2002年11月26日(火)

昼前、タイ・ラオス友好橋の手前にある旅行代理店で、ウィアングヂャン(ヴィエンチャン)市内のタイ大使館領事部でビザを取る方法について尋ねたところ、申請は午前中しか受け付けていないと知らされた。仕方なく、きょうはタイ国内の別の都市へ出かけることにした。

あたらしい目的地は、ノーンカーイ(ノンカイ)から、およそ200キロ離れている田舎町、サゴンナコーン(サコンナコン)だ。

昼すぎ、ウドーンターニー(ウドンタニ)市内唯一のショッピングセンター Robinson department store(ロビンソンデパート) の KFC Kentucky Fried Chicken(ケンタッキーフライドチキン) でハンバーガーを食べた。

日没前、フロントガラスに対向車のトラックが巻き上げた砂利が当たってヒビが入った。ヒビは、どんどん大きくなり、フロントガラスが割れ落ちてしまう可能性もあったため、サゴンナコーン(サコンナコン)の手前およそ10キロの地点にある道路沿い貧しい村の前にクルマを駐め、村の入り口にある商店に駆け込んでセロテープとハサミを貸してほしいと頼み込んだ。

「タイ人同士は助け合い。特にイサーン人(タイ東北部の人々)は親切だ。相手が外国人でも同じことだ」

そういいながら、商店主がフロントガラスをセロテープで補強してくれた。

せっかく補強してもらったが、フロントガラスのヒビ割れはかなり深刻だったため、すぐさまウドーンターニー(ウドンタニ)へと引き返した。

レンタカー会社 Budget(バジェット) ウドーンターニー(ウドンタニ)空港店で、フロントガラスが割れたクルマを返し、代車に乗り換えた。 Robinson department store(ロビンソンデパート) となりのホテル「ヂャルーンシーグランドロイヤル」でうどんを食べ、ノーンカーイ(ノンカイ)へと向かった。

修理代(フロントガラス張り替え)は、およそ8,000バーツだが、保険に入っていたため免責分の5,000バーツだけを支払うことになった。

2003年10月2日(木)

気軽に外出するためにもクルマがほしい。

バンコク都内の日本人が行きそうなところなら、どこでも高架電車 BTS で簡単にアクセスできる(2004年以降、これに地下鉄 MRT が加わった)。路線バス網も整備されており、高速道路を走る路線もあるほどで、60バーツも出せば郊外の辺鄙なところにだって行ける。面倒になってタクシーに乗ったところで600円を超えることはまず考えられない。

しかし、タクシーに乗れば初乗り料金が発生するし、炎天下を駅やバス停まで徒歩またはバイクタクシーで移動しなくてはならない。僕は公共交通機関を使うのが面倒だからと自分の部屋に引きこもるのは絶対にイヤだし、初乗り料金を節約するために自分の部屋に引きこもるのもご免だと思っているから、ここバンコクでも学部生の頃から慣れ親しんでいるクルマに乗ることにした。

タイ国内における新車の販売価格は日本の約1.5倍。中古車の値段も当然高く、6年落ち(1997年式)のホンダ・シビックが55万バーツ前後、ホンダ・アコードや日産セフィーロが45~55万バーツ。仮に50万円(約15万バーツ)の予算を用意したところで、19年落ちのトヨタ・カローラしか買えない。

中古車のあまりの高さにイライラを募らせながら中古車情報誌を眺めていたところ、ふと欧州車の価格表が目に入った。7年落ち(1996年式)のアウディーA4が55万バーツ前後、8年落ち(1995年式)の BMW 318i が60万バーツ前後。ここでは日本で高価で贅沢品とされている欧州車が、日本の大衆車と大差ない価格で取引されている。

タイ人のあいだでは、故障の頻度や修理代を考えれば日本車が一番と言われていが、日本の大衆車にバカ高い金を払うのも癪だったから、思い切って BMW 318i に絞って調べてみることにした。

