2002年8月23日(金)

夜、日本人向け夜の歓楽街「タニヤ」へ、クラスメイトたちと出かけた。タニヤ通りでは以前、色とりどりのドレスを纏ったホステスたちが「オキアクサーン、イラッサイマセー」と声を張り上げていたが、半年ほど前から警察の指導により呼び込みが禁止された。

今晩の目的は、西洋系外国人にはあまり知られていない Bangkok Night(バンコクナイト) を、ドイツ人好色中年男性に体験してもらうことだった。

そのカラオケスナックは、小さいビルの2-3階部分にある。赤い絨毯が敷かれている狭い階段には、ホステスたちが鈴なりになっている。2階部分が一般客室、3階部分は VIP ルーム(個室)。

その後、アソーク交差点付近のソーイカウボーイ(ソイカウボーイ)にある Go Go Bar(ゴーゴーバー) “Long Gun” で、タニヤの感想について「ぜんぜん面白くない。あんなので、どうして経営が成り立っているのか理解できない」と、ドイツ人が話していた。

―― まったく同感だ。しかし、タイにいる日本人のなかには、会社の命令で来ている人も少なくない。なかにはタイ語どころか英語すら話せない人もいる。そんな人たちにとっては、怪しげな日本語が飛び交うタニヤだけが、女の子たちとコミュニケーションがとれる唯一の場所なんだ。

英語ができるなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のほうがオススメ。タイ語の勉強がしたいなら、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) のまわりにあるバービア(ビールバー)のほうがオススメ。

タニヤ通りのカラオケスナックには、日本のスナックそのまんまの雰囲気がある。しかし、安価で過激な娯楽で溢れかえっているバンコクで、どうして日本的な制約付きサービスに割増料金を支払わなければならないのか。静かで接待や商談には向いているが、自分で来るのは年3回もあれば十分かも。料金は、ひとり600バーツだった(1時間あたり, ボトル代含まず)。

2002年10月26日(土)

夜、プラトゥーナーム交差点ちかくの電脳街「パンティッププラザ」へ行ってから、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)にあるフットボールバー「フォーバー」で、グルングテープ大学(バンコク大学)の学生とビールのピッチャーを3杯あけた。父親は、内務省統治局の高官という。

テレビ時代劇「二世界放浪記(ニラートソーングポップ)」の影響で、タイ中等学校(中学高校)の歴史教科書を久々に手にとって、政治史に関する解説部分を読み返している。

世界の歴史シリーズ6 タイの歴史 タイ高校社会科教科書
柿崎千代 訳(中央大学政策文化総合研究所監修)
明石書店 発行(2002年)
ISBN 4-7503-1555-9
2,800円

エーンは、タンマサート大学(タマサート大学)でマスコミ学を専攻しているが、政治、経済、歴史には無関心で、この手の話題になると決まって両耳を塞ぎながら首を横に振る。タイ語の発音の良さには助けられているが、そんなことでマスコミの仕事ができるか心配になる。エーン自身、「マスコミなんて大キライだし興味もない!」と話している。ためしに陸軍大将より上位の軍階級について尋ねても、「し~~らない」という答えが返ってきた。

グルングテープ大学(バンコク大学)の学生にまったく同じ質問をすると、「・・・・・・うーん、それは国軍最高司令官だよ」と答えた。最高司令官は、軍階級ではなく役職名だ。

タイの近代史は、クーデターと軍事政権の歴史でもあるのに、なぜ「元帥」の階級を知らないのか。タイ軍事史上、元帥の階級を手にした軍人は17人おり、首相になった元帥も3人いる。

きのうの日記で取り上げた「タイ語古典的表現」についても尋ねてみた。 อะไร(アライ) の古典的表現を、エーンは สิ่งใด(スィングダイ) 、この学生は อะไร(アライ) と答えた。帰宅後、歴史映画「スリヨータイ」で調べた結果、正解は อันใด(アンダイ) だった。

この教科書を日本人が読んで不思議に思うのは、社会や文化の比重が大きく、政治史に関する解説部分が極端に少ない。世界史 A より内容が薄いこと。こんな社会科教育で、どうして民主主義について正しく理解することができようか。

2002年11月27日(水)

