2002年2月1日(金)

今日のテーマはタイ王室。先生がタイ語と英語を織り交ぜてタイ王室について説明した。国王を無条件に尊敬しなければならないことや10年前の内紛について。

ここ数回、テーマが「ワイ」・「仏教」・「王室」と重いため、新出単語数がとても少ない。

2002年2月2日(土)

この大学関係のイベントは今日で、3週連続――ということになる。今日はキング・モンクット大学産業教育学部日本語学科の4年生の卒業パーティーがあるということで、ラチャダピセーク通りにあるチャオパヤーパークホテルに行った。外来者の会費は500バーツ。料理はチュラロンコン大学文学部校舎7階にある75バーツの料理と同じカンジのタイ料理ビュッフェだった。(ただし、ビールと赤SPY飲み放題)

卒業生と招待客――それに教師の大半が遅刻したため、パーティーは1時間40分遅れの午後7時40分から始まった。遅刻者を1時間40分も待つなんて、日本の常識では絶対にあり得ない。かくいう僕たちも、1時間5分ほど遅刻したのだが。

日本の雰囲気とは全く逆で、彼ららしく司会者が必死に盛り上げた結果、にぎやかというレベルを通り過ぎて、騒がしいといった雰囲気のままパーティーは幕を開けた。

開会の挨拶のような堅苦しいイベントは全くなしで、突然会場の照明が落ちて、舞台正面のろうそくに灯がともった。教師陣が舞台正面に並べられた椅子に一列になって座り、その正面に学生がひざまずいて教師全員から腕に白い細いひもを巻いてもらっていた。

その儀式が終わってから、僕たちはやっと食事にありつけた。ビールも解禁!その前まではコーラとオレンジジュースしかなかったけれども、ちゃんとアルコールも出てきた!食事中には各学年の出し物などで皆を退屈させないようにという工夫があったが、逆に騒がしくなってしまって卒業生は会場外で記念撮影&談笑を始めていた。

午前0時にはパーティーが終わって、会場内各所で記念撮影が始まった。ぼくも何枚かの写真に入らせてもらったけれども、2ショット写真のリクエストが意外に多かったのに驚いた。・・・何に使うつもりなんだろう??

2次会は、同じくラチャダピセーク通りのエメラルドホテル地下にあるディスコ「スパークス」で踊りまくった。このホテル、トイレに麻薬の密売人がいるとか、床に錠剤の覚醒剤が落ちてる・・・なんてこともある、けっこうレアなディスコだが、その例に漏れず学生も覚醒剤を・・・!?ある統計によると、タイ人大学生の44%が1回以上麻薬を使用したことがあるとか。――タイの大衆文化です。

帰宅は午前2時40分。明日はエキストラのバイトの登録が朝の10時から・・・。

2002年2月3日(日)

エキストラのバイトの登録だと思っていたら、日本で放映予定のゴルフクラブCMのオーディションだった!なんでも、ロケ地がタイのリゾートだとか。

午前10時に最寄り駅のラーチャテウィー駅までコーディネーターの方が迎えに来て、そこからタクシーでバンコク中心部から東に位置する郊外のスタジオへ。CMの基本的な背景情報を聞いてから、正面・両側面・後背の写真を撮影したあとに簡単なインタビュー、そしてゴルフクラブの振り方指導を受けてから実際に素振りするのを収録した。約20分のお仕事。オーディション参加者は今日までにだいたい15人程度。バイト代は帰りのタクシー代込みで300バーツだった。

実際にCMに起用されてしまったら、思わぬ恥さらしになるかもしれない。出演料は15,000円とか15,000バーツとか。バーツだったらいいな☆

帰りに、僕を誘ってくれた日本人たちとスクンウィット31にある「雑談室」という食堂で昼食をとったあとに、僕は一人でエーンが働いているサヤーム・ディスカバリーセンターにある某ショップへ行って、初めてお店のサービスを受けてみた。

これじゃ、客が来ないのも納得できる。けっこう苦痛系サービスだ。

エーンの仕事が終わったあとにスワロー・ハルを見に行った。ストーリーというよりは会話が楽しい映画だったらしく、僕の英語力では楽しめなかった。映画、120バーツ。

2002年2月4日(月)

今日は明日の進級試験の模擬試験。僕の正解率はだいたい9割くらい。強制退学ラインが6割だから、落ちる心配はなさそうだ。クラスにいるドイツ人はちょっと青ざめつつもハイなカンジで「発音記号問題、難問まちがえたぁ?」なんて聞き回っていたけれども、彼はそんなにまずかったのか?

すべての結果は明日わかる。

2002年2月5日(火)

テストは楽勝!ちゃんと見直しもしたし、口述試験も問題なかった。明日の午前には結果が判明する。午後3時時点の暫定結果は全員合格。例の西洋人も大丈夫だったみたいだ。

さて、この講座には「生徒による講師の評価表」というものがある。提出期限は昨日だったのだが、試験が近かったという理由で書き終わっていない学生も数人いた。

僕は日曜の晩に4時間かけて書いたのだが、一番良い先生に95点をつけて、つぎは75点、最もダメな先生には45点を付けた。本当は45点ではなく、15点くらいを付けたかったのだが、タイ王国のトップ「チュラロンコン大学文学部」を卒業した人にそんな点数をつけたら、彼女のプライドが傷つくといった程度で済まないかもしれない。でも、総括評価欄に「彼女の担当日を週1日以上にしないよう要請する。彼女による教育効果は著しく低く、学生たちを唖然とさせている。また、初級3への進級試験に落ちてしまうのではないかという懸念から、まことに申し訳ないが学生からの評価が改善するまでは、彼女の担当日を週1日以上にしないでもらいたい」と英語で書いた。ほかの学生は「点数つけられるわけないじゃーん!0点だよ!でも、書けないから空欄にするしかない」と言っていた。

そのあと、西洋人の携帯を買うのにMBKまでつきあってから、パトゥムワン・プリンスホテルの喫茶店で、2日前に彼が買ったノートパソコンが不調であるという相談に乗った。パンティップにウインドウズドイツ語化キットとマイクロソフト・オフィスxpを買いに行ってから、BTSサラデン駅へ。クラスの全員と合流してから一ヶ月前に行った海鮮料理店で打ち上げをした。

