2006年7月1日(土)

「現在、雨のため、集合写真の撮影を一時見合わせております。最寄りの退避所は理学部1号館です。大学院の修士および博士のみなさんは、再開のアナウンスがあるまで、今暫くお待ちください。また、学位服を正しく着用していない卒業生は、規則により撮影できません。問題等ございましたら、お早めに本部までお申し出ください。きっと、あなたのお役に立てると思います。引き続き、ご連絡いたします。撮影を終えた商学会計学部の修士および博士のみなさんは、建築学部前のブースに、記名カードを提出してからお帰りください。忘れますと、あなたの名前が集合写真に載らなくなってしまいます。今一度、お確かめください」

午後1時、東南アジア研究科の卒業生5人組は集合写真撮影のために学位服を身にまとい、ヂュラーロンゴーン大学二王像 พระบรมรูปสองราชกาล 裏で全身から凄まじい勢いで吹き出してくる汗を拭いながら、別の研究科の卒業生たちとともに撮影の順番が回ってくるのを待っていた(写真一番右が作者)。

学位服(アカデミックガウン)は着用の仕方が決められており、配色も学部ごとに異なる。

ヂュラーロンゴーン大学の学位服
(修士・博士の場合)
  1. 濃紺のスーツ (官吏は礼服、男性学士は学部指定色のカラーを装着した白色詰襟)
  2. 長袖の白ワイシャツと大学章がプリントされている大学指定のネクタイ(499バーツ)
  3. 黒色の靴下
  4. 装飾なしの黒革靴
  5. 大学章プラギアオを装着した学位服(1,100バーツ)

学位服の学部色
(ヂュラーロンゴーン大学の場合)

大学院 文学部 商学会計学部 報道放送学部 政治学部
法学部 経済学部 芸術学部 教育学部 医学部
薬学部 獣医学部 歯学部 看護学部 工学部
理学部 建築学部      

このときの天気は、晴ときどき雨。気温32℃、湿度61%。屋外の環境は過酷を極めていた。こんなところで、ネクタイを首に巻き、ワイシャツの上にスーツ、さらにその上に学位服まで羽織らなければならないのだから、ホントウに頭がどうかしてしまいそうだ。それでも、ヂュラーロンゴーン大学の学位服は、ほかの一部国立大学や私立大学のような黒い全身を覆うタイプのものに比べれば、少しはマシかも。

この時期、タイは雨季の真っ只中にあり、しばしば熱帯雨林気候特有の突発的豪雨に見舞われる。それでも、日本の梅雨のように降雨が数日間続くことは稀で、たいていは数十分もすればすぐに止むので、屋根のある場所へ移動してその場をしのぐ。

案の定、雨は20分もしなううちに止んだ。二王像前に設けられた階段状のステージへ上がると、カメラ後方にある仮設撮影台2段目から友人が転落する姿が見えた。ハイヒールの踵が鉄製の足場に引っかかってしまったらしい。

「カメラは、左から右へと回転しながら、皆さんを撮影していきます。撮影中には笛を鳴らし続けますので、その間は絶対に身体を動かさないでください」

撮影開始の笛が吹かれた。それまで左側を向いて沈黙していたカメラが、ステージの反対方向へぐるーっと回りだす。大急ぎで真面目で賢そうな表情を作り、レンズが自分の方向を向くのをじっと待った。途中で「やっぱり、こっちの表情の方がいいや」と優柔不断な行動に出れば、のちのち自分が後悔することになる。

真面目な表情を作るのに精一杯で、仮設撮影台から転落した友人のことなどすっかり忘れていたが、すぐに元の位置へ戻って、ちゃんと写真を撮ってくれていた。なかなか良く写っている。

撮影終了後、自分の立ち位置が印字されている整理券を撮影業者の係員から受け取り、氏名を書いて提出。建築学部前の仮設テントで記念アルバムに申し込んだ。

この集合写真には、卒業生ひとりひとりの氏名が併記され、9月中旬に友人宅へと届けられる手筈になっている(日本への発送はできないと業者に断わられた)。料金は24インチの額に入っているもので650バーツ。

