2006年7月1日(土)
「現在、雨のため、集合写真の撮影を一時見合わせております。最寄りの退避所は理学部1号館です。大学院の修士および博士のみなさんは、再開のアナウンスがあるまで、今暫くお待ちください。また、学位服を正しく着用していない卒業生は、規則により撮影できません。問題等ございましたら、お早めに本部までお申し出ください。きっと、あなたのお役に立てると思います。引き続き、ご連絡いたします。撮影を終えた商学会計学部の修士および博士のみなさんは、建築学部前のブースに、記名カードを提出してからお帰りください。忘れますと、あなたの名前が集合写真に載らなくなってしまいます。今一度、お確かめください」
午後1時、東南アジア研究科の卒業生5人組は集合写真撮影のために学位服を身にまとい、ヂュラーロンゴーン大学二王像 พระบรมรูปสองราชกาล 裏で全身から凄まじい勢いで吹き出してくる汗を拭いながら、別の研究科の卒業生たちとともに撮影の順番が回ってくるのを待っていた(写真一番右が作者)。
(修士・博士の場合)
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(ヂュラーロンゴーン大学の場合)
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このときの天気は、晴ときどき雨。気温32℃、湿度61%。屋外の環境は過酷を極めていた。こんなところで、ネクタイを首に巻き、ワイシャツの上にスーツ、さらにその上に学位服まで羽織らなければならないのだから、ホントウに頭がどうかしてしまいそうだ。それでも、ヂュラーロンゴーン大学の学位服は、ほかの一部国立大学や私立大学のような黒い全身を覆うタイプのものに比べれば、少しはマシかも。

この時期、タイは雨季の真っ只中にあり、しばしば熱帯雨林気候特有の突発的豪雨に見舞われる。それでも、日本の梅雨のように降雨が数日間続くことは稀で、たいていは数十分もすればすぐに止むので、屋根のある場所へ移動してその場をしのぐ。
案の定、雨は20分もしなううちに止んだ。二王像前に設けられた階段状のステージへ上がると、カメラ後方にある仮設撮影台2段目から友人が転落する姿が見えた。ハイヒールの踵が鉄製の足場に引っかかってしまったらしい。
「カメラは、左から右へと回転しながら、皆さんを撮影していきます。撮影中には笛を鳴らし続けますので、その間は絶対に身体を動かさないでください」
撮影開始の笛が吹かれた。それまで左側を向いて沈黙していたカメラが、ステージの反対方向へぐるーっと回りだす。大急ぎで真面目で賢そうな表情を作り、レンズが自分の方向を向くのをじっと待った。途中で「やっぱり、こっちの表情の方がいいや」と優柔不断な行動に出れば、のちのち自分が後悔することになる。
真面目な表情を作るのに精一杯で、仮設撮影台から転落した友人のことなどすっかり忘れていたが、すぐに元の位置へ戻って、ちゃんと写真を撮ってくれていた。なかなか良く写っている。
撮影終了後、自分の立ち位置が印字されている整理券を撮影業者の係員から受け取り、氏名を書いて提出。建築学部前の仮設テントで記念アルバムに申し込んだ。
この集合写真には、卒業生ひとりひとりの氏名が併記され、9月中旬に友人宅へと届けられる手筈になっている(日本への発送はできないと業者に断わられた)。料金は24インチの額に入っているもので650バーツ。
タイ人クラスメートたちはそれぞれの両親とともに帰宅し、ラオス人クラスメートたちは大急ぎで母国へと戻って行った。友人たちは「花束じゃ日本に持って帰れない」と言って、代わりに学位服を着ている熊のぬいぐるみをくれた。
その後、文学部本館前で熊のぬいぐるみを抱えながら友人達と記念写真を撮り(想像以上にマヌケな光景)、サヤームパラゴンで映画鑑賞。ナラーティワートラーチャナカリン通りにあるレストラン&パブ Connection で夕食をとり、欧米料理店「スィップサームリアン」スラウォング店附属の宿泊施設(650バーツ)に泊まった。
学位授与式の本番が行われる2週間後まで会社を休み続けることなどできるはずもなく、翌2日午前6時50分発のユナイテッド航空853便で帰国した。



金融機関(社内SE職)を退職後、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部の集中タイ語講座を修了。米国語学留学を経て、同大学東南アジア研究科で修士号を取得。現在、日本国内の専門商社で海外営業に従事。
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