2002年8月23日(金)

夜、日本人向け夜の歓楽街「タニヤ」へ、クラスメイトたちと出かけた。タニヤ通りでは以前、色とりどりのドレスを纏ったホステスたちが「オキアクサーン、イラッサイマセー」と声を張り上げていたが、半年ほど前から警察の指導により呼び込みが禁止された。

今晩の目的は、西洋系外国人にはあまり知られていない Bangkok Night(バンコクナイト) を、ドイツ人好色中年男性に体験してもらうことだった。

そのカラオケスナックは、小さいビルの2-3階部分にある。赤い絨毯が敷かれている狭い階段には、ホステスたちが鈴なりになっている。2階部分が一般客室、3階部分は VIP ルーム(個室)。

その後、アソーク交差点付近のソーイカウボーイ(ソイカウボーイ)にある Go Go Bar(ゴーゴーバー) “Long Gun” で、タニヤの感想について「ぜんぜん面白くない。あんなので、どうして経営が成り立っているのか理解できない」と、ドイツ人が話していた。

―― まったく同感だ。しかし、タイにいる日本人のなかには、会社の命令で来ている人も少なくない。なかにはタイ語どころか英語すら話せない人もいる。そんな人たちにとっては、怪しげな日本語が飛び交うタニヤだけが、女の子たちとコミュニケーションがとれる唯一の場所なんだ。

英語ができるなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のほうがオススメ。タイ語の勉強がしたいなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のまわりにあるバービア(ビールバー)のほうがオススメ。

タニヤ通りのカラオケスナックには、日本のスナックそのまんまの雰囲気がある。しかし、安価で過激な娯楽で溢れかえっているバンコクで、どうして日本的な制約付きサービスに割増料金を支払わなければならないのか。静かで接待や商談には向いているが、自分で来るのは年3回もあれば十分かも。料金は、ひとり600バーツだった(1時間あたり, ボトル代含まず)。

2002年11月27日(水)

前者は自発的に行い、後者は知らず知らずのうちに共犯者にされかけた。

午前8時、タイ・ラオス友好橋の手前にある旅行代理店で、教育ビザの発給には3日かかると知らされた。どんな方法を使ってもいいから即日発行してもらえる方法はないかと尋ねると、「10,000バーツ以下だと思うけど、それでもすごく金がかかる。ウィアングヂャン(ビエンチャン)に2泊すれば済む話じゃん」と言われたが、無理を言って手はずを整えさせた。旅行代理店は、贈賄の便を考えて、現地人を6,000バーツで雇い入れた。

「自動車登録証の名義がパスポートと一致してないと、クルマの出国手続きをしてもらえないのよ。タイで借りたクルマを、ラオスで売り払っちゃう人がいるから」

ラオス入国手続きのを代行を依頼して(ビザ代込みで2,000バーツ)、旅行代理店の女性従業員が運転する110ccバイクの後ろにまたがりタイ・ラオス友好橋を渡った。今回の旅行第2の目的である、ラオスドライブは失敗に終わった。

ラオスは、タイ側のノーンカーイ(ノンカイ)に輪をかけて田舎だった。入国審査場で、タイ側のエージェントからラオス側のエージェントに引き継がれ、右側通行のデコボコ道を23キロ西にあるウィアングヂャン(ビエンチャン)を目指した。

午前9時、市内中心部ラーンサーング通り(ランサン通り)にあるタイ大使館領事部に到着し、長蛇の列の最後尾に加わった。周囲を見てみると、不思議なタイ文字(=ラオス語)で書かれている看板を見つけた。

タイ農民銀行
  ທະນາຄານກະສິກອນໄທ (ラオス語表記)
  ทะนาคานกะสิกอนไท (タイ語発音表記)
  ธนาคารกสิกรไทย (タイ語表記)

ウィアングヂャン(ビエンチャン)駐在領事に、即日ビザに必要な賄賂は渡してある。そのためには、受付カウンターで一応の手続きをしなければならないが、この行列ではムリかもしれない。やっぱり明日の朝じゃダメか?」

ラオス人の贈賄仲介者には、即日ビザのために必要な費用(6,000バーツ, ビザ発給手数料500バーツを含む)を、すでにタイ側のエージェントを通じて支払っている。みすみす金をドブに捨てるような真似はできない。

すぐうしろにいるラオス人が、特別な事情を察知したのか、いろいろ尋ねてきたが、もしここで変なことを話したら、すべてが台無しになるかもしれない。そこで、逆にラオス人を質問攻めにした。

―― ラオスは5つの国に囲まれている内陸国だが、そのなかで一番好きな国はどこか?

「政治的な理由から、1位がヴェトナム、2位が中国で、タイは3位。ここのところ、中国が急速に追い上げてきているが、ラオス経済は依然としてヴェトナムに依存している」

―― タイ資本の金融機関が多いようだが、

「ラオス国内では外国資本の銀行でも営業できる。ただし、タイと違って ATM はない」

―― ウィアングヂャン(ビエンチャン) の中心部はどこか?

