2009年3月21日(土)

現在、勤務先の有給休暇取得促進制度を活用して、タイでバケーションを満喫している。タイ出張が数ヶ月後に予定されているけれど、やはり仕事と休暇はきちんと区別しておきたい(この旅行攻勢は会社へのメッセージでもある)。

日没後、スワンナプーム・バンコク国際空港に到着。空港出発ロビー階(4階)から、サムットプラーガーン市(サムットプラカン市)中心部の東約2キロにあるスィリラートサッター通りへタクシーで移動。仏教寺院「ワットナイウィハーン」の東約200メートルで下車し、横幅約1メートルの薄暗い路地を入る。現在、ワットナイウィハーンでは祭りが催されており、そこから下手糞な素人演歌が聞こえてくる。あまりのローカルさにイヤな予感が猛烈にする。20メートルほど先に見える木造2階建ての住宅は、新年に行ってきたばかりの別の友人宅(ピヂット市(ピチット市)中心部)とは比較にならないほどヒドい。

タイの都市部における住宅は、タイの経済発展とタイ人の所得拡大にあわせて近代化が進んでいるが、1980年代初頭頃までは木造の2階建て建築が主流だった。外壁の塗装がすっかり褪色しているのに気付き、次第に足取りが重たくなっていく。窓のない2階からは、なぜか異常に甲高い女性の日本語が聞こえてくる。テレビの音声か?

老朽化した木製の階段をのぼり、玄関口でサンダルを脱ぐ。板張りの床にポリエステル帆布が敷かれているが、清掃はあまり行き届いていない。靴下を履いてこなくて良かったと胸を撫で下ろすが、それでも足の裏がゾワゾワっとする。何ともイヤなカンジ。木製の階段を上って部屋に入ると、窓際に日本語を発しているパソコンがあった。どうやら日本のテレビアニメらしい。友人によると、この作品はタイ語で ฮายาเตะ..พ่อบ้านประจัญบาน(闘う執事ハヤテ=ハヤテのごとく!) といい、タイ人アニメフリーク向けのウェブサイトから無料でダウンロードできるという。有志により翻訳されたタイ語字幕はおおむね読みやすく、翻訳の精度も決して悪くない。

「そっか、キミはオタクじゃなかったんだ?」

オタクとは、漫画、アニメ、ゲームの愛好者を意味する日本語のスラング。タイでも一部からは「外来語」として認知されている。日本のようなネガティブなイメージはなく、むしろ日本フリークの完成系といったイメージが強い。前衛的な日本フリークはたいてい、男性の場合は萌え系アニメ、女性の場合はコスプレにハマる。オタク文化が日本を代表するポップカルチャーと言われているのにも肯ける。今回は別の友人(下位国立大日本語学科の女子学生)からメイドのコスチュームを買ってくるよう依頼されたが、オタク向けの店へ行く予定も、イケてるとされるメイドコスを正しく選べる自信もなかったため断った。このような理由から、日本好きのタイ人は総じてあまりイケてない。

午後9時、卓袱台いっぱいのタイ料理が運び込まれた。男の手料理だが、外見はレストランの料理と比べても遜色ない。それを適当につまみながら、男3人でタイ製ブランデー Regency(リージェンシー) のコーラ割を飲む。午後11時半、タイ留学初期にアパートを紹介してもらった日本人の友人(現上場企業駐在員)と約7年ぶりに再会した。

午前零時半、解散。スクンウィット通りのスィリラートサッター通り入口からタクシーに乗車。このタクシー運転手は平日、岡谷鋼機(卸売業:名証一部上場の大企業)のタイ法人 Union Autoparts Manufacturing で働いている会社員で、よほど日本人との本音トークが気に入ったのか、興味深い話をいろいろと聞かせてくれた。それによると、世界同時不況と自動車産業不振の影響により、この会社でも現在週休3日制が実施されている。休業1日につき、月給から1日あたり給与の25%相当が差し引かれる。住宅や自動車のローンの返済にも支障が出てきており、それを補うためにやむなくタクシー運転手の副業を始めたという。

