2008年1月1日(火)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080101.jpg" width="300" height="169" align="right" />「ハピニウイー、ハピニウイーヤってこの曲、もう耳について離れないからイヤなんだけど」

きょう1月1日は、タイ語では วันขึ้นปีใหม่สากล(ワンクンピーマイサーゴン) (国際新年)と呼ばれ、 วันตรุษจีน(ワントゥルットヂーン) (春節)や วันสงกรานต์(ワンソングラーン, ソンクラン) (タイ正月・ソングラーンの日)と区別されている。しかし、それは独自の正月を持っている東南アジア諸国ならどこでも同じことだが、ベトナムには国際新年用のニューイヤーソングが少ないせいか、ハノイ市内の店はどこもこの曲ばかりを繰り返し流しており、長時間コーヒー屋に籠もっていると飽きてくる。

正午、 Nguyễn Thái Học 通りにある屋外レストラン Brother’s Café で昼食をとった。ビュッフェ形式の店だが、西洋料理店とベトナム屋台料理店のテイストが絶妙に融合されていてとても良い。客の大半は日本人個人旅行者(+在住者)とタイ人ツアー客。

午後2時から15分程度ホーチミン廟とホーチミン博物館を見学。この2ヶ所は、ベトナムの社会科教育を受けてきた子供たちが喜びそうな作りになっている。午後3時から Thanh niên 通り沿いにある係留遊覧船コーヒー屋 Highlands Café のソファーに寝ころんで、タイ湖(東)とチュックバック湖(西)を眺めた。ベトナムに白鳥足こぎボートがあるのは意外だった(それも超たくさん)。夕方、鎮国寺を参拝してからチュックバック湖の畔を散策し、 Lý Thái Tổ 通りにあるイタリア料理店 Opera で夕食。西洋的なきめ細かなサービスには感心だけど、味の方はまあまあ。値段には見合わないかも。

ちなみに、タイのニューイヤーミュージックといえばこの2曲。

สวัสดีปีใหม่
<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080101-2.jpg" width="300" height="169" align="center" />
สวัสดีปีใหม่แล้ว ผองไทยจงแคล้วปวงภัย
ช่วยกันรับขวัญปีใหม่ เถลิงฤทัยไว้มั่น
สุขศรีปีใหม่หมาย สุขใจและกายรวมกัน
สำราญสำเริงบรรเทิงมั่น สุขสันต์ยิ้มกันไว้ก่อน
 
สิ่งที่ล่วงแล้วให้แล้วกันไป
อย่าได้ผูกใจอาวรณ์
จับมือกันไว้อวยชัย อวยพร สุขสโมสรเริงรมย์
 
ความพลั้งพลาดล่วงเลย
อย่าหมางเมินระทม รวมน้ำใจให้เหลียวกลม
จงถืออารมย์อภัย
 
สวัสดีปีใหม่แล้ว ผองไทยจงแคล้วปวงภัย
ช่วยกันรับขวัญปีใหม่ เถลิงฤทัยไว้มั่น
สุขศรีปีใหม่หมาย สุขใจและกายรวมกัน
สำราญสำเริงบรรเทิงมั่น สุขสันต์ยิ้มกันไว้ก่อน
 
แย้มยิ้มยินดีปรีย์เปรม สุขเกษมเปรมใจ
เรามาตั้งต้น ชีวิตกันใหม่ เราผูกใจไว้ไมตรี
 
ประสานน้ำใจเราไม่ให้ระคาง ตั้งต้นทุกทางอย่างนี้
มารักกันให้คงมั่นทวี ร่วมกันรับปีใหม่เทอญ
 
สวัสดีปีใหม่แล้ว ผองไทยจงแคล้วปวงภัย
ช่วยกันรับขวัญปีใหม่ เถลิงฤทัยไว้มั่น
สุขศรีปีใหม่หมาย สุขใจและกายรวมกัน
สำราญสำเริงบรรเทิงมั่น สุขสันต์ยิ้มกันไว้ก่อน

 

ไชโย ปีใหม่
<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080101-3.jpg" width="300" height="169" align="right" />

2008年1月2日(水)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080102.jpg" width="300" height="169" align="right" />「次は、もう少しマシな国、せめてタイよりもイケてる国へ行かない?」

