2003年8月1日(金)

オレンジ郡アナハイム市にある大型テーマパーク郡「ロサンゼルス・ディズニーランドリゾート」。渋滞の名所インターステート5号線に直結しており、アルハンブラ市からの所要時間は約40分。

このリゾートには、①東京ディズニーランドと同等の施設 Disneyland Park、②カリフォルニアとディズニーをテーマとした遊園地 Disney’s California Adventure Park、③僕が全く関心を示すことのなかった Downtown Disney District、④宿泊施設群 Hotels of the Disneyland Resort がある。入場料はそれぞれ別々に徴収され、Disneyland Park(ディズニーランドパーク)Disney’s California Adventure Park(ディズニーズ・カリフォルニア・アドヴェンチャーパーク) のパスポートで96ドル。

今日、僕たちは従業員に配布される優待券を利用することで、1セントも使うことなく一日中レジャーを堪能できた。台湾人クラスメイトの叔父が、ディズニーランドリゾートに勤めているそうだ。

ところが、今日は英語検定 TOEFL(トーフル) の試験日でもあった。試験時間は午後12時45分から午後2時55分。僕は午前8時にサンマリノ市内の友人宅で待ち合わせ、ヒアリングの練習を兼ねて早朝のディズニーランドを満喫してから、渋滞に巻き込まれながらも試験開始3分前には語学学校に到着。試験終了後、ふたたび友人を迎えに行って、午後11時まで遊び回った。なお、金曜日のディズニーランド閉園時間は午前零時。

ディズニーランドLAのアトラクションは、東京ディズニーランドとほとんど変わらない。しかし、どうも東京の方が世界観を上手く演出できているような気がする。シンデレラ城も東京の方が大きいし、パレードの華麗さも花火の迫力も東京の方が優れている。

カリフォルニア・アドベンチャーパークにある、まるで空を飛んでいるような感覚でカリフォルニア州を代表する名所を遊覧することができるアトラクションはお勧め。

まるで丸一日かけてデートを楽しんだかのような気分だ。しかしこの歳になっても、まるで中学生のような疑問がついて回る。彼女は確かに俺の友達でクラスメートなんだよな? といった種類のもの。まったく不思議でならない。この数日、恋愛ドラマを見過ぎたせいで、きっと感覚がおかしくなっているのだろう。

ウワサどおり、ここはカップル向けというより、むしろファミリー向けテーマパークの色合いが強かった。

2003年8月2日(土)

「まずは自分を弱々しく見せること。これは年功序列型のタイ社会における秩序維持のための大前提だ。決して軍隊のようにハキハキと受け答えしてはならない。弱々しく、そして子供らしく振る舞うんだ。あとは、適当に敬語さえ使っていれば問題ないだろう」

今晩、タイ人同居人の郵便物を受け取りに、僕たちはアメリカにもう32年も住んでいるというタイ人老婦人宅を訪問した。僕の見たところ、彼女は55歳くらい。

これまで、僕は(路上の物売り以外の)歳の離れたタイ人と話したことがなかったものだから、どうしたらよいかと困り事前に確認した。その答えは、年長者に対して「弱々しく、子供らしく振る舞え」というもの。

これこそがタイ社会、タイ文化の根っこの部分だ。子供達の独立独歩を促す欧米的価値観を全否定するタイ特有の社会観。年長者に追従することで自らを思考停止に陥れるタイ特有の道徳観。

時々、僕の目にはタイ人がひどく子供っぽく映ることがある。きっと、それはタイ人の社会観と道徳観、それから教育システムのせいだろう。大人になっても、独立することなく年長者に終始服従し続けることが美徳とされる社会。個々の創意工夫による行動が反社会的と見なされ、年長者が公認する旧態依然とした古い価値観のなかで消極的に行動をすることが美徳とされる社会。こうした社会における美徳は、僕たちのそれとは正反対のアメージングで奇妙な代物だ。決して共有できる価値観ではないだろう。

タイ人のアメージングな価値観はこればかりではない。しつけとは本来、社会に適応するための常識やルールを子供達に教え、それを元に子供達が自ら試行錯誤を繰り返しながら自力で習得できるように促すものであるはずだ。しかし、子供達に成長と自立を促すべき年長者は、異常なまでに過保護で決して子供を叱ろうとしない。極端なまでに「褒めて育てる」という偏重的な教育姿勢をとっており、タイの子供達から自ら反省し改善するという機会を奪っている。彼らは、年長者に服従するように訓練されてきたのだ。これでは、日本人が常識と信じているレベルの自己管理能力を養えるはずがない。こうして、日本人の目には妙に子供っぽく映るようなタイ人の大人達が作られていく。

こうした問題は、単に彼らが大人らしく振る舞えないという問題だけでなく、タイ国内の政治・経済・社会などの各活動にも暗い影を落としている。高校や大学などの教育の現場でも、彼らは講師の持論に完全に追従することが求められ、自らの持論を展開し応用するという訓練を受ける機会を与えられない。そのため、学歴に高低にかかわらず、タイ人の多くは政治・経済・社会に関する話題に対して驚くほど無頓着で、自らの意見を持たず、基本的な事柄すら知らないこともある。

もし、タイ人がこうした問題をこのまま放置しておいても良いと考えているのならば(もしくはこれこそがタイの美点であって保護すべきだと考えているのならば)、僕としてはいっこうに構わないのだが、やはり日本人としては彼らの教育システムと社会秩序システムには問題があって、変更の手を加える必要があるのではないかと首をかしげる。