今日はラッチャダーピセーク(ラチャダー)通りに密集している中古車屋をひとつひとつ見て回り、10店ほどまわったところでボディーが新品同様の BMW 318i を発見した。交渉後の値段は620,000バーツ。僕は手付金20,000バーツを払ってこのクルマを押さえた。今月20日までに全額支払わなくてはならない。

途中に寄ったほかの店では、エンジン回転数が不安定なもの、排気ガスのニオイがひどいものなどが売られていた。ある店の店員が事故車を無事故と偽って売ろうとしていたから、「事故歴があると分かった場合には全額返却してくれますか?」と聞いてみたところ、あっさりと断られた。中古車を買うときには、クルマより前に、まずは信頼できる中古車屋を探すことから始めたい。

この続き(10月3日~10月6日)は、現在中断しているロサンゼルス留学生日記(現バンコク留学生日記 L.A. 編)をご覧ください。

2003年10月13日(月)

一週間の日本滞在を経て、僕はバンコクに戻ってきた。

午後11時27分、バンコク・ドーンムアング(ドンムアン)国際空港まで迎えに来てくれた友人の社用車がバイクに接触した。

片側2車線あるウィパーワディーラングスィット(ウィパワディーランシット)通りの高速入口第2車線を時速80キロで走行中、前方の第1車線を時速40キロでフラフラと走っている110ccバイクに約30メートルまで接近。クルマを運転していた友人がクラクションを鳴らしたところ、あろうことかバイクが第2車線に進入してきてしまった。

友人はクルマを中央分離帯ギリギリまで寄せて回避を試みたが、バイクはさらに第2車線の中央に寄ってきて社用車の左サイドミラーに接触。転倒したバイクはさらに助手席のドア下部に接触し、運転手は第1車線と第2車線のちょうど真ん中に弾き飛ばされ、さらに後続の日本人女性観光客ふたりを乗せたタクシーに跳ねられて中央分離帯に叩き付けられた。タクシーはフロントバンパーとタイヤホールを破損し、右フロントタイヤが破裂して僕たちの前方で停止。警察に通報しようとしたところ、前方で交通違反を取り締まっていた警官が近づいてきた。

現場に到着した警官は、取り調べを始めることなく、ひたすら交通整理に専念していた。タクシーに乗っていた日本人観光客は、別のタクシーを捕まえて目的地のプレジデントホテルへと向かった。つづいて無線連絡を受けて駆けつけた交通警察に、僕たちは負傷したバイク運転手を乗せて最寄りのウィパーワディー(ウィパワディー)警察署に出頭するよう命じられた。

翌12日午前零時10分、僕たちはバンコク警視庁(タムルワットナコーンバーン)ウィパーワディー警察署の取調室に通された。取調室ではもう一組の交通事故事犯の事情聴取が行われている。警察官から運転免許証を提示するよう求められたふたりは、免許を携帯していなかった。同時に社用車のリース会社に連絡し、保険会社の担当者を寄越してもらえるよう依頼した。

午前1時22分、当事者のふたりが飲酒検査のためにウィパーワディー病院へと移送され、僕はこの時間を利用して警察署の待合所で日記を書くことにした。<ここまで、ウィパワディー警察署待合室で書く>

午前1時45分、保険会社からの電話が警察署に入った。事故の経緯を簡単に説明したところ、30分後に来るという。つづいて病院でアルコール検査を受けている友人から携帯に電話があった。バイク運転手の呼気から133のアルコール反応が検出されたそうだ。僕にはこの数値がどのようなものか知らないが、別件の交通事故で取調中の運転手から検出された運転手から検出されたのが80であることを考えると、接触したバイク運転手はほとんど酩酊状態だったのだろう。なお、麻薬反応検査は行われなかったという(保険会社の職員の話によると、タイの道路交通法ではアルコール指数50以上で罰則を科せられ、150以上で保険の適用が受けられなくなるという)。

