2003年1月1日(水)

タイの正月休みは短い。

タイの正月休みは、大晦日と元日の2日しかない。ペッブリー(ペチャブリ)18にあるアパート前のクリーニング屋には、「12月29日から1月1日まで休業します。2日から通常通り営業します」と張り出されている。ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)の授業も、1月2日から通常通り行われる。

バンコク都内では12月上旬から、 Merry Cristmas and Happy New Year の飾り付けが至る所でみられるようになり、お祭りムード一色になる。この飾り付けは、規模の違いこそあれ、大型百貨店にもトゥックテオ(4層長屋)にもある。この分離不可能なフレーズにタイ人の正月観が表れているように、バンコクで日本のような情緒ある正月を迎えるのは難しい。

タイの大学生たちは、この時期に長期の休暇を楽しむことはできないが、タイ正月(テートサガーン・ソングラーン)(4月13-15日)には、大学が1週間まるまる休講になる。

夜、高架電車 BTS ラーチャテーウィー駅前にあるパブで、日本から旅行に来ている友人とハードロックを4時間に渡って聴き続けた。

2003年1月2日(木)

一説によると、ヂュラー(チュラ)大生はヂュラー(チュラ)大生としか連めないという。

夜、高架電車 BTS アソーク駅前のホテル「ウエスティングランデスクンウィット(スクンビット)」8階にある日本料理店「吉左右」で、エーン、日本人の友人、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学文学部の学生と、おせち料理パーティーを開いた。4人で3,000バーツだった。

エーンは、タイの最高学府ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)を明らかに敵視している。どの大学にも入れるだけの学力があるにもかかわらず、この大学の校風を嫌って、ライバル関係にあるタンマサート(タマサート)大学で一番難易度の高いマスコミ学部(ワーラサーンサートレスーサーンムアングチョン)学部に入学したほどの、筋金入りのヂュラー(チュラロンコーン大学)嫌いだ。

解散後すぐに、エーンはこの学生に対する不満を爆発させた。曰く、「あの学生のタイ語の使い方が気に食わない。論法が気に食わない。一般からかけ離れた価値観を持ち、エリート主義を振りかざしている」などなど、とどまることを知らない。

先日、エーンの言葉を裏付けるような事件があった。その友人も交えて日本人男性(21歳)と酒を飲んだときに、日本人男性が เธอ(トァー) という二人称を使って呼んだことをに憤慨して、帰宅途中に「明らかに相手を見下した表現だ。学識のある相手に対して失礼極まりない」とキレまくっていた。ところが、エーンによると、ニュートラルな二人称で、特に相手が年下ならまったく問題にならないという。

この学生は、相手の言葉使いに不満を漏らすことが多い。噂どおりのエリート主義者なのか、それとも単に自己中なだけなのか。

「日本の正月料理『おせち』がも可愛らしくて興味深かったから耐えられたけど、これが普通の寿司とかだったら、絶対にその場でどついてたと思う」

それとも、単にエーンが僕の女友達すべてを敬遠しているだけなのか。

2003年1月3日(金)

ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)も残りわずか。

きょう提出の宿題は、1週間後の修了証書授与式で、王族の文学部長と講座主任教官(副学部長)を前にして行う、演説の草稿だった。

演説の草稿

กราบสวัสดีท่านคณบดี ท่านรองคณะบดี และอาจารย์คณะอักษรศาสตร์ที่เคารพทุกท่าน ในวันนี้ ข้าพเจ้านาย เคอิชิ นักเรียนในโครงการอบรมภาษาไทยสำหรับชาวต่างชาติ ได้ศึกษาวิชาภาษาไทยสำหรับชาวต่างชาติจบหลักสูตรเป็นที่เรียบร้อยแล้ว ซึ่งเป็นวันแห่งความสำเร็จวันหนึ่งในชีวิตของข้าพเจ้า ที่มีโอกาสได้จบการศึกษาจากจุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัยอันทรงเกียรติแห่งนี้
敬愛する学部長様、副学部長様、そして文学部の諸先生方に、ひれ伏してご挨拶申し上げます。わたくし、外国人のためのタイ語訓練プログラム学生でありますケイイチは本日、外国人向けのタイ語教育課程を修了いたしました。この名誉あるチュラロンコーン大学においてタイ語を学び修了したことは、私の人生における栄誉でもあります。

นอกจากนี้ วิชาความรู้ทางด้านภาษาไทยที่ข้าพเจ้าได้รับจากคณาจารย์ ยังเป็นประโยชน์ต่อข้าพเจ้า ทั้งในด้านการดำรงชีวิตอยู่ในสังคมไทย ทำให้ข้าพเจ้าเข้าใจวิถีชีวิต วัฒนธรรม ประเพณี และสังคมของคนไทยได้ง่ายขึ้น ซึ่งจะเป็นประโยชน์อย่างมากในการเรียนต่อในประเทศไทยในระดับที่สูงขึ้นไปในอนาคต รวมทั้งช่วยเพิ่มโอกาสในการทำงานมากยิ่งขึ้น
また、わたくしが先生方から習得しましたタイ語の知識は、タイで生活していくうえでタイ人の文化、風習、社会などへの理解の一助となっただけでなく、将来におけるより高度なタイ研究と就業の機会に大いなる利益をもたらすものです。