解散してから、僕は西洋人のクラスメートの部屋を訪れてインストール作業をした。彼のアパートは戦勝記念塔から少し離れたところにあって、リビングの他に個室が二つあった。家賃は9,000バーツ、29歳のタイ人男性(おそらく大学院生)と同居していた。タイ人と一緒に住んでいるのなら、もう少しタイ語が上手でもいいはずなのだけれども、彼の話によると「この友人関係は10年間続いている。私たちは英語で会話してきたから、突然タイ語に切り替えるのもぎこちなくて、家では英語をつかっている」と言っていた。

今日の打ち上げの飲み会費用を除く全額をその西洋人がおごってくれた。

2002年2月6日(水)

来週の月曜日から初級2の授業が始まる。それまではちょっとした連休気分を満喫できる。初日の今日は、エーンの仕事も休みだということもあってサヤームセンターでピザを食べたあと、エーンの店に行って彼女の友達と長話、暗くなってきたあとに世界貿易センタービル(WTC)に行って腕時計を買った。

昨日のテストの結果は98.25点。大学の定期試験としては希に見る高得点だと大学事務員が話していた。今日買った腕時計はそのご褒美に自分に買ったもの。3,600バーツのちょっとお洒落なデジタル&アナログ腕時計だ。それまではMBKで600バーツで買った偽物メルセデスベンツ腕時計を使っていた。一昨年、日本で20万円出して買った腕時計は大切に鍵のかかる引き出しにしまってある。

2002年2月7日(木)

自分名義の携帯電話が欲しい。毎月僕の部屋に送られてくる携帯電話の請求書が彼女名義になっているのが不安でならないのだ!

(彼女と別れたら、この携帯電話はどうなるのだろう!?)

そこで、MBK6階にある携帯電話会社「AIS」のオフィスに行ってみた。案の定、タイに住んでいる日本人なら誰でも知っているとおり、

「就労許可証のない外国人は月極契約ができません。プリペイド式の携帯電話をご利用ください」

と言われてしまった。

そこで、タイに詳しい友人に相談して世界貿易センター(WTC)へ。ここの4階なら、就労許可証が無くても月極契約ができると聞いて行ってみたのだ!

「こちらではSIMカード(電話機に内蔵できる電話会社との契約カード、電話番号付き)のみの販売はいたしておりません。しかしながら、私はSIMカードを取り寄せることができます。夜の営業時間終了後になってしまいますが、その時間まで待っていただけたらお渡しできます。料金は2000バーツ前後になるでしょう」

この言葉を信じてエーンのお店で時間をつぶしてから、再度トライ。待ち合わせ場所にはWTCの従業員と見知らぬ男がいた。

「就労許可証をお持ちでしょうか?契約書のこの欄に番号を記載しなくてはならないので・・・」

(それがないから、わざわざここまで来ているんじゃないか!?)

結局、WTCの従業員はMBKで電話を売っている友人を呼んで、商品を割高に売ることによって利益を上げようと試みていたようだ。MBKでダメだからWTCまで来ているのに、WTC電話売り場の彼はその重大なことに気づかなかったようだ。彼らは、僕たちが遅刻して待ち合わせ場所に来るのを待って、時間を浪費した。僕はエーンの店で時間をつぶしてからWTCへ行くという無駄をした。彼のサイドビジネスの目論見は、何人もの人を巻き込んで、そして失敗した。迷惑な話だが、いかにもタイらしい。

帰宅後、エーンが「日本語を勉強して、日本に行きたい!」と言いだしたから、タイ人女性が日本に行けない理由を丁寧に説明して、さらに僕がエーンと結婚する可能性が皆無であることも言い添えた。彼女は涙ぐんでしまったから、昨年末シェーンに説明した内容をエーンは聞いていないのかと問いただしたところ、聞いていないとの返事。シェーンちゃん、やってくれるぜ!

マイッタ。これからどうなるのだろう?

2002年2月8日(金)

タクシーに乗って入国管理局に行った。タクシー代、71バーツ。

窓口で申込用紙をもらってから、必要事項を記入。写真がないことに気づいて、入国管理局から通りを挟んで反対側にある写真屋に行って、パスポートのコピーとポラロイド写真の撮影で125バーツ。

1番窓口で500バーツを支払って2階のオフィスへ。

「次は2階だ」

としか、赤ん坊を抱きかかえている制服職員に言われなかったから、領収証に目をおろすと「203」という文字が。203号室という意味だろうか?階段を上って203号室に入ったら、いきなり超不思議な、意味不明だが明らかに日本語であると断定できる日本語が聞こえた。誰かが日本人である僕に話しかけているに違いない!!と思って声の主を捜し、机を挟んで反対側においてあった椅子に座った。

声の主のデスクの上には「中華人民共和国査証」と書いてあるパスポートが大量に散乱していた。彼女は中国のパスポートにビザの印を押していたのだろう。・・・しかし、なぜ在中国タイ王国大使館ではなくて、本国の入国管理局でビザを発行しているのだろう。

細かいことは気にしないで、次に指示された部屋の奥にあるデスクへ。

「あなたはタイ語を話せますか?」

「少しだけなら・・・」

「あら、タイ語お上手ですね?」

「ええ、1ヶ月ほど勉強しました」

なんて話しているうちに、彼女は書類とパスポートにサインをし終えたようだ。

「完了!」

と、言われてからお礼を言って退室した。

これで、合法的に5月下旬までタイに滞在できる権利を獲得した。

この入国管理局は警察署と同じ敷地にある。ぼくが入国管理局から出てタクシーを拾おうと警察署の方を振り向いたときに、何人もの外国人が手錠でつながれて歩いているのを見かけた。きっと、違法滞在者たちだろう。日本では違法滞在者と言えば出稼ぎに来たアジア人というイメージがあるけれども、ここでは西洋人が多いようだ。彼ら、何で逮捕されるまでタイに滞在したいと思うのだろうか。

きっとその手がかりは、「麻薬」という点から見いだせるだろう。

ちなみに、タイでの麻薬の相場はタバコから葉っぱを取り出して、代わりに大麻を摘めたものが30-50バーツ程度。水が入った器具を使って、錠剤を火であぶってブクブクと吸引する、甘いにおいがするヤーバーというものが99バーツ。他にも、ありとあらゆる麻薬が入手可能だけど、頭が悪くなるのがイヤで手を出していない。

