2004年1月4日(日)

タイ国内でのカジノ経営は法律により禁止されている。

バンテイメンチェイ州ポイペト(ポーイペート)。近年、この街はタイとの国境交易で急速に発展した。さらに、タイからの観光収入を見込んで約6年前に建設されたカジノ街のおかげで、週末になると多くのタイ人客で賑わう。

アルバイトを終えてから、高校時代の友人とカンボジア国境の街「アランヤプラテート」へと向かった。今回の旅行目的は、会社を経営している友人に斡旋してもらった商用ビザの期限(3ヶ月)が切れてしまうことから、一旦出国して、タイのアライバルビザ(有効期限30日)を手に入れること。ついでにカジノにも寄ってみるつもり。

午後11時、バンコクを出発。バンコクからパトゥムターニー(パトゥムタニ)までの国道1号線(23km)、パトゥムターニー(パトゥムタニ)からナコーンナーヨック(ナコンナーヨック)までの国道305号線(86km)、ナコーンナーヨック(ナコンナーヨック)からアランヤプラテートまでの国道35号線(172km)を経由し、午前2時半にホテル「アランマーメイド」に到着。走行距離280キロ。

一般にタイの幹線道路は、日本と比較しても遜色のないほど整備されているが、交通量の少ない田舎道では整備が遅れている。カンボジアへと伸びる国道35号線には中央分離帯が設置されておらず、ハイビームにできないため周囲の様子を知るのに苦労した。途中、犬2匹と猫1匹を轢き殺しそうになった。また片側一車線しかないため、追い越しに苦労した。工事現場の配慮も行き届いておらず、まだ中央線が引かれていない国道355号線では危うく中央分離帯に突っ込むところだった。

ホテル「アランマーメイド」は、サゲーオ(サケオ)県アランヤプラテート郡随一の高級ホテルで、1部屋900バーツ。日本に例えるのなら、「ごく最近、国の補助金で村に作られたばかりの村おこし用のホテル」といったカンジで、部屋が少し狭いのは気になるが、清浄に保たれており快適に過ごすことができる。ただし、朝食ビュッフェはひどく不味い。

2004年5月28日(金)

高級ビーチリゾート。その条件はプライベートビーチがあり、カクテルバーを併設した巨大プールが備わっていること。

今回、僕たちはホテル Royal Cliff Beach Resort(ロイヤルクリフビーチリゾート) に宿泊している。パッタヤーターイ(南パッタヤー)ヂョームティアン海岸(ジョムティエンビーチ)のちょうど中間に位置する岬の先端部分にあり、ホテル隣にそびえ立つパッタヤー第5海軍電波塔がある丘からは南北パッタヤー(パタヤ)が一望できる。一泊3,400バーツ(バンコク都内の旅行代理店レート)。

ところが、快適なリゾート気分を演出するパッタヤー(パタヤ)のリゾートホテルにも致命的な難点がいくつかある。ひとつは、中心部の繁華街から遠く離れたところにあるため移動が困難なこと。もうひとつは、近くにほかの資本による商店がないため、どうしてもホテル内の割高なサービスに完全に依存せざるを得ないこと。こういった事情から、クルマ(もしくはレンタルバイク)などの移動手段がないと、「本来のパッタヤー(パタヤ)」を満喫できないおそれがある。

午前9時頃にバンコクを出発し、大規模スーパー Tesco Lotus(テスコ・ロータス) パッタヤーヌア(北パッタヤー)店のタイスキ(タイ風鍋)チェーン店 MK で昼食をとった。夕食はタイの王宮料理。やはり日本人にはあまりタイ料理が口に合わないようで、友人たちも心なしかグッタリとしていた。

2004年12月10日(金)

「これが浮気者の堕ちる地獄よ。浮気者は、死後に槍を持った鬼に追い回されて、トゲトゲのある木に登って逃れようとするんだけど、上からもカラスに突かれて痛い思いをする。仏教の『永遠身体的苦痛』ね」

