2003年11月1日(土)

タイにいても日本語書籍は調達できる。しかも古本屋だってある。

今日、僕はサヤーム(サイアム)で友人と落ち合う約束をしていた。しかし僕が予定通りに到着して複合商業施設「サヤームセンター(サイアムセンター)」の駐車場にクルマを駐めていたところに友人から遅れるとの SMS(ショートメール) が入った。

おそらく、旧市街方面からこちらに向かっていたバスが、いつものようにペッブリー通りの渋滞に巻き込まれたのだろう。

僕はそう考えることにして、サヤームセンター(サイアムセンター)4階に入っている古本屋「本やさん」で暇つぶしのための本を買うことにした。およそ15年前に日本で発行されたマンガ「パトレイバー」第2巻を30バーツで購入。値段は日本の古本屋とほとんど変わらなかった。

ほかにも日本語書籍古本屋は、購買力の高い日本人がたくさん住んでいる高架電車 BTS プローンポング(プロンポン)駅前にも何件かある。ちなみに、ここバンコクにおける新品日本語書籍の相場は日本国内のおよそ1.5倍。

2003年11月2日(日)

ここバンコクには、不幸にも娼婦(売春婦)を生涯の伴侶として生活している日本人も少なくない。だから、そんな日本人に会ったときの、地雷を踏んでしまうリスクは最小限に抑えたい。

今晩、日本人の友人と夕食をとっていたときに、僕が久しぶりに Go Go Bar(ゴーゴーバー) に行ってみたいと提案したところ、別の友人のカノジョの話題になった。

「知っているか? 日本人が連れているオンナが娼婦かどうかを一発で判別する方法があるんだ」

友人の話を簡単にまとめるとつぎのようなものだった。

「そんなことは、すこし考えれば分かることだ。まず、バンコクに住んでいない女性が日本人と知り合う機会なんて絶対にない。つぎに、まともな教育を受けていない地方出身者が、ここバンコクで独立した生計が立てられるわけがない」

バンコク都内における高卒もしくは中卒以下の家計簿 (最低金額で計算)
月給 ฿5,500      年次昇給なし
    アパート代 ฿2,000  冷房なしの最も安い部屋
    通勤交通費 ฿600  タイでは従業員負担が原則
    食費 ฿2,250  屋台料理1食25バーツ
    光熱費 ฿300  冷房を使わない場合
    水道代 ฿80  
    飲料水代 ฿300  タイで水道水は飲めない
収入計 ฿5,500 支出計 ฿5,530  

この計算に用いた収入は標準的、支出は極めて控えめな数字。

「したがって、両親が地方に住んでいて、親戚の家にも居候してない高卒未満の女性は、娼婦または元娼婦である可能性が高い。①家族構成と②両親の住所、それから③学歴を聞けば大抵のことは推測できる」

友人はそう結論づけた。

今日は、高等教育を受けていないタイ人がどんなに貧しいかということについて、改めて考えされられた。

その後、僕たちはパッポング(パッポン)Go Go Bar(ゴーゴーバー) へと繰り出した。しかし金に飢えた娼婦たちと話しても虚無感しか感じない。

僕は25歳の大学院生。親からの潤沢な仕送りと好待遇のアルバイトで、ここバンコクでも日本人としてそれなりに常識的な生活を送っている。娼婦なんかに頼らなくても、フツウのタイ人と友達になるだけの実力はあるし、現役大学生の友人もまだなんとか作ることができる。なによりも、金の絡まない人間味あふれる付き合いができるという点で、一般の女性は娼婦より遙かに優れている思う。それに、僕は下半身からの精液の単純放出という作業にもあまり関心がない。そもそも、「女関係の云々」というものは、精神的支配(?)が伴ってこそ初めて痛快に感じられるものなのであって、ただ自分の性器を見ず知らずの人に突っ込めば楽しめるというものではないと思うのだが、そう考えるのは僕が異常だからだろうか?

それにしても、もし僕が35歳だったら、このバンコクという街でどうやって娯楽を見つけていけばよいかと途方に暮れるかもしれない。そういった観点からも、やはりこういった風俗店は、ある種の日本人にとっては必要欠くべからざるものなのかもしれない。

さしあたって、せっかく大学生に相手にしてもらえているのだから、今のうちに彼女たちとは仲良くやっておきたい。娼婦とではなく。

2003年11月3日(月)

バンコクに戻ってきて21日目。僕に新しいカノジョができた。

先週の月曜日から、友人が遠回しな表現で僕がコクりやすい雰囲気を作っていた。「なんか完全にハマっちゃったみたい」と連発されては、僕としても何らかのリアクションを起こさざるを得ない。ちょっと早すぎるような気もしたが、友達を9ヶ月間も続けてきたから別に構わないだろうと思って、今日になって「付き合おうか」と言うことにした。

ブワはマヒドン大学インターナショナルカレッジ観光産業経営学科の1年生で18歳。ヂャーオプラヤー(チャオプラヤ)川西岸の王宮付近に古くから栄えた下町、バンコク都バーンゴークノーイ(バンコクノイ)区に、タイ大手銀行で働く父親と、海軍病院で看護婦をしている母親とともに暮らしている。決してハイソではないが、典型的な都市部の中産階級家庭の子供として育った。