「この領事館のあるモーニングマーケットが中心だ」

突如、ラオス人贈賄仲介者がやってきて、僕の両肩を掴んで領事館の中へと引きずり込み、とにかく1番カウンターへ行って職員と話すようにと指示された。事態を把握しようと周囲を見てみると、この長蛇の列をパスするために贈賄仲介者が500バーツで買収したラオス警察の少佐がいた。タイ領事館の女性職員は気乗りしない様子だったが、ラオス警察少佐の署名が追記されているビザ申請書類を突きつけて、申請手数料500バーツを支払った。この職員は、どうやら今回の不正について何も聞かされていないらしい。

その後、ラオス人贈賄仲介者に400バーツ払ってウィアングヂャン(ビエンチャン)市内を案内させたが、この街には本当に何もなく、あっという間に終わってしまった。

ウィアングヂャン(ビエンチャン)は、タイの地方都市であるノーンカーイ(ノンカイ)以上ウドーンターニー(ウドンタニ)以下の規模。右の写真はラオス農業省庁舎。

昼、日本料理店「古都」でビーフカレーを食べた。バンコクにある劇不味日本料理チェーン店 Fuji に輪をかけて不味かったが、そのくせ料金は2倍の175バーツ。店員によると、この店の主要な日本人客は、ウィアングヂャン(ビエンチャン)駐在の日本大使館員と JICA 国際協力事業団の職員たちという。

午後5時、この何もない都市で時間を潰していたが、ラオス人贈賄仲介者からの悪い知らせが入った。

「大使がいない!! ビザに署名をする大使がいないと、ビザが発給できないんだ! 大使はいま、ウィアングヂャン(ビエンチャン)ワットタイ空港(ワッタイ空港)で、今夕帰国するプラテープ王女を見送っているところだ。運が良ければ大使館に戻ってくるが、空港から大使公邸へ直行してしまうかもしれない」

ラーンサーング通り(ランサン通り)にあるタイ大使館領事部前で、途方に暮れて周囲を見渡してみると、もう一組の贈賄者であるタイ人モンコン君(仮名)がいた。事情を話すと、すでにギィさんが向かっているコーンゲン県(コンケン県)まで送ってもらえることになった。

そうこうしているうちに、教育ビザを無事ゲットした。

モンコン君(26歳)は、ラオスナンバーの RV 車 SURF を所有しており、ラオス人女性(23歳)のビザを受け取りに来ていた。父親は、バンコクで家具の輸出をしており、自分はラオスで日本車を買い付けてタイ国内で販売する仕事を始めるという。彼らはまだタイ行きの準備が整っておらず、国境付近にあるラオス人女性の家へと向かった。

その家は、ラオスの家屋としては比較的良いほうで、タイ人中流階級並(ひとり暮らしの日本人大学生並み)の家財道具もある。そのカップルと、双方の父親が住んでいるという。夕食をごちそうになり、リビングでタイ7チャンネルを観てモンコン君の父親の帰宅を待ってから、荷物運びを手伝った。幅10センチ、長さ25センチ、厚さ3センチくらいの少し重たい木片を、 SURF の荷台に詰め込んだ。後部窓ガラスには、山形県警察本部発行の登録自動車保管場所証明(車庫証明)が貼られていた。盗難車か?

タイ・ラオス友好橋(ラオス側)で、人間とクルマの出国手続きをした。ラオス人もラオスの出国税を支払わなければならない。モンコン君の父親は、出国手続きが終わるまで、ずっと携帯電話で誰かと話しており、一歩もクルマから降りることはなかった。

タイ・ラオス友好橋(タイ側)で、人間とクルマの入国手続きをした。モンコン君の父親は、入国手続きが終わるまで、ずっと携帯電話で誰かと話しており、一歩もクルマから降りることはなかった。本人確認もせずに入出国審査ができるんだろうか? 車載物検査は、入出国時ともになかった。もちろん警察犬もいない。

ノーンカーイ県(ノンカイ県)からバンコクへと向かう車中で、恐ろしい会話を耳にした。

「短い木片には14錠あります。はい、1錠270バーツです。明日の早朝には、海軍大将閣下にご覧いただきます」

電話の内容は、単純明快だった。木片に隠してある錠剤といえば、工場で精製される向精神薬以外に考えられない。この値段だと、きっとアイス(スピード, ヤーアイス)だろう。

このクルマは、麻薬密輸車だった。

地方の幹線道路には必ず検問があるが、彼らは「警察が積荷を検査するはずがないさ」と鷹をくくっている。しかし、万一にも大量の麻薬を輸送しているところを発見されて逮捕されようものなら、死刑になること疑いない。判決が言い渡されるシーンは、タイのテレビニュースでよく見かける。使用だけでも、1年の懲役または20,000バーツの罰金は堅い。そんな不名誉な刑事犯として、こんな国で処刑されるのだけは絶対にイヤだ。

それだけはヤバいと思って、ギィさんと待ち合わせをしているコーンゲン(コンケン)市内第2位のホテル「ヂャルーンターニー(チャロンタニ)」で降ろしてもらった。

ホテルの客室で、この話を興奮気味でギィさんに話した。エーンにも電話した。しかし、誰も驚いた様子を見せない。タイではよくある話なんだろうか。

ホテルのカラオケバーで飲んで暴れて、旅の疲れを発散した。ラオス語を見すぎたせいで、 ม (モーマー)と ນ (ノーノック)の違いが分からなくなってる。

2003年2月17日(月)

