2002年2月1日(金)

きょうの授業はタイ王室がテーマ。国王への絶対的な崇拝や軍事クーデター(1991年タイ政変)について、講師がタイ語と英語を織り交ぜながら説明した。

ここ数回、ワーイ(ワイ)、仏教、王室など、価値観をテーマとした授業が続いているため、新出単語がとても少ない。

พระมหากษัตริย์ 国王 ยืนตรง 直立不動
พระราชินี 女王 王妃 เยี่ยม 訪問する
เจ้าฟ้า 王子 นำAมา 持ち込む
ประชาชน 国民 นำAไป 持ち出す
คำราชาศัพท์ 王語 ห่วง 心配する
บุคคล 個人 เป็นห่วง 心配
ทหาร 軍人 ห่วงไย 気にする
เจ้านาย 上司 แก้ปัญหา 問題を解決する
ปริญญา 学位 เอาใจใส่ 気に留める
ปริญญาตรี 学士号 ดูแล 世話する
ปริญญาโท 修士号 เทียบ 比較する
ปริญญาเอก 博士号 เปรียบเทียบ 比較する
บัณฑิต 学位取得者 เทียบได้กับA Aに相当する
วัง 宮殿 พระราชทาน 下賜する
หอประชุม 会議場 講堂 เสด็จพระราชดำเนิน 行幸する
ชนบท 田舎 เสด็จ 行幸する
สวนสัตว์ 動物園 สมเด็จ 殿下
รั้ว ตื่นเต้น ワクワクする
ยศ 階級(官吏・軍人) ภูมิใจ 誇りに思う
ระดับ レベル สวยงาม 華麗な
ฝนแล้ง 渇水 น่าอิจฉา 妬ましい
โรค แม้แต่A Aでさえ
โครงการ プロジェクト Aแห่ง Aヶ所(場所の類別詞)
การประดับไฟ イルミネーション ดูท่าทางA Aのようだ
เพลง 音楽 ทำงานหนัก 重労働
ความสุข 幸福 เพื่อให้A Aするために
ตลอด ずっと ต่าง ๆ さまざまな
หนวกหู 騒がしい Aแปลว่าอะไร Aってどういう意味?
วันเฉลิมพระชนม์พรรษา 生誕記念日(国王・王妃) เอาแต่A Aのみを志す
เรียนจบ 卒業する Aตรงกับวันอะไร Aって何日?
     
合計60語

2002年2月2日(土)

午後7時5分、ラッチャダーピセーク通り(ラチャダーピセーク通り)のホテル「ヂヤーオプラヤーパーク(チャオプラヤパーク)」にあるラートグラバング(ラックラバン)プラヂョームグラーオヂャーオクンタハーン工科大学(キングモンクット工科大学)産業教育学部言語社会学科日本語専攻の卒業記念パーティーの会場に1時間5分遅れで到着。ところが、卒業生と招待客、それに教師の大半が遅刻したため、1時間40分遅れの午後7時40分から始まった(遅刻者を1時間40分も待つなんて、日本の常識では絶対にあり得ない)。

堅苦しい開会の挨拶はなかったが、突然、会場の照明が落ちて舞台正面のろうそくに灯が点り、教師が舞台正面に一列に並んでいる椅子へ腰を下ろして、その正面に跪く学生ひとりひとりの腕に白い細いひもを巻き付けた。

その儀式が終わると、ようやく夕食にありつけた。ビュッフェ形式(部外者の会費は500バーツ)で、赤 SPY とビールが飲み放題だったが、料理はヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部ボーローンマラーチャグンマリー館7階にある食堂(75バーツ)と同レベル。各学年の出し物などがあったが騒がしくて、卒業生はむしろ会場の外に出て記念撮影や会話に熱中していた。

午前零時、パーティーがお開きとなり、会場内の各所で記念撮影が始まった。僕も何枚かの写真に入れてもらったが、2ショット写真のリクエストが思いのほか多く当惑した(・・・・・・何に使うんだろう??)。

その後、ホテル「エメラルド」地階のディスコ「スパークス」で2次会があった。トイレに麻薬の密売人がいると噂される曰く付きのディスコで、実際に覚醒剤の錠剤が床に落ちていた。統計ではタイ人大学生の約4割が麻薬を1回以上使用したことがあるという。

午前2時40分、帰宅。

2002年2月3日(日)

午前10時、高架電車 BTS ラーチャテーウィー駅から CM 制作会社のコーディネーターとタクシーで東部の郊外にあるスタジオへ向かった。エキストラのバイト登録と聞いていたが、タイのリゾートで撮影予定のテレビ CM のオーディションだった。正面・両側面・後背の写真を撮影後に簡単なインタビューがあり、ゴルフクラブの振り方について指導を受け、実際に素振りシーンを収録した。約20分のバイトで300バーツ(帰りのタクシー代込)。もし起用されたら思わぬ恥さらしになるかもしれないが、これまで15人程度がオーディションを受け、出演者には15,000バーツが支払われるという。

