「まるでウルトラマンね」
午後8時45分、ようやく睡眠薬の効果が切れて目を覚まし、リビングルームで約9時間ぶりのタバコを満喫していたところ、部屋のベルが鳴った。 T シャツにトランクス姿で玄関の扉を開けると、カーオグラパオムーサップを手土産に見舞いに来てくれた友人たち4人が立っていた(こんなにいるんならジーンズぐらいはいて出ればよかった)。そして開口一番、友人の一人が僕の防護用ゴーグルを指差して言った。
昼すぎ、角膜をスライスして、内部をレーザー光線(エキシマレーザー)で削り取り、物理的に眼球の構造を変えたばかり。昼寝前より痛みはひいているが、それでもまだ十分な痛みが残っており、涙も流れ続けている。しかも、ゴーグルがテープで密封されているため、涙が気化して曇っている。寝起きの洗顔も禁じられている。まさに満身創痍。今思えばかなり恥ずかしいシチュエーションだったが、そのときは強烈な違和感と不快感に耐えるので精一杯だった。
午後12時20分、タイパーニット銀行アソーク支店で現金200,000円を65,300バーツに両替し、ラッタニン眼科病院まで友人のクルマで送ってもらった。午後12時35分、ラッタニン眼科病院から電話で現在地を尋ねられ、午後12時45分、渋滞のため15分遅れてラッタニン眼科病院に到着した。
手術同意書(全3ページ)を15分かけて念入りに読み、全ページに漢字とタイ語のサインをした。同意書の内容を簡単に要約すると、「この手術では、一時的に取り除いた角膜にエキシマレーザーを照射して視力の回復を試みます。期待通りの効果が得られる可能性はおおむね95パーセント、場合によっては再手術(1年以内なら無料)を受ける必要があります。レーシックは、老眼(おおむね42歳以降にはじまる)の進行とは無関係とされていますが、個人によっては老眼の開始が早まるとする説もあります。非常に稀ですが、手術によって失明する場合があります」というもの。パスポート等、身分証明書の提示は求められなかった。
午後1時20分(手術開始10分前)、手術室の隣にある待機室へ女性看護師に案内され、シャワーキャップのような紙製の帽子をかぶり、緑色の手術服を着るよう指示された。手と顔を洗って革張りのリクライニングチェアに腰を下ろすと、数種類の目薬を何度か点眼された。なかには麻酔薬も含まれているという。
手術開始時刻が迫り、相次ぐ点眼麻酔で冷静さを失っていたところに、執刀医が手術室から出てきた。精神的に余裕がなかったため挨拶できなかった。執刀医は手術の順序を数分間説明し、すぐに手術室へと戻っていった。数分後、手術室の扉が開いた。
手術室には、手術台の奥に陣取っている執刀眼科医、マキシマレーザーを操作して医師に情報を伝達する女性医療検査技師、手術器具の横に女性看護師3人がおり、それぞれ緑色の手術着を着て立っていた。彼らは一様に微笑んでいたが、むしろ自分と同じ色の手術着を着ていることに安堵した。
その頃、大量の点眼麻酔によって、すでに視界はかすみ、正常な判断能力も失っていた。やむなく自己判断能力を完全に放棄して、女性看護師に言われるまま手術台の上に横になった。
「麻酔は完全に効いていますか?」 これから自分の角膜がスライスされることに、すっかり腰が引けており、なんとか気分を落ち着かせようと女性看護師に尋ねた。せめて無痛の保証がなければ、こんな恐ろしい手術に最後まで耐えられそうにない。
「大丈夫ですよ。不安なら、たっぷりと麻酔薬を点眼しておきましょう」 女性看護師はそう言うと、点眼麻酔薬をコップに水を注ぐかのようにドボドボと垂れ流した。そして、両目を真水で洗い流した。
「手術は片目で10分程度、レーザー照射時間は30~40秒程度です。レーザー照射中はぼんやり見える赤い光を凝視してくださいね。でも、あまり神経質にならなくても大丈夫ですよ。装置には眼球追跡装置が付いていますから、ちょっとやそっとのことでは失敗しません。装置が眼球の動きを追跡できないときには、レーザーが自動停止するようにもなってますし」 医師は穏やかな口調で手術の流れを簡単に確認した。確認というよりは、むしろ緊張を和らげるための説明だったのかも。
「瞬きはしちゃいけないんですか?」 取り返しのつかないような事態に陥ることだけは避けたいと思い、念のため医師に尋ねた。
「あはは。瞬きをしたくてもできないので安心してください。手術中はまぶたを器具で固定してしまいますから」 眼科医は僕が次々と繰り出すくだらない質問のひとつひとつに辛抱強く答えてくれた。こうなったら、もうすべてを委ねてしまうしかない。僕がどう足掻いたところで、結果はたぶん変わらない。
手術台が回転した。目の前にエキシマレーザー照射装置が発する赤い光が現れた。事前の説明によると、手術中はこれを凝視してさえいれば良いという。この光だけを頼りに、あとはなるようになれ。
そんなことを考えていると、右目に白いハケのようなものが映った。点眼麻酔のため、触覚では何が起きているのか分からない。眼球に何かを塗っているのかもしれない。でも、ひとつだけ確かなのは、これで一連の手術が始まったということ。