タイ人クラスメートたちはそれぞれの両親とともに帰宅し、ラオス人クラスメートたちは大急ぎで母国へと戻って行った。友人たちは「花束じゃ日本に持って帰れない」と言って、代わりに学位服を着ている熊のぬいぐるみをくれた。

その後、文学部本館前で熊のぬいぐるみを抱えながら友人達と記念写真を撮り(想像以上にマヌケな光景)、サヤームパラゴンで映画鑑賞。ナラーティワートラーチャナカリン通りにあるレストラン&パブ Connection で夕食をとり、欧米料理店「スィップサームリアン」スラウォング店附属の宿泊施設(650バーツ)に泊まった。

学位授与式の本番が行われる2週間後まで会社を休み続けることなどできるはずもなく、翌2日午前6時50分発のユナイテッド航空853便で帰国した。

2006年7月13日(木)

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2006/20060713.jpg" width="300" height="169" align="right" />「まだ18歳だった頃に政治学部に入学して以来、この大学にはずいぶんとお世話になってきたわ。あっという間の7年間だったけど、それだけ歳もとっちゃったってことよね。学位授与式は今回で2回目。でも、いつ聞いても『さあ旅立ちなさい、もう戻ってこないでね』なんて言われると、感傷的な気分になっていけないわ」

午前8時15分、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)講堂の舞台前に、合唱部の学生60人が整列した。ヂュラーロンゴーン大学合唱部は、毎年新入生のなかから特に歌唱力に優れている学生を選抜し、これまで著名な歌手を数多く輩出してきたことでも知られている。クラスメイトのジャネット(仮名)が直立不動の姿勢をとり、合唱部による大学歌「偉大なるヂュラーロンゴーン(マハーヂュラーロンゴーン)」と卒業歌を聞きながら、そう耳打ちしてきた。

มหาจุฬาลงการณ์
マハーヂュラーロンゴーン

<img src="http://www.diaryinbangkok.com/images/2007/20070829.jpg" width="300" height="20" align="center" />

พระราชนิพนธ์ทำนอง : พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัว
作曲 : 国王陛下
ผู้ประพันธ์เนื้อร้อง : ท่านผู้หญิงสมโรจน์ สวัสดิกุล ณ อยุธยา,สุภร ผลชีวิน
作詞 : クンユィングソムロート・サワッディグン・ナ・アユッタヤー
    スポーン・ポンラチーウィン

น้ำใจน้องพี่สีชมพู ทุกคนไม่รู้ลืมบูชา พระคุณของแหล่งเรียนมา จุฬาลงกรณ์
ขอทูนขอเทิดพระนามไท พระคุณแนบไว้นิรันดร ขอองค์พระเอื้ออาทร หลั่งพรคุ้มครอง
นิสิตพร้อมหน้า สัญญาประคอง ความดีทุกอย่างต่างปอง ผยองพระเกียรติเกริกไกร
ขอตราพระเกี้ยวยั้งยืนยง นิสิตประสงค์เป็นธงชัย ถาวรยศอยู่คู่ไทย เชิดชัย ชะโย
桃色*1学生の思いやり 忘れることなき敬慕の心 恩賜の学舎 ヂュラーロンゴーン
大恩ある王の御名を冠し 永遠に讃え続けます どうか王の祝福があらんことを
全学生が一体となり 支え合う誓い 善行の決意 颯爽と風を切って未来へと歩む
プラギアオ章*2よ永遠なれ 学生が目指すは タイ未来永劫の繁栄 万歳

*1 桃色・・・ヂュラーロンゴーン大学のスクールカラー。
*2 プラギアオ章・・・ヂュラーロンゴーン大学の校章のこと。ヂュラーの女子大学生はこの徽章を制服の胸元に装着している。

