2002年10月26日(土)

夜、プラトゥーナーム交差点ちかくの電脳街「パンティッププラザ」へ行ってから、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)にあるフットボールバー「フォーバー」で、グルングテープ大学(バンコク大学)の学生とビールのピッチャーを3杯あけた。父親は、内務省統治局の高官という。

テレビ時代劇「二世界放浪記(ニラートソーングポップ)」の影響で、タイ中等学校(中学高校)の歴史教科書を久々に手にとって、政治史に関する解説部分を読み返している。

世界の歴史シリーズ6 タイの歴史 タイ高校社会科教科書
柿崎千代 訳(中央大学政策文化総合研究所監修)
明石書店 発行(2002年)
ISBN 4-7503-1555-9
2,800円

エーンは、タンマサート大学(タマサート大学)でマスコミ学を専攻しているが、政治、経済、歴史には無関心で、この手の話題になると決まって両耳を塞ぎながら首を横に振る。タイ語の発音の良さには助けられているが、そんなことでマスコミの仕事ができるか心配になる。エーン自身、「マスコミなんて大キライだし興味もない!」と話している。ためしに陸軍大将より上位の軍階級について尋ねても、「し~~らない」という答えが返ってきた。

グルングテープ大学(バンコク大学)の学生にまったく同じ質問をすると、「・・・・・・うーん、それは国軍最高司令官だよ」と答えた。最高司令官は、軍階級ではなく役職名だ。

タイの近代史は、クーデターと軍事政権の歴史でもあるのに、なぜ「元帥」の階級を知らないのか。タイ軍事史上、元帥の階級を手にした軍人は17人おり、首相になった元帥も3人いる。

きのうの日記で取り上げた「タイ語古典的表現」についても尋ねてみた。 อะไร(アライ) の古典的表現を、エーンは สิ่งใด(スィングダイ) 、この学生は อะไร(アライ) と答えた。帰宅後、歴史映画「スリヨータイ」で調べた結果、正解は อันใด(アンダイ) だった。

この教科書を日本人が読んで不思議に思うのは、社会や文化の比重が大きく、政治史に関する解説部分が極端に少ない。世界史 A より内容が薄いこと。こんな社会科教育で、どうして民主主義について正しく理解することができようか。

2003年12月15日(月)

タイでも学生証があれば、いろいろと便利だ。

昼過ぎに、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学政治学部向かいにあるタイ商業(タイパーニット)銀行タイ赤十字(サパーガーチャートタイ)で学生証を受領した。これからはボーリング場やカラオケ屋で学割を受けることができる(右の学生証は現物を元に再構成したもので、デザインが本物とは若干異なります)。

この学生証には、銀行のキャッシュカード機能が付いており、受け取り時にタイ商業(タイパーニット)銀行の口座を開設しなければならない。

タイの学生証には銀行キャッシュカードを兼ねているものが多く、ブワが通っているマヒドン大学の学生証には何の機能もないが、ウワサによればアサンプション大学(エーベック)の学生証にはクレジットカードの機能まで付属しているという(おそらく日本の「デビットカード」に相当する「エレクトロンカード」機能と混同している)。

ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学の学生証は、他の大学よりもデザイン的・機能的にも劣り、エレクトロン機能すらないが、さしあたって便利そうな機能は活用したい。

第一目的地はウィッタユ(ワイヤレス)通りにある日系カラオケ屋「ビッグエコー」。半額でカラオケが楽しめる。

今日はマヒドン大学へとブワを迎えに行ってから、アングリードゥーナン(ヘンリーデュナント)通りにあるタイ商業(タイパーニット)銀行タイ赤十字(サパーガーチャートタイ)支店で学生証を受け取り、サヤーム(サイアム)にあるヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学ブックセンターでタイ国歌が収録されているCDを買って、旅行代理店で友人のホテル予約を取り、深夜にドーンムアング(ドンムアン)国際空港までその友人を迎えに行った。

2004年1月12日(月)

