タイ人のビーチボーイと日本人の女性観光客

「学部生のころ、夏休みの休暇を利用して、プーゲットにあるピザ屋でバイトをしていたんだけど、その店には、観光客を相手にバナナボートやパラセイリングの仕事をしているビーチボーイたちが、日本人の女性観光客を連れて、よく食事に来ていたのよね。で、その目の前で『きょうもタダマンだぜ』と(タイ語で)言っては、仲間たちと大はしゃぎしている様子ばかりをずっと見てきたから、これだけはハッキリと断言できる。ビーチボーイは本当に最低な連中よ。ビーチボーイのような卑しいオトコと付き合うとか、普通の人だったら絶対にしない思うけど、日本人の女性には、あの日に焼けた黒い肌と逞しい体つきが、そんなに魅力的に映るのかしら?」

正午、ヂュラーロンゴーン6街路にあるスックスィットニウェート国際学生寮前の食堂で、クラスメイトたちと昼食をとっていたところ、プーゲット県にあるソンクラーナカリン大学の観光経営学部を卒業したクラスメイトが、日本人の女性の価値観に関する話題を振ってきた。

たしかに、日本の女性とタイの女性では、男性の好みがまるで異なっている。日本の女性たちは「ビーチボーイ=肌の色が黒い=アウトドア系=逞しくて男らしい=イケてる」と考えているようだが、タイの女性たちのあいだでは「ビーチボーイ=肌の色が黒い=教養がない肉体労働者っぽい=貧しくて甲斐性がない=ヘボい」と考えられている。

日本的な大衆社会とタイ的な階級社会、どちらのイデオロギーとるかによって、オトコの評価がここまで変わってくるとは、本当にスゴい。

「どうせ、いらないんだもん。それなら、タイ人にとって不要な存在である、娼婦は外国人の男性に、ビーチボーイは日本人の女性にくれてやれば、タイの国内における男女の需給のバランスは最適化されるし、資源も有効活用されることになるわけだから、まさに良いこと尽くめなんじゃないかしら?」

20世紀の初頭、アジア全域において植民地の拡大を競い合っていたイギリスとフランスによる政治的な圧力を受けて、当時のサヤーム(タイの旧国名)が、辺境にあったブーラパー州(アンコールワットを含む現在のカンボジア西部)やトライブリー州(現在のマレーシア北部)をあっさりと割譲してしまったのと同じぐらい、娼婦やビーチボーイについては、どうでもいい他人事であるかのように考えているようだった。このクラスメイトは事の本質を安直に総括してしまったが、僕はこころの中で「日本人はタイ人のダストシュートなんかじゃないぞ」と反論した。しかし、実情はこのクラスメイトが言っているとおりなんだから、なにを言ったところで仕方がない。トンチンカンな同胞たちに、なんとも歯痒い思いがする。

「タイに来ればモテる」

そのように豪語している日本人がバンコクにはそれこそ掃いて捨てるほどいるが、そりゃあタイ人が「いらない」といっている異性にわざわざ声をかけて、しかも金までくれてやれば、むしろ落とせないというほうがおかしいだろう。

――日本人にはタイ人のような階級社会特有の価値観があまりないから、このような(タイ人にとって)信じがたい愚行に走るじゃないかな。

とりあえず、クラスメイトたちにはそのように説明しておいた。このような交叉的な人間関係は、発展途上国における国際結婚でとてもよくみられる傾向だが、まともな異性を落とすのは、タイでも日本でも同じように、そうそう楽なことではない。

「わたしたちタイの女性が、誰だって簡単に身売りをしてしまう、と考えてもらっては困るわ。100,000バーツ? 人にはカネをもらっても譲れないものがあるということを、変態外国人の皆様にはよぉく理解しておいてもらいたいものね」

帰宅後、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室で、別の友人にこの話をしたところ、そんな答えが返ってきた。日本人とタイ人、どちらの価値観が正義に照らして正しいのか判断に迷うところだが、このような価値観の相違こそが、日本とタイとの文化的な違いであり、日本人が外国人との相互理解を深めるうえでの障害となっているのではないだろうか。

さしあたって、われわれ日本人にできることは、世界には日本とは異なる文化や価値観があることを知り、それを学ぶことぐらいしかない。

あさ、ヂュラーロンゴーン大学の文学部へ行ってタイ研究科の講座「タイ文化論」に出席してから、降り止まぬ雨のなか、午後10時までスックスィットニウェート国際学生寮の1階にあるオープンテラスで、クラスメイトたち5人とタイ文化論のグループプレゼンテーションの準備をした。

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ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。