前者は自発的に行い、後者は知らず知らずのうちに共犯者にされかけた。

午前8時、タイ・ラオス友好橋の手前にある旅行代理店で、教育ビザの発給には3日かかると知らされた。どんな方法を使ってもいいから即日発行してもらえる方法はないかと尋ねると、「10,000バーツ以下だと思うけど、それでもすごく金がかかる。ウィアングヂャン(ビエンチャン)に2泊すれば済む話じゃん」と言われたが、無理を言って手はずを整えさせた。旅行代理店は、贈賄の便を考えて、現地人を6,000バーツで雇い入れた。

「自動車登録証の名義がパスポートと一致してないと、クルマの出国手続きをしてもらえないのよ。タイで借りたクルマを、ラオスで売り払っちゃう人がいるから」

ラオス入国手続きのを代行を依頼して(ビザ代込みで2,000バーツ)、旅行代理店の女性従業員が運転する110ccバイクの後ろにまたがりタイ・ラオス友好橋を渡った。今回の旅行第2の目的である、ラオスドライブは失敗に終わった。

ラオスは、タイ側のノーンカーイ(ノンカイ)に輪をかけて田舎だった。入国審査場で、タイ側のエージェントからラオス側のエージェントに引き継がれ、右側通行のデコボコ道を23キロ西にあるウィアングヂャン(ビエンチャン)を目指した。

午前9時、市内中心部ラーンサーング通り(ランサン通り)にあるタイ大使館領事部に到着し、長蛇の列の最後尾に加わった。周囲を見てみると、不思議なタイ文字(=ラオス語)で書かれている看板を見つけた。

タイ農民銀行
  ທະນາຄານກະສິກອນໄທ (ラオス語表記)
  ทะนาคานกะสิกอนไท (タイ語発音表記)
  ธนาคารกสิกรไทย (タイ語表記)

ウィアングヂャン(ビエンチャン)駐在領事に、即日ビザに必要な賄賂は渡してある。そのためには、受付カウンターで一応の手続きをしなければならないが、この行列ではムリかもしれない。やっぱり明日の朝じゃダメか?」

ラオス人の贈賄仲介者には、即日ビザのために必要な費用(6,000バーツ, ビザ発給手数料500バーツを含む)を、すでにタイ側のエージェントを通じて支払っている。みすみす金をドブに捨てるような真似はできない。

すぐうしろにいるラオス人が、特別な事情を察知したのか、いろいろ尋ねてきたが、もしここで変なことを話したら、すべてが台無しになるかもしれない。そこで、逆にラオス人を質問攻めにした。

―― ラオスは5つの国に囲まれている内陸国だが、そのなかで一番好きな国はどこか?

「政治的な理由から、1位がヴェトナム、2位が中国で、タイは3位。ここのところ、中国が急速に追い上げてきているが、ラオス経済は依然としてヴェトナムに依存している」

―― タイ資本の金融機関が多いようだが、

「ラオス国内では外国資本の銀行でも営業できる。ただし、タイと違って ATM はない」

―― ウィアングヂャン(ビエンチャン) の中心部はどこか?

「この領事館のあるモーニングマーケットが中心だ」

突如、ラオス人贈賄仲介者がやってきて、僕の両肩を掴んで領事館の中へと引きずり込み、とにかく1番カウンターへ行って職員と話すようにと指示された。事態を把握しようと周囲を見てみると、この長蛇の列をパスするために贈賄仲介者が500バーツで買収したラオス警察の少佐がいた。タイ領事館の女性職員は気乗りしない様子だったが、ラオス警察少佐の署名が追記されているビザ申請書類を突きつけて、申請手数料500バーツを支払った。この職員は、どうやら今回の不正について何も聞かされていないらしい。

その後、ラオス人贈賄仲介者に400バーツ払ってウィアングヂャン(ビエンチャン)市内を案内させたが、この街には本当に何もなく、あっという間に終わってしまった。

ウィアングヂャン(ビエンチャン)は、タイの地方都市であるノーンカーイ(ノンカイ)以上ウドーンターニー(ウドンタニ)以下の規模。右の写真はラオス農業省庁舎。

昼、日本料理店「古都」でビーフカレーを食べた。バンコクにある劇不味日本料理チェーン店 Fuji に輪をかけて不味かったが、そのくせ料金は2倍の175バーツ。店員によると、この店の主要な日本人客は、ウィアングヂャン(ビエンチャン)駐在の日本大使館員と JICA 国際協力事業団の職員たちという。

