2009年1月1日(木)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090101.jpg" width="300" height="169" align="right" />午前11時10分、アユッタヤー(アユタヤ)市街のホテル「ウートーングイン(U-Thong Inn)」を出発。昨晩の精神的大赤字をなんとか黒字転換するために、プラヂュワップキーリーカーン県のビーチリゾート「フワヒン(ホアヒン)」に滞在している友人たちの元へ向かった。

「ねえ、聞いた? 昨晩、カウントダウンの直後に起こった SANTIKA(ZANTIKA, サーンティガー, サンティカ) の火災で、少なくとも50人、もしかしたら200人くらいが焼死したかもしれないんだって」

午後3時55分、フワヒン80にあるホテル Crystal (1,500バーツ)に到着。友人たちが滞在している306号室を訪ねると、年初の挨拶もそこそこに、昨晩バンコク都内で発生したという大惨事の話題になった。

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090101-2.jpg" width="300" height="169" align="right" />タイ3チャンネル BEC のニュース「今夕のホットな話題」(午後5時~)によると、カウントダウンのおよそ20分後、エーガマイ通り(エカマイ通り)にあるクラブ SANTIKA が全焼し、これまでに59人の死亡が確認された。この日は用地の賃貸借契約終了にともなう SANTIKA の営業最終日でもあり、 GOODBYE SANTIKA をテーマにした DVD やチラシが大々的に配布されていた。もちろん、焼失による閉店を企図したものではない。カウントダウンの音頭をとったゲストによると、演出の花火が天井に引火し、スプリンクラーで消火できなかったことが原因で延焼が広がった。天井から出ている煙に気づいた客はいたものの、大半がそれも演出の一環だと思い込んだため避難が遅れる結果になったという。 SANTIKA は、2004年に営業開始。収容人数は1,000人強。開業当初から無許可で営業を続けていた(映像はタイ3チャネルのニュース「三次元ニュース」(午後10時~)のものです)。

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090101-3.jpg" width="300" height="169" align="right" />午後7時半、友人たちが宿泊している306号室で仮眠をとるなどダラダラと過ごしてから、デーチャヌチット通りとネープデハート通りの交差点にある海鮮料理屋「ヂェックピヤ珈琲店」で友人たち6人と夕食をとる。友人によると、この店はタイ人のあいだで評判との噂だが、味の方はそこそこ。ほかにも、フワヒンにはタイ人のあいだで評判の店が数店舗ある。午後8時半、フワヒン中心部の出店で土産物を買い、ホテル Crystal へと戻った。

午後10時半頃、フワヒン80にあるホテル Crystal の308号室で、タイ3チャンネルの報道番組「三次元ニュース」見ていたところ、いつの間にか眠ってしまった。友人たちによると、誰よりも早く真っ先に眠りに落ちたという。やはり、昨晩のピヂット~アユッタヤーの強行軍が効いていた。この年末年始で228人が交通事故で死亡したと報道されていたが、昨晩、危うく国道1号線を時速140kmで走行中に車線を逸脱して、交通事故死亡者数のカウントを増やすところだった。

2009年1月2日(金)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090102.jpg" width="300" height="169" align="right" />「これからアンポワーへ行くけど、あなたも一緒に来る?」

午前11時、フワヒン80にあるホテル Crystal をチェックアウト。市内で朝食をとっていたところ、友人に冒頭のように訊かれたが、そもそもアンポワーが何物か分からないことには答えようがない。タイ北部にあるメーホンソーン県パーイ郡が、一昨年あたりから観光地としてタイ人に人気なのは知っているが、アンポワーに関しては聞いたことすらないので、インターネットで調べてみた。

アンポワーは、サムットサーコーン県(サムットサコーン県)西部にある郡。人口57,260人、人口密度366人/km²の小さな街で、ペッブリー県に隣接している。主な産業は、果樹栽培(ココナッツ, ザボン, ライチ)と養殖(エビ)。アユッタヤー朝(アユタヤ朝)プラサートーン王(サンペット5世, 西暦1629-1656)の治世には交易地として栄え、「バーングチャーング水上市場」として知られた。

