2005年5月8日(日)

近年、経済のグローバル化にともない、日本国内における産業の空洞化が急速に進行している。長引く不景気によるリストラや就職難の影響で、全労働人口に占める非正規社員の割合も劇的に増加した。終身雇用制度の崩壊と転職型労働社会への流れはもう誰にも止められないところにまできている。

これまでの社会の仕組みが大きく変わろうとしていた2001年末、僕は日系企業が多数進出している東南アジアに関する専門知識があれば、日本国内のおける産業の空洞化にも十分抗えると考え、会社を辞めてタイへ留学した。そして、もっとも高度な外国人向けのタイ語教育を行っているヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部集中タイ語講座(インテンシブタイ)のカリキュラムと、タイにおける最高学府ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)の修士課程を修了することで、専門家層の薄いタイ語とタイ関連の知識を養い、それをもって能力を証明しようと考えた。

こうして留学3年目を迎えたいま、先行き不透明なこの国で安定した老後を迎えるための方法論について、いよいよ真剣に検討すべき時が来た。

数ヶ月前、僕には選択肢が3つあった。実現可能性を十分に吟味したうえで、もっとも安全で、しかも失敗しても路線変更が可能な方法について慎重に検討を重ねた。

ひとつめは、博士課程へと進み、将来研究職を目指すという進路だった。研究室トップのタイ語力と、タイ最高学府の学位を手みやげに出願すれば、きっとどこかの研究室に潜り込めるだろう。ところが、あわよく研究職に就けたとしても、准教授になるまでは赤貧の生活に耐えなければならないし(そもそもなれるかどうかだって分からない)、教授になるための壁があまりにも高すぎる。しかも、日本では大量の「余剰博士」(定職に就けない博士)たちの存在が深刻な社会問題になっており、特に地域研究のような潰しの利かない分野が専門では、事態を打開する術を永遠に失うことにもなりかねない(就職62.7%, 失業者30.4%, 死亡または行方不明6.9%, 「博士号取得者の就職構造に関する日米比較の試み」文部科学省科学技術政策研究所2003年)。

ふたつめは、現地採用として、バンコクに残るという進路だった。実際に中国の大学を卒業した日本人のほとんどが中国国内に残り、現地採用として働いている。しかし、生涯賃金が日本人平均の16%~33%しかないようでは、日本人としての常識的な経済力を維持できない。しかも、バンコクに3年も住んでいれば、貧困にあえいでいる一部日本人たちの生活がいかに惨めで耐え難いものかであるかを、イヤというほど思い知らされる。自分のプライドを守るために、自分のへボさを顧みずに、タイ人を頭ごなしにバカにしてばかりいるような日本人中高年のようには絶対になりたくない(こういうのに遭遇するたびに、僕は「財布と銀行通帳をもう一度しっかりと見て、自分がいかに劣っているか自覚しろ」と言いたくなる)。それに、僕には現実を無視してモウソウの世界のなかに籠もっていられるほどの強靱な精神力もないし、タイという階級社会で平均的タイ人以下の水準にまで落ちぶれるのは何が何でも避けなければならない。

ちなみに、今日までにあった現地採用としての最高オファー額は、家賃交通費込みで月給100,000バーツだった(平均的日本人現地採用の月給は40,000バーツ前後でボーナス1ヶ月)。

こうして、日本に戻って「普通」の会社員になる進路だけが残された。日本人被雇用者として「普通」程度の経済力を確保できれば、誰に恥じる必要もない。もちろん、自分のプライドを守るために、現実を無視してモウソウの世界へと逃げ込む必要もない。しかも世間一般の日本人と価値観を共有し、「普通」の日本人としての生活を送ることもできる。4年間も続けてきたすべてに満ち足りた生活を捨てて、日本での平凡な生活を余儀なくされるのは甚だ不本意だが、将来的にタイの事業会社(現地法人)に出向させてくれる企業に入社できれば、「普通」またはそれ以上の日本人として、いずれこのバンコクの地にふたたび錦の御旗を飾ることができる。

そう考えて、僕は3月下旬に一時帰国して、ほかの学生たちよりも少し出遅れたかたちで就職活動をはじめ、4月下旬に内定をゲットした。来年4月からは東京都心にある某商社で働き、できるだけ早くタイへと赴任するための試みに着手する。

これから、資本家に搾取される運命にある「サラリーマン」になるわけだが、事業会社への出向が叶えば、今日までの勉強の成果を遺憾なく発揮することができ、しかも会社から月給の半分程度の海外勤務手当と運転手付きの社用車が貸与され、5万バーツ程度のコンドミニアムに住むことができる。それで、タイという極端な階級社会のなかで、いちおうの優位を主張できるのだから良しとしておきたい。

一連のタイ留学とそれに伴う進路を決定するにあたっては、留学初期において「バンコク赴任体験記」の作者であるギィさんから数々の貴重なアドバイスをいただいた。彼のおかげで、タイ語コース修了後に大学院へ進学することを選択できた。そして、もうひとりの貴重な親友からの刺激があったからこそ、なんとかここまでやってこられた。この機会に、おふたりには心から御礼を申し上げたい。

留学終了まであとわずか9ヶ月。残り少ない貴重な時間を少しでも有意義なものにするよう、最善の努力を尽くしたい。

2005年5月9日(月)

ไปเที่ยวกันมั้ย พี่(パイティアオガンマイ・ピー)
「お兄さん、一緒にお出かけしない?」

深夜、ヂャーオプラヤー川(チャオプラヤ川)の東岸と西岸とを結ぶ公共交通の要衝サナームルワング(サナームルワン. 王宮前広場)を友人と散策していたところ、突然、白地に桃色の模様がプリントされているパジャマを身に纏っている2人組の色白で小柄な女の子が声をかけてきた。日本人的な感覚からすると中学生のようにも見えるが、髪型から高校生であることはすぐにわかった。

タイにはありとあらゆる性風俗が蔓延っている。特に地域格差(都市部と農村部との間や中央と地方との間など)が著しいため、都市部のタイ人にとって性風俗は非常に廉価で身近な存在となっている。タイにおける性風俗は多種多様で、①ソープランド(マッサージパーラー, MP)、②カラオケスナック(連れ出し(オフ)可能)、③ Go Go Bar(ゴーゴーバー)娼婦(売春婦)の裸踊りバー, 同左) ④バービア(ビアバー, 屋外型カウンターバー)(同左)などの管理型性風俗もあれば、⑤コーヒーショップ(娼婦(売春婦)のたまり場, トァーメー(テルメ, テーメー)サヤームホテル(サイアムホテル)など)のような非管理型性風俗もある。