なお、タイでの麻薬事犯は初犯の場合で懲役1年、または罰金20,000バーツの選択刑です。お金に余裕がある方はどうぞ☆ きっと、親しくなれば酒場の売春婦が密売してくれるでしょう。なぜなら、彼女たちは麻薬を吸うために売春しているのですから。(もちろん、田舎の両親に仕送りするためなんて大ウソ。)

タイの社会問題。低年齢化が著しい麻薬と売春、支配階級の腐敗と公共工事の遅れ。激しい交通渋滞と大気汚染。それから、それから・・・。

2002年2月9日(土)

ついに我が家の家電が、一般的な日本人の生活レベル程度にまでそろった。冷凍食品や作り置きの惣菜が充実していないバンコクでは電子レンジの必要性をあまり感じていなかったのだが、MBK4階の東急スーパーで冷凍食品を見つけたときに衝動的に電子レンジが欲しくなってしまい、買い物かごを持ってそのまま家電売り場へ向かった。

すぐに2,900バーツの格安電子レンジに目がとまって、即購入。タクシーで帰宅した。

肝心の冷凍食品だが、ひどく変なフィーリングを感じて、食後に頭痛に襲われた。うまく説明できないけれども、僕はフィーリングの合わない食べ物を食べると頭痛になるときがある。そして、その頭痛は同じ製品を食べるたびに必ずといっていいほど起こるのだ。

スパゲティーの冷凍食品は却下。早く他の冷凍食品を見つけて電子レンジを活用しよう!

2002年2月10日(日)

もちろん、タイに春なんてない。あるのは暑季と、もっと暑い暑季と、一番暑い暑季の3つだけだ。今は暑季から一番暑い暑季になろうとしているところ。(正確には、乾季と暑季と雨季の3季)

題名は10年くらい前に、日本で話題作になったドラマ「高校教師」のテーマ曲のイントロ。日本人の友人からVCDを借りてきて、午前4時まで見てしまった。放映された当時に見ていなかったから、けっこう楽しんで見ている。

ところで、昼頃、タイ語訳された日本のマンガを買ってきた。らぶひな第8巻。変な名詞は分からなかったけれども、あんがい内容は理解できた。ところで、頻繁に出てくる「マイルゥールワン」のルワンって、どういう意味だったんだろう。きっと、とても重要で基本的な言葉みたいだけれども、習っていないような気がする。――そういえば、エーンもよく言っている。今度調べてみよう!(「マイルゥー」は知らないの意)

明日からはチュラロンコン大学集中タイ語コース初級2が開講される。25枚の札束持って大学に行かなくては。

2002年2月11日(月)

今日から集中タイ語コース初級2が開講された。授業前に別館のタイ伝統建築の中にあるオフィスで25,000バーツの学費を払って、早速教室へ。

午前中にタイ文字中子音字9個と正調記号4個を習って、午後は初級1と同じようなローマ字による授業。噂に聞いていたとおり、タイ文字の紹介は光速で終わらされてしまったけれども、2年前は42文字全てを一日で暗記させられたのだとか。それに比べれば、まだマシかもしれない。

今日から、新たにクラスメートがひとり加わった。タイに5年間滞在している西洋人で、タイ語はペラペラ。恐ろしく速いスピードでタイ語を操る白人のいうのも、けっこう違和感あって楽しい。・・・けど、キャラクターは普通かな。

授業が終わってから徒歩でWTCへ行って、お気に入りの日本料理店「鎌倉山」で例の100バーツトンカツ定食を食べた。(実は付加価値税7%とサービス料10%をとられて、合計117バーツなのだが。)食事中にキングモンクット工科大の学生から電話がかかってきた。サヤームまで出てきたから会わないかという内容だった。昨晩、「高校教師」を見まくって睡眠不足のせいで相当参っている体を引きずって、徒歩でサヤームへ。なんでも、彼女たちは大学の日本語教師と待ち合わせるために時間をつぶしているのだとか。

外が暗くなるまで彼女らの時間つぶしにつきあって、サヤームセンターポイントとMBKをまわった後、エーンに呼ばれて彼女のお店へ。店長がピザとメロンをくれたから食べないかという誘いだったらしい。もうおなか一杯だから、明日の朝に食べると答えた。

ところで、昨晩以来はまっている「高校教師」。エーンが主題歌を気に入ってしまって、ぜひサウンドトラックが欲しいとか。こんな昔のテレビドラマのサウンドトラックが、こんな異国の地にあるだろうか。今度時間があったらTSUTAYAへ行って探してみよう。さて、続きを見なくては。

2002年2月12日(火)

明後日はバレンタインデー。ここタイでは男女がプレゼントを交換する日だ。今月の初めからエーンが「バレンタインデー12日間計画」というものを宣言して、だいたい2日に一回くらい、ちょっと小洒落た物をプレゼントしてくれる。・・・といっても、タイでは「ちょっと洒落た物」となると物価が先進国並みに高騰してしまって、バンコク都の最低賃金よりも少しいい程度の給料しかもらっていないエーンにはそれなりの負担のはずだ。

学校から帰ってきてパソコンに向かってみると、ハート形の形をした紙に小さな巻物のような手紙がくくりつけてある物を発見した!中身を見てみると、「あなたを好きな10の理由」というものだった。さすがにこの歳になるまで、ここまで手の込んだバレンタインデー対策に遭遇したことはなかった。明後日には、エーンが喜んでくれそうな物を彼女が費やしただろう1,000~1,500バーツの範囲でプレゼントしなくては。日本円にして5,000円弱。なにか、いい物があるだろうか。明日の放課後にでもWTCへ探しに行こう。

夜にはバラの木をプレゼントされた。この木が大きくなるまで一緒にいられればいいけれど、いずれ僕は日本に帰らなくてはならない。

ピザを食べて、テレビチャンピオンを見てから昼寝して、その後に高校教師を最終回まで見てから寝た。

2002年2月13日(水)

