2003年11月

タイ南部ドライブ 中編 西海岸ルート

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そこはミャンマー国境から数kmしか離れていない山間部の僻村だった。開け放たれた窓から入ってくる朝の空気がオイシイ。外から聞こえてくる音から、バイク以外の交通がほとんどないことが分かる。そして夜明けまで運転していたせいでボンヤリしている頭をハッキリさせようと、運転席の椅子を起こして周囲の風景を眺めてみた。

タイ南部ドライブ 前編 西海岸ルート

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このとき、ドライブの鉄則を無視して思い込みだけで走行計画を立ててしまったため、夜明けすぎまで悩まされ続けることになった。走行経路の地形なんか全く意に介していなかったし、「数字の小さい国道ほど整備されていて走りやすい」というのも思い込みにすぎなかった。

プリンターのインク切れ

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日本市場向けの電気製品がタイで故障すると面倒だ。タイに補修部品がなかったり、製造元がタイに進出していないなど、さまざまな問題がある。電気製品の仕様はそれぞれの市場に合わせて変更されており、たとえば東南アジア市場向けのテレビは機能限定版の廉価品が多い。

はじめての英語プレゼンテーション 後編

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プレゼンテーションは、1グループ10分と決められていた。だから時間内で終わらせるために簡単な内容にしておいたけど、ほかの学生は何十分も話し続けていた。僕が講師の英語を聞き間違えたのか、それともほかの学生が制限時間に無頓着なだけだったのか。

スラウォング通りの大渋滞

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全長2kmのスラウォング通りを端から端まで移動するのに、なんと1時間半もかかった。これからバイト先まであの渋滞のなかをクルマで移動したら遅刻は絶対に免れない。そこで、バイクタクシーでタークスィン橋のたもとまで行って、そこから高架電車に乗り継ぐことにした。所要時間は40分だった。もしクルマで移動していたら、2時間以上かかっていたこと疑いない。

はじめての英語プレゼンテーション 中編

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はじめてのプレゼンテーション。しかも未知のソフトウェアを使って、その内容を不慣れな英語でしなければいけない。自分に割り当てられた10分間をなんとかやり過ごせるように、緊張のせいで英語が全面崩壊した場合に備えて英語の原稿を用意した。

はじめての英語プレゼンテーション 前編

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講座「近代東南アジアの植民地主義・民族主義・近代化」で、東南アジア圏内の任意の国における国民意識の特徴についてプレゼンテーションをするという課題が与えられた。そこでけさ、東南アジア研究科研究室へ行って、カンボジア人のクラスメイトとカンボジアをテーマとしたプレゼンテーションの準備に取りかかった。

無題

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タイにいると体力の消耗が激しい。きょうは午前の講義に出席してから帰宅し、部屋でぐったりしていた。放心状態のまま何人かの友人に電話をかけ、インスタントメッセンジャーでタイ人と日本人の価値観の違いについて語り合った。

タイ語日記中断

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しかしタイ語と日本語の論説文では書き方がぜんぜん違うため、かたちだけの体裁を整えても、ネイティブのタイ人が読んだら違和感が残る文章になる。しかも今回は対訳形式をとったため、文章の構造そのものを変えることができず、翻訳以上に「ちょうどいい按配でタイ語を最適化する」作業に時間を費やす結果になった。

ถึงแม้ว่าจะเป็นนักศึกษาแล้ว แต่ยังมีเวลากำหนดการกลับบ้านตอนกลางคืนอย่างเข้มงวด

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「タイ語には『両親にとって子供はいつまでも子供』という言葉があるわ」おそらく一般的な日本人にとっての門限とは、小学生が午後7時、中学生が午後8時半、高校生が午後10時半、大学生が終電ではないだろうか。ところが、どうやら一般的なタイ人家庭には、それとは全く異なる基準の門限があるのかもしれない。