とセドン川が交わり、タイ、カンボジア、ベトナムとの交易の中継地点になっている。すこし南にあるヂャンパーサック郡(チャンパサック郡)には、ラオス3王国時代にヂャンパーサック王国(チャンパサック王国)(1713-1946)の都がおかれた。

ラオス語の ສະບາຍດີປີໃໝ່(サバーイディーピーマイ) は、タイ文字に起こすと สบายดีปีใหม่(サバーイディーピーマイ) 、タイ語から直訳すると「新年元気」となる。ラオス語にサワッディー(サワディー)という語彙はない。

タイ語の สวัสดี(サワッディー) という語は、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部のプラヤーウィパギットスィンラパサーン教授が1931年、 good night の訳語として提唱した新語。当時はじまったばかりのラジオ放送を通じてタイ全国に普及した。現在では、おはよう、こんにちは、こんばんはなどに対応するオールマイティーな挨拶として定着している。 หวัดดี(ワッディー)ดี(ディー) と言うこともある。

タイ人は สวัสดี(サワッディー) という訳語を発明したが、ラオス人は ສະບາຍດີ(サバーイディー) という訳語を用いている。ただそれだけの違い。

バンコク在住の日本人のあいだに、タイ人は挨拶しない、礼儀がなってないという不満があるという。しかし、もともと挨拶のための語彙がなかったタイ人やラオス人に、日本式の厳格な挨拶を習慣づけるよう強要するのにはムリがある。

ラオス語は、バンコク人的な感覚からすると古典的でダサく、街中に掲げられている共産主義国的な赤い垂れ幕に書いてある ພັກປະຊາຊນປະຕິວັດລາວທີ່ມີກຽດສະຫງ່າ ໝັ້ນຍືນ(パックパサーソンパティワットラーオティーミーギニャットサンガーマンユーン) (偉大なるラオス人民革命党よ、永遠なれ)というスローガンは爆笑ネタにされていた。旅行中、タイ人6人のあいだでラオス語がブームになり、飲料水 น้ำดืม(ナームドゥーム) を、常に ນ້ຳບໍລິສຸດ(ナームボリスット) (タイ語の น้ำบริสุทธิ์(ナームボリスット) は「純水」の意)と言い換えて楽しんでいた。

パークセー(パクセー)市内にあるインド料理店で朝食をとり、タートファーム、ユアング、ファーソムの滝3ヶ所を見物した。午後5時、ラオス側国境のワングタオ市場(ワンタオ市場)で土産物を買ってから、午後6時半にタイ側のチョングメック(チョンメック)から1等長距離バス(466バーツ)でバンコクへと向かった。

2006年1月2日(月)

「どうも外の様子が慌ただしいようですが、なにも恐れる必要はありません。閉店時間まであとわずか、みんなで楽しく盛り上がりましょう!」

午前零時50分、安宿街カーオサーン(カオサン)の裏手にあるマヨム通り(トローク・マヨム)は20人規模の警察官に封鎖され、 Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) deep(ディープ) の窓際にある僕たちの席を、人権という言葉を忘れたテレビ局のビデオカメラが明るく照らしていた。タイ語曲バンドのボーカルは、店内にいる数百人の客に平静を呼びかけていた。

麻薬取締の一環として行われている抜き打ち尿検査。このまま事態が推移すれば、警察の指揮官が店のドアを開いて、巡査たちが大挙して店内に流れ込んでくる。酒に酔った若者たちがあわてたり茫然自失になっている若者たちの姿は全国ネットで報じられ、「ザマアミロ」と思っている6千万タイ人の好奇の目にさらされる。

事態は予想どおりに推移した。ドアの前には即席の検査場が設置され、警察官が店内の客に検尿用の検尿セットを配布した。これを小便で満たさないと、店から出してもらえない。

「これ、ホントウに小便なのか? 尿の色が薄すぎるような気がするんだが」

――たくさんウイスキーを飲んで、トイレに行きまくってたんで、尿素が全部出てしまったんでしょう、と小学生のように元気よく答えた。

「この運転免許証は本物か? 氏名欄が英語で書かれているのはなぜか?」

――タイの公文書は外国人の氏名を英語に書くことになってるそうです、と小学生のように元気よく答えた。そんな規則が明文化されているかはともかく、さしあたって現場の警察官を納得させるには十分だった。

検査結果は、もちろん「シロ」だった(文末にある「続きを読む」をクリックすると、容器、内容物、試験紙等の検尿キットをご覧いただけます)。

しかし、立入検査は突如中止され、警察官は店のスタッフに見送られて引き揚げていった(なにかあったんだろうか?)。

「手柄をあげるなら、麻薬をやってる客が多いパブを狙うのがもっとも確実だからね」

大富豪のフイちゃん(仮名)は、ギリギリのところで難を逃れた。外に出てくると、ろれつが回らないながらも、そう説明してくれた。

「ところで、アレ、どこに捨てたのよ?」

フイは、間抜けなノックちゃん(仮名)から、あまりにも露骨すぎる質問を投げかけられ、眉間にシワを寄せながらしぶしぶ店の方を指さした。

――こんな腐ったヤツらが来るパーティーに俺を誘うな、と別の友人に告げて帰路についた。麻薬なんてルーザーのやることだ。

午前4時20分、地下鉄パホンヨーティン駅前のモーチット・バスターミナルに到着。昼すぎに起きて、Central(セントラル) 百貨店プララームサーム(ラマ3世通り)店の中華料理屋「上海小龍包」で友人と昼食をとり、フェイシャルエステを受けた。夜、マヨム通り(トローク・マヨム)にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) deep(ディープ) へ友人たち6人と出かけた。