แต่วันแห่งความภาคภูมิใจนี้ คงไม่สามารถเกิดขึ้นได้ หากไม่มีอาจารย์หลาย ๆ ท่านที่คอยมอบความรู้ให้กับข้าพเจ้าอย่างเต็มที่ตลอด 12 เดือนที่ผ่านมา ผู้ที่คอยปรับปรุงและชี้แนะการใช้ภาษาไทยของข้าพเจ้าอย่างสม่ำเสมอจนสามารถพัฒนาทักษะทางด้านภาษาไทยขึ้นมาจนถึงระดับนี้ได้
しかし、この誇らしい日を迎えましたことは、わたくしにいつも最善を尽くし親切に指導してくださった多くの先生方なしにはあり得なかったことでしょう。12ヶ月間に渡り、懇切丁寧なご指導のおがげをもちまして、ついにこのレベルに到達することができました。

สุดท้ายนี้ ข้าพเจ้าขอขอบพระคุณท่านคณาจารย์ทุกท่านที่เมตตาให้ความรู้ ขอบพระคุณทุก ๆ ท่านที่มีส่วนร่วมในการริเริ่มโครงการภาษาไทยสำหรับชาวต่างชาตินี้ และขอบพระคุณทุก ๆ ท่านที่ช่วยให้โครงการนี้ดำเนินต่อเนื่องมาจนปัจจุบัน ประกาศนียบัตรที่ข้าพเจ้าได้รับในวันนี้ ไม่เพียงแต่บ่งบอกถึงความสามารถของข้าพเจ้าเท่านั้น แต่ยังเป็นสิ่งที่ประกาศถึงความสำเร็จของจุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัยแห่งนี้ ที่สามารถสร้างบุคลากรที่มีความรู้ความสามารถขึ้นมาได้อีกหนึ่งคน ข้าพเจ้าหวังเป็นอย่างยิ่งว่า โครงการนี้จะดำเนินต่อเนื่องตลอดไป เพื่อให้มีคนอีกมากมายได้ขึ้นมายืนอยู่จุดเดียวกันกับที่ข้าพเจ้าได้ยืนอยู่ในวันนี้ ในวันที่น่าภาคภูมิใจเป็นอย่างยิ่ง
最後に、慈悲深く導いてくださいました諸先生方に御礼申し上げますとともに、この外国人向けタイ語プロジェクトを創設されたのに関わった皆様、こんにちまでこのプロジェクトの運営に関わって来られました皆様に御礼申し上げます。本日わたくしがいただきました修了証は、私の能力を証明するだけでなく、ひとりの人間の能力を引き上げたヂュラーロンゴーン大学の成功を広く知らしめるものでもあります。わたくしは、わたくしと目的を等しくするより多くの人々のためにも、このプロジェクトが永遠に継続されますよう強く希望します。今日のこの日を大変栄誉に思っております。

タイ語講師の感想。

「あっはっは、ちょっと大げさなんじゃない? あなた達はもう大人なんだし、しかも外国人なんだから、タイ人高校生みたいにへりくだる必要なんてないわ。 『ひれ伏してご挨拶申し上げます』はオーバーすぎ。あなた達は225,000バーツも払ってきたんだから、ご恩もクソもあったもんじゃないわ」

確かにおっしゃるとおり。

今晩、外国人旅行者向けの夜の歓楽街「パットポング(パッポン)」にある日系ステーキ屋「みずキッチン」で、格安ステーキ(パン・サラダ・ドリンク・お雑煮つきで220バーツ)を食べ、日本人向けの夜の歓楽街「タニヤ」にあるカラオケスナックに行った。

カラオケスナックとは本来、ホステスの女の子たちとイチャつくために存在しているが、僕たちは日本人店主と愉快な仲間たちと語り合うために通っている。料金は、時間無制限・飲み放題で、ひとり750バーツ(友情価格)。

閉店後、スクンウィット(スクンビット)6にあるコンドミニアムで、日本人店主と午前5時まで語り合った。

今月10日から、この日本人店主にタイ語家庭教師として雇われることになった(時給500バーツ)。

2003年1月4日(土)

この年末年始だけで、3度目のタニヤ・カラオケスナックの夜。

自分では、居酒屋の常連入りをしたようなものとしか思っていないが、まるで不良留学生になってしまったかのようだ。もちろん、店内の娼婦たちとイチャつくこともない。

午後6時にカラオケスナック「ゆかり」に入店し、ボトルキープ可能なウイスキー「シーバスリーガル」を購入。午前2時まで居座って15曲歌った。料金は、①ウイスキー代1,500バーツ、②席代750バーツ(時間無制限)、③ソーダ代50バーツ、④カラオケ代300バーツの合計2,600バーツだった。

