もう2年近く住んでいるせいか、日本人にアメージングと言われているタイもすっかり日常の一部になってしまった。そんな僕でもウィアングヂャンのアメージングさには呆気にとられる。前回の旅でも十分に体験できたが、今回のウィアングヂャンも僕の期待を裏切らなかった。
ウィアングヂャンはラオス人民民主共和国の首都で人口約53万人。ラオスの人口はカンボジアより少なく、ラオス人はカンボジア人と同じくらい貧しい。日本:タイ:ラオスのGDP比はそれぞれ3000:88:1、ひとりあたりのGDP比は120:8:1。市内に5階建て以上の建物はなく、見るべき建造物といえば芸術文化省庁舎と日本のODAによって建設されたウィアングヂャン国際空港くらい。それ以外の建物は(歴史的建造物を除けば)タイの地方都市にあるような長屋や掘っ立て小屋ばかり。市内を走る路線バスはなく、市民はバイクで移動している。もちろんショッピングセンターもなく、近代都市というイメージからはおよそかけ離れている。
25日午後7時25分にバンコク・モーチット高速バスターミナルを出発した1等寝台冷房バスは、翌26日午前5時にノーンカーイ・バスターミナルに到着した。バンコクから北に600キロも離れているせいか、あたりはまだ薄暗く肌寒い。僕は高速バスの車内で知り合った私立大学附属高校のイギリス人英語講師ナッシュとともに、ガクガクと震えながらトゥクトゥク(三輪バイクタクシー, ひとり20バーツ)に乗って国境へと向かった。
午前6時、タイ側の国境が開く。ナッシュは6時間の超過滞在に対する違反金(1日200バーツ)を支払うために、僕はタイで運転している自家用車をラオスへ持ち込む方法を聞くために、それぞれ出国検査を済ませてから入国管理局のオフィスに立ち寄った。通常、タイ・ラオス友好橋は片道10バーツの渡橋バスに乗って渡るが、まだ朝が早いせいか運行されておらず、20バーツの一般民間バスでメーコーング川を渡った。
ラオスの到着ビザ発行手数料は1,500バーツ。この料金は官公庁の勤務時間内に適用される料金で、週末や早朝夜間の時間帯には1ドル(または50バーツ)の追加料金がかかる。午前6時から開くことになっているラオス側の到着ビザ発給窓口は、午前7時になっても一向に開く気配がない。入国係官に尋ねても、「まあ、ベンチに座って待っていろ。いずれ係員が到着する」という答えしか返ってこない。付近を清掃していた中年女性に「普段はだいたい何時頃に開くのか?」と訊いてみても、「だいたい7時をちょっと回ったくらいかしら?」という曖昧な返事。係官が到着ビザ発給窓口に到着したのは午前7時半。割増料金を請求できるギリギリの時間帯に窓口を開くそのセコさに閉口した。
到着ビザ発給窓口で知り合ったオランダ人を加えた僕たち3人は、ラオス側国境で待機していたトゥクトゥクに乗って、約25キロ離れたラオスの首都ウィアングヂャンを目指した。運賃は3人で150バーツ(ひとり50バーツ)。
タイ大使館領事部は、活気のある早朝市場前から、戦勝記念塔と国境とを結ぶ8月23日通り沿道に移転した。これまでは炎天下のなか領事部前にできる長蛇の列を辛抱強く並ばなければならなかったが、これからは整理券を持って屋根のある待合所で待機していればよい。ウィアングヂャンでのタイビザ申請もだいぶ快適になった。ただし、依然タイ領事館係官の数に比してビザ申請者の数が多すぎるのか、午後11時頃には領事館入り口ゲート前に「これより後ろに並んでいる方のビザは受け付けられません。後日改めてお越しください」という表示が掲げられた。
僕たちのビザ申請手続きはすんなりと進み、教育ビザ(ノンイミグラントB)の発給手数料2,000バーツを支払った。この数ヶ月間でタイの東南アジア公館が発行するビザの発給手数料が値上げされたそうで、在ウィアングヂャン・タイ大使館も従来の500バーツから4倍に跳ね上がった。窓口の職員によれば、現在ウィアングヂャンではマルチプル(期間内なら何度でも再入国可)のビザは発給していないという。次回出国するときには、サートーンまたはドーンムアング空港の入国管理局で「再入国許可証」を入手しなければならない。
