2004年8月1日(日)
都知事選を今月の29日に控え、バンコク各地では激しい選挙戦が繰り広げられている。
タイの選挙は、日本とは異なり、選挙カーが街中をくまなく回って候補者の名前を連呼することもなければ、候補者が駅前に立って演説することもないし、選挙管理委員会が街頭にポスターを貼るための掲示板を設けることもない。その代わり、候補者たちは人通りの多いショッピングセンターを回って直筆のサイン入りカードを配ったり、大通り沿いに写真入りの巨大な看板を立てるなどして、自らの存在をさかんにアピールしている。大学の周辺では、つぎの4候補の選挙ポスターをよく見かける。
1 アピラック・ゴーサヨーティン氏(民主党)
3 チャルーム・ユーバムルング警察大尉(無所属)
5 マーナ・マハースウィラチャイ博士(元下院運輸委員長)
7 パウィナー・ホングサグン女史 (下院議員・国家発展党幹事長)
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今回の都知事選には、一昨年マスコミを賑わしたことで一躍有名人になったソープ王、チューウィット・ガモンウィスィット氏も出馬している。
チューウィット氏は2546年2月6日、作業員およそ130人を日当500バーツで雇い入れ、買収した軍や警察の高級幹部の指揮の下、
逮捕されたチューウィット氏は、自らが賄賂を定期的に納めてきた警察幹部のイニシャルや特徴などについて意味ありげに言及することで裏切り者を糾弾するとともに、この事件に対する市民の関心を自分に集中させることで身の安全にも努めた。このイニシャル当てクイズは、見事、当時バンコク都民の話題の中心となり、ブラック系コメディアン(?)として一躍時の人となった。チューウィット氏が経営するソープランドに対する警察の立ち入り検査は、不起訴処分が確定するまで、再三再四繰り返された。こうして、ネガティブながらも圧倒的な知名度を得たチューウィット氏は、自らが所有するソープランドすべてを売却することで、莫大な選挙資金を調達し、それを原資に新党「タイ始祖党」
このような経緯で今回の都知事選に出馬することになったチューウィット氏だが、都民の反応はおおむね好意的だ。
「どうせ誰が都知事になってたところで何も変わりやしないんだから、それなら奇妙でオカシイ人を選んだ方がまだマシかも」(友人談7月19日)
「たしかに、チューウィットの評判はいいわ。知名度は高いし、印象も強烈。おそらく当選しなまでも、それなりの得票数は確保するでしょうね」(友人談7月26日)
彼の強烈なイメージ戦略は、都内で最も多く設置されている選挙ポスターにも現れている。
15 チューウィット
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今日は、複合商業施設 MBK マーブンクローング4階の携帯電話売り場で、友人の携帯電話購入に付き合っていたところ、偶然にも話題の人チューウィット・ガモンウィスィット氏に遭遇し、直筆サイン入りのプロマイドを手に入れた。


金融機関(社内SE職)を退職後、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部の集中タイ語講座を修了。米国語学留学を経て、同大学東南アジア研究科で修士号を取得。現在、日本国内の専門商社で海外営業に従事。
旅の指さし会話帳①タイ
タイ語読解力養成講座
タイ日大辞典
タイを知るための60章
地図がつくったタイ
タイのこころ
ギック―友達以上、でも恋人じゃない
Sexteen Thailand
朝、タイ研究科の講座「タイ史博物館論」の一環として、2530(西暦1988)年に工学部横の「

タイ人の恋愛観も、日本人のそれと大して変わらない。
これまでも試行錯誤を繰り返してきたが、
アソーク通りにある日本大使館領事部が入居しているビル「
調査旅行は、きつく汚い危険な体力勝負。
僕たちを乗せた兵員輸送車は、ものすごい砂埃を上げながら未舗装路を走り続けた。第2の目的地がある兵営の前でクルマを降りて、息を切らしながら登っていくと、そこには美しい景色が広がっていた。周囲の山々よりも一際高いところにある兵営には「タイ最西端」と書かれた看板が建っており、ミャンマー側の前線部隊の様子も手に取るように窺い知ることができる。兵営で用意された料理は並のタイ料理屋よりも美味しく、昼食をとりながら国境防衛についての話を警察官から聞いていたところ、突然の大雨に見舞われて兵営の中へと駆け込んだ。
「大人のオンナはオトコを容姿だけでは選ばない」とは聞いてたけど、ここまで露骨に言われてしまうと、オトコとしてはちょっとゲンナリ。
日本人もビックリの超豪華「市民病院」。
朝、タイ研究科の講座「タイ史博物館論」の一環として、
午後4時頃、
今日は、午前の講座「東南アジア文明論」の一環として、タイ北部へと出かけた。今回の目的は、タイ文化のルーツである
それぞれの遺跡についてここに詳細に書くと、小論文や専門書のような量になってしまうから、この日記では割愛する。
スコータイは、
帰途、