タックスィン資本のホテル

「バカンス先のリゾートでも、タックスィンによるサービスを使わなければいけないなんて、なかなか皮肉が効いていてイイんじゃないかしら? アイツは、『国益のためにタイの製品を使いましょう』と国民に呼びかけておきながら、私物化した権益を親族や在外中国人のお仲間たちに分配しているような売国奴よ。商法に反して、タイの巨大企業をシンガポールの民間企業に売却し、それで得た巨額の売却益をいっさい国庫に納めていない。この国の首相には、国家の富を独占して、納税の義務を免れ、国を売る権利まであるというの!? で、わたしたちはいま、そのタックスィンが中国人を接待するために建てた新築のリゾートホテルに泊まっているというわけね」

午後4時半、プーゲット県のパートーング海岸にあるホテル「プーゲットクレースランド」から、窓の外に広がる青い海を眺めながら友人は言った。このセリフを、首相の友人たちが喜びそうな中国語ばかりで溢れかえっている宮殿のようなホテルで聞くと、亡国の行く末を案じながらも手の講じようがない、タイの一般市民が感じている歯痒さのようなものを、これでもかと言うほど感じ取ることができる。

友人は、この部屋の豪華な内装をとても気に入っている様子だったが、それでもホテルのオーナーに対する嫌悪感を隠しきれずにいた。テレビの電源を入れると、そこには日刊紙「プーヂャッガーン」の社主、ソンティ・リムトーングンが主導している、首相の退陣を要求するデモ(救国運動)の様子が生中継されていた。

20060204-2@2xけさ、タイ首相のタックスィン・チンナワット警察中佐に対して愛想を尽かせた都市部の住民たちおよそ50,000人が、旧国会議事堂の前にあるサナームマー広場に集結した。1992年2月17日に当時の軍事政権(国家治安維持評議会→サマッキータム党=団結行動党)に対して行われたデモ(大量虐殺事件「プルッサパータミン」)以来、およそ13年ぶりの大規模な反政府集会となった。人々は「グーチャート」(救国)と書かれている黄色のはちまきを額に巻いて、巨大なタイ国旗のほか、国王に対する忠誠の象徴となっている黄色のソングプラヂャルーン旗(国王旗)を左右に大きく振って、「タックスィンは退陣せよ」とシュプレヒコールを上げていた。テレビ番組に出演したバンコク都知事のアピラック・ゴーサヨーティン(プラチャーティパット党)は、「この集会は平和裏におこなわれる」と話していた。

タックスィン政権は、いわゆる「ばらまき政治」によって、地方の貧困層からの絶大な支持を得てきた。内閣支持率は、比較的貧しいタイの北部や東北部で高く、比較的裕福なバンコクから南部にかけての地域では極端に低い。2001年の首相就任以降、診療報酬を1回につき30バーツの固定とする医療制度を導入したことによって貧しい農民たちが診察や手術を受けられるようになり、農村部の村々に特産品を作らせる経済政策「一村一品運動」を通じて農村地帯に新しい産業を興すなど、貧しい農民たちに夢や希望を与えてきた(実際には、処方薬の料金が別途かかるほか、医療の質が極端に低下したり、特産品が思うように売れずに在庫が積み上がったりしているなど、さまざまな問題を抱えている)。また、地方出身の出稼ぎ労働者に対しては、タクシーやバイクをプレゼントするなど、特定の職種に就いている人々からの支持を得るために多額の資金を費やしている。さらに、タックスィン首相の選挙区がある人口25万人の小都市チアングマイに地下鉄網を敷設することも計画している。これらの集票政策は、露骨な政治ショーとして、都市部に住んでいる比較的教育のレベルが高い人々からはとことん嫌われている。市民をバカにした政治にも限度がある。

午後、タックスィン首相が事実上所有する財閥が経営している新築ホテル「プーゲットグレースランド」(8,800バーツのところ3,300バーツ)にチェックインして、セントラル百貨店プーゲット店へ3度も行くなど、数日ぶりにくつろいだ。