午前2時15分、病院でアルコール検査を受けていた当事者のふたりが警察署に戻ってきて、いよいよ本格的な事情聴取が始まった。参加者は僕のほか、クルマを運転していた友人、転倒したバイク運転手の3人。

バイク運転者は冒頭から偽証を始めた。彼は僕たちが第1車線からいきなり第2車線へと車線変更したため接触したと主張している。当然、僕たちはこれに猛然と反論したが、バイク運転手は「そんなことはない」の一点張りで最後まで自らの偽証を唱え続けた。

警察署での取り調べはいよいよ収拾がつかなくなり、警察官は僕たちに退出するように命じバイク運転手からの証言だけを一方的に聞いた。さらに現場検証に向かったが、タイ語が使える僕の立ち会いは拒否された。

双方の主張は最後まで折り合うことなく、後日あらためて事情聴取を行うという方向で解散しようとしていた。しかし、バイク運転手に修理代を払えるだけの経済力がない点、どうせリース会社が修理費用を負担してくれる点などを考えると、これ以上の時間を費やしても無意味であるという結論になり、午前4時半に当事者双方が人身事故反則金の最低額400バーツを支払うことで警察官と合意した。

加害者と被害者との責任関係はついに明確になることなく、有耶無耶のうちにこの事故は処理されることになった。なお、反則金の領収書はきちんと発行された。

「彼はあまりにも貧しく、どうせ損害を補償するだけの金もない」

今回の交通事故は、明らかにこちらに補償を要求する権利があった。ところが、警察官が丸く収めるようとしたことで、ついに正義による解決を見ることがなかった。しかも友人は、タイ人バイク運転手の主張のみが一方的に採用された調書に署名させられた。

タイ人同士は助け合い(コンタイチュワイガン)

タイに住んでいる日本人のあいだに「自分は常にタイ人よりも優位に立っている」と信じて疑わない者が数多くいるが、彼らは一刻も早くこうした誤った認識を正すべきだ。なにしろ、僕たちはタイ人ではないのだから、タイ人と争いになったときの保護もあまり期待できない。

ちなみに、転倒して軽傷を負ったバイク運転手は、飲酒運転の罪で一晩留置所に拘留されることになった。

2003年10月14日(火)

僕はラッチャダーピセーク(ラチャダー)8の中古車屋「ゲーラッチャダー」に600,000バーツを支払い、9年落ち(1994年式)の BMW 318i を引き取った。

自動車の所有権を移転するためには、①国民ID(バットプラチャーチョン)(外国人の場合は非移住者査証(ノンイミグラントビザ)と大使館が発行する在留証明書)と②運転免許証(タイ運輸省発行の運転免許証がない場合は国際運転免許証または日本の運転免許証と大使館による翻訳証明)が必要だ。僕はこれらの書類を「後日提出する」と口約束をしただけでクルマを店から持ち出した。

バンコクで開催される APEC アジア太平洋経済協力会議を来週に控え、ここのところ公的機関の業務が滞っている。書類を提出しても、どうせ処理されるのは数週間後だ。

2003年11月12日(水)

高架電車 BTS アソーク駅前にあるホテル「シェラトングランデスクンウィット(スクンビット)」で友人に朝食ビュッフェをご馳走になってから、ラッチャダーピセーク(ラチャダー)8にある中古車販売店「ゲー・ラッチャダー」へと向かった。

先月購入したばかりの中古車 BMW 318i に ABS とウインカーの不具合あった。どうやらバッテリーの劣化が原因だったそうで、約1時間後には新品のバッテリーに交換され、表面の一部が剥がれていたハンドルもキレイなものに交換されていた。純正品かどうかは甚だ疑わしいが、さしあたって問題が解決したということでよしということにしておきたい。保障期間内のため無料だった。

一説によれば、僕はクルマの購入時に約40,000バーツほどぼったくられたようだが、それでもこの店のアフターサービスは合格点だ。

その後、バイトに出かけた。

2003年11月16日(日)