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2006年1月3日(火)

スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で友人とだらだら過ごしてから、スィーロム(シーロム)6にある中華料理店「上海小龍包」で夕食をとった。

2006年1月4日(水)

「通り過ぎてしまったのもムリないわ。このアパートは、これまでソーイ(小街路, ソーイ)の一番奥にあったけど、その奥にできた2棟のおかげで、今や何の特徴もなくなっちゃったからね。将来的には、この通りを大学前(ラームカムヘーング(ラムカムヘン)24)まで延ばす計画もあるそうよ。ここにはいろんな人が住んでるけど、ウチの大学の学生が一番多いんじゃないかしら。なんと言っても、大学の近所にあって家賃が安いのは魅力ね。月々たったの4,500バーツ!! それに、バーングナー(バンナー)校舎で授業がある日も、フワマーク校舎から学バス(35バーツ)に乗れば30分で行けるし。オトコと同棲するのは世間体が悪いからイヤだけど、ひとりでいるのも退屈だから誰かと部屋をシェアしようかしら」

午後11時45分、ラームカムヘーング(ラムカムヘン)24/2にある大規模な学生街で友人が言った。

バンコク都内にある私立大学の周辺には、ここのところ新築の(ホーパック, 安い民間アパートの総称)が次々と建設されている。この寮も、昨年の上半期に某私立大学から約500メートル離れたところに学生向けの格安アパートとして建てられたばかり。外観・内装ともに、日本人が東京近郊のワンルームマンションに求める水準をギリギリ満たしており、アヌサーワリーチャイサモンラプーム(アヌサワリーチャイサモンラプーム, 戦勝記念塔, ビクトリーモニュメント)付近にある貧困日本人が集住しているアパート群に比べると格段に良い。あの貧乏くさい、強制収容所のような絶望的な雰囲気をプンプンさせていないのがウレシイ。

バンコク在住の日本人は、地方出身の工場労働者や娼婦(売春婦)の生活水準を基準にして、バンコク人の標準を語ることがある。また、一部の貧困日本人のあいだには、バンコク人の標準を「ハイソ」と呼んで、例外的に扱おうとする嘆かわしい風潮もある。このような日本人は、タイ人大学生ですら「こんな部屋には住むのはちょっと・・・・・・」と躊躇するようなところに住んでいることが多い。貧しく生きる生活スタイルを否定するつもりはないが、自分の生活水準の低さを正当化するために、バンコク人の標準を不当に引き下げて語られては困る。

「いいわ。さっき食事代を出してもらったから、今度は私に出させてちょうだい」

午前零時半、高架電車 BTS エーガマイ(エカマイ)駅前にある珈琲屋「バーンライ」で友人と夜食をとった。24時間営業のこの店には、ほかの大学より半月近く遅れて中間テストの時期を迎えている某大学の学生たちが自習室代わり集まっていた。

ふたり分の珈琲とケーキで380バーツ。すべて友人のおごりだった。一部の日本人は、何から何まで日本人が負担しなければいけないと思い込んでいるようだが、相手がビジネスで恋愛サービスを提供している娼婦(売春婦)ならともかく、普通の友人同士であれば自分の費用は自分で負担する。前回おごってもらったら、次回はおごってあげるのが当然。

スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋でダラダラしてから、友人と夕食をとる予定だったが中止になった。そこで、2005年12月15日の学生寮街 その1で登場した友人と同レベルの私立大学英語学科に通う友人を訪ね、両校のカリキュラムを比較した。

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学生寮街 その1 (2005年12月15日)

2006年1月5日(木)

「ここで働いているコを持ち帰るのは、よほど『特別な能力』がないとムリなんじゃない?」

午後11時50分、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)13にあるキャバレー The Resort(ザ・リゾート) で、日本人社長の秘書が言った。きっと、日本人向けカラオケスナックや外国人向け Go Go Bar(ゴーゴーバー) との違いを明確にして、売買春を斡旋する店ではないことを強調したかったんだろう。

店の奥にはバンドが演奏するためのステージがあり、そこから客席に向かって円形のカウンターが突き出している。パット見では Go Go Bar(ゴーゴーバー) にも似ているが、双方には歴然とした違いがある。

Go Go Bar(ゴーゴーバー) で踊っているのは、見るからに教養がないと分かる地方出身の不細工な娼婦(売春婦)たち。ビキニ姿でステージに上がって、身体を気怠そうに左右に動かしている。毎月ペイバー(連れ出し)の回数がノルマとして課せられており、達成できないと減給され経済的にも厳しい状態に追い込まれる。

ところが、この店で踊っているのは、都会的な感覚を身に付け、容姿にも恵まれているダンサーたち。ダンス以外にも可愛らしさや華やかさが給料に反映されるため、さまざまな工夫が凝らされている。また、 Go Go Bar(ゴーゴーバー)娼婦(売春婦)のように身体を売っているわけではない。この種の店には、ダンサーとは別にホステスが多数在籍しているが、あくまでも客の話し相手としての位置づけにあり、性的なサービスがお望みなら他へ行ってやってくださいというスタンスをとっている。

