2001年12月1日(土)
朝、プンが遊びに来た。無断で妹の Playstation1 を持ってきたため、帰宅後に何を言われるかと心配していた。プンによると、タイでは Playstation1 が約10,000バーツ、 Playstation2 が約26,000バーツとそれぞれ日本の2.6倍もするが、最初から海賊版CDが使えるように改造してあり、ゲーム好きならすぐに元が取れるという。
昼、
これまで我慢して使っていたアパート標準装備のマットレスは、弾力性がまるでなく、その上で飛び跳ねて着地すると「ダン!」と鳴る。睡眠時間に比例して疲労も蓄積する。タイ生活のガイドブックに、部屋を選ぶときにはベッドのしなり具合を確認するよう書いてあるが、まさか自分がタイ人の友人たちからも同情されるような酷い代物が使う羽目になろうとは夢にも思わなかった。
夜になって友人たちが帰宅。エーンを部屋に残したまま、日本人の友人たちと
ディスコ Route66 入口で、年齢確認のため身分証を提示するよう警備員に求められた。やむなく警備本部へ行き、自分たちが日本人であることを伝え、パスポートなしで入れてもらえるよう掛け合ったところ、警備責任者が「パンツ(という意味のタイ語)を日本語で言えたら入れてやる」と応じてきた。タイ語を1年以上勉強している友人が見事正解して無事入店。・・・・・・そのやりとりの30%も理解できなかったが、これが分かるようになるためにもちゃんとタイ語を勉強したい。
店内は週末とあって大学生客が多く、まともに歩けないほど混雑していた。オカマから執拗なアプローチを受けたが、それをなんとかやり過ごし、無事、法定閉店時刻の午前2時を迎えた。どうもオカマに好かれる性分のようで、売春婦が多い界隈なら、すれ違いざまにオカマに股間マッサージされていたところだ(これまでも毎回のように遭遇している)。
やる気満々の友人は、キチガイのようなタイ人客による再三の妨害を撃退し、デパート女性販売員の電話番号をゲット。



金融機関(社内SE職)を退職後、タイ国立ヂュラーロンゴーン大学文学部の集中タイ語講座を修了。米国語学留学を経て、同大学東南アジア研究科で修士号を取得。現在、日本国内の専門商社で海外営業に従事。
旅の指さし会話帳①タイ
タイ語読解力養成講座
タイ日大辞典
タイを知るための60章
地図がつくったタイ
タイのこころ
ギック―友達以上、でも恋人じゃない
Sexteen Thailand
タイでは高架電車 BTS の車両全体が広告用フィルムで覆われるなど、映画「ハリーポッターと賢者の石」の宣伝がかなり大掛かりに行われている。エーンは関連グッズの大半をコレクションしている生粋のハリーポッターマニアで、先月の一時帰国中に全席指定の前売券を確保していた。
朝、アソーク通りの
午前6時50分、ルンピニー公園に到着。集合時間に50分遅刻した。公園内はマラソンや太極拳を楽しむ人たちでごった返しており、広い公園の至るところに屋台が出ていた。
12月8日から10日までの3日間、バンコク郊外にあるビーチリゾート、
午前5時に起きて、ルンピニー公園に午前6時に到着した。きのうプンに「早朝バドミントン」に誘われ、またしても断りきれなかった。プンたちが到着したのは1時間遅れの午前7時。午後8時、日差しが強くバドミントンが続行不可能になり帰宅。その後、正午ごろまで昼寝し、プンたちは起床後に帰って行った。
タイは仏教国として知られているが、商店の入り口にクリスマスの派手な飾り付けが施されているなど、街全体がクリスマスの雰囲気一色に染まっている。
タイでは競技型バラエティ番組「テレビチャンピオン」(テレビ東京系列, 1992~)が人気で、それを真似て早食い競争をしたが、とても大きくて味も檄甘だったため僕は真っ先に脱落した。
朝、起床とともに激しい頭痛と吐き気に見舞われた。友人が昨晩、嘔吐を繰り返していたことを思い出して食中毒の可能性も考慮し、居候人(そろそろ同居人と呼ぶべきだろうか)を起こして相談に乗ってもらった。
午前10時、バムルングラート病院に到着した。頭痛と吐き気に苦しんでいる状態でも、思わずニヤけてしまうような建物で、エントランスはどう見ても5つ星ホテルのフロントそのもの。自動ドアを入って右手奥のフロントで日本人であると告げると、ずっと同行してくれる専属の日本語通訳が割り当てられた。エスカレーターで3階へあがると、日本人と中国人専用の外来受付で書類に住所等を記入。体調不良で病院に来ているのに、何枚もの保険や免責事項の書類を読まされサインさせられたのには正直鼻白んだが、それも完璧な日本語通訳のおかげでなんとか乗り切ることができた。
昼、日本式の病院食を注文したところ、うどんが出てきた。専用のふたが付いており、冷めないように工夫してある。まるでビジネスクラスの機内食のようだ。
タイの携帯電話は日本のものと比べて高価な割に性能が著しく落ちる。僕はタイに来た直後に、日本では1円でも売れそうもない携帯電話を3,500バーツで買ったが、これはどの携帯電話も値段が性能に見合っていなかったから仕方なく一番安いものを選んだまでのことだった。しかし、毎日のように友達の良い携帯電話を見ていると、やはりいい携帯が欲しくななってしまう。
こんな最低最悪な日を迎えるのは何年ぶりだろうか?一年前の就職活動中に超大手優良企業の最終面接に落ちたときよりも、5年前に大学での人間関係が完全に破綻しそうになったときよりも、7年前に高校での友達の大部分を失うことになってしまったときよりも最低、最悪な気分だ。