ここ数日、10年前に日本で放映された「高校教師」を、連日眠さに耐えられなくなるまで見ていたせいか、強烈な睡眠不足に陥っている。もちろん、勉強もそこそこしかしていない。新たに「タイ文字」の授業が増えた関係で、今までの教科書を読んで大量の新出単語を覚えるという形式の授業の割合が激減し、復習には悩まなくてもよいのだが、ここまで勉強していないとやっぱり焦燥感を覚える。

昨日も、高校教師の最終回を深夜まで見て、今朝はいつも通りに起きたから一日中眠かった。学校が終わる午後3時頃には授業中に一時意識を失いかけるほどの状態に陥り、授業が10分間延焼して終わったあと、ダッシュで教室前のカフェテリアへ向かった。

文学部校舎7階にあるカフェテリアは外からの気持ちがいい風が入ってきて、昼寝にはぴったりだ。ここには屋外とを隔てる窓がなく、雨季には雨が吹き込んでくるだろうと容易に想像できるほどだ。机の高さは若干高めで、突っ伏して寝るには少し苦痛だったから、プラスティック製の椅子を横に3つ並べて2時間ほど熟睡した。

目が覚めてみると、隣の机でクラスの仲間が宿題をしていた。彼らの話によれば、僕は相当気持ちよさそうに眠っていたらしい。

エレベータを下りて校舎を出ると、コンピュータ室でインターネットをしていた同じクラスの日本人と遭遇した。彼女は「キータイピングが遅いから、家でインターネットをするとひどくお金の無駄をしているような気がする。ここのマッキントッシュは日本語も使えるから、ここでインターネットをした方がお得だ!」と言っていた。

そのまま、クラスメートとWTCへいった。(彼女はWTC近くのディスカウントスーパーに用事があったらしい。)途中、地図を持った日本人観光客に「ジムトンプソンの店はどこか」と英語で訪ねられて当惑したけれども、しっかりと日本語で返してあげた。

WTCに着くとクラスメートと別れて、いつもの日本料理屋へ。今日も税サ込み117バーツのトンカツ定食を食べてからバスに乗って帰宅。食後にエーンへのプレゼントを買うつもりだったけれども、満腹になって満足してしまい、すっかり忘れてしまった。バレンタインデー当日にプレゼントを探すというのもあまりに余裕がないけれども、仕方がない。

明日、適当なアクセサリーとバラの花を買ってから家に帰ろう。

2002年2月14日(木)

ようやく、タイ語の「です・ます」言葉「ครับ (クラップ)」を文末につけて話しても、コーヒーカップを連想しなくて済むようになってきた今日この頃、僕はようやくタイにも慣れてきたと実感していた。ところが、いつものようにサヤームでタバコをポイ捨てしたところ、それをめざとく見つけた警官が早足で近づいてきた。

「は~い、身分証明カードを見せて~」

もちろん、警官の職務質問に会う心当たりはバッチリある。バンコク都内の公共の場にゴミを捨てると2,000バーツの罰金という規則を破ったのだ。

警官はさっき僕が捨てたタバコを拾い上げ、

「いま、あなたはこれを捨てましたね~?」

とタイ語で聞いてくる。そう、僕の財布から2,000バーツが消える危機が目前に迫っているのだ。

「すいません、わたしタイ語を話せません」

僕はぎこちない英語で受け答えした。この程度のタイ語会話なら問題なくできるはずだけれども、クラスメートで「タイ赴任講座」を受けた経験のある日系企業駐在員と他の駐在員の奥様から、「警察沙汰になったら、どんなことがあってもタイ語を話してはダメ。英語で通して、それでもやばくなったら『日本語を話す警官を』と要求するべきだ!」と強く言われていたから、その教えに従ったのだ。

すると警官も英語に切り替え、

「あなたは2,000バーツの罰金を科せられる行為に及んだ。したがって、あなたは私に同行するように。さあ、パスポートを見せなさい」

と、僕に詰め寄ってくる。これはマズい。とりあえず、「知りませんでした~」作戦に出ることを決意する。

「私は以前、タイ国内でパスポートを携帯するのが大変危険な行為であると聞きました。したがいまして、申し訳ありませんが私のパスポートはホテルにおいてあります」

「ええっとぉ、それでは・・・・・・・・・あなたは留学生か?」

(留学生がホテルに泊まっているはずないだろう。いったい、彼は何を考えているのか?)

「いいえ、私は観光客です。私は観光客ですのでタイ国内法を知らないものですから、私は法を犯してしまったかもしれません。申し訳ありません。これからサヤーム・ディスカバリーセンターに行こうとしていたところです」

普段は「サヤーム・ディスカバリーセンター」という単語をタイ人に通じやすいように、タイ語形式の発音で言うのだが、必死になって英語のイントネーションを思い出して口にした。これを、タイ語訛りに表現してしまったら、タイの法令を知っている語学留学生であることが一瞬にしてバレてしまう。

「この規則違反は2,000バーツの罰金だ。あなたはいくら払う気があるのか?」

さっそく来た。これが彼が僕を捕まえた核心部分なのだ。つまり、「減額して見逃してやるから賄賂をよこせ」という合図なのだ。でも、「はい。そうですか」と素直に渡すわけにも行かない。今日はバレンタインデー。ここでは、男が女にプレゼントをあげなくてはならないしきたりがある。僕はこれからプレゼントを買いに行くところなのだ。こんな奴に、金をくれてやってたまるか!