このような形態をとる酒場は、アメリカ映画 Coyote Ugly(コヨーテアグリー) (2001年)の世界観がモデルになっており、タイ人からは「コヨーテ(コーヨーティー)」と呼ばれている。この作品では、ニュージャージーの田舎町で生まれ育った21歳のヴァイオレット・サンフォード(パイパー・ペラーボ演)が、ニューヨーク市内に実在するクラブ・バー Coyote Ugly(コヨーテアグリー) で身に付けた経験を生かして夢を実現させていく過程が描かれている。オトコたちは、女性バーテンダーたちの情熱的なダンスパフォーマンスに好奇心をかき立てられること疑いない。

ところがタイの「コヨーテ」は、アジア人男性の嗜好に合わせて、かなりローカナイズされている。作品中に登場するコヨーテの役割は、ダンサーとホステスに分担されており、自分についているホステスが目の前で別の客に抱きつくことはない(無節操なオンナは好みじゃないと言うが、そもそも夜のオンナに節操なんか求めてどうするんだ!?)。

コヨーテ型キャバレーの登場は、ヴァイオレットのサクセスストーリーを口実に、夜の街でいかがわしい仕事に従事する大学生の急増を招いた。そのせいで勉強時間が減って学力も低下し、 GPA Grade Point Average(平均評定) が2.00を下回って除籍させられてしまうケースが相次いでいる。職場の仲間を通じて徐々に覚醒剤や売春に対する抵抗感がなくなり、単なるヤク漬け娼婦(売春婦)に成り下がってしまうこともある。

「その場かぎりの小遣い稼ぎ。札束持って店を出て、翌朝目を覚ましたら全部忘れてしまえ」というような軽い気持ちで始めたアルバイトが、知らず知らずのうちに生活における重要な位置を占め、最終的には自分の人生をも変えてしまう。

恥ずべき性風俗に対する執着を「タイを愛するココロ」と主張する日本人も少なくないが、ヤツらはいったい何を考えているのか。タイ人の友人たちの名誉や誇りを守ろうと志している日本人にとっては迷惑以外の何者でもない。ビジネスとして恋愛サービスを提供している娼婦(売春婦)を世間一般のタイ人女性と同列に扱うな。こんなヤツがいると、僕たちまともな日本人まで変な目で見られてしまう。頼むからマジで止めてほしい。

コヨーテ型キャバレーが、そんな「タイを愛するココロ」を満たしてくれるかどうか分からないが、外国人向け性風俗との違いについては、冒頭にある動画を見れば誰でも簡単に理解できる。

スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で友人と作業してから、スクンウィット(スクンビット)49にある韓国料理店「桃梨園(ドリウォン)」で別の友人たち3人と夕食をとり、ラッチャダーピセーク通り(ラチャダー)13にあるキャバレー The Resort(ザ・リゾート) へ出かけた。僕はホステスを女性とみなしていないが、「ホステス拒否戦略」は強引なフロア責任者(ママサン)の策に破られた。無視するのも気の毒だから、適当にホステスをあしらいながら友人たちと酒を飲み続けた。

まあ、話のネタとしては行ってみて正解だったかも。

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娼婦の評価に例外はあるか その3 (2004年12月13日)
援助交際 (2005年6月1日)

2006年1月6日(金)

「国旗の降納をおこないます。みなさまご起立ください」

午後6時、高架電車 BTS エーガマイ駅(エカマイ駅)前にある珈琲屋「バーンライ」で音楽が突如中断され、客に起立を促す店員のアナウンスが流れた。オレンジ色のポロシャツを着ている店員10人が国旗掲揚台の前に一列に並び、ふたりが掲揚台のロープを握っていた。

なんと不思議な店か。国歌が聞こえたら起立しなければならない規則はあるが、公的な施設(庁舎・教育機関・鉄道駅・長距離バスターミナルなど)にいなければ強制されない。普通、演奏が聞こえにくい珈琲屋いれば起立しなくても良いが、この店では午前8時と午後6時にラジオの国歌放送を流し、客に起立を求め、国旗を掲揚している。

珈琲屋「バーンライ」の不思議は、それだけにとどまらない。国旗掲揚台の隣には、伝統仮面舞踊(多くの場合「ラーマギアン物語」が演じられる)の舞台があり、夜叉(ヤック)の仮面が展示されている。また、各所には「文化的な振る舞い」をするよう呼びかける掲示があり、特に椅子で寝そべったり、テーブルの上に座ったり、足を投げ出したりすることを固く禁じている。その背景には、経営理念でもある「理想の農民文化の実現」があるという。

富国強兵から国家総動員へという時代、大日本帝国政府は学校教育を通じて、人口の8割以上が農民だった日本人に「武士の魂」を植え付けるのに成功した。伝統文化とは、美点のみを強調し、同時代に存在した汚点は無視してバッサリ切り捨てる。、先祖代々継承されてきたものではなく、新たにでっち上げた「古き良き価値観」を人々に信仰させるためにある。日本でも茶の湯をはじめとする絢爛豪華な桃山文化が語られることはあっても、同時代に存在した上位武家社会における小姓との同性愛について語られることはない(ってゆうか、同性愛なんて想像するだけでもイヤだ)。

