2002年5月1日(水)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)初級3進級試験には、受講生9人以外にも日本人編入希望者2人が受験した。出題内容と配点はつぎのとおり。

単語書き取り 20点
聞き取り   20点
文章作成   20点
長文読解   22点
空欄補充   16点
文章朗読   10点
3分スピーチ  20点

案の定、惨憺たる結果に終わった。120点満点中100.25点で、正答率は83.54%だった。文章朗読の採点基準がいつになく厳しく、単語書き取りで4分の1を誤答し、スピーチでタイ王国を猛然と非難したため、かなり減点された。自業自得だが、タイ嫌いがここのところ急速に進んでいるから仕方ない。タイ語への関心が、まだ少しでも残っていることだけが救いか? 進級希望者の予想平均正答率は85%前後。

今回の試験について、ポーホック(小学校6年生相当のタイ語能力検定)に合格している編入希望者は「とても簡単」と話していた。このままでは、まだポーホック(小学校6年生相当のタイ語能力検定)に合格できない!?

スラウォング通り(スリウォン通り)にあるインド料理店 Indian Hut(インディアンハット) でクラスメイトたちと打ち上げをして、パッポング通り(パッポン通り)にあるディスコ Lucifer(ルシファー) で弾けまくった。

かなり荒れているなあ。

2002年5月2日(木)

正午前、ペッブリー通り(ペチャブリー通り)にあるアパート Venezia Residence(ベネチアレジデンス) 644号室(自室)で、まだ二日酔いが抜けないままうたた寝を繰り返していたところ、ベッド脇にある内線電話が何度も鳴った。あまりの執拗さにウンザリして、安眠を続けるために電話線を抜いた。しばらくすると、部屋のドアをノックする音が聞こえ、ベッドから出てドアスコープから廊下を覗くと、そこにはグルングテープ大学(バンコク大学)の男子学生が立っていた。きょうは自分の誕生日会をするから迎えに来たという。

バンコク都内は警備員たちで溢れかえっているが、その数に見合うだけの治安維持効果は期待できない。もちろん、このアパートも例外ではない。

高架電車 BTS アヌサーワリーチャイサモンラプーム駅(アヌサワリー駅, 戦勝記念塔駅)ちかくのショッピングセンター Center One(センターワン) にある McDonald’s(マクドナルド) で朝食をとり、エーンや日本人観光客と合流。そこから、ロットゥー(乗り合いバン)で、ドーンムアング空港(ドンムアン空港)Future Park Rangsit(フューチャーパークラングスィット) を通過して、タンマサート大学ラングスィット校舎(タマサート大学ランシット校舎)前で下車した。

クローングルワング通り(クロンルアン通り)にある、グルングテープ大学(バンコク大学)の男子学生のカノジョが住んでいる民間学生寮までモーターサイ(モタサイ, バイクタクシー)で移動した。

午後5時、アパートの食堂前にあるベンチで、パーティーは細々と始められた。このとき、ノンタブリー県クローングルワング郡(クロンルアン郡)では雲が薄くかかっているだけだったが、バンコク都内は雷雨に見舞われて大渋滞が発生していたという。ある日本人は渋滞を嫌って参加を見合わせ、ある日本人は途中ルートを何度も変更して、30分の道のりを4時間もかけてやってきた。

別のデーブルでは、タイ人創価学会信者(日蓮宗徒と表現すべき?)の一団が酒を飲んでいた。僕たちが日本人と気付くと近づいてきて、創価学会の教義について語りはじめた。まさか日本仏教の分派について、タイ人から説明を受けることになろうとは、思いもよらなかった。

午前零時まで、飛び回る蚊や蠅に悩まされながらタイ料理とともにビールを飲み、学生のカノジョの部屋でビンゴをした。

タイでは祝われる人が費用を負担するルールになっているため、今晩の飲食代はタダだった。

2002年5月3日(金)

進級試験後の休みも、あと3日で終わる。前回は日本から来た友人のアテンドで慌ただしくしていたから、今回はベッドで横になりながらタイ語の教科書を眺めたい。

昼、東急4階にある日本料理店「田ごと」でハンバーグステーキ定食(121バーツ)を食べ、 Siam Center(サヤームセンター) から冷房バス79番に乗り、伊勢丹5階にある食料品売場でしゃぶしゃぶ用の肉を購入。好物の鰻がなかったのは残念。

