2002年3月26日(火)

疾風怒濤の短い休暇が終わり、集中タイ語講座(インテンシブタイ)の初級3がはじまった。

きょうから日本人1とドイツ人1があらたに加わり、合計9人(日本人5、ドイツ人2、シンガポール人1、イギリス人1)のクラスになった。新メンバーのタイ語力は、初級2から加わったイギリス人同様かなりのものだ。経験豊富な編入組の面々に、初級1開講当初からの学生たちがあっさり追い抜かれていく。授業で用いられる言語もタイ語が99%以上を占め、これまで十分な復習をしてこなかった学生たちは深刻な語彙力不足のため解説を聞き取れず、授業にもついてこられなくなっている。

授業の冒頭、タイ語講師はこんなことを話していた。

「このインテンシブタイプログラム(集中タイ語コース)は、タイ語で書かれた学術論文を理解するために必要なタイ語能力を養うものです。日本人のみなさんが大好きなポーホック(小学校6年生程度のタイ語能力検定試験)の合格を目的とはしておりません。それでも、初級3が終わる頃にはポーホックに必要な程度のタイ語能力は身に付いていることでしょう」

つづいて初級2進級試験の答案が返却された。153点満点中144点。正答率94.11%でなんとかクラス首位を守り抜いたが、もう少し頑張らないといつ落ちこぼれに転落してもおかしくない。さあ、がんばろう!

2002年3月27日(水)

放課後、トリアムウドムスックサー中等学校前から路線バスに乗って MBK を通過しようとしようとしているとき、高校時代の友人から電話があった。

「いま Royal Orchid Sheraton(ロイヤルオーキッドシェラトン) に泊まってるんだけど、午後7時までタダ飯とタダ酒があるから来ない?」

高架電車 BTS ラーチャテーウィー駅(ラチャテウィー駅)前でバスを降り、パヤータイ通り(パヤタイ通り)に左手を斜め下に出す(タイ式のタクシーの呼び止め方)。ところがこの夕方の時間帯、都心部の渋滞を嫌う運転手はなかなか首を縦に振らない。やむなく冷房がないため暑く、しかも決して安くもない三輪バイクタクシー(トゥクトゥク)(80バーツ)で、バンコクの排気ガス地獄を味わいながらタークスィン橋(タクシン橋)ちかくの ホテル Royal Orchid Sheraton(ロイヤルオーキッドシェラトン)へと向かった。

このタダ飯タダ酒は上級客室の宿泊客向けのサービスだが、ホテル従業員に宿泊客ではないことがバレて飲食代金を請求された。 Kloster Beer(クロスタービール) 1杯に160バーツも払わされてはかなわないから自分も宿泊客だと主張。友人の部屋にはダブルベッドひとつしかないが、事ここに至ってはもはや背に腹は代えられない(日本以外のホテルでは人数ではなく部屋数単位で請求されるため、1人で泊まっても2人で泊まっても料金は変わらない)。

その後、スーパーマーケット Big-C(ビッグシー) ラーチャダムリ本店裏にあるタイスキ屋 TEXAS SUKI(テキサススキ) で夕食をとった。 COCA や MK SUKI に比べれば知名度が劣り、しかも鍋がとても安っぽく心配になったが、味は悪くなく料金も安かった。

2002年3月28日(木)

海外で生活するうえで今もっとも不便に感じるのは、日ごろから溜まっている鬱憤を価値観を等しくする相手に母国語でぶち撒けられないこと。エーンに中途半端なタイ語力で不満を並べたところでどうせ困らせるだけだろう。Go Go Bar へ行って、ビールを飲み怪しげなタイ語で踊り子をからかっても、どうせストレスの発散にしかならない。

バンコク在住の日本人は個性が強すぎるため、彼らと気が合わなければ日本にいるときとは比較にならない強烈なストレスを感じる。

そう。こうやって日記を読み返してみると、タイ留学開始以来、自分がこの一件にのみ腹を立てているのが分かる。いま、教室にある椅子一体型の机を特定の人物に向かって思いっきりぶん投げてやりたい気分だ。この問題さえなければ毎日楽しく勉強できるはず。あまりにもクダラナイ問題だが、そろそろ解決の糸口を模索しなければならないだろう。

2002年3月29日(金)