タイの歴史教科書には、ねつ造された文化や伝統が多数登場する。タイ文字の起源とされるラームカムヘーング王碑文(ラムカムヘン王碑文)ローイグラトング(ロイクラトン, ロイカトーン, 灯籠流し)の起源についても懐疑的な論文が多い。

そのため、珈琲屋「バーンライ」は、世間一般より厳しい「伝統的な行動規範」を客に要求している。それが功奏して、結果的に上品で居心地の良い文化を創り上げることに成功した。

珈琲屋「バーンライ」の1号店は1998年、サーイチョン・パヤオノーイがガソリンスタンド「ポートートー」にオープンした。このエーガマイ(エカマイ)店は、その後に作られた。理想の農村文化は、ラングスィット(ランシット)から60キロほど離れたサラブリー県ノーングセーング郡にあり、ここで収穫された米はバーンライ各店の料理に用いられている(でも、おかずのほとんどを冷凍食品に頼っているため、美味しいのはご飯だけ)。

グルングテープ大学(バンコク大学)グルワイナームタイ校舎の最寄り駅にある。しかも今はちょうどアサンプション大学(ABAC, アッサムチャン大学)の中間試験間近のため、さまざまな大学に通う学生たちが集まって自習をしている。

高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)前にある日本料理屋「大戸屋サヤームパラゴン店(サイアムパラゴン店)」で友人と昼食をとり、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)の試験前自習室となっている珈琲屋へと行き、その後グルングテープ大学(バンコク大学)アサンプション大学(ABAC, アッサムチャン大学)の試験前自習室となっている珈琲屋へ出かけた。

2006年1月7日(土)

「はじめてタイを旅行しましたが、もう二度と来ません。いろんなところに連れていってもらいましたが、ぜんぜん楽しくありませんでした。ぶっちゃけ、あれのどこがいいんです? Go Go Bar(ゴーゴーバー) とか、もう本当に終わってましたよ。この数日間ずっと疑問に思ってきたんですが、日本人観光客って大半が買春目的じゃないんっすか? 買春とかに興味がないと、ホントつまんないです」

午後7時半、スィーロム(シーロム)6にある日本料理店「伯楽」で、今年最初の焼酎を日本人7人で楽しんでいた。そこで、ある日本人観光客は、きょうまでに溜まり溜まった鬱憤を一気に発散させた。

――まあ、どんなレジャー施設も好き嫌いは分かれますから。それにですね、あんな贋物ワールドにハマっちゃう人の方がオカシイんですよ。

外国人向け Go Go Bar(ゴーゴーバー) や日本人向けカラオケスナックのレベルの低さには、本当に目を覆いたくなる。そもそも、タイの娼婦(売春婦)は、タイ人男性が「いらない」と言うほどレベルが低いし、それが外国人向けの娼婦(売春婦)となると、もう本当にヤバすぎる。どうやったら、あそこまでヒドいのを揃えられるんだろうか。

ここバンコクで商売するなら、タイ人客をターゲットにしたビジネスモデルの方が儲かる。タイに駐在しているサラリーマンより、現地の事業主の方が遙かにカネを持っている。カネ払いも、タイに来て節約旅行をしている外国人観光客より、現地でクルマに乗っている都市部の中間層の方がよい。だから、比較的競争力のある娼婦(売春婦)はタイ人向けの店へと流れ、そこで職にあぶれたヘボい娼婦(売春婦)ばかりが日本人向けスナックや外国人向け Go Go Bar(ゴーゴーバー) に集中する。

しかし、性風俗施設に長時間入り浸っていたら、売買春に興味のない正常な人間なら誰だってウンザリする。しかも、それがヒドいのばかりとあっては日本に帰りたくなるのもムリはない。ハッキリ言って、あんなのに価値を見出す方がどうかしている。

また、ヘンタイ的な嗜好を持っている一部の日本人は、バンコク最大の魅力として性風俗施設をあげる。だが、あんな狭い贋物レジャーランド「ロッチワールド*1」だけを見てバンコク全体を語ってしまうのは、あまりにもオカシイ。しかも、バンコク在住の一部の日本人男性は、「過去に何人の女性と性的な関係を持ったか」を互いに競い、自慢し合っている。それが思春期の若者なら理解できるが、いい歳をしたオトナがそんな数字を増やすことに自分のアイデンティティーを求めているようでは、ちょっとマズいんじゃないか?