この運転手の話を聞けば聞くほど、この現地法人の労務管理がいかに素晴らしいか窺い知れる。給与など待遇面はもちろん、Aランク査定(全従業員の上位約10%)を4年連続でとったタイ人従業員には日本研修の機会を与えるなど、様々なインセンティブが用意されており、それらが効果的に機能している。この男性もタイ人労働者とは思えないほど会社への忠誠心や帰属意識が強い。

タイ人従業員の労務管理(とくに離職率の高さ)に困っている現地法人は、この岡谷鋼機タイ法人の経営者を見習ってみてはどうだろうか? ハッキリ言ってホワイトカラー従業員の労務費をケチるような現地法人経営者はアホだ。タイにおける転職型労働市場の本質がまったく理解できていない。抑制すべきは現業職従業員の賃金のはず。非現業職従業員の賃金まで抑制してしまったら、会社は競合他社に技術とノウハウを提供するための単なる教育機関になってしまう。

午前1時40分、ペッブリー1で下車(195バーツ)し、ホテル Bangkok City Inn (850バーツ)にチェックイン。

2009年3月22日(日)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090322.jpg" width="300" height="169" align="right" />自分以外の人の性的欲求を満たすために、本人の同意なく勝手に娼婦を連れ出すのはやめてほしい。自分以外の人のカネで娼婦を連れ出して、その店の上客になろうとするのもやめてほしい。夜遊びをしている以上、無駄金を使うのは諦めているが、娼婦なんか連れ出したところでどうせ使い道に困る。それに余計な気遣いまで強いられてはかなわない。不法投棄物のようなものをコレクションするために時間と労力を費やすようなもんだ。あまりにもバカバカしい。

午前10時、スラウォング通り(スリウォン通り)にあるマッサージ屋 King’s Body House(キングスボディーハウス) でボディーマッサージ(330バーツ)を受ける。あまりの肩こりのひどさに、マッサージ師から「マッサージは初めてか?」と訊かれた。

午後3時半、スクンウィット78(スクンビット78)にある百貨店 Imperial Samlong(インピーリアン・サムローング)McDonald’s(マクドナルド) 前で昨晩のメンツと再集合。無性に革バンドの腕時計が欲しくなり、ブランド腕時計 DIESEL の模造品(150バーツ)を購入。午後4時半、ガーンヂャナーピセーク通り(カンチャナピセーク通り)の東の起点から約1.6キロにある娯楽食堂「ブングチョン」で生ビールを注文。客席前にある広大な池(約30,000m²)を疾走するジェットスキーを眺めながら、久々の本格タイ料理に舌鼓を打つ(3人で1,350バーツ)。

午後8時、テーパーラック通りにあるカラオケスナックへ移動しタイ語曲を熱唱。知らない曲も多かったが、ヤソートーン県出身の人妻ホステス(27)が歌ってくれた1メロをなんとか耳コピし、気合いで2メロを歌いきった。

「日本にも人妻フェチとかってあるでしょう?」

日本にも人妻フェチがいるのは知っている。でも、カネを払ってまで腹部がバストのように柔らかくなった女性と性的な関係を持ちたいとは思わない。それもふつうの人妻ではなく、「公共の人妻」とあればなおさらだ。会計直前になって、とてもイヤな予感がして娼婦の持ち帰りを拒否する旨を友人にハッキリと伝えた。ところが、もうひとりの日本人が最後まで煮え切らない様子だったため、けっきょくタイ人の友人が娼婦をひとり手配してしまいオフ代(1,200バーツ)を請求された。

「今更イラナイなんて言って送り返したら、この子のメンツが潰れるばかりか、俺たちだってあの店にも行きにくくなるじゃないか。ここは何としてでも連れ帰ってもらえるよう協力してくれ」

午前3時半、高架電車 BTS トーングロー駅(トンロー駅)前にある中華料理屋に場所を移し、カラオケスナックから連れ出してきたシングルマザーの娼婦(30)を男3人で押し付け合う。さすがに睡魔に抗うのが困難になり、気の毒な娼婦を哀れむのにも疲れ果てた。この現実を忘れるために未明の閑散としているスクンウィット通りをボンヤリと眺め、あす以降の予定に思いを馳せる。

午前4時、いよいよ面倒になり解散を提案。誰が娼婦を連れ帰るのか未解決のままだったが、ひとり帰宅を宣言をしてタクシーでホテル Bangkok City Inn へ向かった。