正午前、複合商業施設「サヤームセンター(サイアムセンター)」1階のスターバックスでブワと合流。サヤークスクウェア(サイアムスクエア)ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学ブックセンター1階にある英語学校「ブリティッシュカウンシル」に行く。

集中英語コースは、月曜日から金曜日までの週5日、1日3時間。1コース40時間で6,500-6,800バーツ。午前・午後・夜間から選択できる。さっそく受講しようと申し込んだが、コース途中からの編入はできないという。そこで、次回コース(月末から)に参加するために、来週木曜日に行われるクラス分けテスト(600バーツ)に申し込んだ。

ホテル「グランドオーキッドシェラトン」でランチビュッフェをとる。先日、友人の知り合いから譲ってもらったビュッフェ無料券を使ったため無料だった。このビュッフェにあった貝類を食べて、ブワは一晩中苦しんでいた。日本人の友人たちのあいだでも、ここの貝類は食中毒菌の固まりと言われている。

「このホテルって、イメージを大切にする高級ホテルよね? ホテルに申し出れば、たっぷり保証金がもらえるんじゃないかしら?」

ブワは友人にそうアドバイスされたそうだが、食中毒がひどく、それどころではなかったという。

2004年6月17日(木)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)パヤータイ(パヤタイ)通りを挟んで東西に分かれている。今朝はその西側にあるヂャームヂュリー(チャムチュリー)5号館の登録事務所に履修登録票を提出し、後期の授業料を納めた。

ヂュラーロンゴーン大学大学院修士課程東南アジア研究科の授業料は半年で142,000バーツ。政府からの教育助成金が支給されない外国人留学生はタイ人学生(半年80,000バーツ)よりも多くの授業料を納めなければならない。それでもタイ人の授業料をみても他大学の修士課程より割高で、巷では「ヂュラーの東南アジア研究科はハイソ」と囁かれている。外国への調査旅行がない文学部タイ研究科の授業料はタイ人・外国人ともに半年46,000バーツ。

授業料を銀行の札束のまま支払い、午後の講座「タイ史博物館論」に出席。サヤームスクウェア(サイアムスクエア)にあるヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)ブックセンターで学生歌 CD を購入した。

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)の学生歌「マハーヂュラーロンゴーン(偉大なるチュラロンコーン)」は1949年、プーミポン・アドゥンヤデート国王により下賜された。大学の公式ウェブサイトではつぎのように紹介されている。

เมื่อปี พ.ศ. 2492 จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย ได้ขอพระราชทานเพลงประจำมหาวิทยาลัย พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวภูมิพลอดุลยเดชฯ จึงได้โปรดเกล้าฯ พระราชทานทำนองเพลงแบบใช้ Pentatonic Scale คือ 5 เสียงซึ่งได้ทรงพระราชนิพนธ์ไว้ก่อนแล้ว พระราชทานแก่จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัยและโปรดเกล้าฯ ให้ใส่คำร้องเอง ภายหลังท่านผู้หญิงสมโรจน์ สวัสดิกุล ณ อยุธยา กับนายสุภร ผลชีวิน จึงได้ประพันธ์คำร้องขึ้นถวาย
仏教歴2492年、ヂュラーロンゴーン大学がプーミポン・アドゥンヤデート国王陛下に学生歌の拝領を奏上したのにともない、ヂュラーロンゴーン大学は5音階の楽譜を拝領し、歌詞については自ら加えるようにというお言葉を賜った。そこで後日、ソムロート・サワッディグン・ナ・アユッタヤーとスポーン・ポンチーウィンがその歌詞を奏上した。
 