「私はあなたに200バーツを払う用意があります。大変申し訳ありませんが、私はこれからタクシーに乗って、ホテルに戻り、今日の分の宿泊費を払わなくてはなりません。200バーツ以上の額はお支払いできないのです」

「タバコのポイ捨ては2,000バーツ!それで、あなたはいくら払う気があるのか?」

この警官の英語は本当にひどい。何しろ、中学一年生でも文法上の誤りがすぐに分かりそうな言葉を連発してくる。たとえば、「What’s you come to Thailand?」という質問も繰り返しされた。おそらく”How long will you stay in Thailand?”もしくは、”Why are you staying in Thailand?”と聞きたかったのだろう?そのたびに、僕は「分からなかったのですが、もう一度言ってくださいませんか?」「あと何分で警察署に到着するのですか?警察署には日本語を話す人がいますか?」と応じて、次第に会話を成立させないようにしていった。

こんなやりとりを10分くらい続けているうちに警官はあきらめたのか、僕を解放した。

その後、ディスカバリーセンターでお手頃な可愛い指輪を見つけた。買おうと思ったけれども、僕はエーンの指のサイズを知らない。日本人女性の指のサイズよりは相当に細いはずだ。

そこで、エーンの職場へ直行。指のサイズを聞いてみたところ知らないと言うので、エーン同行で指輪を買いに行くことにした。その間、お店は開店休業状態。なにしろ、従業員がいないのだから客はサービスを受けることができない。

結局990バーツの指輪を購入。日本円にして約3,000円だ。日本人の女の子だったら、「これよりイイ指輪を簡単に自分の小遣いでも買えるわ!」と言ってくるのではないだろうか。

そうそう、タバコのポイ捨てで警官に捕まった話をエーンにしたところ、

「ケイイチはラッキーだったね!たぶん、警官はケイイチと話すのが面倒になったから、解放されたんだよ。でも、その法律は公共の場所にゴミを捨てると最大で2,000バーツの罰金を科すという法律だから、あんな小さなタバコの吸い殻一本でそんな額になるはずないでしょう?やっぱり、警官って信用できない・・・」

と、ぶつぶつ言っていた。

2002年2月15日(金)

約2週間前の「講師評価表」に僕が最低の点数をつけた講師に代わって、チュラロンコン大の博士課程で論文執筆中の30歳の女性が新たに僕たちのクラスを週1回担当することになった。ところが、この先生のタイ語を話す速度が超速い!!・・・さらに、僕が苦手な英語の速度もネイティブなみに速くて、どちらかと言えば英語のヒアリングの方が苦労しているかもしれないというほど。

授業の進行も速いけれども、なぜか頭にしっかりと収まる。教え方が上手いのだろうか。

タイ文字の授業5日目にして” เ-ือ (サラ・ウア)”や” กร่าง ”の書き方、読み方を習ってしまった。他の語学学校の進度はどの程度のものだろうか。

僕はタイに来る日本人はゆったりのんびりタイ語を勉強したいと願っていると信じている。なぜなら、ビシバシ勉強できる人はタイなんかへはやって来ないからだ。語学学校を運営するのであれば、ゆ~くりと授業を進めて生徒のウケを良くするのが先決かもしれない。もちろん、チュラ大のこのコース、駐在員の奥さんが時間つぶしにくる「お稽古事」といった感覚ではとてもやっていられないだろう。

深夜、語学学校の経営について話を聞くため、エカマイのお洒落な喫茶店で僕よりもちょっと年上の友人にあった。午前1時にはその喫茶店は閉店してしまい、バンコク内で唯一かもしれない午前4時まで営業しているホテルの喫茶店に行った。ここが、タイ風俗用語で「コーヒーショップ」と呼ばれる売春婦が集うバーだ。

深夜だというのに異様な混み様をしているこのホテル。周囲にいろんな店があるスクンウィット通りとは違い、このニューベッブリー通りの周囲には何もない。それにもかかわらず、店内には約250人の女の子と60人くらいの男達がいた。

やっとの事で席を見つけた僕達はすかさず、その席をゲット。話の続きをしようと思ったら向かいの席の女の子(実はけっこう叔母はん?)が話しかけてきて僕の隣の席に陣取った。途中、彼女が僕の携帯を奪い、自分の携帯に電話して僕の携帯番号を着信履歴に残したというアクシデントがあったけれども、僕たちは彼女を適当にあしらいながら僕たちは話し続け、午前4時の閉店時間寸前に店を出た。ここ数年にできた新法によれば、バーを含む娯楽施設は午前2時以降は営業してはならないことになっているけれども、なぜこの店だけが営業できているのかは誰も知らない。きっと、昨日の警察官よろしくの賄賂なのだろう。

午前4時半に帰宅。午前5時就寝。

2002年2月16日(土)

今日から僕は高額な国際電話通話料に悩まされずに済む。3分10円。日本国内での市内通話料金程度の額で国際電話を満喫できるのだ!!これは、パソコンをバンコクで使っているインターネットに接続して、日本の電話機に電話をかけるという方法で、通話時にはこちらのパソコンにマイクとスピーカーが付いていなければならない。MSNメッセンジャーを使って簡単に操作できる。

このサービスは日本のブロードバンド・インフラ企業「イーアクセス」によって、つい先日からサービス提供が始まった。月々の基本料を400円払えば、日本国内どこへかけても3分10円で話せる。なお、月々の基本料がないサービスプランを選択した場合は3分10円になる。サービス提供側は、パソコンがインターネットにブロードバンド接続(ADSLなど)されていることを推奨しており、150Kくらいの通信速度で携帯電話以上の音質になると唱っている。タイでの僕のインターネット接続速度は49k~51k程度で、その条件を満たしていないため若干不安だったけれども、なんとか使えているみたいだ。日本からの声は明瞭に聞こえてくるのだけれども、こちらからの声はバックに雑音が入り、さらに時々プツップツッと途切れることがあるらしいけれども、相手にそうひどいストレスをかけることなく話すことができるようだ。

あまりのうれしさに、合計4件、1時間1分54秒も電話してしまった。料金は月々の基本料金の他に、今日の分だけで230円、今の段階で合計630円の計算になる。

普通の国際電話2分半分の通話料で61分通話できた計算になる。☆安い☆

+ このサービスはすでに終了しています。

2002年2月17日(日)

金曜日の夕方にATMカードをなくしてしまった。タイにあるサービス産業の事務処理速度は著しく遅く、迅速な処理に慣れている日本人をいらだたせることで知られているが、タイのATM(厳密にはCD機「現金自動支払機」。預ける機能はほとんどない)の処理もそれに負けず劣らず遅く、システムが日本のATMと大きく違うために日本人にとっては少し危険な機械だ。くれぐれもクレジットカートなんて忘れないように(→ソッコウ使われます)。

日本のATMは通常、キャッシュカードやクレジットカードが返却され、その後に明細書が出てきて、最後に現金が出てくる。したがって、現金を取り忘れないまともな人であれば、カードもまず取り忘れない。しかし、タイのATMは現金を受け取ってから15秒くらいしてからカードと明細書が出てくる。

僕は現金を受け取って、それを財布にしまい込んだだけで満足してしまい、カードの返却を受けずにATM機から立ち去ってしまったのだ!