午後5時、この何もない都市で時間を潰していたが、ラオス人贈賄仲介者からの悪い知らせが入った。

「大使がいない!! ビザに署名をする大使がいないと、ビザが発給できないんだ! 大使はいま、ウィアングヂャン(ビエンチャン)ワットタイ空港(ワッタイ空港)で、今夕帰国するプラテープ王女を見送っているところだ。運が良ければ大使館に戻ってくるが、空港から大使公邸へ直行してしまうかもしれない」

ラーンサーング通り(ランサン通り)にあるタイ大使館領事部前で、途方に暮れて周囲を見渡してみると、もう一組の贈賄者であるタイ人モンコン君(仮名)がいた。事情を話すと、すでにギィさんが向かっているコーンゲン県(コンケン県)まで送ってもらえることになった。

そうこうしているうちに、教育ビザを無事ゲットした。

モンコン君(26歳)は、ラオスナンバーの RV 車 SURF を所有しており、ラオス人女性(23歳)のビザを受け取りに来ていた。父親は、バンコクで家具の輸出をしており、自分はラオスで日本車を買い付けてタイ国内で販売する仕事を始めるという。彼らはまだタイ行きの準備が整っておらず、国境付近にあるラオス人女性の家へと向かった。

その家は、ラオスの家屋としては比較的良いほうで、タイ人中流階級並(ひとり暮らしの日本人大学生並み)の家財道具もある。そのカップルと、双方の父親が住んでいるという。夕食をごちそうになり、リビングでタイ7チャンネルを観てモンコン君の父親の帰宅を待ってから、荷物運びを手伝った。幅10センチ、長さ25センチ、厚さ3センチくらいの少し重たい木片を、 SURF の荷台に詰め込んだ。後部窓ガラスには、山形県警察本部発行の登録自動車保管場所証明(車庫証明)が貼られていた。盗難車か?

タイ・ラオス友好橋(ラオス側)で、人間とクルマの出国手続きをした。ラオス人もラオスの出国税を支払わなければならない。モンコン君の父親は、出国手続きが終わるまで、ずっと携帯電話で誰かと話しており、一歩もクルマから降りることはなかった。

タイ・ラオス友好橋(タイ側)で、人間とクルマの入国手続きをした。モンコン君の父親は、入国手続きが終わるまで、ずっと携帯電話で誰かと話しており、一歩もクルマから降りることはなかった。本人確認もせずに入出国審査ができるんだろうか? 車載物検査は、入出国時ともになかった。もちろん警察犬もいない。

ノーンカーイ県(ノンカイ県)からバンコクへと向かう車中で、恐ろしい会話を耳にした。

「短い木片には14錠あります。はい、1錠270バーツです。明日の早朝には、海軍大将閣下にご覧いただきます」

電話の内容は、単純明快だった。木片に隠してある錠剤といえば、工場で精製される向精神薬以外に考えられない。この値段だと、きっとアイス(スピード, ヤーアイス)だろう。

このクルマは、麻薬密輸車だった。

地方の幹線道路には必ず検問があるが、彼らは「警察が積荷を検査するはずがないさ」と鷹をくくっている。しかし、万一にも大量の麻薬を輸送しているところを発見されて逮捕されようものなら、死刑になること疑いない。判決が言い渡されるシーンは、タイのテレビニュースでよく見かける。使用だけでも、1年の懲役または20,000バーツの罰金は堅い。そんな不名誉な刑事犯として、こんな国で処刑されるのだけは絶対にイヤだ。

それだけはヤバいと思って、ギィさんと待ち合わせをしているコーンゲン(コンケン)市内第2位のホテル「ヂャルーンターニー(チャロンタニ)」で降ろしてもらった。

ホテルの客室で、この話を興奮気味でギィさんに話した。エーンにも電話した。しかし、誰も驚いた様子を見せない。タイではよくある話なんだろうか。

ホテルのカラオケバーで飲んで暴れて、旅の疲れを発散した。ラオス語を見すぎたせいで、 ม (モーマー)と ນ (ノーノック)の違いが分からなくなってる。

2003年1月2日(木)