今日は国家建設における教育の重要性を実感する良い機会になった。もし、教育学の専門家が書いたタイにおける教育システムに関する評価レポートがあれば、いつか読んみたい。

ちなみに、僕のタイ人老婦人に対する立ち居振る舞いについては、タイ人の友人から最高の評価をいただいた。今晩は彼らの成長過程の一部に触れたような気がした。

2003年8月4日(月)

その洗車場はアルハンブラ市中心部の W Main St(東メイン通り)N Atlantic Blvd(北アトランティック通り) との交差点にある。広大な土地を利用して、流れ作業的に複数のクルマを同時に処理していく。入り口に駐車すると、ベルトコンベアのようなものでクルマが自動的に前進していき、進路内に設置されている固定式の散水機、シャンプー噴射機、リンス噴射機のなかを通過する。最後に、手作業で水滴を拭き取っている作業員にチップを払って一連の工程が終了する。費用はチップを含めて14ドル。

今日は、近所ある洗車場 Alhambra Car Wash(アルハンブラ洗車場) へと出かけた。

僕のクルマは、もう1ヶ月近くも車を洗車しなかったせいで目も当てられないくらい汚れていた。普段、僕は家の前の路上に駐車しているが、道路脇にある散水機のせいですぐに汚れてしまう。これではせっかく洗車しても、またすぐに汚れてしまうだろう。

アルハンブラ洗車場の料金は、標準コース12.99ドル、上級コース13.99ドル、贅沢コース16.99ドル。一番高いのは、マネージャーによる念入りワックスコース24.99ドル。家計難に苦しんでいる僕は、もちろん一番安い標準コースを選択した。

ここ付近にある洗車場はどこもとても高い。もともとこの周辺の物価が高く、サービス関連の料金も相当なものだ。比較的物価が安いと言われているハンティントンビーチの近くで2週間前に見かけた洗車場には、「午前中に限り6.99ドル」というキャンペーンがあった。

あまりにも高いものだから、僕はできれば洗車なんてしたくないのだが、本当に目を当てられないくらい汚れてしまっていて、仕方なく洗車場に行くことにした。

「自分で洗車すればいいじゃん?」

クラスメートはそう言うが、僕が住んでいるアルハンブラ市周辺は、屋外に洗濯物を干すことが条例で禁止されている高級住宅地で、手洗いで洗車をするための蛇口すらない。自分で洗車している人も、いまだ見かけていない。

2003年8月5日(火)

昨晩から、僕はひどい高熱に苦しんでいる。午前の授業を受けたあと、昼食を食べずに帰宅した。夜はタイ人の友人達とリトルトーキョーに行って、日本料理店「大黒屋」のラーメンとミニいくら丼のセットを食べた。料金は12.9ドル。これに付加価値税とチップを加えると16ドル。あまりにも高い。これがここカリフォルニアの外食相場なのだろうか。

2003年8月6日(水)

กองควบคุมโรคเอดส์ สำนักอนามัย กรุงเทพมหานคร ดำเนินการเฝ้าระวังผู้ป่วยโรคเอดส์และผู้ติดเชื้อเอดส์ ที่มีอาการ โดยการรายงานด้วยบัตรรายงาน 506/1, 507/1 (Cases Report) จากสถานพยาบาลทั้งภาครัฐและเอกชนในพื้นที่กรุงเทพมหานคร นำมาวิเคราะห์สรุปจำนวนผู้ป่วยโรคเอดส์ (AIDS Cases) และผู้ติดเชื้อเอดส์ที่มีอาการ (Symptomatic HIV Cases) พ.ศ. 2527 ถึง กรกฎาคม 2546 ดังนี้
バンコク都保健局エイズ管理課は、陽性エイズ感染者を追跡調査した。都内の公立および私立の医療機関から提出された報告書 506/1 と 507/1 によって明らかになった、2527(西暦1984)年から2546(西暦2003)年1月までのエイズ患者の総数は次のとおり。

バンコク都内のエイズ患者は23,794名で、うち既に死亡した者6,833名、生存している者16,961名。一方、HIVウイルス感染者は7,840名で、うち既に死亡した者714名、生存している者7,126名。バンコク都内におけるエイズ患者数とHIVウイルス感染者数の合計は92,460名。

タイ全土のエイズ患者は219,381名で、うち既に死亡した者60,285名、生存している者159,096名。HIVウイルス感染者は81,040名で、うち既に死亡した者8,433名、生存している者72,597名。タイ全土におけるエイズ患者数とHIVウイルス感染者数をあわせた合計は635,057名。

しかしながら、バンコク都内における新規患者および新規感染者の総数は、西暦1999年をピークに減少傾向にあり、2541(1998)年が3,631名、2542(1999)年が4,294名、2543(2000)年が4,071名、2544(2001)年が3,117名、2545(2002)年が3,444名と推移している。

また、バンコク都内における年齢別患者数の割合は、多い順から30-34歳23.17%(男6,044、女1,246)、25-29歳21.52%(男5,036、女1,782)、35-39歳17.59%(男4,700、女873)、15-19歳1.01%(男167人、女154人)20-24歳8.74%(男1,774、女994)と続く。

さらに、バンコク都内における職業別患者数の割合は、多い順から「その他の職業」41.89%(男8137、女1831)、「失業者」9.94%(男2,084、女280)、「土木作業従事者」の9.24%(男2,177、女22)。「小学校から大学までの学生」は全体の0.82%(男110、女85)にとどまった。

