2005年8月1日(月)
午後、イスラーム研究の講義に出席した。その後、
午後、イスラーム研究の講義に出席した。その後、


民主国家である以上、タイにも討論番組が存在する。なかでも、ソーラユット・スタッサナヂンダー氏(バンコク大学報道学部卒業・39歳)が司会を務める「トゥングルーク・トゥングコン」(とことん / 月-金 23:00-24:30)の存在は特に際だっている。さまざまな社会問題をタイムリーに取り上げ、当事者や専門家を招いて真相をとことん徹底的に追究していく姿勢は、市民からの根強い支持を得ている。ソーラユット氏のアグレッシブな追求ぶりは、日本人のジャーナリスト田原総一朗氏(早稲田大学文学部卒業・71歳)を思い起こさせる。
今回の国歌公式録音問題では、マヒドン大学附属ヂェンドゥリヤーングカスィン芸術カレッジの学者が「言語道断。全国民が敬意を払うべき国歌が、まるでダンスミュージックのようではいけない」と話していた。一方、
日没後、
午後11時頃、自室のリビングでタバコを吸っていたところ、バンコク在住の日本人としては数少ない超人的な知識量を誇る友人から、電話越しに
番組終了後、インターネット上にアップロードされている過去の放送内容を発見。結局、朝まで見続けてしまった。この日記では語り尽くせないの魅力がギッシリ詰まっている番組なので、タイの社会問題に興味をお持ちの方には是非オススメしたい(必要最小スキル:
この日記では日本人にも分かりやすい内容を選んで掲載した。なお、過去のバックナンバー(抜粋)はつぎのとおり。
| 8月1日 「第二種女子学生コンテスト」(ラーチャパットスワンドゥスィット大学が200名からのオカマ学生に晴れの舞台を用意したということについての是非) 7月29日 「若者達がアルコール飲料会社の上場に反対」 7月26日 「タイのカレンダーはズレている」(日刊紙コムチャットルックが仏教的な祭日がずれていると指摘したことについての真偽) 7月4日 「タクシー運賃の値上げ」 6月17日 「ズレてる新入生歓迎パーティー!」 6月16日 「新入生歓迎パーティーの悲劇」 6月13日 「新入生歓迎パーティーの中止」 5月31日 「エネルギー節約」 5月23日 「人生を変えるミニバス」 5月11日 「バンコク人の命の値段」 |
午前10時半起床。昨晩、友人に紹介してもらった討論番組のバックナンバーを朝まで見続けた影響で、午前中の講座「タイ文化論」に欠席してしまった。しかし、討論番組から多くの有益な知識をゲットできたということで良しとしておきたい。昼すぎ、
「日本人のあいだで最近、日本語対応の携帯電話がメチャメチャ普及してますよ。日本人なら、もうみんな持ってるんじゃないんですか?」
夜、
先学期の
同時期、タイ在住の日本人のあいだで日本製の携帯電話が爆発的に普及した。日頃から日本語だけで生活している大部分の日本人にとって、日本語のショートメールが使えるようになったことは、生活スタイルに大きな変革をもたらしたという。しかし、日頃からタイ語で生活をしている僕にとって、タイ語が使えない携帯電話ほど不便なものはないため、これまで日本製携帯電話の普及にはまったく無関心だった。
友人によると、高架電車 BTS アソーク駅から徒歩5分のところにある商業ビル
ウエブサイトの閲覧や電子メールの送受信は、日本語にこだわらなければ、標準的な契約内容で十分利用できる。
約2時間後、タニヤ通りのカラオケスナックへ友人たちと出かけた。実は普通のカラオケボックスでも構わなかったが、ゲイだらけのバンコクでいい歳をした大人が男同士でカラオケボックスに入ったら、いよいよゲイとの疑いをもたれかねない。明日のカラオケ大会のためにタイ語曲を3曲ほど練習して、午前1時に店を出た。1,100バーツだった。どうせホステスを相手にするわけでもないから、もう少し安い店を選んでも良かったかも。
ちなみに、今晩のホステスは自称「
「あまり目新しいものがなかったわね。でも、屋外用無線 LAN 中継装置と PCT パケット通信技術はけっこう興味深かったかも」
午後、ミャンマー研究の講義を欠席して、ノンタブリー県
ところが、発展途上国で行われる博覧会で先端技術の発表があるはずもなく、ブースと呼べるものすらなかった(あるのは大企業の巨大な看板だけ)。唯一興味を惹かれたのは、大手通信会社
「なかなかやるじゃない? それじゃ、この曲はどうかしら?」
夜、
大部屋カラオケ屋
その後、僕が住んでいる
「なによこの店? 可愛い子なんてどこにもいないじゃないの?」
女性に容姿については男女で意見が分かれるところだが、たしかにいまひとつ冴えない印象。午後11時頃、