プライバシーの確保と日焼け防止のために全面スモークを貼ろう。

バンコク都内の道路はどこも慢性的な渋滞を引き起こしており、しかも信号待ちの時間も恐ろしく長いため、必然的にほかのクルマと隣り合う時間が長くなる。だから特に注意して隣のクルマを観察していなくても、勝手に運転手の性別や年齢だけでなく、行動パターンから性格まで分かってしまう。

一応、僕のクルマにもスモークが貼られていたが、少し薄すぎたようで隣り合ったクルマの運転手と目が合うこともしばしば。しかも、真上から照りつける熱帯の直射日光のせいで、すぐに肌が日に焼けてしまう。そんな状態にストレスを感じていた僕は、もっと濃いスモークを貼ることにした。

自動車内装屋の女性店主の勧めにしたがって、左右後方の窓に濃度82%の鏡反射型スモーク(UVカットつき)、フロントガラスに濃度62%の低反射型スモーク(同)を貼った。所要時間約4時間、工賃込み5,000バーツだった(7年間保障つき)。ちなみに、タイではフロントガラスにもスモークを貼れるそうだが、さすがに左右後方と同じ濃さのものはダメらしい。ブワの話によれば、父親の友人のスモークがあまりにも濃かったせいで、警察官に呼び止められて罰金を科せられたとか。

ついでにカーオーディオを徹底的に改造することにした。カセットしか再生できない純正カーステと、大きな音を出すとすぐに音割れしてしまう貧弱なスピーカーにはもうウンザリ。そこで、CD・MP3再生可能なカーステレオ(7,500バーツ)を取り付け、スピーカー(4つ3,500バーツ)を付け替えた。工賃込みで11,500バーツだった。また、純正カセットカーステを1,000バーツで下取りしてもらった。

今日は午後、OG 会に出席していたブワを迎えにスクンウィット(スクンビット)101にあるキリスト教系インターナショナルスクールに寄ってから、ソムデットプラヂャーオタークスィン(タクシン)60付近にある自動車内装屋へクルマのスモークを貼りに行った。

2003年11月20日(木)

ตอนขับรถกลับบ้านจากมหาวิทยาลัย ผมเลี่ยวขวาจากถนนราชดำริผ่านหน้า เซ็นทรัล เวิลด์ พลาซา เข้าไปถนนเพชรบุรีผ่านหน้าพันธ์ทิพย์พลาซาเลยทำให้โดนตำรวจจับ มันรออยูตรงสี่แยกประตู้น้ำเป็นประจำ่
プラトゥーナーム交差点で放課後、商業複合施設「セントラルワールドプラザ(ワールドトレードセンター)」前のラーチャダムリ(ラチャダムリ)通りから、パソコン店街「パンティッププラザ」前のペッブリー(ペチャブリー)通りへと右折したところ、待ち受けていた警察官に呼び止められた。

แต่ผมคิดไม่ออกเลยว่าทำผิดกฏจราจรตรงไหน ก็เลยลงรถทันทีสอบถามตำรวจว่าผิดกฎจราจรอย่างไร
僕は交通違反にまったく身に覚えがなかったから、すぐに車を降りて、警察官にどのような交通違反を犯したのかと説明を求めた。

เจ้าหน้าที่ตำรวจก็บอกว่า ผมเปลี่ยนช่องทางเดินรถบนสะพานข้ามคลองแสนแสบ ซึ่งกฏจราจรกำหนดว่าห้ามเปลี่ยนช่องทางเดินรถในบริเวณนี้ ถือเป็นข้อห้าม ถึงแม้ว่าผมจะดูไม่ออกว่าตรงนี้มีป้ายประกาศอย่างนั้น แต่เขาก็ยืนอยู่เพื่อที่จะควบคุมให้ปฎิบัติตามกฎจราจรแล้วจับรถที่ผิดกฎระเบียบเหมือนกัน ผมก็เลยคิดว่า คุยกับเขาอย่างไรก็คงหนีความผิดไม่ได้ เลยยอมแสดงใบขับขี่และลองถามเรื่องเกี่ยวกับค่าปรับโดยไม่ขัดข้อง
警察官の話によれば、車線変更が禁じられているセーンセープ運河に架かる橋の上で、僕が車線変更したことが交通違反にあたるという。僕はそのような道路標識があることにまったく気付かなかったが、彼も交通違反を取り締まるために立っているのだから、言い訳を並べ立てても追及は免れないと思い、素直に免許証の提示に応じて反則金の額を尋ねてみた。

