企業内従業員営利集団の形成

「疲れるし、タクシー代も安くないから、いっそのことメッセンジャーでも雇ってみようかしら。契約の件数が多い同僚は、仲介者にコミッションを支払って書類の受け渡しを代行させて、自分は冷房が効いているオフィスで書類を取り纏めてるだけでも、社内的には自分の業績として十分にアピールできるわけだし、仲介者には会社から受け取った歩合給のなかからコミッションとしてその一部を支払うだけで済むのだから、本当に良いことずくめよ。実際に営業担当者個人からの仕事を請け負って、仲介だけをしている会社っていうのもあるらしいわよ」

昼、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室に、友人がカーオパットアメリカンの差し入れを持ってきてくれた。朝から都内の各所にある客先を回ってきたそうで、大量の契約書を抱えながらそうこぼしていた。

タイ人を固定給で働かせるのは難しい。タイ人は年功序列的な賃金体系よりも、むしろ成果主義的な賃金体系のほうを好む。その背景には、つぎのようなタイにおける労働社会の習慣がある。

  1. タイ人の会社員には、会社から通勤交通費や営業交通費が支給されていない。そのため、歩合給がないと、赤字になってしまうこともある。また、営業交通費を節約するために、個人的にバイク便を雇って、その費用を自腹で支払っている。
  2. タイ人の会社員たちのあいだでは、取引先を個人的に紹介し合うことが日常的に行われている。そのときに、紹介者に対して仲介料や世話料といったコミッションを支払う必要があるため、そのための費用を自分の歩合給から補填する財源が必要になる。

そのため、会社の内部には、会社の管理の目が届かないところで、従業員個人の利益を図るためのさまざまなシステムが形成されている。したがって、日本人の経営者たちは、タイにおける商習慣を十分に考慮したうえで、会社の利益が損なわれないよう工夫する必要がある。友人の会社の例では、歩合給をはずむことで、営業担当者に十分な「営業予算」を与え、それが業績の向上につながっている。

タイは転職型の労働市場であるため、従業員は会社の利益より個人の都合のほうを常に優先させる。「会社で忠勤していれば昇格して給料も上がる」なんて甘い考えは誰も持っていない。タイ人にとって、会社に勤めることは、いわば個人でビジネスをはじめることに等しい。

日本の商習慣では完全にアウトかもしれないが、それがタイの商習慣なのだから、好むと好まざるとに関わらず、ある程度は受け入れざるをえないだろう(日系企業はだいたいこのあたりでよく躓くという)。

なお、一般的な歩合給は受注総額の1%~3%といわれている。

余談になるが、ヂュラーロンゴーン大学の工学部を卒業した学生たちは、固定給の技術職より、むしろ歩合制の技術営業職に就くことのほうが多いという。タイの工場は、海外から移転してきた技術をそのまま利用して生産しているだけなので、もとより待遇の良い研究職の求人が少ないといった背景もその一因にある。

きょうは、自室に籠もって夕方までタームペーパーを書いてから、友人と飲みに出かけた。

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ケイイチ
バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。