国王誕生日慶賀式典の国王演説

「首相、明日に控えた余の誕生日を祝福してくれてありがとう。素晴らしいスピーチでこの会場の内外にいる人々を元気づけてくれてありがとう。つい先日、余は、首相のスピーチを讃えると、余自身の不利益になると反対する者がおると知らされた。しかし、余が首相を讃えたところで他の者は讃えぬやもしれぬし、もし余が首相を讃えねばなぜ讃えぬのかと言われ、余自身までも讃えられなくなってしまう。首相は讃えられるために存在しているのだから、もし讃えなければ、首相としてはいささか不満であろうし、首相が不満なようで、どうしてこの式典を進めることができようか。だから、余は、首相のスピーチは素晴らしかったと讃えねばならぬ。首相様のスピーチは良かった。あなた様は余を賛美するためにここにいらっしゃる。賛美を好み非難を嫌うのは、人間としていたって正常なことである。余が落ち度を非難していることについて、かの者はさぞ不満に思っているであろう。しかし、もし仮に余が誰かのことを非難しているとしても、たとえかの者が新聞社と掛け合って『国王が非難しているのは、自分ではなく、あんな人やこんな人のことだ』と書かせたとしても、余自身が特定の誰かを非難していると公言せぬかぎり、結局のところ、誰も非難されていなかったことになるのだ」

午後4時半、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 14階のミニマートで、タイの民放各局が一斉に放送している国王の演説を聴いて驚いた。

プーミポンアドゥンヤデート国王は、タックスィン・チンナワットの首相が就任した2001年以来、一貫して強い嫌悪感をあらわにしている。そして今回、ヂットラダーラホーターン宮殿にあるドゥスィッダーライホールで、78歳の誕生日を祝うために訪れた21,859人の前で、なんと、自分より格下の首相に対して「様」を付けて呼んで皮肉をお示しになり、首相の「非難嫌い」を論ったうえで、その独善的な政治姿勢を戒めた 。

タイは立憲君主制をとっている。そのため、立憲君主が国政に干渉することは、憲法によって厳しく制限されている。しかし、国王誕生日慶賀式典が催される12月4日は、年に一度だけ、それも一時間だけという時間制限付きで、式典の参列者に対する返礼というかたちをとって、国王が国民に自由に直接語りかけることができる機会が設けられている。制度上、タイの国王には政治的な強制力はない。しかし、国民からの絶大な支持を集めている国王の演説は、知的かつウイットに富んでおり、かなりの政治的な影響力を持っている。

現在、タイ首相のタックスィン・チンナワット警察中佐は、日刊紙「プーヂャッガーン」の社主ソンティ・リムトーングン氏との泥仕合を演じている。タックスィン陣営は、国家権力を総動員して、ソンティ社主を国家反逆罪や王室不敬罪の疑いで投獄しようと試みており、一方のソンティ陣営も、国家資産の私物化を理由にタックスィン首相を退陣へ追い込もうと躍起になっている。一部の軍官僚による過激な発言もあって、巷ではクーデターが起こるのではないかと噂されている。このような状況下でおこなわれた今回の国王演説は、疑いなくソンティ氏に有利に働いたはずであり、翌5日の高級日刊紙のマティチョンは「今上、喧嘩もほどほどにとの詔勅」と報じている。

プーミポンアドゥンヤデート国王は最後に、「ほどほどの成功、ほどほどの経済状態」に言及し、「本当の成功とは何のことかなんて分からないさ」と投げやりに言い放ったうえで、成功者の代名詞とされている首相をふたたびび詰り、式典に参列した人々に対して礼を言って、演説を締めくった。

タイはいろいろな問題を抱えているが、国王が健在であるうちはまだまだ捨てたもんじゃない。政財界で圧倒的な権力を握っている首相に対抗できるのは、タイではいまや国王ひとりだけになってしまったが、その国王が正面を切って物えお申しているうちはこの国も大丈夫。今回の国王演説を聴いた人々の、国王に対する信頼感は、より一層高まったに違いない。

20051204-2@2x

ところで、今朝の目覚めは強烈だった。

「あなたが早起きをするかもしれないと思って、真正面の部屋をとっておいたんですよ。宿泊費用として400バーツかかりました」

朝、ホテル Poi Pet Guesthouse 客室の扉を開けると、正面にある部屋の扉が開け放たれていた。しばらく向かいの部屋の様子を眺めていると、そこに昨晩のカンボジア人青年が現れた。この瞬間、バンコクに帰りたいという衝動に駆られた。常識と文明が恋しい!! 親切だが物乞いのような雰囲気を放っているこの男にこれ以上つきまとわれるのはもうご免だし、麻薬や売買春と隣り合わせの生活にももうウンザリだ。こんなところにいたら、本当にどうかしてしまいそうだ。昨晩は、「悪の道」へ足を踏み入れるのをギリギリのところで思いとどまったが、次に何かあったら、本当にどうなるか分かったもんじゃない。必要としていた情報の収集が完了した今、こんなヤバい街からは一刻も早くおさらばするに限る。

正午、カンボジア・バンテイメンチェイ州ポーイペートを発って、午後3時にはスクンウィット19街路にあるロビンソン百貨店の McDonald’s に到着して胸をなで下ろした。

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バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。