2009年8月9日(日)

現在、お盆の10連休を利用してバンコクに滞在している。

スワンナプーム・バンコク国際空港到着後、ペッブリー1のホテル Bangkok City Suite(バンコクシティースイート) にチェックイン。午後4時45分、スィーロム通り(シーロム通り)の United Center ビル1階にある珈琲屋で前の会社の元海外営業課長(=退職)と約1年ぶりに再会。スラウォング通り(スリウォン通り)の Kings Body House でマッサージ(1時間280バーツ)を受け、ンガームドゥープリー通りの屋外レストランで夕食をとった。

相手にもよるが、時間と場所を変えて旧知の人と再会すると、ひとつの「時代」を総括して、そのとき自分が考えていたことの答え合わせができる。今回は、在職中に僕を励まそうと熱弁を振るってくれていた管理職の方が、それまで立場上公言できずにいた会社の問題点を余すことなく語ってくれた。

つくづく前の会社を辞めて良かったと思う。たかだか28ヶ月間だったとはいえ、よくもまああんなバカ殿様の匙加減ひとつで何とでもなるような会社に自分の人生を委ねていられたもんだ、と今更ながらに思う。実際に働くのであれば、やはり都市銀行の財務情報データベースだけではなく、きちんと会社四季報や株価情報もチェックしておきたい(不十分な情報はすべてリスク。情報が公開されてない企業なんて問題外だ!!)。

タニヤ通りにあるカラオケスナック「楠」(1時間飲み放題サービス料込600バーツ)でタイ語曲を久々に熱唱。ホステスへの一応の配慮は怠らなかったが、それでも僕の無関心は一目瞭然だったという。

2009年8月10日(月)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090810.jpg" width="300" height="169" align="right" />朝、セントラル百貨店ピングラーオ店(ピンクラオ店)3階の美容室でストレートパーマをかけ、夕方、ヤオワラート通り(ヤワラ通り)の和成豊魚翅で友人とフカヒレスープ(500バーツ)を食べた。

その後、パッポング通り(パッポン通り)OFFICINE PANERAI(オフィチーネ・パネライ) の偽腕時計 RADIOMIR 8DAYS(ラジオミール 8デイズ) を購入。この時計の代理店価格は1,071,000円。当初、通りの入口付近にある偽腕時計屋台のオジサンが11,886円(4,200バーツ)と吹っかけてきたが、「ほかの店を見てから戻ってくる」と言って立ち去る素振りをしたところ、最終的に7,075円(2,500バーツ)まで値引きされた。ホンモノを購入する前に偽物を使ってみて、本当に必要かどうか検討を重ねてみるのも悪くないかも。

2009年8月11日(火)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090811.jpg" width="300" height="169" align="right" />タイ人の金持ちは路線バスの乗り方すら知らないという。

留学時代、僕は金持ちというほどではなかったが、クルマ移動が中心だったため、いまでも公共交通機関を上手く乗りこなせない。やむなく友人から旅客バン(ロットゥー)(定員14人)の乗り方を教えてもらい、高架電車 BTS アヌサーワリーチャイサモンラプーム駅前の発着場からアユッタヤー(アユタヤ)へと向かった(60バーツ)。

午後1時、プラナコーンスィーアユッタヤー郡にあるショッピングセンター「アユッタヤーパーク」に到着。この街の人口は約14万人で、人口密度は1,058人(小都市)。西暦の15世紀中頃から18世紀中頃にかけてアユッタヤー朝(アユタヤ朝)の都として栄え、現在でも市内のあちこちに歴史的な仏教寺院(の残骸)が残されている。

昼食はアユッタヤーパーク内にある日本料理店「やよい軒」。日本国内にある同名の外食チェーン「やよい軒」が数年前、タイ外食大手の MK と合弁で出店したもので、現在タイ国内に33店舗ある。大戸屋(タイ食品大手のベーターグローアグローグループとの合弁)のような日本同等の味を期待して入ったが、これが全額返金してもらってもまだ足りないほど不味く、もう少しのところで胃の中身をぜんぶリバースさせるところだった。よくもまあこんな味に日本側が OK を出したもんだと不思議に思うが、友人曰く「これ、普通に美味しいんだけど。味付けをタイ人好みに変えてあるんじゃないかしら」とのこと。

その後、なんともワンパターンというか何というか、地方の高等専門学校生のあいだで人気のカラオケボックス(1時間80バーツ)でタイ語曲を歌う。個室というよりは、むしろ日本でカラオケが流行りだした当時の「ボックス」に似ており、隣の部屋の様子までハッキリ分かってしまう。