手続きを終えた僕たちは、領事部前にたむろしていたトゥクトゥクに乗って、外国人観光客が多く集まる街の中心にあるゲストハウス街へと向かった。宿泊料金はツインルームで250バーツ。お世辞にも豪華とはいえない部屋だが、一応の清潔は保たれている。
この外国人向けのゲストハウス街は早朝市場から数キロ離れている。しかし、近所にはインターネットカフェ、ビアガーデン、各国料理店(相場:100バーツ程度)などがそろっており、またメコン川へも徒歩数分で行けるため、発展途上国慣れしていない外国人でも快適に滞在できる。公共交通機関が全くないウィアングヂャン市内を移動するためにはトゥクトゥク(3輪バイクタクシー)をチャーターするしかないが、僕を含めてラオス語を話せない外国人は料金を高めに請求されることが多いため、精神衛生上バイクレンタル屋で原付を借りることをお勧めする。110CCカブの相場は24時間200バーツ。希にぼったくりバイク屋があるから注意したい。
ゲストハウスに着いてから、ナッシュはナンパを兼ねてインターネットカフェへと出ていった。一方、僕は昼寝することを決め込み、夕方まで部屋に籠もっていた。
午後6時、僕たちはビアガーデンへ夕食を取りに出かけた。ナッシュによれば、この店周辺には外国人をターゲットにした売春婦が集まるそうだが、それらしいラオス人女性は見かけなかった。その代わり(?)に、ナッシュは僕たちの後ろの席に一人で座っていた広末涼子似の白人アメリカ人に声をかけて話し込んでしまった。僕はカウンター席隣に座っていたラオス人男女4人組にタイ語で声をかけた。
「俺たち4人は同じ大学の大学院で経営学を専攻しているんだ。彼女は俺の彼女、その隣は彼女の親友。そして、こいつはあそこに座っているフランス人女性にコクるためにここに来ているんだ。だけど、ちょうど今フラレたばかりで落ち込んでいる。だから、今日はガンガン飲んでこいつを励まそうぜ!」
結局、彼らのグループにいたラオス人のうち、女子大学院生2人はすぐに帰宅してしまい、そこに残った男子大学生2人と3時間にわたってさまざまな話題について語り合った。
「フランス語は以前、ラオスの教育システムにおける第1外国語だったが、徐々に英語にシフトしつつあるようだ。でも、俺たちの世代はまだ英語よりもフランス語の方が全然得意だね」
「ラオス女なんて最低だ。あいつら『金』にしか興味がない。だから俺はフランス人女性の方が好きだね。こいつはラオス人の彼女を選んだが、やはり結構苦労しているみたいだよ」
「昨年末、ノーンカーイにある市場へ買い出しに行ってきたが、商店主は俺がラオス人と気づくや否や、すぐに俺を見下す態度をとった。タイ人はラオス人を見下しているイヤな奴らだ」
「タイ語を理解するのはそう難しいことじゃない。なぜなら、俺たちウィアングヂャン市民はタイ語のテレビ放送を見ているからだ。聞き取りはほぼ100%だが、読みは70%、書きに至っては30%もできるかどうかも怪しい」
そんな話をしていたところ、ウィアングヂャン市内の飲食店やディスコの類が午後11時に閉店するという話を聞いた。そこで、閉店前にディスコの様子を見に行こうと、僕たちはビアガーデン前に止まっていたトゥクトゥクに乗って一番人気のあるディスコへと向かった。
ところが、そのディスコは僕たちの期待に反して、単に長屋の隣接するユニットの1階部分の壁を打ち抜いて2件分の広さにしただけのシンプルなものにすぎなかった。友人たちがビールをおごってくれたため、料金等は一切不明。男性客の大部分は欧州人で、女性客は明らかに売春婦とわかるラオス人ばかりだった。