これを契機に、僕にとっての新たなバンコク生活が始まる。今回は中産階級家庭のタイ人大学生とのつき合い方を学びたい。

今日はクルマでマヒドン大学サーラーヤー校舎にブワを迎えに行ってから、運転免許証を取得するためにスクンウィット(スクンビット)99と101の中間にある「運輸省陸運局バンコク第3運輸事務所」へと出かけた。タイ運輸省発行の運転免許証はおよそ2年前に取得しているが、すでに更新期限から10ヶ月間も過ぎてしまっており、いろいろと面倒な手続きを踏むのも面倒だったから、(有効期限切れの)国際免許証を使って新規に申請することにした(手続きについては、留学生日記2544年12月付参照)。

なお、運輸事務所ではタイで初めて免許を取る日本人のために学科試験問題の日本語版も用意されている。

2003年11月4日(火)

娼婦(売春婦)との性交渉ならともかく、相手がフツウの女性である場合には少し慎重になる必要がある、らしい。

元カノのエーンはアメリカ文化の影響を強く受けていたが、昨日から付き合うことになったブワはタイ人的な価値観を持つ典型的な中産階級家庭の大学生。これまで日本人の友人たちから聞いてきた話によれば、タイ人の男女交際や性交渉に対する考え方は、日本人のそれとは想像を絶するほどの隔たりがあるという。

そこで、今晩はスィーナカリンウィロート(シーナカリンウィロート)大学社会学部ホテル経営観光学科3年生の友人に、タイ人大学生の男女交際や性交渉に対する考え方を聞いてみた。

およそ3時間にもおよぶその友人の話は、簡単に要約するとつぎのようなものだった。

「タイ人の女の子が彼氏ができたと両親に報告するときには、まあ常識的に考えて、将来結婚する可能性のある人だというニュアンスが含まれる。 『絶対に結婚するはずのない、現在の私の彼氏』 と紹介することだけはまずないと思っていいでしょうね。それに、彼女の両親もきっとあなたをそう扱うはずよ。だからケイイチは今後、 『俺はタイ人と結婚する気なんかない』 とは言えなくなるでしょうね。タイの女と付き合うということは、それなりにいろいろな責任を追及されることになるでしょうから、それだけの覚悟だけはしっかりと持っておきなさいよ。キスをしたり、抱きついたりする程度なら問題ないけど、それ以上の関係を持つんだったら、かなりの覚悟が必要ね。それと、もうひとつ忘れてもらいたくないことは、タイの男には処女でない女を結婚相手として見ない傾向もあるってこと。だから、私たちもそれまでは処女でいないと、結婚のチャンスを逃すことにもなりかねないの。・・・あなたが彼女をどうしたいのかは知らないけど、あなたの行動ひとつで、彼女は将来的にかなりのリスクを抱え込むことにもなりかねない」

ずっぽしと釘を刺されてしまった。この話を僕なりに解釈すると、タイ人にとっての男女交際とは日本人的な価値観で言うのならば「準婚約的な男女関係」。日本人のように「結婚までの階梯のひとつ」といった感覚で交際するのは難しいようだ。

僕は留学を始めた2年前から「タイ人とは絶対に結婚しない」と決めている。タイ人女性と結婚した日本人男性の大半が娼婦と結婚して日本に連れてきてしまったせいで、日本国内はもとよりバンコクの日本人社会でもタイ人との結婚には否定的なイメージが強い。だからタイ人女性と結婚することは周囲からの奇異に見られ、自分の信用も失うというリスクがともなう。それでも、そんなリスクを顧みずに(娼婦ではない)まともなタイ人女性と結婚する日本人女性が後を絶えないのは、きっと交際段階での彼女らの結婚に対する直向きな姿勢と誠実さに絆されてしまった結果ではないだろうか。そう考えると、僕自身の決意も揺らいでしまう。

ちなみに、今回相談に乗ってくれた友人は日本人と交際しているが、今まで一度も彼氏に身体を許したことがないという。この友人の考え方を日本人の彼氏がどう思っているのか知りたくてたまらないが、それ以上に、僕がこれからどんなスタンスでブワと交際していくべきか、ということのほうが問題だ。

もしかしたら、数多くのバンコク在住日本人のように、僕自身もソープランドに通い詰めなきゃいけないような羽目になるかもしれないと思うと、どうにも釈然としない。

ちなみに、先月17日の日記に登場したアサンプション大学卒の男友達はこう話していた。

「当事者以外に誰も知らなければ問題にはならないさ」

つまり、①「僕が性的関係のきっかけを作ったり」せず、また②彼女が「親に洗いざらい全て話し」たりしなければ、問題はないということだろうか?

