2006年3月8日(水)

「料理、ちょっと注文しすぎなんじゃない? ただでさえ明日から黒くなるのに、これでデブになったらオシマイよ。子供なら『ウワンダム(黒デブ)』って可愛がってもらえるところだけど、あなたはもうそういう歳じゃないんだし。それと・・・・・・もう遅いから、このスパゲッティー・カルボナーラは食べないからね。自分で注文した料理は自分で責任をもって食べてちょうだい♡ 」

午前零時42分、プーゲット島(プーケット島)パートーング海岸沿いにある海鮮料理店「パパヤ・タイレストラン」で、テーブル一杯に並んだ料理を前に大きなため息をついた。本帰国前の留学予算消化の一環とはいえ、これを全部食べ切らなければならないと思うと憂鬱になる。

これまでもタイでスクーバダイビングのライセンスを取ることは計画してきた。レーシック(視力矯正手術)前には、術後数ヶ月はできないから今のうちに済ませておこうか真剣に検討したが、ある理由から本帰国を控えた今日まで見送り続けてきた。

タイにおける社会的地位を自らの手で低下させてしまうような馬鹿な真似は是が非でも避けたい。

タイ人のあいだには、「中国系タイ人には教養もあれば金もある」という一種の固定観念がある。タイにおける実力者の大半が華人で占められていることを考えると、こうした言説は真実の一端を確かに捉えているが、その他大勢の凡庸な華人の存在を完全に無視した暴論でもある。ところが、そのような思い込みが社会全般に根付いているタイにおいて、「肌の色が白い = 中国系っぽい = 教養と金がありそう = イケてる」と考える風潮があるのはもはや疑いようのない事実であり、好むと好まざるとに関わらず受け入れざるを得ない。

これは、色黒の人々が学校などで差別を受ける原因として、タイにおける社会問題にもなっている(通常、この種の差別には「方言がダサい」とか、「何言ってんのかワケワカンナイ」などの要因も加わる)。貧富の差が激しいタイでは、肌の色が黒い人は、屋外にいる時間の長い単純労働者(ガンマゴーン)や農民(チャーオナー)であるに決まっている、というような思い込みが支配的で、「肌の色が黒い = 教養のない単純労働者 = 所得が低い = ヘボい」といった構図ができあがっている。むろん、こうした考え方は単なる偏見に過ぎないのだが、テレビのコメディー番組における配役からも分かるように、日常生活の中で人々の価値観の中に無意識のうちに刷り込まれている。

「ビーチに一日中寝っ転がって日焼けをしている西洋人はまだ分からなくもないわ。でもね、金を出してまで日焼け施設(日焼けサロン)に通っている日本人は全然理解できないんだけど」

それもそのはず。日サロへ通うなんて、タイ人の発想からするとヘボくなるために金を費やす愚行以外の何物でもないんだから、どう考えても「合理的である」という結論になるはずがない。これこそ、タイ人のあいだでマリンスポーツが流行っていない理由であり、だから現地のビーチには西洋系外国人しかいないのだ(決して金がなくてレジャーを楽しめないわけではない)。

昼過ぎ、スワンプルー通りの入国管理局で学生査証(留学生用のビザ)を10月まで延長してもらった。現在、タイの官公庁一丸となって推進中の「ワンストップサービス化」(ひとつの窓口で公的手続きを終えることのできる仕組み)にともない、ここでも特別査証を扱う1番窓口が拡張されて、2階203号室の個室にあった特別査証課がそのまま移転してきていた。

窓口には超過滞在者に対する科料が値上げされるとの告知があった。これまで1日あたり200バーツだった科料が500バーツに値上げとなる。午後4時には自室に戻り、大急ぎでアパート前から友人とタクシーに乗り込み、ドーンムアング空港国内線ターミナルへ向かった。午後6時過ぎのオリエントタイ航空263便(片道税込1,650バーツ)でプーゲットへと旅立った。

友人は両手一杯の書類ケースを抱えていた。なんでも、前回の南部ドライブの際に自分の仕事を同僚に任せっきりにしていたとき、その後の事後処理にひどく骨を折ったそうで、その反省から今回は僕がスクーバダイビングの講習を受けているあいだの時間に、ホテルで通常通りの業務をこなすという。ちなみに、これが実現したのはすべて AIS (Advanced Info Service 社) の時間帯指定の定額通話サービスのおかげとか。

