タイにおける私立大学の社会的な位置づけ

「父の希望もあって一度はクリスティアン大学に入学したんだけど、なんか自分には合わないと思っていまの大学へ編入したの」

クリスティアン大学(タイキリスト教大学)
1983年にキリスト教財団によって看護学のみの単科大学として設置されたクリスティアン準大学が前身。2001年に大学昇格。

午後8時15分、プララームガーオ通り(ラーマ9世通り)にある屋外レストラン「タレーバーンゴーク」で、バンコクの日本人社会において「タイの私立大学御三家」と呼ばれている大学のひとつ、アサンプション大学に通っている友人は自分のこれまでの経歴について少しずつ話しはじめた。

タイの私立大学御三家
(バンコクの日本人社会でのみ通用する概念)

  • グルングテープ大学(BU, バンコク大学)
  • ホーガーンカータイ大学(UTCC, タイ商工会議所大学)
  • アサンプション大学(ABAC)

タイで私立大学の学生が複数の大学を転々とするのはよくある話だ。

話は遡るがサーラーデーング通りで友人たちと酒を飲んでいた12月23日の夜、ある日本人男性が早稲田大学のスゴさとそこへ留学することの意義についてタイ人学生に説明してもなかなか分かってもらえないと愚痴をこぼしていた。なぜそんなことになるのかという謎を解くためには、まずタイにおける私立大学の社会的な位置づけを知っておく必要がある。

バンコク留学生日記では、不利益を被る人たちからの猛反発が予想されていたため、これまでタイの高等教育機関について詳しく言及することは極力避けるようにしてきた。しかし日系の人材紹介会社ですらタイの高等教育機関を正しく理解できておらず、また友人の日本人男性からこの日記で詳しく取り上げてほしいとの要望をいただいていることもあるので、今回はタイの私立大学にフォーカスするかたちで少しだけ掘り下げて考えてみることにしたい。

タイにおける私立大学の序列についてはバンコクの日本人社会でもしばしば話題にのぼる。よく聞くものとしては、第一位:グルングテープ大学=日本の早稲田大学相当、第二位:ホーガーンカータイ大学=日本の慶應義塾大学相当、第三位:アサンプション大学=日本の上智大学相当、といった例えだ。

しかし同じ私立大学とはいっても、日本とタイでは高等教育機関としての▽歴史▽格付▽入学難易度▽卒業難易度▽カリキュラムの質のいずれをとってもまるで異なっていため、両者を単純に比較することはできない。

日本の私立大学には長い歴史がある。それぞれ慶應義塾大学は1890年、早稲田大学は1902年に大学への昇格を果たしている。そのため現代の日本社会においても広く認知されており、入学難易度も国立大学に引けを取らない程度には高い。

一方でタイの私立大学はつい最近まで准大学という位置づけにあって、正規大学に昇格してからの日がまだ浅い。それぞれグルングテープ大学(バンコク大学)とホーガーンカータイ大学(タイ商工会議所大学)が1984年、アサンプション大学(エーベック)が1990年に大学へと昇格したばかり。タイの私立大学は歴史と伝統において国立大学に大きく遅れをとっていると考えられており、軽んじられることも多い。

(タイの国立大学では、1916年にヂュラーロンゴーン大学、1934年にウィチャータンマサートレガーンムアング大学=現在のタンマサート大学がそれぞれ正規大学に昇格している)





また、タイの私立大学は形式的な入学検定試験を実施している大学もあるが定員数や合格基準があいまいで、大量の新入生を際限なく受け入れている。つまり、授業料を支払えるだけの経済力さえあれば、誰でも簡単に第一志望の私立大学に入ることはできる(一部大学の一部学部を除く)。