2002年5月4日(土)

Web ブラウザから音声でチャットができる Yahoo のボイスチャットで、友人はタイのディスコミュージックを流しながらチャットを楽しんでいる。これがなかなか面白くて一日中ハマったが、さすがに365日間継続すると貴重な時間がどんどん浪費されてしまう。

一年もあれば、タイ語を極められるかもしれないのに。

2002年5月5日(日)

ついに音声チャットルームを開設し、タイのラジオ放送をたれ流し続けた。東急4階にある日本料理店「田ごと」で昼食をとり、夕食は自家製しゃぶしゃぶを食べた。

文字チャットをしていたところ、「日本の男は、わたしたちよりも可愛らしいタイ語を話す」とタイ人女子大生が話していた。たしかにタイ語講師は女性ばかりだし男友達も少ないから、これまで男性的な話し方を学ぶ機会があまりなかった。今月は男性的タイ語会話に挑戦したい。

2002年5月6日(月)

きょうは、国王即位記念日の振り替え休日。進級前の短い連休最終日。部屋が汚れていく一方だが、自室に籠もって一日中だらだらと過ごした。

2002年5月7日(火)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催の集中タイ語講座(インテンシブタイ)中級1がはじまるとともに、中級3を受講していた9人中6人がクラスを去った。理由は、もう授業について行けない、大学院に進学する予定、就職する、ポーホック(タイ語検定試験)対策に専念する、語学学校で鍛えてから最強になって復活する、などなど。中級から一気に難しくなるから、これまでの授業でギリギリなら初級3で辞めておくのも賢明かも、と友人は話している。

クラスの雰囲気は一変した。初級3からの進級組は日本人2とドイツ人1、中級1からの編入組は日本人2とアメリカ人1で、女性はひとりもいない。これまでは(死ぬほどハードなカリキュラムにもかかわらず)明るく楽しいように振る舞っていたが、社員研修会のような雰囲気になった。いつもテンションが高くノリノリな講師が浮きまくっている。

きょう、ドイツ人クラスメイトが คำตก(カムトック) という新単語を発明した。元ネタは、タイ語で滝を意味する น้ำตก(ナームトック) で、新出単語が滝のような勢いでわが身に降りかかってくることに由来している。

さっそく大量の新出単語に焦燥し、エーンのバイト先、 Siam Discovery Center(サヤームディスカヴァリーセンター) 6階にある酸素吸引屋 Oxygen Bar(オキシジェンバー) で約5時間、クラスメイト宅で約4時間復習した。きょうのタイ語学習時間は、合計で約13時間(授業4時間、自習9時間)だった。これだけ復習しても、きょうの新出単語をコンプリートできなかった。焦燥感に拍車がかかる。

授業終了時に配られた新出単語プリントには、きょうの新出単語93語、と書かれている。なんと言えばよいのか、適切な言葉が見つからない。

午前2時半帰宅、午前3時就寝。これから、いったいどうなってしまうんだろう?

2002年5月8日(水)

放課後、きょうの授業でも「カムトック」(滝のように降りかかる大量の新出単語)に打ちのめされ、頭はクラクラ、身体はフラフラになっていた。芸術学部前にある売店 AMPM で栄養ドリンク M-150(エムローイハースィップ) (10バーツ)を購入し、寝るまで続く勉強地獄に備えた。

文学部通用門前から、タクシー(バスに乗って体力を無駄に消耗している余裕なんかない)でコンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) へクラスメイトと移動。十分な照明がある勉強机を確保して、硬い椅子に座ってコーヒー(45バーツ)を飲みながら、ひたすらタイ語文を読み続け、新出単語が出てくるたびにページの余白部分に書き殴った。

その後、高架電車 BTS サーラーデーング駅(サラデーン駅)でエーンが加わり、タニヤ通りにある、まるで日本にいるかのような雰囲気の居酒屋に入り、3人でつまみの枝豆を食べながらタイ産スーパードライや日本酒を飲んだ。タイ産スーパードライの瓶が、ハイネケンと同じ緑だったのはいただけない。料金は、ひとり2,000バーツだった。