学位下賜式(学位授与式)。東南アジア研究科入学以来、喜怒哀楽をともにしてきたクラスメイトたちと一堂に会するにも、これが最後となる。

舞台前から合唱部が辞すると、にわかに近衛兵の動きが慌ただしくなる。午前9時、国王賛歌が何ら前触れもなしにスピーカーから流され、卒業生は舞台袖に控えている大学職員の指示にしたがって起立する(ここからビデオ映像が始まる)。

เพลงสรรเสริญพระบารมี
国王賛歌

ทำนอง : ปโยตร์ สซูโรฟสกี้
作曲 : ピョードル・サスロフスキー
คำร้อง : พระบาทสมเด็จพระมงกุฎเกล้าเจ้าอยู่หัว กรมพระยา นริศรา นุวัดติวงศ์
作詞 : プラヤーナリサラー・ヌワットティウォング (ワチラウット王編曲)

ข้าวรพุทธเจ้า
臣は
เอามโนและศิรกราน
心から崇拝しています
นบพระภูมิบาล บุญญะดิเรก
もっとも偉大な土地神*に合掌します
เอกบรมจักริน พระสยามินทร์ พระยศยิ่งยง
至高なるジャックリー朝 サヤームの偉大なる指導者よ 永遠なれ
เย็นศิระเพราะพระบริบาล
ご加護*のおかげをもちまして平穏に暮らせています
ผลพระคุณ ธ รักษา
恩寵の賜です
ปวงประชาเป็นศุขสานต์ ขอบันดาล
陛下の御力で民を幸福にしてください
ธ ประสงค์ใด จงสฤษดิ์ดัง หวังวรหฤทัย
陛下のどのような願いも どのような御心も かなえて差し上げます
ดุจจะถวายชัย ! ไชโย
たとえば勝利を献上するというような!万歳

タイの国立大学における学位授与式では、卒業生ひとりひとりが国王の代理である高位王族から手渡しで学位授与証明書を賜わる。王室に対する忠誠心篤いタイ人にとっては、とても名誉なことだ。ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)には、プラテープ王女(スィリントーン, シリトーン)が毎年遣わされる。

プラテープ王女はヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)博士の学位服を纏って、舞台後方からお出ましになった。そして、舞台右端にある祭壇の前に跪き、蝋燭に火を灯して演壇へと向かう。このとき、王女がなぜ博士の学位服をお召しになっているのか不思議に思ったが、その疑問はすぐに解消される。

冒頭、大学評議会議長のヂャラット・スワンナウェーラー教授が、国王への謝辞を述べた(約2分間)。

「国王陛下におかれましては、本日の2548年度ヂュラーロンゴーン大学学位授与式に、王女殿下を名代としてお遣わしくださいましたこと、御礼申し上げます。本学、教員、職員、そして学生にとって、何物にも代え難い栄誉でございます。さて、この度は恐れ多くも陛下のお許しを得て、大学長のクンユィングスチャーダー・ギーラナンが、それぞれ王女殿下に経済学名誉博士号、ソームサワリー・プラウォラワートナットダーマート殿下に看護学名誉博士号を献ずるとともに、2548年度のヂュラーロンゴーン大学学位授与式を執り行います」

この式典は、学位下賜式である以前に、国王の代理である王女自身の学位授与式だった。続いて、大学長のクンユィングスチャーダー・ギーラナンが、プラテープ王女の功績を讃え、名誉学位献上の祝辞を奏上する(約4分間)。

「プラテープラッタナラーチャスダー・サヤームボーローンマラーチャグンマリー王女殿下(=プラテープ王女)は、これまでの多岐に渡る研究成果により、その名を国内外の研究者に広く知らしめました。経済学は殿下がもっとも取り組まれ、成果をあげた分野のひとつでございます。(…中略…)第672回ヂュラーロンゴーン大学評議会は仏歴2549年3月30日、経済学名誉博士号を献ずることが相当であると評価し、ここに学位を献ずるものであります」