「隣の部屋の人たち、わたしんとこと対立してる学校の制服着てる。制服、着てこなくて良かったぁ。でもさ、学校サボってるのはみんな同じみたいね」

うーん。この歳になってもまだ中学生ちっくな娯楽を楽しんでいるかのようで、何とも微妙なカンジ。解散後、国道1号線の帰宅ラッシュを避けるため、タイ国鉄アユッタヤー駅で午後4時5分発バンコク・フワランポーン(ファランポーン)行き3等車の乗車券(20バーツ)を購入した。

午後4時9分、老朽化が著しいTHN系気動車(東急車輛・日立製作所・日本車輌製, 1983年製造)が定刻より4分遅れで到着。この程度の遅れなら、まだなんとか午後7時の待ち合わせ時刻までにバンコクへ戻れる。ドアのない昇降口をよじ登り、冷房のない暑苦しい客車内に入る。ちょうど生徒(8校60,923人, 高校含む)たちの帰宅時間とあって、客室内は生徒たちでごった返していたが、それでも気合で立ち位置を確保。ここからバンコクまでは約2時間の道のりだ。

「水~、水はいらんかね? 10バーツだよ~」
「お手拭~、キンキンに冷えた冷たいお手拭タオルはいかがですか~?」
「もち米と串焼豚! もうすぐ降りちゃうから、早めに声をかけてね~」

ローカル鉄道特有の風情に浸るのも束の間、メチャ混みの客車内を飲料水の売り子が4往復、お手拭タオルの売り子が2往復、串焼豚の売り子が3往復。シャツの背中が汗と串焼豚のタレで汚れ、イライラが最高潮に達する。とうとう腹に据えかね、高校時代に鉄道で通学していた友人に電話をかける。1等客車に移りたいと愚痴るが「近郊列車に1等や2等の設定はない」と聞かされ途方に暮れる。

午後5時10分、老朽列車が国鉄タールア駅に到着。そろそろタンマサート大学(タマサート大学)ラングスィットセンターあたりにいてもおかしくない頃なのに、なぜかまだ田畑と水牛しか見えてこない。・・・・・・おかしい。そう思って隣の席の中年女性に行き先を尋ねてみると、案の定、チアングマイ行きの列車に間違えて乗っていたことが判明。列車はすでに走り出していたが、扉のない昇降口からホームに飛び降りた。僕の背中に怒りに満ちた駅員の視線が突き刺さる。

バンコクから離れないうちに少しでも遅れを挽回しようと咄嗟に列車から飛び降りたが、その飛び降りた駅がちょっとマズすぎた。こんな辺鄙なところ、長距離バスどころか旅客バンすら通過しない。駅前の線路脇に広がる小ぢんまりとした露店街でバンコクに最短で戻る方法を訊いてまわり、バイクタクシー運転手の案内でなんとか工場労働者送迎用旅客バン(100バーツ)の発着場にたどりついた。

午後7時20分、高架電車 BTS サナームパオ駅前で下車。こんなことになるのなら、最初から素直に旅客バンで帰ってくれば良かった。午後8時10分、ナラーティワートラーチャナカリン通りの中華料理屋「遼寧餃子館」で前の会社の同僚たち(=全員退職, ひとりは現地法人社長, のこりは上場企業社員)と夕食をとる。午後11時40分、別の友人と会う。

2009年8月12日(水)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090812.jpg" width="300" height="169" align="right" />午前10時、グルングテープノン通りのカーショップで、台湾製のリモコンキー(1,800バーツ)を友人のクルマに取り付ける。午後12時半、セントラル百貨店ラートプラーオ店(ラップラオ店)で友人と下着類を購入し昼食をとる。午後4時、セントラルプラザ・ラッタナーティベート店(ラタナティベット店)でさらに同じ下着類を購入。友人が観たがっていたホラー映画「元恋人」 แฟนเก่า(フェーンガオ) がまだ公開されていないことを知り解散する。

午後7時、サヤームパラゴン(サイアムパラゴン)1階の桂華ラーメンで別の友人と夕食をとり、午後9時20分、5階映画館でタイ映画「ソムやんソムワング2」 อีส้มสมหวัง ชะชะช่า(イーソムソムワング・サササー) を鑑賞。あらすじはつぎのとおり。