なお、感染経路の約78%は性行為によるもので、ほかには麻薬や覚醒剤によるものが約11%、配偶者との性行為によるものが約5%ある。つまり、大多数は「配偶者以外との性行為」によって感染しており、その大半が「娼婦(売春婦)との性行為」を意味していることはいうまでもないだろう。

ตั้งแต่ปีพศ.2527 ถึงวันที่ 31 ธันวาคม พ.ศ.2541จังหวัดที่มีรายงานว่ามีผู้ติดเชื้อเอดส์ที่มีอาการสูงที่สุด 10 อันดับแรก คือ เชียงราย , ลำพูน , ระยอง, พะเยา, เชียงใหม่, เพชรบุรี, สมุทรสาคร, สุพรรณบุรี ,ภูเก็ต และแพร่ ( อัตราป่วยต่อแสนประชากร เท่ากับ 94.3, 91.2, 73.0, 62.6, 47.5, 30.9, 27.9, 26.9, 25.5 และ 20.4 ตามลำดับ )
2527(西暦1984)年から2541(西暦1998)年12月31日のあいだに報告された感染者数上位10県は次のとおり。チアングラーイ県(県人口に占める感染者の割合9.43%)、ランプーン県(同9.12%)、ラヨーング県(同7.30%)、パヤオ県(同6.26%)、ペッブリー県(同4.75%)、サムットサーコーン県(同3.09%)、スパンブリー県(同2.79%)、プーゲット県(同2.69%)、プレー県(同2.55%)。

しかし、この統計にはいくつかの落とし穴がある。まず、県別の統計には他県に住民票があるバンコク滞在者が「バンコク都内のエイズ感染者数」に含まれていないこと。つぎに、観光産業に対する悪影響を懸念しているタイ政府が情報を操作している可能性が高いこと。事実、この数字はWHO世界保健機関が発表しているものとは相当の開きがある。

ここ数日、僕たちの共同生活住宅ではエイズの話で持ちきりだ。先日、同居人のひとりが一時帰国したときに、バンコクのディスコ街 RCA ロイアルシティーアベニューでナンパした大学生とセックスをしていたところ、途中でコンドームが破けてしまったそうで、彼はその大学生がエイズ患者だったのではないかと心配してずっと悩み続けている。

今日は「その友人がエイズに感染してしまった可能性の低さ」を証明するために、インターネットで統計データを集めていた。

2003年8月7日(木)

異国の地にいると、普段は何とも思っていないラーメンが、なにがなんでも食べたくなる。

ここロサンゼルスの日本料理は、総じてバンコクよりも優れている。おそらく、「ロサンゼルスに住んでいる日本人の質」の方が、「バンコクに住んでいる日本人の質」よりも高いからだろう。

ダウンタウンLA(ロサンゼルス中心部)にあるラーメン屋は、僕が知っているだけでもふたつある。いずれも日本人街リトルトーキョー界隈にあり、ひとつは「こう楽」、もうひとつはこの「大黒屋」。

大黒屋が出すラーメンは、なんと一種類しかない。その名も「大黒屋ラーメン」(7.95ドル+税サ)。味噌ベースのスープに、たっぷりのネギ、コシのある麺。少し、ニンニクが入りすぎているようなカンジもするが、それでも美味しいから別に構わない。

一方のこう楽は、天津丼など多彩なラーメンを提供しているが、味は美味くもなく不味くもなくってところ。

今晩はタイ人の友人達と大黒屋へラーメンを食べに行った。

2003年8月8日(金)

今日は友人のアパート探しに付き合って、なかなか良い物件を見つけた。キッチンやリビングのほか、ベッドルーム3部屋、シャワールーム2部屋で1,350ドル。この家賃は平均的な2ベッドルームの物件1,250ドルとほとんど変わらない。

まず、僕はアパート前の「RENT」と書かれた立て看板にあった番号に電話をかけた。不動産屋の担当者は20分後に到着し、部屋の中を見て回ることにした。3部屋あるベッドルームのうち2部屋は6畳程度、もう1部屋はシャワールーム付の8畳。リビングは16畳くらいと広いが、キッチンの貧弱さが気になった。

正式な契約書を受け取るために、明日、僕たちはアルハンブラ市の西メイン通り1300番地にある不動産屋を訪ねることになった。

2003年8月9日(土)

昨日の不動産屋に行ったところ、スペイン語を話す係員が対応に現れた。僕たちは、申込用紙を受け取って、その事務所をあとにした。申し込み時に、申込用紙のほか、銀行の残高証明を提出するよう求められた。入居者の家賃支払い能力を知りたいのだろう。

今晩はタイ人の友人達とハリウッドにあるタイタウンで、タイ映画数本を買ってから、タイ料理を食べた。その映画の内容は、闇サッカーくじの元締めをしたことが原因で、周囲の人間関係がおかしくなってしまうという内容だ。

2003年8月10日(日)

特に何もない一日。何もないこの街で、僕は週末の時間を持て余している。

2003年8月11日(月)

ショッピングセンターの駐車場で先日、僕は数人のメキシコ人グループが声をかけられた。購入時から凹んでいた運転席のドアを、たった100ドルで新品同様に直してしてくれるという。そこでさっそく作業にかからせたところ、なんといきなり金槌でボディーに穴を開け、その上に適当に粘土をペタペタとくっつけて、全く違う色の塗料を吹きかけられてしまった。