7年前、この友人とパッタヤーへ出かけたときにも、今回のようなシチュエーションにウンザリさせられた。人間って、どんなに歳をとっても変わらないもんなのかも。

2009年3月23日(月)

午後1時10分、スクンウィット19(スクンビット19)にあるホテル Amari City Lodge Soi19 のイタリア料理屋 La Gritta(ラ・グリッタ) Italian Restaurant で友人と昼食をとる(1,650バーツ)。スラウォング通り(スリウォン通り)にあるマッサージ屋「有馬温泉」でボディーマッサージ(400バーツ)を受け、ペッブリー4にある美容室で洗髪。午後8時半、カーオサーン通り(カオサン通り)にあるタイ料理屋トムヤムグング(トムヤムクン)で友人と夕食をとる(650バーツ)。料理が来た直後に猛烈な頭痛に見舞われ、やむなく少し口にしただけでホテルへと戻った。

なぜか、この友人と夕食をとると必ず頭痛になる(過去1年間、それ以外の場面で偏頭痛になったことは一度もない)。職場の同僚によると、この種の頭痛はストレスが原因とか。これまでずっと「頭痛のタネ」というのは過剰な比喩表現だとばかり思っていたが、はじめて本当にストレスが原因で頭痛になると知った。

タイなんか行くのやめて、ふつうの日本人女性と結婚し、平々凡々と一生日本で暮らしたいな。それでも十分楽めるし。

2009年3月24日(火)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090324.jpg" width="300" height="169" align="right" />旅行中のタイ語リハビリテーションプログラムとしては悪くなかったかも。

午後12時20分、高架電車 BTS アヌサーワリーチャイサモンラプーム駅前のシネマコンプクレックス Century(センチュリー) にあるイサーン料理屋で、タイ現地法人のタイ人従業員10人&日本人出向者1人と昼食をとる。日本人出向者とは頻繁に国際電話で話しているから、今回はタイ語のみで話し、タイ人従業員との会話に重点を置いた(出向者にはちょっと申し訳なかったかも)。

とりあえず、タイ人従業員たちに喜んでもらえたようで安心した。午後1時15分になってタイ人女性副課長が僕の目を盗んで会費(ひとり150バーツ)を集め始めると、どうしようかと対応に苦慮する。それまで静観していた日本人出向者も、「さすがにこれはちょっとマズいんじゃ・・・・・・」と心配顔。タイの職場では、上役や高給取りが食費を負担するのが常識のはず。奢ってもらおうなんて思ってはイケナイ。はてさて、タイ人従業員から真の仲間として受け入れてもらえたと喜ぶべきなのか、それとも出向後の地位(組織図上の課長級)を脅かされる可能性について懸念すべきなのか。

午後2時、高架電車 BTS サーラーデーング駅(サラデーン駅)改札口前の美容室で洗髪&ブロー(100バーツ)。

午後7時、ペッブリー5にあるビデオレンタル屋「DVD VCD ハイチャオ」で友人と待ち合わせ、ペッブリー7にあるムスリム料理屋で夕食をとる(ふたりで150バーツ)。午後8時半、プララームホック22(ラーマ6世22)にある友人のアパート(家賃4,500バーツ)で、北条司原作のテレビアニメ AngelHeart(エンジェルハート) (タイ語吹替版)を見ながらグダグダと話し続けた。

「そこら辺の私立大学を卒業した私の月給が25,000バーツ(時間外勤務手当なし, 年間一時金2ヶ月)なんてオカシイと思うでしょう? でも、ひとりで25人もの営業補佐をしてたんだもの。部屋に仕事を持ち帰っても終わらないほどの仕事量だったし。さすがに4ヶ月で辞めたけど、きょうの面接でも採用担当者に同調してもらえたわ」

この友人は、先月末に米系製薬会社のタイ現地法人を退職した。女性管理職の仕事を無茶振りに我慢できなくなったとか。

近年、日本企業の海外進出により、日本人の仕事はつぎつぎと外国人に奪われている。日本国内の製造現場はもとより、オフィスの事務職も危うい状況になっている。将来にわたって安全なのは、国内向けインフラ関連、官公庁、教育、外食と一部の上位技術職くらいか。