เมื่อต้น พ.ศ.2497 ทรงพระกรุณาโปรดเกล้าฯ ให้นายเทวาประสิทธิ์ พาทยโกศล นำทำนองเพลง “มหาจุฬาลงกรณ์” ในแนวสากลมา แต่งทำให้เป็นแนวไทยเดิม นายเทวาประสิทธิ์ รับพระราชทานลงมาทำ และบรรเลงถวายด้วยวงปี่พาทย์ถึงสองครั้งด้วยกัน
仏教歴2497年初頭、テーワープラシット・パータヤゴーソンが西洋風楽曲の「マハーヂュラーロンゴーン」を伝統的なタイ風楽曲に編曲し、彼は陛下とともに演奏する機会を2度賜った。
 
ต่อมาเมื่อนายเทวาประสิทธิ์ไปสอนดนตรีไทยให้แก่ชมรมดนตรีของสโมสรนิสิต จุฬาลงกรณ์มหวิทยาลัย จึงได้นำเพลงนี้ มาปรับปรุงให้เป็นเพลงโหมโรง สำหรับใช้โหมโรงในการบรรเลงดนตรีไทยของชมรม
その後、テーワープラシット・パータヤゴーソンは学生互助会の音楽部でタイ音楽の指導にあたり、音楽部がテーマ曲として用いるのに適したものにするため再度編曲した。

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)学生歌はつぎのとおり。

มหาจุฬาลงการณ์
マハーヂュラーロンゴーン

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2004/20040617-2.jpg" width="300" height="169" align="center" />

พระราชนิพนธ์ทำนอง : พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัว
作曲 : 国王陛下
ผู้ประพันธ์เนื้อร้อง : ท่านผู้หญิงสมโรจน์ สวัสดิกุล ณ อยุธยา,สุภร ผลชีวิน
作詞 : クンユィングソムロート・サワッディグン・ナ・アユッタヤー
    スポーン・ポンラチーウィン

น้ำใจน้องพี่สีชมพู ทุกคนไม่รู้ลืมบูชา พระคุณของแหล่งเรียนมา จุฬาลงกรณ์
ขอทูนขอเทิดพระนามไท พระคุณแนบไว้นิรันดร ขอองค์พระเอื้ออาทร หลั่งพรคุ้มครอง
นิสิตพร้อมหน้า สัญญาประคอง ความดีทุกอย่างต่างปอง ผยองพระเกียรติเกริกไกร
ขอตราพระเกี้ยวยั้งยืนยง นิสิตประสงค์เป็นธงชัย ถาวรยศอยู่คู่ไทย เชิดชัย ชะโย
桃色*1学生の思いやり 忘れることなき敬慕の心 恩賜の学舎 ヂュラーロンゴーン
大恩ある王の御名を冠し 永遠に讃え続けます どうか王の祝福があらんことを
全学生が一体となり 支え合う誓い 善行の決意 颯爽と風を切って未来へと歩む
プラギアオ章*2よ永遠なれ 学生が目指すは タイ未来永劫の繁栄 万歳

*1 桃色・・・ヂュラーロンゴーン大学のスクールカラー。
*2 プラギアオ章・・・ヂュラーロンゴーン大学の校章のこと。ヂュラーの女子大学生はこの校章を制服の胸元に装着している。

その後、いつものようにサヤーム(サイアム)にある僕たちの自習室 Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) へ徒歩で移動中、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)のセンターポイントにさしかかったところで午後6時の国旗掲揚に遭遇した。タイ国歌が大音量で流され、人々が国旗の方を向いて立ち止まり直立不動の姿勢をとる。時と場合によっては無視することもできるが、巨大な液晶画面に国旗の静止画がこれほどデカデカと映っていては、もはやどうすることもできない。

2004年6月24日(木)


今日はやけに長く感じる一日だった。

午前6時半起床。タンマサート大学隣にあるタイ国立美術館でタイ研究科の講座「タイ史博物館論」を受講。この美術館には、スコータイ時代の石器をはじめ、各時代の衣装や楽器、武具、舞台演劇に用いられた小道具などが展示されている。一国の歴史と伝統を誇示するための施設であるにもかかわらず壮麗な演出もなければ保存状態も悪く、クラスメイトによると「タイ国立美術館は東南アジア屈指のイケてない国立博物館」と言われているとか。

