2003年8月6日(水)

夜、ロサンゼルス郡アルハンブラ市の北ストーンマン通りにあるタイ人共同住宅で、ささやかな騒動が起こった。ペパーダイン大学経営学部のポー(21)がタイへ一時帰国していた先月末、 RCA Royal City Avenue でナンパした女子大学生とのセックス中にコンドームが破けてしまったという。本人は、エイズが蔓延しているタイでヤりまくっているオンナはかなりの確率でエイズに感染していると信じており、今でも向かいの部屋でひとり真剣に悩み続けている。そこで、エイズに感染している可能性が低いことを示して慰めてあげようと、インターネットでタイにおけるエイズの現状がわかる統計を探してみた。

กองควบคุมโรคเอดส์ สำนักอนามัย กรุงเทพมหานคร ดำเนินการเฝ้าระวังผู้ป่วยโรคเอดส์และผู้ติดเชื้อเอดส์ ที่มีอาการ โดยการรายงานด้วยบัตรรายงาน 506/1, 507/1 (Cases Report) จากสถานพยาบาลทั้งภาครัฐและเอกชนในพื้นที่กรุงเทพมหานคร นำมาวิเคราะห์สรุปจำนวนผู้ป่วยโรคเอดส์ (AIDS Cases) และผู้ติดเชื้อเอดส์ที่มีอาการ (Symptomatic HIV Cases) พ.ศ. 2527 ถึง กรกฎาคม 2546 ดังนี้
バンコク都保健局エイズ管理課は、症例報告書 506/1 および 507/1 をもとに、陽性エイズ感染者を追跡調査した。都内の公立および私立の医療機関がまとめた1994年から2003年1月までのエイズ患者の総数はつぎのとおり。

バンコク都内における AIDS 患者数は23,794人(死亡6,833, 生存16,961)、 HIV ウイルス患者数は7,840人(死亡714, 生存7,126)で、在宅で治療にあたっている感染者を含めた症例数の累計は92,460件。一方、タイ全土における AIDS 患者数は219,381人(死亡60,285, 生存159,096)、 HIV ウイルス患者数は81,040人(死亡8,433, 生存72,597名)で、在宅で治療に当たっている感染者を含めた症例数の累計は635,057件。

バンコク都内における新規感染者は、1999年をピークに減少傾向にあり、1998年が3,631人、1999年が4,294人、2000年が4,071人、2001年が3,117人、2002年が3,444人と推移している。

バンコク都内における年齢階級別患者数は、多い順から30-34歳の23.17%(男6,044、女1,246)、25-29歳の21.52%(男5,036、女1,782)、35-39歳の17.59%(男4,700、女873)、15-19歳の1.01%(男167人、女154人)20-24歳の8.74%(男1,774、女994)の順。

バンコク都内における職業別患者数は、多い順から「その他の職業」41.89%(男8137、女1831)、「失業者」9.94%(男2,084、女280)、「土木作業従事者」9.24%(男2,177、女22)の順で、ポーが心配している女子大学生が該当する「小学校から大学までの学生」は全体の0.82%(男110、女85)にすぎず、感染のリスクが低いことが分かった。

配偶者以外との性行為が感染経路全体の78%を占め、娼婦(売春婦)との性行為は自殺行為に近い。一方で麻薬や覚醒剤は11%、配偶者との性行為は5%にとどまっている。

ตั้งแต่ปีพศ.2527 ถึงวันที่ 31 ธันวาคม พ.ศ.2541จังหวัดที่มีรายงานว่ามีผู้ติดเชื้อเอดส์ที่มีอาการสูงที่สุด 10 อันดับแรก คือ เชียงราย , ลำพูน , ระยอง, พะเยา, เชียงใหม่, เพชรบุรี, สมุทรสาคร, สุพรรณบุรี ,ภูเก็ต และแพร่ ( อัตราป่วยต่อแสนประชากร เท่ากับ 94.3, 91.2, 73.0, 62.6, 47.5, 30.9, 27.9, 26.9, 25.5 และ 20.4 ตามลำดับ )
1984年から1998年12月31日までの期間中に報告された感染者数上位10県はつぎのとおり。チアングラーイ県(県人口の9.43%)、ランプーン県(9.12%)、ラヨーング県(7.30%)、パヤオ県(6.26%)、ペッブリー県(4.75%)、サムットサーコーン県(3.09%)、スパンブリー県(2.79%)、プーゲット県(2.69%)、プレー県(2.55%)。

バンコク都内の性風俗施設で働いている娼婦の大半は、住民票を他県においているため、この統計における「バンコク都内の感染者」に含まれない。また、 WHO 世界保健機関が発表している数字とはかなりの開きがあるため、タイ政府が観光産業への悪影響を懸念して情報を恣意的に操作している可能性がある。

2004年2月26日(木)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)公衆衛生研究所のスミチャイ医師は1998年、タイ人中年男性の約半数がエイズに感染していると報告しています。報告書の内容は、政府が社会の混乱を招くとして公表を差し止めたので非公式のものとなっていますが、事実には違いありません」

午後、必修講座「東南アジアの近代化・民主化・民族主義」で東南アジア諸国の出生率と死亡率に関する統計を分析・検討していたところ、ひとりの学生がタイ国内のエイズ死亡率の数字に矛盾があると声を上げた。それに対し、今日の講師であるヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)公衆衛生研究所のグッド准教授はこう応じた。

准教授は、中年男性の罹患率の高さと女性の罹患率の低さを強調した。この統計は、タイ人中年男性の多くが風俗通いをしている反面、タイ人女性は慎ましく生活していることを証明。風俗業に従事しているタイ人女性の感染率の高さを示しているという。タイで風俗通いをするのは自殺同然の行為だが、それを理解していない日本人観光客は驚くほど多い。

一般に、タイ国内におけるタイ人街娼(立ちんぼ)の相場は2時間約1,500バーツ。日本円にして約4,200円程度といわれている。日本国内における日本人街娼(立ちんぼ)(慣習的に援助交際と呼ばれる)の相場はせいぜいその4倍程度だから、個人的には、エイズ感染リスクの高いタイ人娼婦(売春婦)とセックスするために航空券代や宿泊費を浪費するぐらいなら、日本国内で援助交際をする方がまだマシだと思う。他人ごとながら、日本人買春愛好家たちの健康状態が心配になる。

日本政府は、国内におけるエイズ増加傾向について、東南アジアに旅行した人の感染例が際だっていると指摘し、国民に注意を呼びかけている。

きょうが前期の講義の最終日。これから期末考査ペーパー(小論文)期間に入り、その後、約3ヶ月間の夏休みに突入する。

2004年6月9日(水)