現在のアンポワー・チャイパッタナーラック水上市場は、タイ伝統文化の再生、地域社会の経済的充足を目的として、プラテープ王女(スィリントーン, シリトーン)が代表を務めるチャイパッタナー財団が建設したもの。毎週末(金曜日15:00-22:00, 土日祝日12:00-22:00)のみ開催。日没後の数時間は、付近の運河でホタル狩りを楽しめる。

まあ、近年ありがちな復古主義的観光開発(古き良きタイ文化の再現による観光開発)の一環だろう。一昨年から流行っているタイ北部のメーホングソーン県(メーホンソン県)パーイ郡にしてもそうだが、タイ人は「復元(創造?)されたタイランド」が大好きだ。

午後1時50分、サムットサーコーン県アンポワー郡にあるバンガロー「水上縁側庭園の家」(バンガロー1軒につき1,500バーツ)に到着。このバンガローは、ホタル狩りの名所、プラチャーチョムチューン運河の畔にあり、向かいには仏教寺院「ワットナーングピム」がある。直前になって予約を入れたため人数分の部屋を確保できず、6人で雑魚寝することになった。午後2時20分、サムットサーコーン市営市場で今晩の海鮮バーベキューの素材を調達。

午後4時20分、バンガロー「水上縁側広場の家」前から、小型ボート(ホタル狩りツアー付き600バーツ)でアンポワー・チャイパッタナーラック水上市場へと向かった。この市場は、手頃で伝統的な土産物を調達するのに適しており、タイ伝統菓子の食べ歩きに興じることもできる。ダムヌーンサドゥワック水上市場とは異なり、バンコクを昼過ぎに出発しても水上市場を見物できるのも魅力。

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090102-2.jpg" width="300" height="169" align="right" />午後6時40分、アンポワー・チャイパッタナーラック水上市場前から、小型ボートでプラチャーチョムチューン運河流域のホタル狩りへと出かけた。運河の暗闇を小型ボートで走り抜け、ココナッツの木で輝いているホタルを見つけるたびに、みんなで指さし歓声を上げた(友人のひとりは、なぜか犬の遠吠えをしていた)。午後7時50分、バンガロー「水上縁側広場の家」でシーフードバーベキューを食べ、午後10時50分に就寝。

2009年1月3日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2009/20090103.jpg" width="300" height="169" align="right" />「お坊さんが来たわよ。そこの花と袋を持って、早くこっちに来て!」

午前6時30分、サムットサーコーン県アンポワー郡にあるバンガロー「水上縁側庭園の家」3号室に敷かれた茣蓙の上で目を覚ました。年末年始のハイシーズンに、しかも直前になって予約を入れたため、人数分の部屋を確保できず、けっきょく昨晩は6人で雑魚寝することになった(ベッドのうえ2人、茣蓙のうえ4人)。

頭頂部にあるガラス製の引き戸の外から、友人たちの声が聞こえる。目を開けて室内を見渡してみると、すでに6人中3人が目を覚まし、プラチャーチョムチューン運河沿いにある縁側でなにやら楽しそうに話している。屋外はまだ薄暗いままだ。日出時刻まで、まだあと10分はある。スースーすると思って足元を見てみると、自分がトランクス一丁になっているのを思い出した。そういえば昨晩、「どうせ下にボクサーをはいてるんでしょ? 脱ぎなさいよ」と言われてジーンズを脱いだんだっけ(実はタイ人がボクサーと呼んでいるのは膝上くらいまで丈のある簡易パンツのことで下着とは別の扱い)。いらんところで変質者的行為に及んだかのような気がして、少しココロが痛む。

