2005年6月1日(水)

「ビジネス学士大*、娯楽ビジネスの街娼学士。このジョーク、聞いたことあるでしょう?」

* ビジネス学士大・・・・・・ここでは便宜上やむを得ず日本語に訳したが、正確には「トゥラギットバンディット大学」のこと。

アヌサーワリーチャイサモンラプーム(アヌサワリー)戦勝記念塔ロータリー周辺の歩道や商店は、どこもトゥラギットバンディット大学の制服を着ている学生たちで埋め尽くされている。そんな風景を渋滞にハマって立ち往生しているクルマのなかから眺めていると、助手席に座っている別の大学の友人がとんでもなくシュールでブラックなジョークをぶっ放して、僕を驚かせた。

「ビジネス学士大、娯楽ビジネスの街娼学士」 ธุรกิจบัณฑิตย์ ธุรไก่บัณฑิต ธุรกิจบันเทิง(トゥラギットバンディット・トゥラガイバンディット・トゥラギットバントゥーング) とは、下位私立大のトゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)(=ビジネス学士大)に通う娼婦の多さと、卒業の簡単さを揶揄するジョーク。ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学, タイ商工会議所大学)の「売りながら学ぶ」 ค้าไปเรียนไป(カーパイリアンパイ) も有名。

タイでも学生売春は深刻な社会問題になっている。タイの売春市場において現役女子大生は根強い人気を誇っており、日本国内における「女子高生」のようなブランドイメージを確立している。一方で、タイの若者たち、特に私立大学の学生のあいだでは、階級社会に対する親和性が極めて高い「ハイソ」を希求する消費スタイルが持て囃されている。これは同時に、高価な消費財を持っていない学生が差別を受けるという悪しき風潮の温床となっており、地方出身の貧しい私立大学の学生は、都市部の裕福な学生たちと対峙するために、かなりの無茶を強いられている。そのため、安易にカネが手に入る売春によって自力救済を図ろうと考える学生が一向にあとを絶たない。

月々の目標月収は20,000バーツ。これを元手に、都市部出身の学生たちが持っているような高価な携帯電話(約20,000バーツ)、高価なハンドバッグ(2,000バーツ以上)、高価なハイヒール(1,800バーツ以上)などを調達している。なかには、目標月収を達成するために、複数の客から少額の手当を得ていることもある(4人から5,000バーツずつとか)。ちなみに、地方出身者がおおい都市部の高等教育機関はつぎのとおり(売春割合ではなく人数順, マンモス大学であればあるほど上位にランクされる)。

ラーチャパット大学スワンドゥスィット校(スワンドゥシット校)・スワンスナンター校、スィーパトム大学(シーパトム大学)トゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学, タイ商工会議所大学)ラングスィット大学(ランシット大学)サヤーム大学(サイアム大学)グルングテープ大学(クルンテープ大学, バンコク大学)など。

プライドの高い上位国立大の女子学生が売春に手を染めることはほとんどないが、文系最難関のヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部でも数年前、学生の売春行為が露見するという珍事があった。この学生は「神聖なるヂュラー(チュラ)文学部の名誉を著しく損なった」として、クラスメイトたちからさんざんに糾弾されたあげく退学を余儀なくされた。当時の文学部に通っていた学生によると、「あまりの恥ずかしさに登校できなくなり、気づいたときにはいなくなっていた」という。

冒頭にあるトゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)については、タイ語の匿名掲示板 Mtha! Square に興味深い記事が投稿されている。

ถ้าไปเรียนที่ ม. กรุงเทพ หรือ ธุรกิจบัณฑิต
もしグルングテープ(バンコク)大とかトゥラギットバンディット大とかに通っていたら?
คือว่าเป็นเด็กโคราชหน่ะค่ะ ถ้าไปเรียนที่ ม. กรุงเทพ หรือ ธุรกิจบัณฑิต เค้าจะดูถูกว่าเป็นคนบ้านนอกมั๊ยคะ อยากไปเรียนแต่ก็กลัวหน่ะค่ะ
えーと、私はコーラート(ナコーンラーチャスィーマー県)の高校生です。もしグルングテープ(バンコク)大とかトゥラギットバンディット大とかに通っていたら、周りから田舎者としてバカにされますか?通いたいと思っているんだけど、それが心配なんです。
29 ก.พ. 2004 2004年2月29日 คนโคราช コーラート人

ความเห็นที่ 4 発言番号4
ธุรไก่บัณฑิตย์ ธุรกิจบันเทิง
ビジネス学士大、娯楽ビジネスの街娼学士
EXERCISE - [09:19:01 น. : 29 ก.พ. 2547]
エクササイズ(2547年2月29日9時19分1秒)

日本でいう援助交際は、タイでは「学生売春, 学生性的サービス」(นักศึกษาขายตัว(ナックスックサーカーイトゥワ), นักศึกษาขายบริการทางเพศ(ナックスックサーカーイボリガーンターングペート))とより直接的な表現で呼ばれている。

日本人の大半は、日本人向けカラオケスナックの娼婦(売春婦)Go Go Bar(ゴーゴーバー)娼婦(売春婦)、街娼など、タイ人向け売春市場における敗残者ばかりを相手にしている。タイ的には娼婦(売春婦)が恋人というだけで思いっきりアウトなのに、なぜかその中でも最低レベルの敗残娼婦(売春婦)ばかりをゲットして、それに生き甲斐としている。つまり、日本人買春愛好家たちは、タイ人が「いらない」と言っているものばかりを集めて大喜びしているにすぎない。虚しくはならないのだろうか? 買春をしない僕には端から無縁な話しだが、彼らは身近にいるタイ人女性との関わり方について、今一度検討し直した方がよい。

昼すぎ、ラーチャプラーロップ通り(ラチャプラロップ通り)にあるタイの最高層ホテル「バイヨックサガーイ(バイヨクスカイ)」78階の食堂で友人とインターナショナル料理のビュッフェ(ひとり350バーツ)を食べた。料理の味は全然ダメだが、種類が多く日本食もあった。純粋にバンコクの景色を眺めに行くのであれば、十分に採算が合うはず。友人と別れてから、スクンウィット(スクンウィット)15にある自動車整備工場へ行き、後部バンパーやサイドミラーに付いている傷を補修するためにクルマを預けた。