本社と海外現地法人の従業員が円滑なコミュニケーションをとれれば、わざわざ日本国内に巨大なオフィスを構え、誰でもできるような仕事を莫大な賃金を支払って日本人にさせる必要もない。それに、日本国内でヘボい従業員に標準的な賃金を払えるだけの人件費を確保できるなら、発展途上国で十分に優秀な人材を確保できる。発展途上国における賃金水準の3倍もあれば楽勝だ。

日本国内における労働市場が二分化し、いわゆる低賃金で働かされている派遣社員や契約社員が増大している背景には、日本企業の海外進出にともなう日本人労働者の付加価値の低下、市場競争力の低下などがある。それを新しい雇用慣行のせいにする日本人のあまりに多さにはいつも驚かされる。どうしてグローバル化のせいでそうなっていることに気付かないのか。先進国でグローバル化反対の政権公約がないのも、デモが起きていないのもせいぜい日本くらいなもんだ。本当に滑稽きわまりない。

「きのう内定をもらったのは、タイ資本のシステムインテグレータの顧客サポート職。月給がたったの18,000バーツ(年間一時金なし)なのは微妙だけど、残業がないから、単位時間あたりの収入は改善されるわね」

もう少し突っ込んで聞いてみると、その内定先がウチのタイ現地法人のすぐ下のフロアに入っている新興企業であることが判明。この友人、あまり優先順位が高くないから将来的に困ったことになるかも。

午前5時半、いよいよ目を開け続けるのが困難になりシャワーを借りる。家賃4,500バーツのアパート(標準的な日本人現地採用者が住んでいるレベル)にしては清潔だった。でも、冷房と冷水シャワーのコンボだけはありえない。室内の冷気がバスルームにも入ってきて凍えそうになる。

「わたしがまだ中等学校(中学・高校)に通っていた頃、同じ村(農村集落の一区画)で幼女強姦殺人事件があったのよ。あのときは新聞にも載って全国的に話題になったんだけど・・・・・・(意識飛び中)・・・・・・こんな事件、さすがに日本にはないわよね?」

午前8時頃、そろそろ意識がヤバくなってきた。宮崎勤死刑囚の事例が頭をよぎる。しかし、事件の顛末を詳細に説明できるだけの気力はすでにない。睡魔に耐えながら長電話を続け、ふと自分の意識が飛んでいることに気付き、あわてて「ああ、そうだね」と相槌を打ってお茶を濁していた高校時代を思い出す。それを30歳にもなって電話ではなくリアルでやっているとは。

テレビアニメ AngelHeart を約10時間かけて第18話まで鑑賞(?)し、ドラえもんのDVDに交換したところまでは覚えているが、それから何話見たのか皆目見当が付かない。とうぜん物語の内容もほとんど覚えていない。次第に意識が何度も途絶えるようになり、次第に友人の話も断片的な情報へと変わっていく。

確かこの時の友人の話は、15年ほど前のある日、村内でもとびっきり可愛いかった当時12歳の少女が突如として姿を消したというもの。警官が「逮捕しないから犯人はこっそり自首してください」と住民に呼びかけると、その日の夕方になって村民たちからの信頼篤かった副村長が警察署に出頭した。供述に基づいて警察が副村長宅の床下を捜索したところ、地中に埋められた少女の遺体を発見。新聞各紙は性的なイタズラはなかったという警察発表をそのまま報じたが、その後の検死により遺体の女性器から副村長の精液反応が見つかった。それが村人たちに知れ渡ると、副村長は ประชาทันฑ์ (私刑, リンチ)に遭い死亡。警官は当初の約束通り犯人を逮捕しなかったが、現場を遠巻きに見ているだけでまったく制止しなかったという。でも、自力制裁によって維持される秩序というのも案外悪くない。どうせ自力制裁を乱用する人は、別の自力制裁により淘汰され、結果的として社会の調和に寄与することになる。それにしても、 ประชาทันฑ์ なんて単語、久々に聞いたよ。

・・・・・・約13時間にもおよぶタイ語ロングトークの末、睡魔の誘惑に負け、ついに力尽きた。

2009年3月25日(水)

「わたしも最初は黄服派だったけど、スワンナプーム空港占拠事件(2008年11月)で赤服派に転向したの。だけど例のカレ(この友人が気に入っているオトコ)は黄服派のままだったからハイサヨウナラね」