さすがに、このままの格好で部屋を出るわけにもいかず、すぐ近くに脱ぎ捨ててあったジーンズをはいてガラス製の引き戸を開けると、ヒンヤリとした空気が室内へと流れ込んできた。午後6時半現在のアンポワー郡の気温は18度。一晩中冷房を付けっぱなしにしていた屋内よりも気温が低い。旅行用トランクを開けてジャケットを探すが、ガラス製の引き戸の外に目をやると、運河沿いにある木製のテーブルでモチ米と豚串の炭火焼(カーオニヤオムーピン)を食べている小柄な友人が羽織っていた。やむなく氷点下の北京にも耐えた厚手のコートを羽織ってサンダルをはく。

バンガロー「水上縁側庭園の家」からプラチャーチョムチューン運河をはさんだ向かい側には、仏教寺院「ワットナーングピム」がある。ちょうど仏教僧たちが運河から小船を引き上げているところだった。どうやら、ひとりめの僧侶が托鉢を終えたところらしい。友人によると、この運河では3人の仏教僧が托鉢をしており、しばらくするとまたやって来るという。

なんて健康的で清々しい朝なんだろう!

午前10時すぎ、バンガロー「水上縁側庭園の家」を出発。午前11時50分、バンコク都バーングスー区にある Big-C Supercenter ウォングサワーング店で友人たちと別れ、タイの日本人社会に詳しい別の友人に電話をかけて昼食のアポイントメントをとった。この友人には、バンコクにおける日本人社会と日本人向けサービス業の現状や課題を知るために、留学時代からいろいろとお世話になってきた。僕や僕の友人たちは通常、この種の分野には比較的疎い(とはいっても、そこらへんのバンコク在住日本人よりは相当くわしい)だけに、けっこう頼りにしている。

午後1時30分、スクンウィット39にあるタイ人経営のラーメン屋「ばんからラーメン」(日本の同店から暖簾分けしてもらったらしい)で友人に昼食をごちそうになる。その後、午後3時45分まで友人宅のパソコンモニターの前で世間話に興じる(内容については特に秘す)。午後4時50分、ウォングサワーング通りにあるバス停で別の友人にピックアップしてもらい、スワンナプーム国際空港まで送り届けてもらった。

スワンナプーム国際空港の搭乗ゲートE1で時間をつぶしているときに、友人宅で聞いた話が気になって、いろいろとインターネットで調べてみた。タイ関連の情報は日頃からタイ語のソースに頼っているためこれまでまったく気にならなかったが、日本語のそれは半数が酷いを通り越して、もう病的としか言いようがないありさまだった。あまりにもキモ間抜けすぎて悶え笑いそうになった(もし友人と一緒にいたら本当に爆笑していたに違いない)。これがタイにおける日本人社会の実態なのか!?

タイ関連の病的なウェブサイトの例として、なにか適当なものを紹介できれば安直で良いのだが、いらん敵を作るのも何だから、きょうのここまでの日記を自分なりに典型的な「病的調」に書き直してみた。日本人社会に詳しい友人とのあいだで、ちょうど「裏バンコク留学生日記」の構想もあったことだし。視点はまるで異なるが、文中の出来事がすべて事実であることをあらかじめお断りしておく。

2009年1月3日(土) のむのむできなかったけど・・・・・・

ネットでナンパしたミルクちゃんたちと、
きのうアンパワーへ行った。
でもネーチャンたちと6人で寝たから、
のむのむできなかった・・・・・・orz

あさスヤスヤ眠ってたらうるさくて・・・・・・
薄目開けたらミルクちゃんとピアスちゃんとファースちゃん、
短パンの下からパンティー見えてるって♪
っつーか俺の上を寝間着で歩きまわるんじゃねーよ。
奴らはガキだ。

新年早々サオサーオたちのパンティー、新株発行で大セール中!
未曾有のセリングクライマックス並に大暴落しておりますぞっ!
しかも大企業で働いてる OL たち。
中華系だから、もちろん白いし、ヤバいくらい色っぽい・・・・・・