タイで働くには、いろいろな条件をクリアしなくてはいけない。

今日、友人である会社社長の勧めで、僕は経営コンサルタントからタイの労務関連の法令についての説明を受けた。

日本人がタイで働くためには、①商用ビザ(B-VISA)と②労働許可証(Working Permit)の2つが必要になる。商用ビザがなければ労働許可証を申請できないし、労働許可証がなければいつかは不法労働として摘発されてしまう。友人によれば、①商用ビザの申請は簡単で会社からの招聘状とその会社の登記簿謄本などが整っていれば問題ないが、②労働許可証には「いろいろな条件」があって、それを満たすのがなかなか難しいという。日本人1人を雇い入れるごとに、会社は (A) 資本金200万バーツを積み増し (B) タイ人従業員4人を雇い入れなければならない。この日本人の数には社長も含まれる。つまり、日本人3人の企業であれば、資本金200万バーツ×3人の600万バーツのほかに、タイ人従業員4人×3人の12人が必要となる。

そのなかで、アルバイトの僕にも労働許可証を取っておこうという話になった。

またコンサルタントによれば、今年から所得税と社会福祉税(年金込)の税率がそれぞれ従来の3%から4%に引き上げられたという。この新しい税率では、合計8%の税金が給料から天引きされる。社会福祉税の一部として支払った年金は、帰国時には還付されず、55歳の支払い開始まで待たなければ受給できない。社会福祉税を納めている会社員には納税者身分証(バットプラヂャムトゥワプースィアパースィー)が交付される。ちなみに、所得が月々6,000バーツ(高卒程度平均月給よりやや良い)しかないような場合には、課税が免除される。

いずれにしても、僕のアメリカ行きが決定してしまえば、しばらく自分とは縁遠い話になる。

2003年12月13日(土)

飲酒と喫煙が解禁される年齢は、国(または州)によって異なる。

日本では飲酒・喫煙ともに20歳だが、アメリカ・カリフォルニア州では21歳。しかも必ずといって良いほど身分証の提示が求められる。

ところが、ここタイでの規則は少し変わっている。飲酒が18歳から、喫煙が20歳から。ただし屋外での20歳未満の飲酒は禁じられている。だから、クラブ(タイではディスコやパブと呼ばれる)の入り口には、客の身分証(国民 ID )を確認するための警備員が配置されている(20歳未満の未成年者を店に入れてしまうと、店が罰せられる)。

カノジョのブワは18歳。一緒に酒は飲めてもクラブには行けない。そこで今晩はブワと酒を飲むために、ホテル「アマリ・アトリウム」のパブ「ミングルス」へと出かけた。厳密には違法だが、ホテルに年齢確認の警備員がいることはほとんどない。

それでも一緒にクラブに行けないのは、やっぱり少しだけ残念だ。

2003年12月14日(日)

身分証を見れば、その人の大体の素性が分かる。

昨日の日記でも話題にあがった国民身分証(国民 ID カード)。タイ語では 「バットプラヂャムトゥワプラチャーチョン」と呼ばれている。①氏名、②性別(女性の場合は未婚/既婚の区別)、③生年月日、④信仰、⑤血液型、⑥住所などが記載されており、すべてのタイ国民に携行が義務付けられている。

たとえば、①各種公的手続き、②職務質問(交通違反取締)、③就職活動、④クラブ(ディスコ/パブ)への入場などで提示が求められる。

今回サンプルとして用意したのは、バンコク都ワッタナー区在住のブリトニーズ・スピアーズさん(仮名)の国民身分証。彼女はタイ仏教歴2544(西暦1981)年生まれの22歳。血液型はA型で仏教を信仰している。

現在発行されている国民 ID は、エメラルドグリーンのプラスチックカード(旧式のものは紙にラミネート加工)。エメラルドグリーンの台紙に偽造防止のための精細な模様が印刷されている。

各項目の読み方はつぎのとおり(このサンプルは、本物を見て暗記したのちに再構成したもので、デザイン等が実物とは若干異なります。また発行年や発行県により、デザインや記載内容が若干異なります。2007年1月に再度デザインが変更されています)。

เลขหมายประจำตัวผู้ถือบัตร(レークマーイプラヂャムトゥワプートゥーバット) – カード保有者番号

  • タイ国民ひとりひとりに割り振られている13桁の数字。

ชื่อ(チュー) – 名

  • その人の名。ステータスは次の3種類に分類される。
    น.ส.(ナーングサーオ) = Miss, 未婚女性 / นาง(ナーング) = Mrs., 既婚女性 / นาย(ナーイ) = Mr., 男性

ชื่อสกุล(チューサグン) – 姓

  • その人の姓。名字。

เกิดวันที่(グートワンティー) – 生年月日

  • その人の生年月日。形式は[dd/mm/yyyy]。日付2桁+月2桁+年4桁。
    • タイ語の月表記はつぎのとおり。
      ม.ค.(マッガラーコム) = 1月 / ก.พ.(グンパーパン) = 2月 / มี.ค.(ミーナーコム) = 3月 / เม.ย.(メーサーヨン) = 4月 / พ.ค.(プルッサパーコム) = 5月 / มิ.ย.(ミトゥナーヨン) = 6月 / ก.ค.(ガラッカダーコム) = 7月 / ส.ค.(スィングハーコム) = 8月 / ก.ย.(ガンヤーヨン) = 9月 / ต.ค.(トゥラーコム) = 10月 / พ.ย.(プルッサヂガーヨン) = 11月 / ธ.ค.(タンワーコム) = 12月
    • タイ仏教歴の換算式はつぎのとおり。
      西暦(1981) = タイ仏教歴(2524) - 543

