2002年8月23日(金)

夜、日本人向け夜の歓楽街「タニヤ」へ、クラスメイトたちと出かけた。タニヤ通りでは以前、色とりどりのドレスを纏ったホステスたちが「オキアクサーン、イラッサイマセー」と声を張り上げていたが、半年ほど前から警察の指導により呼び込みが禁止された。

今晩の目的は、西洋系外国人にはあまり知られていない Bangkok Night(バンコクナイト) を、ドイツ人好色中年男性に体験してもらうことだった。

そのカラオケスナックは、小さいビルの2-3階部分にある。赤い絨毯が敷かれている狭い階段には、ホステスたちが鈴なりになっている。2階部分が一般客室、3階部分は VIP ルーム(個室)。

その後、アソーク交差点付近のソーイカウボーイ(ソイカウボーイ)にある Go Go Bar(ゴーゴーバー) “Long Gun” で、タニヤの感想について「ぜんぜん面白くない。あんなので、どうして経営が成り立っているのか理解できない」と、ドイツ人が話していた。

―― まったく同感だ。しかし、タイにいる日本人のなかには、会社の命令で来ている人も少なくない。なかにはタイ語どころか英語すら話せない人もいる。そんな人たちにとっては、怪しげな日本語が飛び交うタニヤだけが、女の子たちとコミュニケーションがとれる唯一の場所なんだ。

英語ができるなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のほうがオススメ。タイ語の勉強がしたいなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のまわりにあるバービア(ビールバー)のほうがオススメ。

タニヤ通りのカラオケスナックには、日本のスナックそのまんまの雰囲気がある。しかし、安価で過激な娯楽で溢れかえっているバンコクで、どうして日本的な制約付きサービスに割増料金を支払わなければならないのか。静かで接待や商談には向いているが、自分で来るのは年3回もあれば十分かも。料金は、ひとり600バーツだった(1時間あたり, ボトル代含まず)。

2002年10月26日(土)

夜、プラトゥーナーム交差点ちかくの電脳街「パンティッププラザ」へ行ってから、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)にあるフットボールバー「フォーバー」で、グルングテープ大学(バンコク大学)の学生とビールのピッチャーを3杯あけた。父親は、内務省統治局の高官という。

テレビ時代劇「二世界放浪記(ニラートソーングポップ)」の影響で、タイ中等学校(中学高校)の歴史教科書を久々に手にとって、政治史に関する解説部分を読み返している。

世界の歴史シリーズ6 タイの歴史 タイ高校社会科教科書
柿崎千代 訳(中央大学政策文化総合研究所監修)
明石書店 発行(2002年)
ISBN 4-7503-1555-9
2,800円

エーンは、タンマサート大学(タマサート大学)でマスコミ学を専攻しているが、政治、経済、歴史には無関心で、この手の話題になると決まって両耳を塞ぎながら首を横に振る。タイ語の発音の良さには助けられているが、そんなことでマスコミの仕事ができるか心配になる。エーン自身、「マスコミなんて大キライだし興味もない!」と話している。ためしに陸軍大将より上位の軍階級について尋ねても、「し~~らない」という答えが返ってきた。

グルングテープ大学(バンコク大学)の学生にまったく同じ質問をすると、「・・・・・・うーん、それは国軍最高司令官だよ」と答えた。最高司令官は、軍階級ではなく役職名だ。

タイの近代史は、クーデターと軍事政権の歴史でもあるのに、なぜ「元帥」の階級を知らないのか。タイ軍事史上、元帥の階級を手にした軍人は17人おり、首相になった元帥も3人いる。

きのうの日記で取り上げた「タイ語古典的表現」についても尋ねてみた。 อะไร(アライ) の古典的表現を、エーンは สิ่งใด(スィングダイ) 、この学生は อะไร(アライ) と答えた。帰宅後、歴史映画「スリヨータイ」で調べた結果、正解は อันใด(アンダイ) だった。

この教科書を日本人が読んで不思議に思うのは、社会や文化の比重が大きく、政治史に関する解説部分が極端に少ない。世界史 A より内容が薄いこと。こんな社会科教育で、どうして民主主義について正しく理解することができようか。

2003年1月2日(木)

一説によると、ヂュラー(チュラ)大生はヂュラー(チュラ)大生としか連めないという。

夜、高架電車 BTS アソーク駅前のホテル「ウエスティングランデスクンウィット(スクンビット)」8階にある日本料理店「吉左右」で、エーン、日本人の友人、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学文学部の学生と、おせち料理パーティーを開いた。4人で3,000バーツだった。