昼、スクンウィット31(スクンビット31)の日本料理店「雑談室」で一緒にオーディションに参加した日本人たちと昼食をとって解散。

その後、エーンのバイト先、 Siam Discovery Center 6階にある酸素バー(オキシジェンバー)行き、はじめて酸素を吸引してみたが・・・・・・これでは客が来ないのも納得できる。あまりにも苦痛すぎる。

エーンの仕事が終わってから、映画館でスワロー・ハルを見た(ひとり120バーツ)。ストーリーより会話が楽しい映画らしく、僕の英語力ではまるで楽しめなかった。

2002年2月4日(月)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催集中タイ語講座(インテンシブタイ)では、進級試験の正答率が6割に満たないと放校処分となる。きょうの模試で9割前後の正答率があったから安心しているが、すぐ横でドイツ人クラスメイトが青ざめてハイになっていた。クラスメイトたちに「発音記号問題、何問まちがえたぁ?」と聞き回っているところからすると相当まずかったんだろう。

結果はすべて、明日わかる。

2002年2月5日(火)

午後3時時点の速報によると、無事、初級1進級試験にクラスメイト全員が合格した。ちゃんと見直しもしたし、口述試験も問題なかったため問題ないと思うが、あすの正午には正式な試験結果が発表される。ドイツ人クラスメイトも生き残ることができたようだ。

この講座には、学生が講師を採点する「講師評価表」というものがある。おとといの晩に4時間かけて書き上げ、3人の講師に良い順から95点、75点、45点をつけた。いちばんダメな講師には45点ではなく15点を付けたいところだが、タイの最高学府を卒業した人にそんな評価を与えたら、プライドが傷つくなんて問題では済まなくなるかもしれない。それでも総合評価欄には「教育の効果が低く、学生たちは唖然としている。そのせいで初級3の試験を不合格になるのは困るから、評価が改善されるまで担当日の限度を週1日としてほしい」と英語で書いておいた。提出期限は昨日だったが、まだ書き終わっていない学生たちは、「点数なんかつけられるわけないじゃーん! 0点だよ! でも、まさかそんなこと書くわけにいかないから空欄にする」と大急ぎで仕上げていた。

放課後、 MBK マーブンクローングセンター(マーブンクロンセンター)でドイツ人クラスメイトの携帯電話を買うのに付き合い、パトゥムワンプリンセスホテルの喫茶店で一服していたところ、2日前に買ったばかりのノートパソコンの調子がおかしいと相談を持ちかけられたため、パンティッププラザへ行ってウインドウズのドイツ語化キットとオフィスの海賊版を購入した。

その後、高架電車 BTS サーラーデーング駅(サラデン駅)でクラスメイトたちと合流し、海鮮料理店で進級試験の打ち上げをした。

解散後、ラーチャウィティー通りにあるドイツ人クラスメイトの部屋へ行き、パンティッププラザで買ったソフトウェアをインストール。リビングのほかにベッドルームが2つあり、家賃は9,000バーツ。29歳のタイ人男性と同棲しており、クラスメイトは「この友人関係はもう10年間続いている。これまでずっと英語で話してきたから、突然タイ語に切り替えるのもおかしいと思って、家では英語を使うことにしている」と話していた。

2002年2月6日(水)

初級2の授業がはじまる来週月曜日までの4日間、ちょっとした連休気分を満喫したい。

昼すぎ、 Siam Center の The Pizza Company でエーンとピザを食べ、 Siam Discovery Center 6階にあるエーンのバイト先に立ち寄ってヂョーイと長話。

夕方、 WTC World Trade Center で腕時計(3,600バーツ)を購入した。それまでは MBK マーブンクローングセンターで買ったメルセデスベンツの偽物腕時計を使っており、おととし日本で買った200,000円の腕時計は鍵のかかる引き出しに大切に仕舞ってある。

初級1進級試験の結果は98.25点で、大学職員は希に見る高得点と話していた。

2002年2月7日(木)

現在、携帯電話キャリア AIS Advanced Info Service のサービスをエーンの名義で利用している。毎月の請求書もエーンの名義になっており、もし別れたら、いま使っている携帯電話が使えなくなってしまう。

そこで、 MBK マーブンクローングセンター(マーブンクロンセンター)6階にある AIS のオフィスへ行き、外国人の月極契約について問い合わせたが、労働許可証のない外国人は月極の契約ができず、プリペイド式を使うしかないとの回答だった。

日本人の友人から、WTC World Trade Center(ワールドトレードセンター) 6階の携帯電話売り場なら労働許可証がなくても月極契約できると聞いて、さっそく行ってみた。店員によると、SIM カードのみの販売はしていないが、2,000バーツ払えば営業終了後に便宜を図ってくれるという。

エーンのバイト先、 Siam Discovery Center 6階の酸素バーで閉店までの時間をつぶし、あらためて WTC World Trade Center の待ち合わせ場所へ行くと、店員が MBK マーブンクローングセンター4階の携帯屋の男と待っていた。

「就労許可証をお持ちでしょうか? 許可証の番号をどうしてもこの欄に番号を記載しなくてはならないので・・・・・・」

(それがないから、わざわざここまで来てるんじゃないか!?)