「さっきの店より、レベルがぜんぜん高いんじゃないかしら?」
朝、目覚めたときには真面目で平凡な一日になる予定だったのに、
「タイ映画って、くだらないお笑いシーンが多すぎて、いつも本題がぼやけてしまうのよね」
夕方、高架電車 BTS
就職活動中に出会った日本人学生によると、一度インディーズ映画の良さを知ってしまうと、ハリウッド映画の安っぽいストーリーには耐えられなくなるという。映画マニアではない僕にはいまひとつ良く分からないが、たしかにタイ映画には日本のインディーズ映画のような味がある。
タイ映画では、コメディータッチのストーリーのなかに作者の主張が隠されている。要所要所にお笑いシーンが多数挿入されている(これがないとタイ人は飽きる)ため、単なるコメディー映画と錯覚しがちだが、観客が映画館から出たあとに「なぜ○○は○○だったんだろう」と考えていく過程で作者の意図を自発的に理解させていく手法がとられている。ところがハリウッド映画では、心理学的に計算されつくした脚本にのっとって物語が展開し、無意識のうちに作者の主張を深層心理のなかへと刷り込んでいく手法がとられている。
タイ人ブロガー Chubby Chocobo 氏は、タイ映画「
ストーリーはつぎのとおり。
若かれし日の『タム』(パイロート・サングワリブット演)と『オオ』(ロンラナー・スラーワン演)は、美男美女のカップルとして名を馳せていた。今年50歳になり、現在では年頃の2人の子供を育てている。長女の『バイトーング』(カヌングニット・ヂャッグラサニッターノン演)は
この作品では、タイ人の家庭観や子育て観が巧みに表現されている。テーマは、①娘の同棲問題、②息子の同性愛問題、③両親にとっての青春、④家庭内コミュニケーションなど(これから家庭を持とうとしている人や高校生~大学生を持っている両親にオススメ。同性愛者や性転換者はやめておいた方がいい)。日本と共通する部分もあるが、タイ文化に関する貴重な情報で盛りだくさんの内容になっている。
その後、
朝、二度にわたる退役陸軍大将からの電話で起床。昼前、高校時代の友人から、カンボジアの
午後11時頃、バンコク・
途中、
今回と同じようなことは、6月下旬のラオス旅行のときにも経験している。そのときは飲み屋で闇ガソリンを給油して難を免れたが、その後ラオスの山中でエンジントラブルが発生したため目的地にたどり着けなくなってしまった(後日、修理に約14,000バーツ費やした)。そこで、今回はガソリンに余裕があるうちにホテルを探して朝を待つことにした。
翌8日午前2時頃、ガソリンの残りがついに10リットルを割り込み、トラート市の手前約60キロの地点にある
「このホテルは連れ込みオッケー。街中で見つけた娘(売春宿にいる娼婦)を部屋に連れ込んでも、誰が咎めたりするもんか。もしなんだったら、可愛いベトナム娘が揃っているオレのアルバムの中から今晩のお供を選ばせてあげようじゃないか。タイの携帯電話は持ってきているか? ここに電話番号を書いておくから、気が向いたらいつでも気軽に連絡してくれ。今晩はきっと最高の夜になるぜ!」
カンボジア王国
カンボジア人女性は、やはり美白至上主義のタイ人にはウケないのか? タイ人ベルボーイが「ベトナム娘」と強調していたのが可笑しくてならなかったが、その気がないのに見込み客と思われるのも不都合なため適当に聞き流した。とはいえ、ホテル関係者の機嫌を損ねて客室内の私物がなくなるのもイヤだから、「あとで連絡する」と答えてその場を繕った。
午前10時ころ、
昼すぎ、国境の街トラート県クローングヤイ郡ハートレック町に到着。国境の街といえば交易で栄えている市場を想像するが、カンボジア側のプムチャイイヤム村から市街地の
タイ・カンボジア間の物流は、ハートレック(トラート県, タイ国道318号線) – プムチャイイアム(
タイ側のハートレック入国管理局で、
いつもより少しだけ煩雑な出国手続きを済ませ、バンコク都内の一戸建て住居にある門柱のような「国境ゲート」を越えてカンボジア側に入った。
カンボジア側のプムチャムイアム村は、ハートレック村に輪をかけて寂れている。国境の施設は、いずれも公立小学校の体育倉庫や簡易便所のようなありさまだった。プムチャムイアム入国管理局で
なお、タイとカンボジアの二国間協定により、タイ人はビザなしでカンボジアに入国できる。
入国後、国境から約200メートルのところにあるカジノホテル
カジノホテル
カンボジアの国境カジノは、どこもさまざまなプロモーションを打ち出してカジノ客の誘致を図っている。