エーンは、タイの最高学府ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)を明らかに敵視している。どの大学にも入れるだけの学力があるにもかかわらず、この大学の校風を嫌って、ライバル関係にあるタンマサート(タマサート)大学で一番難易度の高いマスコミ学部(ワーラサーンサートレスーサーンムアングチョン)学部に入学したほどの、筋金入りのヂュラー(チュラロンコーン大学)嫌いだ。

解散後すぐに、エーンはこの学生に対する不満を爆発させた。曰く、「あの学生のタイ語の使い方が気に食わない。論法が気に食わない。一般からかけ離れた価値観を持ち、エリート主義を振りかざしている」などなど、とどまることを知らない。

先日、エーンの言葉を裏付けるような事件があった。その友人も交えて日本人男性(21歳)と酒を飲んだときに、日本人男性が เธอ(トァー) という二人称を使って呼んだことをに憤慨して、帰宅途中に「明らかに相手を見下した表現だ。学識のある相手に対して失礼極まりない」とキレまくっていた。ところが、エーンによると、ニュートラルな二人称で、特に相手が年下ならまったく問題にならないという。

この学生は、相手の言葉使いに不満を漏らすことが多い。噂どおりのエリート主義者なのか、それとも単に自己中なだけなのか。

「日本の正月料理『おせち』がも可愛らしくて興味深かったから耐えられたけど、これが普通の寿司とかだったら、絶対にその場でどついてたと思う」

それとも、単にエーンが僕の女友達すべてを敬遠しているだけなのか。

2003年1月8日(水)

「もう、日本人が嫌いになってしまいそう」

放課後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラ論コーン大学)文学部のボーローンマラーチャグンマーリー館前にあるベンチで、顔見知りの日本語学科の学生が俯いて、たどたどしい日本語で語った。

この学生は、日本語を話す機会を少しでも増やすために、ひとりでも多くの多くの日本人と友達になろうと、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。ところが今、バンコク在住の日本人なら誰でも想像できるような「ありがちな問題」に直面して苦悶している。

「ありがちな問題」とは、在外日本人社会に共通する問題にほかならない。

タイの女子学生たちは、バンコク在住日本人による強引な性的アプローチに日々悩まされている。もう、文化や価値観の違いどころの話じゃない。

バンコク在住の一部の日本人男性たちは、まっとうな生活をしている女子大学生たちを、まるで街娼(売春婦)のように値踏みし、娼婦(売春婦)を1,500バーツ出して買うかのような感覚で傍若無人なアプローチを仕掛けているという。

こうした背景には、平均的なバンコク在住日本人と、タイ人女性との特殊な人間関係がある。(世間一般のタイ人ではなく)娼婦ばかりと関わっており、しかも会話の内容が「娼婦の教育レベルでも十分対処できるレベルの内容」に限られているため、タイ人女性を簡単にゲットできると思い込んでいる日本人も少なくない。しかも、その思い込みがさらに激しくなると、タイ人女性全員が本当に娼婦に見えてくるというのだから、まったく目も当てられない。娼婦としか恋愛をしたことがないとあれば同情してやっても良いが、外国人に「キミいくら?」と聞かれて街中で泣き崩れる女子大学生を見ていると、ホントウにいたたまれない気持ちになる。

タイ人大学生は、子供らしく振舞うように訓練されているため、外国人の傍若無人ぶりには強烈なショックを受ける。そして、ある学生は日本人は狂っているという結論にたどり着き、すべての日本人との関係を絶つ決意する。

バンコク在住日本人のひとりとして、他人から蔑まれることのない振る舞いを心がけたい。

ところで、先日来の家計難が限界に達し、ついに首が回らなくなった。財布には現金3バーツ、銀行口座には194バーツしか残っていない。高架電車 BTS に乗ろうとしたが、5バーツ足りなかったため、やむなく友人から借りた。

2003年1月18日(土)

「あなたの奥さん、最近見かけてないけど、どうしちゃったの?」

日本人の友人が住んでいる、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィット(スクンビット)スイート」14階のミニマートで、女性店主が友人に尋ねた。この店主には、大学に通っている娘がいる。