ソム(スワナン・コンユィング)は、愛する恋人ソムワング(パティサック・ヤオワナーノン)の演歌歌手になる夢を叶え安定した生活を手に入れるため、ともにコム(コム=チュワンチューン)とチョンプー(チョンプー=ゴーンバーイ)の夫婦を誘い、ソムの父バムルー(ノート=チューンユィム)を頼って上京する。それぞれソムワングはビアホール歌手、バムルーは駐車場監視員、コムは駐車サービス係の仕事に就く。

ソムワングは当初、バンコクの華やかさやショービジネスの女性たちに目を白黒とさせる。ところが馴染んでいくにつれ性格が変わり、とうとう経済的・人脈的な支援を惜しまない献身的な美人セレブのオーイ(アニー・ブルックス)と浮気してしまう。ソムにバレると大喧嘩になるが、妊娠していると知って一度は浮気をやめようと決意する。ところがオーイのコネでメジャーデビューの話が舞い込んでくると一転。上京や歌手デビューの本来の目的だったソムや友人たちをバッサリ切り捨ててしまう。人気演歌歌手となったソムワングの巨大ポスターだらけの街中で、バムルーが失望し、ソムが茫然自失となるなか、はたしてソムとソムワングの恋の行方やいかに!?

「ソムやんソムワング」の続編にあたるこの作品では、タイ映画にありがちな展開が繰り広げられる。設定は、ソムとソムワングが田舎を捨てて上京し、生活のために夫が(演歌歌手だが)出稼ぎ労働を始めるというもの。地方出身者は都会へと染まっていく過程で性格や価値観まで変わってしまい、次第に人生や家庭のありようをも変化させる。タイ人男性の浮気性についても詳しく描かれており、タイにおける社会問題のひとつ、離婚率の高さにもフェミニスト的な視点から光を当てている。

この作品では、不誠実と疑心暗鬼が蔓延するタイの社会問題を疑似体験できる。自分の人生のすべてを委ね、夫に絶対の信頼を置いて付き従ってきた古典的なタイ人女性が悪いとはいわないが、これを機にタイ式の男女関係について今一度しっかりと考えてみても良いだろう。

前半部分はコム=チュワンチューンのボケとチョンプー=ゴーンバーイのツッコミ以外に見どころがなく、全体的に漠然としており分かりにくい(しかもタイ人的なお笑いで外国人には理解不能だ)が、タイ人的感性100%で見れば笑いの連続で腹が抱えるほどの出来栄え。タイ演歌界の大御所でノートジュニア監督がリスペクトしている故人のヨートラックサラックヂャイの映像も登場する。

コメディー映画だが、どちらかといえばソムとソムワングの不幸を苦笑しながら楽しむといった暗い内容となっている。それ以外の部分はほとんどオマケといってもいい。ゴップ=スワナンと恐妻家を演じたテー=ピティサックがスクリーンに彩を添えているものの、全体的に「ありきたり」といった印象で、新進気鋭の若手俳優たちと比べても見劣りする。ゴップ=スワナンの興味深い演技が、作品全体をなんとか支えているといったところか。

残念なことに役者の無駄も多い。セリフもなく、スクリーンに現れたと思ったら、そのまま二度と登場しない有名俳優たちが多数登場する。パイ=ポングサトーンとタッガテーン=チョンラダーもそれぞれ別々のシーンで登場するが、物語の進行にはまったく絡んでこない。配給元のプラナコーンフィルムがグループ会社の俳優たちを総出演させて売り込みを図っているのだろうか。特にシーンの一部が割かれているところからすると、近々大々的にノート=チューンユィムの子、プラーカーフ・チューンユィムの売り込みが始まるに違いない。

この作品は貧困層向けの構成となっており、地方の映画館では支持されるかもしれないが、中間所得層が多いバンコクではかなりの苦戦を強いられるだろう。

こまった電話のせいで途中何度か中座したが、きょうの日記では割愛する。

2009年8月13日(木)

正午、ペッブリー1にあるホテル Bangkok City Suite(バンコクシティースイート) をチェックアウト。スクンウィット15(スクンビット15)にあるホテル Royal President(ロイヤルプレジデント) へと移り、近くの美容室で洗髪。午後2時半、サヤームパラゴン(サイアムパラゴン)1階の Häagen-Dazs(ハーゲンダッツ) で手土産のアイスを買い現地法人へ。懸案となっていた商材について話し合う。午後4時半、バンコクバザール通り(Big-C ラーチャダムリ本店(ラチャダムリ本店)裏)の徐富診療所(Dr. Feet)で友人と足裏マッサージを受ける。午後6時、スクンウィット13(スクンビット13)のホテル Grand President(グランドプレジデント) で仕入先の出張者たちを出迎え、 ラングスワン通り(ランスアン通り)の中華料理屋「養生堂 ー 科挙主席合格者のレシピ」でタイ法人出向中の上役たちと合流、夕食をとる。