さっそく、15,000バーツずつ出し合って30,000バーツの換金不能チップを購入し、無料宿泊券と無料食事券を受け取って、カジノゲーム
②換金不能チップ20,000バーツ分購入で近くにある別のホテルの宿泊費無料。 ③換金不能チップ100,000バーツ以上購入でバンコク-トラート間の往復航空券・宿泊費無料。 ※ 換金不能チップはゲームをしながら換金可能チップに換えていくことができる |
このカジノクラブは、タイ人客をターゲットにしている。そのためタイ語が公用語になっており、英語はほとんど通じない。バカラがもっとも人気があり、
午後10時、客室に戻った。化粧台の上に放置したままになっていたベルボーイの電話番号が書かれているメモをゴミ箱に放り込み、カジノホテルのプロモーションやゲームの勝率について友人から話を聞いた。
<関連記事>
タイ籍自家用車のラオスへの持ち出し要件とヴィエンチャンの夜 (2004年6月1日)
国際交通許可証と郊外の電脳街 (2005年1月28日)
「あ、もしもし? けさ会社をやめたから、自分で事業を始めるつもり。ほら、あのサイドビジネス。これまで仕事を頼んでいた友達はあまりにもカネがかかりすぎてたし上手くもなかったから、チームを組みなおして一から出直してみるわ」
昼前、
いずれにしても、転職型労働社会のタイでは、会社を辞めてもキャリアがフイになったり、所得が半減するわけでもないから、自分が責任を負える範囲で冒険してみるのも悪くない。仮にこのビジネスがうまくいかなくても、またサラリーマンに戻れば良いだけの話。
夕方、
午前中の講座「タイ文化論」が予定より1時間早く終わったため、 MBK
バンコク北部の
夕方、
各大学の詳細はつぎのとおり。
| มหาวิทยาลัยเกริก (ม.เกริก) | |||
| マハーウィッタヤーライ・グルーク(モー・グルーク) | |||
| 種別 | 下位私立大学 |
![]() |
|
| 設立年 | 2495年 (西暦1952年、前身は英語職業学校→グルーク学院→グルーク準大学→グルーク社会技術高等教育機関→グルーク大学) | ||
| 所在地 | バンコク都ラームイントラー通り 1km アヌサーワリー・ラックスィー 43/1111番地 | ||
| 設置学部 | 経営学部・経済学部・法学部・報道学部・芸術学部・大学院 | ||
| 標準学費 | 16,450バーツ/学期 | ||
| 公式Wweb | http://www.krirk.ac.th/ | ||
| 入試難易度 | 人文科学 | みなし21位 (報道芸術学部コミュニケーション英語学科・正答率42%、倍率1倍未満) | |
| 経営学 | みなし29位 (経営学部経営情報学科・正答率34%、倍率1倍未満) | ||
| 法学 | 情報なし | ||
| 医学 | - | ||
| 工学 | - | ||
| キャンパス | 建築物 | 50点 (オレンジと白の塗装で統一されたこぢんまりとした校舎。各階に各学部が設置されており、エレベータはない。) | |
| 学生街 | 10点 (小規模な商店がある。学生街はサ・モール・ンガームウォングワン店) | ||
| オシャレ | 30点 (田舎っぽい) | ||
| ボディコン | 70点 (ピッタリの着こなしだが何かが違う) | ||
| 歴史 | 2495年 | 英語職業学校、グルーク・マンカラパリック博士によりラーチャダムヌーン通りに設立 | |
| 2504年 | 中等学校8年生(高校5年生)卒向けの学士課程(3年制)を設ける | ||
| 2508年 | グルーク学院と改称し、サムットプラーガーン県ムアング郡へ移転 | ||
| 2512年 | グルーク準大学、グルーク学院から分離独立し、経営学部・経済学部を設置 | ||
| 2530年 | 国立大学と同格の学位を発行できる社会技術高等教育機関に昇格しグルーク社会技術高等教育機関と改称 | ||
| 2538年 | 大学院を設置し、グルーク大学と改称 | ||
| มหาวิทยาลัยเกษตรศาสตร์ (ม.เกษตร) | |||
| マハーウィッタヤーライ・ガセートサート (モー・ガセート) | |||
| 種別 | 上位国立大学 |
![]() |
|
| 設立年 | 2486年 (西暦1943年) | ||