寝るまで続く勉強地獄? 途中で飲みに出かけたので、その分は明日(祝日)こなすつもり。

2002年5月9日(木)

昨晩、タイに来てから久しく飲んでいなかった日本酒の美味しさに上機嫌になり、飲み過ぎたせいで、一日中、ひどい二日酔いに悩まされた。

昼、 Siam Center(サヤームセンター) 3階にある日本料理店 Zen() でざる蕎麦を食べながら、薬局 Watsons(ワトソンズ) で買った胃液調整剤を飲んだ。たとえ海外にいようとも、二日酔いのときに日本で食べたざる蕎麦の味は忘れられない。

食後、 MBK マーブンクローングセンター(マーブンクロンセンター)1階にある美容室でストレートパーマ(カット、トリートメント料金込み2,300バーツ)をかけてもらっているときに、美容師から手渡されたタイ語雑誌に目を通していたところ、パレスチナ危機について書かれている記事を見つけた。

「イスラエル=パレスチナ国境検問所のイスラエル側において・・・・・・」

おお! 読めるぞ、読める!! 外国人向けのタイ語の教科書ではなく、タイ人向けのニュース記事を読めたことが、とにかく嬉しかった。

午後6時ころ、二日酔いから解放され、昨晩やり残した宿題にようやく手を付けられるようになった。

2002年5月10日(金)

きょうの授業は、健康を保つ秘訣に関する論説文の読解。文章量は先月の5倍に増え、新出単語が容赦なく、まるで滝のように降ってくる。どうやらタイ語の作文に対する考え方が日本語とはかけ離れすぎているようで、文の区切り(句点)位置すら皆目見当が付かない。仮に読解できても、これでは永遠にタイ語を書くことはできないかも。クラスメイトたちも暗中模索の手探り状態で授業を受けているという。

放課後、 コンウェーン通り(コンヴェント通り) にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) で約3時間復習し、 C.P. Tower(シーピータワー) 2階にある Sizzler(シズラー) で、肥満体型のアメリカ人向け鶏料理とサラダ・スープバー(230バーツ)を食べた。もちろん食べきれなかった。次回はスパゲティーとサラダ・スープバー(99バーツ)を試したい。

先月末から雨期に入ったようで、毎日のように激しいスコールに見舞われている。

2002年5月11日(土)

正午ころ起床。朝食のシリアルを食べてから、パソコンゲーム Sim City(シムシティー) を午後9時までプレイした。現実逃避。とにかく遊び倒した。

「ケイイチの街は、いつになったら完成するの?」と、エーンがモニターを覗き込んで訊いてきた。たしかに、こんなことをしていたら、いつになってもタイ語の勉強を始められない。あすは、 Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) へ行って勉強するぞ!!

2002年5月12日(日)

毎年恒例の牛占いが行われた。その年の自然環境を、牛が選ぶ食べものによって占うもので、今年は牛が酒を飲み、雨に恵まれるとの結果になった。

放課後、東急百貨店4階にある日本料理店「田ごと」で、いつものように「どんぶりセット」(130バーツ)を食べていたところスコールに見舞われた。食後のコーヒーを飲んでねばっていると15分で雨が止んだため、高架電車 BTS でコンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbuks Coffee(スターバックスコーヒー) へと移動し、午後9時までみっちり復習した。

ここのところ、洗濯物をベランダに干しっぱなしにしていると、必ずスコールにやられてしまう日々が続いている。深夜に干して、朝には取り込んでしまうのが一番かも。

2002年5月13日(月)

放課後、コンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) で復習するつもりだったが、きょうの授業がさっぱり分からず、なにから手をつけていいのか皆目見当も付かない。しかも、いつも使っている作業台が会議に占領されていたため、復習そのものをあきらめた。

2002年5月14日(火)

放課後、自習仲間が仕事に出かけてしまったため、 Siam Discovery Center(サヤームディスかヴァリーセンター) 6階にあるエーンのバイト先、酸素吸引屋 Oxygen Bar(オキシジェンバー) で勉強した。毎週火曜日は、ジョーイの非番日で、勉強だけのために店をエーンと独占できる(どうせ客なんか来やしない)。ところが、ちかくにある駄菓子屋で買ったソフトキャンディー mentos(メントス) を食べながら教科書を読んでいたところ、突然、ガリッっと硬いものを噛んだ。