午後9時半、タニヤ通りのカラオケスナックとナーナー(ナナ)Go Go Bar(ゴーゴーバー) で仕入先の営業担当者に奢ってもらう。先日来、書類上の重大な誤謬を相次いで見つけ、困難を未然に防いできた貸しを返してもらうためだ。薄暗いソファー席で売春婦に抱きつかれご満悦な仕入先の技師を眺めていると、留学時代にタイ人クラスメイトが話していた言葉を思い出す。曰く、タイ人女性が相手にしないビーチボーイは日本人女性、タイ人男性が相手にしない売春婦は日本人男性が引き取ってくれ、おかげで街中のゴミがキレイになって助かっている、とのこと。まあ、出張者がタイ人社会について詳しく知っている必要もないからむしろ火を煽って楽しんでいたが、それでももし売春婦にハマってしまう兆候が少しでも見られたら止めに入るつもりだった。さすがに取引先の技師を精神病院送りにさせてしまうわけにはいかない。

タイでは、標準的な日本人スペックを満たしていない日本語話者たちが、タイ人の階級社会において「人」として待遇されているのかどうかも怪しい売春婦たちを血眼になって収集し、それを日本語で自慢し合っている。

それにしても、赤痢やチフスはとっくの昔に根絶されたというのに、有料恋愛サービスに勝手な妄想を抱いて自分のサービス利用状況を自慢し合う間抜けたちが未だ根絶されないのはなぜなんだろう? しかも、そんな間抜けにかぎってエスノセントリズム(排他的日本民族優越主義)を振りかざして自己の正当化を図ろうとするから不思議でならない。標準仕様日本人(フルスペック日本人)の要件を満たしていない場合、逆に自己否定にしかならないことにも気付いていないのか。民族主義で自己否定して自己正当化を図り、それでなんとかプライドを保っているような人たちばかりの社会って、どう考えてもちょっとヤバすぎでしょう? このような現象をタイ語では อุปาทานหมู่(ウッパーターンムー) という。

2009年8月14日(金)

ランパーング郡。人口23万人、人口密度295人(過疎)。タイ北部ランパーング県(ランパーン県)の県庁があり、馬車の街として知られている。アユッタヤー時代(アユタヤ時代)(1351-1767)にはケーラーングナコーンと呼ばれ、ラーンナー王国(ランナー王国)チアングマイ(チェンマイ))に帰属していた。ラーンナーが約200年間にわたってタウングー朝(ミャンマー(ビルマ))の支配を受けたことから、郡内の歴史的建築物にはミャンマー文化の影響が色濃く残っている。

タイ北部全域は、タイ政府投資奨励委員会事務局(BOI)が第三種投資奨励地域(ゾーン3)(外資系企業の機械輸入関税や法人税等を減免)に指定しているほどの未開発地帯で農業以外にろくな産業がない。近代的な生活に憧れる「今どき」の少年少女たちはバンコクを目指すが、住民の教育水準も低いため、出自や学歴が偏重されるタイの階級社会では近代的な生活どころか生きていくために必要な収入すら得られない。ところが、この地方の出身者はタイ人男性が好む「色白で中国人的」な容姿をしているため売春婦としての需要は大きく、生きていくため、そして都会で近代的な暮らしを手に入れる夢を叶えるために売春婦へと身を落とす少女たちも少なくない。

そして今ここに、その典型となりそうな少女がいる。

「今夜のバスで上京(ขึ้นกรุงเทพฯ(クングルングテープ))するから、午前4時にモーチットのバスターミナルまで迎えに来てね! 満席だったけど、泣きわめいてゴネてみたら乗せてもらえることになったから」

―― で、バンコクに来て、それからどうすんのさ? 仕事は? 住まいは?