その大半は、夜の娯楽施設(Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋), Go Go Bar(ゴーゴーバー), カラオケスナック, マッサージパーラー(ソープランド) etc )で戦果を挙げているようだが、実際にゲットしたものの裏面を見たことあるだろうか。そのキラキラ光るビックリマンシール*2は、「ロッテ」のホンモノではなく、裏に「ロッチ」と書かれているニセモノかもしれない。幸運にもホンモノを手に入れても、それは「天使」じゃなくて「悪魔」かもしれない。いずれにしても、せめて一枚くらいはちゃんとした本物のシールをゲットして、その裏面に書かれている解説をじっくり読んでみてはどうだろうか。

・・・・・・とはいっても、ある偉い学者さんによると、タイ語がまともに読めなくてもタイ関連の素晴らしい論文が書けるというのだから、世の中なにが正しいのか、なにが本物かなんて分かったもんじゃない。先行研究を参照できなくて、どうやって論文を書くのか。まさか参考文献ゼロの論文を学会で発表するつもりとか? (英語論文の最後のページにある参考文献欄からタイ語の文献の名前をコピペするのだけは絶対にやめてほしい)。ま、解説文が読めないのは仕方ないとしても、せめて「テ」と「チ」の違いを判読できる程度の能力はあると信じたい。

それ以前の問題として、大人になってもまだビックリマンシール収集を趣味にしているという時点で、すでにかなりキテるけど。

ロッチのビックリマンシールを集めることに意義を見出す日本人が集まるロッチワールド。ファンタジーで溢れかえるこの贋物ワールドを、ひとりの日本人観光客は敢然と拒否した。

でも、バンコクのホントウの醍醐味はロッチワールドの外にあるんだけどなあ。モッタイナイ。

夜、スィーロム(シーロム)6にある日本料理屋「伯楽」で日本人8人で日本産焼酎を堪能し、タニヤ通りにあるカラオケスナック Dunhill(ダンヒル) でタイ語曲を熱唱した。その後、タニヤ通りにある屋台で友人と酒を飲んでいたところ、スィーロム通り(シーロム通り)にあるパブで踊っている友人から電話があり、ふたたび合流して午前5時まで飲み続けた。

*1 ロッテワールド(Lotte World, 롯데월드)は大韓民国ソウル特別市蠶室、並びに釜山広域市にあるテーマパーク。経営はロッテ。室内娯楽施設としては世界最大級。(wikipediaから引用
*2 ビックリマンは、ロッテによって発売された一連のお菓子、それにオマケとして封入されたシールシリーズ、およびそれをもとに作られた作品。(wikipediaから引用
*3 ロッテから発売されていた、1980年代にヒットした食玩である「ビックリマンシール」をまねてコスモスが作った玩具のブランド。(wikipediaから引用

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2006年1月8日(日)

風邪のため、一日中自室でぶっ倒れていた。夜、友人が見舞いに来て「豚肉のバジル炒めご飯(カーオガパオムーサップ)」を差し入れてくれた。寝室で入社前研修の資料を読んでいたところ、別の友人に誘われて高架電車 BTS エーガマイ駅(エカマイ駅)前にある民族主義的珈琲屋「バーンライ」へ出かけた。朝6時半に珈琲屋を出たが、渋滞にハマり、北東約5キロの地点にあるスクンウィット(スクンビット)13まで1時間半もかかった。通勤ラッシュと通学送迎ラッシュが重なるこの時間帯、スクンウィット通り(スクンビット通り)は想像以上に渋滞していた。

2006年1月9日(月)

昼前に起きて、スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋に行った。帰宅後、部屋でダラダラと過ごした。

2006年1月10日(火)

「本当にすごい人気ね。ほかの店はガラガラなのに、この店の前には行列ができてる。あ、あそこに座っている人、見たことあるでしょう? 『ナーングバープ』(7チャンネルの主力ドラマシリーズ, 月火・午後8時20分~午後10時)で奴隷の妹の方(ヤート)を演じてる役者、エ=イッサリヤー・サーイサナンじゃない! エセ日本料理屋の Fuji(富士) よりちょっとだけ高いけど、これほど本格的な日本料理がこんな手頃な値段で食べられるようなって、日本人としては幸せでしょう?」

午後8時半、高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)前のサヤームパラゴン(サイアムパラゴン)で、周囲を見渡しながら友人が言った。

日本全国に165の店舗を展開している定食屋「大戸屋」は、ここバンコクでは「ハイソっぽい日本料理屋」として脚光を浴びている。そもそもの火付け役は、トーングロー(トンロー)15にあるオシャレなショッピングモール J-Avenue(ジェーアヴェニュー) に出入りしている本物志向の上流バンコク人たちだったが、口コミで「 Fuji(富士, フージ)Zen(禅, セン) 並のお手頃価格で本格日本料理が楽しめるオシャレスポット」としての評判がバンコク人のあいだに広がり、ついに高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)前にバンコク2号店を出店。現在、エーガマイ通り(エカマイ通り)にある大型スーパー Big-C(ビッグシー) や高架電車 BTS プローンポング駅(プロンポン駅)前にも出店を計画しているという。

日本料理屋「大戸屋」がバンコクで成功した要因は、バンコクの中間層のあいだで流行している健康志向と本物志向のニーズにタイムリーに応えたことにある。

近年、中流以上のバンコク人は、バブル景気の追い風に乗って所得が飛躍的に豊かになり、健康に対する関心も高まってきている。さらに、 Oishi や Unif などの飲料メーカーがテレビ CM を利用して緑茶が健康に良いと宣伝したため、日本料理のポジティブなイメージが定着した。現在、 Seven Eleven(セブンイレブン) では7種類の砂糖漬け緑茶が売られている。ところが、バンコク人はそれぞれ趣の異なる何種類もの「緑茶」に混乱させられた。もう、何がホンモノで、どこが健康的なのか訳が分からなくなってしまった。そこに登場したのが日本発のホンモノ志向の定食屋「大戸屋」だった。

