ラッチャダーに最近オープンした時代遅れのパブ

「あの後ろにいるイモっぽいヤツら、ホントウにもう、なんとかならないのかしら?」

午前3時16分、ラッチャダーピセーク6街路にあるパブ「バーリー」の、ステージからもっとも離れている場所にある2階席で、友人が働いている勤務先を本日付で退職をする友人の同僚たち7人とハイボールを飲んだ。すぐ後ろにはタバコをふかしながら激しく踊っている部屋着姿の女性客5人組のグループがいて、僕の背中にガンガンぶつかってきていた。パッと見た感じでは20歳ぐらいのようだった。

―― いつの間に、2004年以前の旧 RCA Royal City Avenue で流行していたようなヘボヘボダンスが復活したんだ?

激しいジェネレーションギャップを感じながらも、友人たちと「はーい、チーズ」なんて言いながら写真を撮っていたところ、ふと我に返った。

ラッチャダーピセーク6街路から8街路にかけての一帯は、留学時代にはバンコクの若者たちから「イーサーン館」と呼ばれ、バンコクの流行から隔絶されている、田舎臭さ満点のクラブ街として知られていた。バーリーは、僕が本帰国した2006年よりあとに、それまであったオープンエアーの飲み屋の跡地に作られたいわゆる新しいタイプのクラブだが、残念ながら本質的なところでは、この店の向かい側にある Hollywood や Dance Fever と大差ないようだった。ソープランド街の外れにあるため、地方出身のソープ嬢たちによるコミュニティーに属している女性客が多く、ソープランドが客の受け入れが終了する午前零時とともに大挙して押し寄せてきていた。日本人向けの歓楽街「タニヤ」で働いているホステスたちが日本人の観光客を連れてくるのも、大抵はこの界隈にあるクラブのいずれかだと言われている。

ソープ嬢といえば、バンコクで留学をしていた頃に興味深い話を聞いたことがある。そのときは、本人と会ったその日にまさか「日本人の出張者ヤマダさん(仮名)のカノジョでソープ嬢をしているタイ人の女性が言いました」とは書けなかったからスルーしたが、時効となったこの機会に、そのときの話をこの日記のネタ帳に書いてあったメモを元に再現してみたい。

当時、ヤマダさんのカノジョ(?)であったミンちゃん(20歳, 仮名)は、ラッチャダーピセーク17街路にあるソープランド「ポセイドン」でマッサージ嬢として働いていた。もちろん、マッサージといっても筋肉の疲労を緩和させる目的でおこなわれる普通のマッサージではなく、女性のあの部分を使って男性のあの部分をマッサージするのが彼女のお仕事だった。

「わたしの店、けっこう待遇がいいのよ。正月や連休も好きなだけ休ませてもらえるし、給料だって良いし」

―― それは良いじゃん!! でもさ、いきなりお金持ち(チップ込み月収約50,000バーツ)とかになっちゃったら、ご両親は絶対におかしいって思うんじゃない?

「始めたばかりの頃は、わたしも親にどう説明したら良いものかと真剣に悩んだわ。で、先輩が教えてくれたのよ」

―― 何を?

「話の分かるお客さんを見つけて、いっしょに田舎まで付いてきてもらうの(ポセイドンにおける日本人客の比率はおよそ8割といわれている)。そして、『バンコクにあるレストランで働いていたときに、この日本人の男性にナンパをされて一緒に暮らすことにした』と説明すれば、それで万事オッケーになるのよ。日本人と一緒になってビンボーになるなんて話は誰も聞いたことがないから、すぐに信じてもらえるわ」

―― (あまりにも狡猾すぎる。娘の幸福を願っている親の心理を悪用してウソをつくことに、罪の意識を何も感じていないのか? それに、日本人のすべてが金持ちなわけではないし、ここバンコクには路上生活者寸前の状態まで困窮している日本人だって、それこそウヨウヨいるんだぞ)あはは、それは名案だね。どうせなら結婚しちゃえばいいじゃん? それで将来の安定が約束されるわけだし、ヤマダさんの死後も日本政府が支払ってくれる遺族年金でウハウハだよ。

「それはできないわ。だって、この人(ヤマダさん)がバンコクに滞在しているのは年に数日だけで、今回もすぐに日本へ帰ってしまうし、それにわたしの素性を知っている人と結婚するというのもちょっとね・・・・・・」

―― いいんじゃない? 毎晩のようにプロの技を披露してあげれば、ヤマダさんもきっと大喜びするよ。あれって、超スゴいんでしょう?

「そうもいかないわ。そもそも普通の家に、あんな大きな浴槽があると思う? それに将来は、やっぱり『世間一般の普通の女』として、それなりの相手を見つけて幸せな家庭を築きたいの」

―― ふぅん、そういうもんなんだあ。

その時の話とともに、「イーサーン館」の本質について思い出した。この界隈にあるクラブでは、バンコク人から絶対に相手にしてもらうことができないような、タイという強烈な格差社会において最底辺にいる女の子たちが、世間一般の女の子のふりをして日頃のウサを晴らすところなんだと。そう理解すれば、クラブシーンを非日常と説明しているカルチュラル・スタディーズの理論とも合致する。こりゃあもう、精神的なマイノリティーによる抵抗行為どころの騒ぎじゃないぞ。社会的なマイノリティーによるなりすまし行為だ。チョー楽しいに違いない!!

そうこうしているうちに、フワイクワーング署の警察官がステージの上にあがってきて宣言した。

「すでに法定営業時間を超ぎています。みなさん、もうお帰りください!!」

旧 RCA で流行していたヘボヘボダンスは、バンコク都内の一部では今もなお健在のようだ。オンラインの「パブ」でも、地方出身者が多い「フロア」では、民謡モーラムやヘボヘボダンスをよく見かける。

きょうは、ラートプラーオ通りにあるパブ「グロムグリアオ」へ行って、友人たちと夕食をとってから、ラッチャダーピセーク6街路にあるパブ「バーリー」で酒を飲んだ。

―― こういう店、もう本当にやめようよ。ブラックなジョークよりもブラックだから。

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ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。