2006年3月9日(木)

「あ――っ! もう朝食を取る時間がないじゃないの。いいわ、私は一眠りしてから食堂に行くから気にしないで。とにかく、忘れ物がないように今一度確認しておいた方がいいわよ。それと、日焼け止めクリーム、まだ塗ってないでしょう?」

午前6時28分、ホテル C&N Spa and Resort 2214号室で、慌ただしい朝の時間を過ごしていた。わざわざリゾートに来てまで早起きしているのだから、まったくは自分でも感心してしまう。

5分後、ホテルまで迎えに来た日本人とタイ人のインストラクターふたりと、ソングテオ(乗り合いトラック)の後部座席に乗ってダイビングショップへと向かった。

今日からの3日間、プーゲット島(プーケット島)パートーング海岸にある日系ダイビングショップで、世界最大のダイバー教育機関 PADI (Professional Association of Diving Instructors) 公認の初心者向けトレーニングプログラム「 PADI オープン・ウォーター・ダイバー・コース」の講習を受ける。料金は12,900バーツ(ダイビング4本・教科書代込み)で、このコースを修了することで次のことができるようになる。

このコースで学んだ知識とスキルを応用し、受講したトレーニングと経験の範囲内で、監督者なしでダイビングすることができる。スクーバ・タンクへの空気を充填してもらったり、機材を購入するなどのサービスを受けることができる。受講したトレーニングと経験の範囲内の環境で、適切な装備を整え、バディと一緒にダイビングする条件下で、減圧不要ダイビングを計画、実施して、ログに記録できる。スペシャリティ・ダイブ、 PADI アドベンチャー・イン・ダイビング・プログラム、 PADI スペシャルティ・コースなどに参加してダイバー・トレーニングを継続受講できる。

なお、 PADI のダイバー認定証の格付けは、下から ① スクーバ・ダイバー(省略可) → ② オープン・ウォーター・ダイバー → ③ アドベンチャー・ダイバー(省略可) → ④ アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー → ⑤ レスキュー・ダイバー → ⑥マスター・スクーバ・ダイバーの順。

午前中に学科講習と機材の説明を受けて、ダイビングに必要な知識を習得。なんでも、水深10mの気圧が2気圧(空気の体積も水上の2分の1)、水深20mでは3気圧(同3分の1)になるため、水深20メートルで空気を思いっきり吸って、そのまま一気に水上まで浮上すると肺の大きさが3倍になる・・・・・・のではなく、肺が破裂して致命傷に至る。

午後は欧米人経営のダイビングショップにある水深3mのプールで、適性試験(200mの水泳)を受け、基礎的なスキル(たとえば吸い込む空気の量を調節して水中で浮き沈みする技術や曇ったマスクをクリアする方法など)を習得。

2006年3月10日(金)

青い海、白い砂浜。そして、チャローング海岸の桟橋に係留されているクルーザーの数々。

午前7時20分、ホテルまで迎えに来たソングテオ(乗り合いトラック)に乗って、朝の潮風を受けながらパートーング海岸から南に15キロほど行ったところにあるチャローング湾へと向かった。現在のチャローング湾桟橋は、スマトラ島沖地震以降に再建された。

記念すべき第1本目のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ(ラチャヤイ)島の East Coast Bay 。午前10時51分潜水開始。午前11時34分浮上。水中で不測の事態が起きてパニックに陥るのではないかと心配していたが、それも杞憂に終わった。冷静さを保ち、教科書通りにこなしていれば、別に難しいというほどのものではない。最大深度12.2m、潜水時間43分。水温は摂氏30度で、透明度は20mだった。

船上で軽食を取ってから、ラーチャーヤイ島の Maritta’s Rock へ移動。午後1時12分に2本目のダイビングを開始。最大深度12.6m、潜水時間43分。水温は摂氏31度で、透明度は15mだった。

潜行前のプレダイブ・セーフティー・チェック、適正ウエイトチェック、疲労ダイバー救助、足がつった時の治し方、マスククリア、レギュレーター・リカバリー、5 step 潜行・浮上、バックアップ空気源を使用した浮上などを学んだ。