この説明の真偽はともかく、地獄という概念は世界中のほぼすべての宗教にあるという。

今日はタイの憲法記念日。官公庁や国立大学をはじめ、一部の民間企業が休みになった。僕は友人の会社社長に誘われて、2泊3日の社員旅行に連れて行ってもらった。

午前9時、友人の会社社長宅前で集合し、クルマ2台に分乗してバンコク近郊のビーチリゾート「パッタヤー(パタヤ)」へと向かった。途中、チョンブリー県バーングセーン郡(バンセン郡)の漁港で昼食をとり、周辺にある寺院を参拝した。

ルワングポーネーンノーイ財団がバーングセーン海岸(バンセン海岸)から1キロほど離れたところに建立したセーンスック寺はとりわけ印象的だった。境内には地獄区画と天国区画が設けられており、人々に自省を促すための巨大像が並んでいる。「親によく嘘をつく子がカラスに突かれ犬にかみつかれるシーン」を見せれば、子供たちは「絶対にもう嘘はつかない」と決意するかもしれない。入場料は無料。施設維持のための寄付を募っている。

パッタヤー(パタヤ)海岸の海鮮料理店「ナーングヌワン」で夕食をとり、酒に酔って夜の街へ繰り出していった友人たちと合流するために右往左往していたところで法定閉店時間の午前1時になり、結局リゾート地ならではの娯楽を楽しむことなくホテルへと戻った。

2004年12月11日(土)

午前9時、パッタヤー中央海岸(パタヤ中央海岸)から改造漁船に乗り込み、およそ1時間の距離にあるラーン島へと向かった。

パッタヤー中央海岸(パタヤ中央海岸)からラーン島までの海は普段からとても穏やかなため、海風を浴びながら缶ビール片手に快適なクルージングが楽しめるという。ところが、今日は横からの強風をモロに受け、まるで遊園地のアトラクションのように揺れに揺れた。手すりにしがみついていないと大荒れの海に投げ出されそうになるし、四つん這いになっても移動すらままならなかった。

そんな船内で奇声をあげながらハイネケンビール片手に宴会を続けていたものだから、パッタヤー中央海岸(パタヤ中央海岸)に戻ってきたときにはみんなゲッソリとしていた。協力会社のタイ人社員などは、体力を消耗しきってしまい小舟に乗り移れなかった。僕自身もこれほどの船酔いに悩まされたのは生まれて初めてかも。

その後、従業員たちとオカマキャバレー Tiffany’s Show(ティファニーズショウ) を見物し、夜のパッタヤー(パタヤ)の街を徘徊してからホテルへと戻った。午前3時まで賭トランプゲームを楽しんだ。

部屋に戻って横になったところ、まだ船に乗っているかのような錯覚にとらわれた。たぶん改造漁船に乗っていたときに三半規管をやられてしまったんだろう。

2004年12月12日(日)

ここのところ深刻な睡眠不足に悩まされている。釣りに行く話も断り、正午まで睡眠をむさぼった。パッタヤー(パタヤ)からバンコクまでの帰途、タイで2番目に多くの日本人がたくさん住んでいるスィーラーチャー(シーラチャ, シラチャ)ちかくにあるスィーラーチャー(シーラチャ, シラチャ)虎動物園に立ち寄った。

関連会社のタイ人社員によると、今朝の海は昨日の5倍も荒れており、船頭以下多数の参加者が吐き続けたという。

2005年5月20日(金)

「そんなに警察で道を尋ねたいんだったら、自分で聞いてきてよね。あなただったら外国人ということで、もしかしたら親切に教えてもらえるかもしれないから」

タイ南東部に浮かぶリゾート地「チャーング島(チャン島)」へと向かう道中、カンボジアに隣接しているトラート県の県都で夜を明かすことになった。

午後6時、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィットスイート(スクンビットスイート)」を出発。帰宅ラッシュの渋滞にハマりながらも、午後7時半にはバンコク南東部にある Central City(セントラルシティー, セントラルバーングナー店)に到着し、 McDonald’s(マクドナルド)Big Mac Set(ビッグマックセット) (85バーツ)を食べ、ふたたびクルマを走らせてバンコクから東南東におよそ320kmの地点にあるトラート市へと向かった。