特定の職業でメシを食っている人を、日本語では「プロ」という。一部の日本人は、非管理型性風俗で働いている娼婦(売春婦)を「素人(シロウト)」や「半素人(シロウト)」と呼びまるで一般人のように扱うことで、あたかも自分がフツウの恋愛をしているかのような虚しい錯覚を楽しんでいるが、性行為の代償としてカネを渡した時点ですでに「売買春」は成立している。売春でメシを食っている女性はプロの娼婦(売春婦)だ。

僕や僕の友人たちは、幸い、カネを払わなくても常識的な性的快楽を享受できる環境にいる。それだけに、買春を恋愛と勘違いして悦に入ってる愚鈍な一部日本人男性たちの醜態を、これまでまるで対岸の火事のように眺めてきたが、このあたりのことを根本的に誤解している日本人男性が思いのほかたくさんいるようだから、せっかくのこの機会に「タイで日本感覚の援助交際をする方法」について考えてみたい(まあ、援助交際という言葉自体、売春行為を言い換えた隠語にすぎないけど)。

サナームルワング(サナームルワン. 王宮前広場)は、王宮、軍務省庁舎、最高裁判所、ラッタナゴースィンホテル(ラタナコーシンホテル)、国立博物館などに囲まれている公園で、外周は約1,500m。援助交際が最も盛んなスポットとして知られており、クルマに乗ったまま品定めをする「客」の目に留まろうと、援助交際を希望している女性たちが沿道ギリギリのところに立っている。その大半は、ヂャーオプラヤー川(チャオプラヤ川)西岸の住宅街に住んでいる16~20歳くらいまでの未成年者で、外国人向けの管理型/非管理型性風俗で働いている娼婦(売春婦)よりも健康的で可愛らしい(なにより若い!!)。クラブ行きの露出度の高い服を着ているひともいれば、パジャマ姿や丈の長いトランクス姿のまま小遣いを稼ぎに来ているひともおり、一度この光景を見てしまったらもう外国人向けの性風俗には戻れないだろう。

そのまま薄暗い公園の外周を歩いていると、「警察が来たぞ!」という声が聞こえ、道路脇にいた女性たちが散開していった。ところが、さっき声をかけてきた2人組の少女が近くの茂みに隠れているのを見つけ歩み寄った。

少女たち(たぶん16歳くらい)は、改めて「お出かけしよう」と声をかけてきた。間髪入れずに値段を尋ねてみると、800バーツという答えが返ってきた。粘り強く交渉を続ければ、きっと500バーツにも300バーツにもなるんだろうが、僕たちはもとより買春するつもりなどなかった(興味はあってもプライドが許せなかった)から、交渉を決裂させてウォーキングを再開させた。

ベンチで休息をとりながら彼女たちの様子を観察していると、街娼たちはオトコが運転するバイクの後ろにまたがって次から次へとやってきた。とても気の毒な話だが、おそらく彼女たちは身体を売ることで、愛する彼氏が常用している麻薬を購入するための費用(ヤーバーなら1錠100バーツ)を用立てているのだろう。かなり歪んではいるが、当人たちのあいだでは、これもれっきとした「身も心も捧げる愛」と考えられているのかもしれない。

日本でいう援助交際とは、このような売買春行為のことではないだろうか? バンコクには「素人(シロウト)との援助交際」を自らのアイデンティティーとして生きているような本当にドウシヨウモナイ日本人男性がそれこそ掃いて捨てるほどいるが、それならせめてこの程度のことはこなしてもらいたい。風俗店の斡旋をうけて単純買春を繰り返しているにすぎないような人たちが、あたかも「夜の街の専門家」になったかのように勘違いして「オンナが云々」と偉そうに語るのは、ちょっとオカシイんじゃないだろうか? (人によっては、空想の専門家になることでタイの専門家になったと錯覚し、風俗店の斡旋をうけることを「ナンパ」と表現し、しかも「オンナ」のすべてが娼婦(売春婦)だったりする)。

この記事を読んで実践してみようと考える日本人が必ずいるだろうから念のために忠告しておくと、彼女たちは彼氏のために売春に手を染めているが、根はどこにでもいるような普通の女の子にすぎない。だから、外国人慣れしている専業娼婦(売春婦)たちと同じような感覚で接すると間違いなく警戒される。また、麻薬常用者に占めるエイズ感染者の割合を考えると、彼女たちとの性交渉には高いリスクを負わなければならない(彼氏とコンドームをつけて性交しているとはまず考えられないし、売春していればそれだけ感染リスクも高まる)。さらに、彼女たちは男性客を自由に選べる立場にあるため、タイ語が話せなかったり、容姿が著しく悪いようだとオファーに応じてもらえない可能性がある。最後に、タイ政府は若年層との売買春行為に強いスタンスで臨んでいるため、もし中学生との性交渉が発覚しようものなら、中長期的な入国拒否を食らうことは疑いない(タイの中学校には「女子はおかっぱ」という校則があるため、おかっぱ頭の女の子は中学生である可能性が高い)。

朝、埃をかぶっていたクルマを洗いに出してから、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)政治学部前のタイパーニット銀行(サイアムコマーシャル銀行) サパーガーチャートタイ支店(タイ赤十字支店)で当面の生活費100万円をタイバーツに換えて入金し、アサンプション大学(アッサムチャン大学, ABAC)フワマーク校舎裏の食堂で友人と昼食をとった。かねてから一度は行ってみたいと思っていた修道院のような同大学のバーングナー校舎(バンナー校舎)を友人に案内してもらい、トーングロー(トンロー)3にある日本料理屋 MARU で別の友人に夕食をご馳走になった。帰宅後にさらに別の友人から電話があり、サパーンプット、サナームルワング(サナームルワン. 王宮前広場)、カーオサーンへと酔い覚ましのウォーキングに出かけた。

2005年5月10日(火)

「もし民間企業で働くのでしたら、最低でも4万バーツはいただきたいと思います。それ以下だと食事を食べるのに精一杯で、ほかに何もできなくなってしまいますわ」

夜、トーングロー(トンロー)4にあるイタリア料理店 Beccofina(ベッコフィーナ) で、友人の会社社長や元ホステスの女性社長秘書とともに、高級クラブ Exotica Exclusive Club(エキゾチカ・エクスクルーシブ・クラブ / イクソー) のホステスを交えて夕食をとった。このホステスは、月給15,000バーツのほかにも45,000バーツ程度の特別収入を得ており、自分でクルマを運転して通勤しているという。食後、トーングロー通り(トンロー通り)沿いにある高級クラブ Exotica Exclusive Club(エキゾチカ・エクスクルーシブ・クラブ / イクソー) へと向かった。

ホステスによると、会員になるためには30,000バーツで Johnnie Walker(ジョニーウォーカー) の Black Label を10本買わなければならないという(さらにレディースドリンク1杯250バーツがかかる)。エーガマイ通り(エカマイ通り)にある高級スナック Piano(ピアノ) でも同額の初期投資が必要になるが、こちらの方は13本ついてくる。