ひととおりの演説を終えると、評議会議長が演壇の前へと歩み出て、王女に学位証書を献上。さらに、大学長による大学運営に関する報告が行われる(約8分間)。

「臣は、2549年度のヂュラーロンゴーン大学の業績についてご報告いたします。ヂュラーロンゴーン大学は現在、『タイ社会が自立し、世界的な競争力を持ち、そして世界中の人々と手を取り合って発展してゆくための、教養の源となり、国力の源となる』をスローガンに、大学の総合的なイメージ向上に努めております。また、教育の質についても国内外で広く認知され、タイ国内の大学としては唯一 The Times Higher Education Supplement の世界大学ランキングにランクインいたしました。(…後略…)」

つづいて、大学院理事長がマイクの前に立ち、卒業生名簿を開く。東南アジア研究科の学生たちは、この大学院に所属している。最初に学位の下賜を受ける理学博士18名が壇上へあがり、理事長がそれぞれの名を読み上げた。同時に、舞台横では仏僧による読経が始まる。

今回、プラテープ王女から学位を賜るのは、2005年度の前期末および後期末に開催された大学評議会で学位を認定された学生たちで、父母親族などの部外者の参観は禁止されている。東南アジア研究科からの出席者は合計7名(タイ人4、ラオス人2、日本人1)と、集合写真の撮影日より多い。いかにタイ人が王女から学位を賜ることに価値を見いだしているかが如実に表れている。しかも、この式典に参加すれば、王女とのツーショット写真を家宝にすることもできる。私立大学を卒業した友人は、「プラテープからの下賜、しかもそれがヂュラーの学位とあれば、受け取りに行かない方がオカシイ」と話している。

東南アジア研究科の修士は会場4列目に配席されており、学位の下賜を受ける順番もすぐに回ってきた。

舞台には赤い絨毯が敷かれており、左側の階段からのぼると0番のプレートが足下に来る。すぐ前の人の動きに合わせて約2秒おきに右側のプレートへと移っていき、7番プレートが演壇の真正面にある。

このプレートを踏んだら、一瞬たりとも気を抜けない。舞台奥にいる王女の方へ一歩踏み出し、8番プレートの上で1秒以内に礼を済ませ、つぎの1秒で王女の目と鼻の先にある9番プレートへ移動。あらかじめ決められた形式に則って1秒以内に学位授与証明書を賜わる。

王女はこの作業を午前9時15分に開始し、午前10時45分になってようやく卒業生2,011人全員の元に学位証書が行き渡った。王女はもちろん、名簿を読み上げる各学部の学部長や、それを黙って眺め続ける卒業生も楽ではなかったはず。

「国王陛下におかせられましては、ご機嫌麗しゅう恐悦至極に存じます。臣は卒業生を代表して御礼のご挨拶を申し上げます。

私ことヂュラーロンゴーン大学卒業生○○は、プラナルバーンサヤーミンと親愛なるみなさまからの恩賜に報いるに、国家の将来、至高なる信仰、それから国王陛下のために、タイ人民とともに各級社会と力を合わせ、常に助け合い、国家の発展に貢献して参る所存でこざいます」

午前10時49分、政治学部の学年総代が謝辞を述べ、卒業生一同起立してそれを復唱する。

「絶対に寝てはいけないと自分を堅く戒めていたけど、睡魔に抗うことむなしく、とうとう寝入ってしまったわ」

ジャネットは、眠い目を擦りながらゆっくりと席を立った。午前6時に講堂前に集合した女子クラスメイトの大半は、午前3時頃に起きて整髪と化粧に時間を費やし、十分な睡眠をとれなかったという。ちなみに、会場内での居眠りや私語は固く禁じられている。

「恐れ多くも国王陛下におかせられましては、本日のヂュラーロンゴーン大学学位下賜式に、わたくしを代理人として遣わされました。本学の各種活動がすべてて順調であると伺い、大変嬉しく存じております。また、成功を修め栄光を手にした卒業生のみなさまには謹んでお祝い申し上げますとともに、わたくしに経済学名誉博士号を授与してくださった大学には御礼申し上げます。