夜、別の友人から興味深い話を聞いた。

「ほら、わたしってセンター入試(エントランス)でどこにも受からなかったじゃん? で、落ち込んでいるうちに、グルングテープ大学(バンコク大学)ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学, タイ商工会議所大学)の出願にも間に合わなくなってて、仕方なく近所のトゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)に入ったんだけど・・・・・・入学して間もなく、男子学生たちが『校門の警備員が売春している女子学生の顔写真と電話番号を持っていて斡旋してくれる』と話しているのを聞いて驚いた。しかも、その警備員に直接聞きに行ったら、事実だったのよ! それ以外にも、当時出版されたばかりの何かの本で、トゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)が売春率ナンバーワンの大学として紹介されているのを見て、これは本当にヤバいって思ったわ。だから、すぐに退学して、1年後にグルングテープ大学(バンコク大学)を受け直したの」

これが嘘のようなホントの話か、それとも単なる都市伝説にすぎないのか、僕には分からない。ただ、そのような認識が広くバンコク都内の大学生のあいだに定着していることは間違いない。

半年ほど前、 CWP Central World Plaza(セントラルワールドプラザ) 向かいにある台湾式足ツボマッサージ屋で読んだ日本語性風俗情報誌 G Diary(ジーダイアリー) に、大学生による援助交際についての特集記事が組まれていたが、どうせやるならこの程度の調査をしてから書いてもらいたいと友人が苦言を呈していた。

この記事を書くにあたっては、要旨が偏ったものにならないよう、できるだけ多くの友人たちに情報の提供を依頼した。特に次の教育機関に通う友人たちの話が参考になった。ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部・理学部、タンマサート大学(タマサート大学)文学部・政治学部・社会学部、チアングマイ大学(チェンマイ大学)経営学部、スィンラパーゴーン大学(シラパコン大学)文学部、マヒドン大学経営学部、スィーナカリンウィロート大学(シーナカリンウィロート大学)文学部、ラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)法学部、グルングテープ大学(バンコク大学)工学部・経営学部、アサンプション大学(アッサムチャン大学, ABAC)文学部・経営学部・法学部、ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学, タイ商工会議所大学)文学部・情報学部、ラングスィット大学(ランシット大学)文学部・情報学部、トゥラギットバンディット大学(トゥラキットバンディット大学)商学部・情報学部、スィーパトゥム大学(シーパトゥム大学)文学部、グルーク大学商学部、マハーナコーン工科大学(大都大学)商学部、プラヂョームグラーオ工科大学(キングモングット工科大学, キングモンクット工科大学)北プラナコーン校工学部、ラーチャパット・スワンドゥスィット大学(ラチャパット・スワンドゥシット大学)情報学部、ラッタナバンディット大学(ラタナバンディット大学, RBAC)商学部、アンタウィット商業高等専門学校商業科。協力してくれた友人達に感謝。

<関連記事>
2004年6月15日付「タイにおける若者の性的価値観とその傾向」
2004年12月13日付「娼婦に例外はあるか その3」
2005年5月9日付「シロウトとは何のことか?」

2005年6月2日(木)

「ひゅーひゅーひゅー! そこの彼氏、セックスはどうだい?」

どうだいって言われてもねえ。それに、そのひゅーひゅーっていうのはいったい何なんだ。

午後11時、スィーロム通り(シーロム通り)にあるいつもの珈琲屋を出て、タクシーを拾うために百貨店 Robinson(ロビンソン) 前の暗がりをプララームスィー通り(ラマ4世通り)に向かって歩いていたところ、付近を徘徊している男が声をかけてきた。

これまでも深夜のタープラヂャン(タープラチャン)船着場前やスラウォング通り(スリウォン通り)で、美形といって差し支えない容姿の男娼たちをたびたび目にしてきたが、いつもクルマで通りかかるだけだったため身の危険を感じることはなかった。しかし、無防備な状態で歩いているときに性行為の話を持ちかけられると、リアルなおぞましさに身の毛がよだつ。しかも無視して立ち去ろうとしたところ、1メートルくらいの間隔を開けて後をつけてきたから発狂寸前になった。

街灯のあるバス停まで早足に移動して、そこからすぐにタクシーに乗り込んだ。このことを友人に愚痴って気分を少しでも落ち着かせようとしたが、携帯各社が実施している割引プラン(定額使い放題)のせいで電話回線が飽和状態になっているため繋がらなかった(話中のようになる)。本当にツイてない。

スィーロム(シーロム)2周辺に同性愛者が多いことは周知の事実だし、珈琲屋に同性愛者の客が来るのも仕方のないことと諦めている。同性愛者が近くの席で「ふぅんふぅん」という気色悪い声を発するのにも、目で犯すかのような視線で長時間見つめてくるのにも耐えてきた。僕たちはこの1年間で、同性愛者たちの存在を無視することが精神衛生上もっとも良い方策であると学んでいた。が、ここまであからさまなことを言われると、さすがにそれにも限界があるとを悟る。

今日は、スィーロム通り(シーロム通り)にある珈琲屋へ友人と出かけた。グルングテープ大学(バンコク大学)のインターナショナルプログラムで勉強している友人から、「今学期の学費43,000バーツを払えないんだけどどうしよう」と相談を持ちかけられたが、正常な生活を送っている善良な市民にまさか社会の最底辺であるタニヤ嬢のようなことをしろとも言えないから、大学の学生課や銀行の融資課に掛け合って奨学金がもらえるかどうか試してみてはどうかとアドバイスした。それがダメなら、割安なタイ語課程(約28,000バーツ/学期)やほかの私立大学(約18,000バーツ/学期)への転校を検討するか、今学期の休学はやむを得ないものとして諦めるしかないだろう。タニヤ通りにある日本料理屋で友人と夕食をとってから、ふたたび珈琲屋へと戻った。

2005年6月3日(金)