日本人の友人が、①まだ結婚していないこと、②もう別れたことを告げると、女性店主は自分が犯した失敗に気付いて場当たり的なフォローを始めた。女性店主によると、タイでは婚前同棲するようなオンナはロクなもんじゃないと考えられており、同棲中の女性を恋人と呼ぶと失礼になることから、「奥さん」という表現を使ったという。

そういえば、アパート向かいの「ラーチャテーウィー(ラチャテウィー)アパートメント」にあるミニマートの男性店主も、「奥さん元気してる?」と声をかけてくることがある。

たしかに、おまえのロクでもないオンナはどうした? とは聞けない。

午前10時から午後3時まで働いて、約1,500バーツの臨時収入があった。

夜、日本料理店で日本人の友人やアサンプション大学の学生5人と夕食をとり、日本人の友人が住んでいるコンドミニアムを訪問した。

2003年1月30日(木)

タイ人が嫌いな国。王都アユッタヤー(グルングテープタワーラーワディー・スィーアユッタヤー・マハーディロッガパポンラッタナラーチャターニーブリーロム)がコンバウン朝によって徹底的に破壊された1767年以降、それはずっと西の隣国ミャンマーであり続けた。ところが、その地位は一夜にして東の隣国カンボジアによって取って代わられた。

カンボジアの首都プノンペンで28日、カンボジア国内の反政府勢力に扇動され暴徒化した市民がタイ大使館を焼き討ちするという事件が発生した。これに激怒したタイ首相タックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)は、プノンペン駐在の大使を含む全大使館員を本国に召還し、外交レベルを臨時大使級に引き下げた。さらに大使館の安全を確保するという理由で、軍の特殊部隊をカンボジア領内に派遣すると息巻いている。

憤慨しているのは何も首相ひとりではない。民衆の怒りも相当のもので、大規模な抗議集会が連日のように在バンコク・カンボジア大使館前で繰り広げられている。テレビ各局も、各界の著名人の論評を交えながらこれを大々的に報じ、同時に視聴者にこう訴えかけている。

「何よりも落ち着くことが肝要です。カンボジア人の財産には絶対に危害を加えないでください」(元陸軍総司令官)

彼らがここまで憤慨しているのは、単にタイ大使館が襲撃を受けたからだけではない。カンボジア人暴徒の一団が大使館に侵入した際に、大使館内に掲げられていた国王の肖像が屋外に引きずり出され踏みつけにされたという、タイ人であれば絶対に許せない出来事があったからだ。

その報道を見れば、普通のタイ人であれば誰しも涙ぐみながら声を荒げて口汚くカンボジア人を罵るだろう。それに比べればエーンの反応はとても冷静だったが、その口から出てきた感想は辛辣を極めた。曰く、

「陛下の肖像を踏みつけるなんて、アレは人間じゃないわ」

今回のカンボジアへの抗議運動は国王の制止の言葉ひとつで解散したという。

2003年2月3日(月)

ラームカムヘーング(ラムカムヘン)大学の学食で働いているおばちゃんの月給、いくらか知ってる? たったの500バーツよ。2,000バーツももらってればまだいい方なんじゃない?」

MBK マーブンクローングセンター(マーブンクロンセンター)の日本料理店 ZEN 。僕が昨日遊びに行った警察大佐の家で働いている使用人の給料の話をしたところ、エーンはこう応じた。ちなみに、その使用人は母屋の隣にある広さ4畳程度の離れに住んでいる。食事代をはじめ家賃などはすべて雇用主の負担。つまり、無駄遣いを1バーツもしなければ、その使用人は月給の2,000バーツをまるまる貯金に回すことができる。

エーンによれば、中流家庭で働く使用人の大部分が(タイより貧しい)隣国からの不法労働者。不法労働希望者の数が求人の数によりも圧倒的に多いこともあって、安い賃金で働くことに甘んじざるを得ないという。ちなみに、その家の使用人はミャンマー人だった。

ここバンコクには数多くの日本人労働者が住んでいる。彼らは日本国内の企業から派遣されてきた「駐在員」と、バンコクで採用されて働いている「現地採用者」に分けられる。この両者のあいだには、同じ日本人であるにもかかわらず待遇に歴然とした格差がある。賃金だけを見てみても、駐在員は日本で働いていたときの1.5~2倍の所得を得ているが、現地採用者は日本で働いていたときの3分の1ももらえればよい方だといわれている。