ベトナムの首都ハノイは、それなりに整備されてはいるが、お世辞にも近代的な都市とは言えない。市場為替ベースの国民1人あたり GDP を見ても、日本(USD34,180)の約37分の1、タイ(USD3,137)の約3分の1と、あまり裕福ではない。ベトナムの大統領府は日本の公立学校の旧規格標準校舎そのものだし、近代的な建造物も市内に数えるほどしかない(それでもラオスよりかなりマシ)。それだけに、いつか近代的なビルが建設され、地下鉄も開通する日が来るかもしれない、と想像するだけでワクワクしてくる。

バンコクは外国人にとっても住みやすい近代化された都市だが、一方で国内には開発から取り残されている地域も多い。当然、タイ人は、開発が遅れている外国の成長を見守ろう、という日本人的な娯楽に何の意義も見いだしていない。

正午、 Vincom City Towers で昼食をとった。このビルは、ハノイ中心部でも珍しい近代的なビルで、ハノイ市内に2つしかない百貨店のうちのひとつが入っている。3階のレストランで、ウエイターに西洋料理(タイと同程度の値段)を注文して料理が来るのを待っていたが、すぐ隣の席で、あとからやってきたホワイトカラーの会社員たちが、店の隅にある食堂内屋台で調達した簡素な料理を今にも食べ終えようとしていた。

食後、市内中心部にある Hoàn Kiếm 湖(ホアンキエム湖)(還剣湖)へと向かい、湖に浮かぶ玉山祠を見物。この一帯はハノイ市民の憩いの場で、ベンチに座っている何組ものカップルたちがディープキスを交わしている。ナイトクラブでもなかなかお目にかかれないような光景に友人は驚いていたが、タイ人向けのガイドブックによれば、公然ディープキスは、旧宗主国フランスが残していったベトナム文化の一部という。

午後9時、 Nội Bài 国際空港(ノイバイ国際空港)に到着した。ちょうどハノイ発バンコク行最終便の搭乗手続きが集中する時間帯で、タイ国際航空、オリエントタイ航空、ノック航空のチェックインカウンター前には長蛇の列ができていた。これだけたくさんのタイ人がいれば、観光地の至る所でタイ人観光客を見かけるのもムリはない。

今回のベトナム旅行は、東南アジア観光以外に、ベトナムが日系企業の進出に必要な各種要件をどれだけ備えているかを、自分の目で確認するためだった(タイを専門として生きていく以上、タイの競合国となりうる国は知っておきたい)。輸出の拠点とするのなら問題ないだろうが、ベトナム人の購買力に期待するのは難しいというのが結論。ベトナムにおける商業の中心地がホーチミンにあることをに差し引いて考えても、首都ハノイの小売業はあまりにも貧弱すぎる。正直、長期間滞在するにはあまりにも面白みがなく、もし自分が会社からベトナム駐在を命じられたら、その日の夕方には転職斡旋会社で適当な求人案件を紹介してもらわざるを得ない。

ノイバイ空港内には、「ショッピングしにバンコクへ行こう」という航空会社の広告が立っているが、国内で入手できないような贅沢品を欲しがっている富裕層にはそれなりの需要があるのかもしれない。

空港内の免税店に興味を示す観光客は皆無だった。ノック航空3209便は、午後10時半にノイバイ国際空港を発ち、午後10時25分にバンコク・スワンナプーム国際空港に到着した。友人とは空港で分かれ、その足でスラウォング通り(スリウォン通り)にあるマッサージ屋「有馬温泉」へと向かった。

2008年1月3日(木)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080103.jpg" width="300" height="169" align="right" />「この割引券あげるから、髪の毛でも切ってらっしゃい」

午前10時半、サヤームスクウェア(サイアムスクエア)で、出勤途中(タイの民間企業は1月2日から営業)の友人から 48% OFF と書かれている割引券を受け取り、美容室 Art Hair 2 へと向かった。この店では、午前11時までに入店した客に 15% の割引をしている。順番待ちの老若男女たちが、窓際の椅子で暇そうにしていた。

自分の順番は、タイ留学時代に使っていた旧式ケータイのゲームにもすっかり飽きた頃に回ってきた。友人から割引券をもらってから、すでに約2時間が経過していた。テキトーな散髪とブローで、料金は110バーツ(定価฿280×48%×15%)。サヤームスクウェア(サイアムスクエア)界隈の美容室は高いことで知られているが、リピーター向けの割引券を使えば案外まともな値段になる。