午前8時50分、友人が部屋の扉を開ける音で目が覚めた。近所の屋台で朝食のお粥と大量の葡萄を買って来たらしい。けっきょく50分も眠れなかった。そして昨晩からずっと続いているマシンガントークがすぐに再開される。

タイにおける政情不安について、軍事クーデターとあくなき政治闘争のことを心配されている方も多いが、それは表面的な現象にすぎないため、些細な問題として無視してしまってもかまわない。厄介なのは、国論がタックスィン元首相派(タクシン元首相派)反タックスィン元首相派(反タクシン元首相派)で二分され、アラブ地域における宗派対立さながらの様相を呈してきていることであり、最近では初対面の相手からいきなりどちらの勢力を支持しているか立場を明確にするよう迫られることもある。

2006年初頭に発覚したタックスィン元首相(タクシン元首相)(タイ愛国党)による露骨な税金逃れと民主市民連合による反政府救国キャンペーン。同年9月の立憲君主制統治改革評議会による軍事クーデターとタイ愛国党党首タックスィン・チンナワット(タクシン・チナワット)の首相失脚。2007年11月の反クーデター人民共同戦線(現在の国家反独裁民主共同戦線)による反軍政キャンペーン。同年12月の民政移管と人民力党(旧タイ愛国党)による政権奪還。2008年12月の憲法裁判所による人民力党解党命令と民主党党首アピスィット・ウェーチャーチーワの首相就任を経て、タイの国政はますます混迷の度を深めている。

■ タックスィン元首相派 (赤服=国家反独裁民主共同戦線, リベラル派)

支持基盤: 新興起業家, 工場等の単純労働者, 農民等地方の貧困層
支持団体: タイ愛国党(非合法化)→人民力党(非合法化)→タイ貢献党, 国家反独裁民主共同戦線

タックスィン元首相はその在任期間中(2001-2006)、それまでのさまざまな既得権益を破壊し、民衆の権利を拡大させ、農民等貧困層に対する社会福祉を拡充するなど国内産業の振興と社会民主主義の発展に対し大いに貢献した。一方で西洋的社会民主主義実現の障害となっているタイ王室の権威を貶めるようと密かに企てており、その手始めとして1970年頃まで立憲君主制における象徴的な存在に過ぎなかったプーミポン・アドゥンヤデート国王(在位1946-)の神格化を実現した枢密院議長プレーム・ティンスーラーノン陸軍大将の失脚を画策している。

■ 反タックスィン元首相派 (黄服=民主市民連合, 王統派, 保守派)

支持基盤: タイ王室, 古参事業家, 都市部の中間層, 大卒者および現役大学生
支持団体: 立憲君主制統治改革評議会(解散)→国家安定評議会, 国軍, 憲法裁判所, 民主市民連合

タックスィン元首相はその在任期間中(2001-2006)、それまで社会的・経済的な優位にあって甘い汁を吸い続けてきた人々のさまざまな既得権益を奪い、富の再分配を目的としたさまざまな政策によって貧困層の発言力を拡大させた。これにより、ほとんどの都市部中間層が依存している外食価格の高騰を招き、都市部の中間層の社会的・経済的な比較優位が損なわれた。また新興起業家の台頭により、古参の事業家たちは次第に追い込まれていった。くわえて相次ぐ新設4年生大学の認可と大卒者の急増により、伝統ある高等教育機関を卒業した大卒者の優位性が脅かされている。そのため、タイ的階級社会の根幹をなす王権の擁護を名目に、タックスィン元首相派が志している社会民主主義的政策から「古き良きタイ」を守ろうとしている。

わたしはどちらを支持しているのかと訊かれるたびに回答に窮している。

日本の高校社会科的には、赤服(国家反独裁民主共同戦線)派支持と回答した方が無難で良いに違いない。しかし、赤服が標榜している「ホンモノの社会民主政治」を実現するためには、(口先では王権を支持すると主張しているが)王室を打倒もしくは無力化しなければならないという致命的な矛盾を抱えている。そんな支離滅裂な主張に何の矛盾も感じることなくまんまと騙されているタイ人も少なからずいるが、その仲間入りをしてしまうのは何とも情けない。それに旧タイ愛国党(非合法化)所属の政治業者連中は、タックスィン元首相の改革によって新たに創出された利権構造に群がっていただけにすぎない。そんなのをどうして支持できようか。