地方の幹線道路では、ガソリンスタンドが「道の駅」の役割を果たしている。小さな集落では村唯一のオシャレスポットになっていることもある。いくつもあるガソリンスタンドチェーンのなかでも、清潔なトイレと何でも揃うミニショップ Jiffy(ジフィー) を備えるチェーン店 JET(ジェット) の人気は他を圧倒している。

トラートまでの道中、僕たちは JET(ジェット) に2度立ち寄った。一度は給油とおやつの調達、もう一度は観光ガイドブックの調達が目的だった。ところが、2件目の JET(ジェット) に立ち寄ったときに、僕のクルマからわずか1メートルのところで、バイクに乗った少年たちによる乱闘事件が発生してしまい、ひどくハラハラさせられた。

途中、一時はげしい眠気に見舞われ目的地をラヨーング市(ラヨン市, ラヨーン市)に変更したため77kmも迂回したが、午後11時半にはトラート県庁前広場に到着した。

トラート市は、東の隣国カンボジアに隣接しているトラート県の県都だが、極めて小規模で宿泊施設に乏しく、道中見かけたホテルはどれもボロアパート同然。「トラート市ホテル(ローングレーム・ムアングトラート)」に至っては、商用長屋(トゥックテオ)そのもので、とても僕たちが泊まれるような施設ではなかった。しかも、手元に観光ガイドブックがないため、効果的な解決策を見出すことができず、ますます落ち込むばかりだった。こんなことならラヨーング市(ラヨン市, ラヨーン市)で夜を明かしておくんだった。

日本であれば近くの交番で道案内を頼むところだ。しかし、タイの警察は「住民の利便に貢献する」というよりむしろ「治安秩序の管理者」という性格が強い。もちろん警官の任務に道案内など含まれていないし、そもそもタイには警官に道案内を頼む文化がない。

さっき通過したばかりの県庁前広場にふたたび戻り、冒頭にある友人の助言にしたがって、外国人丸出しの風体でトラート市警察本部の正面玄関口に足を踏み入れた。

結局、警察署では地図を開いて丁寧に道案内してくれることはなかったが、数名の巡査がすぐ近くのところにトラート市内で2番目にまともなホテルがあると教えてくれた。

「わたし、こんなひどい部屋で寝泊まりしたことないんだけど」

ホテル SA(エスエー) (一泊500バーツ)は、リゾート気分で泊まるホテルとしては、あまりにもひどすぎた。

2005年5月21日(土)

「入場料が10倍も違うなんて、あまりにもひどすぎるわ。これだけタイ語がしゃべるんだから、値段だってタイ人並みにしてくれてもいいのに」

朝、チャーング諸島(チャン諸島)国立公園にあるトッククローングプルー(トックロンプルー)滝を友人と見物した。入口のチケット売り場の横には、 คนไทย ๒๐ บาท(タイ人20バーツ)Foreigners 200 Baht(外国人200バーツ) という看板が立てかけられている。

タイには外国人価格がある。大抵は交渉次第でなんとでもなるが、タイ政府観光庁の管理下にある観光名所ではまず回避できない。チアングマイ(チェンマイ)市場発サンガンペーング(サンカンペン)温泉行きの乗合トラック(ソングテオ)に乗った昨年10月にも、これと同じようなエピソードがあった。

「それなら国民IDカードを見せてください」と言われると、その時点で打つ手がなくなってしまうのが悔しい。

これについて、友人は冒頭にあるように怒ってくれたが、僕自身はすでにあきらめているし不満もない。そもそも世の中は公平ではないし、タイ政府の方針もあるから仕方ない。イヤなら外国の観光地に行けばよい。ただそれだけのこと。いずれにせよ、外国人にはタイ人に認められている基本的な権利すらないし、僕の力でそれを変えることもできない。