その後、「大学ごとに独自の文化がある」というウワサを確認するために、友人たちとバンコク郊外にある大学へと向かった。着眼点はアカデミックな研究とは正反対のミーハーなものばかりで、今回は特に学生たちのオシャレ度、ボディコン度のほか、大学のキャンパスや近隣の学生街に注目した。

タイの大学生には制服の着用が義務付けられている(留学生日記2003年10月参照, 公開大学であるラームカムヘーング大学、スコータイタンマティラート大学、元公開大学のタンマサート大学を除く)。近年、女子学生たちのあいだでは「小さい・キツい・短い」を特徴とする着こなしが流行っており、特に私立大学や国立准大学(下位国立大学)など一部大学では流行が先鋭化している。現在の流行は、胸のすぐ上で第2ボタンを留め、性的な部位である肩、胸、腰、臀部のラインを際だたせ、互いに競い合うかように自らの魅力を強調するようなファッション。こうしたボディコン制服のブラウスはサイズが3Sから5Sと極端に小さいのもので、学生が多い繁華街などで1枚69バーツから120バーツで売られている。ちなみに、右の画像はタイ語エロ画像投稿掲示板からダウンロードしてきたもので、ファッション雑誌にも無断借用されるなどした知る人ぞ知るメジャーな一枚。

今日訪問したのは、スィーナカリンウィロート大学(シーナカリンウィロート大学またはシーナカリンウィロット大学)ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学,またはタイ商工会議所大学)、セントジョーン大学の3学。なかでもホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学,またはタイ商工会議所大学)の学生食堂はまさに狂気の空間。僕たちは少しでも気を抜くとすぐに緩んでしまう口元をなんとかするのに苦労した。コスプレ風俗店・・・・・・以上の色気とエロさがムンムンで目のやり場に困り、キョロキョロと視線を泳がせていると今度はなんと男子学生同士が互いの股間に刺激を与えあっている光景が飛び込んできた。タイの大学はいったいどうしてしまったんだ!?

これには大学側もかなり頭を痛めているようで、学生自治会は新学期が始まる今月を The Greatest Uniform Season(サイコウの制服シーズン) と銘打ち、近年急速に進行している制服のボディコン化の傾向に歯止めをかけようと懸命になっている。

今回の特集「タイ大学めぐり」では、若者向けの繁華街「サヤームスクウェア(サイアムスクエア)」を徘徊する学生達がどこの大学に通っているかを一目で分かるようにするために、女子大学生が制服の胸元に装着している学章についても併せて掲載する。

ホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学,またはタイ商工会議所大学)の学生は、特にミーハーで都会的なファッションを好むことで知られている。この大学の前には学生寮のほかにも数多くの Pub and Restaurant(パブ, 飲み屋) があり、学生たちが毎晩のようにナイトライフを満喫している。タイでは20歳未満の Pub and Restaurant(パブ, 飲み屋) への入店が禁じられているが、この付近の店では18歳以上であれば誰でも入れる。また、警察が制服を着ている学生への酒の販売を自粛するよう指導しているにもかかわらず、学生たちが制服姿のまま学校帰りに酔っぱらってはバカ大騒ぎを繰り返している。ただし、法定閉店時間の2時間前、午前零時には閉店する。値段も驚異的に安いことだし、今度ブワを連れて飲みに行こう。

