ヒンズー教徒と牛肉

「あのオンナは絶対に許さない! わたしに危害を加えようという意図が明白だった。ああ、できることなら食べたものを今すぐ吐き出してしまいたい!!」

タイで第二の規模を誇る日本人街を形成しているチョンブリー県スィーラーチャーからバンコクへ戻る途中の乗合バン(ロットゥー)の車中でヒンズー教を信仰しているタイ人従業員がひとり憤慨していた。ヒンズー教では牛肉を食べることが禁じられているが、その牛肉がこの従業員の食べたカレーに入っていたという。

「食べる前にちゃんと『何が入っているか』店員に聞いたのよ! でも牛肉が入ってるなんて一言も言ってなかったじゃない!」

乗合バンを運転しながら話を黙って聞き続けた。

「知っているでしょう? わたしたちが崇拝している最高神のシヴァ神が・・・・・・(以下略)」

そんなことを説明されてもますます混乱するばかりで何の解決にもならない。延々と続いたこの従業員の説明を簡単にまとめると、①ヒンズー教徒のあいだでは誰かを呪うときにその人物に見立てて牛を殺して内臓をえぐり出す。②そうすることでその人物の内臓にも異変が生じて上手くいけば殺すことができるという。

「わたしは悪意を持っている人たちから何度も呪いをかけられてきた。だからありとあらゆる災いから免れられるためにこれまで功徳を積んできたのに、あの店員にハメられたせいでまた悪行が増えてしまった。わたしはただただ災いから免れたいだけなのに・・・・・・」

タイ人の95%はバラモン教(プラーム)と精霊信仰(サイヤサート)の影響を強く受けているタイ独自の南方上座部仏教を信仰している。だからこのヒンズー教徒の話は南方上座部仏教を信仰しているほかの従業員たちには理解できない。そのためこの従業員が20分間も続けたヒンズー教の教義に関する話を僕たちは黙って聞くよりほかになかった。

この従業員が話していた「日本料理屋の店員による悪意」については最後までよく分からなかった。店員が一目でこの従業員をヒンズー教徒と見抜いて罠にハメたのか、それとも単なるミスだったのか。

しかし1月末にカンボジア国内で発生したタイ大使館焼き討ちの影響でタイ人のヒンズー教徒に対する感情が悪化しているのは否定できない。この従業員のクメール系の顔を見た店員が強い嫌悪感を覚えて何か悪いことを考えたとしても不思議ではない。

以前、マクドナルドでアルバイトをしたことがあるエーンの話。

「実際にヒンズー教徒が『ハンバーガーに牛肉が入っているとは聞いてなかった』と抗議してくるケースはよくあるのよ。だから牛肉が入っているメニューを注文されたときには相手が誰であろうと必ず『このセットには牛肉が含まれていますがよろしいでしょうか』と確認する決まりになっているの」

なるほど。過去に何度かそういった確認をされたことがある。どうしてそんな当然のことを聞いてくるのか不思議でたまらなかったけど、その背景にこんな宗教上の配慮があったとは思いもよらなかった。

きょうはパッタヤー海岸の沖に浮かんでいるラーン島で海水浴と水上パラセイリングを堪能した。島から海岸へ戻る船で集合時間に10秒遅れて来た韓国人男性を見捨てて出航してしまうという事件があった。タイ人の船頭に友人が「どうして10秒も待ってあげられなかったのか」と聞いたところ、こんな返事が返ってきた。

「イイんだよ。だって韓国人って無作法でムカつくじゃん? ザマアミロだ」

韓国人はパッタヤーのタイ人からひどく嫌われている。以前、僕自身も韓国人と間違われて危うくひどい仕打ちを受けるところだった。そのときは自分が日本人であることを必死に説明してギリギリのところで難を逃れた。

どこへ行っても「鼻つまみ者」というものは常に存在する。

バンコクに戻ってきてから友人たちとタニヤ通りにあるいつものカラオケスナックへ行ってウイスキーを飲んで長距離ドライブの疲れを癒した。

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ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。