大戸屋は、それまでの日本料理屋が全面に押し出していた「わざとらしい日本っぽさ」を完全に排除して、オシャレで都会的な日本のイメージを演出することで、健康を追求している本物志向のバンコク人のハートを射止めた。

しかし、大戸屋2号店が出店する直前、元祖である1号店の味が悪くなったのは記憶に新しい。ヘラでペッタンペッタンにされて出てきたライスには、心底ウンザリさせられた。もし、大戸屋のタイ法人が現地従業員の教育ノウハウを確立できれば、バンコク都内に20前後の店舗を展開するメジャーな外食チェーンの仲間入りを果たすかもしれない。

昼、スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で友人たちと過ごしてから、サヤームパラゴン(サイアムパラゴン)で夕食をとった。

2006年1月11日(水)

「タイ人のオトコは、娼婦(売春婦)を恋愛の対象から外してるけど、喫煙習慣のある女性も同じくらい忌避されているの、知ってるでしょう? そんなヘボいのと同一視されてはかなわないから、タバコに手を出すわけにはいかないのよ」

午後11時30分、ナラーティワートラーチャナカリン(ナラティワートラチャナカリン, ナラティワット)15にあるパブ 15 th Street で、トイレに行こうとしたところ女性客のタバコが友人の手のひらに当たったせいで不機嫌になっていた。

喫煙女性については、もう少し婉曲的な表現だったが、ほかの友人からも同じような話を聞いたことがある。自分の友人にタバコを吸っている女性はほとんどいない。

昼すぎ、バーングスー区役所(バンスー区役所)へ友人と出かけてから、アソークモントリー通り(アソーク通り, スクンウィット)21にある歯医者で歯石除去(500バーツ)と虫歯治療(400バーツ)を受けた。夜、パブ 15 th Street で友人と夕食をとった。

2006年1月12日(木)

「わたしの友達には、日本人の彼氏と付き合ってる人なんていくらでもいるわよ。みんなレストランとかで知り合ったみたい。あなたも学生ってことは、彼らと同じようにビザのために学校に通ってるクチでしょう? そういえば、日本人ってそろいもそろって英語下手よね? どうせあなたもムリでしょうけど、せっかく外国人同士なんだし英語で話しましょうよ」

午前2時半、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィットスイート(スクンビットスイート)」199号室のベッドに寝ころんで、タイ人から紹介されたばかりのプレーオ(21, 仮名)と電話で話していた。そのとき、血液がものすごいスピードで頭のてっぺんに上がっていき、受話器を握っている右手がワナワナと震えている。

ホステスとして働くために酒田短期大学(閉校)に在学していたような一部の中国人女性留学生たちと同一視されては、まったく憤懣やるかたない。

カジュアルな場面で自己紹介するときは普通、「プラナコーン・ラーチャモンコンの3年で英語を勉強してます」くらいの砕けた表現を使うが、プレーオは「わたしはプラナコーン・ラーチャモンコン工科大学(ラチャモンコン大学, ラチャマンガラ大学)パニッチャヤゴーンプラナコーン校英語学科の3年生です」と言った。しかし、このような傾向は、プレーオに限らずラーチャパット(ラチャパット)系とラーチャモンコン(ラチャモンコン, ラチャマンガラ)系の国立大学にかよう学生に共通してみられる、目的は「大学」という単語を使うため。

ラーチャモンコン工科大学(ラチャモンコン大学, ラチャマンガラ大学)は昨年、高等専門学校的な位置づけにある高等教育機関(準学士(ポーウォーソー)の学位を発行)から、総合大学に昇格したばかり。もちろん、両校に通う学生のプライドは極端に高い。実際には、入学難易度、カリキュラム難易度、教育機関としてのイメージ、どれをとっても中堅以上の私立大学に劣るが、そのクセ国立大学の学生であるという自負心があまりにも強烈すぎる。

ラーチャモンコン工科大学(ラチャモンコン大学, ラチャマンガラ大学)のモデル授業料は、半年で6,610-9,110バーツと、(公開大学であるラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学), スコータイタンマティラート大学をのぞく)どの大学と比較しても安い(ラーチャパット大学(ラチャパット大学)12,025-12,750バーツ, 一般の国立大学11,150バーツ, 私立大学18,500~46,000バーツ)。このような事情から、経済的な問題を抱えている学生が多く、アルバイトに精を出す学生も少なくない。

正直、外国人の知り合いが多いタイ人はあまり好きになれない。もちろん良い学生もたくさんいるが、それよりも前に外国人と知り合った経緯が気になってしまう(そういった理由から、僕には日本語の語彙が5語以上ある友人はほとんどいない)。そもそも、ふつうのレストランで働いているのに、どうして外国人と知り合う機会があるんだ!? あまりにも不自然すぎる。

――キミは英語を専攻していて、英語ができるようなつもりになってるみたいだけど、俺だっていちおう大学院に入れるだけの英語力くらいはあるし、それはキミの大学の英語専攻のレベルより遙かにマシなはずだ。そもそも、なんで俺が、ビザのために学生してるようなキミのヘボいお友達と比較されなきゃいけないんだ。フザケンナ!

