ストーカー行為

「誰かに好意を持たれたら、必ずそれに応えなければならないなんて法律、あなたの国にはあるかしら? わたしの記憶違いでなければ、タイにそんな法律はないわ。これまで、わたしは一度として彼に『可能性がある』素振りなんて見せたことはなかったし、遭遇するたびに『あなたは運命の人じゃない』とハッキリ伝えてきたというのに、『君の心が僕に靡くまで続ける』とかワケワカンナイことを言って、毎日夕方頃になると寮に白い花束を届けに来るし、夜になると固定電話、携帯電話、携帯メールの三重奏が鳴り響く。これはもう嫌がらせよ。完全なストーカー行為。そもそも、恋人でもない普通の友人の私生活に、ここまで図々しく入り込んでくる権利なんてあるのかしら? わたしにも基本的な人権ぐらいあるはずよ。すでに、ひどい頭痛と明日のテストのことでイッパイイッパイになってるというのに、これ以上、変な問題を増やされても困るわ。 ホントウにキモい。今晩は寮に帰りたくない。あすのテストだってもうどうでもいい。宿泊代金は支払うから、あなたの部屋に一晩泊めてもらえないかしら?」

ストーカー
他人につきまとう迷惑行為、およびそれを実行する人。タイ語では สโตกเกอร์ と表記され、「サ↓トー→グァー↑↓」と発音される。 คนที่สะกดรอยตามคนที่ตัวเองหลงไหล という意味。
(「ストーカー」というワードでの検索が多いため追記しました)

午後10時20分、パホンヨーティン2街路の橋のたもとに停車中のクルマのなかで、友人は一向に鳴りやまない携帯電話の終話ボタンを連打しながら、そう言って憤慨していた。憮然とした表情で、涙ぐんですらいた。1時間以上にもわたる不在着信のせいで、Motorola 製の厚さ13ミリの新型携帯電話 RAZA V3 に搭載されている貧弱なバッテリーが、今にも尽きようとしていた。

この数分前、アヌサーワリーチャイサモーラプーム(戦勝記念塔)ロータリーをクルマで通過していたときに、この友人の隣の部屋に住んでいる学生から「例のオトコが寮の前で座り込んでいる」という知らせを受けていた。

バンコク在住の(タイ人の社会とある程度の交流がある)日本人女性なら、一度や二度はこのようなシチュエーションに直面したことがあるはずだろう。タイ人の男性には、押してもダメなら引いてみろといった発想がなく、相撲力士のように力ずくで土俵の隅まで寄り切りを決めて、自分の恋愛を成就させようとするきらいがある。この戦略は、古典的な恋愛観を信奉している女性に対しては有効かもしれないが、比較的自立心の強い女性にはかえって逆効果となる。

友人はなぜ自分のアパートがバレてしまったのかと訝っていたが、契約者の氏名、電話番号、住所のどれかひとつでも分かれば、電話会社の TOT に問い合わせることで、すべての情報を引き出すことができる。

実のところ、ストーカー呼ばわりされているオトコが本当にストーカーなのかどうか確認が取れていない。この数日間で序列第一位から追い落とされたばかりの元準彼氏かもしれないし、いまにも関係が破綻しそうな現役の彼氏かもしれない。だから、話半分で聞いておいても良さそうだが、それだけにこれは典型的な口説き方と理解していいだろう。

昼すぎ、スィーロム通りにある珈琲屋へ行ってから、ヂュラーロンゴーン12街路にある格安飲茶屋「チョークディーティムサム」へ行って友人たち3人と夕食をとった。