“จ่าย 400 บาททีเดียว หรือไม่ก็ไป ส.น. เอาอันไหนกัน”
「ここで400バーツ払ってしまうか、もしくは警察署に出頭するか。どっちでもいいんだぞ?」

เขาตอบเหมือนกับที่ผมเดาเอาไว้ก่อน หมายความว่า เขาให้ผมเลือก 2 แบบ คือ แก้ตัวโดยจ่ายสินบน 400 บาท หรือ ไปสถานีตำรวจเพื่อจ่ายค่าปรับตามระเบียบการที่ถูกต้อง เอาอันไหน
予想通りの答えが返ってきた。つまり、警察官は400バーツの賄賂で安直に事態を収めるか、もしくは法的な手順に則って警察署で正規の反則金を支払うかを僕に選ばせている。

ตอนนั้น เพิ่งเลิกเรียนด้วยภาษาอังกฤษมาตั้ง 6 ชั่วโมง เหนื่อยมากจนหมดแรง ก็เลยหยิบแบงค์ร้อยสี่ใบจากกระเป๋าสตางคทันทีและจ่ายเงินให้ตำรวจไปี 400 บาทอย่างรวดเร็ว
英語の講義6時間を受けて疲れきっていた僕は、すぐに財布から100バーツ札4枚を取り出して警察官に渡した。

2004年1月10日(土)

バイトの昼休みを利用して、スクンウィット(スクンビット)22の洗車屋へ行ったついでに、隣にある自動車整備工場でワイパーを交換して無料の定期点検を受けた。ワイパー交換費用が540バーツ、定期点検で問題になった冷却液の充填費用が280バーツ+工賃(2時間分)150バーツ。

自動車整備工場で、太くて格好の良いタイヤをはいているクルマを発見。さっそく値段を聞いてみた。ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)3にあるタイヤ屋で30,000バーツ。しかしサスペンションを調整しないとタイヤが車体にぶつかってしまうという。

この自動車整備工場は、スクンウィット(スクンビット)22の日本風焼肉屋「日本海」(198バーツ食べ放題)の前にある。

(この日記に登場する店舗は2006年末現在、すべて閉店しております)

2004年1月15日(木)

午後の講座「東南アジアにおける近代化・民主化・民族主義」の受けてから帰宅途中の午後4時。突然のクルマのトラブルに見舞われた。

普段、僕が大学に行くときには、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアムから、高架電車 BTS サヤーム(サイアム)駅の高架下をくぐって、 MBK マーブンクローングセンター(マーブンクローンセンター)前の交差点を左折し、パヤータイ(パヤタイ)通りを南下するルートを使う。ところが、高速道路プルーンヂット(プルンチット)駅前が一方通行のため、復路は往路とは別の道を使わなければならない。

大学からコンドミニアムへの道は2通りある。ひとつは、パヤータイ(パヤタイ)通りを北上し、右折禁止のラーチャテーウィー(ラチャテウィー)駅前交差点を直進。高架電車 BTS 戦勝記念塔アヌサーワリーチャイサモンラプーム(アヌサワリーチャイ)駅前のロータリーで転回して、再びラーチャテーウィー(ラチャテウィー)駅前交差点へと戻り、ペッブリー(ペチャブリー)へと入るルート(復路北ルート)。もうひとつは、大学の南を走るプララームスィー(ラマ4世)通りを東進し、クローングトゥーイ(クロントイ)交差点を左折してラッチャダーピセーク(ラチャダー)通りへと入るルート(復路南ルート)。

