2007年9月1日(土)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2007/20070901.jpg" width="300" height="169" align="right" /> “อืม…เขมรลาวกว่า”(ウーム、カメーンラーオグワー)

「う~ん、カンボジアのほうがラオス」

夕方、パホンヨーティン30にある屋外型料理店「烏熱(オーユワ)」へと向かう車中、「カンボジアとラオスのどちらがよりラオスか?」と聞いたところ、友人はこう答えた。スラングの意味を知らなければ文意はまるで伝わらない。しかし、そのアベコベなところが可笑しくてならなかった。

タイ語の「ラオス」(ラーオと発音する)には2つの意味がある。① [固有名詞] タイの北方に隣接するラオス人民民主共和国の通称。② [形容詞・俗語] ラオスのように田舎くさくてイケてないありさま。昨日午前10時すぎ、カンボジアにあるポーイペート・カジノ街で朝食をとろうとしたところ、バンコク人が入れそうなレストランはどこも準備中で店を閉めていた。そのとき、空腹で苛立っていた友人が “เขมรโคตรลาวว่ะ”(カメーンコートラーオワ) と愚痴をこぼした。日本語に意訳すると「カンボジアって田舎くさくて、くそイケてない」。

日本国内のタイ人社会でタイ語の形容詞「ラーオ」を使うときには、慎重の上にも慎重を期さなければならない。元娼婦たちのコミュニティーについてはいざ知らず、日本国内のまともなタイ人のコミュニティーはとても規模が小さいため、民族的・言語的に近いラオス人をコミュニティーに加えていることも珍しくない。パッと見では、タイ人とラオス人の違いは判別できないため、「タイ語話者はすべてタイ人」という前提で話してしまうと、潜在的な民族対立の火種が漫然と燻っているところに油を注いでしまいかねない。

タイ国内の日本人社会には、タイ人すら「いらない」と言っている娼婦をゲットしただけで得意げに自慢している間抜けな自称プレイボーイや、平均的タイ人程度の知識すらなくタイ語の情報にもアクセスできない間抜けな自称タイ専門家がたぁくさんいる。しかも、タイ在住年数に比例して勘違いの度がますます激しくなるからマジでキモい。まともな青春時代を送っていれば、普通あそこまで女性に拘泥することはないはず。まともな情報収集力があれば、情報の質くらいは自分自身で判断できるはず。僕にとって、一部の勘違い日本人たちは平均的タイ人の水準にも劣るという意味で「ラーオ」そのものだが、彼らがその変態的な嗜好と経済的な理由から将来的にカンボジアへの移住を余儀なくされることを考えれば、今のうちから新語「カメーン」(クメール)を提唱して周知徹底を図るために使いまくっておくべきかも(なぁ~んちって)。詳しくは、シリーズ「微笑みの国タイと厳しい現実」(全31回)をご覧ください。

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午後11時15分、ホテル Bangkok City Suite をチェックアウト。 MBK マーブンクローングセンター前で友人と分かれ、1階の美容室 Hair Great で髪の毛を切った(400バーツ)。この界隈にある美容室は、どこも技術力が値段に見合っておらず、どうも好きになれない。その後、スラウォング通りにあるマッサージ屋 King’s Body Massage (2時間330バーツ)へ行き、高架電車 BTS ラーチャテーウィー駅前で友人と合流。パホンヨーティン30の屋外型料理店「烏熱(オーユワ)」で友人たち5人と夕食をとり、「スッコーサモーソーン」で別の友人3人と午前零時まで飲み続けた。ホテル The Twin Towers の Executive-Room 3510号室(タイ人向け割引料金2,500バーツ)に泊まった。

2007年9月2日(日)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2007/20070902.jpg" width="300" height="169" align="right" />「ほんの一週間前まで、自分のクルマは完璧だと信じて疑ったこともなかったけど、いまでは、エンジンはいつまた動かなくなるか分からないような状態だし、ドアの窓はすぐ落っこちてしまうし、車体も見てのとおりの惨状だし。いっそのこと Toyota Vios 、ローン(返済月額約10,000バーツ, 4年)で買っちゃおうかしら?」

午後2時すぎ、サンカターン寺からチャルームプラギアットウォーラハーン寺へと向かう道中、ノンタブリー市内で交通事故に遭った。時速30キロで見通しの悪い交差点へと進入した瞬間、4代目 Toyota Corolla (E70系, 1979-1987年製造, いくらタイでもここまで古いクルマはそうそうお目にかかれない)が交叉する街路から出てきて、友人のクルマ、7代目 Toyota Corolla (E100系, 1991-1995年製造)の左後方に突っ込んできた。

相手は家族連れの3人組だった。運転していたのは30歳前半の息子(公務員)で、助手席に母親(公立学校教諭)、20代後半の娘が後部座席に乗っていた。息子がクルマから降りて喧嘩腰でいろいろと捲し立ててきたが、僕が「起きてしまったことは仕方ない。公正かつ公平な手順を踏んで穏便に解決しよう」と促していたところ、「わたしは公立小学校の教諭よ。無茶をする気はないわ」と母親が割って入ってきた。

友人のクルマは自損事故特約付第3種自動車保険(年間掛金1万数千バーツ)に加入しており、2,000バーツ払えば元通りになる。ところが、友人は責任を一切認めようとしない。一方、強制保険にしか入っていな相手も、なんと自分のクルマの修理代くらいはか友人からぶん取ろうと鼻息荒くなっている。解決の目処が立たないまま、交渉は平行線をたどった。このままでは帰国の飛行機に間に合うかどうか。さしあたって、助手席の日除けに貼ってある「事故マニュアル」の指示どおり保険会社に連絡して、職員の到着を待った。

約20分後、110ccバイクに乗った保険会社の職員2人組が到着した。ひとりが書類に必要事項を記入しているあいだ、もうひとりが警察に現場検証を要請。さらに30分後、ノンタブリー警察の真新しい Toyota Hiace が到着。モンコン警察中尉は、感情的に話す事故当事者の話を適当に聞き流ながら、保険会社職員に対して詳細な状況説明を求め、そして「判決」を下した。

「この交差点では事故が頻繁に起きている。で、そのたびに私は同じ結論を下しているんだが・・・・・・今回もまったく同じだ。双方の過失責任は同等である。理由は2つ。ひとつは、交差点進入前に双方が一時停止して左右を確認していれば防げたはずの事故だから。もうひとつは、交差点手前に設置されている標識は郡が独自に設置したものであり、警察や交通法規とは一切無関係なため、どちらの道路が優先か甲乙つけがたいから。道路の幅はこの際、過失割合とは無関係だ。したがって、双方の過失割合は同等、すなわち五分五分である。それぞれ400バーツずつのの罰金を払って警察署で調書を作るのもいいが、結論はどうせ変わらないんだし、すでに現段階でかなりの出費が確定してるんだから、ここは示談にして互いの時間と費用を節約したほうがいいんじゃないか?」

友人は最後まで自分の責任を認めようとしなかったが、それでもなんとか説得して、それぞれ自分のクルマの修理費用は自分で負担する、ということで決着した。こんなつまらないことにこれ以上の時間を取られたら、今晩のお楽しみがなくなってしまう。

――寺に行ったって事故は起こるんだから、行くだけ無意味なんじゃない?

午後5時すぎ、ホテル「バンヤントリー」へと向かうクルマのなかでそう言ったところ、友人は憮然としながら冒頭のようにコメントした。午後10時35分発タイ国際航空640便で成田空港へと向かった。