その後、友人がナンパした女性弁護士宅で午前5時までウイスキー Chivas Regal(シーバスリーガル) を飲み続けた。

มหาวิทยาลัยศรีนครินทรวิโรฒ (มศว.)
  マハーウィッタヤーライ・スィーナカリンウィロート (モーソーウォー) シーナカリンウィロート
種別 中堅国立大学
設立年 2489年 (西暦1946年、前身は高等師範学校→学芸教育准大学)
所在地 バンコク都ワッタナー区 (スクンウィット23:プラサーンミット校
ナコーンナーヨック県オンカラック郡(オンカラック校)
設置学部 人文学部・理学部・社会学部・教育心理学部・教育学部・看護学部・薬学部・工学部・文学部・歯学部・体育学部
標準学費 12,000バーツ/学期 (Apr. 8, 2007 updated)
公式 Web http://www.swu.ac.th/
入試難易度 人文科学 5位 (社会学部ビジネス言語学科・正答率60%、倍率1倍)
経営学 -
医学 6位(医学部・正答率66%、倍率13倍)
工学 14位(工学部科学技術学科・正答率39%、倍率3倍)
モデル学費  
キャンパス 建築物 60点 (日本の古い大学のよう)
学生街 50点 (高級コンドミニアム街に立地しているため、あまり充実していない。学生向け民間アパートも非常に少ない。不定期屋台市が通用門付近に立つことがある。)
オシャレ 40点 (派手ではないが清潔感あり)
ボディコン 10点 (正しく着用している)
歴史 2489年 教育省管轄の高等師範学校として、プラサーンミット通りに義務教育局長モムルワング・マーラーグンにより設立される。
2492年 プラサーンミット通りに義務教育局管轄の高等師範学校が設立
2496年 義務教育局管轄の学芸教育准大学が、教育省令に基づき高等師範学校の敷地内に設立される。
2496年 学芸教育准大学と改称。プラチャーミット高等師範学校を学芸教育准大学に併合。
2498年 学芸教育准大学初代学長にサーロート・ブワシー教授が就任。
2499年 パトゥムワン学芸教育准大学、バーングセーン学芸大学設立。タイにおける2番目の高等教育機関となる。
2510年 ピサヌローク学芸教育准大学設立。
2511年 マハーサーラーカーム学芸教育准大学、ソンクラー学芸教育准大学設立。
2512年 プラナコーン学芸教育准大学、プラナコーン准大学敷地内に設立。その後、バンコク・バーングケーン学芸教育准大学と改称。
2513年 学芸教育准大学の一部として、教諭局管轄のパラスクサー大学を編入。パラスクサー学芸教育大学と改称。
2517年 勅書により、スィーナカリンウィロート大学と改称。サンスクリット語で大都市に繁栄する大学の意。略称を「モーソーウォー」、英文名称を「Srinakharinwirot University」とする。
2517年 国立大学省管轄スィーナカリンウィロート大学設置法(第91編の112)により、学芸教育准大学プラナコーン校を除く学芸教育准大学8校が統合され、それぞれスィーナカリンウィロート大学の分校となる。(スィーナカリンウィロート大学プラサーンミット校、パトゥムワン校、バーングケーン校、パラスクサー校、バーングセーン校、マハーラーラーカーム校、ピサヌローク校、ソンクラー校)
2533年 スィーナカリンウィロート大学バーングセーン校が独立し、ブーラパー大学に昇格。スィーナカリンウィロート大学ピサヌローク校が独立し、ナレースワン大学に昇格。
2536年 スィーナカリンウィロート大学パトゥムワン校とバーングケーン校がプラサーンミット校に吸収統合され、中央校となる。
2537年 スィーナカリンウィロート大学マハーサーラーカーム校が独立し、マハーサーラーカーム大学に昇格。
2539年 スィーナカリンウィロート大学ソンクラー校が独立し、タクスィン大学に昇格。
มหาวิทยาลัยหอการค้าไทย (หอการค้าฯ)
  マハーウィッタヤーライ・ホーガーンカータイ (ホーガーンカー ホーガンカー タイ商工会議所大学