この時期のバンコクはとても暑い。バンコクは熱帯にあるため一年中暑いのだが、この時期は特に極め付けだ。日中の最高気温は37℃、体感気温は47℃にも達する。一日のうち屋外で活動するのは平日の場合、朝の通学10分、昼休みの40分、夕方の帰宅30分。たった80分間の屋外活動にもかかわらず、いつも部屋に戻るころにはグッタリしている。

現在、節約生活を強いられている。一日あたり予算が500バーツしかないのに、先日友人がバンコクに来たときにその3倍の勢いで浪費し、しかも日本土産の日本語 DVD に10,000バーツ支払ったのがかなり響いている。

即席麺「マーマー」(4バーツ)を食べて昼寝した。このままでは太っていく一方だ。

思い返せば、日本でも夏はだらだら過ごすようなもの、のような気がする。

2002年4月1日(月)

放課後、MBKへクラスメイトと出かけ、ずっと気になっていた「日本語バカTシャツ」をついに発見。表面には『旅行やコインランドリーなどに。スーパートップ。世界初の低温パワフル酵素配合。冷たい水でも汚れを心から分解。ワンパック、洗濯機1回分』、裏には使用上の注意が書かれている。

ついに見つけた完璧なまでにアホな日本語Tシャツ!! 売り場のおばちゃんに「このTシャツいくら?」と聞いたら「199バーツ」との返事。シャツの生地の質から値引可能と考え、一緒にいるクラスメイトに妥当な金額を訊いてみた。色違いのシャツがヂャットゥヂャック市場(チャトゥチャック市場)で3枚450バーツと聞き、試しに「これ150バーツで売ってくれない? シーロム通りで150バーツで売ってたよ!」と大ウソをかましてみた。すると、「これはそこらものとは生地が違うから、そんな値段では売れない」と切り返された。やむなく価格交渉を断念して「もうちょっと考えてから買うかどうか決めます。さようなら」とその場を去ろうとしたまさにそのときに、「ああ、いいよいいよ。150バーツで売るから買っていくかい?」と呼び止められ、見事こちらの言い値でゲットできた!

その後しばらくMBKをうろつき、高架電車 BTS サーラーデーング駅(サラデーン駅)前にある珈琲屋 Starbucks(スターバックス) で留学斡旋会社の人と会った。先日エーンのバイト先を訪問したとき、タイ人が日本に留学するときに必要となる諸条件について情報を集めておいてほしい、と同僚のヂョーイから頼まれていたので、さっそく訊いてみた。回答はつぎの通り。

2年制の専門学校に留学して日本語を勉強する場合、

1. 就学 VISA 申請時に両親の銀行残高証明書を提出しなければならない。最低でも700,000バーツは必要で、1,000,000バーツあれば却下されない。

2. 高卒でも VISA は取得できる。ただし、ラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)卒の場合は難航する。

3. 親と別居していると、VISAの取得にかなりの難航が予想される。

日本政府は外国人の不法就労を懸念しており、 VISA の発給には慎重な姿勢を見せている。タイ人が日本に留学するときには、日本語の能力ではなく VISA を受給できるかどうかが最大の鍵となる。留学先の日本語学校によって難度が変わるという。

エーンは VISA を取得できない要件を完全に満たしている。なお、銀行残高証明書の金額は、日本留学中に必要となる金額とほぼ同額。ちなみに、僕の留学予算は年間約500,000バーツ。

あすはバカ日本語Tシャツを着て学校へ行こう☆

2002年4月2日(火)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコン大学) 文学部主催集中タイ語講座(インテンシブタイ)初級3のカリキュラムでは、午前中に自由討論の時間が設けられている。これが相当の曲者で不愉快になるこもが少なくない。

きょうのテーマは「戦争」。しかし教養が著しく欠如している人と安全保障政策や第二次世界大戦について討論するのは本当に苦痛だ。母国語でも議論が成立するかどうか怪しいというのに、それを超あやふやなタイ語で切り抜けようとするから、発言のヤバさに拍車がかかる。

「日本人は、毎年終戦記念日に家族揃って広島の原爆資料館へ行きます」
「皇帝(天皇)がいなければ日本は国家として存続し得ないでしょう」

外国人学生たち誤った日本人像を持ってしまうのを防ぐため、ひとつひとつ慎重に訂正していかなければならない。ところが、それに対しても不快感剥き出しにして反論されるから、いろいろな工夫が欠かせない。下記はその一例。