| 所在地 | バンコク都ヂャトゥヂャック区ラートヤーオ町パホンヨーティーン通り50番地 (バーングケーン校) / ナコーンパトム県ガンペーングセーン郡ガンペーングセーン町第6村1番地 (ガンペーングセーン校) / サゴンナコーン県ムアング郡チアングクルア町第1村59番地 (サゴンナコーン校) / チョンブリー県スィーラーチャー郡トゥングスックラー町スクンウィット通り第6村199番地 (スィーラーチャー校) / ロッブリー県コークサムローング郡パニアット町第1村50番地 (ロッブリー校) / スパンブリー県ムアング郡バーングプラーマー郡 (スパンブリー校) / グラビー県ヌアクローング郡ユワイユーング町 (グラビー情報通信校) | ||
| 設置学部 |
農学部(理学部に相当)・経営学部・漁学部(理学部に相当)・人文学部(文学部に相当)・林学部(理学部に相当)・理学部・工学部・社会学部・獣医学部・教養学部・経済学部・農産学部・建築学部 |
||
| 標準学費 | 約6,000バーツ/学期 | ||
| 公式Wweb | http://www.ku.ac.th/ | ||
| 入試難易度 | 人文科学 | 3位 (人文学部外国語学科・正答率63%) | |
| 経営学 | 3位 (経営学部市場学科・正答率57%) | ||
| 法学 | - | ||
| 医学 | - | ||
| 工学 | 3位 (工学部バーングケーン校・正答率55%) | ||
| キャンパス | 建築物 | 90点 (バイクタクシーに乗らないと移動できないほどの広大な校舎。夕方には大渋滞が発生する) | |
| 学生街 | 10点 (大学と商店がひとつの街を形成している。学生街はサ・モール・ンガームウォングワン店) | ||
| オシャレ | 50点 (田舎っぽい学生とオシャレな学生の差が激しい) | ||
| ボディコン | 35点 (おおむね制服を正しく着用している) | ||
| 歴史 | 2486年 | ガセートサート大学設置法に基づき設立。農学部・教養学部・組合学部・漁学部を設置 | |
| 2479年 | 農学部、医学大学の獣医学部を吸収し、農業獣医学部と改称。工学部設置 | ||
| 2509年 |
農理学部・理学部設置。農業獣医学部、獣医学部と改称。組合経済学部、経済経営学部に改称。獣医学部の一部、教養学部に移転。 |
||
| 2511年 | 大学院設置 | ||
| 2515年 |
世界銀行からの融資でガンペーングセーング校(ナコーンパトム県)設置。日本政府からの援助でガンペーングセーング校の研究所群が建設される。社会学部、農産学部、人文学部、図書館、研究所、 |
||
| 2521年 | 博士課程設置 | ||
| 2522年 | 一部学部の一部学年がガンペーングセーング校へ移転 | ||
| 2536年 |
ガンペーングセーング校文学部、ガンペーングセーング校理学部設置。各学部に修士課程・博士課程が設置される。農業文化博物館開館。 |
||
| 2538年 | サゴンナコーン校設立。日本国秋篠宮親王に学位を授与。 | ||
| 2539年 | スパンブリー校、ロッブリー校、グラビー校設立。 | ||
| 2542年 | グラビー情報通信校設立 | ||
| 2543年 | 建築学部設立 | ||
「ケイイチさんの料金プランにおける GPRS 料金は、1分1バーツです」
昼、タニヤ通りにある日本料理屋「味里」でタイ旅行中の友人と昼食をとっていたところ、モバイルインターネットの話題になり、移動体通信会社 AIS Advanced Info Service のコールセンター 1175 に問い合わせた。
タイでは現在、顧客の名前を呼ぶのが流行っている。
タイの携帯電話にも、さまざまな料金プランが設定されている。 One 2 Call の標準料金は、地域内1分5バーツ、地域外8バーツだが、利用者の大半はプロモーションと呼ばれる割引料金プランを選択している。割引料金プランは、それぞれ①通話料金、②ショートメール SMS 料金、③追加される電話番号利用日数に違いがあり、 One 2 Call なら *777 (自動音声)で変更できる。ちなみに、僕が使っているのは全国均一1分3バーツの Freedom More 。
パケット通信 GPRS にも割引料金プランが設定されており、通常1分1バーツのところ、1分0.08バーツになるプロモーションがある(プロバイダ料込み, 20時間100バーツのプロモーションを選択した場合)。 GPRS のプロモーションは、通話料金のプロモーションとは別に設定でき、 GPRS プロモーション登録専用番号 *138 (音声ガイダンス)または 1175 (AISコールセンター)から申し込める。料金は申し込みと同時に通話料金残高から差し引かれ(月の途中の場合は料金と通信時間残高が日割り)、その後は毎月1日に差し引かれる。利用可能時間残高は *139 (自動音声)で確認できる。