今になって思うと、 WTC の店員は MBK で個人商店をやっている友人から SIM カード手に入れ、バカ高い金額で売りつけることで小遣い稼ぎをしようと目論んでいたに違いない。しかし、その企ては何人もの人々を巻き込んで、けっきょく失敗に終わった。いかにもタイらしいが迷惑な話だ。

帰宅後、エーンが「日本語を勉強して日本へ行きたい!」と言いだしたため、タイ人女性が日本へ行けない理由を懇切丁寧に説明した。以前、タイ人と結婚するつもりはないとシェーンに話してあったから、てっきり知っているものとばかり思っていたが、まったく何も聞いていなかったらしく涙ぐんでしまった。

マイッタ。これからどうなるんだろう?

2002年2月8日(金)

昼すぎ、留学ビザ延長のため、高架電車 BTS ラーチャテーウィー駅前からタクシーでスワンプルー通りにある入国管理局へ行った(71バーツ)。1階窓口で申請用紙をもらって必要事項を記入。入国管理局の向かいにある写真屋で、パスポートのコピーをとり、ポラロイドの証明写真を撮影(125バーツ)。ふたたび入国管理局へ戻って、窓口に申請書類を提出し手数料500バーツを支払った。

「つぎは2階だ」

赤ん坊を抱きかかえている制服職員はそう言って、領収証に203と書いた。集合住宅と同じように2階の3号室という意味だろうか?

203号室の扉を開くと、いきなり意味不明だが明らかに日本語と分かる女性の声が聞こえてきた。声の方向へ振り返ると、机上に散乱する「中華人民共和国旅券」と書かれたパスポートにスタンプを押している女性職員から、真向かいの椅子に座るよう指示された。

「あなたはタイ語を話せますか?」

「少しだけでしたら・・・・・・」

「あら、タイ語お上手ですね?」

「ええ、1ヶ月ほど勉強しました」

「完了!」

そんな他愛もない話をしているうちに、女性職員はパスポートの査証欄にスタンプを押し、台帳への記録を終えた。お礼を言って退室。これで5月下旬までタイに滞在できる。

その後、入国管理局前のスワンプルー通りへ出ると、隣接する警察署の敷地内を手錠で数珠つなぎにされて歩いている西洋系外国人たちが見えた。

2002年2月9日(土)

バンコクのスーパーマーケットでは惣菜や冷凍食品が充実していないため、これまで電子レンジの必要性をまったく感じていなかった。しかし、東急4階のスーパーで冷凍スパゲティーを見つけて衝動的に欲しくなり、買い物かごを持ったまま家電売場に直行し、格安電子レンジ(2,900バーツ)を購入した。ようやくこれで平均的日本人の家電が揃った。

帰宅後、さっそく冷凍スパゲティーを試してみたところ違和感があり、食後、猛烈な頭痛に悩まされた。とりあえず、スパゲティーの冷凍食品は却下。ほかに良さそうな冷凍食品を見つけて、一日も早く電子レンジを活用したい。

2002年2月10日(日)

タイには、もちろん春なんかない。あるのは、暑季と、もっと暑い暑季と、極めつけの暑季だけで、今はちょうど暑季が終わって極めつけの暑季に入ろうとしているところ(正確には、乾季と暑季と雨季の3季)。

昼、漫画「ラブひな」第8巻のタイ語訳版を購入。知らない名詞がたくさん出てきたが、ストーリーは予想以上に理解できた。でも、頻繁に登場する「マイルールアン」の「マイルー」は知らないという意味だが、「ルアン」ってどういう意味なんだろう? ベーシックな単語のようだが、まだ習っていない。エーンもよく使っているので、今度聞いてみよう。

その後、1993年に TBS 系列で放送されたテレビドラマ「高校教師」の DVD を日本人の友人から借りた。放送当時に見ていなかったせいか見事にハマり、あすからの授業のことも忘れて午前4時まで見続けた。きょうのタイトルはその主題歌「ぼくたちの失敗」(森田童子)のイントロ部分。

2002年2月11日(月)

きょうからヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部主催集中タイ語講座の初級2が開講される。

朝、タイ様式の文学部本館にある事務所に授業料25,000バーツを支払い、向かいの高層教室棟ボーロームラーチャグンマリー館へと向かった。

初級2から、タイ在住5年目でタイ語会話が堪能なイギリス人男性がクラスに加わった。西洋人に対しては、相手の語学力などお構いなしに英語でまくしたててくるという傍若無人さばかりが印象にあるため、そのギャップが楽しい。