一説によると、ヂュラー(チュラ)大生はヂュラー(チュラ)大生としか連めないという。

夜、高架電車 BTS アソーク駅前のホテル「ウエスティングランデスクンウィット(スクンビット)」8階にある日本料理店「吉左右」で、エーン、日本人の友人、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学文学部の学生と、おせち料理パーティーを開いた。4人で3,000バーツだった。

エーンは、タイの最高学府ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)を明らかに敵視している。どの大学にも入れるだけの学力があるにもかかわらず、この大学の校風を嫌って、ライバル関係にあるタンマサート(タマサート)大学で一番難易度の高いマスコミ学部(ワーラサーンサートレスーサーンムアングチョン)学部に入学したほどの、筋金入りのヂュラー(チュラロンコーン大学)嫌いだ。

解散後すぐに、エーンはこの学生に対する不満を爆発させた。曰く、「あの学生のタイ語の使い方が気に食わない。論法が気に食わない。一般からかけ離れた価値観を持ち、エリート主義を振りかざしている」などなど、とどまることを知らない。

先日、エーンの言葉を裏付けるような事件があった。その友人も交えて日本人男性(21歳)と酒を飲んだときに、日本人男性が เธอ(トァー) という二人称を使って呼んだことをに憤慨して、帰宅途中に「明らかに相手を見下した表現だ。学識のある相手に対して失礼極まりない」とキレまくっていた。ところが、エーンによると、ニュートラルな二人称で、特に相手が年下ならまったく問題にならないという。

この学生は、相手の言葉使いに不満を漏らすことが多い。噂どおりのエリート主義者なのか、それとも単に自己中なだけなのか。

「日本の正月料理『おせち』がも可愛らしくて興味深かったから耐えられたけど、これが普通の寿司とかだったら、絶対にその場でどついてたと思う」

それとも、単にエーンが僕の女友達すべてを敬遠しているだけなのか。

2003年1月8日(水)

「もう、日本人が嫌いになってしまいそう」

放課後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラ論コーン大学)文学部のボーローンマラーチャグンマーリー館前にあるベンチで、顔見知りの日本語学科の学生が俯いて、たどたどしい日本語で語った。

この学生は、日本語を話す機会を少しでも増やすために、ひとりでも多くの多くの日本人と友達になろうと、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。ところが今、バンコク在住の日本人なら誰でも想像できるような「ありがちな問題」に直面して苦悶している。

「ありがちな問題」とは、在外日本人社会に共通する問題にほかならない。

タイの女子学生たちは、バンコク在住日本人による強引な性的アプローチに日々悩まされている。もう、文化や価値観の違いどころの話じゃない。

バンコク在住の一部の日本人男性たちは、まっとうな生活をしている女子大学生たちを、まるで街娼(売春婦)のように値踏みし、娼婦(売春婦)を1,500バーツ出して買うかのような感覚で傍若無人なアプローチを仕掛けているという。

こうした背景には、平均的なバンコク在住日本人と、タイ人女性との特殊な人間関係がある。(世間一般のタイ人ではなく)娼婦ばかりと関わっており、しかも会話の内容が「娼婦の教育レベルでも十分対処できるレベルの内容」に限られているため、タイ人女性を簡単にゲットできると思い込んでいる日本人も少なくない。しかも、その思い込みがさらに激しくなると、タイ人女性全員が本当に娼婦に見えてくるというのだから、まったく目も当てられない。娼婦としか恋愛をしたことがないとあれば同情してやっても良いが、外国人に「キミいくら?」と聞かれて街中で泣き崩れる女子大学生を見ていると、ホントウにいたたまれない気持ちになる。

タイ人大学生は、子供らしく振舞うように訓練されているため、外国人の傍若無人ぶりには強烈なショックを受ける。そして、ある学生は日本人は狂っているという結論にたどり着き、すべての日本人との関係を絶つ決意する。