それに気づいたのは金曜の午後11時半頃。急いでバンコク銀行ATMサービス(02-645-6000)に電話してカードの利用を差し止めてもらった。月曜日にはキャッシュカードを再発行してもらうために、午後の授業を休んでシーロム通りにあるバンコク銀行本店へ行こうと思っていたのだけれども、昨晩エーンに聞いたところ、

「えっ?実はぁ・・・銀行って土曜日もやってるんだよ。半日だけだけど。今日、行けば良かったのに。ケイイチに聞かれなかったから言わなかったけど、もしかして知らなかったの?」

と言われてしまった。

(うん。知らなかったよ。)

確かに、タイの企業は週休1日制を採用しているところがほとんどで、土曜日の午前中に営業しているだろうことなんて、少し想像すれば思いつくようなことだ。

というわけで、お金を引き下ろせない状態が金曜の晩から続いている。金曜深夜に飲み歩いてしまったから、その段階で残金60バーツ(日本円で約180円)にまで減ってしまっているのだ。60バーツじゃ何もできやしない!!

<バンコクで60バーツでできること>

普通バス(冷房なし)でチュラ大往復 8回>
飲料水1.5リットル 4本
冷房バスでチュラ大往復 3回
セブンイレブンのホットドック 3本
セブンイレブンのまずいピザ 2本
タイ製ハイネケンビール 2本
タクシー初乗り 2回分
タバコ マイルドセブンライト 1箱
つまり、日本にいるよりは少しできることは多いけれど、180円では何もできないのだ。でも、日本だったら駅までバスに乗って行ったら、片道分だけで200円くらいしてしまうのだろう。

――というわけで、土日は部屋から一歩も出ずにくさっていました。

2002年2月18日(月)

午前中の授業を終えてから、タクシーで急いでシーロム通りにあるバンコク銀行本店へ。行きはタクシーの初乗り料金35バーツよりも少し高い37バーツで到着。40バーツを支払った。

警備員に事情を話して、受付カウンターを教えてもらった。(たった2人分にも関わらず)15分ほど待って、やっと順番が回ってきた。

この女性行員、態度が最悪。もちろん、事務処理もひどく遅く、カードの再発行に20分もかけていたことも僕をいらだたせる原因にもなったが、とにかく言葉遣いがなってない。外国人の僕にでも、「こいつはひどいタイ語で接客している」というのが分かる。まるで、路上の物売りおばさんのよう。最後に、苦情カードを書くために名前を聞こうかと思ったが、英語を書くのが面倒くさそうだったからやめておいた。

なお、国際キャッシュカード再発行手数料は100バーツだった。

昼食のビッグマックセットを食べてから授業に戻って、銀行を辞めてタイ語を勉強している外国人にこのことを話したら、

「どういうことだ!?俺の時は230バーツもしたぞ!なぜ違うのか?それって、バンコク銀行だよな?」

と、再三に渡って聞かれてしまった。ほんと、タイって何でも疑ってかかりたくなる。彼の気持ちも良くわかる。

なお、タイで最も評判の良い銀行はタイ農民銀行だ。

2002年2月19日(火)

BTSアソーク駅ちかく、スクンウィット・ソイ19のグランド・パシフィックホテル8階に吉左右という、寿司&日本食食べ放題サービスをしている日本料理店がある。表示価格は399バーツ。新鮮な魚介類がたっぷりでとても美味しい。

今日は日本人の友人一人とエーン、それから彼女の幼なじみの4人で食べに行った。僕と日本人の友人は200バーツのビールを追加注文した。

ところが、食べ放題サービス1人466バーツ、ビール234バーツもしてしまった。そう、7%の付加価値税と10%のサービス料を忘れていたのだ。ビールを飲んだ僕たち日本人は、1人あたり700バーツ支払った。

帰りに、BTSでMBK裏にある国立競技場で開催されているモーラム(タイ東北部風のお祭り)と夜店を見に行った。革靴を磨くためのグッズを購入した。

午前零時頃に帰宅し、急いで宿題を済ませた。

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2002年2月20日(水)

3ヶ月前にタイにやってくるときに僕が日本から家財道具の輸送を依頼し、輸送中にパソコンを大破させたヤマト運輸が、今日になってやっと補償金を支払った。18,000バーツだった。一昨日、ヤマト運輸ホームページの「ご意見」フォームに抗議のメールを添付して送信したら、その翌日の昨日にさっそく電話があった。

先ほど、日本人営業マンが直接僕の部屋に来て補償金を支払った。別に彼を責めても何も出てこなそうだったから僕は、「そうですか」とだけ応じて彼が言い訳を並べるのに任せていた。これで、タイに来て以来の懸案になっていた問題が一つ解決したことになる☆

今日は学校で非常に不愉快な事件があった。やはり、タイにいる日本人に多くを求めてはならないようだ。もう怒りが爆発寸前で、どうせ書いても愉快な日記にはならなそうだから、今日はこの辺で止めておこう。

2002年2月21日(木)

ここ数日、気が沈んでしまって仕方がない。なんというか、テンションが上がらないのだ。今日もいつものようにWTCの日本料理店「鎌倉山」へ早めの夕食を食べに行ったところ、いつもとは違った光景に出くわした。 僕が夕食をとるのはたいてい午後4時頃で、店内には誰もいないというのがほとんどなのだけれども、今日は珍しく団体様がやってきたのだ。

彼らは5人組で、それぞれが若い女の子――タイのファッションパターンからして売春婦であることは容易に想像できる――を連れている。彼らのタイ人店員への態度のひどさは相当のもので、とにかく非礼を極めていた。奴隷や使用人に対する態度そのものだ。日本料理店というだけあって日本語が堪能なタイ人も少なくないのだが、店員もちょっと不愉快そうだ。団体で売春婦を連れて行動するケースのほとんどが観光客だろうが、彼らは少しタイ人を見下しすぎだろう。