奴らは坊主に食い物を恵んでやるために早起きしたらしい。
まあ変な警戒心持たれるのもイヤだから、
とりあえず眠ってるフリを続けておいてやったが・・・・・・
で、托鉢ってなにが楽しいんっすか?
そんなことで、俺を起こすな。ざーけんな。

と思ってたら、グラマー系の未成年パッツン女子大生、ジュディーちゃんから電話・・・・・・
บางคน と ส่วนใหญ่ を日本語に訳してください・・・・・・
朝っぱらから、どおでもいいことで目、覚めた。

とりあえず、コート着て外でてみた。
なかなか楽しかった。
すべすべナマ足ミルクちゃんの隣にすわると「は~い、あ~んしてぇ♥」・・・・・・
女の子みんなノリいいし、
やっぱり女の子と食べるご飯は楽しいね。

途中またパッツンから電話あったけど、まあいいや。
どうせ今晩には日本帰るんだしね。
バンコクで在タイブログ仲間だった「某亞」さんと「ばんからラーメン」で昼食。
ロリ系のミルクちゃんに車で空港まで送らせた。

うわ、キンモー。

この「病的調日記」を書いている途中で、何度か精神病院送り寸前まで脳味噌がイカれそうになったが、とりあえず気を取り直して、この文章がいかに病的かを考えてみたい。

―― 病的ウェブサイト用語集 ――

★ ナンパ(第1段落)

病的ウェブサイト筆者は、この表現が大好き。ナンパに成功することがイケてると勘違いしてる節がある。でも、ナンパが肯定されるのは、せいぜい二十歳くらいまで。筆者の精神的・恋愛的な稚拙さが表れている。日本での恋愛経験が足りなかったのかも。なかには娼婦を買うことをナンパと言っている人もいるため注意。

★ のむのむ(第1段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。女性の胸を吸うことがイケてると勘違いしている節がある。ノムとは、タイ語で女性の胸部または乳の意味。したがって、この場合ののむのむとは、女性の胸を赤ん坊のように吸う行為、またはその先にある性行為を暗示している。でも、女性の胸を赤ん坊のように吸うのが許容されるのは、せいぜい4歳くらいまで。セックス自慢が許容されるのも、せいぜい高校卒業くらいまで。筆者の精神的・性的な稚拙さが表れている。思春期によほど女性の胸に飢えきった生活を送ってきたのかも。なかには娼婦を買うことをのむのむと言っている人もいるため注意が必要。

★ ネーチャン(第1段落)/ミルクちゃんとピアスちゃんとファースちゃん(第2段落)/ジュディーちゃん(第5段落)/女の子(第6段落)

病的ウェブサイト筆者は、この表現が大好き。自分のウェブサイトに女性の存在と、その名前をコレクションするのがイケてると勘違いしている節がある。でも、彼女たちについて言及されることはほとんどない。ただ名前を書いているだけ。しかも女性にだらしのない男性は世間的にあまり信用されないため、本来であればむしろ複数の女性の存在は隠しておきたいところ。そこまでのリスクを冒して、なお自分の悦びや感動を読者に伝えたいのだろうか。あまりにも無邪気すぎる。筆者の女性関係における未熟さと精神的な稚拙さが表れている。これまでに女性と関わった経験がほとんどないのかも。

★ 短パン(第2段落)/パンティー(第2段落)/パッツン(第3段落)/すべすべナマ足(第6段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。エロい場面に遭遇できることがイケてると勘違いしている節がある。「パッツン」とは、タイ国内における評価が低い大学に通っている女子学生あいだで流行っているボディコン的な制服、または女子大生そのもののこと。でも、女性のエロさに新鮮な悦びを感じるのが許容されるのは、せいぜい高校卒業くらいまで。筆者の精神的・性的な稚拙さが表れている。制服時代に同年代の女性とドキドキ体験をしたことがないのかも。ほとんどの場合、とんでもなくショボい大学の徽章が制服の胸元に輝いており、ある程度タイの高等教育に精通している日本人からは失笑を買っている。