バンコクの日本人社会では、タイ人向けよりも日本人向けサービスの方が優れていると信じられているが、実態はむしろ逆である。同じことは、カラオケスナックのみならず、ありとあらゆるサービスについても言える。そして、タイ最高峰のサービスは、タイの財界人が通っているような店にある。

Exotica Exclusive Club(エキゾチカ・エクスクルーシブ・クラブ / イクソー) の店内は、アメリカ東海岸にある上流階級向けのパブを彷彿とさせる雰囲気で、ステージではタイ語曲中心のライブが行われている。すぐ後ろにあるブースにはたくさんのホステスが待機しているが、容姿に問題のあるホステスは一人もいなかった(日本人向けの店にいるのは、いずれもホステス市場における敗残者ばかりで、「なんとか許容できる容姿のホステス」を探すのにも苦労する)。

僕は友人の付き合いでここにいるにすぎないので、わざわざホステスを自分で選ぶようなことはしなかった。結局、この春からラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)に入学するという小柄なホステスをあてがわれたが、ホステス研究の結論はすでに出ているし、このホステス個人にも特に興味を持てなかったため、「どこへ行けばタイ語吹き替え版のハリウッド映画が見られるか」という、夜の街の色っぽさとは無縁な会話をダラダラと続けながら、オシャレな店の雰囲気と生ライブを夜更けまで楽しんだ。

2005年5月11日(水)

「あなたが日本に帰っているあいだに、すっごく奇妙な事件が世間を騒がせたんだけど、どんな事件だったか想像つく?」

スクンウィット(スクンビット)5にあるスーパーマーケット Foodland(フードランド) 2階のレストランで夕食をとってから、プララームスィー通り(ラマ4世通り)にある大型スーパー Tesco Lotus(テスコロータス) へと向かう車中で、友人が奇妙な問いかけをしてきた。しかし、僕にはタイ南部三県(タイ深南部)で相次いでいるテロくらいしか思いつかなかった。

ここのところ、バンコクでは猛暑が続いている。寝室の冷房が十分に効かなくなってしまったため、Tesco Lotus(テスコロータス) で食料を調達したついでに扇風機を購入した。350バーツだった。

ちなみに、冒頭にある問いかけの正解はつぎのとおり。

ผงะหนอน-ปลิงซุกยั้วเยี้ย!ในจมูกกับลำคอ
ウジ虫とヒル!! 鼻や気管に侵入

ผู้สื่อข่าวรายงานว่า ที่ รพ.นครพิงค์ จ.เชียงใหม่ เมื่อเวลา 10.00 น. วันที่ 2 พ.ค. พ.ญ.เข็มรัสมี ขุนศึกเม็งราย ผอ.รพ.นครพิงค์ น.พ.ฉัตรชัย คุณรังษีสมบูรณ์ หน.กลุ่มงานหู-คอ-จมูก น.พ.ทวี อนุภาพรังสรรค์ และ พ.ญ.ลดาวัลย์ หาญไพโรจน์ แพทย์ประจำ รพ.นครพิงค์ ร่วมกันแถลงข่าวกรณีพบสัตว์ แปลกปลอมในร่างกายคนไข้ 2 คน
報道によると、ケムラットミー・クンスックメングラーイ女医は、チアングマイ県のナコーンピング病院で行われた記者会見で5月2日午前10時、同病院長チャットラチャイ・クンラングスィーソンブーン医師、耳鼻科部長タウィー・アヌパープラングサン医師、ラダーワン・ハーンパイロート医師らナコーンピング病院の勤務医とともに、2名の患者の体内に不思議な生き物を発見したと発表した。

คนแรกเป็นหญิง (ขอสงวนชื่อ) อายุ 38 ปี บ้านอยู่ อ.อมก๋อย จ.เชียงใหม่ เข้ารับการรักษาเมื่อเดือน มี.ค.ที่ผ่านมา เนื่องจากมีอาการปวด และบวมที่แก้มซ้ายนาน 4 วัน แพทย์ใช้กล้องส่องตรวจภายในโพรงจมูก และช่องหลังโพรงจมูกข้างซ้ายพบหนอนแมลงวันจำนวนมาก กำลังกัดกินเนื้อเยื่อในโพรงจมูก และผู้ป่วยติดเชื้อแบคทีเรียซ้ำจนเป็นหนอง จากการสอบถามผู้ป่วยมีอาชีพเลี้ยงหมูไว้บริเวณบ้าน ทำให้มีแมลงวันจำนวนมาก แมลงวันอาจบินเข้าไปวางไข่ในโพรงจมูกขณะผู้ป่วยนอนหลับ และไข่ฟักตัวเป็นหนอนกัดกินเนื้อเยื่อในโพรงจมูก ทำให้มีการติดเชื้อแบคทีเรีย หากปล่อยไว้หนอนอาจกัดกินลุกลามเข้าสู่สมองและลูกตา จึงรีบนำผู้ป่วยเข้าห้องผ่าตัด วางยาสลบแล้วใช้กล้องผ่าตัดขนาดเล็กสอดเข้าโพรงจมูก ใช้ เครื่องมือคีบหนอนออกทีละตัวจนหมด มีทั้งสิ้น 34 ตัว จากนั้นจึงตัดเนื้อเยื่อที่ตายและระบายหนองออก ให้นอน พักฟื้นที่โรงพยาบาล 5 วันจึงอนุญาตให้กลับบ้านได้
一人目の患者はチアングマイ県オムゴーイ郡に住む38歳の女性だった。4日間にわたる左頬の痛みとむくみを訴え、3月に同病院を訪れた。医師が鼻の内部と左鼻の奥をレントゲン撮影したところ、鼻の中の肉をかじっている大量のウジ虫を発見し、ニョロニョロとしたバクテリアに感染していることが確認された。患者は家の周りで豚を飼っており、それが大量のウジ虫を発生させ、おそらく患者が寝ている間に飛んできて鼻の中に進入し、鼻の中の肉をかじられバクテリアに感染したものと思われる。もしそのまま放置しておくと脳や眼球にまで進入してしまうため、患者を急遽手術室へと搬入して、全身麻酔を施したのちに小型カメラを鼻の中に入れ、ピンセットを用いて全部で34匹いたウジ虫を一匹ずつ取り出した。その後、ウジ虫の拡散により壊死した肉を切除し、医師は5日後に退院を許可した。