「そのための兄貴じゃない? わたし、家事も料理もできるから任せてよね。ホントはヂェーングワッタナ通り(チェンワタナ通り)(バンコク北部サーイマイ区)の親戚を頼ることにしてて、でもやっぱり迷惑かけんのもヤだなぁー思ってたとこだったけど、これにて一件落着、一生安泰。もう思い煩うことなんて何もないわ!」

マミアオちゃん(仮名)は今春ケーラーングナコーン中等学校(ランパーング郡ボーエーオ)を卒業したばかりの18歳。農地と水牛だらけの山間部から上京し、グローバル化著しいバンコクでの自立した生活を夢見ている。ところがバンコクで「健康で文化的な最低限度の生活」を送るためには毎月最低でも5,500バーツは必要とされており、正規労働者でも6,500バーツ(首相府統計局, 2002年)しかもらえないようなタイ人高卒労働者が近代的な生活を送ろうなんて夢のまた夢。最悪、線路脇の掘っ立て小屋(家賃900バーツ)で玉子焼き丼(15バーツ)ばかりの生活を強いられる可能性だってある。

―― ムリだって。そもそも僕がバンコクにいつ戻って来られるかも分からないんだよ? それまでは自分の力で生きていかなきゃ。それに、カネ、カネっていうのはイヤだけど、でもやっぱり最低限のお金はないと人間、死んじゃうんだよ?

「大丈夫だって。そのときは適当なサポーター(อุปการะ(ウッパガーラ))見つけて何とかしてもらうから。近所のゴップ姉さんなんて、白人からオカネたくさんもらっておっきい家まで建てたんだよ?」

日本は1960年以降、所得倍増計画(1960年)、中期経済計画(1965年)、経済社会発展計画(1967年)を相次いで達成し、毎年9%前後の驚異的な経済成長を遂げた。東南アジア諸国との経済格差が拡大し、1983年頃になると東南アジア出身の女性たちが日本に殺到し「ジャパゆきさん」(死語)という言葉も生まれた。一方、タイの農村部では貧困家庭がつぎつぎと豪邸を建設し、「日本で半年も働けば国へ帰って家が建てられる」といった噂が一気に広がった。しかし敬虔な仏教徒が大半を占めるタイで両親を地獄に落とすともいわれる親不孝「売春」という背教行為を告白できるわけもなく、そのカネの出所について語られることはついになかった。地方の農村部では今でもこのような伝承を信じている人がいる。

―― サポーターって、つまり援交オヤジのことでしょ? そのオヤジたち、何の見返りもなしにカネくれるって思ってる? それにさ、初体験が援交なんて死ぬまで一生後悔するよ?

「そのために今晩こんなに急いでバンコクへ行くんじゃないの? でもやっぱり初めてって痛いのかなあ?」

―― そういう問題じゃないだろう!? ここまで浮気に神経質なのに、売春とかできんの?

「だって売春なんかしないもん。一緒にお話ししたりしてオカネもらうだけだもん」

―― ふぅん、じゃあきっとそのゴップ姉さんも西洋人とお話ししてただけで家まで建ててもらえたんだね? 世の中のオッサンたちは、そんなことのために人ひとりが一ヶ月生活していけるだけのオカネを恵んでくれるんだぁ。

「もしヤバそうだったら、お酒にクスリ入れて『酔っぱらってたときに一発やったの忘れたの?』って言うから大丈夫よ。それがムリなら、最初から寝ている隙をみてオカネだけ頂戴してくればいいんだし」

―― それ、睡眠薬強盗ってゆう犯罪だよ? 売春婦に堕ちるのも、犯罪者に堕ちるのも、あまり明るい未来のようには思えないけど。もうちょっとマシな選択肢はないの?

「そんなの買春しようなんて考えるキモいオッサンの自業自得だよぉ。あとは・・・・・・ヂェーングワッタナ通りにある親戚のマッサージ屋のお手伝いかなあ?」

―― お給料は?

「お手伝いだから4,000バーツもらえるかどうかも微妙」

―― 客層は?

「西洋人もいるけど、台湾人や韓国人も多いみたい」

マミアオちゃんには現在、3つの選択肢がある。そのなかで最もオススメするのは工場労働者になるという選択。ここでは便宜的に選択肢1と呼ぶ。都会的かつ近代的な生活を送るのには心許ないが、それでも雇用はそこそこ安定しているし一応の福利厚生だってある。タイ人全体の学歴が底上げされ、デパートの店員でも高専卒程度の学歴が求められているなか、これが彼女にとってのベスト進路となる。選択肢2は若さとその美貌を最大限に生かして、優柔不断でカネを持っているオトコをゲットするという選択。自立した生活とは言えないが、とりあえず近代的な生活は担保できる。でも選択肢2はかなりの確率で失敗するから、第3の選択肢も視野に入れておく必要がある。すなわち、売春婦として日銭を稼ぎオトコのストックを増やしながら、選択肢2への復帰を目指すという選択肢である。しかし、売春婦としてオトコのストックを増やしても、ストックの質がヒドすぎてまったく使い物にならないうえ、いろいろな意味で再起不能に陥るのが常である。