「ここ( Dance Fever(ダンスフィーバー) )もかなりヤバいけど、隣の Hollywood(ハリウッド) はもっとヤバいわよ。友達とこの前行って来たばかりなんだけど、1時間と耐えられなかったもの」

どちらもヤバいことには違いない。いくらか改善されたのではないかと期待して、従来型のいわゆるディスコ Dance Fever(ダンスフィーバー) へと数年ぶりに足を運んだが、目が肥えてきたせいか以前よりもひどくなっているように感じた。

ホテルを除く、バンコクにおけるサービス産業の全てについていえることだが、外国人客の多い店は概してイケてない。日本人をはじめ多数の外国人が集まる Dance Fever(ダンスフィーバー) も、外国人客が連れてくる娼婦(売春婦)たちであふれかえっている。しかも、彼女たちの嗜好に合わせて、タイ東北部(イーサーン地方)の田舎祭り「モーラム」をアレンジしたような雰囲気作りをしているため、ラッチャダーピセーク通り(ラチャダー通り)一帯で働いているソープ嬢たちがこぞってここにやってくる。

タイは極端な階級社会であり、階層ごとにそれぞれ異なる文化を形成している。ラッチャダーピセーク通り(ラチャダー通り)一帯で働いているソープ嬢たちは、ほとんどが地方出身者であり、バンコク出身者との接点がほとんどないため、流行にはついていけないし理解することもできない(逆もまた然り)。そのため、田舎の文化をこよなく愛している。ステージ上では、ギラギラしている露出度の高いコスチュームを着ているダンサーたちによる、田舎祭り「モーラム」のようなショーが最新のタイポップスに合わせて行われている。また、客層が客層だけに、下着姿になってテーブルの上で踊りだしてしまう客もいる。

こんなのを見たら、どんなバンコク人でも普通にひくだろう、都会的な雰囲気を好む都市部の若者たちには絶対ウケるはずがない。

今日はスィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋で時間をつぶしてから、高架鉄道 BTS ラーチャテーウィー(ラチャテウィー, ラチャテヴィー)駅で友人と合流し、駅前からモーターサイ(バイクタクシー)に乗ってバンコクの電脳街「パンティッププラザ」へと向かった。現在修理中のパソコンから、明日提出の映画演劇論の原稿を救出し、ラッチャダー(ラチャダー)6にあるディスコ Dance Fever(ダンスフィーバー) へと移動した。店の前にある売店でフリスクを買って、 Dance Fever(ダンスフィーバー) の優待券( VIP カード)をゲット。これがあれば安ウイスキー Spey Royal とミキサー7本が550バーツで買えるようになる。

舞台の都市型モーラムダンスを眺めながら、安いウイスキーを飲んだせいで、悪酔いをしてしまった。モーラム館を出てからの記憶が全くない。

2005年6月4日(土)

「毎週週末にはバンコクに戻ってきているんだけど、いつもはアユッタヤー(アユタヤ)にある日系企業の工場で働いてる。________って、あなたも聞いたことあるでしょう?」

この会社については昨年7月、アユッタヤー(アユタヤ)方面にある工場を見学する手配をしてくれた日本人出張者の方から「ここだけは絶対に入っちゃいけない」と何度も念を押されていたため知っていたが、それでも何を作っている会社なのかは皆目見当がつかなかった。そこで、別の友人に助け舟を求めたところ、興味深いウワサをいくつか教えてくれた。

直接当事者から詳しい話を聞いたわけではないから、ここにその内容を書くことはできないが、岩井正和さんの著書「ミネベアはなぜ強い」(ダイヤモンド社)第5章の「タイが見たある日系企業」を、いずれ時間を見つけて読んでみたいと思っている。

今日は、二日酔いに悩まされながらも、スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋へ行ってから、トーングロー(トンロー)15の J-Avenue(ジェーアヴェニュー) に入っている日本料理屋「大戸屋」で友人と昼食をとり、ベーカリーカフェ Au Bon Pain で食後のドリンクを飲んでいたところ、別の友人がもうひとりの友人を連れてやってきた。

2005年6月5日(日)

「バンコク中央病院の集中治療室に祖母が入院しているんだけど、うちは父が公務員だから、医療費の大半が国から還付されるのよ」

公務員の家庭に対する医療費の還付額については不明だが、友人によるとタダ同然で延命治療を受けることができるという。バンコク都医務局附属中央病院は、ポームプラーイ区に古くから広がる下町の中心部にある近代的な総合病院で、ベッド数404床、医師94人、看護師413人、歯科医8人、薬剤師9人。

今日は友人の祖母を見舞うために、友人のクルマで、バンコク都医務局附属中央病院へと出かけた。その後、ノンタブリー県パークグレット郡にある美容室で友人とストレートパーマ(1,500バーツ)をかけ、サムットサーコーン県ケーラーイにある粥料理店「カーオトムウワンポーム(デブやせ粥)」で友人と夕食をとった。

2005年6月6日(月)

「女性4人で同時に入店するか、入店時に4人以上の学生証を提示したお客様には、ジョニーウォーカー・レッドラベルを499バーツにて進呈いたします」

そう書かれているチラシと学生証を持って、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)4にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Rad へと入った。

日本で「クラブ」と呼ばれている娯楽施設は、バンコクでは2種類の呼び名で親しまれている。ひとつは「テック」と呼ばれている従来型のディスコ、もうひとつは「パブ」と呼ばれているライブハウス型の飲み屋。流行のライフサイクルが極めて短いため、店の命運は客層の変化によって大きく左右される。