昨日、運転免許証の交付を受けたときに、パスポートと国際運転免許証を返してもらうのを忘れてしまった。昼食後に運輸局の職員から電話があって、それらを取りに来るようにと言われて午後3時半に部屋を出たところ、凄まじい小中学生送迎ラッシュに巻き込まれた。バンコク都は都内の教育機関に送迎バスの運行を義務づけるか、もしくは親による生徒の送迎を厳格に禁止すべきだ。この渋滞のせいで経済的損失はバカにならない。僕一人だけでも500円は損してたはず。

2003年11月5日(水)

今からおよそ400年前、タイに渡ったひとりのサムライがいた。

昼食後、高架電車 BTS プローンポング(プロンポン)駅前の百貨店「エンポリアム」に証明写真を撮りに行き、待ち時間を利用して日本書屋「東京堂書店」で書棚を眺めながら郷愁に浸っていた。そこで、ふと高校世界史で習った江戸時代初期のサムライ山田長政の生涯が気になって、彼の伝記を購入して読むことにした。380バーツだった(1,064円, 日本国内定価660円)。

山田長政(1590頃-1630, オークヤー・セーナーピムック)は、駿河国(現在の静岡県)沼津を治める小藩主大久保家(2万石)に仕えていたが、1613年に幕府の陰謀で主家が断絶され浪人となる。日本が鎖国する前年の1615年、彼はシャム(サヤーム(サイアム), 現在のタイ)へと渡り、王都グルングスィーアユッタヤー(アユタヤ)の日本人街に住むサムライ兵を率いるなどして宮廷内での地位を確立、3品官格のオークヤー(のちのプラヤー)に昇進する。1628年に王位継承をめぐる混乱を鎮定するが、王位継承問題で遺恨を持つ宮廷の重臣たちによって辺境のリゴール総督(副王待遇, 現在のナコーンスィータンマラート(ナコンシータマラート)県知事)に左遷され、北侵してきたパッターニー(パタニ)王国軍を迎撃中に負傷。治療の際に毒を塗られて死亡した。

記録がほとんど残されておらず、この本もタイ史に興味のある読者には不満が残る内容だが、それでもタイ史に名を残したこの人物について知っておいても損はないだろう。

その後、オフィス棟「エンポリアムタワー」2階のスターバックスで、証明写真が出来上がるまでの時間をこの本を読んで潰し、バイトに出かけた。

山田長政 他 / 山岡荘八著 / 講談社 / ISBN-4-06-195059-2

2003年11月6日(木)

このままでは修士号を取得する前に挫折してしまいそうだ。

大学院生活第2週。今日は午前の「東南アジア研究の方法論 第1週 アメリカ式アプローチ」(3時間)と、午後の「近代東南アジアの植民地主義・民族主義と民主化」(3時間)を受講した。

昼食前、クラスメイトたちと課題図書の入手方法について話し合っていた。ここタイでは日本同様に、マイナーな分野の英語文献は入手が困難。しかもインターネットで買うにしても、アメリカから空輸することになるし決済も面倒だ。そこでクラスメイトたちに聞いてまわったところ、午前の課題図書すべてを中央図書館でコピーしてきたばかりの学生を見つけ、僕たちはそれらをさらに文学部4号館でコピーすることになった。1枚0.5バーツ。1,406枚(2,812頁)で703バーツだった。ちなみに、この料金には「コピー代行手数料」が含まれている。だから長時間コピー機の前に突っ立って、辛抱強く単純な作業を繰り返さずに済む。これからは、少しでも必要そうな資料なら、あまり深く考えずに全部コピーしてしまおう。

放課後、クラスメイトの部屋に寄って、午後の講座の課題図書(のコピー)をすべて借りた。厚さ17センチ。何ページあるのか数える気にもならない。

夕方、クルマを駐めていたパヤータイ(パヤタイ)通りに戻ったところ、前輪が車両用拘束具で固定され、フロントグラスに交通違反切符が貼られていた。歩道橋の下には駐車禁止の標識があり、その下にタイ語で午後4時から午後6時までと書いてある。僕はクラスメイトたちに付き添ってもらってパトゥムワン警察署に出頭し、駐車違反罰金200バーツと拘束具関連手数料500バーツを支払った。クラスメートの話では、もしレッカー移動されていたら1,000バーツ前後の手数料がかかっていたという。

2003年11月7日(金)

旧暦12月14日。ローイグラトング祭前夜。

今晩はローイグラトング祭り(灯籠流し)を見物しに、ブワが通っているマヒドン大学サーラーヤー校舎へと出かけた。校門付近には数多くの屋台が出ており、グラトング(灯籠)が15バーツ、軽食類が20バーツ前後で売られていた。屋台の大半は学生自治体が組織した模擬店だが、それ以外にも学食のおばちゃんたちによる屋台も出ていたという。

ステージではミス・マヒドンをはじめ、さまざまなイベントが催されていた。しかし今晩はローイグラトング祭りの前夜祭的な雰囲気で、校舎の外周を囲むように流れている運河に灯篭を流す人の姿もほとんど見られなかった。

ところで、今晩はとても興味深い模擬店を見つけた。その名も「女子大生びしょ濡れゲーム」。客が的に向かってボールを投げ、見事命中させると女子学生が座っている板が外れてプールに転落するというゲームだ。