バンコク在住日本人のひとりとして、他人から蔑まれることのない振る舞いを心がけたい。

ところで、先日来の家計難が限界に達し、ついに首が回らなくなった。財布には現金3バーツ、銀行口座には194バーツしか残っていない。高架電車 BTS に乗ろうとしたが、5バーツ足りなかったため、やむなく友人から借りた。

2003年1月18日(土)

「あなたの奥さん、最近見かけてないけど、どうしちゃったの?」

日本人の友人が住んでいる、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィット(スクンビット)スイート」14階のミニマートで、女性店主が友人に尋ねた。この店主には、大学に通っている娘がいる。

日本人の友人が、①まだ結婚していないこと、②もう別れたことを告げると、女性店主は自分が犯した失敗に気付いて場当たり的なフォローを始めた。女性店主によると、タイでは婚前同棲するようなオンナはロクなもんじゃないと考えられており、同棲中の女性を恋人と呼ぶと失礼になることから、「奥さん」という表現を使ったという。

そういえば、アパート向かいの「ラーチャテーウィー(ラチャテウィー)アパートメント」にあるミニマートの男性店主も、「奥さん元気してる?」と声をかけてくることがある。

たしかに、おまえのロクでもないオンナはどうした? とは聞けない。

午前10時から午後3時まで働いて、約1,500バーツの臨時収入があった。

夜、日本料理店で日本人の友人やアサンプション大学の学生5人と夕食をとり、日本人の友人が住んでいるコンドミニアムを訪問した。

2003年1月30日(木)

タイ人が嫌いな国。王都アユッタヤー(グルングテープタワーラーワディー・スィーアユッタヤー・マハーディロッガパポンラッタナラーチャターニーブリーロム)がコンバウン朝によって徹底的に破壊された1767年以降、それはずっと西の隣国ミャンマーであり続けた。ところが、その地位は一夜にして東の隣国カンボジアによって取って代わられた。

カンボジアの首都プノンペンで28日、カンボジア国内の反政府勢力に扇動され暴徒化した市民がタイ大使館を焼き討ちするという事件が発生した。これに激怒したタイ首相タックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)は、プノンペン駐在の大使を含む全大使館員を本国に召還し、外交レベルを臨時大使級に引き下げた。さらに大使館の安全を確保するという理由で、軍の特殊部隊をカンボジア領内に派遣すると息巻いている。

憤慨しているのは何も首相ひとりではない。民衆の怒りも相当のもので、大規模な抗議集会が連日のように在バンコク・カンボジア大使館前で繰り広げられている。テレビ各局も、各界の著名人の論評を交えながらこれを大々的に報じ、同時に視聴者にこう訴えかけている。

「何よりも落ち着くことが肝要です。カンボジア人の財産には絶対に危害を加えないでください」(元陸軍総司令官)

彼らがここまで憤慨しているのは、単にタイ大使館が襲撃を受けたからだけではない。カンボジア人暴徒の一団が大使館に侵入した際に、大使館内に掲げられていた国王の肖像が屋外に引きずり出され踏みつけにされたという、タイ人であれば絶対に許せない出来事があったからだ。

その報道を見れば、普通のタイ人であれば誰しも涙ぐみながら声を荒げて口汚くカンボジア人を罵るだろう。それに比べればエーンの反応はとても冷静だったが、その口から出てきた感想は辛辣を極めた。曰く、

「陛下の肖像を踏みつけるなんて、アレは人間じゃないわ」

今回のカンボジアへの抗議運動は国王の制止の言葉ひとつで解散したという。

2003年2月3日(月)

ラームカムヘーング(ラムカムヘン)大学の学食で働いているおばちゃんの月給、いくらか知ってる? たったの500バーツよ。2,000バーツももらってればまだいい方なんじゃない?」

MBK マーブンクローングセンター(マーブンクロンセンター)の日本料理店 ZEN 。僕が昨日遊びに行った警察大佐の家で働いている使用人の給料の話をしたところ、エーンはこう応じた。ちなみに、その使用人は母屋の隣にある広さ4畳程度の離れに住んでいる。食事代をはじめ家賃などはすべて雇用主の負担。つまり、無駄遣いを1バーツもしなければ、その使用人は月給の2,000バーツをまるまる貯金に回すことができる。