しかし、南のプララームスィー(ラマ4世)通りを通るルートを使うと、バンコクの渋滞名所「アソーク交差点」で身動きが1時間以上もとれなくなってしまう。そこで、僕は北のペッブリー(ペチャブリー)通りを通るルート使っている。

僕のクルマは、戦勝記念塔前ロータリーのあたりから調子がおかしくなった。ある程度アクセルを踏んで回転数を維持しておかないとエンジンが止まってしまう。さらにパヤータイ(パヤタイ)駅を通過する頃になるとエンジンが頻繁に停止するようになり、ついにラーチャテーウィー交差点の手前でエンジンが再始動できなくなり道路のど真ん中で立ち往生した。

僕はハザードを出して、クルマから降りた。ボンネットを開いて、見ても分かるはずもない自動車部品を眺め腕を組みながら途方に暮れていたところ、20歳代前半のタイ人がクルマから降りて声をかけてきた。

「とりあえず私がクルマを押しますから、運転席に戻ってエンジンをかけてみてください」

こうして、親切なタイ人青年の助けもあって、再びエンジンを始動することができた。その後も、エンジンが不安定な状況は続き、バンコクの電脳街「パンティッププラザ」の前でエンジンが停止してしまったが、交通整理にあたっていた警官に手伝ってもらうなどして、なんとかスクンウィット(スクンビット)22にある自動車整備工場にたどり着いた。

「この年式の BMW318 にはよくある故障なんですよ。エンジンの隣にくっついているエンジン回転数を制御する部品、エアフローメーターと呼ばれる部品なのですが、これに問題があるに違いありません。実は、私もこれと同タイプの車に乗っているのですが、まったく同じ故障を経験したことがあります。単なる電気系統のショートであれば修理だけで済みますが、エアフローメーターの故障には交換が必要になります。いずれにしても、明日また電話しますのでそれまでお待ちください」

僕はクルマを自動車整備工場に預けるのに乗り気ではなかった。以前、「自動車修理工場が勝手に状態のいい部品を取り出し、状態の悪い部品に交換してしまい、取り出した部品を売りさばいてしまう」という話を聞いたことがある。しかし、いくら心配でも、ここからクルマを運転して帰宅するのも不可能そうだったから、念のためにエンジンルームの写真を撮影して引き揚げた。

2004年1月16日(金)

スクンウィット(スクンビット)22にある自動車整備工場、午後3時。自動車整備工によれば、エアフローメーターが完全に壊れていて、修理をしても直る見込みがないという。それで、いま中古のエアフローメーターが届くのを待っているところとか。新品のエアフローメーターはべらぼうに高い。

午後7時半、ふたたび自動車整備工場に行ったところ修理が終わっていた。修理代は、それぞれエアフローメーター交換費用9,200バーツ、別に依頼しておいた前照灯清掃費用300バーツの合計9,500バーツ。

「日本車の部品なら安く調達できるが、欧州車となると、どうしても高くついてしまう」

自動車整備工はそう説明していた。保守費を最小にとどめたいのなら、やはり日本車が一番のようだ。修理代金を払って帰ろうとしたところ、会計係の女性従業員がフロントガラスに張られたステッカーを指さして言った。

「あなたのクルマ、法定保険(自賠責保険)の有効期限が切れているわよ。検問中の警察に見つかったら、1万バーツの罰金か1年の懲役刑。罰金を払って釈放してもらうにしても、裁判所の裁定が下るまでの数日間は拘置所に拘留されるでしょうね。一刻も早く、保険会社に連絡して保険を更新しに行きなさい。先日、あそこにいる彼が警察に捕まって500バーツの賄賂を払って難を逃れたって言ってたけど、あなたは外国人だからねえ」

道路を走っていると、フロントガラスに貼られたポーローボーと納税証明書をチェックしている警察官をしばしば見かける。早急に法定保険(自賠責保険)に入らないとマズい。

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