常連たちで賑わう和気藹々とした雰囲気の店で、けっこう気に入っている。普通なら男性客の隣に密着して座るはずのホステスたちも、まるで常連客の一人のように振る舞っている。

仕送り前で手持ちが心許なかったため、今晩の飲み代はすべて「ツケ」にしてもらった。こんなに安くて、しかもツケまで認めてくれる店が、ほかにこのタニヤであるだろうか。

2003年1月5日(日)

家計が破綻した。

バンコク銀行(グルングテープ銀行)の普通預金口座残高は、わずか694バーツ(約2,400円)しかない。いくら物価が安い発展途上国の首都バンコクでも、これっぽっちの金では、健康で文化的な最低限度の生活すらを送れない。

アパートの家賃11,000バーツ(電力・水道料金を含む)を、明日の支払期限までに支払うのはまず不可能。携帯電話通信会社 AIS からも、「未払いの通話料金(約2,200バーツ)を7日までに支払わなければサービスを停止する」と電話で督促されているが、これにもまったく目処が立たない。

現在の1日あたり予算は、約500バーツ(家賃、教育費を除く)。

当初、年末に入金されるだった75,288バーツ(2月末までの生活費)は、銀行の年末年始休業の影響で大幅に遅れ、1月9日にずれ込む見込み。

2003年1月6日(月)

来週にはプーになる。

当初、2002年1月2日から2003年1月10日までの374日間(休日を含む)の日程で、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)でタイ語を学ぶ計画を立てていたが、それもとうとう今週で終わる。修了後は大学院へ進学するつもりだが、もしムリなら1年間の期限付きでアメリカへ語学留学に行くつもり。「バンコク留学生日記」の最終回もそろそろかもしれない。

これまであまり気にしてこなかった「プー太郎」という言葉も、いざ自分のものになると思うと、可愛らしい響きのように聞こえてくるから不思議でならない。

夜、ラームカムヘーング(ラムカムヘン)43にある美容室 August でストレートパーマをかけてから、高架電車 BTS プローンポング(プロンポン)駅前の日本料理屋「新潟」で夕食をとり、午後11時に帰宅した。

2003年1月7日(火)

「日本を例に、グローバル化による経済的・社会的な影響を分析し、グルングテープトゥラギット(クルンテープトゥラキット)紙(経済紙)調の文体で、その対策を論じなさい」

これが、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)、最終課題。不合格になると、修了認定を受けられない。

帰宅後、ペッブリー(ペチャブリー, ペブリ)18にあるアパート Venezia Residence(ヴェネチアレジデンス) 644号室の自室で、日本の失業率と自殺者数の推移に関する情報を収集していたところ、エーンとダンスサークルの友人(オカマ)がやってきた。午後11時現在、ふたりは部屋の中央部で大音量とともにダンスを踊っている。

こんな環境で、どうやってコラムを書けばいいんだ!! こっちは、経済問題に無関心な人だったら日本語でも書けないような小論文を、しかもタイ語で書かなければならないんだ!!

内的要因だけでなく、外的要因も試練のひとつなのかもしれない。いや、外的要因そのものが試練であるに違いない!

2003年1月8日(水)

「もう、日本人が嫌いになってしまいそう」

放課後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラ論コーン大学)文学部のボーローンマラーチャグンマーリー館前にあるベンチで、顔見知りの日本語学科の学生が俯いて、たどたどしい日本語で語った。

この学生は、日本語を話す機会を少しでも増やすために、ひとりでも多くの多くの日本人と友達になろうと、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。ところが今、バンコク在住の日本人なら誰でも想像できるような「ありがちな問題」に直面して苦悶している。

「ありがちな問題」とは、在外日本人社会に共通する問題にほかならない。

タイの女子学生たちは、バンコク在住日本人による強引な性的アプローチに日々悩まされている。もう、文化や価値観の違いどころの話じゃない。

バンコク在住の一部も日本人男性たちは、まっとうな生活をしている女子大学生たちを、まるで街娼(売春婦)のように値踏みし、娼婦(売春婦)を1,500バーツ出して買うかのような感覚で傍若無人ななアプローチを仕掛けているという。

こうした背景には、平均的なバンコク在住日本人と、タイ人女性との特殊な人間関係がある。(世間一般のタイ人ではなく)娼婦ばかりと関わっており、しかも会話の内容が「娼婦の教育レベルでも十分対処できるレベルの内容」に限られているため、タイ人女性を簡単にゲットできると思い込んでいる日本人も少なくない。しかも、その思い込みがさらに激しくなると、タイ人女性全員が本当に娼婦に見えてくるというのだから、まったく目も当てられない。娼婦としか恋愛をしたことがないとあれば同情してやっても良いが、外国人に「キミいくら?」と聞かれて街中で泣き崩れる女子大学生を見ていると、ホントウにいたたまれない気持ちになる。