・・・・・という言葉が喉の先まで上がってきていたが、電話口で怒鳴ってもオトコが廃るだけで、まるでいいことがない。自分がいまどこで何をしているか言えば、効果覿面、一気に優位に立てるが、世間で言われているような「ヂュラー生(チュラ大生)」の悪いクセを真似る必要もない、と思ってグッと飲み込んだ。

――いや、英語で話す必要はないさ。なぜなら、キミと話すことなんか、もう何もないからだ。そろそろ受話器を戻しても良いかな?

ちょっと気を抜いたら、すぐにでも大きくなってしまいそうな声を必死で抑えながら言うと、相手からの応答も待たずに終話ボタンを押した。

そういえば先日、日本人の友人がこんなことを話していた。

「タニヤ通りで、同じ大学で日本語を専攻している学生と父の知り合いの3人でお茶してたときに、あろうことかそのオッサン『可愛いねえ、キミはどの店で働いているの?』なんて聞いてんのよ!? まったく、どういう神経してるのかしら。彼女、そのオッサンが立ち去ったあとに、涙ぐみながら『こんな屈辱は生まれて初めて。絶対にあり得ないこと』と悔しがっていたわ。あまりにも可哀想だった」

タイ人というだけで娼婦(売春婦)と同一視されてしまうタイ人女子大生、日本人というだけで棄民と同一視されてしまう日本人留学生。お互い様と言ってしまえばそれまでだが、どうも釈然としない。

でも、冷静になって考えてみれば、この日本人のオッサンは「タイ人は全員カネで買える」と本気で思い込んでいるかもしれないし、プレーオも「日本人はみんな頭ワルイ」と本気で思い込んでいるのかもしれない。

特に、娼婦(売春婦)としか交流のない一部の日本人は、能力的格差が著しいタイにおいてもっともヘボい階層だけを見て、タイに来れば自分は能力的にも経済的にも神になれると錯覚してしまう。しかし、もし仮にそんな妄想が真実であれば、バンコクの中間層もビックリするような貧民窟アパートに住んでいる日本人はひとりもいないはず。

タイは極端な階級社会。(タイ人でも日本人でも)階層ごとに異なるコミュニティーを形成しているため、交友関係が極度に低レベルなひとに限られていると、物事の全体像を正しく把握できなくなる。

昼、スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で入社前研修の e-Learning をしてから、タニヤ通りにある日本料理屋「味里」で友人と夕食をとり、スクンウィット(スクンビット)22にある大衆居酒屋「栄ちゃん」で別の友人と飲んだ。

*1 プラナコーン・ラーチャモンコン工科大学は、2548(西暦2005)年1月18日布告のラーチャモンコン工科大学設置法に基づいて総合大学(マハーウィッタヤーライ級)へと昇格したばかり国立大学で、2年前までは「ラーチャモンコン工科学校」(サターバン級)と呼ばれていた。同法施行に伴い、それまで40近くあった分校舎は9つのラーチャモンコン工科大学と38の校舎に再編された。それぞれの内訳は次の通り。①タンヤブリー・ラーチャモンコン工科大学(別名クローングホック・2校舎)、②グルングテープ(バンコク)・ラーチャモンコン工科大学(3校舎)、③タワンオーク(東部)・ラーチャモンコン工科大学(5校舎)、④プラナコーン・ラーチャモンコン工科大学(5校舎)、⑤ラッタナゴースィン・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑥ラーンナー・ラーチャモンコン工科大学(7校舎)、⑦スィーウィチャイ・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑧スワンナプーム・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑨イーサーン・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)。
*2 カリキュラムの難易度は、2年次に習う「音声学」のテスト前に、英語の発音記号のとなりにタイ文字で読み方が書かれている紙を眺めるようなレベル。
*3 タイの学費は理系学部に高い傾向がある。また、私学で唯一の医学部を擁するラングスィット大学の医学部学費は日本大学医学部の学費に匹敵する。なお、国からの補助金が大幅に削減され、独立採算モデルの確立に迫られている国立大学の学費は段階的ではあるが、年々著しく高騰している。
*4 本来、都市部のラーチャモンコン工科大学に入学して授業について行ける程度の能力があれば、下位以上の私立大学でもなんとかやっていける。私立グルングテープ大学(バンコク大学)工学部卒の友人の話によれば、「商業高専よりもちょっとだけマシなレベルでしょう? 全く比較の対象にもならない」とのこと。

2006年1月13日(金)

「ひとつ12バーツだよ!」

午後8時半、バンコクの中華街ヤオワラート通り(ヤワラート通り, ヤワラー通り)にある中華料理店「和成豊魚翅」で友人と夕食をとったが、飲茶の品揃えが期待していたより少なく、食後の物足りなさを感じていた。そこで、一軒の中華まん屋台に目が留まった。

一目で華人ではないと分かる色黒の中年男性に代金を支払って、ホクホクの中華まんを受け取った。さっそく、裏に貼られている紙をペリっと剥がして、ハムっとひとくちくわえてみる。

う――ま――い――!!

日本だったら400円出しても買えないような極上中華まんを、たった12バーツ(約35円)で味わえるとはスゴすぎる!! さすが、中華街ヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)。生半可な味では生き残れないというウワサはウソじゃないかも!