ศาสนา(サートサナー) – 宗教

  • その人が信仰している宗教。
    พุทธ(プット) = 仏教 / คริสต์(クリット) = キリスト教 / อิสลาม(イッサラーム) – イスラーム教 / ฮินดู(ヒンドゥー) = ヒンズー教

หมู่โลหิต(ムーローヒット) – 血液型

  • その人の血液型。
    เอ(エー) = A型 / บี(ビー) = B型 / โอ(オー) – O型 / เอบี(エービー) = AB型 / - – 未確認

ที่อยู่(ティーユー) – 住所

  • その人の住民票がある住所。タイの県名はつぎのとおり(全76県, 人口順)。
    กรุงเทพมหานคร = バンコク(バンコック)都 / จ. นครราชสีมา = ナコーンラーチャスィーマー(コーラート)県 / จ. อุบลราชธานี = ウボンラーチャターニー(ウボンラチャタニ)県 / จ. ขอนแก่น = コーンゲン(コンケン)県 / จ. เชียงใหม่ = チアングマイ(チェンマイ)県 / จ. บุรีรัมย์ = ブリーラム(ブリラム)県 / จ. อุดรธานี = ウドーンターニー(ウドンタニ)県 / จ. นครศรีธรรมราช = ナコーンスィータンマラート(ナコンシータマラート)県 / จ. ศรีสะเกษ = スィーサゲート(シーサゲット)県 / จ. สุรินทร์ = スリン県 / ร้อยเอ็ด = ローイエット(ロイエット)県 / จ. สงขลา = ソンクラー県 / จ. เชียงราย = チアングラーイ(チェンライ)県 / จ. ชลบุรี = チョンブリー(チョンブリ)県 / จ. ชัยภูมิ = チャイヤプーム県 / จ. สกลนคร = サゴンナコーン(サコンナコン)県 / จ. นครสวรรค์ = ナコーンサワン(ナコンサワン)県 / จ. สมุทรปราการ = サムットプラーガーン(サムットプラカン)県 / จ. อุบลราชธานี = ウボンラーチャターニー(ウボンラチャタニ)県 / จ. เพชรบูรณ์ = ペッチャプーン(ペチャブン)県 / จ. กาฬสินธุ์ = ガーラスィン(カラシン)県 / จ. สุราษฎร์ธานี = スラートターニー(スラタニ)県 / จ. นนทบุรี = ノンタブリー(ノンタブリ)県 / จ. มหาสารคาม = マハーサーラーカーム(マハサラカム)県 / จ. หนองคาย = ノーンカーイ(ノンカイ)県 / จ. พิษณุโลก = ピッサヌローク(ピサヌローク)県 / จ. สุพรรณบุรี = スパンブリー(スパンブリ)県 / จ. ราชบุรี = ラーチャブリー(ラチャブリ)県 / จ. กาญจนบุรี = ガーンヂャナブリー(カンチャナブリ)県 / จ. ปทุมธานี = パッターニー(パタニ)県 / จ. นครปฐม = ナコーンパトム(ナコンパトム)県 / จ. ลำปาง = ランパーング(ランパン)県 / จ. ลพบุรี = ロッブリー(ロッブリ)県 / จ. พระนครศรีอยุธยา = プラナコーンスィーアユッタヤー(アユタヤ)県 / จ. กำแพงเพชร = ガンペーングペット(カンペンペット)県 / จ. นราธิวาส = ナラーティワート(ナラティワット)県 / จ. นครพนม = ナコーンパノム(ナコンパノム)県 / จ. ฉะเชิงเทรา = チャチューングサオ(チャチュンサオ)県 / จ. ปัตตานี = パッターニー(パタニ)県 / จ. เลย = ルーイ県 / จ. สุโขทัย = スコータイ県 / จ. ตรัง = トラング(トラン)県 / จ. สระบุรี = サラブリー(サラブリ)県 / จ. ระยอง = ラヨーング(ラヨン)県 / จ. พิจิตร = ピヂット(ピチット)県 / จ. ยโสธร = ヤソートーン(ヤソートン)県 / จ. สระแก้ว = サゲーオ(サケオ)県 / จ. ตาก = ターク(タック)県 / จ. พัทลุง = パッタルング(パッタルン)県 / จ. จันทบุรี = ヂャンタブリー(チャンタブリ)県 / จ. หนองบัวลำภู = ノーングブワランプー(ノンブワランプー)県 / จ. พะเยา = パヤオ県 / จ. ประจวบคีรีขันธ์ = プラヂュワップキーリーカン(プラチュアップキリカン)県 / จ. น่าน = ナン(ナーン)県 / จ. ชุมพร = チュンポン(チュンポーン)県 / จ. แพร่ = プレー県 / จ. อุตรดิตถ์ = ウットラディット(ウトラディット)県 / จ. ยะลา = ヤラー県 / จ. เพชรบุรี = ペッブリー(ペチャブリ)県 / จ. สมุทรสาคร = サムットサーコーン(サムットサコン)県 / จ. ปราจีนบุรี = プラーヂーンブリー(プラチンブリ)県 / จ. ลำพูน = ランプーン(ランプン)県 / จ. กระบี่ = グラビー県 / จ. อำนาจเจริญ = アムナートヂャルーン(アムナートチャロン)県 / จ. ชัยนาท = チャイナート(チャイナット)県 / จ. มุกดาหาร = ムッグダーハーン(ムクダハン)県 / จ. อุทัยธานี = ウタイターニー(ウタイタニ)県 / จ. มหาสารคาม = マハーサーラーカーム(マハサラカム)県 / จ. ภูเก็ต = プーゲット(プーケット)県 / จ. อ่างทอง = アングトーング(アントン)県 / จ. สตูล = サトゥーン(サトゥン)県 / จ. แม่ฮ่องสอน = メーホングソーン(メーホンソン)県 / จ. นครนายก = ナコーンナーヨック(ナコンナヨック)県 / จ. พังงา = パンガー県 / จ. ตราด = トラート(トラット)県 / จ. สิงห์บุรี = スィングブリー(シンブリ)県 / จ. สมุทรสงคราม = サムットソンクラーム(サムットソンクラム)県 / จ. ระนอง = ラノーング(ラノン)