僕は見事に詐欺に引っかかった。語学学校のタイ人留学生アドバイザーによると、彼らはこの付近では有名な不良メキシコ人で、彼の友人も似たような被害に遭ったそうだ。べつに100ドル盗られるのは構わないが、それっぽく見せるためだけに、ボディーに不必要な穴を開けられてしまったのはかなりの痛手となった。当然、見た目は「修理」前よりひどくなった。

そこで、今日はメキシコ人にぶっ壊された箇所を直すために、車体補修工場を探しに出かけた。このクルマを売りに出すときのことを考えると、ぜひとも補修しておきたい。ところが、車体補修工場の多くは保険会社に紹介されたクルマの修理のみを扱っているとかで、まったく取り合ってもらえなかった。無保険でも請け負ってくれるという補修工場もあったが、扉を交換するだけで1,200-1,500ドルもかかるという。それではクルマを高価格で転売するための修理としては、あまりにも本格的すぎるし費用もかさみすぎる。そこで、日本人が経営する別の車体修理工場を訪ねたところ、鉄板を補修するという方法で573ドルで済むという話だった。

いずれにしても、近いうちに予算の目処を立ててクルマを修理したい。

2003年8月12日(火)

僕はいざというときのために海外旅行傷害保険に加入している。掛け金は年間90,620円。障害や疾病の際に、6,000万円を限度に医療費が支払われる。ただし、妊娠、出産、エイズ検査、歯科治療などはカバーされない。

ここ数日、奥歯に激痛が走って、まったく授業に集中できないため、午後の授業を休んで歯科医に行こうとした。しかし、海外旅行傷害保険では歯科治療がカバーされていないことを思い出して、友人達に虫歯治療の相場を聞いて回ることになった。

クラスメイト達の話では、300ドルから500ドル程度もかかるそうだ。これだけ出すのなら、バンコクに行くまで我慢しようと思い、今回の歯科医行きを見送った。

2003年8月13日(水)

歯に激痛が走ってグッタリしているものの、なんとか授業だけはしっかりと受けた。

2003年8月14日(木)

一説によれば、カリフォルニア州に登録されている自家用車の約25%が自賠責保険に加入していないという。自家用車の所有者には州法で自賠責保険加入が義務づけられているが、ここロサンゼルスには移民一世が人口の37%を占め、貧困にあえいでいる家庭は加入するための経済力がない。そのため、保険会社は「無保険者保険」という、賠償能力のない保険未加入者から被害を受けたときのための保険商品も用意しているそうだ。

州当局も一応の対策はとっている。たとえば、年1回の乗用車登録更新時に、あわせて自賠責保険証の提示を義務付けている。

僕の乗用車登録は8月8日に更新期限を迎えていた。そこで自賠責保険証を手に入れるために、タイ人同居人達とモントレーパーク市にある華僑系の保険会社に行った。片言の英語でも十分何とかなるような手続きで、プランを選んで、クルマの購入日、走行距離、購入価格を伝えるだけで済む。

ちなみに、掛け金は年648ドル。補償額は対人ひとり15,000ドル、一件30,000ドル、対物一件5,000ドル。

こんな内容では、もし本当に人を轢き殺してしまったときに十分な補償ができない。本当に大丈夫だろうか。

なお、契約が切れる前に解約しても、それなりに妥当な掛け金が返却されるそうだ。

FARMERS
113 W Avondale Ave., Unit H, Monterey Park, CA 91754

2003年8月15日(金)

今朝、学校へ行こうと家の前に停めていた車に乗り込もうとしたところ、フロントガラスに張り付いている緑色の封筒に気づいた。その封筒には Parking Tiket という文字が太ゴシック体で印刷されている。パーキングチケットとは、駐車券ではなく駐車違反切符のことで、封筒にレシートのような紙が入っており、違反内容や違反駐車場所、罰金、登録車両情報等が詳細に記載されている。

ちなみに、今回の違反内容は「無許可深夜駐車」で、制裁金22ドル。支払期限は20日以内で、その期限を超えると53ドルに跳ね上がる。なにがなんでも、絶対に期間内に支払わなくてはならない。制裁金は、緑色の封筒の中に銀行小切手を入れて郵送するか、もしくは市当局に直接出向くことで納入できる。

これは6月6日の日記「合法的路上駐車1」にあるように、きちんと市当局への駐車許可手続きを正しく済ましていれば、チケットを切られることもなかったはずだ。近々、市当局に近隣住民車両登録をしに行かなくてはならない。

今晩は毎週金曜日の恒例行事、夕食パーティー兼英文聖書翻訳会に参加した。

2003年8月16日(土)

「こんな退屈な街なら、さっさとおさらばしてしまいたい。朝起きて、学校を往復するだけの生活。俺はこの無限地獄を、あと何回繰り返せばタイに戻れるんだろうか?」

ここのところ、ルームメートのタイ人が少し荒れ気味だ。というのも、ロサンゼルスの娯楽があまりにも少なく、日々の生活もどうしても単調になってしまいがちだからだ。もちろん、財布の中身や預金残高を顧みなければ、それなりに楽しめる贅沢な娯楽もあるが、常識的な予算内で楽しめる娯楽となるとほどんど思いつかない。