バンコクにおける流行の牽引役は現役の大学生たち。流行の最先端を行くイケてる店には大学生たちがやってくる。大学生の客が定着してくると、口コミで店の評判が知れ渡り、バンコク中の老若男女が集結するようになる。ところが、女子大生目当てにやってくる中高年男性が一定の割合に達すると、次第に女子大生たちから敬遠されるようになり、ナンパのターゲットである女性客が一時的に不足する。その隙を狙って、裕福な男性客の玉の輿に乗ろうと目論んでいる貧しい娼婦(売春婦)たちが大挙して押し寄せてくる。ナンパの難易度が急激に下がったことを好感して(女子大生が娼婦(売春婦)にリプレイスされていることに気づいていない)男性客が一気に増え、店内はナンパ目当ての比較的裕福な男性客と、玉の輿狙いの手ぶらの娼婦(売春婦)たちであふれかえり、最後の大フィーバーが起こる。が、娼婦(売春婦)狙いの中高年が増える頃には、男子学生たちも事の次第に気づいて別の店へとシフトしていく。こうして、娼婦(売春婦)と中高年男性の巣窟となり果ててしまった店は、「イケてない」の烙印を押され廃れていく。

パブ経営を継続するためには意図的な集客が求められる。つまり、誰が必要で、誰が必要でないかを明確にして、常に客層をコントロールしていかなければならない。そのため、店内の雰囲気を作り上げるうえでのコアとなる「女性客だけのグループ」(ナンパの機会を男性客に与え集客する)や「大学生客」(流行の旗手を集めイケてることの証とする)を、いかにして一定以上の割合で確保するかが課題となる。今回のキャンペーンの背景には、破格の安値でウイスキーボトルを放出してでもターゲットとなる客を集めようという店側の思惑が隠されている。

しかし、店の雰囲気を悪くする要因となる娼婦(売春婦)や中高年の男性も、店にとってはカネを落としてくれる大切な客である。娼婦(売春婦)も、店内にいる「女性客」の総数を実際より多く見せる効果があるため排除することはできない。それに、ほかの客にとっても目的達成のための障害とはなりえず、自分が関わらずにいられればそれで良いと考えられているため、誰かに相手にしてもらえることもないが、店から追い出されたりするようなこともない。

将来バンコク駐在をすることになったときに、気晴らしに出かけたパブで誰からも相手にされないという事態に直面する可能性も考えられる。まさか誰からも相手にされていないのにパブを楽しめるはずがないし、この種の娯楽はある程度の年齢に達したら卒業しなくてはならないから、それまでにどこかパブ代わりの場所を探しておこう。

3ヶ月間にも渡って続いた夏休みもついに終わり、今日から前期の授業が始まった。いつもよりも2時間も早い午後7時にはベッドから出て身支度を済ませ、試しに午前と午後の講義に出席した。クラスメイトたちと相談した結果、午前中の授業は履修しないことにした。その後、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)4にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Rad へ友人たちと繰り出して、友人の誕生日を祝った。

2005年6月7日(火)

「イヤ。ぜったいにイヤ。マハーライムアングレーなんて絶対に見たくない」

どこへ行こうかという話を友人達としていたときに「マハーライムアングレー」を見に行きたいと提案したところ、あっさり却下されてしまった。

タイで発行されているファッション雑誌にもみられるように、一般にタイ人の若者のあいだでは、欧米の文化が持て囃され、タイ独自の文化は敬遠される傾向にある。友人たちもタイ映画「マハーライムアングレー」ではなく、いま話題のハリウッド映画「スターウォーズ・エピソード3」を見たいと話していた。しかし、気に食わないといって、グループ行動中に帰宅してしまうのも気が引ける。

こうして、僕たちは極めてオーソドックスなバンコクの若者的な時間を過ごすことになった。

CWP Central World Plaza(セントラルワールドプラザ) のレストラン sizzler(シズラー) で昼食(ひとり140バーツ)をとってから、タンマサート大学タープラヂャン校(タープラチャン校)前の市場でショッピングを楽しんだ。ここでは主に生活雑貨・軽食・被服品・装飾品・プラクルアングなどが売られており、タンマサート大学(タマサート大学)の学生たちのほか、渡し船でヂャーオプラヤー川(チャオプラヤ川)を渡りトンブリー方面へと向かう人々で賑わっていた。

ヂャーオプラヤー川(チャオプラヤ川)横断船で、西岸のチャーング(チャン)船着場(プラナコーン地区)から、東岸のワングラング(ワンラン, シリラート)船着場(トンブリー地区)へと移動し、船着場で絞りたてのオレンジに砂糖をたっぷりと入れたジュースを飲んでから、ヂャーオプラヤー川を南北に走る高速大量輸送船舶「ヂャーオプラヤーエクスプレス」でサートーン(サトーン)船着場(高架電車 BTS サパーンタークスィン駅)へと向かった。

サートーン(サトーン)船着場から5分ほど歩くと、ヂャルーングルング通り(チャルンクルン通り)沿いにヤーンナーワー寺(ヤンナワー寺)がある。プラナングヂャーオ王(ラーマ3世)ヂャーオプラヤー川(チャオプラヤ川)を航行する船舶の沈没を回避することを祈願して建立したと伝えられる、船型のヂェーディーは大変珍しいことで知られている。そこで夕方までダラダラと話し続けた。

百貨店 Robinson(ロビンソン) サパーンタークスィン(サパンタクシン)店で、友人たちのショッピングに付き合い、すっかり足が棒のようになってしまった。さらに4.5バーツのミニバスに乗って中華街「ヤオワラート(ヤワラート)」へと行き、飲茶店「ザ・キャントンハウス」で夕食をとった。一皿15バーツだった。

安宿街「カーオサーン」へと移動したあとも、友人たちのショッピングは続いた。さすがに付き合いきれなくなって、友人達がショッピングをしているあいだ、僕は足の裏マッサージ(230バーツ)を受けて今日一日の疲れを癒した。

授業のない平凡な一日になるのではないかと心配していたが、意外にも充実した一日になって良かった。

2005年6月8日(水)

「あの『ニッポン』っていうのはなんなんだ?」

ホテル Pathumwan Princess(パトゥムワンプリンセス) 9階の特設ホール。日本人サポーターたちが「ニッポン、ニッポン、オオオオオオ」と叫びながら盛り上がっているのを見ていたタイ人警備員が、スクリーンに見入っている上司に怪訝そうな顔でそう尋ねていた。