一方、黄服(民主市民連合)は超が付くほどの保守派であり、筆者の利害とも合致している。しかしあまりにも反動的すぎる。世界的な民主主義の潮流に逆行して、1997年憲法で民選議会となった元老院(上院)の約半数をふたたび任命制に戻してしまった(でもアホ選挙民の悪影響を最小限に抑えるという意味ではタイの現実に即している)。さらに過激な行動も目立ち、2008年11月25日から12月4日までの10日間にわたって、バンコク都内のドーンムアング、スワンナプーム両空港を不法に占拠し、自国の経済に対して GDP の約3%(約2,900億バーツ, タイ中銀調べ)にものぼる打撃を与えた愚行は看過できない。当時、大至急で送るべき商品を空輸できず、筆者自身も日常業務において大変な迷惑をこうむった。

だから、「これが外国の出来事でよかった。僕は黄服も赤服も支持しない」と回答することにしている。

午前11時10分、ペッブリー1にあるホテル Bangkok City Inn に戻ってシャワーを浴び、午後12時10分にチェックアウト。午後12時50分に、昨晩ハートヤイを発ってはるばる鉄道でバンコクまでやってきた友人とンガームドゥープリー通りにあるゲストハウスで落ち合い、荷物だけチェックイン。

午後2時30分、モーチット発オンカラック経由アランヤプラテート行の長距離バス1等乙車(204バーツ)でカンボジア国境へと向かい、午後7時35分、国境の西約7キロにあるサゲーオ県(サケオ県)アランヤプラテート郡に到着。国境の出入国管理業務が午後8時で終了してしまうため、三輪オートタクシー(トゥクトゥク)の運転手に全速力で向かうよう依頼し、午後7時50分到着。すぐさまタイを出国し、カンボジア側へと入る。午後7時53分、カンボジア入管手前にあるカジノ街でカンボジアビザ(1,100バーツ, 無写真反則金100バーツ含む)を申請。午後7時58分、カンボジア入国審査場で入国スタンプをもらう。

午後8時5分、ホテル Tropicana Resorts and Casino にチェックイン(換金不能チップ15,000バーツ分を購入することにで1部屋無料)。夕食後、同ホテルでブラックジャックをプレイしたところ、9,500バーツ相当の換金不能チップが8,100バーツの換金可能チップになった。1,400バーツの負け。

2009年3月26日(木)

きのうからカンボジア王国バンテイメンチェイ州ポーイペート(アッポイペト)にあるカジノ街に滞在している。

これまでずっとブラックジャック一筋だったが、そろそろ友人の趣味に対応できなくなってきたため、きょう新たにバカラとポーカーを試した。クラップスにもチャレンジしてみたがまだ半分も理解できない。

午前11時起床。正午、ホテル Tropicana Resorts and Casino で延泊手続(換金不能チップ15,000バーツ分を購入することで1部屋無料)を済ませる。

きょうの戦績はつぎのとおり。

ホテル Tropicana Resorts and Casino のブラックジャックで300バーツの勝ち。ホテル Grand Diamond City のポーカーで230バーツの勝ち。ホテル Poi Pet Resort Hotel & Casino のバカラで2,800バーツの勝ち、クラップスで500バーツの負け。ホテル Tropicana Resorts and Casino のバカラで1,000バーツの勝ち、ポーカーで100バーツの勝ち。

途中、ホテル Poi Pet Resort Hotel & Casino の賭場で旅行会社の売り子(カジノホテルから換金不能チップを購入して各種特典を転売する仕事)をしているピンクちゃん(仮名)から換金不能チップ2,000バーツ分を購入し、その旅行会社が運行しているバンコク行きバスの無料乗車券をゲット。路線長距離バスとは異なり、ナコーンナーヨック県(ナコンナヨック県)オンカラック郡を経由しないため、バンコクまでの移動時間を1~2時間は短縮できる。

午前4時、就寝。まさにリフレッシュ休暇ってカンジで気に入っている。

2009年3月27日(金)