ここまで来たら、もう後戻りできない。学部生の頃、毎週のようにお台場パレットタウンへ友人たちと出かけていた。意気揚々と1,400円のカップル券を買って、強制落下マシーン「ハイパードロップ」の列に並び、自分の順番になると、私物を指定された場所に置いて、装置の椅子に腰を下ろし、靴を脱いで、固定器具を装着する。そして、「マジでどうする?」と話し合っているうちに、椅子が地上41メートルの地点までゆっくりと上昇する。ここまで来たら、あとは時速70.5キロで下降し、その2秒後には地上10メートルの地点まで落下するのを待つしかない。あのときはカウントダウンが「2」になったときにアホなことを考えてれば、いつの間にか終わったから、今回もそうしよう。いずれにせよ、カミカゼ特攻を強要されるよりはマシだ。
白いハケ(?)の作業が終わると、リング状の器具が眼球に装着された。眼球の引きつり具合からしっかり固定されているのが分かる。事前に収集した情報によると、これで角膜にマーキングするという。
「この作業が終わると、目の前が真っ暗になって何も見えなくなりますが、それが『正常』ですので、けっして驚かないでください。視力は数十秒で回復します」
そして、目の前が真っ暗になった。角膜を切り開いたに違いない。これは、マイクロケラームというカンナ状の器具で角膜の表面をスライスして、「フラップ」と呼ばれる角膜の蓋を作る作業。ところが、相次ぐ異物の接触ですっかり「非常識」に慣れきっていたため、マイクロケラトームの接近に気づかなかった。自分で認識できたのは、「急に何かが接近してきて、突然視界が真っ暗になった」ということだけ。
「赤い光を見てください。レーザーは4回に分けて照射されます。それでは始めますね」 エキシマレーザー照射装置の操作を担当する女性医療検査技師がそう言った直後、目の前に赤い網目状の光が現れた。枕元から「良好。第2射、照射します」という声が聞こえた。自分には分からないが、それぞれの照射には意味があるのかもしれない。レーザー照射時間はだいたい30秒くらいだった。
レーザー照射が終わると、執刀眼科医が手早く何かした。これは、開いていた角膜(フラップ)を元の位置に戻す作業。かなりボンヤリとしていたが、とりあえず視力は回復した。ふたたび目の前に白いハケのようなものが現れ、ハードコンタクトレンズのような透明なお椀状のものを黒目の周りをグリグリと押し当てた。
ようやく右目のレーシック手術が完了した。痛みはまったくなかったが、知覚として認識できる痛みがあった。そして、左目のレーシックが始まった。
「はい。手術は終了しました」 という声が聞こえて、手術室の扉が開いた。
「すべての行程は正常に終了しましたか?」 何も考えずに手術室の扉に向かって歩いていたが、ふと不安になって、パソコンの警告メッセージのような機械的なタイ語で眼科医に尋ねた。結果はともかく、手術中におかしなことがなかったか知っておきたい。
どのくらい手術室にいたのか分からない。何も考えないようにポカーンと口を開けたまま赤い光を凝視していただけだから、ほとんど何も覚えていない。手術室の前で待っていてくれた友人によると、だいたい20分くらいだったという。
最後に、診察室で眼科医が顕微鏡なもので両目を確認し、ウルトラマンの目のかたちをしているゴーグルをテープで固定して、全行程は無事終了した。料金は56,000バーツだった(手術前払い)。
「そろそろ最初に手術した右目が痛くなってきたでしょう? 左目もじきに痛み出してきますよ」
エレベーターの入口まで見送りに来てくれた女性看護師が言った。すでに大量の涙のせいで周囲の状況はまるでつかめなかったが、エレベータに乗り合わせた子供がウルトラマン型のゴーグルを見ているのはなんとなく分かった。
スクンウィット21にあるラッタニン眼科病院の駐車場で、タバコを吸うためにクルマの窓を開けたが、点眼麻酔の効果が切れて痛みに耐えられなくなっていたのに加え、視界不良のため着火できなかったため、すぐに窓と目を閉じた。
手術中の痛みを1とすると、10分後が3で、20分後が10、30分後が20と、加速度的に辛くなった。
スクンウィット13にあるコンドミニアム「スクンウィットスイート」の駐車場に着いた頃には、すでに目を開けられなくなっていた。友人に手を引いてもらい、やっとのことで部屋に戻ってきた。部屋の冷蔵庫から友人が持ってきてくれた水とともに、眼科医が処方した汎用頭痛薬「パラセタモン」と睡眠薬を飲んで、すぐさまベッドに横たわった。
5分後、友人は部屋を後にしてバーングブーへと向かい、10分後に強烈な睡魔に襲われ、ようやく苦痛から開放された。
レーシック手術を受けるときには、誰かと一緒に行くのがオススメ。クルマで10分のところにある自室に戻るだけでもこんなに大変だから、公共交通機関で帰宅するのは無謀すぎる。