 1. 歯が抜けた (かなり懐かしい感覚)
 2. 差し歯が抜けた(差し歯なんてあったっけ?)
 3. 銀歯が抜けた

とっさに三択問題が頭をよぎったが、常識的に考えて 3 (銀歯が抜けた)以外には考えられない。数十メートル先の連絡橋を渡ったところに歯医者があるのを思い出した。ところが、「Siam Center(サヤームセンター) の歯医者なんて高いに決まってんじゃん! 歯医者なら、ラーチャテーウィー駅(ラチャテウィー駅)前にもあるじゃないの?」とエーンに強く反対された。

多少割高でも取れた銀歯を今すぐ元の位置に戻したかったため、エーンの反対を押し切って、 Siam Center(サヤームセンター) 4階東側にある Siam Center Dental Clinic(サヤームセンター歯科医院) の木製の扉を開いた。

受付で、タイで歯科にかかったことがないことを話し、治療費の概算について訊くと、「おそらく500バーツ未満でしょう」との返事。健康保険を使わずに、1,500円で歯科の治療を受けられるなら妥当かも(海外旅行保健では歯科はカバーされていない)。

この歯医者でも、例によってタイ人と間違えられた。そして、つぎの瞬間にはネイティブタイ語の雨あられに直撃された。最近、相手が話していることを推測できるようにはなったが、それでもネイティブ向けのタイ語、しかも専門用語を投げかけられるとビックリする。

ふたたび Siam Discovery Center(サヤームディスかヴァリーセンター) 6階にある酸素吸引屋 Oxygen Bar(オキシジェンバー) へと戻り、なぜタイ人と間違えられるのかエーンに訊くと、「ふつう、日本人の目は中国人のように小さいでしょう? でも、ケイイチの目はタイ人のように大きいから、タイ系に間違えられるのよ。 一言も話さなければ、どう見たって絶対にタイ人だもんね」と言われた。

一説によると、タイ人男性は日本人女性にモテるという。まあ、モテの仲間入りができるなら、それはそれで満足しておこう(ちょっと強引すぎ?)。

日本にいたころは、日本人の中でもかなり白いほうだったが、タイ留学開始以来の5ヶ月間で、肌の色が少し黒くなっている。

2002年5月15日(水)

放課後、 Siam Center(サヤームセンター) にある歯医者 Siam Center Dental Clinic(サヤームセンターデンタルクリニック) で、取れた銀歯を新たに作らずに、少しだけ細工を加えて付け直してもらった。所要時間約15分で、料金は350バーツだった。

その後、 Siam Discovery Center(サヤームディスカヴァリーセンター) 6階にある、エーンがアルバイトしている酸素吸引屋 Oxygen Bar(オキシジェンバー) へ行くと、「へぇー、350バーツだったんだぁ。サヤーム(サイアム)だから高いとばかり思ってたけど、安くて良かったじゃない?」 と言われたので、新たに銀歯を作ったわけじゃなくて付け直しただけと説明すると、「うそっ!? テナント料が高いから仕方ないけど、それはちょっと高すぎるよ」と指摘された。

歯医者の設備は、比較的新しい日本の開業歯科医院程度だが、技術については不明。客は少なく、専属の歯科医すらいない。客からの予約が入るたびに、店番が電話で歯科医を呼んでいるらしい。

きょうの授業も意味不明だった。新任講師の担当日は月曜日と水曜日だが、まだ教え方のコツを掴んでいないようで、クラスメイトたちの忍耐力も限界に近づいている。

なにしろ、この授業のために月々8万円もの授業料を払っているんだから。

2002年5月16日(木)

放課後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部通用門前から、コンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) までタクシーで移動。午後8時まで復習し、 C.P. Tower(シーピータワー) 2階にある Sizzler(シズラー) で夕食をとった。

この店では、99バーツ以上の料理を注文すると、サラダバーが無料になる。サラダバーには、サラダ20種類、スープ3種類、デザート3種類、スパゲティー2種類が用意されている。今回注文したスパゲティー(99バーツ)は不味かったが、サラダバーの料金が99バーツと思えば、それなりに納得できる。

タイにいると不足しがちになる野菜を、自分の好きなものだけ選で食べられるのは◎(にじゅうまる)。

2002年5月17日(金)