2003年11月8日(土)

旧暦12月15日。ローイグラトング(灯篭流し)の日。

若者文化の発信地サヤーム(サイアム)の南に隣接するヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学は、ヂャーオプラヤー(チャオプラヤ)川に架かるサパーン(ラマ8世)プララームペート橋に次ぐ、バンコク屈指の人気を誇る灯篭流しポイントだ。大勢の若者たちが押し寄せ、正門前の池のまわりに分厚い人垣ができ、灯篭を流すどころか近づくことすらままならない様子。しかも模擬店前の長蛇の列はもう完全に常軌を逸しており、僕たちは飲料水を買うのも諦めた。

ヂュラーロンゴーン大学のローイグラトング祭りは、マヒドン大学のものより学園祭的な色彩が強く、各所でさまざまな出し物が催されていた。遠くから眺めたところ、どうやら中央広場で巨大グラトング(灯篭)を持った人々が練り歩いているようだったが、人垣に阻まれて近づけず、様子を詳しくうかがい知ることはできなかった。それぞれ文学部前ではタイ古典演劇、芸術学部前ではバンドによる演奏会が行われていた。

今晩、僕はバイト後にサヤーム(サイアム)でブワと合流してヂュラーロンゴーン大学のローイグラトング祭りを見物し、彼女の母親が友人宅に到着するのを待って、クルマでそこまで送り届けた。なお、無線タクシー運転手の話によれば、ヂャーオプラヤー川周辺はローイグラトング祭りを見物にきたクルマで交通が麻痺しており、とても川を渡れるような状況ではなかったという。

ちなみに、マヒドン大学でもヂュラーロンゴーン大学でも、酒類は売っていなかった。

2003年11月9日(日)

日曜限定のランチビュッフェがホテル「ウエスティングランデ・スクンウィット」(スクンウィット(スクンビット)19)の日本料理店「吉左右(きっそう)」にある。寿司や天ぷら、鉄板焼きなど日本人にはうれしいメニューがひととおり揃っている。料金はひとり580バーツ+税サ。ANAマイレージカードを提示することで20%、クラブタイランド会員券を提示することで15%の割引が受けられる。

しかし、料理の味が渡米前よりも格段に落ちており、タニヤ通りにある食うに耐えない回転寿司屋「小象寿司」並にひどくなっていた。

食後、友人の会社で労働許可証(ワーキングパーミット)の申請書類にサインし、日没後に日本から旅行に来ている友人とスクンウィット(スクンビット)39にある居酒屋に行った。

2003年11月10日(月)

どんな時でも安心なキャッシュレス決済。

僕は生活費をタイ国内の銀行口座で管理している。だからクレジットカードの支払いも、タイの銀行口座から自動的に引き落とされるようにしたい。日本のクレジットカードを使ってしまうと為替レートが不利で資金が目減りしてしまうし、帰国後の清算もいろいろと面倒になる。

ブワの父親がタイ農民(カシコン)銀行のクレジットカード事業部で働いていると聞いて、外国人向けのクレジットカードについて尋ねてもらうことにした。

彼女の話によれば、外国人がクレジットカードの発行を申請する場合には①労働許可証(ワーキングパーミット)と②有効期限1年の就労ビザ(ノンイミグラントB)が必要とか。ところが僕の労働許可証はまだ申請中だし、就労ビザの期限も3ヶ月しかない。

それでも、そんな僕にもキャッシュレス決済をする方法がある。日本の「デビットカード」と同じ機能を持つ「エレクトロンカード」を使うという方法。決済と同時に口座引き落としが行われる。僕が通っている大学の学生証にはタイ商業(サイアムコマーシャル)銀行のキャッシュカード機能しかないが、ほとんどの大学の学生証にはエレクトロン機能がついている。

今日はマヒドン大学サーラーヤー校舎までブワを迎えに行ってから、セントラルワールドプラザ(ワールドトレードセンター)6階に入っている日本料理店「鎌倉山」で昼食をとり、昼食のあまりの不味さを嘆きながら僕の部屋でテレビを見てから、ピングラーオ(ピンクラオ)の実家に送り届けた。

鎌倉山にはたぶんもう二度と行かない。

2003年11月11日(火)

今日はデスクトップパソコンを組み替えるために、日本から遊びに来ている友人とバンコクの電脳街「パンティッププラザ」に出かけた。どうやら VGA ボードが壊れているらしく、修理ついでに大幅なグレードアップを図ることにした。

今回はできるだけ最新の部品を使いながらも、処理速度に影響を与えない箇所は従来の部品を流用することにした。流用したのは、 CD-R ドライブ、 DVD ドライブ、 Sound Board。新規に購入したのは Pentium4 2.6c 、 Memory 256m/400 、 VGA Board memory 128m 、 Main Board 、Hard Disk Drive 120G 、ケースの総額約18,000バーツ分。組立手数料は無料で、1時間半後には Windows XP 英語版のインストールまで終わっていた。