しかも、同じ日本人現地採用者のなかにも格差がある。バンコクにおける日本人の月給は15,000バーツ(45,000円)から60,000バーツ(180,000円)が相場。45,000バーツが標準的な月給といわれており、70,000バーツももらえば「かなり良い」部類に分類される。ボーナスの相場は1ヶ月。国民皆中流の日本人社会の考え方では受け入れがたいことかもしれないが、ここバンコクの労働市場での待遇は極端な能力主義によって決定される。

友人の会社社長曰く、

「タイの最高学府ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学卒の労働者でも新卒者なら月々15,000バーツで雇えるんだよ? 彼らはなんだかんだいっても頭が切れるし、業務の飲み込みも早いからとても重宝するんだ。それにしても、バンコクにゴロゴロしているあの日本人たちはいったい何なんだ? 何の取り得もない労働者を、なぜ日本人という理由だけで30,000バーツも出して雇ってやんなきゃいけないんだ? チュラ大卒の労働者2人を雇った方が何十倍も絶対に得だ」

この日本人社長によれば、経理なら日本人がやらなくてもタイ人でも出来る。それなら賃金が安くて質も高いタイ人複数を雇った方が、日本人を雇うよりも効率的だということらしい。

バンコクにおける労働市場は、日本人にとって相当厳しいもののようだ。べつに月々の所得が15,000バーツでも良いなら話は別だが、いい話なんてそうそう転がってない。やはり、現地採用者として働くのであれば、まずは広い人間関係を作って、雇用者と知り合うというかたちで就職するのが、良い待遇への近道なのかもしれない。

ちなみに、僕は「タイ語を(で)同時通訳できます」という程度。こんなことでは高給なんてとても期待そうにないから、何らかのかたちで人間性を見て雇ってもらうという以外の選択肢がない。

就職活動とは、自分が「労働市場」に参入しようとする行為である。同時に、いかに自分を「貴重な資源」と思わせるのかが重要なポイントとなる。少なくても、このバンコクではそう断言できる。

2003年2月27日(木)

タイの麻薬撲滅戦争は、まさに戦争状態。

これまで僕の部屋のテレビは、エーンの趣味で常に衛星放送 UBC の49チャンネルの音楽番組ばかりだった。しかしエーンがいなくなった今、徐々に日本にいた頃の習慣を取り戻しつつある。そんな僕が好んで見ているのは、地上波3チャンネル(VHF放送)と地上波 ITV (UHF放送)。ほかのチャンネルよりもニュース番組が多く、特に ITV は一日中ニュースばかり放映している。

年初に行われた会議の席上で、タイ首相タックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)警察中佐が各県の知事や警察幹部たちを前にして「麻薬撲滅戦争(ソングクラームプラッププラームヤーセープティット)(麻薬撲滅キャンペーン)で大きな功績のない者は更迭する」と発言(県知事は内務省からの派遣で非公選)。それを契機に全国各地で一斉に麻薬撲滅戦争が勃発した。これまで個人レベルでの不正蓄財にしか興味を示さすことのなかったタイの権力機構が、ここまで熱狂的な不正弾圧に乗り出すのは極めて異例のこと。

先日、サラブリー県へ出張で出かけた友人が「一般国道で警察官が原付すべてを停めて荷物を改めてた」と話していたが、今回の取り締まりは本当に徹底している。若者たちの麻薬のメッカとして知られている RCA Royal City Avenue では、数週間に1度という頻度で警察による立ち入り捜査が入っている。警官隊がディスコの出入口すべてを封鎖して臨時の尿検査ブースを設け、現場指揮官が DJ ブースを占領して営業を強制的に中断させ店内の照明を点ける。便所の中では「陰性」の尿が高値で取引されているという噂だ。この影響でバンコク都内のディスコ客が激減した。

警察による麻薬取締りは苛烈を極めている。今回の麻薬撲滅戦争では、抵抗する麻薬事犯容疑者の射殺が許可されているらしく膨大な死者が出ている。一説ではこの2ヶ月ほどの間に300万もの命が失われたという。これに関連して、国連人権委員会がタイ政府に抗議を申し入れた。

このタイにおける麻薬問題はかなり根深い。麻薬密売組織の幹部リストには、政府や警察の有力者が名を連ねている(そういえば、去年ラオスに行ったときに便乗させてもらったクルマも、海軍大将に届けるための麻薬輸送車だった)。この射殺許可の通達を利用して、司法警察が「秘密を知る者」を次々と始末しているとの報道もある。