国際サッカー連盟(FIFA)は4月30日、スイスのチューリヒで規律委員会を開き、3月に行われたワールドカップ最終予選で観客が暴徒化した北朝鮮に対し、同予選の次のホームゲームとなる日本-北朝鮮戦を第三国のタイに移し、観客なしで開催させる異例の厳しい処分を発表した。

日本-北朝鮮戦は、ヂュラーロンゴーン大学サスィン経営学大学院(チュラロンコーン大学サシン経営学大学院)裏の国立スッパチャラーサイ競技場(国立競技場(サナームギーラーヘングチャート))で開催された。キックオフはタイ時間の午後5時半。

朝、文学部4号館で行われた講義に出席してから、ヂャームヂュリー(チャムチュリー)5号館の2階にある登録事務所で今学期の授業料を納め、午後2時半に大学の裏にある国立スッパチャラーサイ競技場で友人と合流した。試合開始3時間前だったため、競技場の観客席は一般に公開されていた(入場無料)。実際に観客席に座ってスタジアムの様子を眺めていたところ、芝が長すぎて選手が試合中に躓いてしまうのではないかと友人が心配していた。写真のスタジアム後方に見えるのは、高架電車 BTS サナームギーラーヘングチャート駅(国立競技場駅)周辺のオフィスビルやコンドミニアム。

その後、報道関係に詳しい友人から「サッカー日本代表は午後3時に宿泊中のコンラッドホテルを出発する」という情報を入手。さらに近くにいた警察官から「今さっき選手団がホテルを出発した」と聞いた。その頃、スタジアム周辺には日本から来た日本人サポーターやタイ在住の日本人ら約130名が集結し、サッカー日本代表の到着を待ちわびていた。しばらくすると、壇上に現れた警察官が Nobody Inside(ノーバーディーインサイド) と叫んで、スタジアムの入口を塞いでいた日本人サポーターたちを一時敷地外のヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)5まで下がらせた。

午後3時43分、サッカー日本代表を乗せた観光バスは、ゲートの外で横断幕を掲げている日本人サポーターたちに、大きな歓声と太鼓の音で迎えられた。ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)5で商店を営んでいるタイ人は、この歓声に驚いて一斉に外に飛び足してきたが、あまりの熱気に警戒したのか、日本人サポーターたちの様子を遠巻きに観察しているだけだった。

僕たちは国立競技場からヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)学生寮へと抜ける道を歩いて、ホテル Pathumwan Princess(パトゥムワンプリンセス) 9階にある日系旅行代理店主催の応援会場へと向かった。会場の隅にある喫煙所近くの席に陣取り、ビール片手に大スクリーンに投影される試合の様子を眺めた。

今日の日本-北朝鮮戦は、比較的娯楽の少ないタイ在住の日本人ファミリーにとってはまたとない祭事だったようで、老若男女ありとあらゆる日本人が会場に詰めかけていた。フジテレビをはじめ日本の報道各社も入っており、もしかしたら会場の隅でビールを飲んでいる僕たちの姿が日本国内で報道されたかもしれない。会場内はスタジアムさながらに盛り上がり、後半に日本代表が2度ゴールを決めたときの熱気は相当なものだった。

試合は日本が2-0で北朝鮮を下し、来年ドイツで行われる World Cup(ワールドカップ) への出場を決めた。

試合終了後、僕たちは往路と同じ道で国立競技場前に戻り、日本代表の選手団がスタジアムから出てくるのを待った。北朝鮮代表は試合終了20分後にはバスに乗ってホテルへと戻ったが、日本代表は試合終了後のインタビューなどもあり、いっこうに出てくる気配がなかった。会場の警備にあたっていた警察官は、30分後に出てくると話していた。

日本代表を乗せたバスがヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)6方面へと去るのを確認してから、タニヤにある寿司屋「まとい寿司」で夕食をとり、ほかの友人達とスクンウィット33/1にあるバーや、ペッブリー通り(ペブリ通り)のアマリアトリウムホテル2階にあるバブ Mingles(ミングルス) をはしごして閉店までカクテルを飲み続けた。

こういう超ミーハーな一日を送るのもたまには良いかもしれない。

2005年6月9日(木)

スィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋へ友人と出かけてから、ペッブリー(ペブリ)32で台湾式足ツボマッサージを受け、トーングロー15の J-Avenue(ジェーアヴェニュー) にある日本料理屋「大戸屋」で夕食をとり、その真下にあるベーカリーカフェ Au Bon Pain に寄り、さらにトーングロー(トンロー)21向かいの Play Ground(プレイグラウンド)Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) で閉店までだらだらと「今日のコーヒー」を飲んだ。

2005年6月10日(金)

「そんなパブ、聞いたことないわ。ってゆうか、タイ人との出会いが目的なら、 Slim(スリム) とか Pump Up!(パムアップ) とか、もっと良いパブなんていくらでもあるじゃないの。よりにもよって、なんでそんなところに行ったのよ?」

帰宅後、僕から今晩の計画についての説明を受けた友人は、半ばあきれ返りながら言った。

今晩の目的は、交換留学でタイに来たばかりの日本人に、少しでもマシなタイ人と知り合ってもらうことで、娼婦(売春婦)にハマってしまう危険を未然に防ぐことだった。タイは極端な階級社会(階層ごとに分断されている閉鎖社会)であるため、もし娼婦(売春婦)のようなヘボい階層のタイ人と仲良くなってしまったら、一般以上のタイ人やタイ社会を知らないまま帰国していくことになる。それではあまりにも気の毒すぎる。なんとしても一般以上のタイ人と知り合ってもらいたい。

タイと大衆文化研究

外国の文化を日本人的な感覚で捉えると物事の本質を見誤りかねない。19世紀に(ヨーロッパ特にフランスで)繰り広げられた民主主義と貴族主義との思想や制度の戦いにおいて、ほとんどの先進国では前者が勝利した(Wコーンハウザー「大衆社会の政治」)のに対し、タイでは後者が依然として優勢な状況にある。これまで王権が否定されたこともなければ、王家が大衆によって打倒されたこともない(日本の王権は戦後民主主義の過程で思想的に打倒されている)。

