タイの国立大学、ヂュラーロンゴーン大学の学位授与式

20060713

「この大学には、18歳のときに入学してから、ずいぶんと長い間お世話になってきたわ。いまになって思い返してみれば、あっという間の7年間だったけれど、その分だけ自分も歳をとってしまったということよね。学士号をもらったときにも出席しているから経験はあるけど、『さあ旅立ちなさい、もう戻ってこないでね』なんて言われてしまうと、なんだか感傷的な気分になっていけないわ」

午前8時15分、ヂュラーロンゴーン大学にある講堂のステージの手前に、合唱部に所属している学部生60人が整列した。ヂュラーロンゴーン大学の合唱部は、特に歌唱力が秀でている学生だけを毎年新入生のなかから選りすぐり、これまで数多くの著名な歌手を輩出してきたことでも知られている。タイ人クラスメイトのジャネットは、僕のすぐ隣で直立不動の姿勢をとり、大学歌の「偉大なるヂュラーロンゴーン」と卒業歌の合唱を聞きながら、そのように言って耳打ちをしてきた。

มหาจุฬาลงกรณ์
マハーヂュラーロンゴーン

พระราชนิพนธ์ทำนอง : พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัว
作曲 : 国王陛下
ผู้ประพันธ์เนื้อร้อง : ท่านผู้หญิงสมโรจน์ สวัสดิกุล ณ อยุธยา,สุภร ผลชีวิน
作詞 : クンユィングソムロート・サワッディグン・ナ・アユッタヤー
スポーン・ポンラチーウィン

น้ำใจน้องพี่สีชมพู ทุกคนไม่รู้ลืมบูชา พระคุณของแหล่งเรียนมา จุฬาลงกรณ์
ขอทูนขอเทิดพระนามไท พระคุณแนบไว้นิรันดร ขอองค์พระเอื้ออาทร หลั่งพรคุ้มครอง
นิสิตพร้อมหน้า สัญญาประคอง ความดีทุกอย่างต่างปอง ผยองพระเกียรติเกริกไกร
ขอตราพระเกี้ยวยั้งยืนยง นิสิตประสงค์เป็นธงชัย ถาวรยศอยู่คู่ไทย เชิดชัย ชะโย
桃色*1学生の思いやり 忘れることなき敬慕の心 恩賜の学舎 ヂュラーロンゴーン
大恩ある王の御名を冠し 永遠に讃え続けます どうか王の祝福があらんことを
全学生が一体となり 支え合う誓い 善行の決意 颯爽と風を切って未来へと歩む
プラギアオ章*2よ永遠なれ 学生が目指すは タイ未来永劫の繁栄 万歳

*1 桃色……ヂュラーロンゴーン大学のスクールカラー。
*2 プラギアオ章……ヂュラーロンゴーン大学の校章のこと。ヂュラーの女子大学生はこの徽章を制服の胸元に装着している。

ヂュラーロンゴーン大学の大学院東南アジア研究科に入学した2003年以来、教室で成績について話し合ったり、タイやその周辺国へ一緒に調査旅行に出かけるなど、これまで2年半にわたって喜怒哀楽をともにしてきたクラスメイトたちとこのように一堂に会する機会も、きょうの学位授与式で最後となる。

ステージの前から合唱部の一団が立ち去ると、近衛兵たちの動きがにわかに慌ただしくなった。午前9時、何の前触れもなく、スピーカーから国王賛歌が流されると、卒業生たちは舞台の袖に控えている大学職員の指示にしたがって起立した。

เพลงสรรเสริญพระบารมี
国王賛歌

คำร้อง : พระบาทสมเด็จพระมงกุฎเกล้าเจ้าอยู่หัว กรมพระยา นริศรา นุวัดติวงศ์
作詞 : プラヤーナリサラー・ヌワットティウォング (ワチラウット王編曲)