タイ人大学生は、子供らしく振舞うように訓練されているため、外国人の傍若無人ぶりには強烈なショックを受ける。そして、ある学生は日本人は狂っているという結論にたどり着き、すべての日本人との関係を絶つ決意する。

バンコク在住日本人のひとりとして、他人から蔑まれることのない振る舞いを心がけたい。

ところで、先日来の家計難が限界に達し、ついに首が回らなくなった。財布には現金3バーツ、銀行口座には194バーツしか残っていない。高架電車 BTS に乗ろうとしたが、5バーツ足りなかったため、やむなく友人から借りた。

2003年1月9日(木)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)の最終試験。

集中タイ語講座(インテンシブタイ)の試験は、おおむね6週間に1回の割合で実施され、不合格になった学生はコースから追い出される。今回は、そのテストの9回目。出題内容は、小説読解、テレビショッピングのリスニング、ダム建設や経済学を扱ったコラムの読解と意見論述。

先日来の懸案となっていた送金遅滞問題は解決した。試験終了後、クラスメイトとパッポン通りへビリヤードに出かけたついでに ATM を確認したところ、無事74,188バーツが入金されていた。クラスメイトから食べきれないほど大量の焼肉をごちそうになった。

2003年1月10日(金)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)の最終日。

午前10時、文学部本館にある学部長室で、副学部長から修了証を受け取った。ところが、修了証に誤植があったそうで、受け取った直後に没収(?)されてしまった。来週、改めて交付されるという。

その後、文学部ボーローンマラーチャグンマーリー館(ボロムラチャクマリー館)14階にあるいつもの教室で、昨日の試験問題の解説を受け、これまでの復習をして、午前3時に解散した。窓のない狭苦しい教室だったが、もう二度と来ないかと思うと、とてもシンミリとした気持ちになる。

夜、アーリー3にある高級タイ料理店「ラーンモム」で、修了記念パーティーが催された。参加者は、元クラスメイトを含む学生4人と講師5人(+講師の友人)の合計10人。いろいろな話をして3時間を過ごした。

ここのところ、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)がメジャーになったせいで、受講生が急増している。講師によると、文学部内での教室の奪い合いと講師不足で、これまでの教室定員10人というポリシーが守れなくなる恐れもあるという。1年前には初級コース9人(1教室)・上級コース5人(1教室)の合計14人(2教室)だったものが、いまでは初級コース20人(2教室)・上級コース15人(2教室)の合計35人(4教室)にまで膨れあがった。講師たちは、一人当たりの仕事量も2倍になったと不満を漏らしている。

その後、サートーン通り(サトーン通り)にある高級ホテル「バンヤントリー」の屋上で、元クラスメイトを含む日本人4人で、バンコクの夜景を眺めながらビール(一本230バーツ)を飲んだ。冬の屋上60階。スーツの上着を着ていたのに、吹き付ける風が妙に肌寒かった。

2003年1月11日(土)

午後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部4号館の3階で、文学部の学生たちと、タイ演劇を鑑賞した。入場料は、学部生が無料、部外者が200バーツ。

劇中のタイ語は問題なく理解できたが、日本でイヤというほど見せられてきた「つかこうへい演劇」系の展開には心底ゲンナリした。日本演劇を模倣して作ったんだろうか。あんな独特な作風が、外国の芸術人に受け入れられるとは、夢にも思わなかった。

夜、アーリー(アリー)3にあるタイ料理店「ラーンモム」で、求職中の日本人を日本人会社経営者に引き合わせ、タニヤ通りにあるカラオケスナック「ゆかり」で飲んだ。

2003年1月12日(日)

現在、プー太郎という身分で、バンコク生活を謳歌している。

午前10時から午後4時まで働いて、1,600バーツをゲット。夕方、現地採用の友人を訪ね、ゴルフクラブセット一式を借りた。

2003年1月13日(月)

こんなの、ゴルフコースを回ったとは言えない。むしろ、自然を堪能してきたと表現した方がシックリとくる。

午後3時半、タイ陸軍健康増進センター附属ゴルフ場に到着した。バンコク中心部から、ドーンムアング(ドンムアン)有料道路を北上し、空港手前のラームイントラー出口で降りて、ラックスィー(ラクシー)交差点からラームイントラー通りを1キロほど東へ行ったところにある。

料金は、グリーンフィー600バーツ、キャディーフィー180バーツだった。レンタル代は、ゴルフクラブ一式が500バーツ、ゴルフシューズが100バーツ。

1番ホールに到着した頃には、すでに陽が傾きかけていた。全員ゴルフ経験がなく、時間も全く読めなかったため、キャディーの勧めにしたがって、18コースすべて回るのをあきらめ、9コースだけ試してみることになった。コースをTシャツで回るのは禁じられているため、やむなく400バーツのポロシャツを購入。ゴルフクラブはバイト先の同僚から借りたものを使った。