昼すぎ、 Siam Discovery Center(サヤームディスカヴァリーセンター) 4階の Starbucks Coffee(スターバックス) で、クラスメイトと今学期の履修科目について話し合っていたところ、電話で友人(日本人女性)がバンコク都心部にオフィスを構える日系企業の現地法人に内定したという知らせがあった(月給21,000バーツ)。

日本人向け女性月刊誌 pomelo(ポメロ)(4月号, Quest Media 刊)によると、現地採用者の月収は30,000バーツ以上35,000バーツ以下(32%)、45,001バーツ以上50,000バーツ以下(26%)、35,001バーツ以上40,000バーツ以下(21%)、40,001バーツ以上45,000バーツ以下(13%)、30,000バーツ以下(8%)の順で、理想としている平均62,000バーツから著しく乖離している現状が浮き彫りになった。外国人職業規制法による労働許可証(ワーキングパーミット)発給要件(月給60,000バーツ以上, 2006年から月給50,000バーツ以上に緩和)を満たしている回答者は皆無で、およそ4割が労働許可証を支給を受けずに働く不法就労を強いられており、のこりの6割も労働許可証を受給するために給与を偽装している。賞与については、ゼロ(66%)、年1ヶ月(14%)、年2ヶ月(30%)の順で、年収の大半を月々の給与に依存している。就職内定の決め手になったのは、タイ語力(87%, 複数回答)、英語力(79%)、職務経歴(53%)の順で、33%がバンコクでのキャリアは日本帰国後の再就職に役立たないと回答した。

人材紹介会社 JAC Japan (本社:東京都千代田区)発行の小冊子「東南アジア・中国、転職・就職情報」によると、タイにおける現地採用の求人は、①製造業関係(メーカー、販売会社、機械・素材商社)やサービス業(物流、 IT、旅行会社など)がほとんどで、②都市部では営業職やカスタマーサービス職、地方ではエンジニアや工場管理マネージャー職の求人が多い。③現地採用者には日本人駐在員とタイ人スタッフとの橋渡し役が求められており、④多転職者は書類審査で落とされる。⑤待遇は一般的に製造業の営業職で40,000バーツから、旅行・出版業のサービス職で30,000-80,000バーツ、事務や秘書などのサポート職で40,000-60,000バーツ、工場勤務で40,000-60,000バーツ(ただし部長級なら60,000-150,000バーツ)で、ボーナスはそれぞれ0-2ヶ月。⑥住宅手当や交通費は支給されず(ただし給与に含まれていたり送迎バスなどがある)、⑦日本国の公的福祉(社会保険, 社会保険, 生涯年収+4,000万円程度に相当)の恩恵を受けることはできない。

現地採用者になるのはあくまでも個人の自由であり、誰に強制されてなるものではない。みずからの意思でタイへの渡航を決意し、みずからフリーター同等の低賃金で働くことを選ぶことで、はじめてタイで生活するという希望が叶えられるんだから、それはそれでイイと思う。ところが、この記事には現地採用者の不満が並び、さらにそれを屁理屈で正当化しようとしている記述が随所に見られる。まるで編集者たちの屈折した根性を垣間見ているかのようで、読み進めていくうちに次第に気分が悪くなった。

現地採用者の厳しい現実を屁理屈で正当化しようとする論調は、なにも雑誌やフリーペーパーに限らず、タイ関係のほとんどのウェブサイトで大腕を振ってまかり通っている。特に、バンコクには割安な性風俗を通うことだけを目的に現地採用者として働いている奇特な日本人も少なくない。現地採用者のたかだか40,000バーツ程度の月収では、ソープランド通い(2時間1,800バーツ程度)すら満足にできず、本末転倒で不本意な末路をたどるのは端から目に見えているのに、それを謎の思考プロセスを経て正当化できてしまうのだから不思議でならない。個人的には、屁理屈だけで苦境から立ち直れるなんて到底考えられないし、100,000円程度の月給では今回の留学資金すら回収できないから、現地採用として働きたいとは思わない。

いずれにせよ、今回の内定は、友人にとってはウレシイ知らせだ! 大好きなタイで暮らしたいという姿勢で働くのなら、僕も積極的に応援したい。

朝、タイ研究科の講座「タイ舞台演劇論」に出席し、昼の時間をサヤーム(サイアム)Starbuck Coffee(スターバックスコーヒー) で過ごした。夜、足つぼマッサージ屋 Mr. Foot で台湾式足ツボマッサージ(1時間350バーツ)を受けながら、女性週刊誌 pomelo(ポメロ) を読んだ。その後、フワイクワーング交差点付近にある日本風料理屋でラーメンともグワイッティアオとも言い難い謎の劇マズラーメン(35バーツ)を食べ、喫茶店に移動して午前零時までフラペチーノと水だけで居座り続けた。

2004年6月26日(土)

バンコク都内には無数の野犬が生息している。飼い主の手に負えなくなった成犬が捨てられるケースが多いのは日本と同じだが、日本であれば保健所によって捕獲、安楽死させられる野犬たちも、タイでは命を大切にする仏教観や保健当局の予算不足などから、そのまま野放しになっている。

そのためバンコク都内の野犬は増加の一途をたどっており、いまや「野犬にはくれぐれも気をつけろ」という警句はバンコク在住の日本人にも一般常識として広く知られるようになった。特にタイでは予防接種が義務付けられていないため狂犬病に感染している野犬も多く、万一にも噛みつかれてしまったら、直ちに病院へ行って検査を受けないと死に直面する。

バンコクでは2種類の野犬が夜道を徘徊している。ひとつは保健省管轄の所有者不明犬(大部分は雑種)、もうひとつは法務省管轄の日本産犬(大部分は貧困にあえいでいる)で、人間に噛み付いて狂犬病を伝染させるおそれがあることでは共通しているが、先天的に犬として生まれたか、後天的(仏教的?)に犬になったかという根本的な違いがある。

バンコクの野犬で特に始末に負えないのは、外国で生活していくために必要とされる最低限の能力すらない生後35年以上の日本産犬(以降「カミツキ犬」)で、その日の食事にありつくのにも難儀しており、当然、事態を改善させるための具体的な行動計画も持ち合わせていない。にもかかわらず、人間としてのプライドに固執し、過去における愚行、現在における惨状、未来における不安を打ち消すために、実力の伴わない自尊心を無理矢理満たそうとするから本当に(たち)が悪い。

カミツキ犬は、なにも好きこのんで、このような不毛な自己正当化を続けているわけではない。自分はタイに精通していると自分自身に言い聞かせて、タイで送ってきた無為な日々にそれなりの意義付けをしてやらないと、過去における愚行や将来における不安を十分に打ち消すことができず、自分の人生までが否定されてしまう。年の功があるだけ自分のほうが優れていると錯覚していることも多く、タイ人とまともに会話した経験すらない ―― 以前の問題として技術的に不可能な ―― くせに図々しくもタイに関する誤ったモウソウや思い込みを偉そうに語るなど、惨めな窮状を忘れて壮大な自己満足へと逃避する傾向がある。