僕は無力だ。マミアオちゃんを救ってあげられるだけの力もない。そもそも日本人の体をなしていないにも関わらず図々しくもエスノセントリズム(日本民族優越主義)を撒き散らして日本人全体の利益を甚だしく棄損しているバンコク在住の日本語話者たちを5年間かけてもまだ改心させられていない。せいぜい見せしめとすることで道を踏み外してしまう日本人(フルスペック日本人)のこれ以上の増加に歯止めをかけるのが精一杯だ。

午後1時半、シネコン The Esplanade(エスプラネード) の珈琲屋 Starbucks(スターバックス) で友人と会う。差し出された名刺を見て、まともなオフィスで働いていることに驚く。部屋に戻り、ランパーング県の友人と長話をする。

2009年8月15日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090815.jpg" width="300" height="125" align="right" />午後4時半、高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)で、タイ屈指の公開会社(現地法人の得意先)幹部の子息たちと待ち合わせ、日本料理店「大戸屋」サヤームスクウェア店(タイ料理店「スィーファー」跡地)で夕食。午後6時20分、高級百貨店サヤームパラゴン6階の映画館で「ヂーヂャーのコワ可愛いドゥー」 จีจ้า ดื้อสวยดุ(ヂーヂャー・ドゥースワイドゥ) を鑑賞した。あらすじはつぎのとおり。

ドゥー(ヂーヂャー=ヤーニン・ウィサミッタナン)は、これまで愛と無縁な人生を歩んできた。父に死なれ、母に捨てられ、カレシはいま目の前で浮気の真っ最中。演奏が終わるや否やドラムのスティックを放り投げて殴りかかるが、騒動の責任を問われてパブ(クラブ)バンドから解雇される。

翌日、自棄酒を飲みながら街中をフラついていたところ、突然ローンコーン(ルングタワン, アジア太平洋女子ボディービルダー選手権優勝)の刺客たちに拐われそうになる。特別なフェロモンを持つ美女たちを拐って監禁し、その涙から特別な効果がある香水を精製している一味だ。ぎりぎりのところで、拐われた恋人パーイを取り戻すべくチャンスを窺っていたサニム(カズ=パトリック・タン, WKA チャンピオン)に助け出される。

サニムのアジトで、ローンコーンへの復讐心に燃えるキームー(ムイ=セーンデーング, Battle of the Year 2004 銅メダル)、キーマー(ヘース=ソンポング・ルートウィモンガセーム, 北部 B-Boy 3期連続優勝・全国 B-Boy 4期連続5位入賞)の兄弟から「酔拳の奥義」を伝授され、自分の身を守る戦いのなかで「真の愛」を知る。

タイのアクション映画としては、パノム・イーラム主演のオングバーク(マッハ!!!!!!!!)(2003年)、トムヤムグング(トム・ヤム・クン!)(2005年)、オングバーク2(2008年)などが有名だが、ここで本作品をそれらと比較して云々するのはやめておきたい。

タイ映画は映画館に行かずともキャストを眺めるだけでおおよそのストーリーが想像できる。ヂーヂャー=ヤーニン・ウィサミッタナンは、日本のヤクザとタイのマフィアの闘争を描いたアクション映画「チョコレート」(2008年)の主人公、セン。その仲間たちも現役の格闘家たちとくれば・・・・・・セリフがほとんどない格闘ゲームのようなストーリーと相場は決まっている。

ただ、恋愛映画「夢・恋・恥・吻(ファン・ワーン・アーイ・ヂュープ)」(2008年)のラーセーン・リムトラグーンがこの作品の監督を務めているのは意外。アクション映画に恋愛の要素を入れることの必要性にようやく配給元が気づいたのか。でも、なぜ誘拐された美女たちを警察に任せず自分たちで救い出さなければならないのか、なぜ日本の時代劇のように敵がただヤられるためだけに接近してくるのか、なぜドゥーがあんなに歳の離れているサニムに靡くのか、など設定に違和感が残りいまいち感情移入できない。

ヂーヂャー=ヤーニン・ウィサミッタナン主演の映画はいずれもビミョーな評価を受けているが、タイ・アクション映画の発展とともに能力を発揮する機会に恵まれることを期待したい。