潜水中には体内に窒素が溜まりやすく減圧症の原因となるため、長時間に及ぶダイビングは厳しく制限されているという。

今日は本当の熱帯魚の群れを見てリゾート気分を満喫することができた。それと、体力の消耗が少なかったのは意外だった。

午後9時までダイビングショップで学科の勉強をしてから、ホテルへと戻った。

2006年3月11日(土)

講習3日目。 PADI オープン・ウォーター・ダイバー・コース最終日。

午前7時半、ホテルまで迎えに来たソングテオ(乗り合いトラック)に乗って、朝の潮風を受けながら、パートーング海岸を南に15キロほど行ったところにあるチャローング湾桟橋へ向かった。桟橋にいるのは西洋系外国人がほとんどで、日本人、韓国人、中国人などのアジア系は完全に少数派だった。やはり日焼けを嫌うタイ人にマリンスポーツはウケないのか、タイ人ダイバー客は皆無だった。

講習3本目のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の Bangalow Bay 。潜行開始時刻午前9時58分。浮上時刻午前10時41分。潜水時間43分。最大深度は16.2mで、水温は30度だった。

講習4本目のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の Bangalow Bay だった。潜行開始時刻12時58分。浮上時刻午後1時35分。潜水時間48分。最大深度は14.1mで、水温は30度だった。

水面水中でのコンパス移動、緊急スイミング・アセント、水中マスク脱着、ホバリング、水面機材脱着などを学んだ。その後、午後9時までダイビングショップで学科講習と試験を受けて、オープンウォーターダイバーの仮証明書を受けた。

(3月20日追記)正式なライセンスカードは、オーストラリアの PADI オフィスから日本の実家に届けられた。

2006年3月12日(日)

講習4日目。今日から2日間の PADI アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コースを受講する。当初、オープン・ウォーター・ダイバー・コースに耐えられなければ、残りの3日間をプーゲットでグータラ過ごすつもりだったが、ダイビングそのものが思っていたよりも楽だったことに加え、どこへ行っても通用するダイバー資格が欲しいと思い、継続受講することに決めた。料金は12,000バーツ(ダイビング5本)。

この資格は、昨日取得した PADI オープン・ウォーター・ダイバー・コースのカリキュラムに加え、その上位資格であるアドベンチャー・ダイバー・コース5つを履修することで取得できる。減圧不要ダイビングの最大深度は40mとされているが、このカリキュラムでは最大深度30mまで潜ることができる。

講習5本目「ディープ・ダイビング」のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の No.3 Bay 。潜行開始時刻午前10時7分、浮上時刻同39分。最大深度30.7m、潜水時間32分。水温は摂氏28度で、透明度は15メートルだった。深く潜れば潜るほど潜水可能時間は短くなるという。水には暖色を吸収する性質があるため海底での景色すべてが青みがかって見えた。試しに持っていったスナック菓子「ハナミ(タイ版かっぱえびせん)」の赤色の容器を海底に沈めてみると、水上との気圧差からペッチャンコになり、真っ黒に見えた。

講習6本目「水中写真」のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の No.2 Bay 。潜行開始時刻午前11時36分、浮上時刻12時11分。最大深度23.4m、潜水時間35分。水温は摂氏30度で、透明度は15メートルだった。日本人インストラクターによると、ほとんどのダイバーが水中の生物に強い関心を持っているそうだが、自然環境にはまったく関心がないため、どれも単なる「魚」にしか見えず、面白くも何ともなかった。途中、全長1メートル強の巨大魚(もちろん名前なんて覚えてない)に遭遇したときには、本当にどうしようかと思ったが、教本にあった「魚は絶対に襲ってこない」という言葉を信じて、ただひたすら「さっさと目の前から去ってくれ」と祈り続けた。

講習7本目「魚の見分け方」のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の No.1 Bay 。潜行開始時刻午後1時29分、浮上時刻午後2時12分。最大深度21.6m、潜水時間43分。水温は摂氏30度で、透明度は20mだった。どうしても真面目に魚の見分け方を勉強する気にならなかったため、インストラクターに沈没船へと連れて行ってもらった。船内は無数の魚たちでごった返しており、日本人インストラクターによると沈没船は魚の住処になっているという。