店から出るときに、割引券の束をドッサリもらった。

2008年1月4日(金)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080104.jpg" width="300" height="169" align="right" />「あの後ろにいるイモっぽいヤツら、ホントウにもう、なんとかならないかしら?」

午前3時16分、ラッチャダーピセーク6にある Pub and Restaurant バーリーの、ステージからもっとも離れている2階席で、本日付で退職する友人の同僚たち7人とハイボールを飲んでいた。すぐ後ろのテーブルにいる部屋着姿の女性客5人組が、タバコをふかしながら激しく踊っており、僕の背中にガンガンぶつかってくる。パッと見、20歳くらいか。

―― いつの間に、2004年以前の旧 RCA Royal City Avenue で流行したヘボヘボダンスが復活したんだ?

激しいジェネレーションギャップを感じながらも、友人たちと「はーい、チーズ」なんて言いながら写真を撮っているうちに、ふと我に返った。

ラッチャダーピセーク6~8の一帯は、留学時代(~2006)から「イーサーン館(ローングイーサーン)」と呼ばれ、バンコクの流行から隔絶されている、田舎臭さ満点のクラブ街として知られていた。バーリーは、僕の本帰国後にオープンエアーの飲み屋の跡地に作られた「新しいクラブ」だが、本質の部分では隣接する Wollywood や Dance Fever と大差ない。ソープランド街の外れにあるという場所柄、地方出身のソープ嬢コミュニティーに属している女性客が多く、午前零時の営業時間終了後に大挙して押し寄せてくる。日本人向けの歓楽街「タニヤ」で働いているホステスたち(持ち帰り可能)が日本人観光客を連れてくるのも、大抵この界隈にあるクラブのどれかだ。

ソープ嬢といえば、留学中に興味深い話を聞いたことがある。そのときは、さすがに「日本人出張者ヤマダさん(仮名)のカノジョが言いました」とは書けなかったからスルーしたけど、時効(?)となったこの機会に、そのときの話をバンコク留学生日記のネタ帳(テキストファイル)を元に再現してみたい。

当時、ヤマダさんのカノジョ(?)ミンちゃん(20歳, 仮名)は、ラッチャダーピセーク(ラチャダーピセーク)17にあるソープランド「ポセイドン」でマッサージ嬢をしていた。もちろん、あの部分を使ってあの部分をマッサージするのがお仕事だ。

「わたしの店、けっこう待遇いいのよ。正月や連休も、好きなだけ休ませてもらえるし、給料も良いし」

―― それは良いじゃん!! でもさ、いきなりお金持ち(チップ込み月収約50,000バーツ)なんかになっちゃったら、ご両親、絶対におかしいって思うんじゃない?

「始めたばかりの頃、わたしも親にどう説明しようか真剣に悩んだわ。で、先輩が教えてくれたのよ」

―― 何を?

「話の分かる客を見つけて、一緒に田舎へ行ってもらうの(ポセイドン客の日本人比率はおよそ8割)。そして、『バンコクのレストランで働いていたときに、この日本人にナンパされて一緒に暮らすことにした』と説明すれば万事オッケーよ。日本人と一緒になってビンボーになるなんて話、聞いたことないからすぐに信じてもらえるわ」

―― (あまりにも狡猾すぎる。娘の幸福を願っている親の心理を悪用してウソをつくことに、何の罪の意識もないのか? それに、日本人のすべてが金持ちなわけじゃないし、ここバンコクには路上生活者寸前の日本人だってウヨウヨいるんだぞ)あはは、それは名案だね。どうせなら結婚しちゃえばいいじゃん? それで将来の安泰が約束されるんだし、ヤマダさんの死後も日本政府が支払ってくれる遺族年金でウハウハだよ。

「それはできないわ。だって、この人(ヤマダさん)がバンコクに滞在するのは年に数日だけで、今回もすぐに日本へ帰っちゃうし、わたしの素性を知っている人と結婚するのもちょっと・・・・・・」

―― いいじゃん? 毎晩のようにプロの技を披露してあげれば、ヤマダさんもきっと大喜びだよ。あれって、超スゴいんでしょう?