きょうはエーンの誕生日。スクンウィット(スクンビット)19にあるホテル Grand Pacific(グランドパシフィック) 8階の日本料理店「吉左右」で、日本料理食べ放題(税サ別399バーツ)を食べた。エーンの好物は刺身、特にサーモンとマグロだが、ときどき一番好きなのは玉子ではないかと思う。ここの寿司や刺身は、食べ放題なのに一般の日本料理店よりも質が良い。費用対効果は最高で、多少でも家計に余裕があれば食べることにしている。

その後、カーオサーン通り(カオサン通り)で不味いカクテルを一杯ずつ飲んだ。

เห็นคนญี่ปุ่นเหมือนขยะแล้วเมา อวกจะแตก(ヘンコンユィープンムアンカヤレーオマオ ウワックチャテーク)
ゴミ同然の日本人たちに酔ってきた。もう吐きそう。

ここにいる日本人は痩せこけており、いかにもヤクやってますという顔つきをしている。さらに、不格好な10センチ以上あるも口ヒゲ、パーマが落ちかかっている汚いアフロヘア。まったく、何を考えて生きているんだろう?

一部の日本人は、タイにファッションなんかないと信じているようだが、タイ人は日本人ほど多様性を認めていない。アホ丸出しのファッションをして自分の個性を主張しても、「あっそう、アホ」の一言で終わらされてしまうのがオチ。しかも、タイ人のキレイ目に対するコダワリは日本人以上だから、タイ人にはまず受け入れてもらえない。

タイでは、人は見た目だけで判断されます。

エーンによると、たとえ未成年者がベンツで事故を起こしても、現場に駆けつけた中年警察官はベンツを買い与えることができる父親の権力に背筋を凍らせ、「この事故はあなたの責任ではありません。お手間をおかけして申し訳ありませんでした」と敬礼付きで見送ってくれるという。

タイでは、人は見た目で判断されます。

2002年5月18日(土)

「アサヒビールは、タイ国内でビールを製造している会社と提携して、本年3月からスーパードライの販売を開始する」との記事を正月ころに読んだが、バンコク都内の小売店にはまったく並べられていなかった。ところが、きょう東急デパートの食品売場で、ようやくアサヒ・スーパードライを発見した。

価格は、缶(350ml)が37バーツ、大瓶(633ml)が67バーツ。タイ銘柄のビアスィング(シンハビール)より5バーツ高く、ハイネケンビール(タイ国内生産)より2バーツ安い。

アサヒ・スーパードライ(日本産)は昨年末、大型スーパー Tesco Lotus(テスコロータス) の酒屋で115バーツで売られていた。ようやくタイで日本ビールを気楽に飲めるようになった。

タイ人の友人たちと自室で飲み会をする約束をしていたから、さっそくスーパードライ(350ml缶)を10本購入。やはり、ビールは辛口がイイ!

2002年5月21日(火)

ストレスが溜まっている。

放課後、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部本館にある集中タイ語講座(インテンシブタイ)オフィスで講師たちと話していたところ、何の前触れもなしに突然豪雨が降ってきた。文学部前でタクシーに乗ろうとしたが乗車拒否されたため、やむなく文学部ボーローンマラーチャグンマーリー館(ボロムラチャクマリー館)7階にあるカフェテリアで宿題をした。

午後5時58分、正門前グラウンドにある巨大な拡声器からラジオの音声が大音量で流され、午後6時ちょうどになると、大学構内にタイ国歌が響き渡った。旅行者向けのガイドブックによると、午前8時と午後6時の1日2回、高速バス発着所などで国歌が流され、(クルマの運転など中断すると危険な場合を除き)直立不動の姿勢で放送が終わるのを待たなければならないという。それを思い出して、実際にどれだけの人が構内で直立不動の姿勢をとっているか観察した。

まず、正門前グラウンドでは、ヂュラーロンゴーン大王(チュラロンコーン大王, ラーマ5世)像前に掲げられているタイ国旗が降納される様子を、サッカーをしていた学生たちが試合を中断して眺めていた。

つぎに、工学部、芸術学部、文学部、工学部、政治学部、経済学部へと続いている並木道を歩いている人たちは・・・・・・そのまま歩き続けていた。もしかして、音楽が聞こえても国旗が見えなければ、直立不動の姿勢をとらずに歩き続けても良いのかも。