午前中の授業でタイ文字中子音字9個と正調記号4個を学習。午後は初級1同様、発音記号による授業だった。噂どおり、光の速さでタイ文字を紹介されたが、それでも2年前はタイ文字の子音字42個すべてを1日で暗記させられていたというから、まだ幾分はマシかもしれない。

放課後、大学から徒歩で WTC World Trade Center へ行き、6階にあるお気に入りの日本料理店「鎌倉山」で100バーツのとんかつ定食(100バーツ+付加価値税7%)を注文。食事中にラートグラバング・プラヂョームグラーオヂャオクンタハーン工科大学(キングモンクット工科大学)の学生から電話があり、サヤームスクウェアへ来ないかと誘われた。今朝未明までドラマ「高校教師」を見ていたため睡眠不足だったが、 WTC からサヤームまで徒歩で移動。センターポイントと MBK マーブンクローングセンターを散策した。学生たちは、日本語教師と待ち合わせており、それまでの時間を潰していたという。

その後、Siam Discovery Center(サヤームディスカヴァリーセンター) 6階にあるエーンのバイト先、酸素バー(オキシジェンバー)へ呼ばれ行ってみると、店長からもらったというピザとメロンを勧められた。満腹だったため、明朝食べることにした。

ところで、昨晩からハマっているドラマ「高校教師」の主題歌、「ぼくたちの失敗」(森田童子)の CD を欲しがっている。時間を見つけて TSUTAYA へ行って探してみるつもりだが、果たしてこんな異国の地で見つけられるんだろうか。

2002年2月12日(火)

タイでは男女がプレゼントを交換する日とされているバレンタインデー、いよいよ明日に迫る。エーンが月初から「バレンタインデー12日間計画」というものを宣言おり、おおむね2日に1回の頻度でちょっと小洒落たプレゼントをくれる。物価水準の低いタイでも「ちょっと小洒落なプレゼント」となると逆に先進国よりも割高になるため、バンコク都の最低賃金より若干マシな程度の所得しかないエーンにはとってかなりの負担になっているはず。

放課後、部屋に戻ってみると、机の上にハート形の紙が置かれており、その上に小さな巻物のようになっている手紙があった。巻物を開いてみると、「あなたを好きな10の理由」が箇条書きになっている。この歳になるまで、さすがにここまで手の込んだバレンタインデーキャンペーンに遭遇したことはない。

夜、さらにバラの苗木をプレゼントされた。この木が大きくなるまで一緒にいられればいいが、いずれ日本に帰らなければならない。ピザを食べ、ドラマ「高校教師」を最終回まで見た。

2002年2月13日(水)

ここ数日、ドラマ「高校教師」を深夜まで見ているせいか、慢性的な睡眠不足に悩まされている。午後2時すぎには意識が途切れがちになり、午後3時10分(10分間延長した)の授業終了後、教室前のカフェテリアへ直行した。

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)文学部ボーローンマラーチャグンマーリー館7階にあるオープンテラスには、屋外からの心地よい風が吹き込んでくる。昼寝にもってこいのスポットだ。テーブルが少し高めで突っ伏して寝るには不向きなため、プラスティックの椅子を横に3つ並べて約2時間熟睡。隣のテーブルで宿題をしていたクラスメイトによると、とても気持ちよさそうに眠っていたという。

エレベータを下りて校舎から出ると、1階コンピュータ室でインターネットをしていた日本人クラスメイトと遭遇。家でインターネットをするとキー入力の時間も課金されるため、日本語も使えるここのマックを使ったほうがお得とのこと。

その後、クラスメイトと WTC World Trade Center へ行く途中、日本人観光客に英語でジムトンプソンへの行き方を訊ねられて当惑したが、しっかりと日本語で教えてあげた。 WTC World Trade Center 前で向かいのディスカウントスーパー Big-C へ行くクラスメイトと別れ、6階のいつもの日本料理屋「鎌倉山」でトンカツ定食(117バーツ)を注文。すっかり満足してしまい、バレンタインデーのプレゼントを買い忘れてしまった。当日準備するのは気が進まないが仕方ない。

2002年2月14日(木)

最近、タイ語の「です・ます」にあたる ครับ(クラップ) を語尾につけても、ようやくコーヒーカップを連想しなくなり、タイ語に慣れてきたと実感している。

放課後、高架電車 BTS サヤーム駅(サイアム駅)前でいつものようにタバコをポイ捨てしたところ、警官に見つかり呼び止められた。衛生維持法はバンコク都内の路上にゴミを捨てるのを禁じており、違反者には2,000バーツ以下の罰金が科せられる。

「は~い、国民 ID 見せて~」

警官は路上に捨てたタバコを拾い、タイ語で「いま、あなたはこれを捨てましたね~?」と訊いている。いま、財布のなかの2,000バーツが危機にさらされている。

「すいません、わたしタイ語を話せません」

この程度のタイ語会話なら問題なくこなせるはずだが、日系企業駐在員の配偶者から「どんなことがあってもタイ語で警官と話していはいけない」というタイ赴任講座の基礎を教わっていたため、やむなく英語でぎこちなく受け答えした。

すると警官も英語に切り替え、「あなたは2,000バーツの罰金だ。パスポートを見せなさい。私に同行するように」と詰め寄ってくる。これはマズいと思い、とりあえず「知りませんでした~」作戦に出ることを決意する。

「私は以前、タイ国内でパスポートを携帯するのは大変危険だと聞きました。ですから、私のパスポートはホテルにおいてあります」

「ええっとぉ、それじゃ・・・・・・あなたは留学生か?」

(留学生がホテルに泊まっているはずないだろう。いったい何を考えているのか?)