私たちは皆、人生における幸福や、職務における成功を切に願っています。しかし、持続可能な真の幸福と真の成功を収めるためには、日頃からの善行をまず第一に心がけなくてはなりません。正しい行いをしている者は、心身ともに常に安定し、自他ともに不利益を被るような道へと外れることなく、自らを正しき道へと導けることでしょう。ですから卒業生のみなさまには、自らの言行や考え方などに細心の注意を払っていただきたいと思うのです。そうすることで、みなさまが願っている自らの人生をはじめ、社会・国家の命運までをも良い方向へと導くことができるからです。

卒業生のみなさまには、人生におけるひとつの成功を収めましたこと、お祝い申し上げますともに、本日の式典に参列されたみなさまの幸福をお祈り申し上げます」

プラテープ王女は、卒業生一同に答辞を述べ、国王賛歌の演奏とともに会場をあとにした。

午後11時50分、講堂東側にあるプラバロムラーチャーヌサーワリー前広場に集合。正午の屋外は、まさにうだるような暑さだった。学長がプラピヤマハーラート王・プラマハーティーラートヂャーオ王像前の祭壇の蝋燭に火を点し、卒業生代表が花をたむける。卒業生一同、芝生の上に敷かれた茣蓙の上に跪き、封建時代スタイルのグラープ(最上級のワーイ=お辞儀。合わせた手を真上に高く上げてから、土下座ポーズに移行する)を3度繰り返し、大学歌を斉唱して解散した。

こうして、僕達の学位下賜式はつつがなく終了した。あすからは、「タイの大学院生兼業日本の会社員」という中途半端な身分から解放され、ごくごくフツウの日本人会社員となる。

この日のために大学まで来てくれた友人達から、腕に抱えきれないほどたくさんの花束をもらい、文学部本館の池の前で記念写真を撮って大学をあとにした。

きのう12日、学位下賜式出席のために休暇をとり、午後7時発のノースウエスト航空82便でバンコク・ドーンムアング国際空港に到着。きょう13日午前零時、薄暗い空港第2ターミナル前で友人に再会し、ンガームウォングワーン通りにある西洋料理店 13 coins(スィップサームリアン) 附属の宿泊施設で3時間の仮眠をとる。午前4時半起床。午前5時にホテルをチェックアウトし、午前5時半に友人のクルマで大学正門前に到着。空はまだ薄暗かったが、それぞれ仲間を求めて大学構内を彷徨い歩いていたクラスメート達と無事合流した。

「見て、この写真! まだピチピチしててカワイイでじゃないの? でも、今じゃこんなシワクチャのお婆ちゃんになっちゃってさぁ・・・・・・」

クラスメイトのオ(仮名)は、自分の学生証を手にとって、そう戯けてみせた。2年半前にクラスメイトたちと出会った頃に比べると、彼女たちの化粧の乗りは明らかに悪くなっている。とうとう「お肌の曲がり角」を迎える年頃になってしまったのだろうか。

講堂内への私物の持ち込みは、保安上の理由から固く禁じられている。カバンはもとより、財布もカメラも携帯電話もみんなダメ。そこでポケットのない女子用学位服を着ている友人たちから学生証を預かり、午前7時に学位下賜式の会場となっている大学講堂へ整列入場した。

学位下賜式終了後、友人たちとクルマを駐めている MBK マーブンクローングセンターで昼食をとる。電脳コンプレックス「パンティッププラザ」でタイポップスの新曲集を調達し、ファッションモール Pratium(プラティアム) でショッピング。宿泊先のホテル Bangkok Boutique(バンコクブティック) (1900バーツ)で時間を潰した。

夜、ラッチャダーピセーク4(ラチャダーソイ4)にあるパブ Rad で、友人たちが卒業記念パーティーを開いてくれた。平日の夜にも関わらず、11人もの友人たちが集まってくれた。翌14日午前零時15分に解散した。