★ サオサーオ(第3段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。旅行者レベルのタイ語を駆使することがイケてると勘違いしている節がある。「ナックスックサー(現役大学生)」、「キットゥン(恋しい)」、「アップヤー(違法薬物の使用)」などの表現も同じような用法で、日本語の解説なしに使われている。でも、読者が分からないような単語を並べて優越感に浸ることができるのは、せいぜいタイ語初級レベルまで。筆者の語学力不足と精神的稚拙さが表れている。よほどタイ語力に乏しいのかも。

◆ 大暴落/セリングクライマックス(第3段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。趣味の分野における用語を駆使することで、自らの興奮や悦びを余すことなく伝えられると勘違いしている節がある。「高騰」、「下落」、「指標」、「整理ポスト」などの表現も同じような用法で使われている。ここから、筆者の日常生活における金融取引が占めている重要度の割合が垣間見られる。これは、定職に就いていない日本人男性にしばしば見られる傾向。金融取引に自分の運命がかかっているのかも。

◆ OL (第3段落)/女子大生(第4段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。ブランド力のある職業そのものがイケてると勘違いしている節がある。「スッチー(客室乗務員)」などの表現も同じような用法で使われている。でも、その呼称にふさわしいだけの洗練された女性かどうかについて言及されることはまずない。なかには「コヨーテ(高級風俗店の踊り子)」がイケてると勘違いしている病的ウェブサイトの筆者もいるため注意。コヨーテは、 Go Go Bar の売春ダンサーやカラオケスナックの売春ホステスよりも若干マシな程度で、バンコク人男性が決して恋愛対象にしないような社会的地位の低い女性のため、ある程度タイの社会に精通している日本人からは失笑を買っている。

◆ 中華系(第3段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。中国移民の子孫が特別に(裕福で)イケてると勘違いしている節がある。タイには実際、裕福な中国系タイ人が存在しているが、だからといって中国系タイ人だから裕福なわけではない。中国系タイ人と非中国系タイ人の平均所得も、そう大して変わらない。タイにおいて肌の色が薄い人々が持て囃されているのは事実だが、それは太陽光に晒されない生活を送っている人々(自家用車やタクシーで移動し、オフィスで働いている人々)が持て囃されているのであって、中国系タイ人だからではない。ちなみに、タイにおける中国系移民とその子孫は人口の14%、約800万人を占める。タイ社会に対する筆者の理解の乏しさが表れている。

★ 色っぽい(第3段落)/グラマー系(第5段落)/ロリ系(第7段落)

病的ウェブサイトの筆者は、この表現が大好き。すぐに女性を性的魅力によって分類したがる節がある。でも、女性の評価を性的魅力だけで判断するのが許されるのは、せいぜい大学生くらいまで。女性と十分なコミュニケーションをとるための話力や語学力が足りないのかも。

■ 楽しかった(第6段落)

文章を読めば「楽しかった」のは理解できるけど、「きょうは学校へ行って、みんなで給食を食べて、ブランコで遊んで楽しかったです」じゃないんだから(以下略)。

―― 病的ウェブサイトのレシピ ――

1. 性的な画像を掲載する
2. 女友達について言及する
3. 女友達の人格を否定するような短絡的かつ感情的な罵詈雑言を並べる
4. 女友達と一緒にいることで、自分がいかに満足しているかを力説する
5. 世間における常識を否定して、自分がいかに反社会的なアウトローであるかを力説する
6. 女友達に自分がいかに厚遇されているかを力説する
7. すべての記事に上記の1~6を適用する