日本人タイ移住者は、現地で生活していくため、現地採用者(あくまでも海外子会社に属しており日本国内とはまったく別の待遇で働く日本人従業員)という身分での就職を目指す。ところが、現地採用者(留学生日記2004年6月9日参照)には、本国から派遣される日本人駐在員の業務を補助できるレベルのタイ語や工業技術が要求されるため、何の取り柄もないカミツキ犬の就職口なんかあるわけがない。バンコク都内にわんさかいる「タイ沈没」(日本人無業者もしくは事実上の無職, 失業者)たちの存在がそれを如実に物語っている。

カミツキ犬は、バンコクの厳しい労働市場で淘汰され、次のような事態に直面しながら、不幸な人生を歩み続けている。

カミツキ犬には、タイ語を習得する気力も能力もないため、①タイ人とのコミュニケーションで深刻な挫折感を味わうが、タイ人がバカなせいでコミュニケーションが成立しないと自己を正当化する。しかし、日本人現地採用レベルのタイ語力がないため有利な条件で雇用してもらえず、②平均月収がバンコク勤務のタイ人会社員平均(大卒女子25歳で20,000バーツ, 大卒女子30歳課長で36,000バーツ)を下回り、都市部のタイ人以下の生活を強いられ、③タイという極端な階級社会でタイ人労働者またはそれ以下並みの扱いを受けるが、「自分は日本人だから所得階級の如何に関わらず優遇されて当然」と妄想することで自己を正当化する。特にカミツキ犬が高等教育を受けていない場合、④タイ人大卒者に異常なまでの敵愾心や嫉妬心を抱き、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)タンマサート大学(タマサート大学)に代表される現地の一流大学に怒りをぶつける一方、公開大学の(無試験で入学できる)ラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)など(ってゆうか、カミツキ犬はこれ以外の大学を知らない)を見下すことで、破綻しかかった精神バランスをなんとか保とうとする。

しかし、それもこれも事前の検討を怠ったカミツキ犬の自業自得である。タイでは日本人のコンビニバイトや清掃バイトが外国人労働者規正法で禁止されており、とうぜんダメな日本を保護するための制度もない。

夜、タイの現地採用者32人が参加した J-Walker の飲み会が終わってから、フリーライターの男性が住んでいる安アパート「ラーチャプラーロップタワーマンション(ラチャプラロップマンションまたはラチャ)」へ残った5人(男性3, 女性2)で移動した。このマンションはバンコクに住んでいる日本人のなかでも特に貧しい300人からの日本人が集住していることで知られており、家賃は4,900バーツ。

途中まで、軽い話で盛り上がっていたが、突然、1匹のカミツキ犬が精神障害を引き起こし、日頃の憂さを晴らすかのように容赦のない攻撃を仕掛けてきた。

「君はねぇ、あまりにも視野が狭すぎるよ。それにさぁ、チュラロンコン大学なんて日本人の誰が知っているというの? 僕のようなオジサンには君のようなイケメンを見ているだけで気分が悪くなってくるんだよ」

室内は一気に静まり返り、フリーライターの男性に退室を命じられた。これだけの愚痴を並べながらも、実はこういった不思議な事態に陥る可能性を当初からそれなりに想定していたため、反論せずに笑顔でその場を立ち去った。誤解であれば釈明することでなんとか和解の道を模索することもできるだろうが、嫉妬という個人の信仰における仇敵に指定されてしまっては、もはや手の施しようがない。その場にいた女性によると、あまりのことに唖然として5分後には引き揚げたという。落ちるところまで落ちてしまったカミツキ犬が自己を正当化するために現実を無視または否定するのはやむをえないが、それを他人に語ったところで支持されるはずがない。あまりにもバカげている。

今後はタイ在住の日本人との付き合いにはより一層の注意を払い、現地での友人をきちんと取捨選択することで野犬のエサにならないよう努力したい。なにより、アホの代名詞と言っても過言ではないカミツキ犬なんかにガブッとやられてしまっては、自分自身が気の毒でならない。

ほおら、汚い病気を染されて、大人げなくこんなにも長い愚痴を書き連ねてしまったではないか。

将来、僕は他人に嫉妬心を抱かず、精神的に充足した生活を送れるような大人になりたい。

「バンコクでは野犬にはくれぐれも気をつけろ」

つまり、そういうことなんだろう。

2004年7月16日(金)

20040716.jpg日本で非職業娼婦との売買春行為が「援助交際」と呼ばれるようになったのは1996年。携帯電話の爆発的な普及にともない、通話料を自分の小遣いでは賄いきれなくなった女子高校生の一部が売春に走ったという。

それから8年、タイに特別な感情を抱く一部の日本人男性のあいだでは、「男女交際」や「援助交際」という言葉が誤用されている。

「援助交際」とは、性的な快楽を必要としている男性が、あぶく銭を必要としている非職業娼婦(売春婦)の性サービスを買う行為のことである。交際という言葉からも分かるとおり、当事者双方にとって、新規の交際相手を見つけるよりも既存の交際相手との関係を続けた方が気楽で安心なため、関係が一度きりで終わることはほどんどない。

したがって、路上や性風俗施設で客待ちしている職業娼婦(街娼・ゴーゴー嬢・ソープ嬢・ホステスなど)に金を払って単発的な性的関係を持つ、いわゆる単純買春を「援助交際」と呼ぶのは誤りである。さらに、金銭を定期的に融通することが前提で成り立っている援助交際を、あたかも世間一般で広く行われている「男女交際」のように表現するのも誤りである(継続的な送金や仕送りで娼婦との関係を維持するのもこれにあたる)。

タイに特別な感情を抱く一部の日本人男性は、買春や援助交際などの「いかがわしい行為」を別の言葉に言い換えることで真実から目を背けようと試行錯誤しているが、非常に見苦しいし、もし本当に「言い換えた言葉」が真実であるかのように思い込んでいるとしたらいよいよもってに救いがたい。どんな言葉に言い換えて体裁を取り繕ったところで、どうせ本質は変わらないのだから、そのままの言葉を使って事実を正確に言い表した方が、まだいくらかは行為の醜悪さが和らげられる。

バンコクにおける日本人とタイ人の男女関係は、「単純買春」の域を超えないことがほとんどだが、それでもタイ人のあいだでは実際に本物の「援助交際」がおこなわれている。ただし、非職業娼婦たる不良女子学生たちの目的は、携帯電話料金を目的とする日本人学生とは異なり(もちろん生活費の捻出でもなく)、麻薬調達資金の捻出だ。

