バスターミナル難民

「あのさ・・・・・・怒らないで聞いてよね。実はさっき、ノーイナーから電話があって、これからモーチットのバスターミナルで長距離バスの乗車券を買うところなんだって。わたしが言ってることの意味、分かってる? 今晩出発することになったのよ」

午後5時20分、サートーン通りにある高級ホテル「スコータイ」のロビーで、友人とアフタヌーンティーを楽しんでいたところ、別の友人が電話口でそう言った。

数週間前、この友人から「今月の30日に長距離バスでラオス方面へ行く」と聞かされていた。目的地は、タイ東北部にあるノーンカーイ県のチョングメック郡。メーコーング川のタイ側で、ビールを飲みながら新年を迎えるという話だった。

20051229-2@2x

ところが今日、突如、出発日と目的地が変更され、ノーンカーイの南東およそ380キロの地点にあるウボンラーチャターニー県ムアング郡へ行って、そこから現地に住んでいる後輩のクルマで同県スィリントーン郡のチョングメック村にあるキャンプまで移動して新年を迎えることになった。

「おまえ、それでも本当にタイ人なのか? 母国語でコミュニケーションをとっているにもかかわらず、どうしてこんな行き違いが起こるんだ? チョングメック村の場所すら分からないとは・・・・・・それでも本当に社会科の勉強をしてきたのか!」 と、思わずイヤミを連発してしまった。

もうサイアクだ。計画立案時における曖昧さと説明不足が原因で発生する、統率能力に欠けるタイ人たちが5人以上で行動するときに必ずといっていいほど起こるミスコミュニケーションだ。いったんこの悪循環に陥ると、以後、事態が悪化することはあっても、好転する見込みはほとんどない。

「参加を取りやめて、わたしたちだけで別のところへ行くという選択肢もあるわよ。今ならまだ間に合うはず」

友人も今回の急な変更にはウンザリしている様子で、今後の見通しについても似たような予測を立てていた。無謀な集団行動より、個別で行動したほうが楽だしムダも少ない。

しかし、今年のクリスマスがあまりにも平凡すぎたから、せめて新年ぐらいは充実した日々を送りたい。そのように考え、友人によるアドバイスを退けて、地下鉄パホンヨーティン駅の前にあるモーチット・バスターミナルへ向かった。

20051229-3@2x

午後10時15分、モーチット・バスターミナルの乗車券売り場は、バンコクからタイの北部や東北部へ帰省する人々でごった返しており、イヤな汗の臭いが周囲に充満していた。難民キャンプさながらの様相で、バス乗車場53番前の階段には人が鈴なりになっていた。そこに、ウボンラーチャターニー行きのプラカードを持っている T シャツ姿の男が現れた。

「ウボン行きの増発便のチケットを持っている人は、わたしのあとに付いてきてください」

20051229-4@2x

連れてこられた場所は、バスターミナルの隣にある広大な操車場だった。30~40人規模の人々の列が縦横無尽に行き交い、さながら映画に登場する兵営のような光景だった。

午後11時、すぐ近くで群れをなしていた集団が、午後6時発スリン行きのバスに乗り込んでいた。定刻より5時間も遅れている。この様子では、午後10時発のウボンラーチャターニー行きのバスが、いつ出発できるかなんて分かったもんじゃない。

結局、定刻より1時間半遅れの翌30日午前零時半にモーチットのバスターミナルを出発した。

昼、スィーロム通りにある珈琲屋で友人とダラダラ過ごしてから、サートーン通りにあるホテル「スコータイ」へ行ってアフタヌーンティーを楽しんだ。その後、部屋へ戻って別の友人と今回の旅行の荷造りして、地下鉄のパホンヨーティン駅からバイクタクシーに乗ってモーチット・バスターミナルへ向かった。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterでケイイチをフォローしよう!

シェア!

  •  ムアング郡というのがอำเภอเมืองの日本語訳なのであれば、それはเมืองと言う名前の行政区のことではなく、自治体の本部がある行政区のことだから県庁所在地、とかいう日本語に訳すといいよ。

     いや僕も最近知ったんだけどね。

     もうどうしてタイ国には各県にそれぞれเมืองって名前の行政区があるのかと思ってたの僕バカだから。

  •  ムアング郡というのがอำเภอเมืองの日本語訳なのであれば、それはเมืองと言う名前の行政区のことではなく、自治体の本部がある行政区のことだから県庁所在地、とかいう日本語に訳すといいよ。

     いや僕も最近知ったんだけどね。

     もうどうしてタイ国には各県にそれぞれเมืองって名前の行政区があるのかと思ってたの僕バカだから。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。