タイ社会の底流には、日本や欧米ではすでに過去のものとなった『階級社会』が現存している。それを無視して、公衆→大衆(市民社会→大衆社会)という発展図式をほとんど自明の前提とする欧米的な『大衆社会』的アプローチを、タイ社会に適用するのは誤りである。また、社会の大衆化にあわせて変容を続けてきた最新の消費社会論などの派生理論を鵜呑みにしてタイ社会を分析してしまうと、実態からかけ離れた見当違いな結論が導き出される。

タイと国民国家

ひとことで階級社会といっても、高度に大衆化された日本で教育を受けてきた日本人がこれを理解するためには、かなりの時間と経験を必要とする。タイの階級社会とは、所得水準、生活様式、教育レベル、価値観倫理観すべてにおいて天と地ほどの格差がある階層的で閉鎖的な社会のことだ(日本国内にお住まいの日本人にも分かるように説明すると、タイは単一の独立国家だが、国内はまるで『アジア諸国』のように細分化されており、それぞれ別の国のようになっている。そのため、異なる地域に住む同胞を、まるで外国人を見下すように容赦なく見下せる社会を形成している)。

タイ人は、①社会的地位、②経済力、③教育的バックグラウンドによって、階層ごとに排他的なコミュニティーを形成しており、相対的に下位の階層に属する人々は、相対的に上位の階層に属する人々から常に疎外される。また各階層には、独自の「愛国心」にも似た共通の集団意識があるため国民全体の団結意識に欠け、それをフォローするために歴代の政権はこの70年間、①タイ国王、②タイ語、③仏教(または敬虔な宗教信仰)の3要素を国民に植え付けることで、かろうじて国家としての骨格を保ってきた(汎タイ民族主義)。

タイと階級社会

タイはイギリス以上に露骨な階級社会である。タイ社会の特徴は、つぎに掲げるとおり大衆社会とは正反対である。

①【大衆社会とは】 妬みが個々人の消極的統一原理として定着しており、そのために平準化の現象が生じている社会[S キルケゴール, 現代の批判] ⇔ 【タイ社会とは】 エリート崇拝が個々人の積極的統一原理として定着しており、そのため平準化の要求が生じにくい社会(たとえば、日本では平均以下の家庭で育った学の乏しい芸能人が人気だが、タイの芸能人は上流社会の象徴そのものであり、人気を得るためには出自や学歴などによって上流社会の一員であることをアピールしなければならない)。

②【大衆社会とは】 平等主義が蔓延する無制約な民主主義社会(超民主主義社会)であり、伝統的価値やエリートの創造的な価値保存機能を喪失した社会であり、また無能力者の追求する大衆的疑似権威が支配する社会[W コーンハウザー, 大衆社会の政治] ⇔ 【タイ社会とは】 エリート主義が蔓延する制約的な民主主義社会(半民主主義社会)であり、伝統的価値やエリートの創造的な価値保存機能を重んじる社会であり、また無能力者をないがしろにした権威が支配する社会(日本では憲法によって法の下の平等が保証されているが、タイでは憲法によってエリートの優位が保証されている, タイでは大卒未満の国民に被選挙権がない)。

③【大衆社会とは】 エリートの閉鎖性がなくなり、平均人・凡庸人が凡庸であることを知りつつ社会の至る所で凡庸であることの権利を主張し、かつてはエリートのものであった社会的権利を獲得している社会[オルテガ, 大衆の反逆] ⇔ 【タイ社会とは】 新興エリートによる閉鎖性が強化され、平均人・凡庸人が凡庸であることに甘んじて社会の至る所で凡庸であることの権利を主張せず、大衆のものであるはずの政治的権利をエリートが独占している社会(日本では戦後民主主義のなかで差別的思想が否定されたが、タイにおける立憲革命(2475年)では新興エリート層を築いたにすぎなかった)。

④【大衆社会とは】 優位な立場を求める恒常的な競争の中でしきりと動き回っている、俊敏で、嫉妬深く、要求によって動かされる大衆を、敗北者の落胆に陥ることへの脅威から守ってやろうとする試みである。[P スローターダイク, 大衆の侮蔑] ⇔ 【タイ社会とは】 優位な立場を求めず恒常的な競争を放棄し、魯鈍で、外化的で、要求によって動かされない大衆に、敗北者の落胆を受容させようとする試みである。

階級社会と消費社会

「人の消費様式が社会的評価を決める」 [ボードリヤール, 消費社会の神話と構造]

ボードリヤールの消費社会の神話と構造は、30年ほど前に発表された論文だが、今でも通用する社会学の理論であり思想でもある。そこには「今日の社会構造では大量に消費されるもの、情報はすべて記号化され、モノはその交換価値、使用価値だけではなく、社会的意味付けによりものの価値が左右される。その価値は相対的で相対化された価値は永遠に遊びとしてゲーム化され、決定されることはない」とあり、情報やモノの価値基準が定義されている。

そしてこの理論は、情報でありモノでもあるヒトに対しても応用される。

大衆社会における「ヒト」が持っている「社会的意味付け」とは、先進性、メッセージ性、ユーモア性などだが、前述したように、タイは階級社会であり、階層ごとに分断されている閉鎖的な社会である。そのため、①社会的地位、②経済力、③教育バックグラウンドの3要素がかなり突出したかたちで強調されている。

これをパブにおける価値基準に置き換えて考えれば、(社会的地位や教育的バックグラウンドは目視不可能なため)経済力だけが極端にクローズアップされることになる。したがって、①ハイソな流行の服を着て、②ハイソなブランド品を身に付け、③ハイソなクルマで、④ハイソな店へ行き、⑤ハイソな友人達と、⑥ハイソな良い酒を注文し、⑦ハイソなコンドーで閉店後のプライベートパーティーを楽しむというライフスタイルを記号的を消費していけば、自ずから①社会的地位や③教育的バックグラウンドの高さも暗示でき、結果的に自分の記号的価値を高めることにつながる。

ナンパと社会消費

パブにおける男性客は、自らの記号的価値を代替消費することで、他の男性客に対する優位性をアピールしている。そして女性客は、男性が持つ記号的価値を代替消費する(知り合ったり交際したりする)ことで、自らの記号的価値を高めてゆく。そして男性客は、女性が持つ記号的価値を・・・・・・(以下省略)。