このほか、毎月40時間の GPRS パケット通信が無料になる One 2 Call! Net SIM もあるが、通話料が1分5バーツと割高なためお勧めできない(音声通話のプロモーションを選択できない)。
GPRS モバイルインターネットの接続方法はつぎのとおり。
| ①携帯電話の GPRS パケット通信を設定する(通信会社によって異なる) ②ケーブルまたは無線でパソコンと携帯電話を接続する ③パケット通信を開始する(携帯電話の説明書参照, 電話番号:*99***1#, ユーザー名:空欄, パスワード:空欄) |
ちなみに、携帯電話から日本への通話料金はつぎのとおり。
| 001 (International Call) 30バーツ/分 008 (International Call) 7.49バーツ/分 009 (eFone) 21バーツ/分 |
その後、バンコクの電脳街「バンティッププラザ」でノートパソコンと携帯電話を無線接続するための Bluetooth 発信機を購入(450バーツ, パソコンと携帯電話をケーブルで接続しても OK )。
「あまり話題にしないから他人がどう思ってるか知らないけど、わたしは国王陛下を尊敬しているわよ。王室プロジェクトはわたしたちタイ国民に夢と希望を与えてくださっているし、
夕方、ノンタブリー県にある粥屋「カーオトムウワンポーム」へ友人と向かう途中、プーミポンアドゥンヤデート国王の居城「
今日は
プーミポンアドゥンヤデート国王の功績について、生活苦を訴えている気の毒な人に支援金を下賜されたという美談のほかに、友人はプルッサパータミン事件のときに政治に介入して事態を収拾したことを挙げていた。
事件の発端は1991年2月13日、国軍最高司令官スントーン・コングソンポング陸軍大将率いる
新憲法施行後の1992年3月22日に実施された総選挙で、
その後、陸軍司令官
2月17日、
一説によると、このタイミングで国王の政治介入がなかった場合、①陸軍内部における内乱の発生、②
午後、電脳街「パンティッププラザ」で修理に出していたパソコンを受け取り、ンガームウォングワーン通りの粥屋で夕食をとり、
これまでタイ人は盲目的に国王を崇拝していると考えてきたが、意外にもそれなりの根拠があることを知った。同時に、国王の偉業に感銘し、虐殺された市民の数すら特定できないタイ国民の基本的人権の脆弱さに改めて驚かされた。
仮に次回のクーデターがあるとすれば、どのような決着が図られるのだろうか。
<参考リンク>
プルッサパータミン 2535 (タイ語・写真付き)
惨劇と化した5月の3日間 (日本語)
午後7時、
日本酒、焼酎、ビール、ウイスキーをチャンポンして飲んだため泥酔寸前になった。これでクルマを運転して友人たちを送り届けられたのは奇跡だったかも。
夕方、
「わたし以外にあなたの毛を抜く仕事を引き受ける人なんて絶対いないでしょうね」
中華街
午後の講座「ムスリム研究」に出席してから、地下鉄
脱毛屋は口と手を駆使して、糸と糸が交差する部分を移動させながら、シャッシャと調子よく額の産毛を抜き始めた。あまりに調子よく抜けていくから、10分もすればツルツルのスベスベになると思った。ところが、糸の交差部分が頬のあたりにさしかかると、肌が浮き上がるような感触があった。頬の髭は太くて強力なため、引き抜くときに皮膚がつってしまう。脱毛の速度が急速に落ち、ゆっくりブチンブチンと抜くようになった。
首を変な方向に傾けて顎の下の毛を抜いてもらっていたところ、茶髪の女性2人組が声をかけてきた。ところが、何を言っているのかまったく分からなかった。中国人観光客か中国移民1世が僕を同胞と勘違いして中国語で話してきたのかもしれない。
糸の交差部分が口髭にさしかかると、あまりの痛さに涙が浮かんできた。糸が剛毛に負けて頻繁に切れるようになったため、脱毛屋は糸を二重にして耐久性を上げたが、それでも少し力を入れるとすぐに切れてしまう。とうとう糸を使うのをあきらめて、毛抜きで一本ずつ抜き始めた。
所要時間約1時間、料金は200バーツだった(所要時間・料金ともに女性2倍)。セントラル百貨店
この時期、日本はお盆休み。甘い夢を見ている日本人男性がバンコクに大挙して押し寄せてくる。ちょうど今晩は珍しく暇をもてあましていたから、旅行者のノリで久々に夜のバンコクへと出かけた。
午後8時半、
高架電車 BTS
しかし、旅行者気分に浸るためには、カネを払えばセックスできる
性風俗街
わざわざ
――どうして、こんなにヘボい女性ばかりなんだろう?