僕たちはそのシケたディスコで淡々と話を続けていた。ここでナッシュは「たぶん、明日の朝まで帰ることはないから、今晩は一人で思いっきりウィアングヂャンの街を満喫してくれ」と言い残して、ビアガーデンでナンパしたアメリカ人女性とともに夜の街へと消えていった。
その後、数件の食堂をはしごして、午後11時に解散。値段交渉なしでトゥクトゥクに乗ってゲストハウスに戻ったところ、なんと200バーツも請求されてしまった。本来なら30バーツも出せば十分な距離、バンコク市内でも50バーツあれば十分なはずだ。
ところが、なんと財布には1,000バーツ札しかなく、おつりを要求したところ、
「俺たちもちょうど小銭を切らしているところだ。別に1,000バーツ払ってくれてもいいんだが、それがイヤだったら麻薬でも譲ってやろうか? それで、合計1,000バーツということにすれば問題ないだろう?」
僕は麻薬の購入を勧められた。案外それも興味深い提案だという考えが脳裏をよぎったが、慣れない麻薬を吸っているところを、彼らの密告により刑罰が厳しいといわれる社会主義国で現行犯逮捕されてしまったら目も当てられない。日本政府の援助に依存しているラオス政府のことだから、おそらく日本人に死刑を科してくることはないだろうが、それでもこんな「未開発国」の監獄に長期にわたって収監されるなんて真っ平ごめんだ。
ゲストハウス前でそんな話でもめていたところ、原付に乗ったひとりのラオス人女性が現れた。そこで、声をかけて両替を依頼してみた。
「1,000バーツすべてを両替することはできないけど、200バーツをあのトゥクトゥク運転手に払うことくらいならできるわ。あとで近くのホテルまで連れて行くから、そこでその1,000バーツ札を両替して返してくれればそれで構わないわよ」
通りがかりのラオス人女性のおかげでトゥクトゥク代を払い、両替も済ましておつりも無事手に入れることができた。ところが、この女性はそのお礼に一緒に泊まってほしいという。おそらく売春婦だろう。そこで、無料であるのならばと二つ返事してしまったが、その判断その後の事件の呼び水になろうとは全く思いもよらなかった。
彼女に紹介されたのは、僕が宿泊しているゲストハウスの隣にある安ホテル。280バーツを支払うと3階にあるという部屋の鍵を渡された。階段を上がった3階の部屋は窓もなく時代の流れを感じる。部屋には鏡が腐食しきって全く何も映らない化粧台と、設置が不安定なダブルベッドしかない。
部屋に入ると、彼女は突然服を脱ぎだした。ラオス人はタイ人ほど仏教を信仰しているわけではないが、それでもバラモン教や精霊信仰程度はあるはずで、僕は彼女の「通常とは異なる羞恥心が著しく欠落した行為」(タイ人売春婦にも一応の羞恥心があるとは聞いたことがある)に一種の疑問を感じた。さらに、彼女は僕のコンドームにグリセリンをたっぷりと塗り始めた。僕は女性と性交する際に、今まで一度としてグリセリンを塗ったことがない。そこで、いよいよ彼女の一連の行動が奇妙に思えてくる。
もしかして彼女に何か秘密があるのかもしれないと不審に思って股間を触ってみたところ、やはり本来女性にあるはずのないものが股間に沿って臀部へと伸びていることがわかった。下着の上から見たときは、全くといってよいほど普通の女性との違いに気づかなかったが、それは単に「視覚的に睾丸がない」ことを確認しただけのことであって、それだけで女性という確証が得られるわけではない。・・・・・・そう、僕はもう少しのところで同姓と性交してしまうところだった。
とてもではないが、僕に同姓と性交するほどの甲斐性はない。さっさと衣服を着て、朝まで雑談することに決め込んだ(寝てしまっては財布の中身を全部抜かれかねない)。こうして、彼女が寝付いた午前4時過ぎに部屋から抜け出し、ナッシュと泊まっているゲストハウスへと徒歩で戻った。もちろんナッシュはまだ帰ってきていない。