この国民身分証の根拠法は「2526年改正国民身分証法」。ただし、官吏には2535年改正官吏(国家公務員)公吏(地方公務員)身分証法 / 2542年制定官吏(国家公務員)身分証法の規定に基づいて、官吏身分証(バットプラヂャムトゥワカーラーチャガーン)が交付されている。

なお、タイ人が他人のカードを行使した場合には、10,000バーツ以上100,000バーツ以下の罰金(払えない場合は懲役)。外国人が偽造カードを行使した場合には、2年以上の懲役または40,000バーツ以上300,000バーツ以下の罰金が科せられる。

ところで、外国人には別の法律によりパスポートの携行が義務づけられている。しかし、ポケットに入れて持ち運ぶには少し大きすぎるし、万一にもなくしてしまったら大変なことになる。だからといって、国民 ID を偽造して使うこともできない。バンコクの日本人社会には「パスポートのコピーでも使える」というウワサもあるが、それが通用するという法的根拠なんてどこにもないし、実際に身分証として機能しなければ意味がない。日本人がタイの国民カードを持てるはずもなく、僕はタイの運転免許証を国民身分証の代わりに使っている。実は運転免許証にも身分証としての機能はないが、さしあたってクラブ(ディスコやパブ)の入口にある検査場の年齢チェックには問題ないようだから、このまま使い続けようと思う(外国人の運転免許証は氏名が英語で書かれることになっている。今回登場したブリトニーズさん(仮名)はタイ人なので、ここではタイ語で表記することにした)。

今日は伊勢丹に入っている紀伊国屋で英語参考書を購入した。

2004年1月19日(月)

午後11時半、マヒドン大学サーラーヤー校舎へブワを迎えに行き、それから自動車整備工場で指摘された自賠責保険を支払うために、スクンウィット(スクンビット)101にある運輸省陸運局バンコク第3地区事務所へと出かけた。

運輸事務所の受付カウンターに書かれている指示にしたがって、僕は階段を上り2階の17番カウンターへ行き、パスポートと自動車所有者証(タビアンロット)を提出したところ、受付カウンターで整理券をもらうよう指示された。そして受付カウンターの職員に自動車所有検証を提示した。

「あら? あなたの自動車税納入期限は4ヶ月後の4月18日よ。納税は3ヶ月前までからできるけど、それでもまだあと1ヶ月もあるわ」

しかし、このまま追い返されてしまっては、自賠責保険の更新もできないまま、違法な状態で運転し続けることになる。そこで、同行したブワが、

「えーっと、なんという名前か知らないんですが、フロントガラスにくっついているステッカーのうち、正方形のものに2546って書いてあるんです。これって、2546年(西暦2003年)まで有効ってことですよね? ってことは・・・・・・」

と言ったところで、さっきまで「何がなんだか分からない」といった顔をしていた職員が急に笑顔になった。

「ああ、 พ.ร.บ.(ポーローボー) の更新に来たのね。自動車所有者証に書かれていた納税期限に近かったものだから、てっきり納税に来たものと勘違いしてしまったじゃないの。じゃあ、席に座って10分くらい待っててね。料金は860バーツよ」

待合室のベンチで、僕はブワに「 พ.ร.บ.(ポーローボー) 」が何の略語なのか聞いてみた。

「え? 『 พ.ร.บ.(ポーローボー) 』って、『 พระราชบัญญัติ(法律) 』の略なんじゃないの?」

たしかに、 พ.ร.บ.(ポーローボー) は「法律」の略語だが、それを書類の名称に用いるのでは訳が分からない。そこで「 ประกันภัยยางยนต์บังคับ(プラガンヤーングヨンバンカップ) (強制車両保険)」の略なのではないかと聞いてみたところ、「私には ป (p音)ではなく、พ (ph音)に聞こえたけどなあ」といったカンジで、結局 พ.ร.บ.(ポーローボー) の真の意味を知ることはできなかった。