僕の経済力で気楽に行けるところはは、パサディナ旧市街の Q’s バー(ディスコクラブ)、タイタウンのグルンテープ(タイポップス生演奏レストラン兼バー)、ダウンタウンLAから少し離れたところにあるス Spearmint Rhino (ストリップクラブ)くらいのものだろう。それでも約15ドルから20ドル程度の出費は見込まなくてはならないから、そう毎日のように出かけられるわけでもない。それ以外のものは、僕の家計に痛恨の一撃を与えるような類のものばかりだ。

こんなに娯楽が少ないと、どれもすぐに飽きてしまう。そこで、ルームメートは一日中プレイステーション2の通信対戦ゲームをすることに決めたそうだ。

僕としては、彼のように自暴自棄になるわけにもいかないものだから、どうしたらよいものかと途方に暮れながらも、毎晩のようにリビングでタイ人ルームメート達とビール片手にエイズの恐怖などについて語り合う日々を送っている。

今日は昼前に起きて、吉野家で昼食をとり、洗車場で洗車サービスを受けただけの一日だった。

2003年8月17日(日)

全米第2位の人口を抱える大都市、ロサンゼルス郡の郊外には数多くのアウトレットモールが点在している。そこではブランド商品が割安で売られており、週末になると多くの家族連れでごった返す。

今日、クラスメートたち6人(台湾人4、日本人2)は、再来週に帰国する台湾人の土産物を買うために、アルハンブラ市から東に約80キロのところにあるキャバゾン市のアウトレットモール「デザートヒルズプレミアムアウトレット」へと出かけた。

午後9時にサンマリノ市にある友人宅で待ち合わせた僕たちは、途中のマクドナルドでモーニングセットを調達し、何もない荒野を突き抜けるインターステート10号線をひたすら東へと走り続けた。

午前10時半には目的地に到着。視界に入った魅力的なアウトレットブティックに寄っては、次々と試着しながら回った。しかし、やはり Primm のアウトレットモールに比べるとかなり割高な印象だ。

先日、僕はお気に入りの靴を中華料理鍋の中に突っ込んでおシャカにしてしまったので、新たにサンダルのような革シューズを購入した。99ドルだった。

http://www.premiumoutlets.com/outlets/outlet.asp?id=6

2003年8月18日(月)

ホームステイに関するトラブルは想像以上に深刻のようだ。もちろんホストファミリーでの快適な生活を謳歌している学生もいるようだが、留学生活の基盤を他人に完全に依存しきっている以上、そこでトラブルが起こると厄介だ。しかも、この手の問題は、自分の能力や努力でなんとかできるような性格のものではないからたちが悪い。

僕の知る限りでは、これらのトラブルは一定のパターンに則って事態が進行していく。

  1. 当初、留学生はホストファミリーに親切にしてもらえ、快適な生活を送れるが
  2. ある日、留学生はホストファミリーに突然の要求を突きつけられ(日曜日の教会に一緒に行くこと、 門限までには帰宅することなど)
  3. 留学生の知らないところで、ホストファミリーが些細なことで語学学校に苦情を申し立て
  4. 突如として、ホームステイ先での留学生の待遇が悪くなる
  5. そのころになると、留学生の不満も限界に達し、語学学校にホストファミリーの交換を依頼するが、いまのホストファミリーからの苦情を理由に拒否される
  6. そして行く当てもなく途方に暮れる

ホームステイしている留学生の多くは、3 または 4 の段階でルームメイトを探し始めるようだ。しかし、アパートの保証金や生活必需品(ベッドなど)の購入などで出費がかさむものだから、ある程度まとまった資金がない実行に移すのは難しい。

今日は、6 の段階にさしかかっているほかの語学学校に通う留学生の一時的な居場所を確保するために、彼女の友人が滞在している僕の知らないタイ人達の共同住宅に行って、短期間彼女を受け入れてもらえるように頼み込んだ。相場よりも著しく高い家賃を要求されたが、こればかりは短期滞在のための割増費用として納得してもらうしかない。

ホームステイをして現地の生活に慣れるという考え方は、留学初期の段階では効果的かもしれないが、やはり気を合う友達を見つけ次第、すぐに独立してルームシェアを始めるのが理想だ。ホームステイとは、根本的に一軒家の空き部屋を間借りして生活するだけの「下宿」にすぎず、どうせホストファミリーとの親密な交流も期待できないのだから語学力を効果的に伸ばせるというわけでもない。3ヶ月を目処に脱出した方がよさそうだ。

そう考えれば、留学初日にホームステイ先を紹介してもらえなかったのは、案外、怪我の功名だったのかもしれない。

午前の授業のあと、同じ語学学校に通うタイ人の知り合いから日本語で解説されている TOEFL の参考書をいただいた。これで、明日からの TOEFL の勉強が捗るかもしれない。タイ語ができるおかげで、渡米以来、僕はいろいろな人から親切にしてもらえている。

今晩、帰宅したところタイ人ルームメートの友人達が遊びに来ていた。その中のひとりが、僕のタイ語能力を測るための単語クイズを出された。一番難しかったのは「謀反・反逆」の กบฏ(ガボット)

2003年8月19日(火)

どんな国にいても、公共サービスに過剰な期待をするは禁物だ。希に仕事熱心な公務員(一般行政職)もいるが、それでもダメ職員の多さには本当に驚かされる。

タイの行政サービスもひどいものだったが、どうやらアメリカの公務員もタイの公務員と大差ないようだ。彼らの仕事は遅いだけでなく、自分の仕事すら正確に理解しておらず、信じられないようなミスを連発する。