ってゆうか、いちいち分析するまでもなくアタマ悪すぎる。この文章には、ほぼすべての段落に性的ワードが散りばめられており、しかも女性に関すること以外の言及がほとんどない。これを書いているのが16歳の高校1年生ならまだ微笑ましくもあるが、二十歳を過ぎた成人男性が書いているというのだから本当にキモチ悪い。精神的な幼さも目立つ。

バンコクには、オンナにハマった結果として移住してきた日本人男性も少なくない。その性的な欲求を満たすだけのために、彼らは社会的自殺(日本人としての社会的地位・社会的信用の永久的放棄)や経済的自殺(日本人としての標準的またはそれ以上の経済力・経済的信用の永久的放棄)を何ら躊躇もなく行った。それだけに、女性に対する執念は異様なまでに強烈で、しかも女性の存在そのものが彼らにとってのアイデンティティーとなっている。そんな彼らから「オンナ」を取ったら何が残るというのか。すべてを投げ出してスッテンテンになってしまったあとの惨めな自分の姿に気づいたとき、彼らはいったいどのような行動に出るのだろうか。

そもそも、彼らにとっての「オンナ」とは、バンコク在住のタイ人すら恋愛対象としてみなしていないような娼婦(売春婦)ばかり。これはタイ階級社会的自殺行為(タイにおける社会的地位・社会的信用の放棄)にあたる。つまり、物事の本質的な面において、彼らは最初から「何もなかった」のに等しい。日本人としてこの世に生を受けたときに等しく与えられた社会的・経済的なセーフティーネットすべてを自らの意志で解除して、そして最後に「何もない」を手に入れたのだ。

「何もない」ことにすら気付かず、「何もない」ことを自慢する行為。第三者にとって、それは喜劇以外のなにものでもない。ここで笑わずして、いったいどこで笑えというのか。

タイにおける日本人社会には、「在タイ」という言葉がある。「タイ在住の日本人」という意味で用いられているが、バンコクに住んでいる多数のまともな日本人が、このようなドウシヨウモナイ日本語話者と一緒くたに「在タイ」と総称されてしまうのはいかがなものか。ドウシヨウモナイ日本人に対して「在タイ」を自称することを禁止するか、もしくはそれぞれを明確に区別するための新たな呼称を考えるかすべきではないかと、わたしは常々思っている。

(さすがに、病的調日記に登場する固有名詞は、すべて仮名にさせてもらいました)

タイにおける日本人社会については、シリーズ「微笑みの国タイと厳しい現実」でより詳しく説明しています。

2009年1月9日(金)

(日本での生活について公表してほしいとのリクエストをいただいたため、2009年1月9日の「きょうの出来事」を期間限定で掲載します。なお、このブログは「タイ」をテーマにしているため、日本での生活については今後言及しない旨、ご理解いただきたくお願い申し上げます)

午前6時50分起床。 NHK BS1 の「おはよう世界のトップニュース」を見ながら朝食を済ませ、いつもの日課となっている朝風呂に入る。午前7時40分、有料録画サイト bbtvthai.com で、昨晩放送されたタイ3チャンネル BEC のニュース「三次元ニュース」を見ながら整髪。ネクタイを締めて玄関の扉を開けたところ、ポケットのなかに部屋の鍵がないことに気付いて引き返すが、どこにも見つからず大慌て。棚の奥からスペアキーを取り出してなかったら、確実に遅刻していた。

きょうの仕事は、朝ミーティングの資料を出力するところから始まった。世界同時不況のあおりをうけて、タイ関係のミーティング資料に記載されている懸案事項も目に見えて減少している。席に戻ってからは、コーヒーを飲みながらタイ関連の各種ウェブサイト(タイ語)をチェック。庶務係から渡された社内通封筒を開けると、来月タイへ指導に行く某工場技術者のパスポートが英文履歴書とともに入っていた。週明けにでも旅行代理店を呼んで、商用査証を手配させよう。その後、今年4月に改訂される価格表を取り纏めている同僚に、いま自分が担当している仕入先からの回答状況を報告。午前11時半、別のフロアにいる安全衛生担当者のところへ出向いて、新たに導入する商用渡航カードについて説明し、申請フォームに必要事項を記載するよう依頼。この商用渡航カードは、従来の商用査証に代わるものとして、昨年末に導入するよう提案したばかりのものだ。