スコアは、キャディーが途中でつけるのを止めてしまうしまうほど酷かった。1ホールあたり、良くて8打、18打のコースもあった。

日本料理店で夕食を食べて解散。

ศูนย์พัฒนากีฬากอล์ทัพบก (ศพก.ทบ.)
陸軍健康増進センター附属ゴルフ場

459 ถนนรามอินทรา แขวงอนุสาวรีย์ เขตบางเขน กรุงเทพฯ 10220
バンコク都バーングケーン区アヌサーワリー町ラームイントラー通り459番地
Tel : +66 (0) 2521 5338-39 Fax : +66 (0) 2521 3391

2003年1月14日(火)

バンコクには、「困ってしまった日本人」で溢れかえっている。

タイに関わったことのある日本人なら、誰でも一度は必ず遭遇する「困ってしまった」日本人。むしろ、「気が触れてしまった」日本人という表現のほうが正確か。

バンコクの日本人社会では、ふたつの人種が共存している。ひとつは、平均的日本人(またはそれ以上)の経済力があるまともな日本人。いつもニコニコ幸せそうにバンコク生活を満喫している。もうひとつは、タイ人もビックリの貧困にあえいでいる偏屈な日本人。実力の伴わない強烈な自尊心オーラを発散させ、謎の論理で自分の優位を主張している。

後者の異様さは、わざわざ直接会わなくても、インターネット上の匿名掲示板や一部のタイ関連ウェブサイトを見れば簡単に分かる。

今日は、バンコク留学以来、はじめてリアルの「困ってしまった日本人」に出会った。

午後、スクンウィット(スクンビット)6にある友人宅で、もう何年もタイに住んでおり、日本料理店を営んでいるという、ゲイの日本人男性を紹介された。

それは、まるでコンプレックスの塊だった。日本企業(日系企業ではない)に籍がないバンコク在住日本人の所得は、お世辞にも良いとはいえない。定職に就いていないバンコク在住日本人は、本当にビックリするほど貧しい生活を送っている。そんな劣等感の裏返しか、自らの実力を顧みることなく上位者たるを主張するために無茶な論理を振りかざし、そのたびに周囲からの怨嗟と失笑を買ってばかり。傍から見ているだけでいいなら、「お気の毒様」と同情してやってもいいが、そのトバッチリを自分が食らうとなると、心穏やかではいられない。

憤怒のあまり、午後3時半から友人宅で日本酒をカブ飲みし、各所を転々としながら、ビールやウイスキーなどを飲み歩いて、とにかく憂さ晴らしを続けた。午前2時には、見知らぬタイ人たちと飲んだこともない安ビール LEO を煽っていた。

「日本人にも本当に礼儀正しい出来た人間はいるけど、驚くほど珍妙な日本人ってのもたくさんいるよね? やっぱり、アレは、日本人から見ても異様に映るのかしら?」

当然じゃないか。ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)の修了証は、学士号に比べたら遙かに格下だし、とてもではないが高学歴であることを主張できるようなもんじゃない。なのに、東大生を目の敵にするように接しられたら、こっちだって当惑する。

2003年1月15日(水)

午前6時、スクンウィット(スクンビット)6にあるカラオケスナック「ゆかり」の日本人オーナー宅で、店の常連6人と合流し、チャーターした乗り合いバン(ロットゥー)でゴルフ場「ビンテージクラブ」へ行った。

はじめての18H。スコアは、テレビゲームなら途中でリセットボタンを押しているであろう、98オーバーの170。紛失球4、隣のホールに迷い込んだ球1。

料金は、グリーンフィー700バーツ、キャディフィー200バーツの合計900バーツだった。ほかに、キャディーへのチップが200バーツ、チャーターした乗り合いバン(ロットゥー)代がひとり400バーツかかっている。ロッカールームのアメニティーがとても充実していのには驚いた。

バンコクにいると、大気汚染のせいで運動する機会が全くないだけに、久々に気持ちいい汗をかいた。ぐったりと疲れていたところにビールを飲んだせいか、帰りの乗り合いバン(ロットゥー)ではグッスリと眠れた。

スコアをあと50改善したい。

The Vintage Club
ザ・ビンテージクラブ

549/1-4 หมู่ 3 ถนนปานวิถี ต.คลองด่าน อ.บางบ่อ 10550
サムットプラーガーン県バーングボー郡クローングダーン町パーンウィティー通り3丁目549番地1-4号
Tel : +66 (2) 707-3820-6

夕方、ペッブリー(ペチャブリ)18にあるアパート Venezia Residence(ヴェネチアレジデンス) の集合ポストを覗いてみると、ポーホック(小学6年生相当タイ語検定)の合格通知が届いていた。はがきの裏に糊付けされている紙にはこう書かれていた。