その背景にはタイの私立大学が直面している切迫した台所事情がある。日本の私立大学は入学検定料(30,000円前後)が貴重な収入源となっており、大学によっては年間収入にしめる割合が25%を超えているところもあるが、タイの入学検定料はわずか200〜300バーツと安く、入学検定料だけでは運営資金の足しにならないため新入生を大量の受け入れることで入学金や授業料による収入を増やすという経営戦略をとっている。タイにおける各私立大学の入学要件はつぎのとおり。

グルングテープ大学の入学要件
会計学部・経営学部・報道放送学部・法学部・人文学部・経済学部・理工学部

  1. 総合能力試験(社会科A、タイ語A、時事問題)
  2. 英語能力試験(表現と理解力)
  3. 数学応用力試験(数学A、日常生活における応用的数学力)
ホーガーンカータイ大学の入学要件

  • 面接試験
  • 入学検定試験については面接試験日に告知する
アサンプション大学の入学要件

  • 平均評定3.0以上または
  • 平均評定2.50以上かつ、高等教育委員会主催の能力検定試験(統一大学入学試験)において、入学志望学部が指定した教科で50%以上の得点をとることまたは
  • 国立大学への入学が許可されることまたは
  • 高等教育委員会主催の能力検定試験(統一大学入学試験)において、英語で60点以上をとることまたは
  • TOEFL 500点以上、または IELTS レベル5以上を所持していること
トゥラギットバンディット大学の入学要件

  • 基礎分析力試験
  • 面接試験(合否は試験日に告知する)

<ただし以下に該当するものは筆記試験を免除する>

  • 高等専門学校前期課程・工業高等学校・高等専門学校後期課程を卒業した者で平均評定3.0以上の者または
  • 高等学校を卒業した者で平均評定2.50以上の者または
  • 高等教育委員会主催の能力検定(統一大学入学試験)で数学、英語、タイ語、社会科のいずれか一教科で平均点以上をとった者または
  • 第二部(夜間)に入学希望の者または
  • 地方の出張所に願書を提出した者

パッと見だけでは難しそうに感じるかもしれないが、ちょっとした工夫をするだけで簡単に各大学の入学要件は満たせる。

私立大学合格必勝法

  • グルングテープ大学
    入学試験を受験しに行けばオッケー(合格最低点はかなり低いし入学定員もない)
  • ホーガーンカータイ大学
    面接試験で学習の意志をアピールすればオッケー
  • アサンプション大学
    地方にある全入状態の国立ラーチャパット大学または国立ラーチャモンコン大学を受験して入学資格をもらうだけでオッケー
  • トゥラギットバンディット大学
    地方の出張所に願書を提出するだけでオッケー

*ただし一部大学のマスコミ学科や日本語学科には入学希望者が殺到して不合格者も出る

しかしタイの私立大学も自らの威信をかけて「学位」を発行している。卒業生の質を維持するために学生たちを常にふるいにかけて、平均評定GPAが2.00に満たない学生を容赦なく放校しているため入学できたところでかならずしも卒業できるとは限らない。入学生に対する卒業生の割合はグルングテープ大学の工学部で4:1、ホーガーンカータイ大学とアサンプション大学の経済学部で3:1程度といわれている。

不幸にも退学を余儀なくされた学生はより格下の大学へ編入することになる(一部単位は互換性がある)。グルングテープ大学の学生によると、いちおう次のような敗者復活の策はあるという。

グルングテープ大学から放校されそうなときに取るべき対策

  1. GPA が2.00を下回る前に自主退学し、
  2. 単位の互換性が高く評定も甘いラングスィット大学に編入して、
  3. グルングテープ大学と互換性のある単位を集め、
  4. 卒業単位が近くなったらふたたびグルングテープ大学に返り咲けば、
  5. グルングテープ大学の学位を取得できる(グルングテープ大学は一度までの復学を認めている)。

ところがそのように上手くいくケースはとても希で、たいていは転出先の大学で学位を取得することになるという。なお、ラングスィット大学からの転出先にはトゥラギットバンディット大学やスィーパトゥム大学がある。