タイ人を見下す日本人の多くはその根拠を所得の差とするだろうけれども、バンコクにいる(または、来ている)日本人と関わりそうなタイ人に限定してみれば、日本人が想像しているよりも遙かに裕福だ。たとえば、この店の日本語を話す店員の場合だと、おそらく大卒のタイ人公務員の初任給6,000バーツの3倍程度(54,000円)は最低でももらっているはずだし、タイに来る日本人となじみの深い売春婦は、フリーの場合でも一日1,000~3,000バーツ。堅実に働けば、一ヶ月81,000円~243,000円の計算になる。日本人観光客が所得を理由に彼らを見下しているつもりでも、もしかしたら相手の方が所得が高いという可能性だって十分にあるのだ。さらに、タイの物価は日本の15%程度だから、彼らの家計はかなりゆとりがあるはずだ。

一方、前出の日本人男性5人組は会話の内容から想像するに明らかに会社員で、かつ同じ会社の同僚である。さらに、大学が春期休講のこの時期には社員旅行を大々的に行う会社が少ない――航空運賃の高騰と飛行機の空席がないことが原因で、社員数だけのまとまった客席を確保できない。さらに、ふつう中規模以上の企業は平日に社員旅行を組まない――ため、ごく小規模な会社の社員達だという結論が導ける。つまり、比較的所得が低い層だ。もしかしたら、隣にいるタイ人売春婦よりも所得が低いかもしれない?なお、厚生労働省の調査によれば、日本人給与所得者の平均は約350万円(出所:「毎月勤労統計調査」2000年度)だそうだ。日本ではこれ以下の所得でゆとりある暮らしはとうていできないだろう。

より貧しい暮らしをしているのはどちらなのだろうか?

僕は、できるだけ高学歴なタイ人の友人を作るようにと努力しているけれども、なかには何人かの売春婦の友達もいる。彼女らタイ人売春婦は日本人の男性(客)を本気でバカにしているけれども、彼ら日本人観光客の日本語を解する僕から言わせてもらえば、オッサン達はヘロインでヘロヘロになっている奴らよりもさらにアホだ。言葉が通じないからと根拠なくタイ人が何も考えていないバカだと決めつけて行動していると、本気で現地人からバカにされるということを肝に銘じておくべきだろう。

なにしろ、このオッサン達は金に余裕がないから、わざわざタイにオンナを買いに来ているのだ。タイ人を所得という点から見下す資格など全くない。

さらに、僕が働いていたときの給料や、両親の所得―― ” 所得格差(倍) = 日本人給与所得者平均所得÷タイ人の平均所得×2 = 両親の所得÷日本人給与所得者平均所得 ” ――を思い返してみると、あまりにくだらなすぎてヘドが出そうになる。(もし、日本で僕がこれらの事情を背景に相手をバカにしまくったら、まわりから頭がクルクルパーだとバカにされること間違えない)

――な~んて考えていたら、数日来悪かった気分がさらに悪くなってしまった。食後に伊勢丹4階で食品を買ってバスに乗ったときに、無性に酒を飲みたくなってきた。もう、飲まないとやってられない気分ってやつだ。・・・相当滅入ってきているみたい。外国にいて、平常心を保ちにくいだけにメンタルヘルスには十分に気を遣わないといけない。

すぐさま日本人の友人数人に電話をして、今晩の呑みに誘った。宿題が終わり日が沈んでから、エーンに呑みに出かけるから帰りが遅くなるという断りを電話で入れたあと、バスでスクンウィット・ソイ15にある売春婦が集うバーへと繰り出した。

何人かの売春婦と軽く話し、時には関取級売春婦をテキトウに追い払いながら、2件目のバーが閉店する午前4時まで日本人の友人と語り(?)合った。

ところで、今日の主題――かもしれない売春婦、きっと現代用語の基礎知識を引いたら「援助交際をする若者」という単語に置き換わるのだろう。タイのホテルの地下にあるコーヒーショップで男を待っている女達と、日本の○○駅前にある○○百貨店の地下に立っている女達、何が違うのか?つまり、タイの売春婦はそれなりに悪いことをしているといえると同時に、日本的に考えてみれば案外普通な女の子達ということになる。そう、普通じゃないのはタイにやってくる日本人のオッサン達だけなのだ。観光客が羽を伸ばしにバンコクにやってきていても、バンコクで生活しているタイ人は普通に生活しているのだということを忘れないで欲しい。

どこの国にも似たような問題があるみたい。

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2002年2月22日(金)

エーンに「ケイイチは夜遊びがすぎる」と指摘されてしまった。さらに、授業中の教室内に酒の臭いを充満させてしまった。ハイネケンビール小ビン7本分を平日に飲むのはさすがにやりすぎだ。

エーンからあった、幼なじみとピザを食べに行くという誘いに乗れなかった。ネムイ。

2002年2月23日(土)

タイに来て以来、次々と生活雑貨を買いそろえてきた。しかし、部屋の収納スペースが足りず、至る所に梱包用の段ボールや物置の奥にしまっておくべきものを散乱させるに任せていた。今日は、これを一掃して部屋をすっきりさせた。

2002年2月24日(日)

テスコ・ロータス。イギリス大手食品小売業テスコ社傘下のディスカウントスーパーで、タイ国内に24の支店があり、8,890人の従業員を抱えるタイ王国随一の総合ディスカウントスーパーである。(2,000年下半期、ロータス求人ホームページ英語版より)

バレンタインデーにエーンからプレゼントされたバラの木の苗が大きくなってきて、鉢に植え替えなくてはならなくなった。そこで、テスコ・ロータス・スクンウィット50店で鉢と園芸用の土を購入。さらに、先週以来使い物にならなくなっていたベットの上の電球2つを買った。電球は元々ついていたものとは違う蛍光管タイプのものを選んだ。40Wから135Wへと明るさが飛躍的に向上した。これで薄暗い部屋が、少し明るくなった。――ってゆうか、部屋の照明の大部分をベッド上の補助照明に頼ることになった☆ 明るいぞっ!