「そうもいかないわ。普通の家に、あんな大きな浴槽あると思う? それに将来は、やっぱり『世間一般の女』として、それなりの相手を見つけて幸せな家庭を築きたいの」

―― ふぅん、そういうもんなんだあ。

その時の話を思い出して、「イーサーン館(ローングイーサーン)」の本質を思い出した。この界隈のクラブでは、普段バンコク人から絶対に相手にしてもらえないような、強烈な格差社会における最底辺にいる女の子たちが、世間一般の女の子のふりをして日頃のウサを晴らすところなんだと。クラブシーンを非日常と説明するカルチュラル・スタディーズ(文化研究)の理論にも一致している。こりゃあもう、精神的マイノリティー層による抵抗行為どころの騒ぎじゃないぞ。社会的マイノリティーによるなりすまし行為だ。チョー楽しいに違いない!!

そうこうしているうちに、フワイクワーング署の警察官がステージの上にあがって宣言した。

「すでに法定営業時間を超ぎています。みなさん、もうお帰りください!!」

バンコク都内の一部では、今もなお旧 RCA Royal City Avenue で流行したヘボヘボダンスは健在だ。オンライン Pub でも、地方出身者が多い「フロア」では、民謡モーラムとヘボヘボダンスをよく見聞きする。

ラートプラーオ通り(ラップラオ通り)にある Pub and Restaurant グロムグリアオで夕食をとってから、ラッチャダーピセーク6にある Pub and Restaurant バーリーで飲んだ。

―― こういう店、もう本当にやめようよ。ブラックなジョークよりもブラックだから。

2008年1月5日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080105-2.jpg" width="300" height="169" align="right" />「よかったじゃない。映画も見れたことだし、これでもう満足でしょう?」

午後9時、 Major Cineplex ラッチャヨーティン(ラチャヨーティン)前で、ため息をつきながら友人が言った。時期的に、ほかに一般公開されている映画がなかったとはいえ、この映画はちょっとヒドすぎた。友人の投げやりな言葉にもうなずける。

■ あらすじ (ネタバレなし)

ティーポー(オーフ=スパナット・チャルームチャイヂャルーンギット演)、ローチャー(ヌイ・チューンユィム=チューギアット・イアムスック演)、マーヂュー(ヂャッガブム・チューンユィム=ソムチャート・ソングロット演)の3馬鹿トリオは、人々から愛されながら、国境付近にある霧に囲まれた山間の集落で暮らしていた。

3馬鹿トリオの運命は、山にやってきた女神に振り回される。ティーポーは、バンコクからやってきたエーンニー(アレクサンダー・スティッバート演)を見て「お花はま、うすくしい(お花様、美しい)」と言って感動し、村人たちは、そんなティーポーを見て「めっちゃお似合い」とウワサした。すべてはティーポーの片想いだったが、そんな人々の勝手な思い込みがさまざまな事件を引き起こす。

ほどなくして、お花様=エーンニーがバンコクへと戻り、ティーポーは悲嘆に暮れる。そして何を勘違いしたのか、ティーポーたち3馬鹿トリオも「オラが心、お花様プロジェクト」と称して山を下り、お花様=エーンニーを追ってバンコクへと向かう。

バンコクは、3馬鹿トリオにとって、あまりにも大きすぎた。粗野で大柄なオカマや、変な料理ばかりを注文する強欲な男たちなど、変人揃いの町内の面々を巻き込んで、とんでもないドタバタ劇を繰り返す。挙げ句の果てには、高所配電線作業車(高架電車と同じタイ語名称のクルマ)を乗っ取って町中でカーチェイスをはじめる始末。

お花様=エーンニーと感動の再会をするや、すでに婚約者がいることを知らされ、ティーポーはいきなり失恋する。その裏で、婚約相手のパキン(トラガーン・パンロゥムルートルヂー演)が、お花様=エーンニーを亡き者にしようと、さまざまな陰謀を巡らせていた・・・・・・

■ 感想

この作品は、著名なお笑い芸人を多数起用することで観客のウケを狙っているが、これまでに使い古されてきたような古典的なギャグをテンコ盛りにしているだけで、まったく新鮮味に欠ける。唯一、目を見張るのは、山間の村落で中世のような生活を送ってきた3馬鹿トリオが、近代都市バンコクに出てきてテンパりまくるというタイムスリップ的な設定くらいか。