「まあ、職員が『 พ.ร.บ.(ポーローボー) 』って言っているんだし、 พ.ร.บ.(ポーローボー) とだけ覚えておけばいいんじゃないの?」

ということで決着してしまった。タイ語の略語には意味不明なものが多い。

ところで、この年間掛金860バーツの自賠責保険の保障内容は、①交通事故で第三者を怪我させてしまった場合、ひとりあたり最高50,000バーツ(免責15,000バーツ)、②死亡させてしまった場合、ひとりあたり最高100,000バーツ(免責35,000バーツ)が被害者または親族に支払われる。

僕たちがタイで交通事故に遭って死んでしまったら、日本円にして28万円以上の補償を期待するのは難しい。ここは歩行者優先ではない弱肉強食の国だ。車に跳ねられないための注意は最大限払っておきたい。

2004年5月26日(水)

今月末にビザが切れる。それまでにタイを出国して、①再入国するときに有効期限30日間のアライバルビザの発給を受けるか、もしくは②タイ大使館領事部で教育ビザの発給を受けなければならない。

現在、僕は観光客という資格でタイに在留している。持っているのはカンボジアから戻ってきた今月1日にアランヤプラテート入官で発給を受けたアライバルビザ。これは日本を含む世界41カ国からのビザを持たない観光客に対して、国境や国際空港の入国審査場で無料で発行される、有効期限30日のビザ。サートーン(サトーン)3(スワンプルー通り)やカーオサーン通り(カオサン通り)などの入国管理局事務所で2回まで延長できる。1回の申請で7日間延長され、最大で14日間。料金は1,400バーツ。

有効期限が短いビザしか持っていないバンコク在住の日本人(長期旅行者や不法就労をしている現地採用者)のあいだでは、安くて近いカンボジア国境のアランヤプラテート入官が人気。怪しげな日系旅行代理店が無料情報誌(フリーペーパー)にツアー広告を出している。料金は2,200バーツで、ビザ申請費用のほか、交通費や入官への賄賂などすべてが含まれている。

原則として、ビザは在外公館(タイ国外の大使館)が発給するものであるため、任意の三国へ一度出国しなければならない(タイ国内にはタイ大使館はない)。聞くところによると、観光ビザまたは商用ビザの受給が困難な日本人のあいだでは、ペナン(マレーシア)やシンガポールにあるタイ大使館が人気とか。僕は確実に受給できる教育ビザをゲットするだけなので、北の隣国ラオスにある在ウィアングヂャン(ビエンチャン)大使館を好んで使っている。陸続きなため交通費が安く、しかもタイ語が通じるため何不自由なく行動できるのが魅力。

しかし、明日から今月31日まで、高校時代の友人が僕を訪ねてはるばるバンコクまでやってくる予定になっている。僕のアライバルビザの有効期限が今月30日に切れてしまうから、仕方なくブワとサートーン(サトーン)3(スワンプルー通り)にある入国管理局事務所へ出かけた。

僕はビザのための出費をできるだけ抑えたいと考えている。そこで、延長費用1,900バーツを払わずに、意図的にオーバーステイ(期限超過の不法滞在)して反則金400バーツを払うだけで済ませたい。行政処分として科料を支払うわけだからパスポートに記録が残ってしまうが、それでも無駄に1,500バーツも払うのはバカらしい。


อยู่เกิน        ปี        เดือน    2   วัน
จาน  1 กก. 2 ดม. 1 ปรับ   400   บาท
คดีที่   54/76   ลงวันที่   1.. 47 

しかし、1,500バーツをケチったことで後日厄介な問題に直面するのもイヤだから、念のためにビザ延長窓口の係官に尋ねてみた。

「何か事件を起こしたりして警察に捕まったりしない限り、特に不利になることはないんじゃないかしら? それに、たかだか2日間のオーバーステイなら、過料を払った方がお金の節約にもなるしオススメよ」

遵法意識を微塵も感じさせない係官の親切な助言に従い、僕はアライバルビザの延長手続きをやめて、後日ノーンカーイ(ノンカイ)入国管理局事務所で過料400バーツを払うことにした。

その後、文学部4号館2階にある「タイ・東南アジア研究所」へ行き、教育ビザ申請に必要な「学長発行による招聘状」の発行を依頼した。

2004年6月1日(火)

日の出前、ノーンカーイ(ノンカイ)県庁舎近くの路上で高速バスを降り、トゥクトゥク(三輪タクシー)でラオス国境へと向かった。オーバーステイ(超過滞在)している僕は出国審査窓口となりの入国管理局へと直行して科料400バーツ(2日分)を支払った。

せっかくの機会だからと、ついでにクルマをラオスに持ち出す方法を入国管理官に尋ねてみた。職員たちの説明はことごとく矛盾していたが、そのなかの一人が戸棚からパンフレットを持ってきて、上長たちの話とは異なる信じるに足る話を聞かせてくれた。