麻薬がらみの殺人事件が起こったときの報道はいつもお決まりのパターン。

「○○警察の○○中佐によれば、今回の事件は麻薬犯罪組織同士の抗争が背景にあるそうです」

最近のテレビニュースは、麻薬がらみの殺傷事件一色になっている。今日の ITV 報道特集では「何も知らされないまま、麻薬デリバリーサービスのお使いをさせられていた小学生」を取り上げていた。タックスィン(タクシン)首相の言葉を引用すれば、麻薬犯罪組織は「ピザよりもより早く確実に届く優秀なデリバリーサービス網」を構築しているとか。

僕がまだ旅行者だった頃、麻薬には手を出さなかったが、外国人や売春婦たちが集って麻薬をやっている部屋に出入りしていたことを思い出す。今そんなことをしたら、二重の意味で自殺することになるだろう。

今日、母から「麻薬とゲイに気を付けてくださいね」という内容のメールが届いた。危ないことには手を出さない。平穏に暮らしていくための鉄則だ。

今晩、アメリカの語学学校に提出するためのパスポートのコピーを友人の会社から FAX した。そのお礼に翻訳の仕事をし、さらにタニヤにあるカラオケスナックの店主に呼び出され、ある複雑な問題を解決するための通訳を依頼された。キープボトル1本が無料進呈された。

2003年3月9日(日)

「あの女は絶対に許せない! わたしに危害を加えようという意図は明白。 ああ、できることなら、食べたものを今すぐにでも吐き出してしまいたい!!」

タイ第2の日本人街を形成しているチョンブリー県スィーラーチャー(シーラチャ)からバンコクへと戻る車中、ヒンズー教を信仰しているタイ人従業員が憤慨していた。ヒンズー教では牛肉を食べることが禁じられている。ところが、この従業員が食べたカレーの中に、その牛肉が入っていたという。

「わたしは食べる前に、ちゃんと店員に『何が入っているか』聞いたのよ! でも、あの中に牛肉が入ってるなんて一言も言わなかったじゃないの!」

僕は乗用バン(ロットゥー)を運転しながら黙って話を聞いていた。しかし、最後まで「この従業員に日本料理屋の店員が危害を加えようと意図していた」ことは確認できなかった。

「知っているでしょう? わたしたちが最も崇拝している最高の神シヴァ神が・・・・・・(以下略)」

そんなことを説明されても、ますます混乱するばかりだ。延々と続いたこの従業員の説明を簡単にまとめると、①ヒンズー教徒のあいだでは誰かを呪うときに、牛をその人物に見立てて殺し内臓をえぐり出す。②そうすることで、その人物の内臓にも異変が生じ、上手くいくと殺すことができるという。

「これまで、わたしは悪意ある人々によって呪いをかけられてきた。そのたびに災いから免れようと功徳を積んできたというのに、あの店員にハメられて悪行が増えてしまったわ。わたしはただ災いから免れたいだけなのに・・・・・・」

タイ人の95%はバラモン教(プラーム)精霊信仰(サイヤサート)の影響を強く受けた南方上座部仏教を信仰している。だから南方上座部仏教を信仰しているほかの従業員には、なかなかこの話を理解できない。そのためか、僕を含むほかの従業員たちは、この従業員が20分間にも渡って続けたヒンズー教の教義の話を黙って聞くしかなかった。

結局、この従業員が話していた「日本料理屋の店員による悪意」については、まったく分からなかった。店員が一目でこの従業員をヒンズー教徒と見抜いて罠にハメたのか、それとも単なるミスに過ぎなかったのか。

しかし、1月末に発生したカンボジア国内でのタイ大使館焼き討ち事件の影響で、タイ人のヒンズー教徒に対する感情は確実に悪化している。クメール系のこの従業員の顔を見て、店員が強い嫌悪感を感じたとしても不思議ではない。

以前、マクドナルドでアルバイトをしていたというエーンの話。

「よくあるのよ。ヒンズー教徒が『ハンバーガーに牛肉が入っているとは聞いてない』と抗議してくるケースが。だから、牛肉が入っているメニューを受けたときには、必ず『このセットには牛肉が含まれていますがよろしいでしょうか』と確認することにしているの」

なるほど。過去に何度か、僕自身もそういった確認を受けたことがある。どうしてこんな当然のことを聞いてくるのかと不思議に思っていたが、その背景にこれほど慎重な宗教上の配慮があったとは。