トーングロー(トンロー)21にある微妙にハイソな Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋)ソーングサルング(ソンサルン)」、午後10時。薄暗い店内はまるで日本の通勤電車のように混み合っていた。身体を少し動かすとすぐに別の客にぶつかってしまうし、トイレへ行くにもタバコの火を警戒しながら注意深く人々の壁をかき分けて歩かなければならない。そんな雰囲気の店で、某有名私立大学に通う女子学生たちとウイスキーを飲みながらタイポップスを楽しむ予定になっていた。

ある女子大生は、待ち合わせ時刻から大幅に遅れて、ひとりのタイ人中年男性とともに現れた。男の年齢は45-50歳。その女子大生は男を「自分の叔父でバンコク郊外にある工場のオーナー」と僕たちに紹介した。ところが僕たちは、このふたりのスキンシップが「姪と叔父」の関係を明らかに逸脱していたことから、次第に友人が援助交際をしているのではないかという疑いを強めていった。

「ねー、見て見て! これ、ヤーイー(エクスタシー)だよ! とっておきの夜なんかに使うと、本当にもうサイコー!! 見ての通りここには全部で6錠あるわ。もし興味があったら1錠1,000バーツで譲ってあげるけど、どう?」

そのクスリは大学病院の名前が書かれている処方薬袋に入っていた。違法薬物を病院の処方薬袋に入れて持ち運ぶのは、薬物常用者なら誰でもやっている初歩的なカモフラージュだ。とりあえずテーブルから身を乗り出して錠剤を目視したが、僕たちには端からその真偽を確かめる術などない。でも、おそらく本物のヤーイー(エクスタシー)なんだろう。

タックスィン(タクシン)政権(2001-2006)の「麻薬撲滅戦争(ソンクラームプラッププラームヤーセープティット)」政策が実施される2年ほど前に行われた日本人教授の調査によると、ここバンコク都内におけるヤーイー(エクスタシー)末端価格は300-500バーツ。またこの女子大生によると、最近では麻薬撲滅戦争の影響で入手が難しく、安定した調達ルートもなければ、必要なときに買えるという状態にもないという。

肌の白い、若くて可愛らしい有名私立大学の現役女子学生。幾ばくかの金銭を渡すことで、彼女を自由にする権利を得るという背徳的恍惚感は想像に難くないが、それは本来、心身両面を支配できた時に初めて得られるという種の快感であり、精神的な面を支配できなくては片手落ちにすぎない。

そんな皮肉っぽいことを考えながら、僕は3階にある薄暗いソファー席に身を預け、ウイスキーグラス片手にタイポップスの生演奏を聴きながら、周囲の混沌とした光景を午前2時まで楽しんだ。

その女子大学生だが、現在彼氏募集中とのこと。好みは肌が白くて性格の良い、背が高くて年齢の近い男性。顔立ちや経済力、国籍は問わないという。

これまでタイの若者文化にはまったく無関心だったが、それなりに探求してみると不思議なシチュエーションをいろいろと目の当たりにできて面白い。

20040716-2.jpg今日は午前10時から文学部大講堂で催された仮面舞踊学会に出席し、聞いてもその意義を理解できるはずもない「未発見のラーマギアン(タイ仮面舞踊)とアプサラ(クメール仮面舞踊)の相違点を新たに1つ見つけた」という話を聞いてから、友人とトーングロー(トンロー)21にある Pub and Restaurant へ繰り出した。
 

2004年7月24日(土)

20040724.jpg痛烈に皮肉な光景を前にして、僕たちは唖然とし、彼らに心から同情した。

先月から続いているタイの若者文化に対する好奇心は、今月に入ってからというもの、エスカレートの一途をたどっている。この調子でいけば、年内にもバンコク都内にあるイケてる Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) を全て制覇してしまいそうな勢いだ。これまで夜の街に繰り出すという機会などほとんどなかったから、見るものすべてが新鮮で興味深い。なによりも、この機会を逸すると、タイの若者文化に触れる機会が永遠に失われてしまうという強い強迫観念が、僕を夜の街へと駆り立てている。

夜、友人とともにトーングロー(トンロー)10にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Booze(ブートまたはブーズ) へと繰り出した。午後9時半に到着して店内を見渡してみると、まだ混み合う時間でもないのに、なぜかすでに空席がないことに気がついた。

まず店員に頼んで、ステージ前の空間に補助テーブル(といっても、単なるウイスキー置き場)を設置してもらい、やっとのことで酒を飲むための陣地(席と呼べるようなものではない)を確保した。つぎに、今晩起こりそうなハプニングを事前に予測するため、周囲を見渡した。目の前にはバンドがタイポップスを演奏するためのステージ、右隣には見るからにオタクっぽいイケてない女性6人組、背後には従業員用の出入口があり、左隣には場違いなスーツを着ているタイ人の中年男性5人が若くてキレイなタイ人女性客5人とともに4人用のスペースに座っていた。

午後11時、店内が混み合っている理由がはじめて分かった。それまでタイポップスを演奏していたバンドがステージを降りると、代わって女性司会者の2人組が現れた。

「今日は、私たちのスーパースター Peacemaker(ピースメーカー) によるコンサートを、携帯電話機モトローラE398の提供でお送りします」

僕たちのすぐ後ろにある従業員用の出入口から Peacemaker(ピースメーカー) の2人組が現れると、大きな歓声が沸いた。演奏が始まると、日本の通勤電車にように混み合っているフロアで、人々がそれぞれ思い思いに身体を動かしてリズムに乗り始めた。そして僕の腕や背中には、左側のデーブルにいる女性の胸や中年男性の腹が約1時間にわたって接触し続けた。

自分の陣地を守りながらそのむさ苦しい腹の重圧から逃れるため、僕は足の位置を動かさずに身体の重心だけを大きく反対方向に傾けた。振り向いて彼らの様子を観察してみると、女性は女性同士で密着しており、男性のひとりが彼女たちと一緒に踊ろうと(自分の正当な権利を行使しようと)、腕に触れたり肩に手を回したりと試行錯誤を繰り返しているせいで、むさ苦しい腹が僕の背中に当たり続けることが分かった。まったく迷惑なことこの上ない。

Peacemaker(ピースメーカー) がステージを去ると、店内はようやく落ち着きを取り戻した。そのとき、僕たちの左にあるテーブルで中年男性5人と一緒にいる女性のひとりが、カジュアルな場面で用いるタイ語としては丁寧すぎる言葉遣いで話しかけてきた。