しばらくすると雨が止んだ。ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部通用門からアングリードゥーナン通り(ヘンリーデュナント通り)を南(スィーロム方面(シーロム方面))へ歩き、さらにスラウォング通り(スリウォン通り)を南下して、外国人観光客向けの歓楽街「パッポング2(パッポン2)」にあるバービア(オープンバー)へと向かった。

ここのところ、タイ語の上達と比例して、売春婦たちが相手にしてくれなくなっているような気がしていたので、きょうはタイ語を使わずに普通の観光客を装った。しかし、タイ語なら簡単なのに、なぜか英語にすると上手く表現できない。バービア(オープンバー)の会計担当者のほうが、よほどまともな英語を使っていた。観光客のフリをするのは、1時間も経たずして挫折した。

その後、アソーク交差点付近にある外国人観光客向けの歓楽街「ソーイカーボーイ(ソイカウボーイ)」の Go Go Bar(ゴーゴーバー)Long Gun(ロングガン)” へ行った。ビールを飲んでいたら、すぐに踊り子が隣に座ってきたので、ちゃんとコーラを奢ってあげた(僕って偉いかも)。途中、すぐ近くの席に座っていた大学生くらいの日本人観光客2人組が、積極的に営業していた踊り子2人組を入店15分以内に買って店を出た。一方、僕は丁寧なタイ語で、踊り子たちの営業攻勢を辞退した。

よくタイ語が丁寧すぎると指摘されるが、僕のタイ語が丁寧なのは、まだ下品な表現を習っていないからにすぎない。しかし、それで好感を持ってもらえ、しかも立場を明らかにせず機械的に受け答えできるから楽でよい。

ほろ酔い加減になってきたところで、まだ夕食をとっていないことを思い出し、スクンウィット(スクンウィット)17にある McDonald’s(マクドナルド) でビッグマックを食べた。

食後、スクンウィット(スクンウィット)15にあるコーヒーショップ「トァーメー(テルメ, テーメー)」で、きょうの復習をしていると、すぐ後ろの席に座っていた日本語を勉強している売春婦とタイ語が堪能な日本人客が話しかけてきた。そこで、日本人グループに合流した。

午後11時ころ、スクンウィット(スクンウィット)4の外国人観光客向け歓楽街「ナナプラザ」前にある屋台で、 Go Go Bar(ゴーゴーバー) の踊り子たちが気合いを入れるために飲むという酒を飲ませてもらった。ウイスキーに蜂蜜と謎のエックスを混ぜたもので、お猪口サイズで10バーツ。たしかに、かなり効いた。

午前2時すぎ、スクンウィット(スクンウィット)3にあるホテル Grace(グレースホテル) へ行った。ホテル地下にある売春婦調達バー(コーヒーショップ)は24時間営業で、午前2時閉店の店で働いて売れ残った売春婦たちが大集結するため、まるで通勤ラッシュのように混雑する。売春婦の国籍もさまざまで、アメリカ漫画に出てきそうな顔が大きな黒人女性(自称ベルギー出身)が英語で話しかけてきたのには驚いた。金髪の白人女性(同性愛者)が、売春婦を買っていく光景も見られた。

午前3時15分、ペッブリー(ペチャブリー)18にあるアパート Venezia Residence(ヴェネチアレジデンス) のエレベーターを6階で降りると、すぐ正面にある644号室(自室)前でエーンが仁王立ちしていた。今晩出かけることを、エーンに言い忘れていた。

2002年5月22日(水)

放課後、高架電車 BTS パヤータイ駅(パヤタイ駅)ちかくにあるキリスト教系新興宗教の集会場(民家)へと出かけた。参加者は、昨晩知り合ったばかりの日本人(この人に誘われた)、普通の主婦、女子大学生、屋台の売り子、売春婦、窓口係の女性銀行員の7人。