当初、店側が提示した費用が予算を大幅に超過していたが、店員の親切なアドバイスもあって、性能をほとんど犠牲にせずに費用を節約できた。もしかしたら秋葉原電気街の日本人店員よりも親切かもしれない。

今回流用しなかった古い部品は1,500バーツで下取りしてもらった。

今晩はスクンウィット(スクンビット)39にあるイタリア料理店「ロペラ」で友人に食事とワインをご馳走になった。

2003年11月12日(水)

高架電車 BTS アソーク駅前にあるホテル「シェラトングランデスクンウィット(スクンビット)」で友人に朝食ビュッフェをご馳走になってから、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)8にある中古車販売店「ゲー・ラッチャダー」へと向かった。

先月購入したばかりの中古車 BMW 318i に ABS とウインカーの不具合あった。どうやらバッテリーの劣化が原因だったそうで、約1時間後には新品のバッテリーに交換され、表面の一部が剥がれていたハンドルもキレイなものに交換されていた。純正品かどうかは甚だ疑わしいが、さしあたって問題が解決したということでよしということにしておきたい。保障期間内のため無料だった。

一説によれば、僕はクルマの購入時に約40,000バーツほどぼったくられたようだが、それでもこの店のアフターサービスは合格点だ。

その後、バイトに出かけた。

2003年11月13日(木)

徐々にではあるが、授業についていけるようになってきている。

午前の「東南アジア研究の方法論 第3週 フランス式アプローチ」の講義中に、フランス人研究者が著した文献の読み方が話題になった。しかし、クラスにはタイ人のほかにもカンボジア人、ベトナム人、ミャンマー人もいて、次第にクラスメイトたちの興味が「言語間の差異」へと移っていった。なんでも、十二支の呼び方がミャンマーだけ違うという。その理由は授業中に明らかにされなかったが、いずれわかるようになる日が来るかもしれない。

この講座は東南アジア全域が扱われているが、講師の大半がタイ人であることもあって、なににつけてもタイ文化と比較されることが多い。もしタイ語を通してタイ文化理解していなかったら、きっと僕は授業についていけなかっただろう。

午後の「近代東南アジアの植民地主義・民族主義と民主化 第2週」では、旧宗主国の研究機関による学説を比較検討した。放課後、友人宅を訪問してからスクンウィット(スクンビット)39にあるイタリア料理店「ロペラ」で夕食をとった。

先週ほとんど理解できなかった講師の英語が、今日はハッキリ聞き取れた。それにしても、タイなまりが強すぎる英語を聞くと気が滅入る。脳みそを英語モードにスイッチできずに混乱してしまう。

2003年11月14日(金)

正午にマヒドン大学サーラーヤー校舎までブワを迎えに行ってから、商業複合施設「セントラルワールドプラザ(ワールドトレードセンター)」6階の日本料理店「鎌倉山」で昼食をとった。値段据え置きのまま味が地に落ちていたから、もう二度と行くことはないと思う。それに、心なしか店の雰囲気がひどく貧しくなっているような印象を受けた。

2003年11月15日(土)

タイの ATM 現金自動預払機は、ゴッツイ作りの割には日本の CD 現金自動支払機と同等の機能しかない。しかし、それでも口座振替くらいの作業ならできる。

今朝、コンドミニアムのオーナーから電話があって、16日(日曜日)までに家賃を振り込んでほしいと依頼された。しかし今日は土曜日。銀行が休みで、職員に聞きながら振り込み作業をすることもできない。

僕は渋々 ATM を自力で操作することにしたのだが、いざやってみるとこれが拍子抜けするほど簡単だった。 ATM カードを入れてから暗証番号を入力し、「そのたのサービス → 他行への振込 → 銀行名」を選択して口座番号と振込金額を入力するだけ。すぐに口座名義情報が表示され、OK ボタンを押すと明細書が出てきて取引が完了した。

いままでバイト先のタイ人従業員に依頼していた銀行振込も、これからは自力でできそうだ。

今日は6時間ほどバイトをして、3,900バーツの収入があった。

2003年11月16日(日)

プライバシーの確保と日焼け防止のために全面スモークを貼ろう。

バンコク都内の道路はどこも慢性的な渋滞を引き起こしており、しかも信号待ちの時間も恐ろしく長いため、必然的にほかのクルマと隣り合う時間が長くなる。だから特に注意して隣のクルマを観察していなくても、勝手に運転手の性別や年齢だけでなく、行動パターンから性格まで分かってしまう。

一応、僕のクルマにもスモークが貼られていたが、少し薄すぎたようで隣り合ったクルマの運転手と目が合うこともしばしば。しかも、真上から照りつける熱帯の直射日光のせいで、すぐに肌が日に焼けてしまう。そんな状態にストレスを感じていた僕は、もっと濃いスモークを貼ることにした。

自動車内装屋の女性店主の勧めにしたがって、左右後方の窓に濃度82%の鏡反射型スモーク(UVカットつき)、フロントガラスに濃度62%の低反射型スモーク(同)を貼った。所要時間約4時間、工賃込み5,000バーツだった(7年間保障つき)。ちなみに、タイではフロントガラスにもスモークを貼れるそうだが、さすがに左右後方と同じ濃さのものはダメらしい。ブワの話によれば、父親の友人のスモークがあまりにも濃かったせいで、警察官に呼び止められて罰金を科せられたとか。