「誠に恐縮ですが、あなたの電話番号を教えていただけませんか? あそこにいるコがどうしてもほしいと言っているのです」

僕は、男たちの痛烈に皮肉な結末を目の前にして、同情せずにはおれなかった。世間はあまりにも非情だ。そのとき、大きな腹を気持ちよさそうに揺らしながら踊っていた中年男性5人組の動きがピタリと止まり、瞬く間に表情が凍り付いていく様子がハッキリと見て取れた(さすがに、このときはヤバいと思った)。こうして、僕たちのグループは隣にいた女性数人を吸収した。

タイに特別な感情を抱く一部の日本人男性のあいだでは、タイがまるで「援助交際パラダイス」であるかのように信じられている。ところが実態は、娼婦(売春婦)のなかでも Go Go Bar(ゴーゴーバー) で働いているような特にショボイ下級娼婦(売春婦)ばかりを相手にしてタイ人の全体像を評価しているにすぎない。彼らが逆立ちしても知り合うことなどできないフツウのタイ人女性を基準にしてタイ人を考えろなどとという端から無理な注文をつけるつもりはないが、せめてこのように美しくて教養もある娼婦(売春婦)の存在を念頭に置いてタイの売買春を考えれば、きっともう少し真実に近いものが見えてくるのではないだろうか。

「私は、大学の教授のすすめで、ある有力者と知り合った。月々3万バーツの手当をもらいながら、まあまあ高級と言えるコンドミニアムで快適に暮らしてる。彼も忙しいようで、会うのもどうせ月に一度くらいだし、結構気ままで悪くないわよ」

つい最近、こういった話を21歳の現役大学生から聞いたばかりだけに、タイにおける売買春が日本人社会のなかで正確に語られているかどうか疑問を感じている。

ところで、その電話の持ち主、アー(仮名・年齢職業不詳)からもらった電話番号だが、いったい僕はどうしたらよいだろうか。タイ人上流階級がどのように女性を囲っているのかという実情を探ってみるというのも非常に興味深い研究課題(実際に近年この手の論文がもてはやされる傾向にある)だが、彼女はひとりでも持て余しているくらいだし、 Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) での自習時間を減らすのも気が進まないし。

今晩は新たな発見がもう一つあった。タイ人女性は恋人の行動に対して異常なまでに神経質で、数時間おきに電話を入れるなど監視に余念がないといわれているが、その理由は、ひとたび夜の街に出かけると、あっけないほど簡単に見知らぬ女性と親しくなれるという機会がゴロゴロと転がっているからだ。

今日は外部講師を招いて行われたタイ舞台演劇論の特別講義に出席してから、夕食後に不要になったミニコンポを僕のアパートまで来たタイ人の友人に売り渡し、トーングロー(トンロー)11にある Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Booze(ブートまたはブーズ) に友人と繰り出した。

2004年7月31日(土)

昼過ぎ、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)の本屋へブワと出かけたところ、大衆紙「タイラット」の1面に日本人が絡んだ殺人事件が大々的に報じられているのを見つけ、すぐに手にとって記事に目を通した。

この日記では、タイラット紙に掲載されていた記事のうち、氏名・年齢・住所・場所などの情報を削除して掲載する。


ยุ่นฆ่าแฟนสาวกดอ่างน้ำโดดตึกดับตาม
ジャップ投身自殺 若い恋人を浴槽に押しつけ殺害

เมื่อเวลา 08.20 น. วันที่ 29 ก.ค. ร.ต.อ.______ _____ ร้อยเวร สภ.อ.เมือง______ รับแจ้งมีคนกระโดดตึกฆ่าตัวตาย เหตุเกิดที่โรงแรม______ ถนน______ เขตเทศบาลเมือง______ จึงพร้อมด้วย พ.ต.อ.___ ________ รอง ผบก.ภ.จ. ______ พ.ต.อ._______ ________ ผกก. นำกำลังชุดสืบสวน และแพทย์เวร รพ.______ ไปตรวจสอบ พบศพนาย_____ ____ อายุ __ ปี นักท่องเที่ยวชาวญี่ปุ่น สวมเสื้อยืดโปโลสีดำ กางเกงยีน รองเท้าผ้าใบสีน้ำเงิน นอนคว่ำหน้าจมเลือด อยู่บนพื้นคอนกรีตลานจอดรถด้านทิศใต้ของโรงแรม สภาพศพกะโหลกศีรษะด้านหน้ายุบ คอและกระดูกสันหลังหัก
______警察署の_________________警察大尉は7月29日午前8時20分、____________通りにあるホテル「____」で投身自殺があったとの通報を受けた。______県警察本部副本部長___________警察大佐と警察署長__________________警察大佐の両名が、現場検証班と______病院の検死班を率いて現場に赴いたところ、日本人観光客________氏(__歳)の遺体を、前頭部が大きく陥没し首と背骨が骨折している状態で発見した。発見当時、男は黒のポロシャツとジーンズに青の革靴という姿で、ホテル南側にあるコンクリートで舗装された駐車場にできた地だまりの中で横たわっていた。

ขณะเดียวกัน ได้รับแจ้งจากพนักงานโรงแรมว่า มีคนเสียชีวิตอยู่บนชั้น _ ห้องหมายเลข ___ ซึ่งเป็นห้องที่นาย_____มาเปิดเช่าพักตั้งแต่วันที่ 27 ก.ค.-31 ก.ค. โดยจ่ายเงินล่วงหน้าไว้หมดแล้ว ไปตรวจสอบที่ห้องดังกล่าวพบประตูห้องปิดแต่ไม่ได้ล็อก ภายในห้องยังเปิดเครื่องปรับอากาศและโทรทัศน์ทิ้งไว้ ตามพื้นห้องพบเปลือกเมล็ดทานตะวันอบแห้งกระจายเกลื่อน เมื่อเข้าไปตรวจสอบในห้องน้ำ เจ้าหน้าที่ถึงกับตกตะลึงเมื่อพบผู้เสียชีวิตเป็นหญิงสาว สวมเสื้อยืดสายเดี่ยวสีเหลือง กางเกงยีนขาสามส่วน นอนตะแคงซ้ายคุดคู้แช่น้ำ เสียชีวิตอยู่ในอ่างอาบน้ำเป็นที่น่าเวทนา ทราบชื่อ น.ส.____ หรือ____ _______ อายุ __ ปี อยู่บ้านเลขที่ ___ บ้านดอนแดง หมู่ _ ต._______ __ อ._______ จ.______
同時刻、警察はホテル従業員から、____氏が7月27日から31日までの宿泊代金を前払いして滞在中の____号室に死体があるとの通報を受けた。通報のあった客室を捜索したところ、部屋のドアは閉まっていたものの鍵はかけられておらず、室内の空調とテレビがつけたままになっていた。床にはヒマワリの種の殻が散乱しており、捜査官が浴室内を捜索したところ、黄色のキャミソールに短ジーンズ姿の若い女性が気の毒にも浴槽で水死しているのを見つけて驚愕した。この女性は_____________郡第_集落_____________番地に住む__________さん(愛称______歳)であることが明らかになっている。