種別 準上位私立大学
設立年 2483年 (西暦1940年、前身は通称准大学准大学→商業大学→商業大学→通商准大学)
所在地 バンコク都ディンデーング区 (ウィパーワディーラングスィット通り 126/1)
設置学部 経営学部・商学部・経済学部・人文学部・理学部・報道放送学部・工学部・法学部
標準学費 約23,000バーツ/学期
公式Wweb http://www.utcc.ac.th/
入試難易度 人文科学 17位 (人文学部日本語学科・正答率38%、倍率1倍)
経営学 12位 (経営学部ホテル観光経営学科・正答率40%、倍率6倍)
法学 4位 (法学部・正答率39%、倍率4倍)
医学
工学 みなし36位(工学部・正答率39%、倍率1倍未満)
キャンパス 建築物 75点(日本の古い大学のよう)
学生街 90点(正門前に便利な商店街があるほか、飲屋街や学生向けアパートも充実している。)
オシャレ 85点(色気を重視した OL 系ファッション
ボディコン 100点(スーパーエロ)
歴史 2483年 「通商大学 วิทยาลัยการค้า」がスィーアユッタヤー通りに6ヶ月制/2年制商学単科准大学准大学として設置。当初の学生数は300人。
2484年 太平洋戦争に伴い、キャンパスが政府によりタイ日統合局建設用地収容され、閉鎖に追い込まれた。
2506年 「通商大学」がタイ商業会議所により再興され、ラーチャパビット通り150番地のタイ商業会議所敷地内に、人民学校法に基づく3年制の短期大学として設置。
2508年 「商業大学 วิทยาลัยการพาณิชย์」と改称。 商業会議所法(2509年公布)に基づき、通商および経済に関する教育機関として、商業会議所の管轄で運営されるようになる。当時、経営学部、国際通商学部、市場管理学部、商学部、金融学部、経済学部などが設置された。
2514年 閣議決定により、民間法人による4年制大学設置が許可される。
2516年  「通商准大学准大学」と改称。4年制大学となる。
2517年 商業准大学 准大学、大学庁の管轄下に移ったのに伴い、現所在地ウィパワディーラングシット通りに移転。
2527年 「タイ商業会議所大学」と、大学庁の認可を受けて改称。
มหาวิทยาลัยเซ็นต์จอห์นเซ็นต์จอห์น
  マハーウィッタヤーライ・センヂョーンセンヂョーン
種別 下位私立大学
設立年 2533年 (西暦1990年)
所在地 バンコク都ヂャトゥヂャック区(ウィパーワディーラングスィット通り 1110/11-1)
設置学部 経営学部・法学部・報道放送学部・芸術学部・工学部
(附属校にセントジョーン幼稚園、セントジョーン普通学校、セントジョーン国際高校、セントジョーン商業高校、セントジョーン工業高校、セントジョーン・ポーリー工業高校、系列校にセントカブリエル高校、セントジョーンマリー国際高校)
標準学費 約18,000バーツ/学期
公式 Web http://www.stjohn.ac.th/
入試難易度 人文科学 みなし23位 (文学部世界観光コミュニケーション英語学科・正答率37%、倍率1倍未満)
経営学 みなし22位 (経営学部市場学科・正答率36%、倍率1倍未満)
法学 みなし17位 (法学部・正答率24%、倍率1倍未満)
医学
工学
キャンパス 建築物 50点(老朽化が目立つ)
学生街 0点(何もない)
オシャレ 20点(田舎臭い)
ボディコン 60点(今ひとつそそらない)
歴史 2504年 セントジョーン学院、セントガブリエル高校校長スマン・チナパーにより、全生徒数280人のハイソな小中高一貫校としてモーチットに設置。
2505年 ラートプラーオへ移転。
2507年 全生徒数4,500人を突破。
2508年 セントジョーン学院がセントジョーン幼稚園、セントジョーン男子学校、セントジョーン女子学校の3校に分割。
2533年 セントジョーン大学設置。
2534年  経営学部、商学部を設置
2535年 芸術学部、工学部を設置。全学生数が2万人を超える。