ส่วนคนที่สองเป็นผู้ป่วยชาย (ขอสงวนชื่อ) อายุ 19 ปี บ้านอยู่ อ.แม่แจ่ม จ.เชียงใหม่ ถูกส่งตัวจาก รพ. แม่แจ่ม มาที่ รพ.นครพิงค์ ในเดือน มี.ค.เช่นกัน เนื่องจากเจ็บที่คอเรื้อรัง และรู้สึกว่ามีสิ่งเคลื่อนไหวในลำคอมานานกว่า 1 เดือน บางครั้งมีอาการไอปนเลือดออกมา จากการสอบถามผู้ป่วยทราบว่า ไปทำไร่ในป่าและดื่มน้ำในลำห้วย ตัวปลิงในน้ำหลุดเข้าไปในลำคอ จากนั้นมีอาการเจ็บคอตลอดเวลา แพทย์ตรวจเบื้องต้นโดยใช้กล้องส่องตรวจกล่องเสียงชนิดสอดผ่านทางรูจมูก พบว่ามีปลิงตัวสีน้ำตาลเข้ม ขนาดความยาว 8 ซม. เกาะอยู่ด้านบนของเส้นเสียง เมื่อแสงไฟจากกล้องส่องถูกตัวปลิง ทำให้ปลิงเคลื่อนไหวหนีแสงไฟเข้าไปหลบอยู่ในหลอดลม จึงนำผู้ป่วยเข้าห้องผ่าตัดวางยาสลบ ใช้กล้องส่องตรวจหลอดลมชนิดแข็งส่องเข้าไปในหลอดลม ใช้คีมที่ติดกับกล้องเอ็นโดสโคปคีบดึงปลิงออกมา 1 ตัว ยังมีชีวิตอยู่ จากนั้นตรวจอย่างละเอียดในหลอดลมไม่พบตัวปลิงหลงเหลืออยู่ เมื่อผู้ป่วยหายใจได้ปกติจึงอนุญาตให้กลับบ้านได้
一方で、二人目の患者はチアングマイ県メージェム郡に住む19歳の男性だった。1ヶ月以上に渡り喉の中で何かが動いているのを感じ、咳をしたとき血が出てくることもあったため、同じく3月にメージェム病院から同病院へと搬送された。患者に尋ねたところ、森の中で畑仕事をしており、水瓶の水を飲んだところヒルが喉の中に入ってきて、それ以降ずっと喉が痛む症状が続いていることが判った。医師が小型音響カメラを鼻の中に挿入したところ、長さ8センチのこげ茶色のヒルを発見した。小型カメラの光をヒルに照射したところ気管内へ逃げ込んでしまったため、エンドスコープに取り付けたピンセットでヒル1匹を取り出した。その後、気管の中を詳しく調べたところ一匹残っていないことが確認できたため、患者が通常通りの呼吸ができるようになるとともに退院を許可した。

พ.ญ.เข็มรัสมี ขุนศึกเม็งราย ผอ.รพ.นครพิงค์ กล่าวว่า แพทย์ขอฝากเตือนประชาชนให้ระมัดระวัง เวลาเข้าป่า การดื่มน้ำจากลำห้วยต้องตรวจดูให้แน่ใจก่อนว่าไม่มีอะไรเจือปนอยู่ในน้ำ กรณีตัวปลิงในลำคอของผู้ป่วย หากแพทย์ช่วยเหลือไม่ทัน ตัวปลิงอาจขยายตัวโตขึ้นอุดกลั้นทางเดินหายใจ เป็นอันตรายถึงชีวิตได้ เช่นเดียวกับตัวหนอนที่เข้าไปในร่างกาย ทำให้เกิดอันตรายถึงพิการหรือตายได้เช่นกัน ดังนั้น ต้องรักษาความสะอาดบริเวณบ้านที่อยู่อาศัย อย่าให้เป็นแหล่งแพร่พันธุ์แมลงวันและสัตว์นำโรคต่างๆได้
ナコーンピング病院長ケムラットミー・クンスックメングラーイ医師は次のように話している。「国民の皆さんに注意を促したいこととしましては、森に入って水瓶の水を飲むときには必ず水のなかに不審な物がないことをしっかりと確認していただきたいということであります。ヒルが気管内に入ってしまうというケースでは、もし医師による治療が間に合わなかった場合、成長したヒルが気管内を這えずり回って生命に危険を及ぼすことがあります。また、ウジ虫が体内に入ってしまうケースも同様に、身体に障害が残ったり死亡することもあります。ですから、お住まいの周りをいつも清潔を保ち、ウジ虫や病気の原因とな生き物の温床にならないように気をつけてください」(タイラット新聞5月3日)

2005年5月12日(木)

「タイ語の英語表記規則って、モングット王時代のタンマユット運動に由来するらしいよ」

夕方、スィーロム通り(シーロム通り)にあるいつもの珈琲屋 Bug and Bee(バグアンドビー) で、友人が「タープラヂャン・プラクルアング倶楽部(タープラチャン・プラクルアン倶楽部)」のウェブサイトを見ながら、タイ語の英語表記の起源について説明してくれた。

タイ関連の日本語書籍に用いられているカタカナ表記のタイ語は、本来のタイ語の発音から著しくかけ離れている(留学生日記3月2日付「専門書のタイ語」参照)。こうした事態を招いたのは、①タイ語を十分に読めない研究者や編集者が英語表記に基づいてタイ語をカタカナに起こしてしまったこと、②英語表記そのものが本来のタイ語の発音から著しくかけ離れていることに原因がある。

そこで、今日はタイ語のカタカナ表記のルーツになっている英語表記について考えてみたい(そもそもタイ語発音に忠実にカタカナ表記していればこんな考察など元より不要なはずなんだが・・・・・・)。

第4代国王ヂョームグラーオ(モングット, モンクット)(1804-1868)は1833年、仏教戒律の形骸化を憂い、戒律に厳格な宗派「タンマユット派(タンマユットニガーイ, タマユットニカーイ)」を創設した。このときに定められた仏教用語の英語表記規則が今日でもそのまま用いられている。

しかし、仏教用語はタイ語の古典語であるバーリー語に依拠しているため、英語表記の規則もタイ語ではなくバーリー語の発音に準拠して定められた。そのため、タイ語の英語表記をそのまま音読すると、現在のタイ語とはまったく違うバーリー語発音になってしまう。

たとえば、タイの現首相 ทักษิณ ชินวัตร のタイ語発音は「タックスィン・チナワット」 ทัก-สิน-ชิ-นะ-วัด だが、バーリー語準拠の英語表記では「タクシン・シナワトラ」 Thaksin Shinawatra となる。

つまり、タイ語の英語表記規則どおりにカタカナに起こしてしまうと、タイ語発音ではなく、バーリー語発音に忠実なカタカナ表記になる。

一部のタイ専門家たちが論文のなかで多用しているカタカナ・タイ語も、ほとんどがタイ語ではなくバーリー語発音のまま表記されている(あまりにも無様で滑稽すぎる)。さらに、日本語媒体の執筆者や編集者たちが不十分なタイ語の知識で、①過去にカタカナ表記が「発明」されているものについてはそのまま用い、②いまだ「発明」されていないものについてはバーリー語準拠の英語表記を参考に語尾を延ばすなどしてタイ語っぽいカタカナ表記を新たに「発明」して使用したため、本来のタイ語の発音から著しくかけ離れているカタカナ表記が広く日本人社会に定着してしまった(さすがにタイ首相ほどの重要人物になると、日本語訳するときにタイ語の発音も参考にされるようだが、二重に読まなければならない子音を見つけるのは上級技であるため、カタカナ表記では「」の字が落ちて「タクシン・チナワット」になってしまっている)。