「いいえ、私は観光客です。ですから、法を犯してしまったかもしれませんが、私はタイの国内法を知りません。申し訳ありません。これからサヤーム・ディスカバリーセンターに行くところなんです」

普段はタイ語風に語尾を上げて สยามดิสคัฟเวอรี่เซ็นเตอร์(サヤームディットカウェリーセンター) と発音しているが、今回はタイ語を知らないという設定になっているため、英語のイントネーションを必死に思い浮かべ発声した。

「この法令違反は2,000バーツの罰金だ。あなたはいくら払う気があるのか?」

やはり来たか。「減額する便宜を図ってやるから賄賂をよこせ」というタイ人警官の合図だ。しかし、ここで「はい、そうですか」と金をくれてやったら、バレンタインデーのプレゼントが買えなくなってしまう。

「私はあなたに200バーツ払う用意があります。大変申し訳ありませんが、私はこれからタクシーでホテルへ戻り、今日の宿泊費を払わなくてはなりません。200バーツ以上の額はお支払いできないのです」

「タバコのポイ捨ては2,000バーツ!それで、あなたはいくら払う気があるのか?」

この警官の英語は本当にひどい。中学一年生でも文法上の誤りがすぐに分かる程度の英語を連発してくる。たとえば、”What’s you come to Thailand?” という質問も繰り返しされた。おそらく “How long will you stay in Thailand?” もしくは、”Why are you staying in Thailand?” と推定されるが、そのたびに「分からなかったんで、もう一度言ってくださいませんか?」、「あと何分で警察署に到着するのですか? 警察署には日本語を話す人がいますか?」と応じて、意図的に会話が成立しないようにした。

そんなやりとりを10分も続けていると、ついに警官も諦めたのか、最終的に1バーツも払わされることなく解放された。

その後、Siam Discovery Center(サイアムディスカバリーセンター) で価格的にお手頃な可愛らしい指輪を見つけた。エーンの指は日本人女性より細いはずだが、サイズの合わない指輪を買っても仕方ない。6階にある開店休業状態のエーンの職場 酸素バー(オキシジェンバー) へ行って指のサイズを聞いてみたが知らないというので、お店まで付いてきてもらい、990バーツの指輪を購入。

夜、タバコのポイ捨ての件で、エーンは「ゴミを捨てると2,000バーツ以下の罰金なんだから、小さなタバコの吸い殻一本でそんな額になるわけないでしょう? やっぱり、タイの警官って信用できない・・・・・・」と話していた。

2002年2月15日(金)

ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)で博士論文を執筆中の30歳大学院生が、初級1で不評だった講師に代わって、きょうからこのクラスを週1日だけ受け持つことになった。授業の進度が早いばかりかタイ語や英語の発音までネイティブスピードでクラスメイト全員を当惑させているが、教え方が上手く、授業の内容が頭の中にすっぽりと納まる。

今回のタイ文字5日目の授業では、 เ-ือ(サラウア) などの二重母音、 กลาง(グラーング) などの二重子音の書き方や読み方などを学習。タイに来るような日本人はあんまりビシバシ扱かれるを好まないため、語学学校を経営するのであれば「ゆ~くり」授業を進めたほうが顧客満足度も高まり生徒の増加も期待できる。ヂュラーロンゴーン大学の進度はそれとは比較にならないほど速いため、「お稽古事」といった感覚ではとてもついて行けないし、生徒の不満も爆発するに違いない。

深夜、エーガマイ通り(エカマイ通り)にある洒落た喫茶店で、友人から語学学校の経営について話を聞き、午前1時に閉店したため店を出た。

ペッブリータットマイ通り(ニューペッブリー通り)は、外国人観光客が多いスクンウィット通り(スクンビット通り)とは異なり華やかさに欠けるが、ホテル「サヤーム」にコーヒーショップと呼ばれる売春婦調達用酒場がある。店内は約200人の売春婦と約60人の男性客でごった返しており、座る場所を探すのにも苦労した。語学学校経営話の続きをするつもりだったが、向かいの席の売春婦が話しかけてきたため移動。途中、売春婦に携帯電話を奪われ電話番号をゲットされたが、それでも適当にあしらいながら話を続け、午前4時の閉店間際に店を出た。ここ数年、バンコクでは娯楽施設の午前2時以降の営業が取締りの対象となっているが、なぜかこの店だけは営業できている。きっと、きのうの警察官よろしく、贈賄工作の賜物なんだろう。