今日はカリフォルニア州が発行する運転免許証を取得するために、モンテベロ市の DMV (Depertment of Motor vehicles : 運輸局) に筆記試験を受けに行ったところ、まったくひどい目にあった。

運輸局職員の言い分は次の通り。

「なんで社会保障番号(Social Security Number)の欄を記入してないの? 番号を持ってないんなら、社会保障事務所(Social Securilty Office)で証明書をもらってこなくちゃダメじゃないの。列にいるみなさ~~ん、みなさんはちゃんと社会保障番号を持っていますよね~~?」

まったく、信じられないくらいイヤミな中年職員だった。しかも、僕のせいではなく、彼女の業務知識の欠落のせいなのだからまったく開いた口がふさがらない。

2ヶ月ほど前に友人の付き合いで行った社会保障事務所の職員の話がある。

「留学生を対象とした社会保障番号に代わる書類は、関連制度の廃止に伴って廃止された。運転免許証は現在、社会保障番号やそれに代わる書類なしで取得できる」

つまり、この運輸局の職員は、規則が変更されたのを知らないのだろう。もちろん、その職員に社会保障事務所の見解を伝えたが、まったく取り合ってもらえなかった。

行政サービスに標準的なサービスを期待するのは禁物だ。日本の公務員もとかく批判にさらされがちだが、他国のそれに比べればまだまだ可愛らしいものだ。

やり場のない怒りに耐えかねて、僕は友人が用意してくれた無料航空券で深夜便に乗ってラスベガスへと飛んだ。明日からの3日間、僕は学校を無断欠席する。

2003年8月20日(水)

「賢い者ほど得をする」

意外に些細なことだと軽視されがちだが、ここラスベガスではそれが真理であると断言できる。

多くの企業が営業戦略の一環としてさまざまなプロモーションを打ち出している以上、消費者としては利用しない手はない。逆に、これを知らずにいると、必要以上の出費を強いられることになる。

ラスベガスのカジノホテルでは、ネバダ州立ビジネスセンターで配布されている無料カジノ誌のほか、定期購読のカジノ専門誌についてくるクーポンを使うことで、プロモーションの恩恵を受けることができる。

これらのクーポンには、夕食バフェイ(ビュッフェ)無料券、夕食バフェイ半額券、10ドルの掛け金を15ドルとして見なす券、ブラックジャック5ドル分無料券などがあり、これらを有効に利用することで、ラスベガス滞在中の出費を大幅に節約できる。

今日は Jean の街にあるカジノ○○で「ブラックジャック5ドル無料」というクーポンを利用して、5ドルを手に入れた。また、「10ドルの掛け金を15ドルと見なす」クーポンを利用して、15ドル手に入れた。ストリップ地区にある○○ホテルで、ディナーバフェイ(14.99ドル)を「ひとり分の料金でふたりまで食べられる」というクーポンを利用して、ひとりあたり7.49ドル+税+チップで済ませた。

知らず知らずのうちに予想以上の出費をしてしまうここラスベガスで、これらのクーポン券は本当に重宝する。

2003年8月21日(木)

なにもストリップやダウンタウンLVだけがカジノ街というわけではない。ネバダ州では(あるひとつの街を除く)全域でカジノを経営することが認められていることもあって、州内のちょっとした街に行けばどこでもカジノを楽しめる。まるで、駅前のパチンコ屋さながらの手軽さだ。

しかしながら、観光地から遠く離れたカジノの経営は困難に直面しているという。なにしろ、金を無尽蔵に使うような観光客が集まるストリップ地区などの観光地とは異なり、地元民向けカジノでは客単価が圧倒的に低いうえに、その他のサービスからの利益も期待できない。

そこで、郊外にあるカジノホテルでは、観光客や街を通過する人々を誘致するためのさまざまな戦略が立てられている。僕たちが身近に映るのは彼らが提供する格安の料理メニューではないだろうか。なにしろ、ここラスベガスで最も家計の負担になるのが滞在中の食費なのだから、こうしたプロモーションを利用しない手はない。こうしたカジノホテルでは朝食セット(パン、スクランブルエッグ、ハッシュブラウン)が0.99ドルで提供されていたり、6オンスステーキハンバーガーが1.99ドルだったりと格安で提供されている。目の前を通る車をカジノに引き込んで、食事のついでにプレイをさせてしまおうという戦略のようだ。

このような郊外カジノ巡りで食費をタダ同然に済ませ、余った金で土産物を買って帰るというラスベガス旅行もお勧めだ。

なお、Primmにあるファッションアウトレットでは、 AAA 全米自動車協会(日本のJAFに相当)の会員証を提示することで、割引クーポンを無料で入手できる。今回、僕は Banana Repablic でこれを利用して「75ドル以上購入した場合に15%」という割引を受けた。

今日の出費は、ファッションアウトレットでの124ドルのほか、昼食は雑誌付録の無料クーポンを利用して無料、夕食は0.99ドル+チップ、宿泊費は8ドルだった。

2003年8月22日(金)

一方で、観光客の誘致にすでに成功しているストリップ地区のホテルでは、それほど魅力的なプロモーションはないようだ。どうやら、カジノ収入以外にも、観光客向けの割高なレストランでの利益もかなり見込んでいるのだろう。夕食バフェイの相場は13ドルから25ドル程度。しかも食べ放題とはいえ、料理の質が特に良いわけでもないのだから、客はただ太るだけの特に美味くもない飯のために普段異常の出費を強いられる。