ข้าวรพุทธเจ้า
臣は
เอามโนและศิรกราน
心から崇拝しています
นบพระภูมิบาล บุญญะดิเรก
もっとも偉大な土地神*に合掌します
เอกบรมจักริน พระสยามินทร์ พระยศยิ่งยง
至高なるジャックリー朝 サヤームの偉大なる指導者よ 永遠なれ
เย็นศิระเพราะพระบริบาล
ご加護*のおかげをもちまして平穏に暮らせています
ผลพระคุณ ธ รักษา
恩寵の賜です
ปวงประชาเป็นศุขสานต์ ขอบันดาล
陛下の御力で民を幸福にしてください
ธ ประสงค์ใด จงสฤษดิ์ดัง หวังวรหฤทัย
陛下のどのような願いも どのような御心も かなえて差し上げます
ดุจจะถวายชัย ! ไชโย
たとえば勝利を献上するというような!万歳

タイの国立大学の学位授与式では、卒業生ひとりひとりが国王の代理人である高位の王族から学位記を直接手渡しで下賜されることになっており、王室に対する忠誠心が特に強いタイ人たちのあいだでは、大変な名誉とされている。ヂュラーロンゴーン大学でおこなわれる学位授与式には、毎年、プラテープ王女が遣わされている。

プラテープ王女は、ヂュラーロンゴーン大学の博士の学位服を身にまとい、ステージの後方からお出ましになった。そして、ステージの右端にある祭壇の前でひざまずき、ロウソクに火を灯してからステージの中央に設置されている演壇へ向かった。このとき、なぜ王女が博士の学位服をお召しになっているのか疑問に思っていたが、その疑問はほどなくして解消されることになった。

冒頭、大学評議会議長のヂャラット・スワンナウェーラー教授が、国王に対する約2分間の謝辞を述べた。

「国王陛下におかれましては、本日の2548年度ヂュラーロンゴーン大学学位授与式に、ご名代として王女殿下をお遣わしくださいまして、誠にありがとうございます。本学、教員、職員、そして学生たちにとって、なにものにも代えがたい栄誉でございます。さて、この度は畏れ多くも陛下のお許しを得て、大学長のクンユィングスチャーダー・ギーラナンが、それぞれ王女殿下に経済学名誉博士号、ソームサワリー・プラウォラワートナットダーマート殿下に看護学名誉博士号を差し上げるとともに、2548年度のヂュラーロンゴーン大学学位授与式を執り行います」

この式典は、卒業生に対する学位授与式である前に、国王の代理人である王女自身が学位の授与を受ける式典だった。続いて、大学長のクンユィングスチャーダー・ギーラナンが、プラテープ王女の功績を讃え、名誉博士号の献上について約4分間の祝辞を奏上した。

「プラテープラッタナラーチャスダー・サヤームボーロムラーチャグマーリー王女殿下(=プラテープ王女)は、これまでの多岐に渡る研究で成果をあげられ、国内外にいる研究者たちにその名声を広く知らしめました。経済学は殿下がもっとも熱心に取り組まれた分野のひとつでございます。(…中略…)第672回ヂュラーロンゴーン大学評議会は仏歴2549年3月30日、殿下に経済学の名誉博士号を献上することが相当との結論に至り、ここに学位を差し上げるものであります」

大学評議会の議長は、大学長による祝辞が終わると演壇の前へ歩み出て、演壇の奥にいる王女に対して名誉博士号の学位記を献上した。さらに、大学の運営に関する報告が大学長により行われた(約8分間)。

「臣は、2549年度のヂュラーロンゴーン大学の業績についてご報告いたします。ヂュラーロンゴーン大学は現在、『タイが社会的な自立を果たし、国際的な競争力を持つようになり、世界中の人々と手を取り合って発展していくための、教養の源となり、国力の源となる』をスローガンに、本学の総合的なイメージの向上に努めてまいりました。教育の質についてはすでに国内外で広く認知され、タイ国内の高等教育機関としては唯一 The Times Higher Education Supplement による世界の大学ランキングにランクインいたしました。(…後略…)」

つづいて、大学院の理事長がステージの左手前にあるマイクの前に立って、卒業生の名簿を開いた。東南アジア研究科の学生は、この大学院に所属している。最初に学位の下賜を受ける理学博士の18人がステージへあがり、理事長がそれぞれの名前を読み上げた。同時に、ステージの右奥では仏教僧による読経が始まった。