午前4時半に帰宅。午前5時に就寝した。

2002年2月16日(土)

きょうから日本への国際電話が市内通話並みの3分10円となり、高額な国際電話通話料の請求から開放される。インターネット経由で日本へ発信するという方法で、 MSN Messenger のほか、マイクとスピーカーが必要。

このサービスは、つい先日、日本のブロードバンド・インフラ企業「イーアクセス」が開始したもので、月々400円の基本料金だけで、日本全国どこでも3分10円で話せる。 ADSL などのブロードバンドインターネット環境が推奨されており、150Kbs の通信速度を確保できれば携帯電話以上の音質になるという触れ込みだが、タイのインターネット環境(49kbs~51kbs程度)でもなんとか使えている。日本からの音声は明瞭に聞こえ、こちらの声にはノイズが入るそうだが、それほど相手にストレスを与えることなく通話できる。

あまりのうれしさに日本国内にいる4人に電話をかけ、1時間1分54秒も話し続けた。従来の国際電話2分半分の通話料で61分通話できた計算になる。

2002年2月17日(日)

おとといの夕方、キャッシュカードを紛失した。

タイの ATM (厳密には単なる CD 機=現金自動支払機)には入金機能がなく、出金処理も遅いため、迅速な手続きに慣れきっている日本人を常に苛立たせる。しかも、キャッシュカードが返却される前に現金が出てくるものだから、昨夕、財布に現金を入れただけで満足して、そのまま立ち去ってしまった。ATM からキャッシュカードと取引明細が出てきたのは、おそらくその15秒後だろう。

キャッシュカードの取り忘れに気付いたのは、その日の午後11時ころだった。エーンに頼んでバンコク銀行の ATM サービスセンター (02-645-6000) へ電話してもらい、キャッシュカードを利用停止にした。

あす、午後の授業を休んでスィーロム通り(シーロム通り)のバンコク銀行本店で再発行を依頼するつもりだったが、そのことを話を昨晩エーンにしたところ、「えっ? 実はぁ・・・・・・銀行って土曜日もやってるんだよ。半日だけだけど。きょう、行けば良かったのに。訊かれなかったから言わなかったけど、もしかして知らなかったの?」と突っ込まれた。

というわけで、銀行から預金を引き下ろせない状態が金曜の晩から続いている。金曜の深夜に飲み歩き、残金が60バーツ(約180円)しかないため何もできない。

バンコクで60バーツで買えるもの/できること
普通バスでチュラ大往復×8回 or
飲料水1.5リットル×4本 or
冷房バスでチュラ大往復×3回 or
セブンイレブンのホットドック×3本 or
セブンイレブンのまずいピザ×2本 or
タイ製ハイネケンビール×2本 or
タクシー初乗り×2回 or
マイルドセブンライト×1箱

60バーツ(約180円)でできることは日本より多いが、それでもかなり限られている。

――というわけで、週末は部屋から一歩も出ずに腐っていました。

2002年2月18日(月)

午前中の授業だけ受けて早退し、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)前からタクシーでスィーロム通り(シーロム通り)にあるバンコク本店へタクシー(初乗35バーツ+2バーツ)で向かった。

バンコク銀行本店の入口で警備員に事情を話して受付カウンターまで案内してもらったが、2人待ちなのに15分も待たされた。さらに女性行員の事務作業がものすごく遅く、たかだか ATM カードの再発行(100バーツ)に20分もかけていたばかりか、言葉遣いもまるで屋台のおばさん並だった。あまりの腹立たしさに苦情カードを書くことも考えたが、英文を書くのが面倒だったからやめておいた。

その後、 CP Tower 1階の McDonald’s(マクドナルド)で昼食をとってから授業へ戻ると、元銀行員の外国人クラスメイトが「どういうことだ!? 俺の時は230バーツもしたぞ! それって、バンコク銀行だよな?」と再三再四尋ねられた。タイにいると、何に対しても疑ってかかりたくなる気持ちがよく分かる。

2002年2月19日(火)

夜、スクンウィット19(スクンビット19)のホテル Grand Pacific(グランドパシフィック) 8階にある日本料理店「吉左右」へ、日本人の友人、エーンとヂョーイの4人で行き、日本料理ビュッフェ(ひとり399バーツ)を心ゆくまで堪能した。新鮮な魚介類がたっぷりあって良かったが、付加価値税(VAT7%)とサービス料(10%)を計算に入れておらず、別料金のビールも注文したため、ひとり700バーツにもなってしまった。

その後、高架電車 BTS サナームギーラーヘングチャート駅(国立競技場駅)前のモーラム(タイ東北部(イーサーん地方)の祭)へ行き、靴磨きグッズを購入。午前零時ころに帰宅し、大急ぎで宿題に取り掛かった。