タイにおける「パブ」は本来、仲間内で楽しむための飲み屋として機能している。無論、ナンパだけを目的にやってくる客は少数派だ。ところが、午前零時頃になると仕事を終えたばかりの娼婦(売春婦)たちが殺到する。娼婦(売春婦)のように社会の底辺にいる女性たちは、中間層以上の比較的裕福な男性客が持っている記号的価値を代替的に消費することで、自らの価値を記号的に高めようと努めている(ってゆうか、そうする他にどうしようもない自分を救う手段がない)。そのため、娼婦(売春婦)の数が増えると、店全体のナンパ難易度が一気に下がる。しかし、中間層以上の女性グループは、それとは別に仲間内だけで楽しんでいるため、部外者が入り込んでナンパを仕掛けるための余地をほとんど与えていない。

分かりやすくまとめれば、①パブではおけるイケてる女性客はブロックされており、②一般に公開されているのは階級社会的にヘボい女性ばかりということになる。ナンパ天国だった旧 Route 66(ルート66) は、すでに過去のものとなり、現在のパブに価値あるナンパを求めること自体が時代錯誤も良いところ。時代は変わったのだ。このような事情を知らないバンコク在住の一部日本人は、まるで思春期の少年のように女性をひとりゲットするたびに無邪気に自慢しているが、彼らは自分自身が「記号的に消費された=ゲットされた」ことに気づいていないのか(いい歳ぶっこいて、ゲットしたオンナひとりひとりに、いちいち新鮮な喜びを感じてるな。ハッキリ言ってぜんぜんスゴくないし、逆にどんな青春時代を送ってきたのかと問い質したくなる)。

階級社会におけるナンパとは、すなわち相対的に高い階層に属する男性客が相対的に低い階層に属する女性客にゲットされることである。自分のレベルが新生 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) で通用しなければ、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)4や Pump Up!(パムアップ) へ、それがダメならトーングロー通り(トンロー通り)にある微妙にハイソなパブや安パブへ、それでもどうにもならなければ Narcissus(ナルシスサス)スクンウィット(スクンビット)23)、 Bossy(ボッシー)トーングロー通り(トンロー通り))、 Hollywood(ハリウッド)ラッチャダーピセーク(ラチャダー)6-8)、 Dance Fever(ダンスフィーバー) (同左)へと毎日のように通い詰め、自分よりも相対的に低い階層の女性に声をかけていけば、いずれ自分以下の誰かにゲットしてもらえるだろう。

日本人とタイ社会

ところで、ナンパの最たるものとして・・・・・・一部の日本人のあいだで、タイ人娼婦(売春婦)との交際や結婚が流行っているようだが、階級社会的な見地から考えると、賢明な判断ではないことは明らかだ。階級社会における最底辺に位置する娼婦(売春婦)と結婚してしまうと、自分が消費できる記号的価値(=階級社会における自分のレベル)の低さを露呈することになる。

娼婦(売春婦)と交際することは、タイ人富裕層の中高年のあいだでも同じように流行しているが、彼らが卑しい娼婦(売春婦)を自分のコミュニティー(最小単位は「家族」)に引き込むことはまずない。あくまでも遊びであり、どんなにハマっても愛人や(ミアノーイ, ミヤノイ)以上には待遇しない。もし娼婦(売春婦)を本妻にしてしまったら、階級社会における自らの地位を必要以上に貶め、日常生活にも重大な支障をきたすことになる。友人たちに元娼婦(売春婦)の本妻を紹介して、同じコミュニティーのメンバーとして待遇するよう要求すること(=友人たちに娼婦(=売春婦)同等の階層にまで落ちるよう強要すること)は重大な侮辱行為にあたる。

階級社会における物事の本質は、ナンパという行為がもつ意味合いひとつをとっても、日本人的な感覚から著しくかけ離れている。「タイのナンパは階級社会的」と言い表すこともできる。文化研究の理論でタイのパブを各論的に分析することにも意味はあるだろうが、その前に物事の本質を見極めるための社会学の基本をきちんと抑えておきたい。

いずれにしても、タイでナンパを生き甲斐にするほどナンセンスなことはない。ってゆうか、ふつうにパブの本当の楽しみ方はもっと別にある。

タイに関することすべてについて言えることだが、この社会で生きていくのはタイに夢想を抱いている日本人が考えているほど甘くはない。

「あのぉ、100 Piper(ハンドレットパイパー) 以外の酒を飲んでいる客って、ほとんどいないんですけどぉ――」

夜、トーングロー通り(トンロー通り)にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Ashley’s Rumour(アシュリーズルーモア) へ日本人の男女4人で繰り出した。この店を選んだのは「トーングロー通り(トンロー通り)にあるパブはイケているに違いない」という理由からだったが、実態は(ほかのパブでは扱っていない)安ウイスキー 100 Piper(ハンドレットパイパー) を飲んでいる客が全体の9割以上を占め、しかも男性客の平均年齢が30歳以上という、まったくとんでもない店だった。しかも、入店前に階級社会論や記号消費論の基礎理論を友人たちに説明していたため客層のあまりのヘボさに閉口。僕の発言力とテンションは下がり続け、閉店直前にはほぼゼロにまで接近した。

こうして、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)6にある「日の出まで営業」のパブへ行って友人たちと飲み直すことになった。こんな結果になってしまっては、飲み直すのを断ることもできない。

2005年6月11日(土)

「タイ語曲を歌えなくても楽しめるのかなあ?」

夜、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)商学部修士課程で勉強しているタイ人や、文学部集中タイ語講座(インテンシブタイ)で勉強している日本人留学生3人を含む総勢13人で、 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアベニュー) にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Slim(スリム) へと繰り出した。しかし、タイ語曲を知らないと退屈するのではないかと、まだタイ語を勉強し始めたばかりの日本人の友人たちを気遣って、タイ人の友人が隣のヒップホップ系 Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Flix(フリックス) へ彼らを連れて行こうとしていた。

