ミャンマー連邦 寺院探訪12日間の旅

前日の夕方からスィーロム通り沿いにある珈琲屋 Bug and Bee に籠もって書いていた学期末のペーパーは、午前5時になってようやく完成し、メールに添付して教官に送ってから帰宅した。その後、故障しているノートパソコンに入っているデータをすべて外付けのハードディスクにコピーしてから、ノートパソコンをペッブリータットマイ通りにあるソニーのサービスセンターへ持っていって修理に出すように、修理費用として3万バーツを友人に預けて依頼した。いま悩みの種となっている問題は、ミャンマーへ旅行に行っているあいだに、すべて完全に解決してしまいたい。

スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite へ戻って仮眠を1時間半とってから、バンコク・ドーンムアング国際空港まで友人にクルマで送り届けてもらい、そこで東南アジア研究科のクラスメイトたちと合流して、ミャンマー航空332便でミャンマー・ヤンゴン空港へ向かった。

ミャンマーは、第二次世界大戦の終結にともなって旧日本軍が撤退すると、イギリス連邦による再侵攻を受けて、1945年から1948年まであいだふたたび植民地となった。独立後、共産主義の政権が発足したが、軍部による度重なるクーデターを経て、現在では国軍がミャンマーの政治と経済の両面を支配している。

この国はとにかく変わっている。軍事政権は、国際線で帰国した国民に対して血液検査を義務づけており、ミャンマー人のクラスメイトも空港で別室に通されて血液検査を受けていた。ウワサによると、この血液検査でエイズの感染が確認されると処刑されるという。

タイの片田舎ですら何不自由なく使うことができる携帯電話も、ミャンマーではほとんど普及していない。携帯電話に必要なSIMカードはすべて政府の管理下にあって、いつも唐突に、しかも数量限定で売り出されるらしい。当然、3日もしないうちに売り切れて、その後は十万バーツ以上もの値段が付ついて個人売買されるという。現在、タイのタックスィン・チンナワット首相が事実上所有している通信会社AISの資本で、ミャンマーの移動体通信網を整備してSIMカードを200バーツ前後で売り出すというウワサもあって、ミャンマーの人々は15万バーツ出して今すぐ購入するべきなのか、それとも今は様子見をして安くなるのを待つべきなのかと頭を悩ませている。

インターネットは数年前にようやく解禁されたらしいが、ホテルのビジネスセンターからはウェブサイトを開くことができず、ウェブメールを送ることもできなかった。実際に送受信を試みたクラスメイトによると、聞いたこともない謎のウェブメールサービスを使えば英文ならメールを送れるらしいが、それでもやはり受信する手段がないという。

ヤンゴン市内に到着後、政府系の中級ホテル「ユザナ」(一部屋20ドル)にチェックインしてから現地の研究者による講義を受け、カンドンヂー湖の畔にあるレストラン「カラウェイパレス」へ行ってミャンマーの古典舞踊を鑑賞しながら不味い夕食をとった。食後、中国人街があるマハーバンドーラ通りの19番街でミャンマービールを生で飲もうと考えていたが、これもツアー旅行の悲しさ、集合時間に追われていたため、そのまま通り過ぎて観光バスまで歩いた。

20050305-2ミャンマーはヂェーディーの国といわれているだけあって、ホテルの部屋からもシュエダゴンパゴダを臨むことができた。ミャンマーを代表するヂェーディーのひとつと聞いているが詳細は不明。予定表によると、今回の旅行のクライマックスという位置づけにあるようだ。

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バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。