ついでにカーオーディオを徹底的に改造することにした。カセットしか再生できない純正カーステと、大きな音を出すとすぐに音割れしてしまう貧弱なスピーカーにはもうウンザリ。そこで、CD・MP3再生可能なカーステレオ(7,500バーツ)を取り付け、スピーカー(4つ3,500バーツ)を付け替えた。工賃込みで11,500バーツだった。また、純正カセットカーステを1,000バーツで下取りしてもらった。

今日は午後、OG 会に出席していたブワを迎えにスクンウィット(スクンビット)101にあるキリスト教系インターナショナルスクールに寄ってから、ソムデットプラヂャーオタークスィン(タクシン)60付近にある自動車内装屋へクルマのスモークを貼りに行った。

2003年11月17日(月)

APEC アジア太平洋経済協力会議の影響で店頭から海賊版ソフトウェアが一掃された。

タイを代表するパソコン専門店街「パンティッププラザ」。6階建てのビルの中には無数のコンピュータパーツ専門店や海賊版ソフトウェア屋などでひしめき合っている。コピー CD の値段は1枚90-130バーツ。貧富の差が激しいここタイで、すべての国民に広くソフトウェアを行き渡らせている格安ソフトウェア(コピー CD)の存在は、この国の技術力向上に大きく寄与している。

ところが、先月21日に始まった APEC にともない、首相府、外務省、法務省、商務省、国家警察本部が協力して海賊版ソフトウェアの取り締まりに乗り出した。聞くところによると、この影響でほとんどのコピー CD 屋が店を閉じたという。

そして APEC 閉会から1ヶ月が経ったいま、それまでコピー CD ばかりが陳列されていたブースには正規の商品が並び、店員が行き交う人々に “Can I help you?(タームダーイナカップ)” と声をかけ、コピー CD を売り続けていることを暗に知らせている。

しかし、パンティッププラザにほとんど来たことがないというブワは、彼らの振る舞いを見てもコピー CD の販売を再開させたことに全く気付かなかったという。きっとブワと同じように、コピー CD が一掃された店頭を見て、本当にパンティッププラザからコピー CD が消えてしまったと勘違いしてしまった人も少なくなかったはず。そこでコピー CD が売られているかどうかを確認するために、店頭の棚に正規のパソコンソフトしか置いてない店の店員に J-POPS のコピー CD があるか尋ねてみた。

店員は机の引き出しからコピー CD のパッケージの束を取り出して、僕たちを店内の死角となる場所に案内した。ところがコピー日本語 CD はどれも古い曲ばかりで、新作コピー CD は入荷されていようだった。もしかしたら一連の取締りの影響で、コピー CD の流通経路に何らかの障害が生じているのかもしれない。

これからは、ファイル交換ソフトを使って最新ソフトを入手する時代になるのだろうか。

今晩は、友人と久々に高架電車 BTS 戦勝記念塔駅近くにあるハードロックカフェ「サクソフォーン」に行った。

2003年11月18日(火)

เรื่องที่ประธานบริษัทของผู้ให้ใช้บริการเครือข่ายอินเตอร์เน็ตรายใหญ่ในญี่ปุ่นกล่าวว่า “ในปีก่อนหน้านี้ โครงสร้างพื้นฐานสังคมทางด้านเครือข่ายอินเตอร์เน็ตความเร็วสูงของญี่้ปุ่นนั้น ด้อยกว่าประเทศอื่น แต่ตอนนี้ได้พัฺฺฒนาจนเป็นอันดับ 1 ในโลกไปแล้ว” เราคิดว่าอาจจะเป็นจริงตามนั้น
先日、日本国内の最大手ブロードバンドインターネット社長が「出遅れていると言われていた日本のブロードバンドインフラも、今や世界一の水準にある」と声高に主張していたが、それはたぶん事実なのだろう。