2002年2月20日(水)

3ヶ月前、日本からタイへの引越しをヤマト運輸に依頼したときにデスクトップパソコンが大破した。以降、保証を求め続けてきたが一向に支払われる様子がなかったため、おとといホームページの「ご意見フォーム」に写真を添付して苦情を送りつけた。その翌日(きのう)さっそく電話があり、先ほど、日本人営業担当者が保証金18,000バーツを持ってやってきた。

日本人営業担当者はいろいろと言い訳を並べていたが、責任を追及したところで何もで出てこなそうだったから黙って聞いた。タイ留学開始以来の懸案が、ようやくひとつ解決した。

授業中にイヤなことがあり怒り心頭に達しているが、タイにいる日本人に多くを求めても仕方ないし、どうせ愉快な日記にはならなそうだから書かないでおきたい。

2002年2月21日(木)

ここ数日、気分が沈んでおり、なかなかテンションが上がらない。午後4時ころ、 WTC World Trade Center 6階の日本料理店「鎌倉山」で早めの夕食をとっていたところ、いつもは誰もいない店内に珍しく日本人の団体がやってきた。日本人5人組は、それぞれファッションの傾向から売春婦とすぐに分かるタイ人女性を連れており、タイ人店員への態度もとにかく非礼を極めていた。奴隷や使用人に対する態度そのもので、店員も不快そうにしている。

セックスツーリスト(買春旅行者)には、売春婦のみならず、すべての現地人を見下す傾向がある。その根拠は日本人とタイ人の所得格差とされているが、皮肉なことに、日本人と関わりを持っていそうなタイ人について言えば、バンコクにやってくる日本人観光客やバンコク在住の日本人より高収入なことが多い。たとえばタイ人売春婦には1日あたり1,000~3,000バーツの収入があり、ある程度まじめに働けば月収81,000~243,000円。日本語を操るこの店の店員でも54,000円はもらっているだろう。しかも、タイの物価は日本の15%程度だから、生活にもかなりの余裕があるはずだ。

この日本人男性5人組は、会話の内容から仕事仲間であるのは間違いないが、大学の春季休講中は旅客機の空席が少なく「会社」単位の団体でツアーを組めないばかりか、平日に海外慰安旅行を組める会社は限られているため、ごく小規模な会社の比較的所得が少ない従業員であると推定される。隣に侍らせている売春婦より所得が低い可能性だってある。日本人給与所得者の平均年収(約350万円, 2000年, 毎月勤労統計調査)なので、おそらく生活のゆとりは売春婦以下だろう。そもそも、このオッサン達は経済的な余裕がないから、わざわざタイにまで来てオンナを買ってるんだ。所得格差を根拠にタイ人を見下す資格なんかない。そんなことを考えていたら、ただでさえ悪かった気分がさらに悪くなった。

伊勢丹5階で食料品を買ってバスで帰宅する途中、もう酒でも飲んでないとやってらんない気分になり、日本人の友人たちに電話をかけ今晩の呑みに誘い、日没前に宿題を済ませ、エーンに今晩は遅くなると電話を入れた。

夜、スクンウィット15(スクンビット15)にある売春婦調達バー「トァーメー(テルメ)」とペッブリータットマイ通りのホテル「サヤーム」で、何人かの売春婦とライトな会話をし、時には関取級の巨大売春婦を追い払いながら、日本人の友人と午前4時まで語り合った。

2002年2月22日(金)

エーンに「夜遊びが過ぎる」と指摘され、授業中も酒の匂いを教室に充満させてしまった。平日に Heineken(ハイネケン) の小瓶7本も空けてしまうのは、いくらなんでもやりすぎだ。

放課後、エーンから「幼馴染と一緒にピザを食べに行こう」と誘われたが、あまりの眠さに断った。

2002年2月23日(土)

この3ヶ月間で生活雑貨の充実を図ってきたが、収納スペースの不足から室内のいたるところに散乱させるに任せていた。きょうはダンボールなどを一掃し、部屋をすっきりさせた。

2002年2月24日(日)

バレンタインデーにエーンからプレゼントされたバラの苗木は順調と育ち、そろそろ植木鉢を大きなものに交換する必要が出てきた。そこで、 Tesco Lotus(テスコ・ロータス) スクンウィット50(スクンビット50)店 で植木鉢と園芸用土のほか、ベッドランプを購入した。

ベッドランプを従来の40Wから135Wに交換したため照度が飛躍的にアップし、これまで薄暗かった部屋が一気に明るくなった。

Tesco Lotus(テスコ・ロータス) はイギリス食品小売大手のテスコ社傘下のディスカウントスーパーで、タイ国内に24店舗、8,890人の従業員を抱える(公式ウェブサイト, 2000年)。

2002年2月25日(月)

