2002年1月1日(火)
今日は、バンコクでの初めての正月だ。バンコク市内の名所にはたくさんの人が集って新年を祝った。初めての正月というのは、タイには他に2つも正月があって、それぞれを盛大に祝うからだ。
ひとつ目の正月は今日のグレゴリオ暦における新年。次にタイ王国総人口の約14%をしめる中華民族の太陰太陽暦における正月。最後に、タイ仏教歴における正月がやってくる。僕にとっては今日がタイで迎える初めての正月だから、他の正月のことはあまりよく知らないけれども、今日の盛り上がり方も異常なほどだったから、タイ正月になったらこの街はどんな騒ぎになってしまうのだろうか?
大晦日の夕方頃からアパート周辺のプルンチット通りやラチャダムリ通りが歩行者天国になったのをはじめ、都内各所の主要幹線道路がことごとく通行止めになってしまった。僕はトンブリーから約20キロ西にある友人宅からの帰宅途中に、乗っていたタクシーが通行止めのあおりを受けた大渋滞にはまってしまい、アパートに戻ってきたのが年明け直前の午後11時53分だった。
これから、サヤームやWTCに行っても新年を祝う騒ぎに加われないと思って、大急ぎでアパートのベランダから花火を眺める準備をした。そういえば、タイに来て以来なにか派手なことがありそうな日になると、条件反射的に花火が上がるだろうと期待するようになっている。いま、タイは冬だけれども、それでも日本の夏くらいの気温があって、どんな夜でも日本の夏祭りを演出できそうな気候だ。
12時ちょうどには期待通りに花火が上がった。サヤームを一望できる僕の部屋からはサヤームスクエアの花火をはじめ、ワールド・トレード・センターや出所不明の花火などおそらくバンコク中の花火全てを眺めることができたのではないか。これはバンコクの住人でもなかなか拝めないであろう贅沢な景色だったかもしれない。
先月30日以来の混乱ですっかり疲れ切ってしまっいた僕は、日中は部屋でぐったりしていた。夜に日本人の友達からお誘いの電話があって、いつものお遊びコースを飲み歩いた。明日から大学のタイ語講座が始まるという理由から、午前1時には切り上げて素直に帰宅した。


金融機関(社内SE職)を退職後、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部の集中タイ語講座を修了。米国語学留学を経て、同大学東南アジア研究科で修士号を取得。現在、日本国内の専門商社で海外営業に従事。
旅の指さし会話帳①タイ
タイ語読解力養成講座
タイ日大辞典
タイを知るための60章
地図がつくったタイ
タイのこころ
ギック―友達以上、でも恋人じゃない
Sexteen Thailand
ついに大学が始まった。僕はこのためにタイに来ているのだが、今日までの日記を読み返してみると、どうしてもタイには遊びに来ているとしか思えないのが不思議だ。今日からはきちんと学生らしく勉強しなくてはならない。
今日の授業は今までの復習が大部分と、少しだけ新しいこと(お礼の述べ方)を習った。今日の復習がいつもよりは楽だったことはとてもうれしい。それにしても、単語を発音だけで記憶するのと、文字そのものを記憶してしまうののどちらがより簡単なのだろうか。今日の新出単語「penthangkaan (公的に) 」に関していえば、僕は最後のaの数を書き間違えてしまう。素直に「?」と書いていくれればいいものを――と書きたいところだけれども、正確に発音をできないのだから発音をみっちりと勉強した方がいいのだろう。
キング・モンクット工科大学(http://www.kmitnb.ac.th/)。その起源は2503年に日本政府の技術援助により設立されたノンタブリー・テレコミュニケーション訓練センターである。2514年にトンブリー技術専門学校と合併。つづく翌2515年には北バンコク技術専門学校と合併して、技術王ラーマ4世(モンクット王)の名を冠した今日のキング・モンクット大学が形成された。大学(研究所と自称)には7つの理工系学部があり、ラッドカバン地区とラムプラテオ地区の2ヶ所に広大なキャンパスを有している。
先週に続き、キング・モンクット工科大学産業教育学部日本語学科のみなさんの観光ガイド演習の授業にお供して、今回はチョンブリー県を訪れた。
にぎやかな学部所有のバスに乗って、シーラチャー・タイガース動物園、ナーンヌアン、パタヤパークタワーなどをまわった。パタヤパークビルの約170メートルの高さにある76階からひもに吊されて降りるアトラクションは美しい景色を眺めるというよりは、肝試しの要素の方が強かったかもしれない。アトラクション自体はさほど怖くないのだけれども、列に並んでいるときは心臓に悪かった。