2002年2月25日(月)

きのう、買い物が終わって大きな荷物を抱えながらATMで預金を引き落としたときのことだろう。またもや、ATMカードを受け取らずにその場を離れてしまったのだ。すぐに銀行に電話をしてATMカードの利用を停止してもらった。

授業のほうは相変わらずだ。午前中でタイ文字を全て習い終えて、あとは例外的な文字の綴りを解読する方法を習うだけだろう。きょうでタイ文字の授業11日目だ。

午後の授業の会話のほうは相変わらずのアルファベット表記だけれども、今回の分からタイ文字が併記されるようになった。いよいよタイ語らしい文献を読まされるのか。

と思ったら、きょう配られた配布プリント、小学校1年生用タイ語教科書のコピーだった。はやく6年生になりたいな。

2002年2月26日(火)

突然の休日。きょうが祝日であることを、昨日の授業が終わる間際に知った。大学が始まって以来、今日まで祝祭日が全くなかったから平日に祝日があることを気にしてすらいなかったのだ。

昼過ぎにエーンの仕事場から呼び出されて外出。MBK4階の携帯電話コーナーで、エーンが大好きなブリトニーのコンサートが収録されているDVDのコピーを200バーツで購入。そのまま6階のKFCへ行って、ブリトニーのカードがもらえる特別セットをエーンが注文したけれども、カードは品切れだったとか。

「目当てのカードが品切れなのに、そのメニューを販売し続けるなんて卑怯だ。注文する段階でそんなことが分かるはずがないじゃない。カードが品切れだと分かるのは、私が食べたくもないメニューを注文したあとのことだ。あまりにも不公正すぎるっ!」

それに対する僕の反応・・・

「ここタイでは詐欺まがいの商法がいくらでもある。不公正なんて問題は大した問題じゃない。もし、ここがアメリカだったら訴訟を起こせるかもね」

発展途上国。商業倫理や商業関連法の発展もその途上にある。

ちょっとかわいそうな気がして、夕食にエーンの好物のピザを食べないかと勧めたところ、

「そういえば、ピザ・カンパニーのホームページ(→Pizza Company)があるよ!それを使えば注文できるみたい」

っていわれて、オンライン注文を試してみた。まず、ユーザー登録ホームページで住所や電話番号等を登録してから、さっそく画面左側にIDとパスワードを入れてログイン!画像付きでピザが選べて、サイドメニューとうもバッチリ注文できる。最後に合計金額を確認してから送信ボタンを押せば、25分後くらいにはあなたの部屋の扉の前にピザ屋が立っているだろう。注文フォームに「ご希望のお届け時刻」というのがあるが、そこにどんな数字を入れても、とにかく送信25分後にはピザ屋がくるのだ!!

まだ、腹の中にKFCが残っているというのに、こんなにはやくピザ屋が来るとは・・・。

2002年2月27日(水)

午前の授業が正午に終わって、それからタクシーに乗ってバンコク銀行本店に行った。呼び出し整理券自動発行機から整理番号票を受け取ったところ、すぐに5人待ちだということが分かった。バンコク銀行シーロム本店でも、日本の銀行のように「現在の呼び出し番号」が書かれた電光表示板が天井からぶら下がっている。前回は2人待ちで20分も待たされたから、今回はかなり時間がかかるだろうと思ってマクドナルドへ。85バーツのビッグマックセットを食べてから銀行に戻ったところ、ちょうど僕の整理番号が呼び出されていた。  前回と同じ24番カウンターの偉そうな女性行員。ゲンナリしながら100バーツを彼女に払ってカードの再発行を受け、13:15には授業に復帰できた。

学校が終わってから、スリウォンにある留学手続き代行業者、ライトハウス・インフォ・サービスを訪れた。手続き終了の手紙に「タイに来たらお気軽に遊びに来てください」と書いてあったから、いつか行こうと思っていたのだが、今日まであと延ばしにしてしまっていた。タイの大学院入試に関する概要を聞いて、暇な時間にはタイ人向けの日本語留学情報を見ていた。日本へ留学する費用ってものすごく高い!日本の標準的な家計でも、とてもじゃないが出せる額ではないだろう。きっと、日本に勉強に来るタイ人の多くは、親がベンツに乗っているような裕福な家庭の師弟達なのかもしれない。日本語検定一級の試験問題も見てみたが、日本人の僕でも少し考えないと分からないような、イヤらしい問題ばかりだった。これができる外人って絶対に変人だ!

帰りに、仕事中のエーンを誘って、MBKの隣にある東急4階の日本料理店「田ごと」で100バーツのビーフカレー――といってもトンカツカレーそのもの――を食べた。トンカツカレーが100バーツ!しかも、味は日本のカレーそのもの!!レトルトカレーを買っても135バーツはするこの世界では100バーツのトンカツカレーはあまりにも安すぎる!学校の帰り道にあることだし、毎日通ってしまってもイイかも。美味しい食事を食べて超ご機嫌だ。

エーンはいつもと同じ、好物の寿司を注文していた。日本料理はたくさんあるのだから、他の日本料理のおいしさも知って欲しい。――タイにいる人たちって、みんな寿司が好物なのかもしれない。

2002年2月28日(木)

僕の住んでいるアパートからベッブリー通りをまっすぐ西へ向かったところにエビ釣りができるところがあると聞いて、十数年ぶりに釣りに挑戦した。日本大使公邸からペッブリー通りを挟んでななめ右側にあり、ならびには日本の郊外にあるパチンコ屋のようなネオンがまぶしいソープランドや、午前4時まで営業している売春婦が集うバーなどがある。

ハイネケンビールを飲んで、帰国が近い友人たちと話しながら2時間もエビ釣りをしてみたが、なんと最初の数十分にとった1匹以外に全くつれなかった。僕の横にいた友人達は5匹以上は釣っていたみたいだけれども。釣りって、やはりセンスが必要なのだろうか。なお、料金は一時間あたり150バーツだった。

釣りが終わったあとに美味しい海鮮料理を食べて楽しんだが、この料理がひとり360バーツだったのには驚いた。タイ料理にしては異常なほど高い。(僕の財布が空っぽになってしまった)

夜が更けてきてから、数件隣にある売春婦が集うバーに行ってみたが、週末でないせいか客がまばらだった。そこで、タクシーに乗ってスクンウィット通りにある似たようなバーへ。今日は、ろくに売春婦達と話さずに、仲間内だけで英語検定試験の話ばかりをしていた。

そう。大学院に入るためにはどうしても英語検定の証明書が必要なのだ。