エーンによれば、中流家庭で働く使用人の大部分が(タイより貧しい)隣国からの不法労働者。不法労働希望者の数が求人の数によりも圧倒的に多いこともあって、安い賃金で働くことに甘んじざるを得ないという。ちなみに、その家の使用人はミャンマー人だった。

ここバンコクには数多くの日本人労働者が住んでいる。彼らは日本国内の企業から派遣されてきた「駐在員」と、バンコクで採用されて働いている「現地採用者」に分けられる。この両者のあいだには、同じ日本人であるにもかかわらず待遇に歴然とした格差がある。賃金だけを見てみても、駐在員は日本で働いていたときの1.5~2倍の所得を得ているが、現地採用者は日本で働いていたときの3分の1ももらえればよい方だといわれている。

しかも、同じ日本人現地採用者のなかにも格差がある。バンコクにおける日本人の月給は15,000バーツ(45,000円)から60,000バーツ(180,000円)が相場。45,000バーツが標準的な月給といわれており、70,000バーツももらえば「かなり良い」部類に分類される。ボーナスの相場は1ヶ月。国民皆中流の日本人社会の考え方では受け入れがたいことかもしれないが、ここバンコクの労働市場での待遇は極端な能力主義によって決定される。

友人の会社社長曰く、

「タイの最高学府ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学卒の労働者でも新卒者なら月々15,000バーツで雇えるんだよ? 彼らはなんだかんだいっても頭が切れるし、業務の飲み込みも早いからとても重宝するんだ。それにしても、バンコクにゴロゴロしているあの日本人たちはいったい何なんだ? 何の取り得もない労働者を、なぜ日本人という理由だけで30,000バーツも出して雇ってやんなきゃいけないんだ? チュラ大卒の労働者2人を雇った方が何十倍も絶対に得だ」

この日本人社長によれば、経理なら日本人がやらなくてもタイ人でも出来る。それなら賃金が安くて質も高いタイ人複数を雇った方が、日本人を雇うよりも効率的だということらしい。

バンコクにおける労働市場は、日本人にとって相当厳しいもののようだ。べつに月々の所得が15,000バーツでも良いなら話は別だが、いい話なんてそうそう転がってない。やはり、現地採用者として働くのであれば、まずは広い人間関係を作って、雇用者と知り合うというかたちで就職するのが、良い待遇への近道なのかもしれない。

ちなみに、僕は「タイ語を(で)同時通訳できます」という程度。こんなことでは高給なんてとても期待そうにないから、何らかのかたちで人間性を見て雇ってもらうという以外の選択肢がない。

就職活動とは、自分が「労働市場」に参入しようとする行為である。同時に、いかに自分を「貴重な資源」と思わせるのかが重要なポイントとなる。少なくても、このバンコクではそう断言できる。

2003年2月17日(月)

タイで働くには、いろいろな条件をクリアしなくてはいけない。

今日、友人である会社社長の勧めで、僕は経営コンサルタントからタイの労務関連の法令についての説明を受けた。

日本人がタイで働くためには、①商用ビザ(B-VISA)と②労働許可証(Working Permit)の2つが必要になる。商用ビザがなければ労働許可証を申請できないし、労働許可証がなければいつかは不法労働として摘発されてしまう。友人によれば、①商用ビザの申請は簡単で会社からの招聘状とその会社の登記簿謄本などが整っていれば問題ないが、②労働許可証には「いろいろな条件」があって、それを満たすのがなかなか難しいという。日本人1人を雇い入れるごとに、会社は (A) 資本金200万バーツを積み増し (B) タイ人従業員4人を雇い入れなければならない。この日本人の数には社長も含まれる。つまり、日本人3人の企業であれば、資本金200万バーツ×3人の600万バーツのほかに、タイ人従業員4人×3人の12人が必要となる。

そのなかで、アルバイトの僕にも労働許可証を取っておこうという話になった。

またコンサルタントによれば、今年から所得税と社会福祉税(年金込)の税率がそれぞれ従来の3%から4%に引き上げられたという。この新しい税率では、合計8%の税金が給料から天引きされる。社会福祉税の一部として支払った年金は、帰国時には還付されず、55歳の支払い開始まで待たなければ受給できない。社会福祉税を納めている会社員には納税者身分証(バットプラヂャムトゥワプースィアパースィー)が交付される。ちなみに、所得が月々6,000バーツ(高卒程度平均月給よりやや良い)しかないような場合には、課税が免除される。