午前11時、カンボジア王国バンテイメンチェイ州ポーイペート(ポイペト)にあるホテル Tropicana Resorts and Casino で朝を迎え、正午にチェックアウト。午後2時40分、ホテル Poi Pet Resort Hotel & Casino で原資回復を賭けたバカラをプレイ中にタイ現地法人の従業員から電話があり、日本へサンプル品を持ち帰ってほしいとの依頼を受ける。戦績はポーカーで400バーツの負け、バカラで400バーツの勝ち。

午後3時、サゲーオ県(サケオ県)アランヤプラテート郡にあるローングルア市場前国境からタイへ戻り、同市場で OMEGA ブランドの模造腕時計(1,200バーツ)を購入。今回のカンボジア旅行はカジノで儲けたため、滞在費(現地までの交通費, 宿泊費, 食費等)を差し引いてもプラスになっていたが、この腕時計の出費でちょうどチャラになった。でも、海外旅行の3日間をタダで過ごせたと考えれば十分悪くない。

午後3時半、カジノホテル提携旅行会社が運行している観光バスに乗車。午後7時20分、高架電車 BTS オーンヌット(オンヌット)駅前で降車。高架電車 BTS アソーク駅改札口前で現地法人のタイ人女性副課長からサンプル品を受け取る。その後地下鉄 MRT でルンピニー駅へ移動し、駅前の中華料理店で夕食をとり、スラウォング通り(スリウォン通り)にあるマッサージ屋 King’s Body House でボディーマッサージ(120分間, 330バーツ)を受けて解散した。

午前零時、ペッブリー5の Seven Eleven(セブンイレブン) 前で友人と落ち合い、プララームホック22(ラーマ6世22)にある友人宅で劇場アニメ「ドラえもん―のび太の恐竜」(2006年)の DVD を鑑賞。ベッドの上に放置されていたエッセイ มัธยมสีดำ(マッタヨムスィーダム) (黒中等学校生=闇の中高生)に手を伸ばすと、友人がそのあらすじを説明してくれた。

「わたしはきっと(売春をしている女子中高生が)いると思うわ」

友人によると、エッセイ มัธยมสีดำ(マッタヨムスィーダム) は陸軍テレビ(チャンネル5)の売春ドキュメンタリー番組に出演した中高生たちを継続取材して、その体験をまとめたエッセイ集。その前年に出版された เรื่องเล่าสาวไซด์ไลน์ (サイドライン娘のストーリー=現役女子大生・OLの売春実話)とともに世間を大いに騒がせたという。

タイは日本人に買春天国としてよく知られているが、外国人向けの観光産業とタイ人向けの性風俗産業は切り離してそれぞれを別個のものとして考えないと、本質を見失いかねない。その程度のことが社会問題になるのだから、タイの市民社会はまだまだ健全なのかも(日本じゃ援交やってる女子高生なんて珍しくも何ともないし、だれもそんなエッセイなんか見向きもしない)。翌28日午前8時就寝。

なおタイでは性欲をかき立てる書物の出版が禁止されており、本書も発禁処分を受けた。

2009年3月28日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090328.jpg" width="300" height="169" align="right" />正午起床。化粧鏡にメモらしきものが貼ってある。

「ちょっと用事で外出する。もし部屋を出て行くのなら、鍵はちゃんと締めておいて。ヂック(仮名)」

メモを読むために化粧台へ近づくと、化粧道具入れのなかにある注射器に気付いた。こんなもの、日常生活のどんな場面で使うのかと頭を傾げるが、寝ぼけているせいで何も思いつかない。とりあえずシャワーを浴びて旅行カバンの中身をチェック。問題なし。トイレのドアロックと同じ構造をしているノブのボタンを部屋の内側から押してドアを閉める。施錠完了。旅行カバンをずるずると引きずってプララームホック通りまで歩いて行き、そこでタクシーを拾う。

午後2時、セントラル百貨店ピングラーオ店(ピンクラオ店)に到着。地階にある KFC で昼食をとり、その後3階の美容室でストレートパーマをかける。バンコク・スワンナプーム空港までの見送りを「頭痛のタネ」となった友人がしてくれる手筈になっていたが、時間外勤務発生のためキャンセルとなった。やむなくタクシーのトランクに旅行カバンを詰め込んで空港へと向かう。