このようなタイ独特の大学事情があるため入学難易度だけで私立大学をランク付けすることにはムリがある。それぞれの大学が発行している学位の格は▽卒業難易度▽放校時の転出先▽卒業後の進路などから総合的に判断する必要がある。ここで僕独自のタイの私立大学ランキングを公表してみるのも一興かもしれないが、客観的に数値化できないものをフィーリングだけで順序づけて公表したところでなんの意味もないのでやめておくことにしたい。

もし自分がタイに進出している日系企業の採用担当者だったら、おそらく私立大学を卒業したタイ人を積極的に採用すると思う。論理的な思考力が求められるような仕事には国立大学の卒業生を充てるかもしれないが、▽都会的かつ理知的な振る舞い▽豊かな想像力▽機敏な行動力などが求められているような職場では私立大学の卒業生のほうが明らかに向いている。ちなみに日系企業に強いのはアサンプション大学(語学力があり、日本文化への親和性も高い*ため使いやすい。ただし西洋かぶれでタイ語やタイ史にはとことん弱い)といわれている。ホーガーンカータイ大学は私立大学トップの就職内定率86.27%を誇っており、グルングテープ大学も卒業生の質には定評がある。

*アサンプション大学の卒業生(英語専攻を除く)は、 TOEFL 400 点代後半から500点代前半の英語力がある(550点には満たない)。

なお、もし「タイの私立大学御三家」を一流大学とする場合、少なくとも以下に掲げる大学はすべてを一流として扱う必要がある。

いわゆるタイの私立大学御三家より上位の大学
ヂュラーロンゴーン大学、タンマサート大学、ガセートサート大学、マヒドン大学、スィンラパーゴーン大学、チアングマイ大学、コーンゲン大学、ソンクラーナカリン大学、プラヂョームグラーオ工科大学(キングモンクット工科大学)、スィーナカリンウィロート大学、ラームカムヘーング大学

以上のことをふまえたうえで本人にも受け入れやすい表現を選んで丁寧に説明していけば、もしかしたら日本における上位私立大学のスゴさというものをタイ人に理解してもらえるかもしれない。

タイで大学生をするのも楽じゃない。少しでも手を抜くとすぐに放校されてしまうし、高校生のように中間テストまである。テスト期間中に遊び歩いてばかりいる友人もいつどうなるか分からない。

20051226-2@2x

昼すぎ、スィーロム通りにある珈琲屋Bug and Beeへ行ってからプララームガーオ通り(ラーマ9世通り)にある屋外レストラン「タレーバーンゴーク」で友人と夕食をとり、さらに別の友人たちも加わってラッチャダーピセーク通りにあるクラブPump Up!へ繰り出した。

8件のコメント

こんにちは。初めて投稿させていただきます。
こちらのブログのタイ情報、とても参考になりました。
現在、ラームカムヘーング大学国際学習大学への留学を考えており、情報収集しております。
ラームカムヘーング大学国際学習大学について、外部の評価等、ご存じのことがあれば、情報提供いただけますと嬉しいです。
卒業後、海外の別の大学院へ進学することも視野に入れており、卒業にあたって、充分な単位を取得できるのかどうかなどもお伺いできると嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。

はじめまして。バンコク留学生日記をご覧くださり、ありがとうございます。

お問い合わせのラムカムヘン大学国際学研究所の件、

1. (学位の価値)
ラムカムヘン大学国際学研究所は2003年に設立されたインターナショナルプログラムで、まだ歴史も浅いため、当研究所が発行する学位の価値に対する明確な評価は定まっておりません。

2. (タイ国外の大学への進学)
国際学研究所は別ですが、ラムカムヘン大学は無試験で入学できるオープン大学のため、当大学の1年次の学生は統計的にも学生とは認められないほど立場が弱いとされています。ただし、カリキュラムの難易度は有名私立大学(バンコク大学やアサンプション大学など)より高いため、それなりの教育効果は期待できます。