“สอบได้”
合格

ผู้สอบได้ให้ไปรับใบรับรองด้วยตนเอง ที่ฝ่ายตรวจสอบเอกสาร สำนักงานทดสอบทางการศึกษา กรมวิชาการ กระทรวงศึกษาธิการ ตั้งแต่วันที่ 20 กุมภาพันธ์ 2546
合格者は、2546年2月20日以降に、自ら教育省学芸局学術試験事務所公文書課へ赴き、証明書を受領せよ。

2003年1月16日(木)

エーンの両親に、居場所がバレた。

エーンは、2001年末に家を飛び出して両親との連絡を絶ち、ペッブリー(ペチャブリ)18にあるアパート Venezia Residence(ヴェネチアレジデンス) 644号室(僕の部屋)に生活の拠点を移した。その間、タンマサート大学(タマサート大学)を成績不良により退学になり、ラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)に編入している。

約1週間前、エーンのケータイに発信者不明の着信があった。声の主はエーンの父親で、すでに居場所を掴んでいると知らされた。その晩、エーンがアパート1階にあるミニマートへ飲用水を買いに部屋を出たところ、アパートの駐車場にクルマを駐めて待ち伏せていた父親の同僚に遭遇した。エーンの父親は公立の工業高専で教諭をしており、その同僚も教諭らしく、高圧的な態度でエーンに約1時間の指導をして帰っていたという。どうやら、ラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)に貼り出されている学期末試験受験者リストから、エーンの名前を見つけたらしい。

そして昨晩、エーンのケータイに、ふたたび発信者不明の着信があった。声の主はエーンの父親で、どんな生活を送っているのか自分の目で確かめるために、明日午前10時にこの644号室にやって来るという。

どんなことがあっても、僕がエーンの父親と鉢合せになるようなことがあってはならない。そこで、エーンには同じアパート内にある日貸し専用室へと引っ越してもらい、親友のジョーイを呼んで女同士で共同生活しているように装うことにした。

エーンは、3日分の家賃1,650バーツ(1日550バーツ)を自分の財布から支払った。

2003年1月17日(金)

きょうから、1日の予算が500バーツから1,500バーツに増えた。

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)を修了後、プー太郎生活を続けているが、次の進路が決まるまでのあいだタイ語の家庭教師をすることにした。人に会って何かを教えていれば、生活にメリハリがつくし、副収入もゲットできる。

午前10時、スクンウィット(スクンビット)6にある友人宅でタイ語を教え、日本料理店で昼食をご馳走になった。その後、トーングロー(トンロー)10にある釣り堀でビールをご馳走になった。さすがに、ここまで出歩いてばかりいると、英語を勉強する時間なんてろくにとれない、

エーンの偽装転居は、父親のアパート訪問が延期されたことで、水泡に帰した。でも、念には念を入れておきたい。アパートの管理事務所に頼み込んで1ヶ月契約に変更したところ、家賃から払い込み済みの宿泊料金(3日分)を差し引いてもらえた。

2003年1月18日(土)

「あなたの奥さん、最近見かけてないけど、どうしちゃったの?」

日本人の友人が住んでいる、スクンウィット(スクンビット)13にあるコンドミニアム「スクンウィット(スクンビット)スイート」14階のミニマートで、女性店主が友人に尋ねた。この店主には、大学に通っている娘がいる。

日本人の友人が、①まだ結婚していないこと、②もう別れたことを告げると、女性店主は自分が犯した失敗に気付いて場当たり的なフォローを始めた。女性店主によると、タイでは婚前同棲するようなオンナはロクなもんじゃないと考えられており、同棲中の女性を恋人と呼ぶと失礼になることから、「奥さん」という表現を使ったという。

そういえば、アパート向かいの「ラーチャテーウィー(ラチャテウィー)アパートメント」にあるミニマートの男性店主も、「奥さん元気してる?」と声をかけてくることがある。

たしかに、おまえのロクでもないオンナはどうした? とは聞けない。

午前10時から午後3時まで働いて、約1,500バーツの臨時収入があった。

夜、日本料理店で日本人の友人やアサンプション大学の学生5人と夕食をとり、日本人の友人が住んでいるコンドミニアムを訪問した。

2003年1月19日(日)

朝、スクンウィット(スクンビット)6にある友人宅でタイ語を教えてから、スクンウィット(スクンビット)24にあるゴルフ場へ別の友人と出かけた。

日没後、友人に誘われて、日系ダイビングショップの忘年会に参加。「海を愛する本物のダイバー」みたいなノリで楽しそうだった。

2003年1月20日(月)