その後も、コメディー映画のくせにリズムが悪く、観客をイライラとさせる展開が続く。特に残念なのは、ペット・チューンユィムの演技が浮きまくっている点と、ほかに多数登場する優秀なお笑い芸人たちが単なる笑い袋に成り下がっている点。シモネタも露骨すぎ、オカマの立ちんぼ(街娼)はまだ許せるにしても、女性乗客たちがバス強盗に服を剥ぎ取られて強姦目的で連れ去られ、逆に老女が自発的に脱ごうとするシーンは、笑いどころか吐き気をも誘う。

笑いのツボを完全にハズしているのみならず、年々深刻になっている強姦事犯(人口比認知件数で日本の約3倍)も笑いのネタに使ってしまう、製作者の社会性とセンスの欠如には本当に呆れかえる。社会を痛烈に風刺するのもコメディー映画の役割だが、(もし次回があれば)製作者には映画が持つ社会的な影響力とそれに付随する責任をしっかりと認識し、観客(特に犯罪被害者)の気分を害さないような映画作りを心がけてもらいたい。

■ え?

「政府は、非バンコク人によって樹立され、バンコク人によって打倒される」

これは、タンマサート大学(タマサート大学)政治学部の元学部長アネーク・ラオタンマタット准教授が提唱している「タイ民主主義物語の解離性理論」で、その根拠をバンコク人と非バンコク人の経済的、社会的要請の違いに求めている。今回は政治的な話題を取り上げるつもりはないので社会学的な部分だけを簡単に要約するが、それによると、両者が描いている民主主義像には大きな隔たりがあり、バンコク人が政権担当者の主義・思想や能力を優先するのに対し、非バンコク人は自己の利益を第一に考えるという。

バンコク人と非バンコク人の解離性は、単に政治的な傾向だけでなく、「与えられるもの」全般に関する受け止め方の違いについても言える。今日の主題であるタイ映画「ゴーンバーイ映画版」だって、けっしてその例外ではない。僕はバンコク人的な視点から今回のレビュー記事を書いてみたが、非バンコク人的な視点で考えれば「いろんなギャグが満載されていて気晴らしに最適な映画」と書くことだってできる。

「タイ」というものを説明するのは難しい。一部に共通している部分もあるが、そもそもバンコク人と非バンコク人には共通していない部分の方が多い。政治的要請から、娯楽や恋愛の趣向まで、何をとってもまったくの別物。タイ映画「ゴーンバーイ映画版」も、バンコク人にはまったくウケないが、非バンコク人にはバカウケする内容になっている。そんなチグハグな要素をまとめて、どうして「タイ」を説明することができようか。

近年のタイブームにともない、いろんな日本人が「タイとは・・・・・・」と説明しているが、それはどっちのタイのことを言ってるんだろうか。非バンコク人向けのポップミュージックを「タイポップス」、非バンコク人向けのナイトクラブを「タイのクラブシーン」、非バンコク人との恋愛を「タイ人との(典型的な)恋愛」と紹介する日本人が多いのには、本当にびっくりする。バンコクをメインに活動している日本人たちが、どうして次々と非バンコク人化してしまうんだろう? それに、非バンコク人化することを、「タイ化」と表現するのも、ちょっとオカシイような気がする。

日頃から、タイに関わっている特定の日本人に対する評価を求められることも多いが、僕の回答はたいてい決まっている。

―― それは、この人が田舎系だからです。表面上はそれっぽく取り繕っていますが、この人の言ってることを「タイ系(タイ・スタイル)」だなんて、絶対に思わないでくださいよ。これは日本人についても言えることなんですが、タイでは趣向や主張からすぐにお里が知れるんです。で、この人、どんなタイ人たちと連んでるか知ってます? (非バンコク人程度の話で済めば、まだ全然良い方だ)。