半ば呆れながら階段を2階へ降りて行くと、さらに呼び込み担当
日本人セックスツーリストに人気がある
――どう血迷ったら、このなかから「気に入った娘」を選べるというのか!?
そう心の中で百回くらい愚痴った。しばらくすると、ママサンが踊り担当
でも、自分の意志でこの店を選び、そこでビールを飲みながら
| 「お名前は何ですか?」(日本人かどうかの確認作業 その1) →適当に日本人らしい名前を答えておいた。 「何県出身ですか?」(日本人かどうかの確認作業 その2) →日本人を偽装するほとんどの外国人が「東京」と答えるから、ここは広島と答えておいた。 「今回の旅行は何日間の日程ですか?」(旅行目的の詮索) →無難に5日間と答えておいた。 「どこのホテルにお泊まりですか?」(旅行者の経済力を測るためのテスト) →ナーナー近くのウエスティングランデスクンウィットと答えておいた。 「何人で旅行に来ていますか?」(旅行者に対するアプローチ選択のためのテスト) →娼婦が必要以上の関心を持つように敢えて「ひとり」と答えておいた。 |
見込み客の経済力や生活環境について知ることは、営業戦略の立案に欠かせない。むろん、これらの質問は好奇心から発せられる性質のものではない。
タイという極端な階級社会において、
気分転換を兼ねて、
「日本人観光客 X は、初めての宇宙旅行で惑星 Y に漂着した。そして、日本とはまったく異なる文化を持っている Y 星人との出会いに興奮する。次第に Y 星人とも性的な関係が持てることが分かり行動を起こすが、その相手は Y 星人ではなく、なんと Z という別の生命体だった。日本人観光客 X にとって、 Y 星人も生命体 Z も似たようなものだったが、 Y 星人にしてみれば生命体 Z はまったく異なる生き物。もし Y が人間であれば、 X は人間以外との性交渉にハマっているように映るはず。ぶっちゃけ獣姦と一緒だ。
バンコクには、
そんな彼らにも、いつかは
結局、10分もしないうちに
ペディグリーチャムを食べれば、きっとあなたの愛犬も嬉しそうにしっぽ振るでしょう! 犬には犬のエサ、猫には猫のエサ、ってあたりがちょうど良いのかも。
僕にはドッグフードやキャットフードを頬張る趣味もなければ勇気もない。まったく、気分転換にすらなりやしなかったじゃないか!!
<注釈>
<関連記事>
タイ沈没の悲劇を目の当たりにする 2004年6月26日 (犬について)
タイラット紙 今日のトップニュース 2004年7月31日 (送金について)
日本人による援助交際例 2004年8月17日 (送金について)
階級社会で生きる 2004年10月6日 (激甘の夢について)
娼婦の評価に例外はあるか その3 2004年12月13日 (娼婦の地位について)
パブにおける階級社会と記号消費 2005年6月10日 (コミュニティー形成について)
バンコク中産階級的視点から見た性風俗 2005年6月19日 (娼婦の地位について)
フツウとはいったい何なのか 2005年6月23日 (娼婦の地位について)
歩道とエロ本と海外旅行 2005年7月28日 (送金について)
「タイ音楽を西洋楽器で演奏するのにも、西欧音楽をタイ楽器で演奏するのにも賛成できない」
タイ研究科の必修講座「タイ文化論」を担当している講師は、国王の曾孫に与えられる「
午前9時半、
正午、国立劇場裏手にある芸術局付属

映画館
タイ映画「
ストーリーはつぎのとおり。
グローバル化の流れは、農民の子「カーム」(パノム・ユィーラム演)の人生をも変えた。カームは「象の飼育は国王陛下から信託された責務」と信じて、象の親子「ポーヤイ」(父象)と「コーン」(子象)を自分の命より大切にしていた。ところが、タイ政界の有力者にさらわれ、オーストラリアへと売り飛ばされてしまった。カームは象の親子の救出を決意して海を渡る。
オーストラリア・シドニーの街で、コーンは現地のタイ人警官「マーク巡査部長」(マム・ヂョックモック演)とタイ人娼婦「プラー」(バンゴット・コングマーライ演)の支援を受けて象の救出を試みるが、その前に「マダム・ロス」(ヂン・スィング演)率いる中国マフィアと無数の格闘家たちが立ちはだかった。
カームの大陸を越えた戦いがここに始まる。(続きは映画館でご覧ください)
この作品は、香港映画と比べ、社会的なメッセージが希薄で技の種類にも多様性を欠く。
「分かってるちコラ! このマザーファッカー。くそヤーバー100錠だろ。バーロー」
午後の講座「ミャンマー研究」のあと、珈琲屋で友人と合流し、高架電車 BTS