マンネリ感がしてきた「日常としてのスクーバダイビング」。もしあと1ヶ月も続くのなら逃げ出したくもなるが、残り1日だし頑張ろう。

今日3本目のダイビングを終えて、冷房の効いた船底のソファーに陣取り、ビールを飲んでチャローング湾桟橋に到着するまで爆睡した。

午後8時までダイビングショップで学科の勉強をし、ホテルに戻って夕食をとりビールを飲んだ。友人によると、このダイビング期間中に肥満化が進行しているという。そういわれても、水中にいないときは、食うか、飲むか、寝るかして過ごしているから仕方がない。

2006年3月13日(月)

「やっぱり、ダイビング中にかなり日に焼けたわよね。それに、ちょっと太ったんじゃないの? 少し不細工になったような気もするし」

午後9時、プーゲット島パートーング海岸にあるホテル C&N SPA and Resort の2214号室。ここ数日間の習慣となっている「ルームサービスの夕食」(100バーツ)を食べていたところ、友人からそう指摘された。だから、これまでずっとマリンスポーツに手を出すのは避けてきた。

実際、スクーバダイビングが思っていたほど体力を使うスポーツでなかったため、当初目論んでいたダイエット計画は失敗した。そればかりではなく、ダイビング前後の暴飲暴食昼寝、寝しなの夜食とビールといった生活習慣が、逆にかえって体重を増やす結果を招いた。留学をはじめてからの4年5ヶ月、当初肥満とは無縁だった体重が9キロも増えてしまい、これではもう日本で通用しなくなっているかもしれない。本帰国後に予想される、ありとあらゆる不本意な事態に備え、そろそろ本腰を入れてダイエットに励まなければならない(2006年5月30日追記: 帰国後の2ヶ月間で8キロ減量した)。

講習5日目。 PADI アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コース最終日。午前7時半にホテルまで迎えに来たソングテオ(乗り合いトラック)に乗り、いつものように朝の潮風を受けウンザリしながら、パートーング海岸を南に約15キロほど行ったところにあるチャローング湾桟橋へと向かった。

桟橋に着くと、日本人インストラクターから、「他のショップの船に乗るから、あの人の言うことに従って行動してください」と指示を受けた。日系ダイビングショップのクルーザーを出すのに必要な人数が集まらなかったそうで、西欧系外国人が経営するダイビングショップのクルーザーに便乗させてもらうことになったらしい。おかげで、ここ数日間の日課となっていた、「ダイビング前後の昼寝」(1日4時間)ができなくなり、移動中に暇を持て余した。

講習8本目「中性浮力」のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の Staghorn Reef 。潜行開始時刻午前10時26分、浮上時刻午前11時18分。最大深度18.5m、潜水時間43分。水温は29度、透明度は20mだった。中性浮力は、肺の中に吸い込む空気量を調整することで維持する技術。初日のプール演習でも似たようなことをやったが、やはり浮力の大きい海水の方が楽だった。

講習9本目「ナビゲーション」のダイビングポイントは、ラーチャーヤイ島の Lucy’s Reef 。潜行開始時刻12時43分、浮上時刻午後1時31分。最大深度14m、潜水時間48分。水温は30度で、透明度は15mだった。講習最後のダイビングとあって、ゆっくりと水中浮遊を楽しむことになった。

スクーバダイビングの講習は、運転免許センターの講習に似ている。ひとつは、学科と実技があって、それぞれの項目をクリアしないと次に進めないこと。もうひとつは、インストラクターの役割が免許センターの教官と似ていること。今回、僕は「アットホームなダイビングショップ」ということで知られる某日系ショップを利用し、幸運にもダイビングへの適性もあったようで、イヤな気ひとつすることなく気分良くライセンスを取ることができた(実は繰り返しやらされるのがイヤで超真面目にやった)が、そうでない人は慎重にショップを選んだ方が良いかもしれない。

午後8時まで日系ダイビングショップ2階にある教室に籠もって、PADI アドヴァンスド・オープン・ウォーター・ダイバー・コースのライセンス認定試験を受けた。その後、ホテルへ戻り、友人とパートーング海岸へと繰り出して、ショッピングを楽しむなどビーチリゾート最後の夜を満喫した。相手の利益を無視した友の強烈な値引き交渉には面食らったが、それよりも「観光地実勢価格」と「タイ人価格」との極端なまでの格差には心底驚かされた。やはり、買い物は観光地などでするものではない。

(3月20日追記)正式なライセンスカードは、オーストラリアの PADI オフィスから日本の実家に届けられた。