2004年6月29日(火)

มหาวิทยาลัยรังสิต (ม.รังสิต)
  マハーウィッタヤーライ・ラングスィットモー・ラングスィット
種別 中堅私立大学
設立年 2529年 (西暦1986年)
所在地 パトゥムターニー県ムアングパトゥムターニー郡(パホンヨーティン通り)ほか2校舎
設置学部 心理学部・東洋医学部・音楽学部・医療技術学部・生物科学学部・情報通信学部・社会学部・国際学部・法学部・報道放送学部・国営企業経営学部・商学部・大学院・看護学部・医学部・薬学部・理学部・工学部・芸術学部・文学部・経済学部・建築学部・観光サービス産業学部
標準学費  
公式Wweb http://www.rsu.ac.th/
入試難易度 人文科学 みなし21位(国文学科・正答率42%、倍率1倍未満)
経営学 みなし36位(国際経営学科・正答率30%、倍率1倍未満)
法学 7位(法学科・正答率24%、倍率1倍)
医学 11位(医学科・正答率43%、倍率13倍)
工学 14位(工学部科学技術学科・正答率39%、倍率2倍
キャンパス 建築物 95点(豊かな自然と、綺麗で整然とした学部別建築物群)
学生街 70点(商店街のほか、質素だがそれなりの飲屋街がある)
オシャレ 50点(派手ではないが清潔感あり)
ボディコン 50点(2通りの学生に分類できる
歴史 2526年 プラシット・ウライラット(パヤータイ病院理事長)が150名の有志から合計1億5千万バーツの資金を調達し、高等教育機関設立の資本とする。
2527年 バンコク国際空港から3キロ離れたところにあるパトゥムターニー県ムーバーン・ムアングエークの64.4エーカー(161ライ)の土地で施設建設に着工。
2529年 ラングスィット準大学開校。経営学部(428名)および看護学部(50名)を開設。
2532年 医学部および経営学大学院を開設。
2533年 準大学から正規大学へ教育庁規格を満たしたことにより昇格。
2535年 分校・ターンセータギット(経営基礎)研究所をウィパワディーラングシット通りに開設。
2536年 学部数14に増加。総勢1,327名を世に輩出する。
2545年 分校・北サートーン通りにサートーンターニー研究所を開設。
มหาวิทยาลัยธรรมศาสตร์ (มธ.
  マハーウィッタヤーライ・タンマサート (モートー)
種別 上位国立大学
設立年 2477年 (西暦1934年、前身は道徳政治学大学)
所在地 バンコク都プラヂャン2番地(タープラヂャン校)、パトゥムターニー県ラングスィット郡パホンヨーティン通り41km地点(ラングスィットセンター)、チョンブリー県バーングラムング郡、ラムパーング県など
設置学部 歯学部・法学部・看護学部・商学部・医学部・法学部・社会学報道通信学部・工学部、報道放送学部、文学部、芸術学部、経済学部、社会学部、人文学部、建築学部、保健学部
標準学費 約7,000バーツ/学期
公式Wweb http://www.tu.ac.th/
入試難易度 人文科学 2位 (社会学報道通信学部・正答率66%、倍率23倍)
経営学 -
法学 2位 (法学部・正答率58%、倍率23倍)
医学 5位 (医学部・正答率68%、倍率13倍)
工学 4位 (工学部・正答率48%、倍率13倍)
キャンパス 建築物 85点(学部は郊外にあり不便だが、広大な敷地と綺麗の校舎が魅力。移動にはバイクが欠かせない)
学生街 10点(周囲に個人経営の商店があるが、ショッピングセンター等からは絶望的なほど遠い)
オシャレ 30点(郊外にあるため寮生の率が高く、部屋着同然の姿で構内を移動する姿すら見られる)
ボディコン 15点(制服着用の学生の多くは正しく着用している)
歴史 2477年 道徳政治学大学(マハーウィッタヤーライ・ウィチャータンマサートレガーンムアング)、タンマサート大学設置法に基づき、法学、政治学、経済学などの教育機関として開設される。
2492年 タンマサート大学と改称。
2494年 既存の法学部、政治学部、外交学部に加え、社会学部、報道学部が開設される。
2529年 ラングスィット校を開設。理工学部が移転。
2534年 薬学部、ラングスィット校に移転。

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