今日はパッタヤー(パタヤ)海岸の沖に浮かぶラーン島で海水浴と水上パラシュートを堪能した。島から海岸へと戻る船で、集合時間に10秒遅れた韓国人を見捨てて出航するという事件が発生。友人がタイ人の船頭に「なぜ10秒も待ってあげられなかったのか」と聞いたところ、こんな返事が返ってきた。

「イイんだよ。だって、韓国人って無作法でムカつくじゃん? まあ、ザマアミロってことだ」

韓国人はパッタヤーのタイ人にひどく嫌われている。以前、僕自身も韓国人と間違われ、危うくひどい仕打ちを受けるところだった。そのときは、自分が日本人であることを必死に説明して、ギリギリのところで難を逃れた。

どこへ行っても、「鼻つまみ者」というのは常に存在する。

バンコク到着後、友人たちとタニヤへと繰り出し、いつものカラオケスナックでウイスキーを飲みながら長距離ドライブの疲れを癒した。

2003年8月2日(土)

「まずは自分を弱々しく見せること。これは年功序列型のタイ社会における秩序維持のための大前提だ。決して軍隊のようにハキハキと受け答えしてはならない。弱々しく、そして子供らしく振る舞うんだ。あとは、適当に敬語さえ使っていれば問題ないだろう」

今晩、タイ人同居人の郵便物を受け取りに、僕たちはアメリカにもう32年も住んでいるというタイ人老婦人宅を訪問した。僕の見たところ、彼女は55歳くらい。

これまで、僕は(路上の物売り以外の)歳の離れたタイ人と話したことがなかったものだから、どうしたらよいかと困り事前に確認した。その答えは、年長者に対して「弱々しく、子供らしく振る舞え」というもの。

これこそがタイ社会、タイ文化の根っこの部分だ。子供達の独立独歩を促す欧米的価値観を全否定するタイ特有の社会観。年長者に追従することで自らを思考停止に陥れるタイ特有の道徳観。

時々、僕の目にはタイ人がひどく子供っぽく映ることがある。きっと、それはタイ人の社会観と道徳観、それから教育システムのせいだろう。大人になっても、独立することなく年長者に終始服従し続けることが美徳とされる社会。個々の創意工夫による行動が反社会的と見なされ、年長者が公認する旧態依然とした古い価値観のなかで消極的に行動をすることが美徳とされる社会。こうした社会における美徳は、僕たちのそれとは正反対のアメージングで奇妙な代物だ。決して共有できる価値観ではないだろう。

タイ人のアメージングな価値観はこればかりではない。しつけとは本来、社会に適応するための常識やルールを子供達に教え、それを元に子供達が自ら試行錯誤を繰り返しながら自力で習得できるように促すものであるはずだ。しかし、子供達に成長と自立を促すべき年長者は、異常なまでに過保護で決して子供を叱ろうとしない。極端なまでに「褒めて育てる」という偏重的な教育姿勢をとっており、タイの子供達から自ら反省し改善するという機会を奪っている。彼らは、年長者に服従するように訓練されてきたのだ。これでは、日本人が常識と信じているレベルの自己管理能力を養えるはずがない。こうして、日本人の目には妙に子供っぽく映るようなタイ人の大人達が作られていく。

こうした問題は、単に彼らが大人らしく振る舞えないという問題だけでなく、タイ国内の政治・経済・社会などの各活動にも暗い影を落としている。高校や大学などの教育の現場でも、彼らは講師の持論に完全に追従することが求められ、自らの持論を展開し応用するという訓練を受ける機会を与えられない。そのため、学歴にかかわらず、タイ人の多くは政治・経済・社会に関する話題に対して驚くほど無頓着で、自らの意見を持たず、基本的な事柄すら知らないこともある。

もし、タイ人がこうした問題をこのまま放置しておいても良いと考えているのならば(もしくはこれこそがタイの美点であって保護すべきだと考えているのならば)、僕としてはいっこうに構わないのだが、やはり日本人としては彼らの教育システムと社会秩序システムには問題があって、変更の手を加える必要があるのではないかと首をかしげる。

今日は国家建設における教育の重要性を実感する良い機会になった。もし、教育学の専門家が書いたタイにおける教育システムに関する評価レポートがあれば、いつか読んでみたい。

ちなみに、僕のタイ人老婦人に対する立ち居振る舞いについては、タイ人の友人から最高の評価をいただいた。今晩は彼らの成長過程の一部に触れたような気がした。

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