เมื่อคืนนี้มีคนญี่ปุ่นคนหนึ่งแนะนำเราว่า ที่ชั้น 2 ของตึก Times Square ซึ่งห่างจากสถานีรถไฟฟ้าอโศก เดินไปประมาณ 3 นาที มีร้านอินเตอร์เน็ตคาเฟ่ของคนเกาหลีที่สามารถใช้ระบบสื่อสารทางอินเตอร์เน็ตความเร็วสูง ADSL ได้ ซึ่งสามารถนำคอมพิวเตอร์ส่วนตัวเข้าไปใช้ได้ด้วย ดังนั้นคืนนี้ ผมไปร้านดังกล่าวกับเพื่อน เพื่อที่จะโหลดโปรแกรมอะไรบางอย่าง แต่แล้วการโหลดโปรแกรมของผม ทำให้ระบบเครือข่ายอินเตอร์เน็ตของร้านค่อนข้างช้าไปด้วยจนพนักงานดูแลระบบเข้ามาเตือนเลย แต่หลังจากเจรจากับเขาแล้ว ก็ได้รับอนุญาตเป็นพิเศษว่าให้โหลดโปรแกรมได้แต่ต้องหลัง 5 ทุ่มเท่านั้น พนักงานคนเดิมยังบอกอีกว่า ตอนเริ่มกิจกรรมของร้านนี้ ความเร็ว ADSL เป็น 1 กิกาไบต์ต่อวินาที แต่ตอนนี้ลดลงเป็น 512 เมกาไบต์ต่อวินาทีแล้ว ส่วนอัคราค่าใช้บริการ นาทีละ 1 บาท นอกจากนี้แล้วยังมีโปรโมชั่นพิเศษ เล่นได้ 20 ชั่วโมง ในราคา 600 บาท
高架電車 BTS アソーク駅徒歩3分のタイムズスクウェア2階に、韓国人経営で個人パソコン持込可の高速インターネット ADSL が使える店があると昨晩、友人に教えてもらった。そこで今晩、ソフトウエアをダウンロードするために友人とその店へと出かけた。ところが店のインターネット回線に過大な負荷を与え店員から注意されてしまい、交渉してみたところ、午後11時以降のダウンロードが特例的に許可された。また従業員の話によれば、開店当初の通信速度は毎秒1ギガだったが、今では512バイトだという。利用料金は1分1バーツ。20時間600バーツの割引プランもある。

ผมก็เลยนึกว่า จะทำสัญญากับผู้ให้ใช้้บริการอินเตอร์เน็ตโดยตรงดีกว่าจะได้เล่นเน็ต ADSL ที่ห้องของผมเลย จึงเข้าไปหาข้อมูล ที่เว็บไซต์ของบริษัทต่าง ๆ
そこで、自分の部屋で ADSL インターネットを使うために直接プロバイダと契約したほうが良いと考え、いろいろな会社のホームページから情報を収集することにした。

โดยข้อมูลของเว็บไซต์แล้ว บริษัท ซี.เอส. คอมมิวนิเคชั่นส์ จำกัด คือผู้ให้บริการเครื่อข่ายอินเตอร์เน็ตรายใหญ่แห่งหนึ่งในประเทศไทย ได้มีการจัดโปรโมชั่นพิเศษ สำหรับลูกค่าโดยคิดอัตราค่าบริการในระบบ ADSL 128 กิโลไบต์ต่อวินาที 6,000 บาท และระบบ ADSL 256 กิโลไบต์ต่อวินาที 11,000 บาทต่อเดือน แต่มันเร็วกว่า ISDN ของญี่ปุ่นแค่นิดเดียวเอง ผมก็เลยไม่อยากเสียเงินกับระบบแบบนี้เดือนละ 40,000 เยน ผมเลยไม่สมัครแล้ว
ホームページの情報によると、タイ大手インターネットプロバイダのひとつ「 CS インターネット」の料金プランでは、毎秒256キロバイトが月額11,000バーツ、毎秒128キロバイトでも600バーツ。日本の ISDN に毛が生えた程度のインターネット環境のために月々4万円も使いたくないと思い、やめておくことにした。

http://www.cscoms.com/th/product/adsl_service.html

นอกจากนี้ เมื่อเปรียบเทียบความเร็วในการโหลดโปรแกรมด้วยใช้โปรแกรมแลกเปลี่ยนโปรแกรมของระบบ ADSL ของอินเตอร์เน็ตคาเฟ่ กับ ระบบ Dial-up ของบัานผมแล้ว ต่างกันวินาทีละ 37.2 กิโลไบต์ ต่อ วินาทีละ 6.2 กิโลไบต์ ก็ต่างกันแค่ 6 เท่าเอง ซึ่งผมว่าก็น่าจะใช้ได้ เพราะถ้าโหลดโปรแกรม CD 1แผ่นก็ต้องใช้เวลาประมา๊ณ 95 ชั่วโมง
なお、ファイル交換ソフトの通信速度は、インターネットカフェの ADSL で毎秒37.2キロバイト、自宅のダイアルアップで毎秒37.2キロバイトでたったの6倍しか違わない。その程度ならなんとか我慢できそうだ。どうせ CD 1枚ダウンロードにおよそ95時間もかかる。

ที่ลอสแองเจลิสก็เราอาจได้ใช้บริการ ADSL ความเร็ว 512 กิโลไบต์เหมือนกัน เพราะฉะนั้นสิ่งนี้จึงแสดงให้เห็นถึงประสิทธิภาพของระบบเครือข่ายอินเตอร์เน็ตความเร็วสูงของญี่ปุ่นเป็นระบบพื้นฐานสังคมที่ดีเด่นเป็นพิเศษอย่างเขาบอกมาก่อน
僕がロサンゼルスで使っていた ADSL は毎秒512キロバイト。だから、日本のブロードバンドインターネットは彼の言うとおりほかの追随を許さない驚異的な社会基盤なのだろう。

