バンコク生活

ナイトライフ

バスに美人がいなくなったらサムローング

午後6時45分、サムットプラーガーン県の北サムローング郡にある大型ショッピングモール Imperial World Samrong で、友人と待ち合わせをしている時間まで45分もあったため、店内をくまなく見てまわったところ、商品の品揃えが庶民的なのはともかく、客層があまりにも田舎臭くて、これでもかというほど不細工揃いだったことに心底驚いた。

ナイトライフ

仕入先の担当者とタニヤのカラオケスナックへ行ってみた

午後9時半、タニヤ通りにあるカラオケスナックとナーナーの Go Go Bar で、仕入先の営業担当者に奢ってもらった。先日来、書類上の重大な誤謬を相次いで見つけ、困難を未然に防いできた貸しを返してもらうためだ。薄暗いソファー席で売春婦に抱きつかれご満悦な様子だった仕入先の技師を眺めていると、留学時代にタイ人のクラスメイトが話していた言葉を思い出した。

ナイトライフ

タイ人と日本人、どっちの方が大酒飲み?

午後6時12分、ラーチャダムリ通りにあるショッピングセンター Central World Plaza の前に期間限定で設けられているビアガーデンで、別の友人たちと合流した。平日の夕方にもかかわらず、シンハビールのブースには、すでに開店前から長蛇の列ができていた。気温はまだ30℃ほどあるが、湿度が30%前後と乾燥しており、バンコクの夜としては1年を通じて最も過ごしやすい季節といわれている。

ナイトライフ

急速にホストクラブ化が進むタイのゴーゴーボーイズ

午後6時すぎ、北サートーン通りにあるタイ料理屋 Secret Garden へ行って、今年6月にヂュラーロンゴーン大学の修士課程を修了したばかりで、現在会社勤めをしている友人のタイ人男性と夕食をとった。この友人によると、買春目的でタイを訪れる日本人の女性観光客が、この数年のあいだに急増しているという。

ナイトライフ

サムローングで午前4時まで酒を飲んだ

午後6時52分、サムットプラーガーン県サムローングにあるインペリアム百貨店の前で、水色のポロシャツを着ているイベント係の女性が、タイ語が書かれているカードと水色のロウソクを手渡すために近づいてきた。しかし、午後7時に友人たちと待ち合わせをしており、その直前に面倒が起きることはできるだけ避けたかったため、すかさず受け取りを拒否した。係員は唖然とし、困惑と驚愕とが入り交じったような複雑な表情をしながら立ち去っていった。

ナイトライフ

タイの困窮邦人の暮らしを見学して娼婦との語らいを体験してみよう

午後2時、高架電車のサヤーム駅で、お盆の連休を利用してバンコクに滞在している友人と合流した。このバンコク留学生日記を丸々暗記してくれている友人による、ディープなタイを見てみたいというご要望にお応えして、さっそく下流日本語話者たちが集住している賃貸アパート「ラーチャプラーロップタワーマンション」へ向かった。

ナイトライフ

タニヤ通りの日本人向けカラオケスナックを2年5ヶ月ぶりに訪れてみた

友人と別れたあと、タクシーに乗って帰宅する途中で、おもむろにタイ語曲を熱唱したくなり、行き先を日本人向けのカラオケスナックが密集しているタニヤ通りへ変更した。この界隈は日本人観光客たちのあいだではとても知名度が高く、バンコクへ出張に来ている取引先とのあいだでもよく話題にのぼるため、いちおう情報だけは最新の状態にしておきたい。

ナイトライフ

ナーナーエンターテインメントプラザを2年5ヶ月ぶりに訪れてみた

午後7時半、スクンウィット4街路にある Nana Entertainment Plaza で売っているハンバーガーが無性に恋しくなったため、外国人の観光客を相手に娼婦たちが水着姿で踊っている Go Go Bar へ2年5ヶ月ぶりに出かけてみることにした。この界隈は日本人観光客たちのあいだで知名度が高く、バンコクへ出張に来ている取引先との会話の中でもしばしば話題にのぼることがあるため、いちおう情報だけは最新の状態にしておきたい。

ナイトライフ

タイ国鉄の経費で飲み歩く低所得者的バンコクの夜

午前零時、パホンヨーティン通りのオートーゴー(農業市場公団)にあるパブ CHA-BAR で、友人たちと低品位のスコッチウイスキー 100 PIPERS を飲んだ。これ以降に発生する費用については、タイ国鉄で月給約6,000バーツの下級職員として働いている友人が全額経費で支払ってくれることになっていたため、店の選択や酒の種類について贅沢を言うことはできなかった。

乗用車

優先道路の定めがない細い街路で起きた交通事故とタイ警視庁の判断

午後2時すぎ、ノンタブリー市内をサンカターン寺からチャルームプラギアットウォーラハーン寺へ向かって走行していたところ、交通事故に巻き込まれた。友人が運転している1994年製の7代目 Toyota Corolla が、市街地のただなかにある見通しの悪い交差点へ時速30キロで進入した瞬間、交叉する街路から出てきた1979年から1987年のあいだに製造されたとみられる4代目 Toyota Corolla が友人のクルマの左後方に突っ込んできた。

カンボジア

タイの地方都市でクルマの修理を依頼したら交換部品が模造品だらけだった

午後6時、タイ国道304号のチャチューングサオ・ガビンブリー線を走行中に、ノーングプローング交差点のど真ん中で、1994年に製造された走行距離約24万キロの、友人が所有しているトヨタ・カローラが突然停止した。それ以降、アクセルを連打踏みしてはエンジンを再始動させるのを繰り返してなんとか走り続けていたが、プラーヂンブリー県スィーマハーポー郡タートゥーム町で午後6時10分、とうとうエンジンがかからなくなってしまった。