日本のセブンイレブンじゃ絶対に売ってない「究極の肉まん」をくわえながら、ヂャルーングルング通り(チャルンクルン通り)を友人と歩き、タクシーでスィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋へと向かった。

昼すぎ、スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で、新入社員研修会の前に読んでおくように言われている資料に目を通した。中華街ヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)で夕食をとってから、ふたたび珈琲屋に戻って作業の続きをした。せっかくのフライデーナイトなのに、一日のすべてを珈琲屋で過ごしてしまった。こんなことなら、エーガマイ通り(エカマイ通り)パブ「ナングレン」へ友人と行っておけば良かった。

2006年1月14日(土)

「わたしたちのグループは今晩、 Slim(スリム) へ行く予定になってるんだけど、もうムリってカンジなのよね。前回なんて、オッサンと連れ出しバーの店員の巣窟と化してたし。さっきの Inch(インチ) は、初期の Slim(スリム) みたいでまあまあ良かったけど、女の子のレベルがちょっとヤバすぎ。ってゆうか、わたしたちが一番可愛いようじゃ問題アリよね」

午後9時半、ラッチャダーピセーク通り(ラチャダー通り)にあるパブ Inch(インチ) に落第点を下して、すぐ隣にある不思議なパブ「ヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)」へと向かった。

パブ「ヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)」は、ひときわ独特なオーラを放っている。中国語の看板が店内の至る所に掲げられており、ステージの左右には漢字が書かれている赤い掛け軸もある。バンコクのパブといえば普通、最先端の西洋文化を象徴するかのような作りをしているが、これではまるで植民地時代の上海租界地のよう。入口の近くには、その場で選んで購入できる飲茶売場もある。

個人的には、タイポップスの生演奏まで聴きながら、広々とした席で飲み食いできて気に入った。しかし、雰囲気と客層で店を選ぶバンコク人にとって、この店は食べ物を重視しすぎておりオヤジっぽすぎるかも。タイでは忘れた頃にチャイナブームが巻き起こるが、この店はその流行を作り上げるのに失敗した。

昼すぎ、スィーロム通り(シーロム通り)で友人たちと作業をした。その後、高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅) 前の サヤームパラゴーン(サイアムパラゴン)で別の友人たちと創作イタリア料理を食べてから、パブ Pump Up!(パムアップ) 裏に新設された Inch(インチ)ヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)を見て回った。

2006年1月15日(日)

「わたしには都心のパブの方が合ってるわ。ライブは昨日のヤオワラート(ヤワラート, ヤワラー)よりマシだけど、なんかこう・・・・・・何から何までダサいのよね。郊外のパブなんて全部切り捨てて、これからは都心のパブを中心に回りましょうよ」

午前零時10分、ガセートナワミン通り(ガセートナワミン通り)にあるパブ「グラチュート」で、見るからにイケてないバンドの演奏を聴きながら、友人はウンザリした表情で言った。

僕たち「パブ探検隊」は、都内ブングム区に最前衛のパブがあると聞きつけ、自宅から北東に11.5キロのところにあるパブ「グラチュート」へと出かけた。メンバーは、銀行員OL(月給約80,000バーツ)、皮膚科女医(半日勤務月給約40,000バーツ)、日本人留学生(月間予算63,000バーツ)の「バンコク中間層の中の上」3人組。閉塞感漂うバンコクのナイトライフを少しでも楽しくするために、これまで足を踏み入れたことのないパブを探して、ライブを聴きながら優雅にウイスキーグラスを傾けるのを活動の目的としている。会員制で部外者の合流は歓迎しない。

今回の情報源となった日刊紙のウェブサイト Manager Online(マネージャーオンライン) によると、パブ「グラチュート」は昨年2月にオープンし、若者たちのあいだで人気のインディーズ系に強いという。全400席で最大900人まで収容できる。300台収容の駐車場はバンコク都内のパブでも屈指の規模。ところが、店の客層と雰囲気を第一に考える友人たちはすぐに落第点を下した。全然インディーズ系じゃなかったし、若者もいなかった。マスコミの店舗紹介なんて、いつもウソばっか。結局まんまと騙された。

朝、チョンブリー県にあるバーングセーン(バンセーン, バンセン)海岸で友人たち10人とちょっとしたリゾート気分を味わってから、海鮮料理店「ワングムック」で夕食をとり、大急ぎでバンコクへと戻った。その後、ガセートナワミン通り(ガセートナワミン通り)にあるパブ「グラチュート」へ別の友人たちと出かけた。

2006年1月16日(月)

特に何もない一日。アソークモントリー通り(アソーク通り, スクンウィット21)にある美容室でストレートパーマ(1,200バーツ)をかけてから、ンガームウォングワーン通り(ンガムウォンワン通り)にある食堂「デブやせ粥(カーオトムウワンポーム)」で友人と夕食をとった。

2006年1月17日(火)

「ふっふっふ。これをゲットしようと、年が明けるのをずっと首を長くして待ってたのよ。 IC チップ搭載の新型国民 ID カード(バットプラヂャムトゥワプラチャーチョン, パットプラチャーチョン)のためなら、これまでお世話になってきた旧式国民 ID カード(バットプラヂャムトゥワプラチャーチョン, パットプラチャーチョン)にも消えてもらいます。まだ有効期限が3年も残ってるけど、欲し