放課後、ヂュラーロンゴーン大学構内の並木道をパヤータイ通りへ向かって歩いていたところ、すぐ横にアメリカ人クラスメイトのベンツが停まり、乗っていかないかと声をかけられた。このクラスメイトは、熱心なカトリック信者で、ハードなカリキュラムに押し潰されそうになっている僕の精神状態を気にかけてくれている。
ヂュラーロンゴーン大学では本来、学生のクルマは敷地内に駐められない規則になっているが、なぜかこのアメリカ人クラスメイトのベンツだけは駐車を許可されている。さらに、自動車の正面には政府高官の官職章、フロントガラスには王家の紋章が貼られている。
「これは官公庁のエンブレム。政府高官が自分の官職を表示するために自家用車に取り付けることもあるみたいだけど、ほとんどが官職に応じて貸与される公用車よ。ほら、ここに内務省統治局って書かれているでしょう?」と以前、エーンが説明してくれた。
「金を出せば買えるけど、警察の検問では呼び止められるし、交通違反を犯せば違反切符も切られる」と、アメリカ人クラスメイトは話している。どうやら見た目ほどの恩恵には与れないようだ。
アメリカ人クラスメイトのベンツは、アパートがあるペッブリー通りではなく、ラーチャダムリ通り方面へと向かい、ホテル The Regent Bangkok への駐車場へと入っていた。
「バイオリン曲は好きかい?」と訊かれて Yes と答えたが、まさか高級ホテルでお茶をすることになろうとは思いもよらなかった。大金持ちが考えることは分からない。
地下駐車場から吹き抜けのロビー階へとあがると、どこのホテルにもあるようなカフェラウンジがあり、ピアノとバイオリンの生演奏が聞こえてくる。中庭には、質素だが金がかかっていそうなアジア情緒あふれる庭園がある。
アメリカ人クラスメイトは、ハードなカリキュラムに押し潰されて精神科へ通うことになった原因について、カトリックを信仰していないからと断定し、カトリックに入信するよう強く勧めてきた。
「日本では、公立学校の教師に共産主義者が多いため、宗教を軽視または否定する内容の教育が行われている。だから、たとえ特定の宗教を信仰していようとも、宗教については友人と語り合わないことになっている」と言って宗教談義に終止符を打とうと試みた。
「ロシアはまともな国ではないし、ロシア人もまともな人ではない。信仰心のない共産主義者が幸福な人生を送れるはずはないし、まともな社会を建設できるはずがない」と、アメリカ人クラスメイトは続けた。僕たちの早口タイ語議論を眺めながら、日本人出張者がタバコをくわえながら目を白黒させていた。確かに、日本人と白人がタイ語で議論をしているのは普通じゃない。
「あの日本人は、僕たちが英語を使わずに話し合っているのを不思議に思っている」と、アメリカ人クラスメイトは鏡越しに日本人出張者を眺めながら面白そうに言った。
ホテル The Regent Bangkok のアフタヌーンティーは、午後3時~午後6時。ティー(おかわり自由・選択自由)とケーキ2人分(食べきれないほどの量)で560バーツだった。その後、高架電車 BTS 10分の道のりを、クルマで1時間かけて送ってもらい、アメリカ人クラスメイトはさらに2時間半かけて帰宅した。
バンコク都内の主要道路は、雨が降るとすぐに交通が麻痺してしまう。高架電車と高級車、どちらが快適なのか微妙なところ(僕はもし金があれば高級車を選ぶつもり)。