タイ語の古典語であるバーリー語を常用するのは、もしかしたら知的でオシャレかもしれない。しかし、バーリー語でコミュニケーションをとっているタイ人など皆無に等しいし、バーリー語発音のタイ語で話しかけても世間一般のタイ人には絶対に通じない(ただし外国人向けの職業に就いている人になら通じることもある)。

タイ語の教育を受けていない日本人に「タイ語は正しく発音しましょう」などと無理を強いるつもりはないが、僕たちひとりひとりが日頃からタイ語発音に忠実なカタカナ表記をするよう努めていけば、きっとタイ語を知らない人たちのあいだにも正しいカタカナ表記が定着する日が来るかもしれない。

今日はスィーロム通り(シーロム通り)の珈琲屋でオンラインのタイ語新聞を読んでから、タニヤ通りで友人と夕食をとり、スクンウィット(スクンウィット)16にある日本人経営のレトロなバー Astro(アストロ) で別の友人と飲んだ。店内の至る所にアンティークが飾り付けられており、テレビドラマの撮影に使われたこともあるという。

2005年5月13日(金)

「わたしの弟なんて赤色の当たりくじを引いてしまって軍隊行き決定よ。大卒だから1年間で除隊できるけど、本当にツイていないわよね」

このブログに投稿されていた読者からの質問に答えるために、この友人に実弟などいただろうかと疑問に思いながらも、タイの徴兵制について詳しく話を聞いた。

友人によると、タイの徴兵は抽選制で、4月から5月にかけてのこの時期に満21歳に達した男子は役所へ出頭してくじを引かなければならないという。赤色のくじをを引けば徴兵(ゲーンタハーン)、黒色のくじを引けば徴兵免除。兵役期間は原則2年間だが、大学生は卒業まで抽選が猶予され、期間も1年間に短縮される。また、兵役に就くことを自主的に申し出ると兵役期間が半年に短縮され、国防学校(โรงเรียนรักษาดินแดน)(5・6年次に週1日の軍事教練がある中等教育学校)の卒業生は兵役が免除される。徴兵後数ヶ月間経つと週1日の帰宅が認められるようになるが、それまでは兵舎での集団生活を余儀なくされるという。

逆に日本の徴兵制について友人から聞かれたので、「日本国憲法第9条が武力を持つことを禁じているから、日本には軍隊も徴兵制もない。あるのは最新兵器で完全武装された軍隊そっくりな『防衛部隊(自衛隊)』くらいかな?」と答えたところ、「それって、国家機密という名の厚いベールに包まれている超強力な軍隊のことなんじゃないの?」と鋭いツッコミを入れられた。確かにその通りかもしれない。

以前、徴兵逃れをするために住民票(タビアンバーン)をバンコクからコーンゲン(コンケン)へ移したという別の友人からも話を聞いたことがあるが、結局徴兵逃れに関する詳しいノウハウについては教えてもらえなかった。

夕方、 Central(セントラル) 百貨店のチットロム店へ、腰にぶる下げるタイプの小さなカバンを探しに行ったところ、「タイではそんな職人っぽいスタイルなんか流行らない」そうで、どこにもなかった。たしかにタイという極端な階級社会で、職人と間違われるのはあまりにも不都合だ。その後、7階の Food Loft(フードロフト) で夕食をとり、アマリアトリウムホテル2階のパブ Mingles(ミングルス) で生演奏を聴きながらハッピーアワー半額(90バーツ)のカクテルを楽しんだ。

2005年5月14日(土)

「階級社会? はぁ~~? 馬鹿言ってんじゃないよ。そんなこと、どうだっていいんだ。そもそも関係ないじゃないか」

数日前、永年タイに住んでいる日本人男性から「タイ人とは何か」という議論を持ちかけられたが、タイ社会を語る上での基本である「階級社会」の理論を、開口一番「どうでもいい」の一言で一蹴されてしまった。これでは、100万円の4割が40万円であることを否定しようとしている人と税法について語り合うのと同じくらい不毛だ。

すでに明らかになっている事実を否定することは、日本人の常識から考えると「異常」以外の何物でもないが、何を隠そうこれがバンコク土着型日本人中年男性の典型的な姿だ。彼らについて詳しく調査してみると、タイ階級社会論が要求している「社会的地位」、「経済力」、「教育」のすべてにおいて、①最低ランクとされている元娼婦(売春婦)を配偶者としていたり、②日本人であるにもかかわらず平均的タイ人を圧倒することすらできないという本人の苦境が見え隠れしている。不遇な自分を正当化するためには基礎的な社会学の理論をも否定せざるを得なかった、と考えれば同情してあげたくもなるが、自分を慰め正当化するために構築された謎の独自理論に付き合わされてはかなわないし、そんなダメ日本人に好き勝手言われるタイ人が気の毒でならない。

そもそも、「タイ人とは何か」というテーマについて話したがる日本人のほとんどは、タイという階級社会において「日本人としての階級」をすでに維持できなくなっている。それゆえに、彼らは日本人としての最後のプライドを守るために「日本国はタイ国より優れているから、日本人たる自分もタイ人より優れている」という論法を必ず用いる。しかし、タイ人と心が通うレベルのコミュニケーションをとれない人間が、どうして自分はタイ人より優れていると断言できるのだろうか? 僕はそのような日本人に出会うたびに、「あなたは確かに日本国民なのかもしれませんが、あなた自身が日本国なのではありません」と言ってやりたくなる。どんなに国家が優れていても、すべての国民が絶対的に優れているとは限らない。ってゆうか、自分を慰め正当化しようとしている時点ですでに十分劣っている。

そんなバンコク在住の典型的現実退却派日本人のようにならないためにも、この日記の読者にはタイ社会の根幹をなす「階級社会」をタイ人庶民の視点から見つめ直すことができる映画をオススメしたい。コングデート・ヂャートランラッサミー監督の新作「チュム」(サハモンコンフィルム配給)が、今月12日からタイ全国の映画館で上映されている。タイ語音声だが、平易な英語字幕がついているため、コングデートが映画を通じて人々に伝えようとしていることはタイ語を話さない人にもきっと理解してもらえるはずだ。

映画関係のレビュー記事を書いているタイ人ブロガー Chubby Chocobo は、この映画を กระจกสะท้อนสังคมเมือง ตลกสะท้อนสังคมไทย (都市社会を映す鏡、タイ社会を映す笑い)と評している。この作品に限らず、コングテート監督のお笑い映画の裏には痛烈な社会批判や問題提起が必ず隠されている。