それによると、タイのクルマを国外に持ち出すためには、所管の運輸局(ワッタナー区民はスクンウィット(スクンビット)101のバンコク第3運輸局事務所)で、International Transportation Permit(国際交通許可証) を取得しなければならないという。発行には数日かかるそうで事前の申請が必要。 หนังสือ(国際交通許可証)อนุญาตรถระหว่างประเทศ の申請に必要な書類は、①หนังสือ(車検証)รับรองการตรวจสภาพรถ、②ใบอนุญาต(英訳運転免許証)เป็นผู้ขบรถที่แปลเป็นภาษาอังกฤษ、③สำเนา(自動車登記簿または自動車登録票の複写)หรือภาพถ่ายหนังสือแสดงการจดทะเบียนรถ หรือใบคู่มือจดทะเบียนรถ、④สำเนา(国際免許証の複写(もしあれば))หรือภาพถ่ายใบอนุญาตประกอบการขนส่งระหว่างประเทศ (ถ้ามี)、⑤国民 ID カードまたはそれに代わる身分証の複写、法人の場合は法人登録している自動車登記証明書の複写、⑥หนังสือ(委任状(本人が申請しない場合))มอบอำนาจ (กรณีมิได้มาดำเนินการด้วยตนเอง) の合計6通。タイ運輸省発行の国際運転免許証の申請に必要な書類は、①運転免許証もしくはそれに代わる書類と1インチの写真2枚、②写真付きのパスポートまたはそれに代わる書類と③申請書類。乗用車を持ち出す人物は自動車登記簿にある所有者と同一でなければならなず、それ以外の人物が自動車を持ち出すことはできない(お問い合わせは、ノーンカーイ県(ノンカイ県)運輸局運輸課 +66-4242-1473 まで)。

ラオス入国後、その足で在ウィアングヂャン(ビエンチャン)・タイ大使館領事部で教育ビザ(2,000バーツ, 受付時間午前8時半から11時)を申請し、市内の中級ホテル Day Inn(デイイン) にチェックイン。ホテル近くの外国人向けパブ「ラーンアーハーン・コープヂャイデュー(ありがとう食堂)」で遅めの昼食をとり、そこで働いているラオス人店員とメーコーング川(メコン川)沿いの屋台で夕食をとり、ホテル Novotel(ノボテル) 1階にあるディスコへと繰り出した。そこで知り合ったラオス人客に現地ビール「ビアラオ(ラオ・ビール)」をおごってもらい、みんなで法定閉店時間の午後11時まで踊り続けた。さらに1日200バーツでレンタルしたバイクでホテルに戻る途中、韓国車に乗っているラオス人女性に逆ナンされて、タイのポップミュージックが流れている大部屋カラオケ屋へと向かった。

現地ラオス人のナマの言葉。

「どこに秘密警察がいるか分からないから大声では言えないないが、俺はラオスの社会主義政権が大キライだ。社会主義の思想そのものは悪くないが、今のラオス社会主義政権は政府高官の利益を図ることだけに興味を示し、人民のことなど考えていない。ラオスは王政を復古させるか、もしくは民主化するべきだろう。こんなことを続けていては永遠に発展できない」

「ラオスの若者世代は、タイ語のライティングはできないが、リスニングくらいならある程度できる。地方の貧しい村でも同じような状況で、テレビ放送を通じてタイ語はラオス全土に浸透している」

「ラオス人はタイポップスをこよなく愛している。でも、誰もがタイ語とタイ人を嫌っている。タイ人はラーンサーング朝(ランサン朝)の版図を奪い、それが今日における貧困の原因になっている」

「極めつけは1年ほど前にテレビ放映されたタイの時代劇ドラマ『ニラートソーングポップ』(留学生日記2545年10月15日参照)だ。テレビドラマを通して、ミャンマー人を敵対視させることで自国民の愛国心を鼓舞しようという明らかな世論操作の意図があった。他の番組でもラオス人を蔑視する言動が多く、そいういった根性がどうしても好きになれない」

「タイ人は常にラオスを見下している。こういった態度をとらない日本人に対しては敬意を払うべきだ」

「ラオス人の平均的月収は2,500バーツ程度といわれているが、地方へ行けば貨幣経済など存在しない。地方のラオス人は自給自足の気ままな生活を送っているし、俺の月給は1,000バーツにすぎない。この国では110ccの原付を運転するだけで『イケてる男』の仲間入りができる」

ちなみに、僕たちに声をかけてきた韓国車に乗っているラオス人女性が開口一番に放った言葉。

「あの男、タイ語もしゃべってるし・・・・・・」

彼女たちには最後まで僕が日本人であることに気づかなかった。片言のタイ語しか話せないラオス人にとっては、僕程度のタイ語でもネイティブタイ語のように聞こえるのだろう。そのせいで、せっかく現地で逆ナンされたというのに何も得られなかった。

2004年8月28日(土)

仏教の祝日前夜にアルコール類の販売が禁止されるのは有名だが、選挙前夜にも禁止されるということは意外にも知られていない。

明日のバンコク都知事選挙を前に、アルコール類の販売が都内全域で禁止された。これにともない、観光客に人気の風俗店(Go Go Bar(ゴーゴーバー), カラオケスナックなど)をはじめ、居酒屋やナイトクラブ( Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) , ディスコ)などが臨時休業になった。

しかし、せっかくの週末の夜を部屋で過ごすのも気が進まなかったから、友人たちとサムットプラーガーン県(サムットプラカン県)にある大型ディスコ Street of Hollywood(ストリートオブハリウッド)留学生日記2004年3月6日参照)へと繰り出した。