今回、プラテープ王女から学位記の下賜を受けるのは、2005年度の前期末と後期末におこなわれた大学評議会で学位を認定された卒業生で、この会場に入ることが許されているのは、大学の関係者と学位の下賜を受ける卒業生本人だけに限られている。父母や友人といった部外者の参列は認められていない。東南アジア研究科からは合計で7人が出席し、内訳はタイ人が4人、ラオス人が2人、日本人が1人と、集合写真を撮影したきのうに比べて特にタイ人の出席率が高かった。王女から学位を賜ることに、タイ人たちがいかに価値を見いだしているのか如実に物語っていた。しかも、この式典に参加すれば、王女とのツーショット写真を家宝に残すこともできる。王族ではなく大学の理事長から学位記の授与を受ける私立大学を卒業した友人は、「プラテープからの下賜、しかもそれがヂュラーの学位とあれば、受け取りに行かないほうがオカシイ」と話していた。

東南アジア研究科の修士は会場の前から4列目に配席されていたため、すぐに学位記の下賜を受ける順番が回ってきた。

ステージには赤い絨毯が敷かれており、左脇に設置されているステップ階段をのぼってステージへ上がると、足下にちょうど0番のプレートが来る。そして前の人の動きにならって約2秒おきに右側にあるプレートへ移っていき、7番のプレートを踏んだときに、ちょうどプラテープ王女が座っている演壇の真正面に来るかたちとなる。

このプレートを踏んだら、もう一瞬たりとも気を抜くことはできない。それまで横方向へ移動していた動きを前方向に変えて、ステージの奥にいる王女のほうへ一歩踏み出し、8番のプレートを踏んでから1秒以内に礼を済ませて、つぎの1秒で王女の目と鼻の先にある9番のプレートへ移動する。そこで、あらかじめ定められている形式に則って1秒以内に学位記の下賜を受ける。

タイの国立大学、ヂュラーロンゴーン大学学位下賜式の第2回予行演習

2006.06.29

王女は卒業生に学位記を手渡す作業を午前9時15分から始め、その90分後の午前10時45分になってようやく学位記が卒業生2,011人全員の手元に行き渡った。王女はもちろん、名簿を読み上げていた各学部の学部長や、それを黙って眺め続けていた卒業生たちもけっして楽ではなかったはずだ。

「国王陛下におかせられましては、ご機嫌麗しゅう恐悦至極に存じます。臣は卒業生を代表して御礼のご挨拶を申し上げます。

臣こと、ヂュラーロンゴーン大学卒業生の○○は、プラナルバーンサヤーミンと親愛なるみなさまからの恩賜に報い、国家の将来、至高なる信仰、それから国王陛下のために、各級社会のタイの人民たちと力を合わせ、共に助け合いながら、国家の発展に貢献してまいる所存です」

午前10時49分、政治学部の学年総代が謝辞を述べ、卒業生たちも一同起立してそれを復唱した。

「絶対に眠ってはいけないと自分を堅く戒めていたけれど、睡魔に抗うことむなしく、とうとう寝入ってしまったわ」

ジャネットは、眠い目を擦りながらゆっくりと席を立った。午前6時に講堂の前に集合した女子のクラスメイトたちのほとんどは、美容室へ行って髪型を整えたり化粧をしたりするために午前3時頃から起きていたこともあって、十分な睡眠がとれていなかったという。ちなみに、会場内での居眠りや私語は規則によって固く禁じられている。

「畏れ多くも国王陛下におかせられましては、本日ヂュラーロンゴーン大学でおこなわれた学位授与式に、わたくしを代理人として遣わされました。本学の各種活動がすべて順調であると伺い、大変嬉しく思っております。また、成功を修め栄光を手にした卒業生のみなさまに謹んでお祝いを申し上げるとともに、わたくしに経済学の名誉博士号を授与してくださった大学に御礼申し上げます。

