娼婦にバンコク都内を案内させる

スクンウィット13にあるコンドミニアム「スクンウィットスイート」199号室の自室で、窓の外に広がる高架電車 BTS ナーナー駅周辺の眺望を眺めながら、ひとりワインを飲んでいた。

唐突に誰かと飲みたくなって携帯電話へ手を伸ばしたものの、実家暮らしのブワは深夜外出禁止だし、親しい友人は酒を飲まないし、数少ない酒好きの友人たちも仕事中で、結局誰も捕まえることができなかった。ふと、この周辺がバンコクのナイトライフの中心地であることを思い出し、コンドミニアムから徒歩5分のところにある娼婦が集まるバー「トァーメーコーヒーハウス」へ久々に足を運ぶことにした。

手軽に娼婦売春婦を調達できることで有名だったトァーメーコーヒーハウスは、ここ数年の政府による風紀引締政策の影響ですっかり寂れている。聞くところによると、警察の指示により店側が始めた年齢チェックにより、この店に出入りしていた18歳未満の娼婦売春婦が完全に排除されたことで深刻な質的低下が起きているという。

夜の歓楽街ではできるだけタイ語を話さないようにしている。娼婦たちのあいだでは「バンコクに住んでいる日本人はケチで貧しい」という説が定着しているため、タイ語を流暢にしゃべろうものなら誰にも相手にしてもらえない。退屈凌ぎに来ているのに、誰にも相手をしてもらえないのでは本末転倒だ。そこで、僕は「ラオスに住んでいた日本人」という設定で店内を徘徊してみることにした。ラオス語はまったく使えないけれど、タイ東北部イーサーン地方訛りのタイ語を使って、気が向いたときにラオス語にしかない語彙を適当に混ぜておけば相手を十分に混乱させることはできる。以前、「英語しか使えない日本人観光客」を装ったときは、娼婦たちの英会話力不足のせいでコミュニケーションがまともにとれなかった。

店内を徘徊していたところ、ひとりの娼婦に声をかけられた。自称ラーチャパット・スワンドゥスィット大学卒の25歳。彼女もまったく英語を話せず、隣に座っていた中年女性に通訳を依頼していた。これでは埒が明かないと思い、僕は仕方なく例のエセ・ラオス語で話し始め、お勧めの観光スポットを紹介してもらうことにした。

この自称大卒の娼婦とトァーメーコーヒーハウスを出て、タクシーで高架鉄道 BTS トーングロー駅前にあるビアホール「コロシアム」へ向かった。到着した頃、ステージではオカマ3人組が「バレンタインデー」のコントを演じていた。なかなか笑えるコントだったが、タイ語が分からないと退屈すること疑いない。両親が遊びに来たときに連れて行こうと考えていたけれど、やめておいたほうが良さそうだ。

つぎに、タイで最も高いビル「バイヨックサガーイ」83階にあるバーでバンコクの夜景を眺めながらカクテルを飲んだ。なんとも味気なかった。

娼婦と行動をともにすることに「楽しいこと」を期待することは間違えだった。ワクワク感もなければ、ドキドキ感もない。娼婦と行動して得することといえばアクロバティックなセックスと麻薬の調達くらいなもので、そういった類いにあまり興味のない僕にとっては、ひとりで酒を飲む寂しさは紛らわせても、女性と酒を飲む楽しさを得ることはできなかった。

日本人向け歓楽街「タニヤ」にあるカラオケスナックで、特に可愛いわけでもない娼婦と密着して座りながら、聞いたこともないオヤジ演歌を聴いて、好きでもないウイスキーばかりを飲んでいるよりは多少マシという程度だった。でも、どちらも大して変わらないような気がする。

バンコクに住んで2年になるけれど、いまだ娼婦遊びの面白さが理解できない。ホテル「バイヨックサガーイ」のロビーで今晩の同伴料1,000バーツを支払い、ひとりタクシーに乗ってコンドミニアムへ戻った。

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ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。