これまでずっと気になっていた場所がある。そこは
このような歴史的背景から、プラプラデーング郡の開発は軽視され続けてきた。そのため地価が安く、都市部の建設現場で働いている非熟練労働者たちが多く住み着いている(これをスラムと呼ぶかどうかについては議論がある)。さらに対岸には麻薬の集積基地と目されている
午後10時半頃、プラプラデーング郡バーングヨー町の薄暗い田舎道をゆっくり走っていたところ、「麻薬検問」の看板が光る常設簡易検問所で警察官2人が警備にあたっていた。
昼、室内の無線 LAN システムをタイ旅行中の高校時代の友人に再構築してもらい、
「どうして今日の夕食が『
夜、
しかし、こんな料理では、食事に来ているのか太りに来ているのか分からなくなる。着衣には焼肉屋独特のあの臭いがこびり付き、口の中も脂分でベタベタ。顔全体が油ギッシュな膜で覆われてしまった。とうとう堪らなくなり、食後にアイスクリーム屋に寄った。午後9時に帰宅し、午前3時まで
午後、「イスラーム研究」の講義に出席し、友人の会社へと向かった。
今晩はホステスをつけなかった。ステージで演奏している生バンドを聞きながら、大手企業のタイ人幹部たちとウイスキーグラスを傾けていると、次第にホステスをつけないことがイケてることのように思えてきた。タイ人上流層は、正面を向いてホステスと話すことなく、仲間内だけで会話を楽しんでいる。ホステスが話題の中心になっている日本人向けカラオケスナックとは大違い。
タイ財界トップとの会合に居合わせたという別の友人が、面白いことを話していた。
「タイは極端な階級社会。だからホステスごときがタイ人経営幹部から相手にしてもらえることはまずない。でも、『モノ以下』の扱いを受けているホステスたちを見ていると、さすがに気の毒になってくるよ」
タイ人上流層にとってのオシャレとは、ホステスという高価な「お花」が飾られている店で、優雅にウイスキーグラスを傾けながら語り合うこと。ホステスと戯れること自体はあまり重要ではない。夜の街に求めているものが日本人とタイ人では違うんだろう。日本人向けカラオケスナックとは一風違った振る舞いに、タイにおける上流社会の一端を垣間見た。
これまでも鬱陶しいとは思っていたが、今晩ついにホステスを完全に無視した。
その後、別の友人たちと合流して酒を飲んだ。
「融資を受けるなら、高金利の消費者金融より銀行の個人向けローンの方がいいわよ。審査も早いし金利も低い。なにより『滞納時の取り立てがお上品』なのは魅力ね。複数の金融機関からの借金を一度に完済し、新しい借金に一本化するのに適しているわ」
夜、自室で友人がパソコン画面に向かいながら、銀行の個人向けローンについて簡単に説明してくれた。
政府の規制緩和政策により、バンコク都内でも最近ノンバンクの支店が爆発的に増加している。銀行も個人向けローンに力を入れており、
| 対象:月収15,000バーツ以上の個人(保証人不要) 年利:15-20%(借入額により変動, 学資ローンは12%, 住宅ローンは5.75~6.00%) 限度額:月収の最大5倍または150万バーツまで 返済期間:12~60ヶ月 期日通りに返済すれば翌年の年利割引 |
個人向け多目的ローンの審査には、
友人(個人向け多目的ローン営業)の給料は、固定給15,000バーツ、歩合給約8,000バーツ(契約件数により変動)。ノルマは毎月10件で、インターネット等の掲示板を駆使して練るまで顧客を募っている。
昼すぎ、
「これまでも
夕方、ンガームウォングワーン通りの粥屋「カーオトムウワンポーム」で
一方、教育省付属の公立学校に勤めている友人の母親は、8級文官3号教諭 อาจารย์ 3 ระดับ 8 の役職にあるという。某金融機関の顧客情報によると、勤続30年50歳女性(高専卒)の8級文官3号教諭は26,800バーツ、勤続30年50歳女性(同)の7級文官3号教諭は24,600バーツの俸給を得ており、前者はタクシー運転手向けの講座で月々7,000~40,000バーツの副収入がある。
タイの
タイ教育省には79,308人の常勤職員がいる。
うち普通教育局には14の職位がある。
教員の俸給は、官吏としての俸給と職位手当(第3級教諭以上3,600~9,900バーツ、特に専門性の高い職種13,000バーツ)によって決定される。
文官の初任給は、中学高校卒で4,640バーツ、職業学校卒で5,260バーツ、高等専門学校卒で6,490バーツ、4年生大学卒7,260バーツ、5年生大学卒7,960バーツ、修士卒8,870バーツ、博士卒12,000バーツ。