わたくしたちは皆、人生における幸福や、職務における成功を願っています。しかし、持続可能な本当の意味での幸福や成功を手に入れるためには、まず第一に日頃からの善行を心がけておく必要があります。正しい行いをしている人は、心身ともに安定し、自他ともに不利益を被るような道へ外れることなく、自らを正しい道へ導いていくことができるしょう。ですから、卒業生のみなさまには、自らの言行や物事の考え方などに、常に細心の注意を払っていただきたいと思うのです。そうすることで、みなさまが願っておられる自らの人生をはじめ、社会や国家の将来を良い方向へ導いていくことができるようになるからです。

最後に、卒業生のみなさまには人生におけるひとつの成功を収められたことをお祝い申し上げるとともに、本日ご参列されたみなさまの方のご多幸とますますのご発展を祈念いたしまして、わたくしからのご挨拶に代えさせていただきます」

プラテープ王女は、卒業生一同に答辞を述べて、ふたたびスピーカーから流された国王賛歌の演奏とともに会場をあとにした。

午後11時50分、卒業生たちは講堂の東側にあるプラボーロムラーチャーヌサーワリー前の広場に集合した。屋外は、まさにうだるような暑さだった。プラピヤマハーラート王とプラマハーティーラートヂャーオ王の像の前に設けられた祭壇に、学長がロウソクの火をともし、卒業生の代表が花をたむけた。卒業生一同、芝生の上に敷かれていた茣蓙の上に跪き、胸の前で合わせた両手を自分の頭のうえへ高く上げてから、土下座のポーズへ移行する封建時代スタイルのグラープを3回繰り返し、大学歌を斉唱してから解散となった。

こうして、僕たちの学位授与式はつつがなく終了した。あすからは、大学院生兼会社員というとても中途半端だった身分から解放され、ごくごくフツウの日本人の会社員になる。

この日のために大学まで来てくれた友人達から、両腕に抱えきれないほどたくさんの花束をもらい、文学部の本館にある池の前で記念写真を撮ってから大学をあとにした。

きのう12日、タイでおこなわれる学位授与式に出席するために休暇をとって、成田空港を午後7時に出発するノースウエスト航空の82便に搭乗して、バンコク・ドーンムアング国際空港まで移動した。翌13日の午前零時、空港第2ターミナルビル前を走っている薄暗い構内道路で友人と再会してから、ンガームウォングワーン通りにある西洋料理店「スィップサームリアン」に併設されている宿泊施設へ行って3時間の仮眠をとった。午前4時半に起きて、午前5時にホテルをチェックアウトした。空がまだ薄暗い午前5時半、友人のクルマでヂュラーロンゴーン大学の正門前に到着し、それぞれ仲間を探し求めて構内をさまよい歩いていたクラスメートたちと合流した。

「見て、この写真! まだピチピチしていてカワイイと思わない? でも、実物こんなシワクチャのお婆さんになっちゃってさぁ・・・・・・」

タイ人クラスメイトのオは、自分の顔写真が印刷されている学生証の表側をみんなに見せて、そう戯けてみせた。いまから2年半前、クラスメイトたちと初めて出会った頃に比べると、彼女たちの化粧の乗りは明らかに悪くなっている。「お肌の曲がり角」を迎える年頃になってしまったのだろうか。

保安上の理由から、学位授与式がおこなわれる講堂内へ私物を持ち込むことは固く禁止されている。カバンはもとより、財布もカメラも携帯電話もみんなダメだ。そこで、ポケットがない女子用の学位服を着ているクラスメイトたちから学生証を預かって、午前7時に講堂の前に整列し、入場した。

学位授与式が終わってから、友人がクルマを駐めていたマーブンクローングセンターへ行って、友人たちと昼食をとった。電脳コンプレックスのパンティッププラザに立ち寄って、タイポップスの新曲がMP3形式の電子データで収録されている海賊版のCDRを調達し、あたらしくできたばかりのファッションモールのプラティアムを見て回った。その後、宿泊先のバンコクブティックホテル(1900バーツ)の客室内で友人と時間を潰した。