“พี่น้องครับ ลุกขึ้นมาทั้งประเทศไทย มาร่วมกับเสื้อแดง เอาประชาธิปไตยคืนมา ไม่ต้องมากรุงเทพฯก็ได้ ชุมนุมกันทั้งประเทศอย่างสันติ เพื่อบอกให้รู้ว่า เราหวงแหนประชาธิปไตย เอาคืนมาให้เราซะ แล้วความเป็นอยู่พี่น้องจะดีขึ้น”
「国民のみなさん、必ずしもバンコクへ行く必要はありません。全国規模で平和的な市民集会を開き、わたしたちが民主主義回復と生活レベル向上のために抗議していることを知らしめれば良いのです。今こそ全国一斉に立ち上がって、赤服(国家反独裁民主共同戦線)とともに民主主義を取り戻しましょう!」

午後8時すぎ、有料道路「バンコク・チョンブリー新線」を走行中にタクシーの車窓から街の景色を眺めていると、留学時代にイヤというほど聞いた「あの声」が聞こえてきた。ラッチャダーピセーク通り(ラチャダーピセーク通り)周辺における土地の不正取引(7億7200万バーツ)とそれにともなう収賄の疑いで2008年8月12日、最高裁判所公務員特別職刑事犯課から指名手配され現在諸外国を転々としているタックスィン・チンナワット元首相(タクシン・チナワット元首相)の声だ。いまでも地方(特に北部および東北部)の貧困層(出稼ぎタクシー運転手など)に対してカリスマ的な影響力があり、今回のラジオ演説で首相官邸近くで抗議活動中の赤服(国家反独裁民主共同戦線)を煽っている。

曰く、「現政権は元老院に買収されている。現政権は総選挙を経ずに成立しており、民主主義的正統性に欠ける。枢密院議長のプレーム・ティンスーラーノン陸軍大将は民主主義の敵である。今回の国債法改正にともなう国債発行限度額引き上げは、先進国に比べ集税率の低いタイにとっては重すぎる負担であり、将来の財政危機と増税を招く。タックスィン政権時代、民主主義的な政策により国民の生活は向上した」等々。

枢密院議長のプレーム・ティンスーラーノン陸軍大将は、タイ国王の側近中の側近であり、数十年来タイ国王の神格化に努めてきたいわゆる「忠臣」である。それに、枢密院議長クラスでは民主主義に害をなすことはできない。だから元首相の演説を額面どおりに受け取ってしまうと違和感が残るが、これをほかの人物に置き換えて聞いてみると辻褄が合う。在任当時から元首相の扇動政治家としての辣腕ぶりには感心していたが、今回のは極めつけだ。王室不敬罪ギリギリの表現で、王室に対して思いっきりケンカを売っている。今回の政局は、元首相にとって捲土重来を賭けた最後の戦いとなるだろう。

空港到着後、チェックインカウンターの係員から青帯入りの搭乗券を手渡された。緑帯はエコノミークラス、青帯はビジネスクラス。きっと往路の機内のすぐ後ろの座席で、下劣すぎる話を大声で続けていた酩酊中年日本人に腹を立て、タイ人乗務員にタイ語で苦情を申し立てたのが功を奏したのかも(そのときはプレミアムエコノミーに移動させてもらった)。

(追記:タイ首相官邸前で4月9日、反政府派の国家反独裁民主共同戦線により30,000人規模の集会が行われた。10日、臨時の公務員休業日(いわゆる祝日)になる。13日、バンコクでデモ隊が暴徒化し、都心部で大々的な破壊活動が行われた。パッタヤー(パタヤ)で行われていた APEC 東南アジア諸国連合の会議場にも暴徒が侵入した。非常事態宣言布告にともない警察と軍が暴徒を鎮圧。軍の鎮圧行動による死者はなかったが、暴徒により市民数人が殺害された。国家反独裁民主共同戦線側も、逆ギレした市民からの反撃を受けて数人の死者を出している。この事件によりタックスィン元首相は国際刑事警察機構から国際手配され、それまで滞在していた先進国や発展途上国にいられなくなり、後進国への移動を余儀なくされた。個人的には、ちょうどこの時期にタイの得意先を接待する予定が入っていたが、この暴動の影響でタイ現地法人の業務が約1週間にわたって麻痺したため、仕事量が上手いこと平準化されて大いに助かった)