Tesco Lotus(テスコロータス) スクンウィット50(スクンビット50)店へ買出しに行ったきのう、またしても ATM で預金を引き出したときに現金を財布にしまっただけで満足し、キャッシュカードを受け取らずにその場を離れてしまった。すぐにバンコク銀行に電話してキャッシュカードを無効にしてもらった。

きょうはタイ文字の授業11日目。午前中までにタイ文字の学習をほぼ終えて、あとは例外的なつづりを学ぶだけとなった。午後はいつものアルファベット表記の会話中心の授業だが、会話文にはじめてタイ文字が併記された。しかしよく見てみると、今日の配布プリントは小学校1年生用のタイ語の教科書からのコピーだった。はやく6年生になりたいな。

2002年2月26日(火)

きょうはワンマーカブーチャー(万仏節)という仏教関係の祝日で、集中タイ語講座(インテンシブタイ)開講以来はじめての休講日となった。

午後、 Siam Discovery Center 6階にあるエーンのバイト先、酸素バー(オキシジェンバー)に呼び出され、 MBK マーブンクローングセンター4階の携帯電話売り場でエーンが好きなブリトニー・スピアーズのコンサート DVD (200バーツ)を購入。

その後、6階の KFC でブリトニー・スピアーズのカードがおまけで付いてくる特別セットをエーンが注文したが、出てきたのは料理だけで、カードについては品切れだと知らされた。

エーンが「おまけが品切れのおまけ付き商品を販売し続けるなんて、あまりにも卑怯すぎよ!」と憤っていたため、「不公正なんて些細なことだ。ここには詐欺まがいの商法なんていくらでもある。もしアメリカだったら訴訟を起こせたかもね」と応じた。タイは発展途上国。商業倫理や商業関連法の整備もその発展の途上にある。

ちょっと可愛そうだったので夕食をエーンの好物のピザにしようと提案したところ、「そういえば、The Pizza Company(ピザカンパニー) ならオンラインで注文できるよ」って言われ、さっそく試してみた。まずユーザー登録(住所や電話番号等)を済ませ、画面左側に ID とパスワードを入力してログイン! 画像付きメニューから、ピザとサイドメニューを注文。最後に合計金額を確認して送信ボタンを押せば、扉の前に約25分後にピザ屋が到着する。注文フォームに「ご希望のお届け時刻」という項目もあるが、そこにどんな数字を入れても、送信後25分でピザ屋が部屋の前までやってくる!!

こんなに早くビザ屋が到着するとは。まだ腹の中に KFC がたっぷり残っているというのに。

2002年2月27日(水)

正午、午前中の授業が終了し、ヂュラーロンゴーン大学(チュラロンコーン大学)からタクシーでスィーロム通り(シーロム通り)のバンコク銀行本店へ移動。自動発券機から整理券を受け取り「現在のお呼び出し番号」を見ると、5人待ちであることがわかった。前回は2人待ちで20分かかったから、今回はかなり待たされるだろうと考え、 CP Tower 1階の Mc Donald’s へ行き、ビッグマックセット(85バーツ)を注文。銀行へ戻ると、ちょうど自分の番号が呼び出されていた。前回とおなじ24番カウンターで、前回とおなじヤなカンジの女性行員に ATM カードの再発行(100バーツ)を依頼。午後1時15分には午後の授業に復帰できた。

放課後、ナラティワートラーチャナカリン通りにある留学代行会社 Light House Info Service へ行き、タイの大学院入試に関する情報を収集。ついでにタイ人向けの日本語学留学情報に目を通したところ、標準的な日本人世帯でもなかなか工面できないような費用がかかるのを知って驚いた。ためしに日本語検定1級の試験問題を解いてみたが、日本人でも少し考えないと分からないようなイヤらしい問題が多かった。

夕方、東急4階の日本料理店「田ごと」で、仕事を抜けてきたエーンとカツカレー(100バーツ)を食べた。完全日本風味のカツカレーに大満足。タイではレトルトのカレーでも135バーツはするから、コスト的にもとてもお得。これなら毎日通ってもいい。

2002年2月28日(木)

夕方、ペッブリー通りの日本大使館向かいにある釣堀へ、帰国を目前に控えた日本人の友人たちと海老釣りに出かけた。ところが、釣れたのは最初の10分でゲットした1匹だけで、その後の2時間はずっと釣り糸を垂らしながらハイネケンビールを飲んでいた。料金は1時間150バーツ。その後に注文した海鮮料理(ひとり360バーツ)はとても美味しかったが、タイ料理にしては異常なほど高く、財布が空っぽになってしまった。

日没後、釣堀ちかくにあるサヤームホテル(サイアムホテル)の売春婦調達用酒場(コーヒーショップ)へ出かけたが、週末とあって客が少なかったため、スクンウィット15(スクンビット15)にあるコーヒーショップ「トァーメー(テルメ)」へ移動。売春婦たちとは話さず、大学院入試のために必要な英語検定について友人たちと話し合った。