バット=ソンバット・ディープローム(ペットターイ・ウォンカムラオ演)は、廃墟のようなオンボロトゥックテオ(商用長屋)の一室で暮らしている無口で真面目な中年タクシー運転手。1940~1970年代に流行したようなレトロな歌謡曲をこよなく愛し、タイ人からも忘れ去られようとしている AM ラジオをいまだ聞きながら運転し、ひとり幸せに浸っている。仲間の運転手たちからは「 FM ラジオも聞かず携帯も持たない流行遅れの男」とバカにされるが、それでも決して自分のスタイルを変えようとはしなかった。

ある晩、閉店間際のラッチャダーピセーク通り(ラチャダー通り)のソープランドでいつものように客待ちをしていると、仕事を終えて店を出てきた4人組がバットのクルマに乗ってきた。ダンスミュージックをかけるように言われ、バットはさっそく気分が悪くなる。狭い車内ではしゃぎまくっている娼婦(売春婦)たちの様子をバックミラーで見ていると、そのうちのひとりが扉の窓ガラスにもたれ掛かるように静かに座っているのに気づく。

翌日、閉店間際のラッチャダーピセーク通り(ラチャダー通り)のソープランドでいつものように客待ちをしていると、昨晩の物静かなソープ嬢ヌワン(ワラヌット・ウォングサワン演)がひとりバットのクルマに乗り込んできた。ヌワンがレトロな歌謡曲を聴きながら「案外、古くさい音楽も風情があっていいじゃないの」と独つぶやくのを聞いて、言葉には出さなかったがうれしさが心の底からこみ上げてきた。携帯電話の会話から、ヌワンは実家にいる妹を学校にやるためにバンコクに出てきて最近この仕事を始めたばかりだと知る。アパートに到着すると、屈託のない笑顔で、ヌワンにこれからも毎晩迎えに来て欲しいと告げられた。

数日後、いつものようにヌワンを乗せて走っていたところ、バットは夜食に誘われる・・・・・・という場面から、ふたりのラブストーリーが始まる。しかし、さまざまな「社会問題」という障害に幾度ともなく阻まれ、なかなか事が上手く運ばない。

この作品は、序盤で現在のタイを代表する風景が次々と紹介され、中盤あたりからコングデート監督お得意の「ドタバタお笑い劇」が始まり、かなり強引なハッピーエンドを迎えて幕が下りるという構成になっている。タイ社会の姿として、タクシー運転手や娼婦(売春婦)などの下流社会が抱える貧困、大衆食堂、ソープランドのネオン、赤いひな壇とソープ嬢の装備品、ソープランド入店から帰宅までの流れ、若者の凶行とタクシー運転手のリスク、売春問題、麻薬問題、会員制投資問題(入会金を払えば何もせずに配当がもらえるという詐欺商法)、上流階級の圧倒的優位、待ち時間表示灯付信号機、不倫問題と子供に対する無関心、同性愛などが紹介されている。物語の要所要所にセピア色の記録映画風のシーンを登場させて、タイにおける社会問題の根源となっている、封建時代以降延々と受け継がれてきた社会の不平等を痛烈に批判し、その理不尽さを訴えている。

この作品には、タイの社会問題について考えさせるだけでなく、この時代のタイを後世の人々に伝えるという目的があるのかもしれない。

夕方、エーガマイ(エカマイ)Major Cineplex(メジャーシネプレックス) で友人と夕食をとり、映画「チュム」を見た。スィリギット・コンベンションセンターで行われていた旅行関連のイベント会場で連休の旅行計画を立てている別の友人に会い、さらに別の友人と世間話をするために深夜のドライブに出かけた。

น่ารักพี่ สองร้อย(ナーラックピー・ソーングローイ)
「お兄さん、可愛いねえ。200バーツだよぉ!」

今月9日に散策したばかりのサナームルワング(王宮前広場)前で渋滞にはまっていたところ、色白の部屋着姿をした未成年の女の子がクルマのなかを覗き込んできて、バカ安い値段で売買春話を持ちかけてきた。さらにクルマを進めると、別の女性が運転席に向かって「お出かけしましょう! 300バーツ(ティアオガンマイピー・サームローイバーツ)」と声を張り上げていた。

この付近の街娼たちはカーオサーン(カオサン)界隈のディスコ/パブが閉店する午前1時頃から増えはじめ、それを目当てにやってくる男たちのクルマで渋滞が発生していた。それにしても、たがだか200バーツでは物価の安いバンコクでもたいしたことはできないから、なぜ売春をしているのか不思議でならない。いずれにせよ、売買春行為は僕たちのポリシーに反するから、街娼たちを相手にせずにスルーした。

サナームルワング(王宮前広場)を周回していたところ、誤って王宮とワットポーのあいだ(マハーラート通りとタイワング通りの交差点付近)に迷い込んでしまった。付近の至る所に男娼が立っていた。あまりの恐ろしさに窓を開けて値段を聞くことはできなかったが、もし同性愛者に観光名所について尋ねられることがあったら、スィーロム(スィーロム)2&6やスラウォング通り(スリウォン通り)沿いにある「ドゥワンタウィープラザ」に代わるものとして紹介してみよう。

2005年5月15日(日)

「5年前に比べるとバンコクにおける新卒者の給与水準は明らかに下がっているわ。以前は15,000バーツで雇ってくれる会社なんていくらでもあったのに、いまじゃ12,000バーツまで妥協してもいい仕事なんてちっともない」

僕がミャンマーへ旅行に出ていたり日本に一時帰国していた3月から4月にかけて、タイの大学では卒業のシーズンを迎えていた。ところが、友人たちの就職状況は予想以上に悪く、幸運にも就職できた上位私立大学工学部卒の友人は、給与水準の低下によるミスマッチについてこのように話していた。

今年卒業したばかりの友人たちは次のように話している。

「みんな月給15,000バーツの仕事なんて簡単にゲットしているのに、なんで私だけ就職できないのかしら。この前の面接では『人事管理を専攻していたのなら優秀な人材を雇って自分で会社を興してみたら?』なんて言われる始末。このままでは、本当に自分で商売を始めるしかなくなるかもね」(上位国立大学経営学部卒)

「どうせ仕事なんて見つからないから、とりあえずピッティー(プリティー)(キャンペーンガール, 日給500-800バーツ)のバイトをしながら、コンピュータ関連の専門学校で3Dグラフィックスの勉強をしているとこ。仕事はまあ、おいおい腰を据えて探すことにするわ」(下位国立大学工学部卒)