ตรวจค้นในห้องพักพบหนังสือเดินทางของนาย_____ ตั๋วเครื่องบินกรุงเทพฯ-สนามบินนาริตะ ประเทศญี่ปุ่น ขวดยาหลายชนิดติดฉลากภาษาญี่ปุ่น บัตรเอทีเอ็มธนาคารในประเทศญี่ปุ่น โทรศัพท์มือถือ 2 เครื่อง นาฬิกาข้อมือผู้ชาย 1 เรือน เครื่องเล่นซีดีแบบพกพา 1 เครื่อง พร้อมแผ่นซีดีเรียนภาษาไทยและภาษาญี่ปุ่น สมุดหัดเขียนภาษาไทย-ญี่ปุ่น กระเป๋าหนังสีครีมภายในบรรจุเครื่องสำอางสตรี ขวดสุราต่างประเทศถูกดื่มไปเกือบหมดแล้ว ขวดโซดาจำนวนมาก และแก้วน้ำ 7 ใบ วางอยู่ที่พื้นห้อง
客室内を捜索したところ、____氏のパスポートのほか、バンコク発成田行きの航空券、日本語のラベルが貼られた複数の薬瓶、日本国内にある銀行のATMカード、携帯電話機2台、男性用腕時計1つ、タイ語教材付属のCDが入っているポータブル CD プレーヤー1台、タイ日対訳ノート(おそらく「旅の指さし会話帳」のこと)、革製の女性用カバン内の女性用化粧品、ほぼ空のウイスキーと大量のソーダ水、7杯のグラスが室内のテーブルの上で発見された。

จากการสอบสวนทราบว่า นาย_____เดินทางเข้ามาประเทศไทยหลายครั้ง ตั้งแต่เดือนมกราคม ปี 45 ตระเวนเข้าพักโรงแรมใน จ.______ หลายแห่ง กระทั่งพบกับ น.ส.____และมีความสัมพันธ์กันลึกซึ้ง นาย_____หลงรัก น.ส.____ อย่างหัวปักหัวปำ จนถึงขั้นเตรียมแต่งงานใช้ชีวิตร่วมกันที่เมืองไทย โดยนาย_____เริ่มฝึกหัดอ่านเขียนภาษาไทย และจะโอนเงินมาให้ น.ส.____ ใช้จ่ายเดือนละหลายหมื่นบาท แต่ระยะหลังนาย_____จับได้ว่า น.ส.____แอบไปคบหากับนาย____ ไม่ทราบนามสกุล ทำให้เกิดความหึงหวง มีปากเสียงกันบ่อยครั้ง
調べによると、2545(西暦2002)年1月以降____氏は幾度にも渡って入出国を繰り返しており、______県内の何カ所ものホテルを転々としていたところで____さんと知り合ったことが判明している。と____氏はすっかり____さんの恋の虜となってタイで一生暮らすことを決意し、ふたりの関係は結婚の準備に取りかかるにまで発展し、____氏はタイ語の読み書きの勉強を始め、____さんに対しては月々何万バーツもの送金をするようになった。ところが、____さんが_____氏(名字不詳)と姦通していることを知ってからというもの、ふたりのあいだで口論が絶えなかったという。

ก่อนเกิดเหตุเมื่อหัวค่ำวันที่ 28 ก.ค. ที่ผ่านมา นาย_____พา น.ส.____พร้อมเพื่อนชายหญิงของ น.ส.____อีก 3 คน ไปเที่ยวหาความสำราญในคาราโอเกะของโรงแรม ตกดึกคาราโอเกะปิด ทั้งหมดจึงขึ้นไปนั่งดื่มเหล้าต่อที่ห้องพัก กระทั่งเวลา 04.30 น. เพื่อนของ น.ส.____พากันกลับ ปล่อยให้นาย_____และ น.ส.____อยู่กันสองต่อสอง ต่อมาเวลา 08.10 น. ผู้เช่าห้องติดกับห้อง ___ ได้ยินเสียงตึงตังในห้องเกิดเหตุแล้วมีเสียงปิดประตูแรงผิดปกติ จากนั้นมีคนเห็นนาย_____ ปีนขึ้นไปยืนบนราวบันไดหนีไฟบนชั้น _ ของโรงแรม ก่อนกระโดดพุ่งหลาวลงมาศีรษะกระแทกพื้นลานจอดรถเสียชีวิตคาที่ เจ้าหน้าที่ตำรวจสันนิษฐานว่า หลังจากเพื่อนกลับไปแล้ว นาย_____และ น.ส.____เกิดมีปากเสียงกันเรื่องหึงหวงอีก นาย_____โมโหที่หญิงสาวคนรักปันใจให้ชายอื่น จึงจับกดน้ำจนขาดใจตายอย่างทรมาน ก่อนหนีไปกระโดดตึกฆ่าตัวตายหนีความผิดเป็นศพที่ 2
事件発生前の7月28日未明、____氏は____さんら____さんの友人男女3人とともに、ホテル内のカラオケ店で楽しいひとときを過ごしていた。カラオケの閉店後には皆で客室に戻り、その後も酒を飲み続けた。____さんの友人達は午前4時半頃に帰宅し、その後____氏と____さんは二人きりになった。___号室の宿泊客の証言によれば、午前8時10分、事件のあった部屋から異常なほど激しく扉を開け閉めする音が聞こえたという。また、____氏が駐車場に飛び降り周囲に脳味噌をばらまいて絶命する前に、ホテル_階の非常階段をよじ登っている姿が目撃されている。警察の捜査担当者は「友人達の帰宅後に、____氏と____さんとのあいだで再び口論になり、____氏は投身自殺によって2体目の死体となって事件の責任から逃れる前に、愛する人が他の男に思いを寄せていることに激怒し、苦痛に満ちた死に至るまで顔を水に押しつけて殺害した」とみている。

2004年8月17日(火)

20040817.jpg娼婦(売春婦)との恋愛って、いったい何なんだろう?