そんなストリップ地区にも、魅力的な昼食提供サービスをしているカジノホテルがひとつだけある。ウエストワード・ホーホテルだ。ここでは、超巨大ホットドッグ(太さ4センチ、長さ30センチくらい)がたったの1.75ドル提供されている。さらに60セント出せば、チーズやTACOソースのトッピングが選べる。午後1時から3時までの時間帯には、21歳以上の入場者向けにアイスクリームが無料で振る舞われている。

それにしても、あのホットドッグ、気が狂ったかようなデカさだった。

2003年8月23日(土)

アメリカにおける鉄道網は日本よりも貧弱で、地方都市が広範に分散している中西部では陸路が貨物輸送の生命線となる。

しかし、長大な道路網を保守管理するのはそう簡単ではない。都市間を結ぶ道路上に必ずしも住宅地があるわけではなく、道路工事に従事する作業員達も何十マイルも離れた都市から現場に向かわなくてはならない。しかも、車線をひとつ増やすだけでも、ものすごい長さの区間を工事しなくてはならない。

そこで、必然的に「工事中区間」が想像を絶するほどの長さになる。

「ここから25マイル先、道路拡幅工事中」

今日はカリフォルニア・ネバダ州境から、普段とは違う交通量の少ない一般道を使ってラスベガスまで戻ろうとしたところ、謎の大渋滞に出くわしてしまった。この渋滞は工事中の反対車線が通行可能になった約2時間後に解消した。現場を通過したときに本来の走行車線を見たところ、大型トレーラーとRV車が正面衝突しており、この2台が道路を完全にふさいでしまっていたようだ(もちろん RV 車は大破。乗員も全員死亡だろう)。

交通量の少ない田舎道では、安全な運転を特に心がけなくてはならない。

今晩(翌24日未明)、僕たちは州間高速道路インターステートでロサンゼルスに戻った。

2003年8月24日(日)

米国における合法カジノ発祥の地はネバダ州ラスベガスだが、今日ではほとんどすべての州でカジノ設立が認められている。ところが、ここカリフォルニア州は米国でも数少ないカジノ非公認州で、連邦法で州を問わずカジノの設立が認められている原住民居留地を除く全域で、カジノ経営が禁止されている。

ところが、ロサンゼルス郡の郊外に行くと「カジノ」を名乗る施設がたくさんある。その多くは州間高速道路インターステート沿いにあり、カジノの本場さながらの派手な看板で、その存在をアピールしている。

これらの施設がカジノと呼ぶにふさわしいかどうかという点でかなりの疑問が残るものの、それでもカリフォルニア州法には適合しているそうだ。なぜなら、カリフォルニア州法が禁じているのは「カジノ施設 vs カジノ客」の賭博であって、賭博行為のすべてが禁じられているわけではないからだ。

そこで、カリフォルニア州内のカジノは苦肉の策として、「カジノ施設 vs カジノ客」ではなく、「カジノ客 vs カジノ客」という構図の新しいカジノを開発した。この方法であれば、カジノ施設は州法に違反することなく賭場を開帳でき、カジノ客もわざわざネバダ州まで行かなくてもカジノを楽しむことができる。

しかし、世の中そうは甘くない。このルールはカジノ客にとって著しく不利で、通常98%あるブラックジャックのペイアウト(払い戻し)率も、日本の公営ギャンブル並みの78%にまで低下する(留学生日記2003年7月1日「カジノめぐり参照」参照)。

ここでのブラックジャックのルールは次のとおり。

まず、カジノ施設の従業員であるディーラーは、州法によりゲームに参加できないため、カードを配り、客の勝敗に応じてテーブル上の掛け金を分配するだけの役割を担う。

つぎに、ディーラー(親)がいなくてはブラックジャックがゲームとして成り立たなくなってしまうから、客のひとりがディーラーの役割を担う。

ところが、これではカジノ施設側が適正な利益を確保できないことから、客から1ゲーム毎に遊戯料を徴収する。「コマースカジノ」での遊戯料は、ディーラー役が1ゲームあたり2ドル、その他の参加者が1ドルだった。つまり、5ドルかけた場合、その2割にあたる1ドルが消耗してしまう。これでは、まったく話にもならない。カジノ施設に布施をくれてやるために遊びに行くようなものだ。

もちろん、僕と友人はこんな不利な賭けをして金をドブに捨てるようなことは避けたかったから、他人が賭けるのを見てすぐに帰宅した。

ちなみに、客のほとんどは賭け事が大好きな中国人だった。施設の内装も中国人好みの設計で、ラスベガスの華麗さとは似ても似つかないものだった。また、スロットマシーンが設置されていないこともあって、チップの音だけが鳴り響くリゾート気分とは全く無縁な空間だった。

2003年8月25日(月)

昨夕、家電量販店でブラウン管テレビを購入した。せっかくアメリカに来たのだから、広く普及しているケーブルテレビを契約してテレビライフを満喫しようとも考えたが、いつタイに戻るかも分からない身の上なので、今回は地上波だけで我慢することにした。

ところが意外なこと、仮設アンテナを取り付けてテレビの電源を入れてみたところ、なんと15チャンネル以上もあり、しかも日本の時代劇「大奥」が英語字幕なしで日本語で放映されていたものだから驚いた。

ちなみに、家電量販店で売られているテレビのほとんどには文字放送チューナーが標準で装備されている。また、ほとんどの番組で無料の文字放送サービスが提供されているため、語学学習の教材としては強力な威力を発揮しそうだ。