バンコクの通信インフラは、まだまだこれからだ。

タイの高速インターネットは、専用線下り512kbpsで月額約30万円。日本資本のプロバイダを使うと、もっと割高になる。個人向けの廉価なサービスはまだ提供されておらず、日本の個人向け高速インターネット ADSL の下り 8M に比べると、まだまだ遅れている。

午前9時半、会議の通訳として、日系 IT 企業に呼ばれたが、突如会議そのものが中止になった。そこで、(何もせずに帰るのも癪だったので)専用線接続のインターネットを体験させてもらったが、タイ語学留学を始めてから、ずっと56kbpsのダイアルアップ接続を忍耐強く使い続けてきたためか、とても快適に思えた。

(タイでも個人向け DSL のサービスが2004年から開始されました)

2003年1月21日(火)

きょうで、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)を修了して10日が経った。宿題や新出単語の暗記に追われる日々を送ってきた反動か、ここぞとばかりに遊びまくっている。

昼、バンコク・ドーンムアング(ドンムアン)空港の北に隣接するトゥーパテーミー空軍ゴルフ場で、日系 IT 企業の日本人従業員たちとゴルフを楽しんだ。ビジター向け料金は、グリーンフィー400バーツ、レンタルシューズ100バーツ、レンタルカート500バーツ。

トゥーパテーミー空軍ゴルフ場は、軍人の福利厚生のためにあるスポーツ施設で、安くて外国人も少ない。キャディーたちもタイ語を話さないプレイヤーへの対応に苦労している様子。日本人従業員たちは、みんなキャディーの態度にキレそうになっていたが、自分についたキャディーに限って言えば、親切だったし、なかなか良かった。

バンコク在住日本人の中には、英語さえ話せれば、タイ語なしでもなんとでもなる、という説も根強い。たしかに、外国人向けの割高サービスを利用するだけなら支障はないが、タイ人に人気のホントウに良いサービスを受けるという場面では、間違いなく不利に働く。今回のキャディーの態度も、キャディーに対する不満も、元をたどれば、すべて各人のコミュニケーション力の欠如に原因がある。

スコアは、80オーバーの152。前回よりも18マシになった。

ただ、クラブハウスが、一世代昔の公立小学校標準規格の校舎のようで、リゾート気分で行くとガッカリするはず。ここは、ゴルフの練習を格安でするところと考えたほうが良さそう。

せっかくタイにいるんだから、ゴルフの腕を磨くのもいいかも。

日没後、日系 IT 企業の得意先接待に同行した。

สนามกอล์ฟธูปะเตมีย์
トゥーパテーミー空軍ゴルフ場

14 หมู่ 8 ตำบลคูคต อำเภอลำลูกกา จังหวัดปทุมธานี
パトゥムターニー県ラムルークガー郡クーコット町8丁目14番地
Tel : +66 (2) 531-1484

2003年1月23日(木)

タイ国内の中程度以上の都市なら、少し街中を歩けば、すぐに占い屋を見つけることができる。机と灯籠を用意している占い屋もあれば、歩道に風呂敷を敷いているだけの占い屋もいる。

タイ人が95%が信仰している仏教(南方上座部仏教)は、タイ王室の王権の拠り所とされており、そのために必要なヒンドゥー教やバラモン教の教義が、土着の精霊信仰とともに融合されている。タイ独自の仏教と言うこともできる。そのため、タイ人には、一般の仏教徒よりも迷信を信じやすいという。

夜、足の裏マッサージを受けた帰りに、スクンウィット通り(スクンウィット)12で、日本人の友人を占ってもらった。料金は、占い料99バーツ、お祓い料999バーツ。

タイでは、9という数字は、縁起のよい数字とされている。しかし、それが西洋の占星術である「タロット占い」の料金として用いられるのは怪しいし、通訳をしていて気づいたことだが、カードが上を向いているときと下を向いているときの解釈が丸っきり同じで、怪しさ満点だった。

「う~ん。この冠と赤いズボンが、あなたに取り憑いている。もちろん、お祓いによって、これらの問題は一瞬にして消え失せる」

次第に、占い師はこのフレーズばかりを繰り返して、「お祓い」を勧めるようになった。ナニガナンデモ999バーツを払わせるつもりだ。

友人は、いろいろと重要な時期にあったため、お祓いしてもらうことに決めた。儀式が始まり、魔法陣が書かれているわら半紙に、姓名を友人が漢字で書き込んで、そして占い師の指示どおりにタイ語のあだ名まで併記した。占い師は友人の頭から抜き取った髪の毛3本をロウでわら半紙にくくりつけ、それを手のひらの間に挟みながら東北部(イーサーン地方)訛りの呪文を唱え始めた。

「天にまします○○様よ。猊下の温情をもって、この魔法陣にミスター○○の赤いズボンを着て帽子をかぶっている悪霊を封印し、この紙を川に流すことで悪霊がミスター○○の身から遠ざかりますように」