ちなみに前出の「8級文官3号教諭」だが、役職は「学年主任」に過ぎないという。複雑で分かりにくいが、タイの官吏に対する理解が少しだけ深まった。日常生活のなかでこのような話ができるバンコク中間層の友人たちとの語らいの日々にけっこう満足している。
午前9時から午後4時までの講義に出席してから、高架電車 BTS モーチット駅で友人と合流して夕食をとりに行った。
午後の講義が休講になったため、
「店はいつも利益重視で客のことなんて後回し。店内が満席になったら、出入り口を閉めて新たな客の流入を禁止すべきよ。これじゃ、踊る踊らない以前の問題として、立つスペースすら確保できないじゃないの?」
夜、 RCA
こんな環境でタイポップスのライブばかり聴いているせいか、心なしか気が短くなったような気がする。そこで、心のゆとりを作るために、
ホテル
バイオリンの生演奏を聴きながら、アールグレイ(130バーツ)とチーズケーキ(180バーツ)を堪能した(
その後、バンコクの電脳街「パンティッププラザ」で買い物をし、
「バンコクがこんなに売春婦だらけになっているとは・・・・・・。もしかして、現在激増中とかそういうの?」
ホテル
友人によると、①午後10時半頃、
なんでそんなところで人を待つのか!? もう無謀を超えて英雄の域に達している。
高架電車 BTS
そんなところに突っ立ってたら、オトコたちから「品定め」されるに決まってるじゃないか。
タイ人の中間層は、一部の日本人にとってのホットスポットにとことん疎い。この友人も、
午後、
「それでは、このフォームに記入してください」
夜、
昼すぎ、
「われわれタイ人と日本人は共存共栄できるはずだ。しかし、共同で事業を起こすにあたって、互いの信頼関係の醸成と維持は欠かせない。当店のケースでは、共同出資者だった日本人が独善的な経営に終始したせいで、双方の信頼関係に深刻な禍根を残す結果になった。だから、日本人出資者から経営権を『継承』することによって、わたしは正義を貫いたんだ!」
夜、
この日本人向け居酒屋は、およそ4年前に営業を開始した。ところが経営方針をめぐって日本人出資者とタイ人出資者のあいだに対立が生じ、最終的に日本人出資者が経営から排除される結果になったという。だが、ことの真相は日本人出資者の話を聞いてみるまで分からない。
タイでは、外国人事業法によって、外国資本が過半数を占める企業の設立は制限されている(ただし投資奨励法に基づく BOI タイ国投資奨励委員会ほかによる指定企業は除く)。したがってタイで起業する場合、登記上の経営権はタイ人株主によって牛耳られることになり、これがタイ人による企業乗っ取りの温床となっている。
実際に、タイにおいて日本人の経営権が収奪されたという話は枚挙にいとまがない。そのため、企業乗っ取りに対して、日本人経営者たちは知恵を絞ってあの手この手の対抗策を講じている。企業乗っ取りは、①株主総会で日本人経営者が含まれない取締役会メンバーが選任されること、②取締役会で日本人代表取締役が解任されることによってはじめて成立するから、株主総会または取締役会で自分に不利な議決があったときには、あらかじめタイ人株主に書かせておいた株式譲渡契約書(日付空欄)とタイ人取締役に取締役辞任願(日付空欄)を武器に議決そのものを無効化させるという戦術もある(ただし法的な実効性については未確認)。
でも、タイで会社を経営するなら、そんな防衛策を弄するより前に、出資者との信頼を築き維持できるだけの能力がないと難しい。
昼、ミャンマー研究の講義に出席してから、
「ここのカーオカームーも悪くはないけど、やっぱり
昼すぎ、百貨店
ここ2週間ほど、タイ料理「
昼すぎ、百貨店
「まあだいたい4,000通くらい発信して、無事に届くのが1,500通。不達が2,500通くらいかしら。そのうち7人くらいからレスポンスがあって、審査を通るのが約半数。この調子でいけば、月給30,000バーツの大台も夢ではないわ。これを『インターネットマーケティング』っていうんだけど知ってる?」
夜、僕が住んでいる
この会社では、1ヶ月間に30件以上の契約があれば、1件につき1,200バーツの歩合給を基本給に加算している。このペースで行けば、今月の友人の給料は[基本給15,000バーツ+歩合給1,200バーツ×30件+ボーナス5,000バーツ]の合計56,000バーツになる。タイでは勤務歯科医の月給でもせいぜい40,000バーツくらいだから、この収入はなかなか悪くない。
昼、日系百貨店「伊勢丹」6階の紀伊國屋書店で
午後6時45分、