3. (海外大学における単位の互換性)
専攻によって異なりますが、一般にタイのインターナショナルプログラムは欧米のカリキュラムをそのままコピーしているので、日本の大学で取得する単位よりは互換性が高いと思われます。

4. (タイ社会での評価)
タイ人は極端なブランド主義的価値観を持っているため、ブランドイメージが極端に低いラムカムヘン大学の学位が将来自分にとって有利に働くことはまず期待できません。また、不人気大学のインターナショナルプログラムは、不人気大学の一般コースよりも格下であるというのが通説であるため、将来タイ社会と関わっていく上で重大な障害となる懸念があります。入学難易度が当研究所と同程度のインターナショナルプログラムは他にもたくさんありますので、一度ほかの大学への入学も検討されてはいかがでしょうか。

以上、ご回答いたします。ご参考になれば幸いです。

こんにちは。初めて投稿させていただきます。
こちらのブログのタイ情報、とても参考になりました。
現在、ラームカムヘーング大学国際学習大学への留学を考えており、情報収集しております。
ラームカムヘーング大学国際学習大学について、外部の評価等、ご存じのことがあれば、情報提供いただけますと嬉しいです。
卒業後、海外の別の大学院へ進学することも視野に入れており、卒業にあたって、充分な単位を取得できるのかどうかなどもお伺いできると嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。

はじめまして。バンコク留学生日記をご覧くださり、ありがとうございます。

お問い合わせのラムカムヘン大学国際学研究所の件、

1. (学位の価値)
ラムカムヘン大学国際学研究所は2003年に設立されたインターナショナルプログラムで、まだ歴史も浅いため、当研究所が発行する学位の価値に対する明確な評価は定まっておりません。

2. (タイ国外の大学への進学)
国際学研究所は別ですが、ラムカムヘン大学は無試験で入学できるオープン大学のため、当大学の1年次の学生は統計的にも学生とは認められないほど立場が弱いとされています。ただし、カリキュラムの難易度は有名私立大学(バンコク大学やアサンプション大学など)より高いため、それなりの教育効果は期待できます。

3. (海外大学における単位の互換性)
専攻によって異なりますが、一般にタイのインターナショナルプログラムは欧米のカリキュラムをそのままコピーしているので、日本の大学で取得する単位よりは互換性が高いと思われます。

4. (タイ社会での評価)
タイ人は極端なブランド主義的価値観を持っているため、ブランドイメージが極端に低いラムカムヘン大学の学位が将来自分にとって有利に働くことはまず期待できません。また、不人気大学のインターナショナルプログラムは、不人気大学の一般コースよりも格下であるというのが通説であるため、将来タイ社会と関わっていく上で重大な障害となる懸念があります。入学難易度が当研究所と同程度のインターナショナルプログラムは他にもたくさんありますので、一度ほかの大学への入学も検討されてはいかがでしょうか。

以上、ご回答いたします。ご参考になれば幸いです。

Keiichiさん

貴重な情報を有難うございます。とても参考になりました。
いろんな立場の方から意見をきくことが大切だと改めて痛感しました。
もう少しよく調べてみたいと思います。

Keiichiさん

貴重な情報を有難うございます。とても参考になりました。
いろんな立場の方から意見をきくことが大切だと改めて痛感しました。
もう少しよく調べてみたいと思います。

いきなり投稿してすみません。今年の3月に短大を卒業し、今バンコク大学への編入を考えている者です。タイの大学は留学制度が整っているように感じますが、編入後にアメリカやイギリスへの留学は可能なのでしょうか?もしご存知でしたら回答お願いします。

いきなり投稿してすみません。今年の3月に短大を卒業し、今バンコク大学への編入を考えている者です。タイの大学は留学制度が整っているように感じますが、編入後にアメリカやイギリスへの留学は可能なのでしょうか?もしご存知でしたら回答お願いします。

ABOUT US

ケイイチ
バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。