いずれにしても、僕のアメリカ行きが決定してしまえば、しばらく自分とは縁遠い話になる。

2003年2月27日(木)

タイの麻薬撲滅戦争は、まさに戦争状態。

これまで僕の部屋のテレビは、エーンの趣味で常に衛星放送 UBC の49チャンネルの音楽番組ばかりだった。しかしエーンがいなくなった今、徐々に日本にいた頃の習慣を取り戻しつつある。そんな僕が好んで見ているのは、地上波3チャンネル(VHF放送)と地上波 ITV (UHF放送)。ほかのチャンネルよりもニュース番組が多く、特に ITV は一日中ニュースばかり放映している。

年初に行われた会議の席上で、タイ首相タックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)警察中佐が各県の知事や警察幹部たちを前にして「麻薬撲滅戦争(ソングクラームプラッププラームヤーセープティット)(麻薬撲滅キャンペーン)で大きな功績のない者は更迭する」と発言(県知事は内務省からの派遣で非公選)。それを契機に全国各地で一斉に麻薬撲滅戦争が勃発した。これまで個人レベルでの不正蓄財にしか興味を示さすことのなかったタイの権力機構が、ここまで熱狂的な不正弾圧に乗り出すのは極めて異例のこと。

先日、サラブリー県へ出張で出かけた友人が「一般国道で警察官が原付すべてを停めて荷物を改めてた」と話していたが、今回の取り締まりは本当に徹底している。若者たちの麻薬のメッカとして知られている RCA Royal City Avenue では、数週間に1度という頻度で警察による立ち入り捜査が入っている。警官隊がディスコの出入口すべてを封鎖して臨時の尿検査ブースを設け、現場指揮官が DJ ブースを占領して営業を強制的に中断させ店内の照明を点ける。便所の中では「陰性」の尿が高値で取引されているという噂だ。この影響でバンコク都内のディスコ客が激減した。

警察による麻薬取締りは苛烈を極めている。今回の麻薬撲滅戦争では、抵抗する麻薬事犯容疑者の射殺が許可されているらしく膨大な死者が出ている。一説ではこの2ヶ月ほどの間に300万もの命が失われたという。これに関連して、国連人権委員会がタイ政府に抗議を申し入れた。

このタイにおける麻薬問題はかなり根深い。麻薬密売組織の幹部リストには、政府や警察の有力者が名を連ねている(そういえば、去年ラオスに行ったときに便乗させてもらったクルマも、海軍大将に届けるための麻薬輸送車だった)。この射殺許可の通達を利用して、司法警察が「秘密を知る者」を次々と始末しているとの報道もある。

麻薬がらみの殺人事件が起こったときの報道はいつもお決まりのパターン。

「○○警察の○○中佐によれば、今回の事件は麻薬犯罪組織同士の抗争が背景にあるそうです」

最近のテレビニュースは、麻薬がらみの殺傷事件一色になっている。今日の ITV 報道特集では「何も知らされないまま、麻薬デリバリーサービスのお使いをさせられていた小学生」を取り上げていた。タックスィン(タクシン)首相の言葉を引用すれば、麻薬犯罪組織は「ピザよりもより早く確実に届く優秀なデリバリーサービス網」を構築しているとか。

僕がまだ旅行者だった頃、麻薬には手を出さなかったが、外国人や売春婦たちが集って麻薬をやっている部屋に出入りしていたことを思い出す。今そんなことをしたら、二重の意味で自殺することになるだろう。

今日、母から「麻薬とゲイに気を付けてくださいね」という内容のメールが届いた。危ないことには手を出さない。平穏に暮らしていくための鉄則だ。

今晩、アメリカの語学学校に提出するためのパスポートのコピーを友人の会社から FAX した。そのお礼に翻訳の仕事をし、さらにタニヤにあるカラオケスナックの店主に呼び出され、ある複雑な問題を解決するための通訳を依頼された。キープボトル1本が無料進呈された。

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