「毎年終戦記念日に家族揃って広島の原爆資料館へ行くかどうかについては本人次第ですが、日本人の大半がそうしているという話を私は聞いたことがありません」
「皇帝(天皇)がいなければ日本が国家として存続し得ないと考えているかどうかについては個人の考え方次第ですが、日本人の大半がそのように考えているという話を私は聞いたことがありません」

これまでエーンに、学校での出来事、とくに同報のクラスメイトたちに対する愚痴を言わないようにしてきたが、とうとう我慢の限界に達して洗いざらい全部話した。

「確信できたことがひとつあるわ。それはあなたが彼らを心の底から見下していることよ」

チュラロンコーン大学文学部の集中タイ語コースは進度が早すぎるといわれているが、授業で扱う内容も高度だから基本的な教養がない人はまずついていけない。なかには「国立チュラロンコーン大学学部生たるエリート」を自称したり大学のグッズで身を固めたりする学生もいるが、解釈によっては対国内法に抵触する行為とらしい。

集中タイ語コースの先輩曰く、「それは・・・・・・今回のコースの学生の質が異常に低いだけなんじゃない? どうせ先生達も教員詰め所で愚痴り合っているさ」。

2002年4月3日(水)

けさ、目覚まし時計の設定を間違えたせいで1時間も寝坊し、タクシーで予習しながら大学へと向った。そのとき、きょうの自由討論のテーマがインターネットであることを知り、猛烈にイヤな予感がした。

昼休み直前、まさに自由討論を終えようとしていた瞬間にイヤな予感が的中した。

「このチュラロンコーン大学タイ語集中講座について、あなたはホームページでいろいろと書いていますよね?」

(そうさ、書いているとも! 書いていて何が悪いっ!?)そう思いながらも沈黙を決め込んでいたが、url を突きつけられて知らぬ存ぜぬでは通せなくなった。やむなく、「確かにありますが、タイに関心がある日本人向けに書いているものです。あなた達のプライバシーを犯すような性質のものではありません」と反論。そんなにイヤなら見なければいい。

帰宅後、このウェブサイトのアクセス状況を分析。チュラロンコーン大学からのアクセスが4件、ほかに外国語に翻訳しての閲覧が9件あった。

個人のプライバシーについて、自分では常識の範囲内に収まるよう十分に配慮しているつもりだが、客観的に本当に大丈夫かと問われるとあまり自信がない。

2002年4月4日(木)

留学斡旋会社の方から先日いただいたばかりの留学関連書籍をヂョーイに手渡した。妹はニュージーランド、弟は日本に留学しており、ヂョーイ自身も日本へ行ったことがある。日本語読解力を鍛えるために毎日マンガ「あさりちゃん」を読んでいるという。

「日本の話をするのはやめてっ! わたしが日本へいけないこと知ってるでしょ?」

ふとエーンがひどく不貞腐れているのに気づいた。ホントかウソかは知らないが「一億層中流」という平等意識が広く蔓延っているお目出度い日本とは異なり、タイは貧富の差や境遇の差が物をいう不平等社会。これだけ不平等を実感させられる機会に恵まれていると、どんなに頑張っても勘違いのしようがない。

午後3時(授業終了直後)に Go Go Bar の売春婦から電話で呼び出されたが、「宿題が山のようにある」(直訳)といって断った。ウェブサイトの新デザインを考えるのに忙しい。

2002年4月5日(金)

夜、ソーイ・カウボーイ(ソイカウボーイ)にある Go Go Bar(ゴーゴーバー) へ友人と出かけた。こうも日常化してしまうと、裸踊りのショーが面白くも何ともなくなる。ある友人は、まったく裸踊りを観ていなかった。特に容姿が良いわけでも踊りが上手いわけでもないから、友人同士で話していたほうが楽しい。

午前2時の閉店後、ペッブリータットマイ通り(ニューペッブリー通り)にあるホテル「サヤーム(サイアムホテル)」で不味いピザを食べ思い存分ストレスを発散した。午前5時半に帰宅した。

サヤームホテルの売春婦によると、売春容疑で逮捕されても賄賂500バーツで釈放されるという。これでは安すぎる。売買春に対する抑止効果とはなり得ない。

2002年4月9日(火)

集中タイ語講座(インテンシブタイ)修了者が作成した単語集(全課程版)をクラスメイトから入手。文学部ボーローンマラーチャグンマリー館地階の売店に両面コピーを依頼したところ250バーツだった。

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