この新興宗教団体(名称不明)については、歌って踊れるキリスト教系と聞いていたので、ハリウッド映画に登場するようなプロテスタント系とばかり思っていたが、実際に行ってみると、あまりの怪しさに驚いた。聖歌(らしきもの)を、タイ独特の珍妙なメロディーに合わせて、タイ語で歌いながら踊っている。アーメンを、「エーメン」と発音していたため、途中、日本の冷麺を思い出して吹き出しそうになった。しかも、歌やミサの途中で、突然お経のようなものを唱えはじめることもあり、キリスト教が見事にタイ仏教とミックスされていた。

神様のおかげと思われる今週の奇跡話や説法を聞き、タイミュージックの聖歌を見物し、夕食をごちそうになった。タイ語の説法だけで集会の内容を推測できたことは嬉しいが、新興宗教独自の価値観をタイ語で理解するのは本当に疲れた。

「キリスト教徒は、宗派に関わりなく、入信したら収入の1割を寄進しなきゃいけないんだよ?」 帰宅後、エーンが話していた。

―― 自分は仕送りをもらっている身で、収入なんてないんだけど?

「じゃあ、その仕送りの1割を寄進しなきゃね」

大切な仕送りを、その神とやらの手から守り通すため、その教団と関わり合いを持つのをやめた。

タイ留学1年間の予算は、タイ人公務員22歳俸給の約96ヶ月分。その1割に相当する、タイ人公務員22歳俸給の約8ヶ月分、約5万バーツのお布施が得られると思えば、そりゃあ最高の待遇をしてくれるだろう。ミサでは、「カネに固執するな。人生とは助け合っていくものだ」と繰り返し話していたが、これでは一方的な資金援助になってしまう。

2002年5月23日(木)

大量に酒を飲んだ。しかも、タイ人に人気があるウイスキーのコーラ割。これでは明日が思いやられる。

2002年5月24日(金)

きょうは、エーンが通っているラームカムヘーング大学(ラムカムヘン大学)の試験日だった。放課後、セントラル百貨店チットロム店でエーンと待ち合わせ、両親から好きなものを誕生日プレゼントとして買うように言われていたため、洋服5着、カバン2個、サンダル1足を購入。

一説によると、セントラル百貨店チットロム店は高級店に含まれるそうだが、 Y シャツの平均価格帯が800バーツ前後(さらに20%引き)にすぎず、ここで買い物をしたからと他人に自慢できるほどではなかった。ちなみに、大型スーパー Big-C(ビッグシー) における Y シャツの価格帯は199~299バーツ。

タイで、日本でも通用するような服を買うのは難しい。しかし、スーパーマーケットは論外としても、セントラル百貨店ならギリギリ何とかなるかも。エーンによると、セントラル百貨店プララームサーム(ラマ3世通り)店のほうが大きくて良いという。

その後、 Siam Discovery Center(サヤームディスカヴァリーセンター) で、ハリウッド映画 Star Wars Episode II (スターウォーズ・エピソード2) (英語音声・タイ語字幕)を観た。すぐに英語のリスニングをあきらめ、タイ語字幕に目を落とした。終わったのは、午前1時20分だった。歩いて帰れる場所にアパートがあって助かった。

2002年5月25日(土)

夕方、コーンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) でタイ語の復習をしていたときに、タイ語を勉強している日本人現地採用者と知り合い、バンコク銀行本店横にある焼き肉屋で飲んでから、高架電車 BTS アヌサーワリーチャイサモンラプーム(アヌサワリー, 戦勝記念塔)駅ちかくにある Saxophone(サクソフォーン) へと連れて行ってもらった。

この店は、欧米色が強いパブだが、観光地から離れているため売春婦がおらず、発展途上国ならではのストレスを感じずに済む。バンドによる生演奏があり、気分転換にも最適。途中、部屋にいたエーンも呼んで、閉店まで楽しんだ。ドイツ製黒ビール(500ml)が200バーツだった。

2002年5月26日(日)

コーンウェーン通り(コンヴェント通り)にある Starbucks Coffee(スターバックスコーヒー) で、午後9時までタイ語の復習をした。夏休みを利用してイギリス資本の法律事務所でインターンしながら法廷弁護士を目指しているヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)法学部の学生と知り合った。きのう知り合ったばかりの日本人にも遭遇した。その後、 Sizzler(シズラー) でサラダバー食べ放題(99バーツ)を注文。食後の運動を兼ねて、高架電車 BTS ラーチャダムリ駅(ラチャダムリ駅)まで歩いた。