昼、友人の得意先回りと集金に同行(といっても車中待機)。午後5時半から、ラーングナーム通り(ランナム通り)にある複合施設 Century The Movie Plaza で友人のバースデーパーティー。その後、 Major Cineplex ラッチャヨーティン(メジャー・ラチャヨーティン) でタイ映画「ゴーンバーイ映画版」を見た。ラートプラーオ通り(ラップラオ通り)にある Pub and Restaurant グロムグリアオ前で友人の車を降り、タクシーでバンコク・スワンナプーム空港へと向かった。午後11時55分、全日本空輸 916 便成田行に搭乗した。

2008年3月12日(水)

バンコク留学生日記では、特定の読者層に不適切な表現があったとする調査結果を受けて、2008年4月1日より非閲覧推奨を実施いたします。対象となる方は約2045万人で、日本人成年人口の19.6%にあたります。

調査は、当ブログが社会に与える影響について分析・検討したもので、あたらしい日本社会への調和を図り、不幸になる人を少しでも減らすことを目的に、バンコク留学生日記閲覧適格者審査委員会が行いました。

各種ウェブサイトの反応から、一定の水準に満たない日本人のあいだに極度の拒絶反応が認められたため、委員会は以下に掲げる方々(日本人成年人口の80.4%)に限り当ブログをご覧いただけると結論付け、筆者に通知いたしました。

   1. 筆者の私的な友人
   2. 国民年金第2号被保険者および第3号被保険者
   3. 昭和54年4月2日以降生まれの大学生・大学院生

言い換えますと、左記のいずれにも該当されない方が今回の非閲覧推奨の対象となります。誠に勝手ながら、閲覧の資格を満たさない方には当ブログからの即時退出を強く要請いたします。あわせて、当ブログへのリンク・言及もご遠慮いただきますよう、ご理解くださいませ。

今回の非閲覧推奨は、人種、性別、学歴、年収等に基づく差別的な措置ではございません。

สัญลักษณ์ที่มีเครื่องหมายของกระทรวงสาธารณสุขแรงงานและสวัสดิการของประเทศญี่ปุ่นสีแดง ตามด้วยตัวอักษร ฉ.ฉิ่ง เป็นบล๊อกเฉพาะ (สามัญชนขึ้นไป) ซึ่งไม่เหมอะสมต่อชาวญี่ปุ่นที่ต่ำกว่าชนชั้นระดับสามัญชน จำนวน ๒๐.๔๕ ล้านคน (ร้อยละ ๑๗.๖ ของประชากรผู้ใหญ่ของญี่ปุ่น) ซึ่งไม่มีสิทธิ์ที่จะเป็นสมาชิกกองทุน “ประชาชนบำนาญหลวง” ประเภท ๒ หรือ ๓ ของญี่ปุ่น อย่างเช่น ว่างงาน เจ้าของธุระกิจส่วนตัว พนง.ท้องถิ่น-รับจ้างที่ต่างประเทศ นักศึกษาอายุสูง เป็นต้น บล๊อกเล่านี้จะมีเนื้อหาที่อันตรายต่อชาวญี่ปุ่นที่ต่ำกว่าชนชั้นระดับสามัญชน มีผลกระทบทางจิตใจ และทำให้ออกอาการโรคจิต จึงใช้สัญลักษณ์แบบนี้ เมื่อเปิดเจอบล๊อกที่เป็นลักษณะนี้แล้ว ไม่ควรให้ชาวญี่ปุ่นที่ต่ำกว่าชนชั้นระดับสามัญชนชม

2008年3月12日
ケイイチ(バンコク留学生日記筆者)
バンコク留学生日記閲覧適格者審査委員会

2008年7月19日(土)

いつもバンコク留学生日記をご覧くださり、誠にありがとうございます。現在、ホスティングサーバに障害が発生しているため、テストモードで運用しております。復旧には数日から数週間かかる見込みです。ご不便、お詫び申し上げます。

2008年7月25日(金)

午後10時36分、全日本空輸915便でバンコク・スワンナプーム国際空港に到着。長蛇の列ができている入国審査場を通過し、機内預け荷物を受け取ると、いつものお楽しみ「税関」に接近した。スワンナプーム空港税関は、2つ以上のトランクを持っている入国者を見つけると、荷物をエックス線検査機に通すようタイ語で要求し、タイ人でないと分かると課税対象品の有無について重点的に検査する。今回は、高額な課税対象品を2つも持って来ているため、入国審査場を出てけすぐに日本人の証拠となるパスポートをカバンの奥底に隠し、動揺を気取られないようにしながら税関へと向かった。係官からタイ語で มาจากไหนเนี่ย(マーヂャークナイニヤ) (どこから来たん?)と訊かれ、 จาแปนครับ(ヂャーペーンクラップ) (ジャパンから来ました)と応じると、案の定、荷物をエックス線検査機に通すよう指示を受けたが、何事もなくそのまま通過できた。