店内ではテンポが速いダンスミュージックばかりが流されており、時折 MJ が音楽をミューとしては近くの席にいる女性客をナンパするようあおっている。数年前までは、いかにナンパしやすいかが店の人気を大きく左右していたが、いまさら流行遅れの RCA 系ディスコを彷彿させる MJ の露骨さにはただただシラケるばかり。しかもタイポップスがほとんど流されなかったせいで、いまひとつ消化不良なまま法定閉店時間の午前2時に店を出た。

テーパーラック通り沿いに駐車していたクルマにひとり乗り込み帰路についた。

2004年8月31日(火)

外国人留学生には、90日に一度の在学証明が義務づけられている。

昼過ぎ、サートーン(サトーン)3にある入国管理局にブワと出頭し、1階の一般窓口で手数料1,900バーツを支払ってから、2階のノンイミグラントビザ(非永住者ビザ)を担当する部署に必要な書類を提出した。

女性担当係官の事務机には「 จ.ส.ต.(ヂャースィップタムルワット) + 氏名」と書かれたネームプレートがあった。通常、タイ語では氏名の前にステータス(Mr. Dr.)などを書くことになっているから、 จ.ส.ต.(ヂャースィップタムルワット) が警察の階級であることは容易に想像できる。しかし、新聞記事にほとんど登場することのない少尉以下の階級についてはまったく見当がつかない。

その帰り道、バンコクにおける渋滞の名所「アソーク交差点」で20分経っても信号が変わる気配がなく、クルマを降りて様子を見に行ったところ、タイ代表のオリンピック選手団が大小37台もの車両を従えて、高架電車 BTS プローンポング(プロンポン)方面から凱旋してきた。クルマに戻ってから聞いたラジオ報道によると、今回のアテネオリンピックで、タイは金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル4個を獲得したという。

ブワによると、タイにおける特別公務員(武官)の階級はつぎのとおり。


  警察 陸軍 海軍 空軍
大将 พลตำรวจเอก
(พล.ต.อ.)
พลเอก
(พล.อ.)
พลเรือเอก
(พล.ร.อ.)
พลอากาศเอก
(พล.อ.อ.)
中将 พลตำรวจโท
(พล.ต.ท.)
พลโท
(พล.ท.)
พลเรือโท
(พล.ร.ท.)
พลอากาศโท
(พล.อ.ท.)
少将 พลตำรวจตรี
(พล.ต.ต.)
พลตรี
(พล.ต.)
พลเรือตรี
(พล.ร.ต.)
พลอากาศตรี
(พล.อ.ต.)
大佐 พันตำรวจเอก
(พ.ต.อ.)
พันเอก
(พ.อ.)
นาวาเอก
(น.อ.)
นาวาอากาศเอก
(น.อ.)
中佐 พันตำรวจโท
(พ.ต.ท.)
พันโท
(พ.ท.)
นาวาโท
(น.ท.)
นาวาอากาศโท
(น.ท.)
少佐 พันตำรวจตรี
(พ.ต.ต.)
พันตรี
(พ.ต.)
นาวาตรี
(น.ต.)
นาวาอากาศตรี
(น.ต.)
大尉 ร้อยตำรวจเอก
(ร.ต.อ.)
ร้อยเอก
(ร.อ.)
เรือเอก
(ร.อ.)
เรืออากาศเอก
(ร.อ.)
中尉 ร้อยตำรวจโท
(ร.ต.ท.)
ร้อยโท
(ร.ท.)
เรือโท
(ร.ท.)
เรืออากาศโท
(ร.ท.)
少尉 ร้อยตำรวจตรี
(ร.ต.ต.)
ร้อยตรี
(ร.ต.)
เรือตรี
(ร.ต.)
เรืออากาศตรี
(ร.ต.)
曹長
(一等兵曹)
ดาบตำรวจ
(ด.ต.)
จ่าสิบเอก
(จ.ส.อ.)
พันจ่าเอก
(พ.จ.อ.)
พันจ่าอากาศเอก
(พ.อ.อ.)
軍曹
(二等兵曹)
จ่าสิบตำรวจ
(จ.ส.ต.)
จ่าสิบโท
(จ.ส.ท.)
พันจ่าโท
(พ.จ.ท.)
พันจ่าอากาศโท
(พ.อ.ท)
伍長
(三等兵曹)
- จ่าสิบตรี
(จ.ส.ต.)
พันจ่าตรี
(พ.จ.ต.)
พันจ่าอากาศตรี
(พ.อ.ต.)
兵長 สิบตำรวจเอก
(ส.ต.อ.)
สิบเอก
(ส.อ.)
จ่าเอก
(จ.อ.)
จ่าอากาศเอก
(จ.อ.)
上等兵 สิบตำรวจโท
(ส.ต.ท.)
สิบโท
(ส.ท.)
จ่าโท
(จ.ท)
จ่าอากาศโท
(จ.ท.)
一等兵 สิบตำรวจตรี
(ส.ต.ต.)
สิบตรี
(ส.ต.)
จ่าตรี
(จ.ต.)
จ่าอากาศตรี
(จ.ต.)
二等兵 พลตำรวจ
(พลฯ)
พลทหาร
(พลฯ)
พลทหาร
(พลฯ)
พลทหาร
(พลฯ)

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