卒業制作(プロジェクト)のために仕事を休んでたけど、卒業認定後は以前と同じところで働いてるわ。月収は15,000バーツくらい。でも、昼間の仕事も始めれば、もっと効率よく稼げるでしょうね」(昨年11月18日にインタビューした日本人向けカラオケスナックで働いている下位私立大学商学部卒のホステス)

以前、人材紹介会社で働いていた友人は、タイの給与水準について次のように話している。

「大卒者の場合、職務経歴3年で22,000バーツから25,000バーツっていうのが妥当なところ」

バンコクにおける日本人現地採用者の平均月給が40,000バーツ前後といわれているから、タイ人大卒者の所得もそう悪くはない。

ちなみに、タイには日本のような終身雇用という概念もなければ、新卒後にすぐに働かなくてはならないといった社会の暗黙の了解もないため、1年程度の充電期間を経てから働き始めるケースも少なくない。

夕方、バンコクで一番バンコクらしくない街「カーオサーン(カオサン)」にあるタイ料理店「トムヤムグング(トムヤンクン)」で、コンピュータシステム販売会社に務めている友人と就職活動中の友人2人の合計4人で夕食をとった。

2005年5月16日(月)

ソーングサルン(ソンサルン)Booze(ブート, ブーズ) はもう終わりね。 Pump Up!(パムアップ) もブレイク寸前まで行ったけど、そろそろ女性ダンサーによる洗車ショーも飽きられてきたみたいだし、これからの流行りは RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) にある Slim(スリム)Route-east(ルートイースト) のどちらかじゃないかしら」

夜、百貨店 Central(セントラル) ラートプラーオ(ラップラオ)店から RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) へと向かうクルマのなかで、友人が最近の Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) の流行についてこう説明してくれた。

タイの暑期にあたる3月から5月までの夏休みも残りわずか。この時期、僕たちは各大学で発表される前学期の成績に一喜一憂し、大量のウイスキー(水ソーダ割り)とともに成績の悪かった教科を忘却の彼方へ葬り去る。

Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) は、流行の旗手である大学生客が増えることで人気が増し、娼婦(売春婦)や中年男性が増えることで衰退していく。

僕が頻繁に Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) へ通っていた半年前、トーングロー(トンロー)10にある週末にしか客が入らない Booze(ブート, ブーズ) はこのような理由から衰退の過程にあったし、トーングロー(トンロー)21にあるソーングサルン(ソンサルン)では仕事帰りの娼婦(売春婦)が手ぶらで男漁りをしているような状況だった。実際に声をかけられるたびに僕は「どこの学生?」と尋ねていたが、返ってくる答えはいつも要領の得ないものばかりでひどくガッカリさせられた。ある女性は自らグルングテープ大学(クルンテープ大学)マスコミ学部に通っていると言っておきながら、マスコミ学部のキャンパスがグルワイナームタイとラングスィット(ランシット)のどちらにあるかという問いに答えられず、一緒に来ている友人に助け船を求める始末。後日、「ソーングサルン(ソンサルン)娼婦(売春婦)たちの巣窟ではないか?」という問いかけを友人たちにぶつけてみたところ、そんなのは常識とか。ラッチャダーピセーク(ラッチャダー)8にある Hollywood(ハリウッド)Dance Fever(ダンスフィーバー) などは娼婦(売春婦)が多くイケてないディスコとして知られている。

富裕層に広い人脈を持っているこの友人は興味深いことを話していた。

スクンウィット(スクンビット)23にあるディスコ『ナルシスサス』といえば、やっぱり『アップ*』よね。ちょっとしたコネさえあれば未成年でも入れてもらえるし、麻薬だって店内にいる客を装った売人と面識さえあれば簡単に手に入る。だから、みんな気が狂ったかのように踊りまくってて大変なことになってるわ」

* 【アップ】テンションを up させるという意味もあるが、クスリをして(アープヤーして)ハイになることを暗示する際の婉曲表現として用いられることが多い。

別の友人は先日、トーングロー(トンロー)15にある Escude(エスクード) を勧めていた。数週間前、この店の前では肩がぶつかった客同士が口論となり、発砲事件――流れ弾で女性客1名死亡――があったばかり。

そんなカンジでどこが本当に流行っているのかいまひとつハッキリしないバンコクのディスコ・パブ事情だが、とりあえず RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) にある数ヶ月前にリニューアルオープンしたばかりのハイソ系 Pub and Restaurant(パブまたは飲み屋) Slim(スリム) に入ってみた。

平日であるにもかかわらず、店内は午後10時半には満席になり、12時頃になると手ぶら組が大量に増殖した。娼婦(売春婦)と中年男性のグループも他店に比べるとやや少ない。 Johnnie Walker(ジョニーウォーカー) Red Label(レッドラベル) が900バーツとやや割高だが、この店では英語曲しか流されないため、タイ語曲のリズムが苦手な人には向いている。

今晩、僕たちは客や店員たちからタイ人男性と日本人女性のカップルに何度も間違えられた。上はヒラヒラとした装飾のある薄桃色の化学繊維生地の服、下は超ミニのスカートでスタイルの良さを最大限に強調し、しかも渋谷センター街のギャル顔負けの化粧をしていた。最新のサヤーム系ファッションだが、どちらかといえば香港や韓国のファッションに近い。

今日は、日本大使館領事部が入っているスーミットタワー(サミットタワー)1階の True(トゥルー) オフィスで滞納していたブロードバンドインターネット ADSL の利用料金を支払い、ビルの前にある日本料理店で早めの夕食をとってから、セントラル・ラートプラーオ店へ友人を迎えに行き、 RCA Royal City Avenue(ロイヤルシティーアヴェニュー) へと繰り出した。

2005年5月17日(火)

「ヤバい。このままじゃ、卒業どころかリタイア(退学)させられるわ」

夜、スクンウィット(スクンビット)53にある居酒屋「いもや」の座敷席で、友人は頭を抱えて食卓に突っ伏した。

タイの大学における成績は、 A から E までの8段階評価。これを数値化して平均化したものが GPA Grade Point Average(学業平均値) であり、 2.0 を下回った学生はその時点で放校(リタイア)処分になる。

A=4, B+=3.5, B=3, C+=2.5, C=2, D+=1.5, D=1, E&F=0

友人によると、先学期(2547年度後期)終了時における GPA は2.13。その後、夏学期(サマー)の履修登録をクラスメイトに頼んだが、オンラインで履修確認をしたところ「あなたは夏学期(サマー)の履修登録をしていません」と表示され授業料も支払わなかったため、すっかり夏学期の授業は履修していないと思い込んでいたという。

ところが昨晩、クラスメイトから「なんで履修登録してるのにテストに来なかったの?」という連絡があったという。もし履修登録をしたことになっている2教科6単位で F の評定(0点)をつけられたら、とたんに GPA が2.0を割り込み放校(リタイア)処分が確定する。

