バンコク留学生的無観客試合観戦体験記

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「あの『ニッポン』っていうのはなんなんだ?」

高架電車サナームギーラーヘングチャート駅(国立競技場駅)前にあるパトゥムワンプリンセスホテル9階の特設会場で、日本人のサポーターたちが「ニッポン、ニッポン、オオオオオオ」と叫びながら盛り上がっているのを見ていたタイ人の警備員が、スクリーンを見入っている上司に怪訝そうな顔をして尋ねていた。

国際サッカー連盟 (FIFA) は4月30日、スイスのチューリヒで規律委員会を開き、3月に行われたワールドカップ最終予選で観客が暴徒化した北朝鮮に対して、同予選の次のホームゲームとなる日本対北朝鮮戦を第三国のタイへ移し、観客なしで開催するという異例の処分を下した。

日本対北朝鮮戦は、ヂュラーロンゴーン大学サスィン経営学大学院の裏にある国立スパチャラーサイ競技場(国立競技場)で開催された。キックオフはタイ時間の午後5時半だった。

あさ、ヂュラーロンゴーン大学の文学部4号館で行われた講義に出席してから、ヂャームヂュリー5号館の2階にある登録事務所へ行って今学期の授業料を納め、午後2時半に大学の裏にある国立スパチャラーサイ競技場で友人と合流した。試合開始まであと3時間あったため、競技場の観客席は無料で一般公開されていた。実際に観客席に座ってフィールドの様子を眺めていたところ、芝が長すぎて選手が試合中に躓いてしまうのではないかと友人が心配していた。

20050608-2その後、報道関係に詳しい友人から、「サッカーの日本代表は午後3時に宿泊中のコンラッドホテルを出発する」という情報を入手した。さらに、近くにいた警察官が「今さっき選手団がホテルを出発した」と話しているのを聞いた。その頃、スタジアムの周辺には、タイ在住の日本人のほか、はるばる日本から遠征してきた日本人サポーターたち約130人が集結しており、サッカー日本代表の到着を待ちわびていた。しばらくすると、警察官が壇上にあらわれて “Nobody Inside” と叫び、スタジアムの入口付近を塞いでいた日本人サポーターたちを、敷地外のヂュラーロンゴーン5街路まで下がらせた。

20050608-3午後3時43分、サッカー日本代表を乗せた観光バスは、スタジアムのゲートの外で横断幕を掲げている日本人サポーターたちから、大きな歓声や太鼓の音で迎えられた。ヂュラーロンゴーン5街路で商店を営んでいるタイ人たちは、この歓声に驚いて一斉に外に飛び出してきたが、あまりの熱気に警戒したのか、日本人サポーターたちの様子を遠巻きに観察しているだけだった。

この通りの左右がヂュラーロンゴーン大学の敷地で、左奥にあるビルがパトゥムワンプリンセスホテル。

この通りの左右がヂュラーロンゴーン大学の敷地で、左奥にあるビルがパトゥムワンプリンセスホテル。

僕は国立競技場からヂュラーロンゴーン大学の学生寮へ抜ける道を友人と歩いて、パトゥムワンプリンセスホテルの9階にある日系の旅行代理店主催の応援会場へ向かった。会場の隅にある喫煙所近くに陣取り、ビール片手に大スクリーンに投影されている試合の様子を眺めた。

20050608-5きょうの日本対北朝鮮戦は、娯楽が少ないタイに住んでいる日本人のファミリーにとってはまたとない祭事だったようで、老若男女ありとあらゆる日本人たちが会場に詰めかけていた。フジテレビをはじめ、日本の報道各社も会場に来ており、もしかしたら会場の隅でビールを飲んでいる僕たちの姿が日本国内で報道されていたかもしれない。会場内はスタジアムさながらに盛り上がり、試合の後半で日本代表がゴールを2度決めたときの熱気は相当なものだった。

日本は2対0で北朝鮮を下し、来年ドイツで行われる World Cup への出場を決めた。

20050608-6試合終了後、往路と同じ抜け道を歩いて友人と国立競技場のゲートへ戻り、日本代表の選手団がスタジアムから出てくるのを待った。北朝鮮の代表は試合終了の20分後にはバスに乗ってホテルへ戻ったが、日本代表は試合終了後のインタビューなどもあって、いっこうに出てくる気配がなかった。会場の警備にあたっていた警察官は、30分後に出てくると話していた。

日本代表を乗せたバスがヂュラーロンゴーン6街路の方向へと去るのを確認してから、タニヤ通りにある寿司屋「まとい寿司」で夕食をとり、ほかの友人達とスクンウィット33/1街路にあるバーや、ペッブリー通りのアマリアトリウムホテル2階にあるバブ Mingles をはしごして、閉店までカクテルを飲み続けた。

たまにはこういう超ミーハーな一日を送るのも良いかもしれない。

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2001年に金融機関の社内SEを辞めてタイへ渡り、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部が開講している外国人のための集中タイ語講座、インテンシブタイ・プログラムを修了しました。その後、アメリカ・ロサンゼルスにおける語学留学を経て、2006年にヂュラーロンゴーン大学大学院の東南アジア研究科修士課程を修了。以来、機械部品商社の海外営業、生産設備商社の海外営業を経験し、現在は機械メーカーの国内営業部門で海外現法向けの部品輸出を担当しています。