20060713@2x夜、ラッチャダーピセーク4街路にあるパブ Rad で、友人たちが卒業記念パーティーを開いてくれた。平日の夜にも関わらず、11人もの友人たちが集まってくれた。翌14日の午前零時15分に解散した。

  • ヨウイチ

    ケイイチさん、日本での仕事はいかがですか。日記がなかなか更新しないのでまた最初から読んでしまいました。この日記のダイジェストを本にするといいかもしれませんよ。
    このブログでもお薦めの本の王朝四代記を図書館で借りて読みました。私のようなタイの雰囲気が好きな人間にとって、昔のシャム王国のオリエンタルな雰囲気に浸れ、とても楽しく読めました。この本を知ったのがこのブログのおかげなので、本当に感謝です。

  • ヨウイチ

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  • > ヨウイチさん

    こんにちは。日本の仕事はまあまあですね。この日記、実は過去に何度が単行本化の話があったのですが、なんかいろいろと面倒なことが多いようで、「それじゃ、考えておきます」と言いながら延ばし延ばしにしてしまっています。いやあ、日本語の推敲をして(これは出版元がやってくれるらしい)、既存の記事をもっと掘り下げて、さらに売春関連の記述をもう少しソフトにして・・・などと、枚挙にいとまがないのです。

    僕も昨晩、暇を持て余していたので、過去2年分を読み返してしまいました。「あ、結構良くできてるじゃん」などと、自分でも感心してしまいました。時間があるときにでも、単行本化できるように手を加えてみたいですね。

    バンコク留学生日記の最終回は、いつになるか分からなくなってきました。日記を書く習慣をやめてから、そろそろ半年が経ちますが、一度筆を置いてしまうと、再開させるのが面倒くさくなってくるんですよね。

    現在、誰にも言えない秘密のプロジェクトが着々と進行しており、それが終わり次第「ご報告」というかたちで、このブログに掲載しようと考えているので、そのときにでも一気に更新するつもりです。どうか、お楽しみに!

  • > ヨウイチさん

    こんにちは。日本の仕事はまあまあですね。この日記、実は過去に何度が単行本化の話があったのですが、なんかいろいろと面倒なことが多いようで、「それじゃ、考えておきます」と言いながら延ばし延ばしにしてしまっています。いやあ、日本語の推敲をして(これは出版元がやってくれるらしい)、既存の記事をもっと掘り下げて、さらに売春関連の記述をもう少しソフトにして・・・などと、枚挙にいとまがないのです。

    僕も昨晩、暇を持て余していたので、過去2年分を読み返してしまいました。「あ、結構良くできてるじゃん」などと、自分でも感心してしまいました。時間があるときにでも、単行本化できるように手を加えてみたいですね。

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    現在、誰にも言えない秘密のプロジェクトが着々と進行しており、それが終わり次第「ご報告」というかたちで、このブログに掲載しようと考えているので、そのときにでも一気に更新するつもりです。どうか、お楽しみに!

  • > ヨウイチさん

    今日ネットサーフィンをしていたら、2004年4月11日に MCOT で放送された「王朝四代記」が視聴できるサイトを見つけました。日-タイ間の通信速度が遅いせいで、 56k の粗い画面で見ざるを得ませんが、工夫をすれば 256k の映像がきれいなヴァージョンをダウンロードすることもできます。折角の機会ですから、小説の舞台を再現したドラマを見てみるのもまた良いかもしれませんよ。

    http://hiptv.mcot.net/hipPlay.php?id=81

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ABOUTこの記事をかいた人

2001年に金融機関の社内SEを辞めてタイへ渡り、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部が開講している外国人のための集中タイ語講座、インテンシブタイ・プログラムを修了しました。その後、アメリカ・ロサンゼルスにおける語学留学を経て、2006年にヂュラーロンゴーン大学大学院の東南アジア研究科修士課程を修了。以来、機械部品商社の海外営業、生産設備商社の海外営業を経験し、現在は機械メーカーの国内営業部門で海外現法向けの部品輸出を担当しています。