午前10時、トラート市内のホテルを出発し、30分後にチャーング島行きの船着場レームンゴープに到着。土曜日、仏誕節(ウィサーカブーチャー)、振替休日の3連休を利用してやってきたクルマが殺到し、埠頭にはバンコクナンバーのクルマがフェリーの乗船を待つ長い列を作っていた。それでも1時間後にはフェリー(80バーツ)に入り、チャーング島(チャン島)へと向かった。

チャーング諸島は自然に恵まれたの52の島々からなり、陸地面積の合計はおよそ650平方キロメートル。なかでもチャーング島はプーゲット島に次ぐタイの離島第2位の面積(429平方キロメートル)を誇り、パッタヤー、プーゲット&周辺の離島に次ぐタイ第3のビーチリゾートとして現在観光開発が進められている。飛行場の建設予定もあるという。

チャーング島(チャン島)東海岸にあるリゾートホテル「チャーング島(チャン島)リゾート&スパ」にチェックイン。宿泊料金は2泊3日で1部屋5,000バーツだった。

2005年5月22日(日)

「ここのところ日焼けして健康的に見せようという芸能人も増えてきたみたいだし、ま、いっか」

美白は美人の必要条件。その背景には、若者たちの「ハイソ」への希求や地方における貧困問題、屋外で働いている肉体労働者への偏見など、タイにおけるさまざまな社会問題が見え隠れしている。

ホテルのクルージングツアーに申し込み、グート島、ワーイ島などでシュノーケリングを楽しんだ。ところが、雨季に差し掛かっているせいか、ウワサよりも海水の透明度が低く、目と鼻の先で泳いでいる小魚の群れを鑑賞するのが精一杯といったありさまで、ひどく落胆させられた。これがタイランド湾の限界なんだろうか。ツアー参加料はひとり580バーツだった。

シュノーケリングは期待はずれだったし、船では遮光の甘い2階にいたため真っ黒に日焼けしてしまい、しかもすぐ近くに悪趣味な日本人観光客(なんとカラオケスナックの汚い娼婦(売春婦)を9人も連れてきやがった)団体がいたものだから、いよいよ憂鬱になってきた。娼婦(売春婦)と行動を共にするなんて、格好悪いしヘボすぎるぞ! 同じ日本人として、本当に情けなく思う。

ああ、せめて今日の日焼けをキャンセルできればいいのに! こうなったら、もう友人のように「芸能人も・・・・・・」と自分に言い聞かせるしかない。

2005年5月23日(月)

「タイのイルカ調教師って、けっこう頑張ってるのね。去年、シンガポールで友人たちとドルフィンショーを観てきたんだけど、発展している国なのに、これとは比較にならないほどヘボかったもの」

午前8時にホテル「チャーング島リゾート&スパ」を出発し、往路とは別の船着場からフェリー(130バーツ)でトラート県レームンゴープに戻ってきた。その後、トラート県の東に隣接しているヂャンタブリー県(チャンタブリー県)にある Oasis Sea World(オアシスシーワールド) でドルフィンショーを観た。

Oasis Sea World(オアシスシーワールド) は、タイの海洋資源を保護することを目的に2533(西暦1990)年6月1日、ウィチャイ・ワッタナポング氏がヂャンタブリー県レームシング郡に建設した。当初の目的は、傷を負って漁村に漂流してきたイルカを保護することだったが、次第に購入するようになりイルカの数を増やしていった。その後、イルカ調教師を外国から招聘して見せ物を始めようとしたが、タイのイルカは賢くないと考えられていたため誰も仕事を引き受けなかったという。このような経緯から、タイ人調教師が試行錯誤を繰り返しながらトレーニングを積み重ね、こんにちのような素晴らしいショーを公演できるまでに育てたという。

ショーを盛り上げるアナウンスメントでは、英訳では完全にカットされているが、「僕たちタイのイルカは・・・・・・」というセンテンスが頻繁に登場する。僕はタイ人の愛国心高揚を狙った何かではないかと疑ったが、どうやらこの水族館の歴史がその背景にあったようだ。

Tesco Lotus(テスコロータス) ヂャンタブリー店(チャンタブリー店)のタイスキ屋 MK で昼食をとり、帰路についた。