ขณะเดียวกันก็ช่วยสอนภาษาญี่ปุ่นให้กับเพื่อนคนหนึ่งในกลุ่มเพื่อนผู้ชายกลุ่มเล็ก ๆ ของเรา ซึ่งจบมหาวิทยาลัยอัสสัมชัญแล้วเคยทำงานที่บริษัทญี่ปุ่นในประเทศไทย เพราะว่าเขาจะเตรียมสอบวัดระดับภาษาญี่ปุ่นระดับ 2
今日は、インターネットカフェでソフトウェアをダウンロードしながら、数少ない男友達であるアサンプション大学経営学部を卒業した友人の日本語検定試験2級受験対策に協力した。

2003年11月19日(水)

ก่อนที่จะไปทำงานพิเศษชั่วโมงหนึ่ง แม้ว่ามีเวลาว่างแต่ไม่รู้จะทำอะไรดี ก็เลยเริ่มเขียนไดอารี่ภาษาไทยเป็นทบทวนการเขียนภาษาไทยไปด้วย วันหลังถ้ามีเวลาว่างก็อยากจะทบทวนการเขียนภาษาไทยต่อ
バイト1時間前、暇だったが何もすることが思いつかなかったから、タイ語作文の復習も兼ねてタイ語で日記を書いた。今後も、時間が許すかぎりタイ語作文の復習を続けたい。

2003年11月20日(木)

ตอนขับรถกลับบ้านจากมหาวิทยาลัย ผมเลี่ยวขวาจากถนนราชดำริผ่านหน้า เซ็นทรัล เวิลด์ พลาซา เข้าไปถนนเพชรบุรีผ่านหน้าพันธ์ทิพย์พลาซาเลยทำให้โดนตำรวจจับ มันรออยูตรงสี่แยกประตู้น้ำเป็นประจำ่
プラトゥーナーム交差点で放課後、商業複合施設「セントラルワールドプラザ(ワールドトレードセンター)」前のラーチャダムリ(ラチャダムリ)通りから、パソコン店街「パンティッププラザ」前のペッブリー(ペチャブリー)通りへと右折したところ、待ち受けていた警察官に呼び止められた。

แต่ผมคิดไม่ออกเลยว่าทำผิดกฏจราจรตรงไหน ก็เลยลงรถทันทีสอบถามตำรวจว่าผิดกฎจราจรอย่างไร
僕は交通違反にまったく身に覚えがなかったから、すぐに車を降りて、警察官にどのような交通違反を犯したのかと説明を求めた。

เจ้าหน้าที่ตำรวจก็บอกว่า ผมเปลี่ยนช่องทางเดินรถบนสะพานข้ามคลองแสนแสบ ซึ่งกฏจราจรกำหนดว่าห้ามเปลี่ยนช่องทางเดินรถในบริเวณนี้ ถือเป็นข้อห้าม ถึงแม้ว่าผมจะดูไม่ออกว่าตรงนี้มีป้ายประกาศอย่างนั้น แต่เขาก็ยืนอยู่เพื่อที่จะควบคุมให้ปฎิบัติตามกฎจราจรแล้วจับรถที่ผิดกฎระเบียบเหมือนกัน ผมก็เลยคิดว่า คุยกับเขาอย่างไรก็คงหนีความผิดไม่ได้ เลยยอมแสดงใบขับขี่และลองถามเรื่องเกี่ยวกับค่าปรับโดยไม่ขัดข้อง
警察官の話によれば、車線変更が禁じられているセーンセープ運河に架かる橋の上で、僕が車線変更したことが交通違反にあたるという。僕はそのような道路標識があることにまったく気付かなかったが、彼も交通違反を取り締まるために立っているのだから、言い訳を並べ立てても追及は免れないと思い、素直に免許証の提示に応じて反則金の額を尋ねてみた。

“จ่าย 400 บาททีเดียว หรือไม่ก็ไป ส.น. เอาอันไหนกัน”
「ここで400バーツ払ってしまうか、もしくは警察署に出頭するか。どっちでもいいんだぞ?」

เขาตอบเหมือนกับที่ผมเดาเอาไว้ก่อน หมายความว่า เขาให้ผมเลือก 2 แบบ คือ แก้ตัวโดยจ่ายสินบน 400 บาท หรือ ไปสถานีตำรวจเพื่อจ่ายค่าปรับตามระเบียบการที่ถูกต้อง เอาอันไหน
予想通りの答えが返ってきた。つまり、警察官は400バーツの賄賂で安直に事態を収めるか、もしくは法的な手順に則って警察署で正規の反則金を支払うかを僕に選ばせている。

ตอนนั้น เพิ่งเลิกเรียนด้วยภาษาอังกฤษมาตั้ง 6 ชั่วโมง เหนื่อยมากจนหมดแรง ก็เลยหยิบแบงค์ร้อยสี่ใบจากกระเป๋าสตางคทันทีและจ่ายเงินให้ตำรวจไปี 400 บาทอย่างรวดเร็ว
英語の講義6時間を受けて疲れきっていた僕は、すぐに財布から100バーツ札4枚を取り出して警察官に渡した。

2003年11月21日(金)