今日は高架電車 BTS プローンポング(プロンポン)駅前の高級百貨店 Emporium(エンポリアム) で友人と映画を観てから、スクンウィット(スクンビット)53にある居酒屋「いもや」で酒を飲んだ。

2005年5月18日(水)

トーングロー通り(トンロー通り)のスーパー Market Place(マーケットプレイス)で昼食をとってから、友人をラーチャパット(ラチャパット)スワンドゥスィット大学(スワンドゥシット大学)まで送り届け、セーンルイ3通り(セントルイス3通り, サートーン13)の飲茶屋「チョークディーティムサム」で別の友人と夕食をとり、ペッブリータットマイ通り(ニューペッブリー通り)のホテル「アマリアトリウム」でさらに別の友人と深夜までカクテルを飲み続けた。

夕方頃にあった友人からの電話によると、昨日の「放校危機」は無事回避された。授業料未払いのため夏学期(サマー)の履修登録が取り消されており、放校基準すれすれだった GPA Grade Point Avarage(学業平均値) もこれ以上下げずに済んだという。

僕がクルマを購入した1年半前には15バーツ強だったハイオクガソリン(オクタン価95)が、ここのところ22バーツ前後で安定している。

2005年5月19日(木)

「お給料のほかに、もらちゃっていいんですか?」

昼、スクンウィット(スクンビット)13にある僕が住んでいるコンドミニアム「スクンウィットスイート(スクンビットスイート)」14階のロビーで、週2回の室内清掃(月々1,000バーツ)を頼んでいる清掃婦(メーバーン, あやさん)に偶然会った。先日、僕の不手際で買い置きしておいたゴミ袋がなくなってしまい、わざわざ近所の商店まで行ってゴミ袋を買ってきてくれたから、せめて実費くらいは渡しておかなければ申し訳ないと思い、財布から35バーツを出して手渡したところ、頭をひょこっと下げて何度も礼を言ってくれた。

この清掃婦(メーバーン, あやさん)には部屋の掃除を1年半も任せっきりにしているが、いつも完璧な状態にしておいてくれる。しかも清掃の日時を僕の都合に合わせて柔軟に変更してくれるから本当に助かっている。部屋には現金が無造作に散乱しているが、これまで一度として盗まれたことがない。

バンコクの日本人駐在員社会では、清掃婦(メーバーン, あやさん)による窃盗事件が多発しているため、前任者の紹介状がないと採用しないと聞く。しかし、日頃からコミュニケーションを密にとっておけば、清掃婦(メーバーン, あやさん)の性格を推し量ることなど難しくないだろうし、許容範囲を超えるようなストレスを与えなければ無茶をしてくることなどまず考えられない。

清掃婦(メーバーン, あやさん)の多くは、貧しい農村部からの出稼ぎ労働者で教育のレベルも著しく低い。しかし、バンコク都内のコンドミニアムで住み込みで働けば、5,000バーツ程度の月給に加え、さらに5,000バーツ程度のアルバイト収入(僕の部屋の清掃費など)も得られる。まるでポーホック(タイ教育省主催小学校6年生相当のタイ語能力検定試験)に合格できなかった日本人が書いたかのようなタイ語の書き置きを見るたびに唖然とさせられるが、それでも僕は清掃婦(メーバーン, あやさん)を信頼している。

世の中には魂を麻薬に捧げて身体を売っている娼婦(売春婦)を信じ疑わない愚かな日本人がたくさんいるが、そんなのに比べれたら清掃婦(メーバーン, あやさん)の方が100倍は信用できる。教養がないのは同じでも心意気がまるで違う。

2005年5月20日(金)

「そんなに警察で道を尋ねたいんだったら、自分で聞いてきてよね。あなただったら外国人ということで、もしかしたら親切に教えてもらえるかもしれないから」

タイ南東部に浮かぶリゾート地「チャーング島(チャン島)」へと向かう道中、カンボジアに隣接しているトラート県の県都で夜を明かすことになった。

午後6時、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィットスイート(スクンビットスイート)」を出発。帰宅ラッシュの渋滞にハマりながらも、午後7時半にはバンコク南東部にある Central City(セントラルシティー, セントラルバーングナー店)に到着し、 McDonald’s(マクドナルド)Big Mac Set(ビッグマックセット) (85バーツ)を食べ、ふたたびクルマを走らせてバンコクから東南東におよそ320kmの地点にあるトラート市へと向かった。

地方の幹線道路では、ガソリンスタンドが「道の駅」の役割を果たしている。小さな集落では村唯一のオシャレスポットになっていることもある。いくつもあるガソリンスタンドチェーンのなかでも、清潔なトイレと何でも揃うミニショップ Jiffy(ジフィー) を備えるチェーン店 JET(ジェット) の人気は他を圧倒している。

トラートまでの道中、僕たちは JET(ジェット) に2度立ち寄った。一度は給油とおやつの調達、もう一度は観光ガイドブックの調達が目的だった。ところが、2件目の JET(ジェット) に立ち寄ったときに、僕のクルマからわずか1メートルのところで、バイクに乗った少年たちによる乱闘事件が発生してしまい、ひどくハラハラさせられた。

途中、一時はげしい眠気に見舞われ目的地をラヨーング市(ラヨン市, ラヨーン市)に変更したため77kmも迂回したが、午後11時半にはトラート県庁前広場に到着した。

トラート市は、東の隣国カンボジアに隣接しているトラート県の県都だが、極めて小規模で宿泊施設に乏しく、道中見かけたホテルはどれもボロアパート同然。「トラート市ホテル(ローングレーム・ムアングトラート)」に至っては、商用長屋(トゥックテオ)そのもので、とても僕たちが泊まれるような施設ではなかった。しかも、手元に観光ガイドブックがないため、効果的な解決策を見出すことができず、ますます落ち込むばかりだった。こんなことならラヨーング市(ラヨン市, ラヨーン市)で夜を明かしておくんだった。

日本であれば近くの交番で道案内を頼むところだ。しかし、タイの警察は「住民の利便に貢献する」というよりむしろ「治安秩序の管理者」という性格が強い。もちろん警官の任務に道案内など含まれていないし、そもそもタイには警官に道案内を頼む文化がない。

さっき通過したばかりの県庁前広場にふたたび戻り、冒頭にある友人の助言にしたがって、外国人丸出しの風体でトラート市警察本部の正面玄関口に足を踏み入れた。

結局、警察署では地図を開いて丁寧に道案内してくれることはなかったが、数名の巡査がすぐ近くのところにトラート市内で2番目にまともなホテルがあると教えてくれた。

「わたし、こんなひどい部屋で寝泊まりしたことないんだけど」

ホテル SA(エスエー) (一泊500バーツ)は、リゾート気分で泊まるホテルとしては、あまりにもひどすぎた。

2005年5月21日(土)

「入場料が10倍も違うなんて、あまりにもひどすぎるわ。これだけタイ語が