「家の前の洪水にクルマがハマったせいでエンジンかからなくなったから、あと1~2時間はかかりそう。ちょっと待っててもらえないかしら?」

空港までの出迎えは、その課税対象品の持ち込みを依頼してきた友人に頼んでいたが、合流するために1階の公衆電話から電話をかけてみると、まだ到着しておらず、しかも「1~2時間遅れる」とのことだった。この友人の目安は、たいてい「最低でも」という意味だから、実際に到着するのはいつになるか分かったもんじゃない。やむなく、友人の出迎えを断って、タクシー(275バーツ)でホテルへと向かった。

午後11時半、ペッブリー1にあるホテル Bangkok City Inn(バンコクシティーイン) (800バーツ)に到着。このホテルは、客室でインターネット(無料)ができるためこれまで重宝してきたが、最近になって中東系の宿泊客が急増したため奇妙な臭いが漂うようになり困っている。午前1時、ペッブリー通り沿いの Seven Eleven(セブンイレブン) で携帯電話の SIM CARD (45バーツ)を購入。

「せっかく美容室でブローして、化粧も完璧に決めてきたのに・・・・・・」

午前5時20分、 Bangkok City Inn 405号室でグッスリ眠っていたところ、扉を激しく叩く音で目を覚ました。部屋の扉を開けると、髪の毛が湿気でグチャグチャになり、化粧が汗ですっかり流れ落ちてしまっている友人が立っていた。自動車保険会社が手配したレッカー車で、故障したクルマを自動車整備工場まで移動させ、両親に事情を説明してから来たという。先月、運気を上げるために姓名まで変えたそうだが、運が悪いのは相変わらずのようだ。

2008年7月26日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080726.jpg" width="300" height="169" align="right" />正午、中東系特有の臭いに耐えきれなくなり、 Bangkok City Inn をチェックアウト。出発前に万一のことを考えて予約しておいた、ピパット2にあるサービスアパートメント Silom Convent Garden へ友人のクルマで向かった。ここは、バンコクにおける商業の中心地ちかくのコンウェーン通り(仮称)にあり、宿泊費23,000バーツ(月極, 保証金7万円)。全館禁煙だが、無料のインターネットがあり、アロマテラピーの香りも心地よい。チェックイン後、 Central ラートプラーオ店でストレートパーマ(2,500バーツ, トリートメント込)をかけた。

「屋台の値段は上がり続けているというのに、わたしの給料はちっとも上がりやしない。完全歩合制だから、客が来なければ報酬はないし、マッサージをしても時給50バーツしかもらえない。こんなんじゃ、毎日の食事すらままならない。チップだけが頼りなんだから、ゼッタイ忘れないでよ!」

午後7時半、スラウォング通り(スリウォン通り)にあるタイマッサージ屋 King’s Body Massage で、マッサージ(280バーツ, 1時間半)を受けていると、マッサージ嬢がチップを渡し忘れないようにと念を押してきた。 タイの消費者物価指数は先月8.9%(前年同月比, 日本は2.0%)を記録し、タイ人の家計は危機に瀕している。チップを、いつもより10バーツ多い、80バーツあげた。

「ガソリン代が高騰しているせいで、燃料代も1日200バーツに跳ね上がってしまった。1日の売上が1,200バーツ前後で、タクシーのレンタル料金(12時間)が550バーツ、燃料代が200バーツだから、差し引き450バーツしか残らない計算になる。赤字になる日もあるから、暮らし向きは常に不安定だ」

「スワンナプーム空港は、バンコク中心部から45キロも離れているからオイシイと思うかもしれないが、それは間違っている。あそこへは高速道路でしか行けないだろう? でも、高速道路では客を拾えないし、登録車両以外は空港で客を拾えないから、復路は空車で戻って来るしかない。で、復路の高速代はどうする? 復路の燃料代はどうする? だから、わたしはいつも断っているが、400バーツ(正規料金の2倍弱)くれるというなら考えてもイイかな?」

