タイ人農民より豊かなカレン族難民

カレン族難民キャンプを聞き取り調査のため徘徊していると、たくさんの発見があった。一般に「難民キャンプ」という言葉からイメージするのは不衛生で過酷な環境だけど、ここの「難民」たちは意外にもそれなりに豊かな生活をしている。

生活インフラをコスト重視で整備するなら、適当な木材を支柱にして、それをトタンで囲めば十分だけど、援助国の納税者たちの夢を壊さないように配慮しているのか、極力工業製品を使わないような工夫がされており、住居をはじめ各種施設はどれも木材を贅沢に使った山小屋のような建築物だった。

キャンプ内で建設資材として用いられる木材はどれもきちんと規格どおりに加工されており、茅葺屋根も手作りだが施設内で集中生産されている。その結果、画一的で美しい町並みになっている。

キャンプ内の商店街では、石鹸やシャンプーなどの生活必需品意外にも、テレビやラジオなどの嗜好品も販売されている。今回の調査旅行に同行している研究員によると、キャンプ内で売買されている商品は難民がキャンプ外へ農作業に出かけたときにタイ人の商人から預かって持ち帰り、キャンプ内で代行販売しているという。そこで発生する利益は、カレン族商人とタイ人商人で分配され、代行販売という形式をとることで資本のないカレン族難民でも大量に仕入れることができるため、結果として街にはたくさんの商品が溢れている。難民キャンプという場所で通貨を使った商取引が行われているのは意外だった。

難民たちの衣服は、どれも清潔で状態もよい。僕たち日本人が着ているTシャツと比べても遜色はない。キャンプの運営規則によると、衣類は年に1度だけ配給されることになっているけれど、きっと自前でそろえた服を何着かもっているはずだ。

難民たちの表情はとても明るい。難民という不遇な立場になると、性格が歪んで、それが表情にも表れそうなものだけど、不自由のない生活を送っているためか、精神的にとても安定しているように見えた。

「いま一番不満なこと」について10人の難民に尋ねてみたところ、国籍がないなど自らの政治的地位に関するものが最も多く、一方で日常生活に関する不満は一切耳にしなかった。健康状態についても、これまで医者に診てもらったり治療薬を使ったりするような病気に罹ったがないという回答が大半だった。なお、このキャンプでは、医療サービスから避妊具まで、すべて無料で提供される。

「このキャンプは、観光客はもちろん、マスコミにも公表されていない」

事前のガイダンスで研究員が話していた言葉の意味がようやく理解できた。カレン族難民は、農村部のタイ人に比べれば遥かに豊かな生活を送っているため、このような難民の実態が貧困が社会問題となっているタイで知れ渡ってしまったら反対運動に直面すること疑いない。そんなことになったらタイ政府は「国民の不興と反感」を買って難民キャンプの閉鎖を余儀なくされるけど、一方で「国際社会からの批判」にさらされるため、このキャンプの情報が国民に知れ渡るのは絶対に避けたいはずだ。

よる、クラスメートたちとメーソート市内にあるフォークソングバー「クロコダイルの涙」で午前1時まで酒を飲み、タイ語で語り合った。

ABOUT US

ケイイチ
バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。