わら半紙を、ウチの近所にあるセーンセープ運河に流した。

午前5時起床。スクンウィット(スクンビット)6にあるコンドミニアム「ヂャラーンヂャイマンション(チャランチャイマンション)」で友人たちと合流し、チャーターした乗り合いバン(ロットゥー)で、空軍ゴルフ場へと出かけた。前のグループは、マナーがまったくなってない韓国人。後続のグループは、態度がビッグな空軍大将御一行様。スコアは161だった。

2003年1月24日(金)

「お好み焼きを食べに行くから、一緒に行かないか?」

昼前、日本人経営者に呼び出されて、スクンウィット通り(スクンビット通り)にある日系 IT 企業へ出かけてみると、社長室で従業員会議が行われていた。

従業員の外国語力は、日本人管理職がタイ語日常会話レベル、タイ人従業員が日本語レベル C (人材紹介会社認定)。そのため、この会社では、管理職と従業員のあいだで意思の疎通がまともにできない状態が続いている。

とりあえず、何も考えずに、日本語をタイ語に、タイ語を日本語に訳していった。

で、昼食のお好み焼き+激辛ビーフシチューと、夕食の同伴可能居酒屋(?)での食べ放題・飲み放題は、その報酬だった。毎日タイ語家庭教師代1,000バーツをもらっているし、日頃からの付き合いもあるから仕方ない。

その後、午前1時まで飲み会ほか2件をはしごした。

2003年1月25日(土)

「きょう、サッカーのヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)タンマサート大学(タマサート大学)戦があるんだけど、一緒にどう? 場所は、RUBY>マーブンクローング(マーブンクロン)隣の国立競技場。ヂュラー(チュラ)のピンクポロシャツだったら、買っておいてあげるよ」

朝、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学文学部日本語学科の1年生から、恒例のサッカー大学対抗戦に誘われたが、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学主催の英語検定 CU-TEP が明日に控えていたため、やむなく断った。きょうは、一日中部屋に籠もって試験対策をしなければならない。

まだエーンがタンマサート(タマサート)大学の学生だった1年前、この試合がある日にサヤーム(サイアム)周辺に出かけたときに、ひどい人混みだったのを思い出して、食事は即席麺(昼食)とカーオパットアメリカン(アメリカ風チャーハン)の出前(夕食)で済ませた。

2003年1月26日(日)

午前8時、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学教育学部のマハーモングット館で、大教室M02前に張り出されている掲示を見て自分の受験番号と座席を確認し、校舎前にある学生食堂で朝食をとった。

午後9時、試験監督がすべてタイ語で注意事項を説明した。この内容を理解するためには、最低でもポーホック(小6卒のタイ語)程度の知識は必要。でも、出題内容と問題用紙に英語で書かれているから、タイ語が分からなくても問題ない。

ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学主催の英語検定 CU-TEP は、出題数120問、四択のマークシート方式。ヒアリング30問30分、リーディング60問70分、ライティング(文法正誤問題)30問30分。

今回の目標は、正解率53%の64問正解。この結果次第で、タイに残留するか、アメリカへ留学するかが決まる。とりあえず、インスピレーション重視で解答しておいた。

試験終了後、スクンウィット(スクンビット)6にあるカラオケスナック「ゆかり」のオーナー宅で、関係者を全員集めてバーベキュー大会が催された。ビールのほか、シャンペーンなども振る舞われた。

2003年1月27日(月)

今朝、ヂュラーロンゴーン(チュラロンコーン)大学の文学部本館105号室で、誤植のため再発行された修了証を受け取った。証書は、 A4 サイズの白色光沢紙にカラープリントされている。内容はつぎのとおり。

คณะอักษรศาสตร
จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย

ヂュラーロンゴーン大学
文学部

ออกหนังสือสำคัญฉบับนี้ให้ไว้เพื่อแสดงว่า
MR. Keiichi
ได้เข้ารับการศึกษาอบรมตามหลักสูตร ภาษาไทยสำหรับชาวต่างประเทศ
(ระดับพื้นฐาน ๑ - ระดับสูง ๓)
ระหว่างวันที่ ๒ มกราคม ๒๕๔๕ ถึงวันที่ ๑๐ มกราคม ๒๕๔๖
และมีสัมฦทธิผลตามเกณฑ์ของหลักสูตร
この証書はつぎのとおり証明する。
2545年1月2日から2546年1月10日までの
外国人のためのタイ語講座課程を受講し
(初級1~上級3)
同課程を修了した。

ให้ไว้ ณ วันที่ ๑๐ มกราคม ๒๕๔๖
2546年1月10日

คณะบดีคณะอักษรศาสตร์    ประธานกรรมการจัดอบรม
文学部学部長    講座運営責任者

その後、日本人の友人が経営している IT 会社で昼食をご馳走になり、このホームページのリニューアルについて相談に乗ってもらった。無料で日記更新プログラムを作ってもらえることになった。

別の友人宅に遊びに行き、飲み屋を2件はしごした。