日をまたぐ直前、僕はホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学またはタイ商工会議所大学)前の Pub(パブまたは飲み屋) and Restaurant で、いつもの友人たちと酒を飲んでいた。そのときに聞いたラーチャモンコン高等教育学校(ラチャモンコン大学)経営学科に通う学生の話が気になって、スクンウィット(スクンビット)15にある娼婦調達バー「ターメー(テーメーまたはテルメ)コーヒーショップ」に立ち寄った。

現在のターメー(テーメーまたはテルメ)コーヒーショップが開業したのは1996年。フリーランスの娼婦が集まる飲み屋として知られ、数年前までは大きな荷物を抱えている旅行者や語学留学に来た若い日本人たちで賑わっていた。

午前零時半、半年ぶりに足を踏み入れてみると、そこはまるで場末の冴えない娼婦のたまり場になっていた。店内を一周して数えてみたところ、何も注文することなく退屈そうに椅子に座っている娼婦59人に対して、男性客はたったの13人。しかも、そのうちの6人が日本人だった。この界隈にあるバービアと呼ばれる娼婦との語らいバーにいる恰幅のよい元気な西洋人たちとは対照的に、日本人客のほとんどが貧相なヨレヨレシャツを着ている40代前半から50歳中盤までの中年男性で、それぞれひとり寂しく酒を飲んでいた。

店の中央にあるカウンター席でビールを飲みながら、周囲に居合わせた娼婦9人に出身地を尋ねたところ、ローイエット県(ロイエット県)東北部(イーサーン地方))、スィーサゲート県(シーサケット県)(東部)、サゴンナコーン県(サコンナコン県)東北部(イーサーン地方))、メーホングソーング県(メーホンソン県)(北部)など貧困が深刻な地域の出身者が大半を占めた。娼婦たちは職業柄、客の年齢に合わせてサバを読むことが多く、僕の真正面に座っていた31歳娼婦は当初24歳と話していた。だらだらと話していると次第に周囲の娼婦たちと打ち解けることができ、ついに本当の年齢を聞きだすことに成功した。それによると、平均年齢は36歳で、大半は自分の子供を田舎の両親や親戚に預けて出稼ぎに来ているという。そのなかにはなんと46歳の娼婦もいた。

娼婦たちの話には、タイに特別な感情を抱く一部の日本人男性が興味を持ちそうなエピソードもあった。

その娼婦は半年前、日本人向けの夜の繁華街「タニヤ」でホステスとして働いていた。そこで客としてやってきた日本人駐在員と知り合い、「今の妻(日本人)とは離婚して、キミと日本で一緒に暮らしたい」と告白された。その後、駐在員は帰国したが、日本人妻と離婚する様子はまったくなく、代わりに日本から送られてくる月々3万バーツの仕送りを受け取っているという。ところが、元駐在員が描くそんな淡い夢とは裏腹に、この娼婦は元駐在員との結婚を望んでおらず、日本に移住したいわけでもなく、月々3万バーツの仕送りも単に「親切な人が家計を助けてくれている」としか思っていない。当然、自分が元駐在員の恋人であるという自覚もまったくない。それでも、なかなか律儀なところもあって、元駐在員からの電話がかかってくる毎週決まった曜日の決まった時間には自室で待機しているという。

タイに特別な感情を抱く一部の日本人のほとんどは、ビジネスとしての恋愛サービスを提供している娼婦しか知らない。その多くが「馴染みの娼婦」をあたかも自分の「彼女」であるかのように思い込んでいるようだが、自分と相手との関係について今一度じっくり考えてみてはどうだろうか。もし自分が娼婦の単なる「金づる」でしかなければただただ虚しいだけだし、それにすら気づかなければ溝に金を捨てるような愚行を今後も延々と続ていく羽目になる。

法定閉店時間の午前2時に店を出て自室へ戻ろうとスクンウィット通り(スクンビット通り)を歩いていたところ、歩道に出ている屋台で酒を飲んでいた日本人に呼び止められ酩酊状態になるまで飲み続けた。

午後1時に目を覚ましたて周囲を見回してみたところ、視界が真っ白で何も見えなくなっていた。どうも昨晩飲んだ酒(安ウイスキー, 安カクテル, 地酒「サートー」, 大量のビール)の相性が悪かったようで、おかげで日没まで行動不能に陥った。

2004年8月26日(木)

「キミは不細工なオトコが超カワイイ子を連れて歩いているのを見たことがあるか? タイにおける所得格差は激しい。だから、オトコの価値は『どれだけハイソであるか』で決定されるんだ。キミの今一番イケてるケータイを持って電話番号を聞きに行けば、ソッコウ教えてもらえること疑いない。クルマを持ってるんなら難易度は限りなくゼロに接近するだろう。容姿の良し悪しなど、この際『ハイソパワー』の前ではまったくの無力だ」

夜、トーングロー(トンロー)21にある微妙にハイソな Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋)ソーングサルング(ソンサルン)」へ、遊び上手で知られるホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所大学またはタイ商工会議所大学)の学生たちと出かけたところ、ひとりで来ている女子学生に声をかけるよう何度も(けしか)けられた。

ほとんどの日本人にとって、この学生の話はかなりの抵抗感をもって受け止められるだろうが、タイでは本当によくあるごくありふれた話だ。実際にそういったカップルは日常的に見かけるし、クルマを持っていないオトコとは付き合いたくないという女子学生も少なくない。そもそも、 Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) という「ナンパ解禁区」に来て、声をかけてくるオトコたちを次から次へとフルイにかけているような百戦錬磨のオンナたちに、自分が勝手に思い描いているような平凡な恋愛を要求すること自体が見当違いもいいところだ。

この学生は、さらにこうも言った。

「ここに来ている女の子たちは『ギック』をゲットしに来ているんであって、端からマジメな出会いなんて求めていないんだから、こっちも『ギック』をゲットするつもりで気楽に行かなくちゃね。ま、ヤルことだけを目的としている俺たちにとっちゃ、恋人のように手のかかることのない『ギック』が大量にゲットできて好都合なわけだけど」

ギック กิ๊ก という語は、主に若者達の間で使われている新語で、いまだ既存のタイ日辞典には掲載されていない。ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部の学生グループが書いた「地域開発論」のレポートにはつぎのように紹介されている。

ギックとは、従来の「デック เด็ก → プロー โปร 」の同意語である。性的関係の有無にかかわらず「友達以上恋人未満」の関係にある異性を指し、一般的な「友達」とは異なる特別な存在を意味する。ギックがいれば、異性と映画を見に行ったりショッピング楽しんだりと、新鮮でスリルのあるスウィーティーな関係を満喫できるが、それはあくまでも「遊び」または「チャレンジ交際の段階」であることを忘れてはならない。さもなくば、同一のギックを共有している人との反目や、ギックを恋人と勘違いしてしまった人の自殺、殺人事件につながる恨みを買うなどのおそれがある。

このレポートが提唱している「ギックの心得十箇条」は、挨拶代わりに交わされている転送メールに添付されたことで、タイ人大学生のあいだでも広く知られている。

ギックの心得十箇条

  1. ギックが他人に興味を持っても嫉妬するな
  2. ギックとセックスをしても構わないが、自分だけのものではないことを忘れるな
  3. ギックには相手に何かを要求してはならない
  4. ギックの恋人に昇格するチャンスを逃してもゴネるな
  5. ギックを友達と共有するな
  6. ギックに新しい恋人ができたら一緒になって喜び、関係を継続するかどうかの確認を怠るな
  7. ギックの面倒をあまり見すぎるな
  8. エイズが怖くなければ、異性同性を問わずに無限のギックたちとセックスせよ
  9. 恋人(フェーン)はギックに優先する
  10. ギックはギックに過ぎないことを自覚し、恋人(フェーン)に発覚したら別れろ

