夜遊び

ストレスが溜まっている。

放課後、ヂュラーロンゴーン大学文学部本館にある集中タイ語講座の事務所でタイ語講師たちと話していたところ突然の豪雨に見舞われた。文学部前からタクシーに乗ろうとしたが乗車を拒否されたため、やむなく文学部ボーロムラーチャグマーリー館7階のカフェテリアで宿題をしながら雨が止むのを待った。

午後5時58分にラジオ放送が大学正門前のグラウンドに立っている拡声器から流され、午後6時ちょうどになるとタイ国歌が大学構内に響き渡った。タイでは午前8時と午後6時に国歌が流され(クルマの運転中など中断すると危険な場合を除いては)直立不動の姿勢で放送が終わるのを待たなければならない。それを思い出して構内でどれだけの人が直立不動の姿勢をとっているか観察してみた。

正門前のグラウンドではヂュラーロンゴーン大王像前に掲げられている国旗が降納されていく様子をサッカーをしていた学生たちが試合を中断して眺めていた。

建築学部、芸術学部、文学部、工学部、政治学部、経済学部へと続く構内の並木道を歩いている人たちは、そのまま立ち止まることなく歩き続けていた。もしかしたら国歌が聞こえても国旗が見えなければ直立不動の姿勢をとらずにいても良いのかもしれない。

しばらくすると雨が止んだ。ヂュラーロンゴーン大学文学部の通用門から徒歩でパッポング2にある外国人向けのオープンバーまで移動した。

タイ語の上達と比例して売春婦たちが相手をしてくれなくなったような気がするので、きょうはタイ語を使わずに普通の観光客を装ってみた。しかしタイ語なら簡単に表現できることが英語だと上手く伝えられない。オープンバーの会計担当者の方がよほどまともな英語を話している。観光客のフリをするのは1時間もしないうちに諦めた。

その後、カウボーイ小街路にある外国人向け Go Go Bar “Long Gun” へ行ってビールを飲んでいたところ、踊り子がソファのすぐに隣に来て積極的な営業攻勢を仕掛けてきた。コーラはちゃんと奢ってあげたが「持ち帰り」については丁重にお断りした。一方ですぐ近くにいた大学生ぐらいの日本人観光客2人組は入店後15分もしないうちに踊り子ふたりを買って店を出ていった。

タイ語の話し方が丁寧だと指摘されることも多いけど、それは単に下品な表現を知らないだけだ。それでも機械的な受け答えをしているだけで好感を持ってもらえるのだから都合がいい。

ほろ酔い気分になってきたところで、まだ夕食をとっていないことを思い出して、スクンウィット17小街路にある McDonald’s でビッグマックを食べた。

食後、スクンウィット15小街路にある売春婦調達バー「トァーメー」できょうの復習をしていたところ、すぐ後ろのボックス席に座っていた日本語勉強中の売春婦とタイ語が堪能な日本人客が話しかけてきた。そこで日本人グループに合流した。

午後11時ころ、スクンウィット4小街路にある外国人観光客向け歓楽街「ナナプラザ」前の屋台で Go Go Bar の踊り子たちが気合いを入れるために飲でいるという酒を試してみた。ウイスキーと蜂蜜と謎のエックスを混ぜたもので、お猪口サイズで10バーツだった。たしかにかなり効いた。

午前2時すぎ、スクンウィット3小街路にあるホテル Grace へ移動した。ホテルの地下にある売春婦調達バーは24時間営業しているため、法定閉店時間(午前2時)を過ぎても買い手がつかなかった周辺の店の売春婦たちが大集結してとても混雑していた。売春婦の国籍もさまざまで、アメコミに出てきそうな容姿の自称ベルギー出身の黒人女性から英語で話しかけられたのには驚いた。金髪の白人女性(同性愛者)が売春婦を買って店を出ていく光景も見られた。

午前3時15分、アパートの6階でエレベーターから降りると自室の前でエーンが仁王立ちをしていた。今晩出かけることをエーンに言い忘れてた。

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ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。