午後9時、スクンウィット(スクンビット)26で渋滞にはまっていると、燃料代の高騰と生活苦について、タクシー運転手が不満を漏らしていた。日本のタクシー運転手は、会社の車両を使って営業し、会社経費で燃料を補給しており、月間売上額の40~60%を歩合給として受け取っているが(個人タクシーは別)、タイのタクシー運転手は、会社から車両(12時間500~550バーツ)を借り、燃料代(約200バーツ)や洗車代(20~30バーツ)も自分で負担しなければならないため、かなりのリスクを払っている。

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2008/20080726-2.jpg" width="300" height="169" align="right" />「この店、音響ヤバくない? フロアが変な形をしているせいで、音がメチャクチャなことになってるし」

午後9時半、トーングロー(トンロー)21にあるパブ「ソーングサルン(ソンサルン)」で、合流したばかりの友人があまりの音の悪さを嘆いていた。以前は2階部分が吹き抜けになっていたが、2006年の改装時に吹き抜けが壁に変更され1階上部に張り出してきたため、音が複雑に反響し合い、そのせいで歪んで聞こえる。ライブ2組目の 50 Cents Band (毎週土曜日午後10時半~)のときには店を出ることを真剣に考えたが、3組目の Swing Band (毎週土曜日午後11時半~)のパフォーマンスが予想以上に良かったため、そのまま留まることにした。4組目の Adams Family (毎週日曜午前零時半~)は完全に期待ハズレだったが、帰宅前のクールダウンとしては最高だった。

「オンナの子はそこそこ可愛いんだけど、オトコがヤバすぎなのよね」

この店の料金は、特に高い。バンコク中心部のハイソ系パブにおける Johnnie Walker Red Lavel の相場はだいたい800~1,200バーツだが、ここではなんと1,600バーツもする! 今晩の出費、2,730バーツ。料金があまりに高額なため、実入りの良い男性客とその友人たちからなるグループが目立つ。帰宅時、店の入口で携帯電話をなくした女性客からカバンを調べさせて欲しいと要求されたが、警備員の立ち会いがないと協力できないと言って断った。

物価の高騰も困るが、これまで「ややハイソ」クラスだった店が、つぎつぎと「正真正銘のハイソ」へとアップグレードしてしまうと、家計への打撃も無視できなくなる。

スコッチウイスキーのコーラ割りで、友人はいつものように撃沈した。

2008年7月27日(日)

「わたしの血、ちょっと濃すぎるから、気が向いたときに献血するくらいがちょうどいいのよ。でも、ほかの人の何倍もの早さで、自分の血が太い注射針に吸い取られていく様子を眺めるのは、あまり気分の良いもんじゃないわね」

正午前、高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)前の日本料理屋「大戸屋サヤームパラゴン店」で昼食をとり、映画館へと向かったが、友人が見たがっていた作品の公開がすでに終了していたため、アングリードゥーナン通り(ヘンリーデュナント通り)にある国立血液センターへと向かった。

国立血液センターの待合室は、きょうが休日のためか家族連れで混み合っており、ほぼ満席になっていた。

今回献血したの友人は、①1階カウンターで書類に個人情報と必要事項を記入し、③受付で登録手続を済ませ、②診察室で献血前の検査を行い、④2階献血室へと向かった。献血時間は約15分間。終了後に、5バーツ相当のスナック菓子と牛乳が振る舞われ、⑤休憩室で休めることになっているが、当面の生活に必要なものを買うために、大規模スーパー Tesco Lotus(テスコ・ロータス) プララームサーム店(ラマ3世通り店)へと向かった。帰宅後、さっそく買ってきたばかりの LE’SASHA 製のブラシ一体型ドライヤー(約800バーツ)を使おうとしたが、なぜか電源が入らず困っている。保証書の期間は1年間だから、こんど時間があるときにでも交換してもらおう。

午後6時、スィーロム通り(シーロム通り)の CP タワー2階にあるサラダバーの店 Sizzer(シズラー) で夕食をとった。この店には隠れ格安セットメニューがあるため、メニューを受け取ったら真っ先に「ほかのメニューはありますか?」と確かめたほうが良い。

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