「ケイイチ」の記事

はじめに必ずお読みください

バンコク留学生日記は、筆者が会社を辞めてタイへ渡り語学留学をはじめた2001年に開設したブログサイトで、2006年の大学院修了にともない本編の更新を終えてから11年が経過しようとしています。当時の読者だった方、あるいはタイ留学を検討している方でしたら、筆者の帰国後の生活が気になるところかと思いますので冒頭の部分で簡単にご紹介します。また、このブログをご覧いただくにあたりとても重要な注意事項を文章の後半部分に掲載しておりますので、かならず最後までお読みください。

【数字で見るタイの現地採用】タイのような中所得国で現地採用になると、子どもに日本人としての教育を与えられず、最後は生活保護に頼るしかなくなる

タイにおける日本人現地採用者は、中間層のタイ人世帯に対してやや劣る程度の経済力しかなく、自分の子どもに日本人としての教育を与えてやることはできず、老後は日本の生活保護制度を利用しないと確実に餓死する。少し大げさなように聞こえるかもしれないが、この表現そのまんまの非常に深刻な事態に陥り、将来的に挽回不可能な危機に直面する。

バスに美人がいなくなったらサムローング

午後6時45分、サムットプラーガーン県の北サムローング郡にある大型ショッピングモール Imperial World Samrong で、友人と待ち合わせをしている時間まで45分もあったため、店内をくまなく見てまわったところ、商品の品揃えが庶民的なのはともかく、客層があまりにも田舎臭くて、これでもかというほど不細工揃いだったことに心底驚いた。

タイ映画「12月32日」

ノートは、サッカーの試合中に頭をゴールポストにぶつけて頭蓋骨を骨折し、「何か重要なこと」を忘れてしまった。脳の後遺症について詳しい検査をするために、恋人のヌン、義妹のメー、メーの婚約者のヌムと病院へ行ったところ、医者から身近な人が世話をすれば早く思い出せるようになるかもしれないとアドバイスを受けた。

APEC 商用渡航カードを使って優先レーンで入国してみた

今回は、会社から支給されている APEC 商用渡航カードを使い、一般の外国人用のレーンではなく、優先レーンを通って列に並ばずに入国審査を受けた。このカードは、年間の貿易額がそれなりにある会社や団体に所属している、犯罪履歴のない日本国民であれば誰でも申請することができる。アジア太平洋地域にある18の国と地域へ、ビザを取得していなくても、商用の資格で入国することができる。

タイ映画「ヂーヂャーのコワ可愛いドゥー」

ドゥー(ヂーヂャー=ヤーニン・ウィサミッタナン)は、これまで愛とは無縁な人生を歩んできた。父に死なれ、母に捨てられ、彼氏はいま目の前で浮気を働いている真っ最中だった。演奏が終わるや否や、ドラムのスティックを放り投げて殴りかかったところ、騒動の責任を問われてパブのバンドから解雇されてしまった。翌日、自棄酒を飲みながら街中をフラついていたところ、突然、ローンコーンの刺客たちにさらわれそうになった。

タイ農村部の高校を卒業して上京を夢見る18歳少女の悲観的な将来

マミアオちゃんは、今春ケーラーングナコーン中等学校を卒業したばかりの18歳で、農地と水牛だらけの山間部から上京し、グローバル化が著しいバンコクで自立した生活を営むことを夢見ている。ところが、バンコクで「健康で文化的な最低限度の生活」を送るためには最低でも毎月5,500バーツは必要であり、正規労働者でも6,500バーツしかもらえないようなタイ人の高卒労働者が、ここで近代的な生活を手に入れようなんて夢のまた夢の話だ。

仕入先の担当者とタニヤのカラオケスナックへ行ってみた

午後9時半、タニヤ通りにあるカラオケスナックとナーナーの Go Go Bar で、仕入先の営業担当者に奢ってもらった。先日来、書類上の重大な誤謬を相次いで見つけ、困難を未然に防いできた貸しを返してもらうためだ。薄暗いソファー席で売春婦に抱きつかれご満悦な様子だった仕入先の技師を眺めていると、留学時代にタイ人のクラスメイトが話していた言葉を思い出した。

タイ映画「ソムやんソムワング2」

「ソムやんソムワング」の続編にあたるこの作品では、タイ映画にありがちな展開が繰り広げられる。設定は、ソムとソムワングが田舎を捨てて上京し、生活のために夫が(演歌歌手だが)出稼ぎ労働を始めるというもの。地方の出身者たちは、都会へ染まっていく過程において性格や価値観が変わってしまい、次第に人生や家庭のありようをも変化させてしまう。

タイの公共交通機関を駆使してアユッタヤーへ行ってみた

2006年までの留学時代、僕は金持ちというほどではなかったが、主に自家用車で移動していたため、いまでもタイの公共交通機関を上手く乗りこなすことができない。やむなく友人からロットゥーと呼ばれている14人乗りの旅客バンの乗り方を教えてもらい、高架電車アヌサーワリーチャイサモンラプーム駅(戦勝記念塔駅)の前にある発着場からアユッタヤーへ向かった。運賃は60バーツだった。

パッポング通りの屋台街で高級腕時計の模造品を購入してみた

その後、パッポング通りにある屋台街で OFFICINE PANERAI の RADIOMIR 8DAYS の模造品を購入した。この腕時計は、日本国内にある OFFICINE PANERAI の正規代理店において1,071,000円で販売されている機械式高級腕時計の模造品で、当初、スラウォング通り側の入口付近にある屋台のオジサンから4,200バーツで売ると吹っかけられたが、「ほかの店を見てから戻ってくる」と言って立ち去る素振りを見せたところ、最終的に2,500バーツまで値引きされた。

バンコクで前の職場の元上役と再会した

相手にもよるが、時間と場所を変えて旧知の人と再会すると、ひとつの「時代」を総括して、そのときに自分が考えていたことの答え合わせをすることができる。今回は、在職中に僕を励まそうと熱弁を振るってくれていた管理職の方が、それまで立場上公言できずにいた会社が抱えている問題点について余すところなく語ってくれた。