2003年8月26日(火)

またしても駐車違反切符を切られてしまった。今回は夜間の無許可駐車ではなく、指定道路清掃時間内駐車だった。違反金は22ドル。清掃時間は午前8時から午後11時半まで。午前8時半にクルマに乗ろうとしたところ、例の違反切符がワイパーに挟まっていた。

2003年8月27日(水)

ここ2日ほど、軽い精神的ストレスを感じるだけで、汗が滝のように噴出してしまうという症状が続いている。自律神経失調症の典型的な症状だ。自分の精神力の弱さに我ながら驚いている。

僕が入学を目指しているタイ国立ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学大学院修士課程の出願期限まで残り2ヶ月。英語検定 TOEFL(トーフル) の得点は、いまだ出願に必要な基準を満たしてない。

2003年8月28日(木)

食べ放題のバフェイ(ビュッフェ)の店といえば、これまでラスベガスとばかり思っていたが、いろいろ探してみると近所にも案外たくさんあることに気付く。値段はラスベガスと同じか若干安い程度。アメリカは肥満への誘惑でいっぱいだ。

今日、集中英語コース・レベル4のクラスメイトたちと、サンゲーブル市にあるチェーン店「ホームメイドバフェイ」へと出かけた。料金はランチで7ドル弱。カニなどの高級食材が並んでいるわけではないが、それでも多彩なアメリカ料理を十分に楽しむことができた。これでこの値段なら文句は言えない。

また、中国人街には中華料理のバフェイもたくさんある。

2003年8月29日(金)

アメリカ人は、どうも日本文化全般を誤解しているようだ。なにしろ、寿司の本道から大きく外れた「カリフォルニア巻き」まで創作してしまうのだから。米のまわりに海苔を巻けば寿司になるとでも思っているのだろうか。

そんな彼らが握る寿司だ。どうせまともであるはずがない。

しかし、彼らの巻き寿司もなかなか侮れない。日本の寿司とは口が裂けても言えないくらい変わり果てた姿になっているが、それでも美味しいかと聞かれたら、僕は美味しいと答えるだろう。しかも、日本では全く知られていないカリフォルニア巻きのようなものが何種類もある。たとえばスペイン巻きとか。

今日は毎週金曜日恒例のホームパーティーの日。そして、今日のご馳走は寿司だ! 日本で寿司を握っていたという友人が13人分もの寿司を振舞ってくれ、久々に美味しいといえる本物の日本にありつけた。

それにしても、ここロサンゼルス近郊にある寿司バーは、どこも暴利を貪っているとしか思えないような強気の価格設定をしている。マクロの握り2つで5.99ドル(約600円)。鮮魚の値段が日本より割高なのは仕方ないとしても、それでもこの値段はあまりにも高すぎる。それで寿司のクオリティーが回転寿司以下なのだから、寿司バーに行くたびに「もう二度と来るもんか!」と心に誓っている。

2003年8月30日(土)

「おーい! まだ残り4分もあるじゃないか! おまえが州法を根拠にアルコール類の販売ができないというのなら、標準時を基準にして判断すべきだ!」

大手スーパー「ラルフス」アルハンブラ店、午前1時56分。僕の前でビール片手にレジに並んでいたヒスパニック系女性が店員に猛然と抗議した。店員もそれに反論する。

「いや、ダメだ。俺の時計もレジの時計も、もうすでに2時を回っている。絶対に売れない」

僕の腕時計も午前1時56分を指している。どうやらヒスパニック女性の方が正しそうだ。しかし、スーパーの店員はアルコール類の販売を敢然と拒否。こうして、僕の「お買い物」の任務も、ものの見事に失敗した。

ここカリフォルニア州には、午前2時以降のアルコール類販売を規制する州法がある。友人の話では、ビンを紙袋に入れたり、酒を清涼飲料水のペットボトルに移し替えるなどして販売を続けるコンビニエンスストアもあるそうだが、原則として午前2時以降にアルコール類を手に入れることは極めて困難だ。この時間にはアルコール類を提供している飲食店(クラブやバーなど)の営業も終了する。

仕方なく、僕は手ぶらのまま共同住宅前の車道にクルマを止めたところ、偶然、近所に住むタイ人の高級車が通りかかった。事情を話したところ、その友人の彼女の家にあるビールを分けてくれるという。こうして、僕はその友人宅で午前5時までハイネケンビールを飲み続けることになった。

ところで、人間関係の危機というものは、ある日突然やってくる。語学学校での親しい友人が2人も帰国することになったのだ。このままでは、質・量ともに僕のロサンゼルスにおける人間関係が一気に貧弱なものになってしまう。

今晩、僕と日本人クラスメイトの3人で台湾人クラスメイトを空港まで見送りに行った。僕たちは台湾式の挨拶して別れた。

もし、これでタイ人達を主体とした別系統の友人関係網がなかったら、僕はいよいよ目も当てられないような事態に直面していただろう。去年一年間に学んだタイ語は、今回のロサンゼルス滞在中のあらゆる局面において極めて重要なセーフガードの役割を果たしている。特技は身を助けるといったところだろうか。

2003年8月31日(日)

昼過ぎに二日酔い気味で起床する。吉野家で遅めの昼食をとり、明日から僕たちの共同住宅に引っ越してくるというタイ人とビールを買いに行って、深夜まで中国格闘ドラマを見てから就寝。