昼食は会社の弁当。昼食仲間がブラジルへ出張に行ってしまってからは、仕出し弁当で手早く済ませることにしている。きょうは中国広州の産業用機械市場を担当している現地出身者や留学経験者の同僚たち6人のところへ行き、現地の物価や市民生活などに関する情報を仕入れた。

午後、タイにある某日系工場向け産業用機械予備品の見積に着手するが、タイ現地法人からのファックスが不鮮明だったため、再度 EXCEL ファイルで送り直すよう国際電話で依頼をかける。

「いくら世界的な不況下にあるとはいえ、社会に対して責任ある上場企業として、あまりにもブサイクな真似は避けたい」

すぐ近くで会話を聞いていた上司に国際電話の頻度についてとがめられたため、昨年末に財務部門から取り寄せた部門別国際通話料金明細書と、タイ向けの通話料金を劇的に低減するための施策を纏めた上申書について説明するが、返ってきたのはあまり前向きではない回答だった。電話をかけまくるのもダメ、国際電話カードを使うのもダメでは、もはや身動きが取れない。いまでも国際電話事業者から72%割引の適用を受けているが、それをさらに9割低減することで、誰からも文句を付けられることなく現在の7倍の頻度で発信できる権利を獲得したい。

その後、別の案件で利益を折半することになっている地方営業所へ見積を依頼。別フロアにある応接用ブースで、近日中にタイへ出張する上級管理職に、きのう用意した資料をもとにバンコクナイトの楽しみ方を伝授。設計図とにらめっこしながら、小社受注範囲が変更になった設備更新案件の改訂見積書を作成。午後6時5分まで、タイ国内の某工場で問題を起こしたコンピュータについて関係各所に電話で問い合わせるなどして調査するが、当初疑われていたコンピュータウイルスとは無関係であることが判明。このままでは、タイの現地法人に英文報告書の原案を送ることができない。ため息をついてパソコンの電源を切りコートを羽織る。

今晩、アメリカ現地法人の新社長就任にともなう祝賀会が予定されていたが、それでも自分は女性事務職主催の新年会に参加。韓国風鉄板鍋料理屋「鉄板鍋づくし」でキムチ鍋を囲みながら、某同僚との関係について探りをいられられた。タイでの人間関係については、元クラスメイトの話など面白味のない話題を取り上げることで華麗にスルー。地下鉄で別の駅へと移動し、隠れ家的なバーでウイスキーを傾けながら噂話に花を咲かせる。

午後11時43分、アメリカ東海岸にある得意先を担当している若手男性社員から SOS が入る。午前零時20分、店を出てタクシーで急行すると、その若手男性社員はカラオケスナックでミニスカサンタクロースのコスプレをさせられていた。乳首の廻りには緑色の油性マジックで温泉マークのようなものが書かれている。調達部門の新任上級管理職を接待しているところらしい。危うく自分にも書かれそうになったため、ミニスカサンタクロースのコスチュームを同僚から奪って装着。素っ裸になった同僚は同じフロアで働いている中級管理職にライターで陰毛を燃やされた。

面倒を避けるために B’z や X Japan などの長め曲をリクエストしまくったせいで、とうとう声が出なくなった。

午前3時20分、調達部門の新任上級管理職が「キミは気合いの入った芸達者な部下達に恵まれて良かったな」と満足そうに言うと、同じオフィスで働いている中級管理職は「私が電話で一声かければ、すぐに駆けつけて来ます」と胸を張った。いろいろとムリをさせられたが、いつもお世話になっている方のためになったのなら、それでいい。