階級社会におけるクラブシーンの特徴

CS 隆盛の道を切り開いた W ソジャ(ポストモダンの空間論的転向)は、歴史に回収されない「空間」という視座を導入して社会理論の革命を成し遂げた。現実空間と創造空間という二項対立を超越した多元的な「第三空間」の理論を構築し、グローバリゼーションを批判するラディカルなポストモダニズムを提唱している。その理論を応用している CS では、クラブカルチャーを「非日常」とみなしている。

日本のヒップホップ系クラブシーンの特色について、上野俊哉教授(文化メディア研究)は著書「カルチュラル・スタディーズ入門」のなかで、「ニッポン株式会社の抑圧に対する精神的マイノリティー層による抵抗行為」と説明している。それによると、ヒップホッパーたちは、ヒップホップ系のダンスや即興歌詞のなかにイデオロギーを内包するメッセージを織り交ぜてアピールすることで、集団における優位性(格好良さ)を競い合い、ヒップホッパー集団の団結(ユニティー)を強めていくことに最大の意義を見出しているという。

深夜のクラブが演出する非日常性は、人々を日常社会のしがらみから解き放つ。そして、①DJの作り上げる音、②VJが作り上げる映像(もしあれば)、③共通の音楽的イデオロギー、④共通のダンス的イデオロギー⑤共通のファッション的イデオロギーによって、精神的マイノリティーによるユニティーが形成される。

ところが、タイのクラブシーンに社会抵抗的なイデオロギーはない。ボードリヤール(消費社会の神話と構造)は、先進性、メッセージ性、ユーモア性などの多様な価値観を「社会的意味付け」として認めているが、極端な階級社会(階層ごとに分断されている閉鎖社会)であるタイでは、①社会的地位、②経済力、③教育的バックグラウンドの3つが「社会的意味付け」を決定づけるときの要素となる。

タイにおける至高の価値とは、エリートのライフスタイルを崇拝し、追従することである(留学生日記6月10日付「日本や欧米とは正反対のタイ人社会」①②参照)。価値観の多様性が制限されている階級社会(=非大衆化社会)では、精神的マイノリティーによる社会抵抗的なイデオロギーは受け入れられない。したがって、非日常におけるサブカルチャー的な社会的意味付け(精神的マイノリティー集団における価値基準)ではなく、日常における社会的意味付けそのものがタイのクラブシーンを支配している 。

旧 RCA 時代のディスコ

精神的マイノリティーによる団結が否定され、社会抵抗的なイデオロギーが記号論における「社会的意味付け」として機能しないタイにおいて、ヒップホッパーや MJ たちは、エリートを崇拝し追従しようとする大衆(⇔多様性を主張する大衆)に迎合することを余儀なくされた。その結果、タイのクラブシーンでは、社会的なメッセージ性が希薄になり、無意味かつ快楽主義的な笑いばかりが追求された。

たとえば・・・・・・色とりどりのライトが宙を舞い、ダンスミュージックの重低音が鳴り響くなか、 MJ が高架電車 BTS の車掌の声色を真似て「つぎの停車駅は、サヤームホテル(サイアムホテル)です」とアナウンスしたとする。サヤームホテル(サイアムホテル)とは、タイ社会の退廃を象徴する未成年者売春の温床として知られている施設だ。ところが、このあとには「お降りのお客様は、コンドームをご用意ください」と驚くほどシンプルなオチが待っている(元ネタは「つぎの停車駅はサヤーム(サイアム)です。スィーロム線(シーロム線)方面へおいでのお客様はこの駅でお乗り換えいただけます」 สถานีต่อไปสยาม ท่านผู้โดยสารสามารถเปลี่ยนเส้นทางไปสายสีลมได้ที่สถานีนี้ครับ(サターニートーパイサヤーム・タンプードーイサーンサーマートプリアンセンターングパイサーイスィーロムダーイティーサターニーニークラップ))。

この文脈には社会的なメッセージ性のかけらもない。タイにおける当時のクラブシーンは、 MJ が連発するシモネタによって、(エクスタシーなどの違法薬物に身を委ねながら)グデングデンになるまで酒を飲み踊り続けている人々に、性的かつ法的に不道徳な行いをさせる機会のみを提供していたにすぎない(このような MJ 文化は、現在でもラッチャダーピセーク( ラチャダー)6-8にあるイーサーン館 Hollywood(ハリウッド)Dance Fever(ダンスフィーバー) に残されている)。

ハイソ系 Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) の誕生

旧 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) 時代のディスコは、日本のクラブシーンに詳しい友人に言わせると、あまりにもヘボすぎたという。ダンスや歌詞にイデオロギーがなく、精神的マイノリティーによるユニティーもないクラブシーンはまともではない。

この7年間で都市部における人々の生活水準が飛躍的に向上し(平均所得が23%増加した)、中間層のあいだにも自動車が広く普及した。これにより擬似的な「ハイソ」が大衆化し、階級社会との親和性が極めて高い「ハイソ」が流行となった。(昨日6月10日付日記「大衆社会論」①②参照)。

バンコクにおける若者たちの貞操観念は、これまで保守的といわれてきたが、人々の生活が経済的に豊かになっていくにつれて次第に西洋化していった。若者たちのあいだに「ギック」(友達以上恋人未満)と呼ばれる新しい男女関係が登場すると、社会的不道徳(派手なセックスライフ)が日常生活のなかで横行するようになった。これにより旧 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) 的なクラブシーンの存在意義は大きく失われた。

2001年の下院選でタイ愛国党(タイラックタイ)が大勝利を収めると、党首のタックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)警察中佐が首相に就任し、政府は高い内閣支持率を背景に強権的な「麻薬撲滅戦争(ソンクラームプラッププラームヤーセープティット)」政策を実施。それまで社会的退廃の象徴して国民からの怨嗟と非難を浴びていた旧 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) は格好の標的となり、警察による執拗な立入検査(営業を中止させ客全員に尿検査を課す)を受け、麻薬を常用している固定客の大半を失った。

ちょうどその頃、