ギックの同義語には、クーカー คู่ขา、プロー โปร、クーラック คู่รัก、チュー ชู้、クークワング คู่ควง、デック เด็ก、クウェーン แควน(クワーイ ควาย +フェーン แฟน)、コンピセート คนพิเศษ などがある。

法定閉店時間の午前1時半、日本人の友人から再三にわたって嗾けられ、僕は渋々ウイスキーグラス片手にひとりで来ている女子学生に近づいていった。声をかけてみると、あっけないほど簡単に電話番号を聞き出すことができた。その学生によると、グルングテープ大学(バンコク大学)商学部に通っているという。ただし、あくまでも自称であり真偽のほどは分からない。閉店後に店を出てみると、今度は逆にグルングテープ大学(バンコク大学)マスコミ学部に通っているという女性が近づいてきて電話番号を尋ねられた。ところが、グルングテープ大学(バンコク大学)のマスコミ学部はラングスィット校(ランシット校)にあるはずなのに、この学生(?)はなぜかグルワイナームタイ校(クルワイナムタイ校)に通っていると話していた。あまりにも胡散臭すぎる。

友人によると、電話番号をゲットしたことは「玄関を通してもらった」程度の意味合いしかなく、その先にある食堂の料理にありつくためには、流儀として、遅くとも翌日までに電話をかけて遊びに誘わなければならないという。しかし、あまりの簡単さと胡散臭さにバカバカしくなって、夜食を取りに行った友人達と別れてひとりタクシーで帰宅した。

タイに特別な感情を抱く一部の日本人は、スーパーイージーな女性をひとりゲットしたというだけで、まるで鬼の首でも取ったかのように誇らしげに自慢しているが、自分の名前が「オンナのギックリスト」に加わったことがそんなにスゴイことなのか? 「娼婦(売春婦)の顧客リスト」入りするよりはよほどマシだが、それでももし「オンナをゲットして自分のものにした」などと思い込んでいるとしたら滑稽だし、あまりにも間が抜けすぎている。

日中、タイ研究科の講座「タイ史博物館論」の一環でウィマーンメーク宮殿を見学し、クラスメイトが運転するベンツでアヌサーワリー(アヌサワリー)チャイサモンラプームまで送ってもらい、そこから友人宅へと向かった。

2004年8月27日(金)

昨晩のホーガーンカータイ大学(タイ商業会議所またはタイ商工会議所大学)の学生の話が正しいと仮定すると、オンナだけでナイトクラブに来て楽しんでいるヤツらの大半が拝金主義者という仮説が成り立つ。

そんなことが妙に気にかかっていて、今晩もトーングロー(トンロー)21にある微妙にハイソな Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋)ソーングサルング(ソンサルン)」へ友人たちと繰り出した。

まず、この店の客層について調べるために、出入口前のベンチに座って午前零時から零時半までの客の出入りを観察した。閉店時間30分前のこの時間帯、男性客の入店がほとんどみられなかった一方で、女性客が次から次へと店内へと流れ込んで行く様子がハッキリと見て取れた。・・・・・・あまりにも不思議すぎる。

通常、バンコクの Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) では、入店時にウイスキーをボトルで注文して(690-1,100バーツ)、飲みきれなかった分を店に預けるというスタイルが一般的だ。ところが、こんな時間に来てもバンドによるタイポップスの生演奏は終わってしまっているし、ボトルを置く場所も確保できない。そこで・・・・・・

つぎに、友人たちが陣取っているカウンターへ引き返しながら、閉店直前に入店した女性客が何を飲んで何をしているのかを観察した。ウイスキーボトルを置く場所すら確保できない閉店直前に入店した客は、所在なく通路上をフラついているから、一目見ただけですぐにそれと分かる。

結論は思いのほか単純で明快だった。閉店直前に入店した女性客は、――希に90バーツのビールを持っているのもいるが――ほとんどが何も買わずにシラフのまま踊っている。どう考えても、酒を飲みに来ているとは思えない。じゃあ、何をしに来てるかって? そりゃあ、「金を使わずに金持ちにナンパされに来ている」に決まってるじゃないか。それ以外には考えられない。

僕たちが Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) へ行くときに用意するひとりあたりの予算は、それぞれソーングサルング(ソンサルン)が850-1,200バーツ、 Booze が950-1,400バーツ、 Snop が1,100-1,500バーツ。ダンス系ディスコが密集している RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー)Street of Hollywood(ストリートオブハリウッド) の120-320バーツと比較すると明らかに割高で、男性客の質も高い。そう考えると、早い時間からソーングサルング(ソンサルン)に来て酒を飲んでいる男性客と、閉店直前に来て手ぶらでウロついている女性客とのあいだにある経済力の格差がハッキリする。それだけに、この店のナンパ難易度はほかのどこよりも低く、それが呼び水となってさらに多くの男性客がこの店へと集まってくる。

6月末以来の一連の Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) めぐりで、バンコクにおける夜の歓楽街はほぼ理解できた。つまり、バンコクのクラブシーンでは、フツウ程度の容姿、フツウ程度の装備品、それからほんの少しの甲斐性さえあれば、イージーすぎる女性客をゲットするなど誰にでもできる。過去に何人と云々したかなどと語り合うのは、あまりにもナンセンスだ。

タイに特別な感情を抱いている一部の日本人は、娼婦(売春婦)やクラブ通いばかりしているタイ人女性だけを見て、「タイ人女性は日本人女性とは異なり・・・・・・」という持論を展開している。だが、「一般的な日本人女性 vs 娼婦(売春婦)やクラブ通いばかりしている日本人女性」にも「日本人女性 vs タイ人女性」くらいの違いがあるのだから、「一般的な日本人女性」と「娼婦(売春婦)やクラブ通いばかりしているタイ人女性」を比較したってまったく意味がない。8 KM と132時間 は、どっちの方が重いか? そんなの誰にも答えられない。なにかを比較検討するときには、まず比較対象を正しく設定しなければならない。そんなことすら理解できていないような人たちが偉そうに「タイ人女性とはなにか」などという講釈をたれているのだから本当に滑稽だ。

放課後、大手レコード会社 Grammy(グラミー) 本社ビル1階の Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー)で読書をしてから、日本大使館領事部が入居しているスームミットタワー(サミットタワー)1階でメキシコ料理を食べた。夜、トーングロー(トンロー)21にある微妙にハイソな Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) へ友人たちと繰り出した。

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